伏見人形のねずみを求めて。京都「丹嘉 (たんか) 」で出会う干支の置物

フィリップ・ワイズベッカーの郷土玩具十二支めぐり

はじめまして。中川政七商店の日本市ブランドマネージャー、吉岡聖貴です。

日本全国の郷土玩具のつくり手の元を、フランス人アーティスト、フィリップ・ワイズベッカーがめぐる、連載「フィリップ・ワイズベッカーの郷土玩具十二支めぐり」。

普段から建物やオブジェを描き、日本にもその作品のファンが多い彼が、描くために選んだ、干支にまつわる12の郷土玩具。各地のつくり手を訪ね、制作の様子を見て感じたその魅力を、自身による写真とエッセイで紹介していただきます。

連載1回目は子年、「伏見人形の唐辛子ねずみ」を求めて、京都にある丹嘉 (たんか) を訪ねました。

8代続く伏見人形窯元 丹嘉にて 撮影:吉岡聖貴

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エッセイの前に、まずはワイズベッカーさんと共に訪ねた丹嘉や伏見人形の歴史、そして人形づくりの裏側について、解説したいと思います。

400年以上の歴史を受け継ぐ土人形の元祖、伏見人形

農耕とともに歩んできた日本では、生命を育む土に対する信仰心が古くからあり、寺社の授与品としての土人形や土鈴は、害虫除けや厄除けに効くと信じられていました。

伏見人形は約400年前、当時信仰のメッカとして栄えた伏見稲荷大社の参詣者が山の土を土団子にして持ち帰り、五穀豊穣を願って自分たちの田畑に撒いたのが始まりとされます。

その後、伏見稲荷の近くで深草土器 (ふかくさかわらけ・京都の深草あたりでつくられた土器) とよばれる土器を作っていた土師部(はじべ)が、その技術を人形に転用し、参詣者を相手に土産用の人形を作り売ったと考えられています。

参詣者に持ち帰られた人形は伏見人形と呼ばれ、間もなく全国に行き渡りました。各地の土器・瓦などの製作者がそれらを原型として人形を作り始めた結果、土人形の産地は全国に100ヶ所近くに広がりました。それが、伏見人形が日本の土人形のルーツであるといわれる由縁です。

寛延年間創業の伏見人形工房、丹嘉

土人形のルーツとなった伏見人形の窯元も、最盛期の江戸末期には50~60軒ありましたが、時代とともに廃業していくこととなります。そして現在、製作と販売をする窯元は丹嘉のみ、たった1軒となりました。

丹嘉の創業は寛延年間、1750年頃。今の屋号になったのは4代目嘉助さんの代からで、元々の屋号は丹波屋だったとのこと。現在は8代目の大西貞行さんとご両親、職人さん数名で製作をされています。

「今の形を変えすぎないことを大切にしている」という8代目の大西貞行さん (撮影:貴田奈津子)

夏に成形、冬は彩色

さて、肝心の土人形づくりですが、まずは表面・裏面それぞれの原型に粘土を埋め込み、型から抜いて表裏をつなぎ合わせることで成形をします。それを乾燥させ、低温で素焼きした後に胡粉(ごふん※)を塗り、彩色をして仕上げです。

※ 胡粉とは貝殻からつくられる日本画の白色絵具のこと

型枠は裏表で1セット。内側に粘土を埋め込むメス型と呼ばれるタイプ
型枠から取り出した粘土は「成形」され「素焼き」を経て、「彩色」されて完成

丹嘉では、春から夏にかけてを「成形」と「素焼き」の行程、秋から冬にかけてを「彩色」の行程に分けて、年間約2万個を生産されているそうです。季節で行程を分ける理由は、夏場は粘土がよく乾くので型離れがよいことから、冬場は彩色の原料である“にかわ”の保管がしやすいことからとのこと。

今となっては当たり前の工程かもしれませんが、このような効率化は長年の経験の賜物です。

世代を超えて受け継がれる2000種の型枠

私たちが工房を訪ねたのは初夏の時期。ちょうど大西さんのご両親と職人さんが成形の作業をされていました。

毎年コンスタントに使用する型枠は50種類ほどなのですが、年々廃業した窯元から譲り受けたものが増えていき、今では全部で約2000種の型枠を所有されているそうです。棚一面に型枠が並べられた光景は圧巻です。

棚ごとに番号を割り振られ整理整頓されたたくさんの型枠

この型枠に生地を埋め込むわけですが、埋めるよりも抜くのが肝心。生地が乾きはじめたタイミングを見計らって型枠から抜き、すぐさま表裏をつなぎ合わせていきます。

成形の道具は筆とコテのみと至ってシンプル。生地が乾燥したら、電気窯でまとめて素焼きします。

型枠から取り出した粘土は丁寧に裏表をつなぎ合わせて「成形」される

丹嘉で仕上げに顔の絵付けをするのは、大西さん父子のみだそうです。大西さんいわく、彩色ができるようになるまでに10年はかかる、とても奥深い世界です。

大きな型枠を周りに並べ、次々と成形していく大西さんのお父さん

“とうがらし”に乗る“えとがしら”

今回のモチーフである「ねずみ」は繁殖力の強さから、増大し繁栄することの象徴として縁起が良いとされ、郷土玩具でも数多くのモチーフとされてきました。各地のねずみの郷土玩具を見てみると、例えばカブ、カボチャ、米俵など、食べ物との組み合わせで造形されていることが多いことに気づきます。

今回のねずみと唐辛子の組み合わせは、ねずみの繁殖力と唐辛子の種の多さから、豊穣や子宝を願ったと言われていますが、それも諸説ある中の1つ。ねずみが干支の最初にくるというので、「えとがしら」を並べ替えて「とうがらし」にしたというウィットに富む説もあります。

どれが正解かはさておき、本当のような嘘のようないわれを聞いて、「へーっ」となるのも郷土玩具の楽しみですね。次回はどんないわれがあるのでしょうか。

それでは、お待たせしました。ここからはワイズベッカーさんの視点で見た伏見人形「唐辛子ねずみ」の世界をお楽しみください。

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丹嘉のウインドー。はじめて訪れた2002年以来少しも変わっていない‥‥感動的だ!

この小さなクッションのようなものが大好きだ。とても洗練されていて、壁に掛かった額を支えているように見える。それがこのクッションの本当の機能なのかどうかを知りたい。日本以外では目にしたことがない。

この、突然現れた大きな牛は一体何のためだろう?シルクのクッションにうやうやしく置かれ、ほかの人形たちに囲まれ、君臨しているように見える。

ひょっとしたら、中庭で草に覆われながら、彼らは小さな神様に変身できる日を、待ち望んでいるのかもしれない。どうだろう?

工房に保管されている2000もの型枠の一部。まるで牡蠣があくびをしているようだ!定期的に埃をはらわれ、きちんと管理されている。

この店のいたるところにいる狐たち。伏見稲荷のシンボルともいえるこの動物は、きっと丹嘉のベストセラーに違いない。

8代目主人の潜水服が、型枠の保管と型抜き作業のための部屋に干してある‥‥。なんて唐突なんだろう!でも、このウエットスーツにすら私は民芸の趣を感じる。逆さになった生き物に丸い目で見つめられているようだ。

ここで一番好きな写真かもしれない。職人の周りには、全ての道具がふさわしい場所に置かれている。そして、膝にかけられた水玉模様の布は、私にとっては素晴らしくエレガント。作業中の大西さんのお父さんだ。

大きな生地の型抜きは、長い経験を必要とする。型の内側の生地は、抜くときにある程度湿気がないといけないが、変形しない程度には乾いてなくてはならないのだ。

あぁ!やっと出会えた私たちのネズミ!型から出てきたばかりで、まだ湿気の光沢がある。乾燥させた後に焼いて、絵付け。そして、店頭の仲間の待つ場所に行くのだ。

窯の中。これから焼かれるところ。

私は制作中にラジオをかけっぱなしにするが、ここではテレビ。小さな人形たちは、いったい何を考えているのだろう。
どこか他所に気持ちがいっているように思える。

避難しているのか?贖罪の苦行なのか?確実に言えるのは、彼らが外に出たがっていないということ。

私たちの小さなネズミ。唐辛子の上によじ登っているが、胃炎になるのを恐れてはいないようだ。

この人形を見ると嬉しくなる。アルビュという昔飼っていたゴールデン・レトリバーの犬を思い起こさせるからかもしれない。10年前に亡くなったが、今もあの仔のことを想っている。とても誇らしげで、まとわりついてくるたくさんのおチビたちと幸せそうにしている!私にとっては、幸福のイメージそのものだ。

──

「フィリップ・ワイズベッカーの郷土玩具十二支めぐり」第1回は京都・伏見人形の唐辛子ねずみの工房を訪ねました。

第2回「福島・会津張子の赤べこ」に続く。

<取材協力>
丹嘉 (たんか)
京都市東山区本町22丁目504番地
営業時間 9:00~18:00 (日・祝祭日休)
電話 075-561-1627

文・写真・デッサン:フィリップ・ワイズベッカー

Philippe WEISBECKER (フィリップ・ワイズベッカー)
1942年生まれ。パリとバルセロナを拠点にするアーティスト。JR東日本、とらやなどの日本の広告や書籍の挿画も数多く手がける。2016年には、中川政七商店の「motta」コラボハンカチで奈良モチーフのデッサンを手がけた。作品集に『HAND TOOLS』ほか多数。

翻訳:貴田奈津子
前半解説パート、文・写真:吉岡聖貴

*こちらは、2017年9月30日の記事を再編集して公開しました。

おせちを豆皿に盛り付ける。かわいくておめでたい料理で正月を迎えよう

新年を祝う「豆皿」おせち

お正月に「おせち」食べていますか?

お重に詰まった縁起のよい料理を食べて、新年を祝う。日本のお正月ならではの光景ですが、近頃はおせち料理を食べない家庭も多くなっているとか。

「お重を持っていない」
「自分で作れない」
「高価なもので手が出ない」
「家族が少ないので余ってしまう」

こうした声を聞くにつけ、準備が大変、少人数の家族には向かないし贅沢、といったイメージが大きいのだなと感じます。

かく言う我が家も、妻と子どもと3人暮らしの正月に「おせち」は少し仰々しいなと、この数年は敬遠中。

でも、一年に一度、その年の幸せを願うおめでたい料理。せっかくなら‥‥食べたい。というのが正直なところ。もう少し気軽に楽しめればよいのに‥‥。

そこでオススメしたいのが、「豆皿」でコンパクトに楽しむおせち料理です。

豆皿でおせちを楽しむ
豆皿でおせちを楽しむ
もちろん和風のお盆にも映える

気軽に購入できて且つ窯元や産地の個性、そして“手仕事感”がしっかり伝わる豆皿は、うつわを集め始める導入としても最適。

そんな豆皿に、縁起のよい品々をちょうど食べきれる分だけ盛り付けて楽しむ。

盛り付けのポイントを、フードコーディネーター・栄養士として活躍されている三井愛さんに伺いました。

小さい中に個性が詰まった豆皿たち

有田焼の老舗窯元と中川政七商店が作った染付の豆皿
有田焼 染付の豆皿(鶴/鹿/松/梅/竹)。各1,300円(税抜)。購入はこちら

今回用意したのは、有田焼の老舗窯元と中川政七商店が作った染付の豆皿。白磁に素朴な絵柄を合わせたデザインで、普段使いにもオススメ。

描かれている柄は、松や梅、鶴など、縁起のよいモチーフをひとつひとつ手描きで表現したもの。手描きだからこその味わいが感じられます。

※中川政七商店の豆皿ラインアップはこちら

小さくかわいい豆皿には小ぶりの料理を盛り付ける

「豆皿自体が小さくてかわいいので、料理もできるだけ小ぶりなものを盛り付けてあげるのがオススメです」(三井さん)

少し小ぶりな品々を、一人分盛り付ける
少し小ぶりな品々を、一人分盛り付ける

おせち料理と聞くと、見た目にも派手な車海老や有頭海老を思い浮かべてしまいますが、サイズ的によいものがなければ無理に用意する必要はありません。

オススメは、金柑の甘露煮など小ぶりで見栄えのするもの。そのほか黒豆やかまぼこ、いくらに数の子など、それぞれに縁起のよい品の中から、好みやうつわに合ったものをセレクトすればよいとのこと。

マダコの酢の物
丸い豆皿には、伊達巻をポンと置いてもかわいい
丸い豆皿には、伊達巻をポンと置いてもかわいい

“自分の好きなものだけのおせち”と考えると、俄然、やってみよう!という気になってきますね。

「シンプルな白磁のお皿には、いくらや数の子の色がとてもよく映えます。ワンポイントで南天や木の芽を差し色として添えても綺麗です」

いくらの赤が映える
数の子は形の良いものを選んでカットする
数の子は形の良いものを選んでカットする

「食べ終わるとかわいい絵柄が見えるのも素敵ですね。何が出てくるだろうという楽しみにもなります」

品数はどれくらい必要?

さて、好きなものばかり!とはいえ、品数はどれくらい用意するとよいのでしょうか?

「正解があるわけではないですが、今回の豆皿の場合であれば5品くらいがよいと思います。適度に深さもあるので、思ったよりしっかり盛ることができて驚きました。

5品でちょうどひとり分の分量になりますし、プレートなどに載せたときも見栄えがしてかわいいです」

丸いプレートに5つの豆皿がちょうどよく収まる
丸いプレートに5つの豆皿がちょうどよく収まる

一口に豆皿といっても、形や大きさ・深さはさまざま。

気に入った形を家族分揃えてみるも良し、バラバラの形で組み合わせを工夫するも良し。気軽に揃えられる豆皿だからこそ、楽しみ方も広がります。

個性豊かな豆皿たち
個性豊かな豆皿たち

「少し深さがあるものは、紅白なますや筑前煮など、汁の出るものを安心して盛ることができます。

細長い形の豆皿には、かまぼこなんかがオススメです。また、黒豆のように盛り方で形を調整できるものも使いやすいと思います」

煮物も安心して盛ることができる
煮物も安心して盛ることができる
細長い豆皿に盛り付けやすい黒豆
細長い豆皿に盛り付けやすい黒豆

ちなみに、おせちに使われるかまぼこは幅広のものが一般的ですが、豆皿に載せる場合は普段の食卓に上がるような細長いもので良さそうです。

小さい豆皿ですが、しっかり高台がついていることもポイントなのだとか。

「洋食器の平皿の場合、のっぺりとした印象になることもありますが、今回の豆皿は高さが出るのでお料理が映えます。

プレートやお盆に乗せてもよいですし、クロスや和紙の上に直接並べても高さがあるので見栄えがします」

高さがあることで料理が映える
高さがあることで料理が映える

小分けにすることで食べやすい食材たち

お重のおせちでは、隣の食材の味がうつってしまったり、人によってはみんなで同じ料理をつつくのに抵抗があったりということも。

そうしたことが気になる食材ほど、豆皿に載せるのがオススメです。

くっつきやすい田作りも、小分けすると便利
くっつきやすい田作りも、小分けすると便利

「栗きんとんや、くっつきやすい田作りなどは、小分けになっている方が食べやすいですよね。または、お汁まで食べたいなと思うもの、味移りが気になるものも、ひとり分を豆皿に載せてあげるとよいと思います。

また、黒豆は、買ってくると味が濃いものが多かったりします。家で作れば細かい調整もできますし、多めに作っておいて、食べるときに一回分を盛るのに豆皿は最適ではないでしょうか」

豆皿に食べる分だけの黒豆を
工夫次第で並べ方はさまざま
工夫次第で並べ方はさまざま
手ぬぐいの上にのせてもかわいい
手ぬぐいの上にのせてもかわいい

小さくてかわいく、縁起もよい「豆皿」。

デザインや形、産地のことなどさまざまな切り口で選ぶのも楽しいはず。

お気に入りの豆皿と自分好みのおせち料理で、おめでたい新年を迎えましょう。

<関連商品>
・中川政七商店の豆皿特集:産地のうつわはじめ

<取材協力>
三井愛(みつい あい)
フードーコーディネーター・栄養士

フードコーディネーター・栄養士として、フードコーディネータースクールの企画・運営、料理教室、食育教室の企画・運営、スタイリング・撮影、栄養カウンセリング、メニュー開発、商品開発、コラム執筆など、食にかかわる業務を行なっている。

文、写真:白石雄太

※こちらは、2018年12月5日の記事を再編集して公開しました。うつわを集め始めるきっかけとしても手軽で楽しい豆皿。気になるデザインがあればぜひ一度手にとってみてください。

桐生に泊まるなら、宿坊 観音院へ。美しき中庭と桐生にしかない「職人技」ダイニングは必見

世界中にファンを持つファッションブランド「リップル洋品店」に、常識破りの刺繍アクセサリー「000 (トリプル ・オゥ)」の株式会社 笠盛。

今月さんちで紹介した両者は同じ町にある。「織物の町」として栄え、現在も多くのものづくりの拠点となっている群馬県桐生市だ。

そんな桐生らしさがぎゅっと詰まった宿が2019年10月にオープンした。JR桐生駅から徒歩15分。入り口に大きな提灯がある「観音院」だ。

そう、おすすめしたい宿はお寺。お寺や神社が宿泊施設として開く「宿坊」だ。元来は僧侶や参拝者のみに特化したものだったが、最近では一般の観光客にも開かれているところが多い。

観音院
その昔、大きな機屋の主人の夢まくらにお地蔵様が現れたことから建てられたという観音院

1644年 (正保元年) からの長い歴史をもつ観音院が開いた、桐生で初となる宿坊の魅力を伺いに、オープンしたばかりの宿を訪れた。

中庭の両側にある美しい個室

静かなお寺の境内を進んでいくと、本堂のすぐ横に新しい建物が見えてきた。少し緊張しながら扉を開ける。明るく広い玄関で、広報を担当する月門 海 (つきかど うみ) さんが出迎えてくれた。

宿坊内を案内してくれた、広報の月門 海さん
宿坊内を案内してくれた、広報の月門 海さん

「この宿坊のテーマのひとつに『水』があります。お寺に入ったら水で手を清めるように、ここに来れば体も心も浄化できるような場所にしたいと思っています」

宿坊と廊下で繋がる本堂から案内してもらった。希望すればここで「朝のお勤め」や写経、真言宗に伝わる「阿字観」という瞑想などを体験することができるという。

廊下を進むと、大きな中庭が現れた。宿坊はこの庭を囲んでコの字型に部屋が配されている。

中庭

美しい日本庭園は見ているだけで心が落ち着いてくる。夜はライトアップされ、また違う雰囲気が味わえるそうだ。

建物のどこにいても見える大きな中庭
建物のどこにいても見える大きな中庭

個室は『織の間』『染の間』の2部屋。

まず『織の間』を見せてもらうと、部屋に入った途端に木の良い香りがして、思わず深呼吸。

織の間
織の間
和紙製の畳を導入。変色せず、撥水などの効果もあるそうだ
露天風呂
部屋のすぐ横にある石庭には、『織の間』専用の露天風呂がついている
シャワールーム
シャワールームも完備。使い勝手に合わせて和洋がほどよく入り交じる

続いて『染の間』へ。

染の間

中庭に面した廊下部分から個室として使用できる、贅沢な造りになっている。

染の間、廊下
廊下の先の扉から鍵をかけ、中庭の景色を独り占めすることができる。『織の間』とは中庭を挟んで対角線上にあり、お互いを気にせずゆったりとくつろげる
染の間
織の間とは雰囲気の違うベッドタイプ。テーブルなどはお寺にもともとあったものを活用しているそう
シャワールーム
こちらの部屋は露天風呂の代わりに、広いシャワールームが完備されている

部屋はこの2室のみ。大人数であれば、中庭が望める広間も活用して宿坊全体を貸し切ることもできる。16名まで泊まれるそうだ。

桐生らしさを詰め込んだ空間

『織の間』『染の間』という名前だけでも織物の町である桐生が感じられるが、観音院では宿の空間に「桐生らしさ」を取り入れることを意識した。

宿坊を開くための増築は、宮大工の技術がある有限会社 宮島工務店が担当。

中でも桐生ならではの空間となっているのが、宿泊者が自炊や歓談に集うダイニングキッチンだ。

ダイニングキッチン

内装やインテリアのコーディネートを、地元・桐生で繊維や建築に関わる3人のユニット「small」が担当した。

株式会社 笠盛で刺繍糸のアクセサリーブランド「000 (トリプル・オゥ) 」を開発する片倉 洋一さんと、建築家の飯山 千里さん、藤本 常雄さんが、デザインやアートを通して「小さいからこその魅力」をテーマに活動をしている。

建築家の飯山 千里さん
建築家の飯山 千里さん

今回、smallとして初めて宿坊の内装をコーディネートするにあたり、3名は桐生市の作り手にアイテム作りを依頼した。

ダイニングテーブルと椅子は、桐生で家具職人kirikaとして活動する四辻 勇介さんに依頼。

座布団やクッションカバー、スタッフが着用する作務衣は、さんちでも取材した桐生発のファッションブランド、リップル洋品店が手がけた。

クッション

「ものづくりの中心地であるこの地域に来てくださる方には、桐生のものを見ていただきたい。ここに泊まって『これ、いいね』と思った人が、地元のお店に行くような流れになってくれたらいいなと思っています」

ダイニングキッチンのテーブルと椅子は、smallとkirikaが協働し製作したもの。実は一般的なテーブルよりも、10cmほど低く設計したという。

「中庭がすごく素敵で、本当は正座して雰囲気を楽しんでいただきたいけれど、それはなかなか難しい。だから、普通の椅子よりも低い姿勢で見ていただけるよう、低い椅子を提案しました」

ダイニングテーブル
椅子は、あえて座布団が収まる大きさで設計し、和洋が入り交じる空間を体験できるようにした

さらに、テーブルのデザインにもこだわりがある。

「明るく過ごしやすい、生活の延長のような感じにしつつ、お寺の緊張感は残したいと思っていたんです。そのバランスを見ながら、少し直線的なデザインを意識しました」

ダイニングキッチン
明るいダイニングキッチンは洋風過ぎず、和風すぎない空間

kirikaの四辻さんが手掛けた天板は、国産のヒノキの合板。手に入りやすい素材を活かしながら、職人さんの手仕事で美しさを表現できるのではないか、というチャレンジだったそう。

また、リップル洋品店が製作した座布団・クッションカバーに、同じ柄はひとつもない。

クッション
染めの間のソファにもリップル洋品店のクッションがあった

それぞれ全部違う表情で作ってもらうことで、多様性を尊重する観音院を表現した。

smallの3名とkirikaの四辻さん
smallの3名とkirikaの四辻さん

宿坊を通して見えてきたもの

「桐生には歴史も文化もあるのに、せっかく来てくれた人にそれを感じてもらえる宿がなかったんですね。宿坊だったら、それができるんじゃないか、と」

宿坊を始めた思いを話してくれたのは、住職の月門 快憲 (つきかど かいけん) さんと、広報の月門 海さん。

「人が集まるお寺にしたい」という思いから、毎月の縁日なども開催している観音院。株式会社シェアウィングが運営する「お寺ステイ」というサービスを利用し、準備の末、10月に宿坊をオープンした。

観音院看板

宿坊の準備を進めるなかでも、smallやkirikaなど桐生の人々との出会いがあった。また清掃などをお願いした、地元の人々と新たな交流が生まれていったという。

「私自身、若いときからまちのことに積極的に取り組んで来たので、桐生の人間は結構知っていると思っていました。でも、宿坊を始めたら『へえ、桐生にこんな人がいるんだ』って驚くことばかり。今まで交わることのなかった人たちが来てくれるんです」

そのような町の人たちとの交流は、宿泊客も体験できる。月に2回の練習会でお茶の体験をしたり、月に一度の縁日で子どもたちと「曼荼羅ぬりえ」を楽しんだり。観音院では食事の提供がないので、地元のお店へ行って交流することもあるだろう。

住職の月門 快憲さん
「縁日や御朱印に続いて宿坊で、お寺という場を多くの人に楽しんでもらえたら」と住職の月門 快憲さん

これから宿坊でやってみたいこと聞くと、桐生の町らしい体験のアイデアが次々と挙がった。

「桐生市はものづくりの町ですから、染め物体験など専門的なプログラムを提供できる。刀鍛冶屋さんではナイフ作り、うどん屋さんではうどん打ち体験。それぞれ『やってみよう』とすでに話が出ているものもあるので、これから具体的に企画していくつもりです」

ゆくゆくはお寺のまわりに飲食店やお土産屋さん、ゲストハウスなどが立ち並ぶ、門前町のような賑わいを作りたい、とも。

「地域の人たちと一緒に桐生全体を盛り上げていきたいですね」

作り手やお店を目当てに桐生を訪ねて、実際に宿で使ってみる。他にも気になったアイテムがあれば、翌日にまた足を運んでみる。

せっかくものづくりの町を訪れるならそんな滞在の仕方はいかがだろうか。

<取材協力>

「宿坊 観音院」

群馬県桐生市東2丁目13-18

0277-45-0066
https://oterastay.com/kannon-in/

文:ウィルソン麻菜

写真:田村靜絵

お祝い事に何度でも使える「ミニ鏡開きセット」を使ってみました

お正月、親戚の集まり、結婚披露宴、子どもの七五三、お誕生日会にも使える「ミニ菰樽」

毎年祖父のお誕生日には家族で集まって、ささやかな食事会をしています。今年はどんなお祝いにしよう。あれこれ探していて、こんなものを見つけました。

その名も「ミニ鏡開きセット」。

ミニ鏡開きセット
菰樽 (こもだる) 、木槌、柄杓、升の一式が揃う「ミニ鏡開きセット」 (7,500円/税別)

日本酒の入った樽に、藁で編んだ菰 (こも:ムシロのこと) を巻きつけたものを菰樽 (こもだる) と呼ぶのだそう。

この菰樽を木槌 (きづち) で叩いて割り、みんなにお酒を振る舞ってお祝いするのが鏡開き。お正月や結婚式など新しい門出に、健康や幸福を祈ります。

神社に祀られているものや結婚披露宴で使われる菰樽は四斗樽 (72リットル) が一般的ですが、今回見つけたミニ鏡開きセットは720ミリリットルというコンパクトサイズ。テーブルに乗せて少人数で気軽に使えます。

これはお酒好きの祖父にぴったり!とさっそく取り寄せてみることに。

絵柄も色々で、オーソドックスなものからポップなデザインまで、10種類以上。今回は、七宝文様にあわじ結びの熨斗が描かれたおめでたいものを選んでみました。

ミニ菰樽
両手に収まるコンパクトサイズがかわいらしい。手提げ袋に入るので片手で持ち運べました

岸本吉二商店が手がける、小さくても本物の菰樽

このミニ鏡開きセットを作っているのは、兵庫県尼崎市で100余年のあいだ菰樽を作り続ける老舗で、日本一の菰樽シェアを誇る岸本吉二商店。

ミニサイズだからと侮るなかれ。大きな四斗樽と同様の手法で、荷師と呼ばれる職人が一つひとつ仕上げているものでした。

菰樽の側面
縄もしっかりと締め上げられ、紅白の紐が結んでありました

なぜわざわざミニサイズを作ったのでしょう?社長の岸本敏裕さんに尋ねてみました。

「尼崎では、農家の冬場の仕事として菰縄づくりが地場産業として発展してきました。今でも全国の酒造会社の菰樽に使う菰縄のほとんどが尼崎で作られています。

しかし、菰樽の需要は減少傾向にあります。鏡開き文化が衰退しつつある現代に、新しい形で菰樽を残したいと作り出したのがこのミニ鏡開きセットです。

テーブルサイズにすることで、少人数でも気軽に様々なシーンで鏡開きを楽しんでいただけるのではと考えました。また、デザイナーさんとコラボレーションしたデザイナーズライン、名入れサービス、オリジナルデザインの受注など菰樽そのものが記念品として楽しんでいただけるようにしました」

まさに私のように少人数で何かのお祝いをしたいという用途にぴたりと当てはまりました。今や国内での需要だけでなく、海外からの問い合わせまで舞い込んでいるのだとか。

お正月などのお祝い事の席、親戚の集まりやホームパーティをはじめ、結婚披露宴で各テーブルに並べてキャンドルサービス代わりに、ジュースを入れて子どもの七五三やお誕生日会に、はたまたお菓子を詰めてお土産に‥‥と、用途の幅も広がっています。どの使い方も楽しそう。

掛け声は「よいしょ、よいしょ、よいしょ!」

さて準備が整ったところで、いよいよ祖父のお誕生日の当日を迎えました。

北鎌倉のあじさい
お誕生日会を開くのは、生前祖母がお気に入りだった北鎌倉のお店。毎年お世話になっています。持込みに無理のない小さな菰樽はお店の方にも好評でした

お店にお願いしておいて、食事が始まる前に鏡開きの時間を作ってもらいました。

「さぁ、みなさん一緒に掛け声をかけますよ!」

音頭を取って、いざ!

「よいしょ、よいしょ、よいしょ!」

鏡開きの瞬間
掛け声と共に板の中心に狙いを定めます

パァーン!

割れた菰樽
小気味良い音とともに樽が開きました!

「お誕生日おめでとう!」

パチパチパチと一同で拍手を送ります。

「見ることはあっても、鏡開きを自分でやるのは初めてだったよ。なかなか良い音がして、気持ちが良いものだねぇ」と祖父も嬉しそう。

鏡開きの瞬間
足腰の強くない祖父。椅子に座ったままの体勢での鏡開きでした。樽の上蓋は、弱い力でも板がきれいに割れる設計。さらには、板が中に落ちてしまわないように作られています。岸本吉二商店の特許技術なのだそう

普段も乾杯はするけれど、こうしてみんなで声を合わせておめでたい瞬間を迎えるというのは鏡開きならではのこと。はじめからあたたかく盛り上がり、和やかで楽しいお誕生日の食事会となりました。

ミニ鏡開きセット

 

秘密は上蓋のマグネット。何度も使える縁起物

実はこの菰樽、もうひとつ他のものと違うところがあります。それは、蓋の構造。

上蓋の構造
3つにカットされた上蓋は強力マグネットで繋がっていました

マグネットで3つのパーツを繋いで1枚の板となっている上蓋は、木槌で叩き割ったあともきれいに元に戻せます。お祝い事があるたびに何度でも使えるのです。

また、樽の内側はプラスチック製。こちらも簡単に取り外して洗えるので、衛生的に保管できて、繰り返し使う時にも安心です。

次は、お正月の集まりで使ってみようかな。これまでの人生で一度もやってみたことのなかった鏡開きが、気づけば身近なものになっていました。

 

<掲載商品>
ミニ鏡開きセット

<取材協力>
株式会社岸本吉二商店
兵庫県尼崎市塚口本町2-8-25
06-6421-4454
https://www.komodaru.co.jp/

文・写真:小俣荘子

*こちらは、2018年12月3日の記事を再編集して公開しました。