益子焼「よしざわ窯」人気の秘密。鳥やレモンのうつわはどうやって生まれたのか?

栃木県益子にある「よしざわ窯」は代表作「レモン皿」のような、見た目のかわいらしいデザインが魅力。シンプルでアンティークのようなモノから、花や鳥、動物、植物をデザインしたものなど、さまざまな凝った食器をネットショップで販売しています。

リーズナブルな価格で、色合いが鮮やかなことから多くの女性ファンを惹きつけました。Instagramを中心に人気に火がつき、ただ今売り切れが続出中です。

個性的でかわいらしいデザインが人気です
個性的でかわいらしいデザインが人気です

今回はそんな「よしざわ窯」へお邪魔して、お話を伺ってまいりました。「よしざわ窯」の人気の秘密に迫ってみようと思います。

色合いも鮮やか。一風変わった形のお皿も人気です
色合いも鮮やか。一風変わった形のお皿も人気です
食材を載せるとさらに映えます
食材を載せるとさらに映えます

「なんでもやってみよう」とネットショップからスタート!

「よしざわ窯」代表の吉澤泰久さんにお話を伺いました
「よしざわ窯」代表の吉澤泰久さんにお話を伺いました

もともとサラリーマンだった吉澤さん。益子焼の窯元だった両親は個人で器を制作し、益子町で開かれる陶器市などで販売していたのですが、2006年そろそろ引退というタイミングで引き継ぐことになりました。

奥さんの出産を機に2003年に開設したネットショップ「on the table」を一緒に運営する形で試行錯誤が始まります。「器の制作からネットショップの運営までなんでもやってみよう」という気持ちでした。

創業メンバーで現在もデザインを担当する成良恵奈さんなど、制作者やホームページを運営する人など分担制ができあがり、今に至ります。

「そこに成良がいたのが後々大きかったですね。デザインをきちっとやってくれる人がいたから、いろいろなことが自由にできました。どんなアイデアでも、きちんとデザインされているお皿ができるようになったのが大きい」と吉澤さんは言います。

成良さんがいたことで自由にできた。いったいどういうことでしょうか。

社員のアイデアから生まれた鳥鉢

成良さんが全てのデザインを担当しているのかというと、どうやら違うようです。最初に変わったデザインの器を考えついたのはパートタイムで仕事をするの事務職の女性だったそうで‥‥。

「”鳥鉢”ということで鳥の形をした”取り鉢”を作ったら、というアイデアが出たんです。それを成良がイラストに起こしてくれた。うちの器はそんなふうに、誰かのアイデアをバトンリレーするように作っていくことが多いですね」

取り鉢だから鳥の形
取り鉢だから鳥の形

アイデア自体は「よしざわ窯」で働いている皆さんから生み出されます。それを取りまとめるのは成良さんを含めた女性3人のデザイン部です。企画会議のようなものはありません。アイデアの元となる言葉や写真、イラストから図面に起こして、形にしていきます。

吉澤さんは成良さんと保育園から高校までずっと一緒だったそうです。成良さんは造形作家としても活動しており、個展も開いています。ただ、デザインの勉強をしていたわけではなく、全部独学。ほかの2人は主婦のデザイナーです。彼女たちは石膏の型作りから見様見真似で学びながら、今までやってきたそうです。

「みんなで『こういうのいいよね』『ああいうのいいよね』と言いながら進めていきます。時には成形段階で変えてしまうこともあります。その辺はカチッと決めていません。合理的に進めているわけではなく、途中で感覚的に制作を止める場合もあります」

アイデアから図面に起こします
アイデアから図面に起こします

さらに吉澤さんは「言語的なアイデア、もしくはアイデアの欠片みたいなものをかなり無責任に投げっぱなし。でも、デザイン部の3人がちゃんと器として成り立つ、デザインとして成り立つものにしてくれます。実際に形にしていくなかでの修正能力は相当高いですね。3人を信頼しています」と語ります。

女性スタッフが3分の2!使う人の目線で生み出される器の魅力

よしざわ窯で働くスタッフの3分の2は女性です。フットワーク軽く、アイデアがあがった時点で「まずはやってみよう」と動き始めます。

女性スタッフが多い「よしざわ窯」
女性スタッフが多い「よしざわ窯」

「家事の中でも、“毎日の料理”は重い課題です。お客さまから『そこそこな料理が器で助けられました』という声をいただき、勇気づけられました。それはうちの妻もよく言っています。それくらい器には日々を助けるパワーがある」

スタッフは自身の毎日の家事の中から、「こんな器があったらいいのに」を商品のアイデアにしていくことが多いそう。使う人の立場に立って考え抜かれた器が使う人に選ばれる。よくよく考えてみれば、これは必然の結果なんですね。

レモンのお皿です。カレーを入れるもよし。サラダを入れるもよし
レモンのお皿です。カレーを入れるもよし。サラダを入れるもよし

料理を載せてこその器

よしざわ窯のネットショップ「on the table」では“器は食卓で使ってこそ”という意味合いが込められています。よしざわ窯の器は料理と常にセット。使うということをかなり意識して作っているそうです。

「料理のアイデアから器に落とし込むというケースもありますが、後からどんな料理を載せられるのかを考えることもあります。そのへんもかなり曖昧。一生懸命いろんなものを載せてみて、これは何に使ったらいいのか。ネットショップでは必ず、使い方と一緒に提案しています」

「お皿は料理と常に組み合わせ」と吉澤さん
「お皿は料理と常に組み合わせ」と吉澤さん

カレーを食べるときにいいのか。サラダを食べるときにいいのか。はたまた麺類を食べるときにちょうどいい深さなのか。皆で話し合います。さらに「よしざわ窯」ではホームページやSNSで、自社の器にどんな料理を載せたらいいのか、提案もしています。最近では、ホームページを作るための写真スタジオも新設したといいます。

自然光がたっぷり入るホームページ制作スタジオ
自然光がたっぷり入るホームページ制作スタジオ

益子の土があったからこそ、このデザインが出来上がった。

さて、工場を見学させていただきましょう。

よしざわ窯では石膏型の上に粘土の生地を当てる、たたら作りで器を製作しています。ろくろでは丸いものしか作ることができませんが、たたら作りはさまざまな形の器を作ることができるので自由度が高いのが特徴。よしざわ窯のような凝ったつくりの器に適した作り方といえます。

石膏型を緻密に作り上げます
石膏型を緻密に作り上げます

ちなみに、益子の土は砂気と鉄分が多いそうです。そのため、やや厚手でごつごつした質感を持っており、出来上がりはボテッとした感じのものになります。「これがたたら作りと相性が良かった」と吉澤さんは言います。益子という土地だからこそ成り立つデザインでもあったわけです。

石膏型の上に粘土を上に当てます
石膏型の上に粘土を上に当てます

アイデアはざっくりと。生産管理はきっちりと。

製作は全て分担制。それぞれ1日に何個作ったかという表があるそうです。アイデアを考えるときは「ざっくり」でも、正確さやスピード、生産管理に関しては効率性を追い求めています。

窯の部屋に行くと、素焼きや本焼きを待つ器が大量の台車に乗せられています。地面にはレールのようなものが引かれており、焼きあがったらいつでも入れ替えられるようになっています。

大量の器が窯焼きを待っています
大量の器が窯焼きを待っています

「器の価格をリーズナブルにするために、どれだけロスを減らすか、どれだけ作った商品を無駄なく、寝ている状態なく窯から出して商品化できるか。こだわってきました」と吉澤さん。

2つの窯で効率的に焼き上げます
2つの窯で効率的に焼き上げます

よしざわ窯はネットショップを中心に販売をしています。決済方法は先払いで、お客さんからお金をいただいて、出来上がったものをすぐに発送する仕組み。売り切れの場合も、メールマガジンに登録していれば再入荷情報がお知らせで届く。そうやって、できるだけ在庫ロスや売り逃がしを防いでいるのです。

ネットショップだからできたこと

さかのぼること2000年代。器が売れなくなった時期がありました。ここ、益子にはたくさんの販売店がありますが、お店の棚はどこもすでに腕利きの陶芸家や工房の作品がひしめき合っている状態。売り先をどうしようか悩んでいるときに吉澤さんが出会ったのがネットショップでした。

「ネットショップと出会ったことが大きかった」と話す吉澤さん
「ネットショップと出会ったことが大きかった」と話す吉澤さん

「個人のお客さまへ、ギャラリーや百貨店で取り扱われている高級な器だけでなく、私たちが作っているようなもうちょっと安くて手作り感のあるものをお届けしたかったんです。

これまで多くのお客さんに向き合うには、東京へ行くしかなかった。でも、ネットであれば田舎からでも発信できます。誰にお礼を言ったらいいか、わからないですけどね(笑)」

インターネットやSNSを積極的に活用することで、よしざわ窯のかわいらしい器たちを求める人々の心に刺さり、人気の窯元となりました。

使う人の実感を元にスタッフがアイデアを生み出し、デザイン部が取りまとめる。作ったものはしっかりと在庫・流通管理をしてお客さんに届ける。今の時代に合わせるようにフレキシブルな体制を作り上げていったのです。

スタッフたちが力を合わせて一つの「作品」を仕上げていく。だからこそ、温かみのある器が提供できているのでしょう。

<取材協力>
よしざわ窯
栃木県芳賀郡益子町益子3546
0285-77-0880

文:梶原誠司
写真:長谷川賢人(1、4枚目はよしざわ窯ご提供)

*こちらは、2019年5月3日の記事を再編集して公開いたしました。

「アルミの雪平鍋」が和食に最適な理由。上手に選べば長年使える相棒に

こんにちは。細萱久美です。

若かりし時、フードコーディネーターなど食の仕事に憧れた時期もありましたが、今は単なる美味しいものが好きな大人になりました。

この歳になると量より質で、なるべく良い素材をシンプルに味わう料理が好みです。外食では海外の食も色々試したいのですが、自炊は和食が中心です。

和食の基本と言えば、「出汁」。

汁物、煮物、おひたし、うどんなど出汁のきいた料理はしみじみ美味しいと思います。出汁を引いたり、煮る・茹でるも和食の基本と言えますが、道具として最適なのは、アルミ製の雪平鍋です。行平鍋とも言い、どちらも正解だとか。

雪平鍋の豆知識あれこれ

雪平鍋は底が丸く胴が上に広がっているので、火にかけると液体がうまく対流するので、煮炊きを中心とした和食をつくるのに最も適している訳です。

雪平鍋

昭和初期の一般家庭では、伊賀焼の行平鍋があり、七輪などでお粥や煮物を作っていたとか。昭和20年代中頃になると、安価なアルミ鍋が一気に普及したそうです。

粥を炊くと米が雪のように見えるとか、槌目の模様が雪のように見えることから雪平鍋の字が当てられたという説があります。

槌目があるのは製造工程で出来る跡。丸いアルミの板を叩いて鍋の形に作っていきます。叩く理由は、表面積が広がって熱伝導が良くなる為と、叩くことで強度が上がる為です。

海外製の非常に安価な雪平鍋はプレス加工で模様を付けているだけのものも多く、それだと強度面で劣ると言えます。

特に和食料理屋の厨房でもよく見かけ、料理人にとっても欠かせない料理道具の一つです。プロが取っ手の無い丸鍋とヤットコを使いこなしているのをみると憧れますが、家庭ではやはり取っ手ありが安全で使いやすいと思います。

雪平鍋

サイズは家族の人数に合わせて

アルミよりも更に熱伝導の良い銅鍋も見た目の美しさに惹かれますが、やはり高価であることと美しさを保つお手入れが必要です。

そう思うと、十分に熱伝導も良く、軽くて、比較的廉価なアルミの雪平鍋はサイズをいくつか揃えたくなるほど使い勝手は良いものです。

サイズとしては、一人か二人暮しなら15センチと18センチ、三人以上なら21センチもあると良いかと。二人暮らしなら、15センチで味噌汁、18センチで青菜を茹でるなり、煮物を作るなりのイメージです。

21センチ以上の大きな鍋は、家庭のガスコンロサイズと合いにくく、必要な対流が生まれない可能性があります。

私は少し小さめの14センチと15センチ、21センチを持っています。14センチはキリッとした片口があるので、ミルクパンとしても使いマグカップに注ぎやすく気に入っています。

ちなみに弱点としては、酸やアルカリに弱いので、酢やワインなどを加えて煮るには向きません。また泡立て器などの金属の調理道具も苦手なこともあり、こんな理由からも西洋料理より和食向きであると言えます。

あと、普及の進むIHで使えない素材でもあるのですが、ガスコンロ用の鍋類をIHでも使えるようにする便利な金属板も販売されているそうです。

新生活を期に、自炊をスタートされる方にもまずは雪平鍋を一つ持ってもらいたいなと思います。無理せず「一汁一菜」からでも良いと思います。

選ぶときには、なるべく伝統的に槌目の打ち込まれた雪平鍋が、長く使えておすすめです。

細萱久美 ほそがやくみ

元中川政七商店バイヤー
2018年独立

東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。

Instagram

文・写真:細萱久美

*こちらは、2019年7月10日の記事を再編集して公開いたしました。

【わたしの好きなもの】仕事の時間のチョコレート

仕事の時間を応援してくれます!


もともと、チョコレートは好きでした。
カバンの中や会社の机の中には、ストックしておきたいタイプです。

そんな私の最近のお気に入りは、クラフトチョコレートメーカーのMinimalさんとのコラボ商品
「仕事の時間のチョコレート」。
その理由は、チョコレートへのイメージが変わったからです。




<チョコレートは、フルーツでした。>
Minimalさんのホームページには、こんな言葉がのっています。
「本当かなぁ」と一度Minimalさんの直営店に足を運び、
何種類か試食させていただいて、驚きました。
原材料はカカオ豆と砂糖だけなのに、
豆の種類がちがうだけで本当に香りが変わります。
Minimalさんは、世界中のカカオ農園に直接足を運び、品質の良いカカオ豆を自ら選び仕入れています。
良質なカカオ豆の個性を表現する事を追究し、自社工房で職人がカカオ豆から
一枚のチョコレートの板になるまで、すべて手仕事で製造し、販売しています。




そして「ザクザク」とした食感!
カカオ豆本来の香りを引き出すために生まれた、独自製法によるものだそうです。
”カカオ豆””カカオ濃度””焙煎具合”それぞれが少し異なるだけで、
味や口の中の香りの残り方がまったく変わります。

チョコレートって、口当たりがなめらかで、甘いもの。
そんなイメージが変わりました。
もっと奥が深くて、面白いものだったのです。
丁寧なものづくりって、価値観を変える強さがあるのだと改めて感じました。

中川政七商店とのコラボ商品「仕事の時間のチョコレート」は、スッキリした酸味が特徴。
そして、70%というハイカカオなのに美味しい!
「仕事の時間」に食べてちょうどいいチョコレートは、
・気分を切り替える →チョコレートの酸味
・集中力を高める →チョコレートのカカオ濃度
・気持ちを落ち着かせる→チョコレートの深いコク
・糖分を補給する →チョコレートの甘味
これらを考え抜いて作られているんです。




・酸味の強さでリフレッシュを引きだたせるために高級チョコレートの深い甘味と酸味をもった
カカオ豆である「ドミニカ共和国」シングルオリジンを採用
・集中力を高めるために「ハイカカオ」と呼ばれるカカオ濃度70%に
・浅煎でも深煎でもなく「中煎」にすることで、チョコを食べた後、カカオの香りの余韻をちょうど良い長さを残す
・Minimalのチョコの形状が会話をつくりコミュニケーションを活性化させる
こんなこだわりがぎゅっと詰まった、1枚のチョコレート。




仕事で煮詰まって気分を切り替えたい時、集中力を上げてもう少しがんばりたい時、
机の引き出しの中から出てきて、私を応援してくれています。

日にちが近づく、バレンタインデーやホワイトデ―。
今年は、「仕事の時間のチョコレート」をプレゼントしたいと思います。
そして、誰か私にもプレゼントしてください!

編集担当 立石

「北斎漫画」を復活させた職人技。日本で唯一、手摺り木版和装本を出版する版元へ

京都・寺町二条。京都市役所や京都御苑にもほど近い街の中心部だ。丸太町通りと御池通りの間の寺町通り沿いには、骨董屋や古書店、和菓子店や歴史ある茶舗などが並び、歩くだけでも風情ある街並みを楽しめる。

日本で唯一、手摺木版による和装本を出版する京都「芸艸堂」

そんな寺町通りの一角にあるのが、明治24年にこの地で創業した「芸艸堂(うんそうどう)」。ここは、今や日本で唯一の手摺木版(てすりもくはん)による和装本の出版社だ。

芸艸堂

手摺木版とは、その名の通り版木に色をのせ、紙に色を写していく版画印刷のこと。当然、一枚一枚手作業となる。それを四つ目綴じなどの製本技術を用い、何十ページにも束ねて一冊の本として発行する。一連は江戸時代から続く伝統技法だが、出版の原理は現在書店に並んでいる本となんら変わらない。

芸艸堂の和装本「北斎漫画」

創業者の山田直三郎は、当時京都で名の知られた木版出版社「田中文求堂」で修業の末独立し「山田芸艸堂」を開業。のちに兄の市次郎と弟の金之助が営んでいた「本田雲錦堂」と合併し、現在の形となった。

そして芸艸堂が成長を遂げた背景には、かつて一大産業として発展し、世界からも注目を集めた京都の伝統工芸が関係していた。

美術印刷と京都の地場産業との意外な関係

茶道、華道、能、花街など、さまざまな日本文化が発展した京都において、そこに付随する「着物」産業もまた、切っても切り離せない関係であった。

絢爛豪華な「西陣織」による織物、色鮮やかな「友禅染」による染物など、日本最高峰の技術が結集され、地場産業として大いに発展した着物文化こそが、「着倒れの京都」と称される所以だ。

着物産業と木版和装本。すぐにはピンと来ないかもしれないが、そこには両者の意外な関係が隠されていた。

京都の着物といえば、西陣織や京友禅など、仕立てに関する技術や工程にスポットが当てられがちだが、それだけが着物を作る過程ではない。

かつて京都の街中には、着物の「意匠」を考案する多数の図案家が存在した。現代風にいうと「デザイナー」。着物の生産がさかんになればなるほど、着物の図案もより多くのパターンが求められるのは必然だろう。最盛期、ひと月に30ものパターンを作成していた図案家もいたと言われている。

その図案を集約し、一冊の本にして発刊していたのが芸艸堂。それはいわば図案家の作品集で、新たな「意匠」を考案するための重要なツールとなる。

図案家が考案したデザインの原案を、より忠実に、美しく表現できたのが、芸艸堂の木版技術であった。

時代を超えて受け継がれる、モダンなデザインの数々

現在代表を務める四代目の山田博隆さんは、代々受け継がれた出版技術や膨大な版木を生かし、当時の人気シリーズの復刻にも取り組んでいる。

代表で四代目の山田博隆さん
代表で四代目の山田博隆さん

そのひとつが、明治時代の代表的な図案家・神坂雪佳の作品集である『滑稽図案』。明治36年に初版が発行され、昨年、15年ぶりに重版された。摺り師による印刷技術、製本技術を結集し、初版の版木をそのまま用いている。貴重な版木と職人技を現代まで受け継いだ、芸艸堂だからこそ復刻できる渾身の一冊だ。

再版された『滑稽図案』。明治時代の色合いを見事に再現
再版された『滑稽図案』。明治時代の色合いを見事に再現

神坂雪佳といえば、琳派の影響を受けた『四季草花図』などの日本画が著名だが、そこには想像していたよりも、ずっとポップで鮮やかな世界が広がっていた。

山田さんによれば、この滑らかで発色の良い風合いは版画でなければ出せないという。

素人目に見ても、色が持つマットな質感や独特の重厚感に、高度な職人技が感じられる。

滑稽図案
上:「滑稽図案」神坂雪佳/下:花づくし「松竹梅」古谷 紅麟(雪佳の弟子)

そのモダンな配色にも驚いた。伝統的な草花などの図案が、ピンクや薄紫、黄色などのパステルカラーで表現されていたり、鮮やかなオレンジなど、意外な色彩も多くみられる。

収録された図案は47点で、ユーモアに富んだ動物画や抽象的なパターン画は、現代に続くテキスタイルデザインの先駆けと言えるだろう。

滑稽図案
滑稽図案

また、神坂雪佳の展覧会が2003年に京都国立近代美術館で開催された際、雪佳の図案集が再評価された。百貨店のポスターなどに採用されたり、2007年と14年にはユニクロのTシャツに用いられたりするなど、雪佳の図案は現代においても注目を集めている。

時代に即した商品化にも柔軟だ。受け継がれた版木のなかには伊藤若冲や歌川広重など著名な絵師の図柄もあり、それらを活かしたポストカードやぽち袋、クリアファイルなどの制作も積極的に行う。

芸艸堂
芸艸堂

また、必要に応じてオフセット印刷も活用。葛飾北斎や尾形光琳ら江戸時代の代表絵師の作品を和綴じ豆本にしてシリーズ化するなど、需要に合わせてさまざまな商品を提案している。

芸艸堂
江戸時代の著名絵師の作品を集めた和綴じ豆本シリーズ
江戸時代の著名絵師の作品を集めた和綴じ豆本シリーズ

それもすべて、芸艸堂が代々受け継いできた版木があってこそ再現できるもの。原案となる図案が刻まれた膨大な版木は、店舗裏の「版木蔵」に大切に受け継がれていた。

まるで版木の博物館!名作・名著の版木が結集。

神坂雪佳の図案集など、美術書の出版を主軸にしていた芸艸堂は、木版出版社の衰退・廃業が相次ぐなか、手摺木版にこだわり続けた。同時に、廃業や活版、オフセット印刷への転換にともない同業者から放出された版木を一手に引き受ける役割も担っていた。

東京・吉川弘文館や大阪・青木嵩山堂、そして初代が修業を積んだ京都・田中文求堂など、数々の名著の出版を手掛けた版元の版木を収集し、同時に版権も譲り受けた。その版木は店舗裏の「版木蔵」に大切におさめられている。

天井いっぱいに版木が積まれた蔵内
天井いっぱいに版木が積まれた蔵内
芸艸堂の版木

築100年近くになるという天井の高い蔵いっぱいに、版木が積み上げられた光景は圧巻の一言。この中に、あの江戸時代の名著『北斎漫画』の版木が含まれていた。

200年前の名著「北斎漫画」を復活!職人技術の集大成。

北斎漫画は、江戸後期に葛飾北斎が門下生のためにさまざまな題材をスケッチしまとめたいわば絵画のお手本集。動植物、妖怪、風景や当時の民衆の様子など、3900もの図が全15編(巻)にもわたり収められている。初版は文化十一年(1814年)、北斎が50代半ばの頃に発刊され、没後の明治11年に最終巻となる15編目で完結したロングセラーシリーズだ。

山田さんは、「時代を超えて愛される北斎漫画を復活させたい」と、2016年に再版することを決意。

和紙の調合から摺り師による木版摺り印刷、職人による製本など、芸艸堂が持てる限りの木版・製本技術を駆使して制作をスタートさせた。

版木

まずは和紙の調達から始まった。北斎漫画に使用する和紙は薄くて丈夫な楮を原料とした土佐の「須崎半紙」を使用。しかし贔屓にしていた漉き元はすでに廃業しており、新たに半紙を調合し、摺り師と試し摺りを行いながら一から作り上げる必要があった。

今回の再版は1編平均29丁(見開き1ページ)×全15編×150部で、必要な半紙は約80000枚。それらを均質に、印刷に適した調合で漉くのに約5ヶ月を要したという。

さらに、工程の中で最も重要な作業となるのが摺りの部分。北斎漫画は墨色、淡ねず色、肉色の3色摺りなので、1つの図に対して3回に分けて色を重ねていく。

絵具(顔料)の調合、摺る力加減ひとつで表情が異なる仕上がりになる木版摺り。当時の趣を再現するため、数少ない摺り師のなかでも、さらに限られた熟練者にしか与えられない大仕事だ。

北斎漫画

1編が29丁なので、単純計算でも1冊の摺り度数は87摺り。全15編では1000を超える摺り作業が必要で、使用する版木の数は700枚を超える。それを150部制作するという、気の遠くなるような作業を繰り返し繰り返し行っていく。

最後は経師といわれる職人の手で、一冊ずつ製本する。経師も、現在は数えるほどしか残っていない。

北斎漫画

こうして2017年、1年余りの歳月をかけて全15編の北斎漫画が復刻した。

北斎漫画
北斎漫画
北斎漫画

「100冊作ってちょうどいい」。現代における理想の本の作り方とは。

現代においても手摺木版にこだわり、数々の本を出版する芸艸堂。ひとつひとつ手作業で生み出される本を、山田さんは「100冊作ってちょうどいい」と話す。

山田さん

実際、再版された『滑稽図案』は100部限定、『北斎漫画』全15編は150部限定。和紙の調合から始まり、紙一枚無駄にできない印刷工程のなかで、一冊ずつ人の手によって編み出された珠玉の作品集だ。

改めて『滑稽図案』を眺めてみても、その風合い、その表情はまったく色褪せていない。それどころか、その図案が各界の意匠に用いられるように、現代のデザイナーにも影響を与え、アートブックのような役割まで果たしている。

滑稽図案

現代において、紙の本はもはや嗜好品となりつつあり、人々はより質の高さを本に求めるようになる。

だからこそ、美術書出版としてスタートし、手摺木版でしか表現できない印刷技術を今なお誇る芸艸堂の本が、あらためて強く支持されるのではないだろうか。

本の売れない時代において、本当に本を求めている人のために心を込めて作り、時間を掛けて確実に手渡す。それは、大量印刷・大量返本という現実に疲弊している出版業界が立ち返るべき、理想の本の作り方のようにも感じられた。

<取材協力>
株式会社 芸艸堂
https://www.hanga.co.jp/

文:佐藤桂子
写真:松田毅

※こちらは、2019年5月17日の記事を再編集して公開しました。

洋食やスイーツも似合う漆器「RIN&CO.」の硬漆シリーズが気軽に使える理由

冬は雪深く、一年を通して湿潤な地域が広がる北陸では、独自の風土がさまざまな工芸技術を育んできました。

そんな北陸の地で2020年1月誕生したのが、ものづくりの総合ブランド「RIN&CO.」(りんあんどこー)。

漆器や和紙、木工、焼き物、繊維など、さまざまな技術を生かしたプロダクトが動き出しています。

RIN&CO.
RIN&CO.
RIN&CO.
RIN&CO.

今回は「RIN&CO.」の第一弾として発表されたプロダクトをご紹介。製作現場を訪れ、北陸のものづくりの魅力に迫っていきます。


*ブランドデビューの経緯を伺った記事はこちら:「漆器の老舗がはじめた北陸のものづくりブランド「RIN&CO.」が生まれるまで」

洋食器の佇まいを持つ漆器

今回ご紹介するのは、漆器の技術を使った「硬漆シリーズ」。

「RIN&CO.」硬漆シリーズ

見た目は洋食器そのもの。これが漆塗り?と思わず疑ってしまうほどです。繊細な色合いで大小さまざまなサイズがあり、どんなシーンで使おうかと想像がふくらみます。

この商品を手がけるのは、越前漆器の産地、福井県鯖江市河和田(かわだ)地区で、200年以上の歴史を持つ漆器の老舗、漆琳堂(しつりんどう)。

漆琳堂

1793年創業の漆琳堂
1793年創業の漆琳堂

代表の内田徹さんは、「RIN&CO.」を立ち上げたご本人でもあります。

漆琳堂8代目の内田徹さん
漆琳堂8代目の内田徹さん

「漆器を購入する人は50代以上の方がほとんどで、“敷居が高い”“手入れが大変”と思われることも多かったんです。もっと幅広い世代に漆器を使ってもらいたいという想いから、今回のプロダクトを考えました」

RIN&CO.

「漆器というとお椀のイメージがあるかもしれません。しかし、硬漆シリーズでは和食器に多い『高台』(お椀の底につけられた輪状の台)をつけず、現代の食生活にも合うよう、シンプルでこれまでの漆器にはない形状を目指しました」

このように、通常の漆器は高台が付いているのが一般的
このように、通常の漆器は高台が付いているのが一般的

こちらが硬漆シリーズのうつわ。洋食器を思わせるデザイン
こちらが硬漆シリーズのうつわ。洋食器を思わせるデザイン

色も定番の赤と黒だけでなく、青、グレー、ピンクなど全10種類。

例えば同じ青でも、数えきれないほどのカラーバリエーションから試作を重ね、どんな料理も引き立つような色を選んでいったそう。

重ねるとグラデーションのようになり、色の美しさが際立ちます
重ねるとグラデーションのようになり、色の美しさが際立ちます

塗りは一つひとつ職人の手作業によるもの。よく見ると、器の表面に独特の筋が入っています。

刷毛目の美しさが際立つ「RIN&CO.」硬漆シリーズ

「これは刷毛目 (はけめ) という、漆を塗った時の刷毛の跡なんです。

通常の漆器は“真塗り”といって刷毛の跡が目立たないように漆を塗りますが、ツルツルして光沢がある分、指紋や傷が目立ちやすいのが難点。しかし、硬漆シリーズではあえて刷毛目を残すことで、凹凸により指紋や傷がつきにくくなっています」

RIN&CO. 刷毛目の美しさが際立ちます
刷毛目の美しさが際立ちます

塗師の手の跡が器に刻まれる

工房にお邪魔すると、ピンと張り詰めた空気のなか、漆塗りの職人である「塗師(ぬし)」がまさに漆器の塗りを行っている最中でした。

漆琳堂では内田さんのほかに4名の塗師が塗りを手がけています
漆琳堂では内田さんのほかに4名の塗師が塗りを手がけています

RIN&CO.

通常、漆器は木の器に漆を塗る準備をする「下塗り」、漆器の土台となる「中塗り」、仕上げの「上塗り」と漆を重ねていきますが、硬漆シリーズでは刷毛目をより際立たせるため、磨いた状態の器に直接上塗りを施していきます。

刷毛目を残す伝統技法は、上塗りのなかでもとても高度な技術だそう。

「刷毛の筋が少しでもブレると塗り直しになります。力加減も常に一定でないと、均一の模様にはなりません。職人の手の跡がそのまま商品となる、まさに一発勝負の商品なんです」

息を止めて見入ってしまいます
息を止めて見入ってしまいます

それにしても不思議なのは、塗り始めも塗り終わりが見えないこと。つまり、刷毛の跡がずっとつながっているように見えるのです。

「RIN&CO.」刷毛目の塗り終わり

「これも刷毛目の技術の一つ。塗り終わりの跡がつかないよう、器からシュッと刷毛を抜ききることが大切なんです」と内田さん。

器一つひとつに美しいラインを描いていきます
器一つひとつに美しいラインを描いていきます

底面は、黒の刷毛目で
底面は、黒の刷毛目で

食洗機にも使える独自の漆

塗り終わった漆器は、「むろ」と呼ばれる漆器専用の乾燥室に入れます。

漆が乾くメカニズムは、一般的な「乾く」という概念とは大きく異るもの。通常は水分が空気中に出ていくことで乾くのに対し、漆は空気中の水分を取り込むことで、液体から個体に硬化していくのです。

山に囲まれ、湿潤な地域が多い北陸は、漆器をつくるにはまさにうってつけの環境。この風土が産業を大きく発展させてきました。

漆器をかわかす「むろ」

さらに、これまで天然素材であるがゆえに熱に弱いと言われていた漆でしたが、硬漆シリーズでは、漆琳堂と福井大学、福井県の産学官が連携して開発した独自の漆を採用。

*関連の読み物はこちら:「『食洗機が使える漆器』が漆の常識を変えた。開発秘話を職人が語る」

食洗機にも耐えられる高い耐熱性を実現し「手入れが大変」というイメージを払拭した普段使いしやすい漆器が誕生しました。

日用品としての漆器を再び

「漆器は工芸品ではありますが、誕生した大昔から日常で使われてきました。特別なものではなく、使ってもらってこそ価値があるのだと思います」

と語る内田さん。

今後もカラーバリエーションを増やしていくそう
今後もカラーバリエーションを増やしていくそう

毎日の食卓にも気軽に使えて、手塗りのあたたかみも感じられる硬漆シリーズは、時代とともに忘れられていた「日用品としての漆器」の魅力を再び引き出したプロダクトなのかもしれません。

深皿はパスタやラーメンにちょうど良いサイズ。普段のおかずも色とりどりの小皿に盛りつけて並べるだけで、ぐっと華やかになりそうです。

 RIN&CO.
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 RIN&CO.
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あなたならどんな料理に合わせますか?

文:石原藍
写真:荻野勤、中川政七商店

<掲載商品>
RIN&CO.「硬漆シリーズ」
https://www.nakagawa-masashichi.jp/shop/e/ev0164/

<取材協力>
株式会社漆琳堂
福井県鯖江市西袋町701
https://shitsurindo.com/

【わたしの好きなもの】かもしか道具店 すりバチ

溝がないのに食材がすれる、不思議なすりバチ


普段、休日はなるべく僕が料理を担当するようにしています。
料理をするのは好きで、本やネットでレシピを見ていろいろチャレンジをしています。時間に余裕があるときはちょっと手の凝ったことをしたくなって、いろんな道具を使うこともあります。



僕はゴマが好きなのですが、すりゴマを食べるなら自分ですりたい派です。
市販のすりゴマを使えば楽で何より時短になりますが、すっているときに段々と漂ってくるゴマの香りが好きで・・・。

しかし、一般的なすりバチは溝にゴマが詰まりやすくてきれいにゴマが取れず勿体ない気がしていました。
それにゴマをするだけの道具となり、洗い物が余分に増えてしまう・・・。中々積極的に使用できませんでした。

そんな悲しい現実を解決してくれたのが「かもしか道具店 すりバチ」です!




このすりバチ、本当にすれるのか?と思うくらい溝がありません。
手で触るとよくわかるのですが、非常にザラザラな表面に仕上がっています。
このザラザラした焼き締めの土肌が溝の役目を果たしてくれて、見事にゴマをすることができるのです。

これなら溝にゴマが詰まる心配もいりません。




それに、見た目も落ち着いた雰囲気で、自然と食卓に馴染んでくれます。僕は黒を選びましたが、どの色も食卓に馴染んでくれそうです。

このすりバチの中ですった食材と調味料などを和えたりして、このうつわごとそのまま食卓に並べても手抜き感がでません!むしろ手の凝った感じを演出してくれます。
これなら余分にお皿を準備する必要がないので、洗い物が増えません。




さらに!離乳食作りにも大活躍!
妻がよく言っていました。「ブレンダーがあると楽だけど、しらすをちょっとすり潰したいときに使えない・・・。」
湯通ししたしらすをすり潰したいとき、ある程度量がないとブレンダーでは歯が当たらず、満足に潰すことができないこともありました。

そんなに量は必要ないけど、しっかり潰したい。そんな時にこのすりバチが活躍してくれます。
安定した形でほどよく重みもあり、すりバチがぐぐぐとすりコギを受け止めてくれるので、しっかりとすり潰すことができます。




ちなみに最近作って美味しい!と思ったのが「マグロのなめろう」。本来なめろうはアジで作るのが主流ですが、ちょこっとアレンジでマグロを使ってみました。
すりバチでマグロの身をすると、口当たりがとても滑らかに!最後に角切りにしたマグロとアボカドを入れて和えてみました。ごはんの上にのせても美味しい、酒の肴にもぴったりなおかずが完成しました!

このすりバチは底が広めなので、ちょっとしたおかず程度なら、こぼれる心配なく全体に味がしっかり馴染むように食材を混ぜ合わせることができます。
このレシピでも、マグロとショウガやネギが程よく混ぜ合わさって、美味しく仕上がりました。これもうれしいポイントのひとつです。




溝がない不思議なすりバチ。とても使いやすいので、あのレシピもできるのでは?あれも作ってみよう!とアイデアや欲がどんどん湧き出てきます。
このすりバチを使っていろんな料理にチャレンジして、自分の料理のレシピの引き出しを増やしていこうと思います。


編集担当 森田

<掲載商品>

かもしか道具店 すりバチ