夏によく見るあの”缶”が有田焼に?再現することで見えてきた工芸の面白さ

日本の夏の風物詩と聞いて、どんなものが思い浮かびますか? 
風鈴、うちわ、花火、蚊取り線香…

金鳥さんとのコラボレーションも5年目となる今年、中川政七商店では、夏によく見るあの“缶”を有田焼でつくりました。

左が有田焼でつくる「金鳥の渦巻蓋物」、右が本家本元の「金鳥の渦巻 ミニサイズ(缶)」

有田焼と言えば、「世界の有田」とも称され、ヨーロッパの王侯貴族の間で絶大な人気を博した歴史を持ち、日用品だけでなく美術品までつくってきた産地です。
人の手でつくっているのに、この精巧さ。
ちょっと見ただけでも、有田焼の技術の粋が活かされている気配を感じます。

つくり手の幸楽窯さんから、「常識を超えたものづくり」と言われたという開発秘話を求めて、有田焼の産地を訪ねました。

幸楽窯。入口にある、大きな焼き物でできた看板が目印

こだわったのは、工芸ならではの表現

デザイナーの羽田さんに聞けば、完成に至るまでに6度の試作を繰り返したと言います。

「こだわったのは、工芸ならではの味わい深さです。
金鳥さんにデータをいただいて、そのまま転写すれば、もっと似たものをもっと安価につくることも可能でした。
でもそれなら、あえて中川政七商店が新たにつくる必要はないんです」

たしかに、色のゆらぎやまっすぐではない線が、味わいを生んでいます。
羽田さんの期待に、120%の全力で応えてくださったのが、幸楽窯の徳永隆信さんでした。

幸楽窯の徳永隆信さん。有田焼の立雛飾り、武者飾りも手がけていただいてます

「試作をアップする度に、もう少しゆらぎがほしい、と言われて。

羽田さんとは、雛人形、武者人形と一緒につくってきて、
回を重ねるごとに、要求とそれに応える技量が互いに高まってきてるので、次はどこまで求めてくるんだろうと、怖いながらも腕の見せ所とわくわくしてましたが…
案の定大変でした。笑」

細部へのこだわりの連続だった、というものづくりは、どのように生まれてきたのでしょう。
早速現場を案内していただきました。

伝統工芸士が描く、手描きの原画

伝統工芸士の山口浩子さん。伝統工芸士は、実務経験が12年以上ある人に受験資格があたえられる国家資格。職人技を後世に伝えるためにも重要な認定制度です

蓋を描くのは、なんと「伝統工芸士」の山口浩子さん。
過去には、4か月かけて日本画の江戸の町を再現したことも。細かいものはお手の物だと言います。

「金鳥の渦巻」のあの細かいデザインを手で描くなんて、にわかには信じられませんが、実際に描いてる様を見せられては、信じないわけにはいきません。

製造分すべてを手描きでつくると価格が跳ね上がってしまう為、ひとつ原画を描いていただき、それを転写で再現していきました。

この線、本当に手で引いてるの?と思うような美しさと、手描きならではの少しのゆらぎ。いつまでも眺めていたくなる仕上がりです。

転写と言っても、蓋の側面の金は一つひとつ筆で着色している

5色に13版。常識を超えた細部へのこだわり

そのこだわりは、転写の版数にも表れています。
まじまじと見てみれば、同じ緑の中にも濃淡があることに気付きます。これも、あえて、そうつくっていったのだとか。

同じ色の中でも濃淡がある。筆で描いたようなゆらぎを表現

本体も、金鳥さんからデータをいただいてコピーするのではなく、
デザイナーがいちから手で描き起こした図案で、版をつくっていきました。

「しかもこれ、線だけじゃなくて、色のムラもあるでしょう。
蓋と身あわせて全体で5色なんですけど、13版使ってるんですよ。ふつう13版も使うような場合、それだけ色数が多いんです。
5色で13版っていうのは、常識を超えてますね」

左は、初期につくった試作品。右の最終のものに比べて版数が少ないため、色ムラが少なくのっぺりした印象。金の色も全然違います

徳永さん、常識を超えてる!と言いながらも、嬉しそう。
どうして?と聞いてみると…

ロストテクノロジーの復活?技術を思う存分活かすものづくり

オンラインMTGの風景。楽しそうに、やり取りした資料を見せてくださる徳永さん

「バブルが崩壊して以降、とことんこだわり抜いてものづくりしましょうという依頼自体がまず少ないんです。
そうなってくると、技術がどんどん失われていくでしょう。ロストテクノロジーですよ。

ただ、求められてないのに、これだけ時間をかけて秘伝の技術でつくりましたと言っても、それって誰がほしいんだろうって。
今回のように、依頼する人と、それを実現する人の両者がいて、いいものづくりが続いていく。

職人がつくれないと言ったらそれまでなんだけど、そこを何とかやってもらう為に、実現に向けて動くのが僕の役割だと思ってます。
そういうものづくりは、セッションのような感覚で、持ち技を互いに足していくような高揚感があって、とても楽しいです」

どうやら、生みの苦労が、喜びにもつながっていたよう。
幸楽窯のスタッフさんも、「徳永さん、苦しそうに楽しそうにつくってましたよ」と口々に言っていました。

デザイナーのこうしたい!というこだわりと、徳永さんの不可能を可能にするディレクションと、有田焼のたしかな技術をもつ職人さんと。
うまくピースがはまった結果、今回の商品が生まれてきたことが分かります。

つくり手達の高みのセッション

そうして、苦しそうに楽しそうにものづくりが進んでいった中で、幸楽窯さんからの提案もたくさんあったと言います。

付属の渦巻は当初、蓋の裏に絵を描くつもりだったそうですが、
絵では物足りない!と感じた徳永さんの方から、立体でつくろうよとご提案いただきました。

左は、当初予定されていた絵。右が、立体でつくった最終の仕上がり

「絶対立体がいいと思ったから、軽い感じで、できるできると言って、現場に持っていったら、間隔が詰まってて細いので、石膏では型がとれなくて。
シリコンで型つくったり、成形した後は、ちょっとでも力を入れると折れてしまったので専用の運搬トレイをつくったり、
意外と大変だったんですが、現場のみんなが、またか~という感じやってくれたんですよね」

話しながら、灰の部分をもう少し短くしてもいいかな…と、どこまでも追及していく姿。こんなふうに真摯にものづくりに向き合う姿が、産地の職人さん達をどんどん巻き込んでいくのだと感じます。

「あの鶏、実は3羽いるんです」

言われて初めて気付いたのですが、本体を囲む鶏、実は3種類いるのだそうです。

人の手ならではのものづくりを追い求める羽田さんに、
だったら、鶏も同じパターンを使いまわさずに、3羽くらい描いて散らした方がいいよと。

「言っちゃったら最後、すぐさま羽田さんが3種描いてくるんですよ。嬉しそうにもってくるもんだから、こっちもやらざるを得ない」

よくよく見てみれば、たしかに少しずつ違う3種類の鶏がいました。
実物を見る際には、じっくり眺めて愉しんでいただきたいポイントです。

一つひとつ転写シートを貼っていく様子。転写シートと言っても、継ぎ目が分からないように貼るには職人の技術を要する

餅は餅屋。虫はジェレミーさん。

最後に、忘れてはいけないのが、底に描かれた蚊の姿です。

“全く蚊はとれない”のですが、「金鳥の渦巻」を写すからには、蚊をつかまえたい…
そんな想いで、中には死んだ蚊の姿を描くことにしました。

聞けば幸楽窯さんには、
「餅は餅屋。虫ならこの人」という、虫のプロフェッショナルがいるというじゃないですか。
3年前、カナダから単身有田にやってきた、アーティストのジェレミー パレ ジュリアンさん。

インタビューした際も、蚊の真似をしながら話してくださいました

「虫は大好き!これまでも沢山描いてきたけど、好きだから生きてる姿しか描いたことなかった。
でも、蚊は嫌い!だから、死んでる姿でも描けた。描いたことなかったから真似しながら。笑
大変だったよ!」

虫のプロフェッショナルと言えども、死んでる蚊を描くのは初めてだったそうで、何度も描きなおしては提案してくださいました。

一匹の蚊を選ぶためにたくさん描いてくださいました

人の手から生まれる“ゆらぎ”を愉しんで

こうして、つくり手達の高みのセッションで生まれた「金鳥の渦巻蓋物」。
実は、まだまだ語り尽くせていないお話があったりもするのですが、百聞は一見にしかず。ここから先は、実際に目で見て愉しんでいただけたらと思います。

最後に、改めてデザイナーの羽田さんに、今回の商品に込めた想いを聞いてみました。

「金鳥のコラボシリーズを買う方の中には、初めて中川政七商店でお買いものされる方も多いんです。
あんまり中川政七商店のことも知らないし、工芸への興味が薄い方も多いかもしれない。でも、中川政七商店に来たということは、少なからず“工芸の入口”に来てくださった方々。
せっかく“入口”にきてくれたお客さんに、工芸の魅力を伝えたかったんです。

中川政七商店でつくる商品はどんなものも、日本の工芸をベースにつくっているけれど、パッと見て分かる物ばかりではないですよね。

今までは缶でしか見たことがなかったけど、それを有田焼で表現するとこういう風になるのか、という明らかな違いが分かることで、
工芸って意外と面白いじゃんとか、魅力的だなとか、ものづくりにも興味をもってもらえたらいいなと。

コラボ商品を通して、どう工芸の豊かさを伝えていくかを模索する中で、
少し工芸に興味を持つきっかけになるような、“工芸の入口”を象徴するアイテムになったんじゃないかと思ってます。

値段的には全然入口ではないんですけどね。笑」

たしかに、見た瞬間、面白い!と感じ、ものづくりの背景を知りたくなり、知るほどに愛着が増していきました。

工芸に興味がない方にも、とにかくまずは見ていただきたい。この商品が、誰かにとっての「初めての有田焼」体験になれば、工芸って面白い!と思うきっかけになるんじゃないか。取材する中でそんな想いが芽生えてきました。

中川政七商店がつくる、新たな「工芸の入口」。
発売は6月1日(水)からですが、5/18(水)からは、先行で中川政七商店 渋谷店にて展示しています。

興味がわいた方、渋谷に立ち寄られた方、ぜひ実物を見にいらしてください。
工芸の世界が、口を大きく開けてお待ちしています。

<取材協力>
幸楽窯(徳永陶磁器株式会社)
佐賀県西松浦郡有田町丸尾丙2512番地
0955-42-4121
サイトはこちら

取材写真:藤本幸一郎
商品写真:眞崎智恵
文:上田恵理子

<掲載商品>
有田焼の渦巻蓋物

<関連特集>

金鳥×中川政七商店 コラボレーション第5弾は、工芸職人の技術を集結した「日本の夏の暮らしの道具」全22種を発売。

毎年完売が続出する「手捺染てぬぐい」や、「手刷り丸竹うちわ」や「レトログラス」など、職人の手仕事が感じられる道具を通じて、心地好い夏の暮らしをお届けします。

モデル在原みゆ紀さん、安井達郎さん着用レビュー「布ぬのTシャツ」

日本の織や染の魅力を、Tシャツを入口に知って好きになってほしい。そんな想いでつくった「布ぬのTシャツ」。
わたしたち中川政七商店スタッフの日本の布への愛着は増す一方ですが、
実際に着用してみるとどんな感想が生まれるのかを聞いてみたくて、その撮影現場にお邪魔してきました。

お話をお伺いしたのは、いつも中川政七商店の服を素敵に着こなしてくださっているモデルの在原みゆ紀さんと安井達郎さん。
お仕事でたくさんの服を着てこられたモデルさんから見て、今回のTシャツはどんな着用感だったのでしょうか。モデルさんならではのコメントや着こなしのポイント満載でお話いただきました。

早速どうぞ。

「家族みんなが着られるTシャツ」モデル在原みゆ紀さん

日本の織や染の魅力を、Tシャツを入口に好きになってほしい、そんな想いでつくりました。Tシャツについて、どんな感想をもたれましたか?

「最初はまずびっくりしました!笑
趣味で色々なTシャツを集めてるんですが、布がくっついてるものは見たことがなかったので、新しい発想だなと思いました。
 
私自身、大学で日本の伝統文化を勉強してたので、誰でも気軽に取り入れやすい商品を通して、日本の文化を知るきっかけになるのはすごくいいことだと思ってます。
素敵が詰まった一枚だなと思ったし、私も着れて嬉しいです」

在原さんが着用されているのは、香川県「保多織」の布ぬのTシャツ

これまでにも様々なTシャツを着てこられたと思いますが、Tシャツに求めるのはどういうところですか?

「自分が集めてるのはヴィンテージのものが多いのですが、
新しいものなら着心地とか通気性とか、このTシャツの袖口のようにちょっとした工夫やこだわりがあるようなものも好きです」

体のラインに合わせて肩が落ちるようにパーツに工夫をほどこしている

今回のTシャツは着てみてどうですか?

「これはすごく着心地がいい!生地がめちゃめちゃ気持ちいいです。
しかも、上品なテイストなので、家族みんなでシェアできそうですよね。お母さんも着れるし、若い方も着れると思います。
アクセサリーとか小物の合わせ方次第で、Tシャツだと入りづらい店にも全然入れるなと思いました」

綿100%でありながら光沢感のある加工をほどこしているので、上品な仕上がりに

上品に着れるように素材の加工をしているので、そう言っていただけて嬉しいです!
このTシャツをご自分でスタイリングするなら、どんなものをあわせますか?

在原さんがご自身でスタイリングした組み合わせ

「今着てるのが自分でスタイリングしたものなんですけど…

ウエストに裾をインしてあげると、女性らしさが出るなと思いました。
男性用もあってペアルックもできるので、並ぶって考えたら余計シルエットに変化を出した方がいいかなと。男性は裾を出すだろうから私は入れてみました。
あとは、パンツにボリュームがある方が今っぽいので、ウエスト高めでボリュームのあるものを合わせてます」

最後に、ご自身で服を買う時の選ぶポイントがあれば教えてください。

「ずっとそれを着たいかどうかを大事にしてます。
これ着たい!かわいい!と思うものはたくさんあるのですが、
来年も着たいかなとか、雨の日でも着たいかなとか、
どんなシチュエーションでも自分が着たいと思えるものであれば長く愛せると思うので、
そういうことを考えて買うようにしています」

在原さんの「家族みんなで着られますね」というコメントが印象的でした。
「布ぬのTシャツ」の撮影には、10代~60代までの幅広い年代の方にご参加いただいたのですが、たしかに皆さんそれぞれに魅力的でした。

「手ざわりを愉しめるTシャツ」モデル安井達郎さん

日本の織や染の魅力を、Tシャツを入口に好きになってほしい、そんな想いでつくりました。Tシャツについて、どんな感想をもたれましたか?

「まず思ったのが、見たことがないデザインだなって。
真ん中にぐっと目を引かれる。なんなんだろう?って注目を引くデザイン。近寄ってみると布が刺繍されていて、実際に触ってみると触り心地がいい。ついつい触ってたくなるような気持ちよさ。
手ざわりを愉しめるTシャツって珍しいですよね」

たしかに、手ざわりを愉しめるというのは、プリントではなく布を刺繍している「日本の布ぬのTシャツ」ならではの魅力かもしれません。

保多織の布ぬのTシャツ。美しいワッフル状の凹凸があり、さらっとした肌ざわり

これまでにも様々なTシャツを着てこられたと思いますが、Tシャツに求めるのはどういうところですか?

「やっぱりシルエットが一番大事ですね。あと素材感。
このTシャツはデザインに注目しがちだけど、コットン生地の着心地がめちゃめちゃいいです。地の素材がいいから、真ん中の布もより上質に見える。
形も好きです。ちょうどいいボックスシルエットで」

このTシャツをご自分でスタイリングするなら、何をあわせますか?

安井さんがご自身でスタイリングした組み合わせ

「Tシャツって一枚で着ることもあれば、インナーとして使うこともあって、それぞれでちょっと用途が違うというか。
今回のは一枚で着た方が断然かっこいい。

Tシャツを主役に、服自体はシンプルに着たいので、メガネとか時計とか小物で遊びます。パンツは何でも合うと思います。ショート丈でもデニムでもカーゴパンツでも」

最後に、ご自身で服を買う時の選ぶポイントがあれば教えてください。

「年を重ねるごとに、なるべく長く使えそうなものを選ぶようになりましたね。
最近は特にベーシックなものが好きで、1シーズン2シーズンだけじゃなくて、ずっと大
切に着ていけるようなものを選んでます。

あと今回のように、コンセプトがちゃんとしたもの、つくってる人の意図が見えるものは興味が沸くし好きです。
コンセプチュアルな服をたまに購入して、自分が持ってるベーシックなものにあわせていくのを愉しんでます」

インタビュー中、布の感触を確かめるように触れている姿が印象的でした。

今回のTシャツは、徳島の阿波しじら織、香川の保多織、富山のボーラレースの3つの日本の布で、全17種類のラインアップのTシャツをつくりました。
それぞれその布ならではの特徴があり、触り心地が違うのも面白いところ。ぜひ愛着を持って愉しんでいただけたらと思います。

お二人にご協力いただいた「布ぬのTシャツ」の写真は、オンラインショップの特集ページで余すことなくご覧いただけます。
インタビュー時に着用したTシャツ以外にも様々な種類のものを着用いただきました。
どんな組み合わせも素敵なのでぜひ見てみてくださいね。

<関連特集>

“穴”を開けることで美しくなる。異色の技法が生む「ボーラレース」


衣服、寝具やインテリアなど、さまざまな場面で私たちの暮らしを支え、彩ってくれる「布」。改めてそれらを眺めてみると、実に多様な特徴を持っていることに気づきます。

気候や文化、つくり手の工夫などの影響を受け、日本の各地で個性豊かな「布ぬの」が生まれてきました。

その魅力を多くの人に知ってもらいたい。好きになってもらいたい。そんな想いで「日本の布ぬのTシャツ」をつくりました。

今回選んだ3つの「布ぬの」の歴史や特徴、つくり手の想いを取材しています。ぜひご一読ください。

富山のレース工場 ルジャンタンがつくる刺繍レース

ボーラレースを中央に配置した「布ぬのTシャツ」

今回は、富山県のレース工場ルジャンタンがつくる「ボーラレース」を紹介します。その名前の通りレース生地の一種ですが、一体どんな「布」なのでしょうか。同県小矢部市の工場を訪ねました。

富山県小矢部市にある株式会社ルジャンタン

「ボーラレースは、穴の開いたレース生地のことです。ボーラというのは、生地に穴をあける錐(キリ)のことですね」

そう話してくれたのは、ルジャンタン代表取締役社長の髙畑剛さん。元々勤めていたレース工場が閉鎖したことを受けて1987年に同社を創業。30年以上にわたり、小矢部の地でレース生地を手がけてきました。

ルジャンタン代表取締役社長の髙畑剛さん

カーテンや布団のシーツ、女性の衣服などのイメージがあるレース生地ですが、大きくは機械レースと手編みレースに分類され、機械レースはさらに幾つかの種類に分かれています。

ルジャンタンの工場内。左右に見えるのがレース機
複雑な柄も見事に表現できる刺繍レース

その機械レースの中で同社が専門としているのが、生地に刺繍をするタイプの「エンブロイダリー(刺繍)レース」と呼ばれるもの。

「ボーラレース」も刺繍レースの一種で、生地に穴を開け、その穴を糸でかがりながら刺繍を施していきます。

錐(ボーラ)で穴を開け、その周囲をかがって刺繍していく

人間の根源的欲求につながる「ボーラレース」の美しさ

同社 専務取締役の髙畑哲さん曰く、「ボーラレース」の魅力は「豪華で高級感のある仕上がりになる」こと。

かつて車のシートカバーにレース生地が多く用いられていた時代にも、「ボーラレース」は高級感があるということで好評だったそうです。

ルジャンタン専務取締役の髙畑哲さん

「諸説ありますが、紀元前の頃から衣服の穴をかがって繕うということがおこなわれていて、そこから発展したものがレース生地であるとも言われています。

穴を上手に活かして美しく見せるというのは、どこか人間の根源的な欲求につながる行為・デザインなのかもしれないですね」と哲さん。

剛さんも「そう考えると、穴をかがってつくる『ボーラレース』こそ、最もレースらしい特徴的な生地と言えるのかもしれない」と応えます。

生地に穴を開けるという異色の技法でつくられる「ボーラレース」
「日本の布ぬのTシャツ」に使用した生地

熟練の技が必要な”パンチング”という工程

「ボーラレース」も含めて、ルジャンタンの刺繍レースは、基本的に専用のレース機を用いてつくられます。機械とは言っても、その設定やデザインデータの作成は難しく、一筋縄ではいきません。

デザインが決まったら、そのデザインを刺繍でどうやって再現するのかという設計図のようなものが必要です。そのための工程がパンチング。

機械が刺繍する際にどんな順番で、どれくらいの間隔で針を入れていけばデザインを忠実に表現できるのか。それを頭の中でシミュレーションして、実際に手縫いで針を入れているかのように入力していく作業になります。

6倍のサイズで出力したデザインを、専用のシートにトレースした後、ペンのようなもので一点一点、針の場所を打っていく
パンチングによって取り込まれたデータ。どんなに複雑な柄でも、すべて一筆書きでつながっている必要がある。非常に緻密な作業
複雑な柄であればあるほど、パンチングの難易度も上がり、時間も必要になる
レース機で動かせるプログラムの関係上、データはいまだにフロッピー保存とのこと

実際にパンチングが完了し、データ上は完璧な設計図ができたと思っても、いざレース機を動かしてみると思ったような仕上がりにならないことも多いといいます。

「規則正しいシンプルな柄の繰り返しの場合、パンチングを打つ回数は少なくなりますが、いざ機械を動かしたときに柄のズレが目立ちやすい。

刺繍していくとどうしてもベースの生地を引っ張ってしまうので、コンピューターの画面通りというわけにはいきません。画面上はわざとズラしたデータをつくって、それでやってみたら仕上がりは上手くいった、ということもあります」(哲さん)

規則正しい柄の場合、生地の伸縮によるズレが目立ちやすく、機械の微調整が重要になってくる

素材の生地の厚さ、伸縮性、刺繍糸の太さや生地との相性。こういった条件によって仕上がりは毎回変わってくるそうで、機械側の設定をこまかく調整できなければ成り立たないとのこと。

「デザインや素材が変わった場合、必ず機械をさわります。糸のしめ方、針の種類、ボーラの大きさ。すべて調整します。太い糸の刺繍は特に難しいので、機械のさわり方を分かっていないとなかなかできないと思います」(剛さん)

機械の細かい調整にも経験と技が必要

ものづくりの取材に行くと職人さんはみな、さまざまな道具を自分たちの手になじむように調整し、カスタマイズして使っています。今回のレース機も、その意味ではまさに職人の道具と言えるもの。

長年使い込まれた機械が、手入力されたパンチングデータをなぞって刺繍を施していく。その様子を眺めていると、そこに熟練の職人の姿が浮かんでくるような不思議な感覚を覚えます。

富山で刺繍レースをつくり続ける理由

従来から繊維業が盛んだった北陸地方。そこに、洋装化の広まりとともに起こった需要の高まりを受けて、レース工場も増えていきました。

しかし、90年代をピークに需要は減少に転じ、国内レース産業には厳しい状態が続いています。東京商工リサーチが出している調査によると、レース生地の出荷額はピーク時の95年には538億円。そこから2020年には101億円と、5分の1にまで落ち込んでいます。

「レースは後加工の生地なのでどうしても価格的に高くなります。バブル経済の後のニーズに合わない部分もあって、安価な製品を求められる部分は海外の工場に移ってしまいました。刺繍レースの機械もピーク時は国内に800台あったものが、今は200台くらいと言われています」(剛さん)

剛さんがルジャンタンを創業してから今年で35年。その間、多くの同業者や関係会社も撤退・廃業していったといいます。

その中で、時には撤退する工場から機械を譲り受けるなど、少しずつ自分たちでできることを増やしながら、質の高い刺繍レースづくりを続けてきました。

「外注先さんがどんどん廃業してしまって、それならばその仕事も自分たちで引き受けようと。最近では廃業してしまうキルティング屋さんから機械を買い取って、それをレースに活かした商品をつくっているところです」(哲さん)

キルティング機の導入で、新しい表現も可能になってきている。子どもの登園バッグなどを手芸でつくりたいという需要も増えてきたそう

元はといえばルジャンタンも、剛さんの勤め先の廃業からスタートしています。市場的にも厳しい中、レース会社を続けることに葛藤は無かったのでしょうか。

剛さんは、「レース以外は考えたことも無かった」と答えます。

「簡単な仕事がないんです。どんな風に工夫して、これまでの経験の引き出しを開けて、実現するか。いくつものやり方があって、いまだに分からないことが山ほどあります」と、常に研究と工夫が必要な仕事に、大きなやりがいを感じていると教えてくれました。

難易度の高い表現にも果敢に挑んできた

これまでで特に大変だった仕事や大きな挑戦について聞くと、二人で顔を見合わせて笑いながら「それは、たくさんありますね」と一言。

「受けた仕事はどうやれば実現できるか。必ず一度は受け止めて考えるようにしています」と哲さんは言います。

たとえばあの生地はここに苦労した。この柄の時は直前まで無理だと思った。あの会社からの注文には頭を抱えた。

たくさんのエピソードを本当に楽しそうに振り返る二人を見て、心から仕事を楽しんで、真摯に向き合っている印象を受けました。

進化を続ける日本の刺繍レース

ルジャンタンでは、小口の注文等にも対応できるよう、通常の半分のサイズに改造したレース機なども稼働させており、それを活かして生地のオンライン販売も早くから実施しています。

レース生地には根強い手芸需要があり、コロナ禍においては、手芸好きの一般顧客へのオンライン販売が好調に推移したそうです。

細かい検品や仕上げの補修は人の手で
過去に手がけた生地のサンプルたち。新たな生地に挑戦する際、過去の事例が参考になることも

そうした営業努力や、キルティング刺繍など新しい技術・機械の導入、そして質の高い刺繍レース生地の製作を続けているルジャンタン。

刺繍レースは、いわゆる伝統工芸品のような、その土地固有のものづくりではありません。ただ、この会社でしかできない仕事を、富山の地で愚直に追及し続けている。

その様子を見聞きして、これは紛れもなく日本のものづくりであるし、日本の布だと強く感じられた取材でした。

皆さんもぜひ、今回のTシャツや、ルジャンタンのオンラインショップなどを通じて、ボーラレースをはじめとしたレース生地の魅力・面白さに触れていただければと思います。

<取材協力>
株式会社ルジャンタン
富山県小矢部市宮中9-2
0766-68-3051

ルジャンタン オンラインストアはこちら

写真:直江泰治
文:白石雄太

“多年を保つ”いつまでも丈夫なことから命名された「保多織」

衣服、寝具やインテリアなど、さまざまな場面で私たちの暮らしを支え、彩ってくれる「布」。改めてそれらを眺めてみると、実に多様な特徴を持っていることに気づきます。

気候や文化、つくり手の工夫などの影響を受け、日本の各地で生まれた個性豊かな「布ぬの」。

その魅力を多くの人に知ってもらいたい。好きになってもらいたい。そんな想いで「日本の布ぬのTシャツ」をつくりました。

今回選んだ3つの「布ぬの」。その歴史や特徴、つくり手の想いを取材しています。ぜひご一読ください。

香川県の伝統的工芸品「保多織」でつくるワッフル状の生地

保多織を中央に配置した「布ぬのTシャツ」

今回紹介するのは、香川県の伝統的工芸品である「保多織」。格子模様が目を引きますが、一体どんな「布」なのでしょうか。

岩部保多織本舗の四代目、岩部卓雄さん。高松市内にあるお店を訪ねました

その歴史や特徴を知りたくて、香川県の「保多織」の産地へ。つくり手である岩部保多織本舗の四代目、岩部卓雄さんを訪ねました。

夏は涼しく冬は温かい、凹凸が生み出す心地よさ

左側が保多織、右側は平織。保多織は凹凸がありワッフル状の生地になる

「保多織は、織り方によって生まれるワッフル状の凹凸によって、肌への接地面が少ないので、夏にはさらりと涼しく着られます。
冬には逆に、肌に触れたときの冷たさを感じづらいという特徴があります」

「機械ごとに癖があるから、じつは機械の扱いの方が難しかったりするんだよね」とも。

そう話しながら、その場でするすると、布を織っていく岩部さん。
製品はもちろん機械織ですが、高松市内のお店には手織機が置かれ、普段からその場で実演していると言います。

同じ布の表裏。表は緯糸が浮き、裏は縦糸が浮く。同じ布と言えど表裏で印象が異なります

「縦糸と横糸を1本ずつ交差させる平織りに対して、保多織は3回平織りで打ち込んで、4本目を浮かせる織り方です」

そうして織りあがった布には、美しいワッフル状の凹凸。一見ざっくりしているように見えて、実はしっかりと動きにくく、丈夫な布になるのだと言います。 

いつまでも丈夫なことから「多年を保つ」という意味で「保多織」

保多織のもうひとつの特徴が、丈夫であるということ。
なんと、保多織という名前そのものが、いつまでも丈夫なことから「多年を保つ」という意味で命名されたという歴史をもちます。

四季のある日本の風土の中で、気候の変化に寄り添い、丈夫。
生活の中で非常に扱いやすい保多織の布、一体どのようにして生まれてきたのでしょうか。

始まりは江戸時代。蒸し暑い香川の地に最適な布を求めて

「始まりは江戸時代。高松藩主が、京都から織物師の北川伊兵衛常吉という人物を招いたそうです。

今でこそエアコンがあるけど、当時はそんなものはないし。香川の夏は本当に蒸し暑いから、それに対処してさらっとした感触の物をつくってほしいというオーダーから、凹凸のある生地をつくっていったんでしょうね」

香川の風土にあわせて開発された、生活の為の布だったのですね。

たしかに、今でも夏になると「暑い暑い」と口癖のように言ってしまうのに、エアコンがない当時、蒸し暑い日本の夏をいかに涼しく過ごすかというのは至上命題だったに違いありません。

「糸を浮かせることで欠点も生まれるんです。ひっかかりやすくなってしまったり。でもその欠点を最小限にとどめるようにつくったのが保多織だったんだと思います。

平織のアレンジで3本ががっちり組まれているおかげで、4本目に少し遊びがあるんですが、それがかえって長くもつ事に繋がってるとも言われています」

京都で装束師として活躍されていた織物師さん。それまでに磨いてきた確かな技術で、蒸し暑い日本の夏に最適な布を生み出していったようです。
布が生まれた背景を聞くと、しみじみと、生活の中でかけがえのない大切なものだったのだと感じます。

暮らしに取り入れたい、布ぬの

年々暑さが増し、香川だけでなく日本全国蒸し暑い中、扱いやすい保多織は、生活の中で気負わず使っていきたい布です。
お店でも、保多織でつくられた商品を多数扱っていたので、おすすめを聞いてきました。

「シーツは、県内でお中元の御三家とも言われていたくらい、進物として活用されてきました。買わなくても押し入れに3~4枚ありますよという家がほとんどだったくらいです。

法事なんかあると親戚を家に泊めてた時代背景もあって。親戚の家で初めて保多織のシーツに触れていいなと思って、遠方から買いにきてくれたり」

たしかに触ってみるとさらりとしていて、これは夏の寝苦しい夜に気持ちいいだろうなと感じます。

パジャマ。シーツ同様さらりとして気持ちいい肌触り
シャツやワンピースなど、服もたくさん。現在では服に使われることが多いそうです

「皆さんに言うのですが、荒っぽく扱っていいよ、って。
布の方が寄り添ってくれるから。着るものに気を遣わず、洗濯機で回して干して。丈夫だから、気にせず着たらいいよって」

小物類や、生地の切り売りも

「保多織は生活の中で、非常に扱いやすい布。
着るものなら汗をとってくれるし、夏には涼しく、冬には冷たさを感じづらい。洗っても、あらっぽく扱える。
少しでもたくさんの方に、使ってみてほしいです。

丈夫でずっともつから、全然買い替えてもらえなくて困っちゃうんだけどね。笑」

生活の中で非常にいいんですよ、と話す姿に、ものづくりへの愛着がたしかに感じられました。

今回の「布ぬのTシャツ」の取材で、香川の保多織と、徳島の阿波しじら織の産地を回ってきました。
取材に出かける前、デザイナーの山口さんが言っていた
「今回はTシャツだから、夏にふさわしい布を選びました」という言葉の意味が、2か所の取材を通してよく分かりました。

奇しくも、どちらも四国の蒸し暑い地域の中で、育まれてきた生活の布。始まりはそれぞれですが、生活の中で求められて育まれてきたものづくりでした。

工芸は、日本の風土の中で生まれ育まれてきたもの。布の産地をめぐる中で、改めてそんなことを感じ取りました。

<関連特集>

<取材協力>
岩部保多織本舗
香川県高松市磨屋町8-3
087-821-7743
サイトはこちら

写真:直江泰治
文:上田恵理子

高温多湿な日本の夏に最適。一人の女性の想いが生んだ「阿波しじら織」

衣服、寝具やインテリアなど、さまざまな場面で私たちの暮らしを支え、彩ってくれる「布」。改めてそれらを眺めてみると、実に多様な特徴を持っていることに気づきます。

気候や文化、つくり手の工夫などの影響を受け、日本の各地で生まれた個性豊かな「布ぬの」。

その魅力を多くの人に知ってもらいたい。好きになってもらいたい。そんな想いで「日本の布ぬのTシャツ」をつくりました。

今回選んだ3つの「布ぬの」。その歴史や特徴、つくり手の想いを取材しています。ぜひご一読ください。

徳島の「阿波しじら織」でつくる凹凸のある生地

今回紹介するのは、徳島県の「阿波しじら織」。凹凸が生む陰影がさりげなく目を引き、織物ならではの味わいがあります。

「今回はTシャツだから、夏にふさわしい布を選びました」と、デザイナーの山口さん。
触ってみると、たしかにさらっとしていて気持ちいい。

Tシャツの中央、絵画のように飾られたこの一枚の布に、どんなものづくりがあるのでしょうか。
一枚の絵画を愉しむような、ものづくりへの愛着を求めて、徳島県の「阿波しじら織」の産地へ。つくり手である長尾織布合名会社の三代目、長尾伊太郎さんに話を聞きに出かけました。

軽くて涼しい。高温多湿な日本に最適な織物

阿波しじら織は、この凹凸のあるシボが何よりの特徴です。
凹凸があるから空気をよく通し、軽くて涼しい。肌に接地する面積が少ないこともあり、高温多湿な日本の春夏の衣料に適しています。
着心地のよさはもちろん見た目にも涼しく、綿素材なので吸湿性にも富んでいます。

はじまりは、一人の女性の「美しい布を身にまといたい」という想いから

阿波しじら織のシボは、明治時代の初めに、ある一人の女性からはじまったと言います。

「折に触れて贅沢禁止令が出されていた当時、絹は贅沢品として、庶民が使うことは禁じられていました。
当時は全国的にそうですが、徳島も例に漏れず綿織物が盛んな地域だったので、綿織物に柄をいれたり色を差したり、なるべく華やかになるように工夫を凝らしながら仕立てていました」

そんな折、海部ハナさんという一人の女性が、
織りかけの布を夕立で濡らしてしまい縮んだ生地をヒントに、工夫を重ねてつくったのが阿波しじら織の始まりです。
雨で濡れて凹凸ができたのは、奇しくも糸の本数を間違って織った部分のみ。これをヒントに、糸の本数を増やし熱湯に浸すなどして、試行錯誤を繰り返しシボをつくっていきました。

偶然をヒントに生まれた美しい布。
一枚の布を美しく仕立てることに、どれだけ切実な想いが込められていたのかを想像すると、より一層愛着が沸くようです。

所狭しと並べられたシャトル織機が、生地を織りあげている様子

布のシボは、糸の撚り具合によってつくられることが多い中、
阿波しじら織では、海部ハナさんが編み出した、縦糸と緯糸の張力差の違いによって、シボを生み出しているそうです。

阿波と言えば、藍染?阿波しじら織と藍染の関係

長尾織布合名会社の三代目、長尾伊太郎さん。藍染の作務衣で登場

シボのある「阿波しじら織」はこうして生まれたわけですが、「阿波」と聞くと藍染のイメージがあります。

今回訪問した長尾織布さんの工場にも、そこかしこに藍、藍、藍。

「しじら織の技法が生まれる前から、阿波では藍染が盛んでした。

昔は化学染料なんてないので、日本各地で盛んだったのですが、中でも阿波産の物は質量ともに優れていた為、阿波藍と呼ばれ、藍染の代表的な産地として数えられるようになりました。

染織には水を大量に使うので、この辺りで染織が盛んになったのは、近くに川が通っていることが大きいと思います。

徳島には吉野川という一級河川が通っているのですが、藍染はその下流域に広がっていったので。このすぐ近くにも、吉野川の支流の鮎食川が通っています」

工場のすぐ近くにある鮎食川。現在では、雨の少ない時期は水の流れがない伏流水となっている

「もともと盛んだった藍染と、明治に生まれたシボのあるしじら織の技術が合わさって、阿波しじら織になりました。
ただ、阿波しじら織といえば藍染と決まっているわけではありません。

国の伝統工芸品として指定されているのは、本藍で染めた“阿波正藍しじら織”ですが、
これまで育んできた染織の技術と織物の技術を、つくる物に合わせて生かしながらうまく使い分けています」

全工程一貫作業ならではの多種多様なデザイン

実際に工場を見学させていただくと、藍に限らず多種多様の布が保管されていました。

「THE阿波しじら織」といった印象の布もあれば、

海外のアーティストとのコラボレーションで生まれたデザイン

少し洋風の印象を受けるようなデザインの布も。

長尾織布さんでは、染めから織り・仕上げまで全工程を一貫作業で手掛けているため、
糸の色を変えてみたり、色幅を変えて織ってみたり、常に新しいデザインの布開発に取り組んでいるそうです。

「定番の生地はあるのですが、毎年実験しながら少しずつ新しいものに入れ替えています」

暮らしに取り入れたい、布ぬの

工場には店舗が併設されていて、阿波しじら織の商品を購入することもできます。
生地の切り売りをはじめ、甚兵衛、シャツなどの衣料品。ブックカバーやポーチなどの小物も。

これからの高温多湿なシーズンに向けて、シボのある生地の肌触りを存分に活かすには、クッションや衣料品など、肌への接地面が大きな物を取り入れるのがおすすめです。

生地の切り売り。反物からm単位で購入することもできます

藍染のクッション
子ども用の甚兵衛。暑がりなお子さんにおすすめです

お土産におすすめの小物類

工場では、予約制で、藍染の見学・体験を行うこともできます。
職人さんのものづくりの様子を間近で見学しながら、30分ほどでハンカチやストールなどオリジナルのお土産をつくれます。

徳島に遊びに行く機会があれば、ぜひ体験してみてください。

最後に、出していただいたお茶の下に敷かれたコースター。触り心地だけでなく、藍の色は視覚的な涼やかさも抜群です。
夏の蒸し暑い日にさらっと出せると、目にも涼やかで心地好いおもてなしとなりそうです。

高温多湿な日本の夏に最適な布。
服と同じように、暮らしの布も模様替えしたいと思い、私も切り売りの布を購入しました。夏場にソファの掛け布にしたいと思います。

<関連商品>

<取材協力>
長尾織布合名会社
徳島県徳島市国府町和田189
088-642-1228

藍染見学・体験の予約はこちら

写真:直江泰治
文:上田恵理子

【工芸の解剖学】大人のためのTシャツを目指してつくった「布ぬのTシャツ」

最近なんだかTシャツが似合わない。
「Tシャツがさらっと着こなせる大人」って素敵だなと思うのですが、
年を重ねるごとに、Tシャツを着た自分に違和感が…。

肩が厚く見えてしまったり、だらしない印象に見えてしまったり…。
きれいに着れるシルエットで、カジュアル過ぎず、さらっと1枚着れば決まるようなTシャツがほしい。

そんな大人のTシャツ願望を叶えるために、中川政七商店がつくったのが「布ぬのTシャツ」です。
シルエット、素材、デザインの3つの方向から、大人にふさわしいTシャツを模索していきました。

解剖ポイント①どんな体形の方でも着やすいシルエット

「大人のTシャツ」を目指してつくったというだけあって、シルエットには並々ならぬこだわりがあると、デザイナーの山口さん。

「自分自身そうなのですが、年を重ねるごとに体のラインにコンプレックスをもつようになって…
でもコンプレックスは人それぞれなので、体のラインによって似合わない、ということがないようなものを目指しました」

そのポイントになったのが、「肩のシルエット」と「首元のつまり具合」だったそうです。

「肩のシルエット」は、着る人の体形に添うように、パーツを工夫したと言います。

通常のTシャツは、袖と身頃のパーツを分けてつくることで、肩のラインに合わせて立体的にシルエットが変化します。
ただ人によって肩幅や腕回りの太さは違うもの。
今回のTシャツはあえて、前と後ろだけの2パーツでつくり、着る人の体に添うようにしました。

また「首元のつまり具合」も、何度も修正を重ねて絶妙なバランスを目指したと言います。
好みは人それぞれ。年を重ねるほど自分に似合う形を自覚している人も多いのではないでしょうか。

そこで、好みに左右されないよう、広がりすぎずつまり過ぎない首元の空き具合にこだわりました。

解剖ポイント②大人が着て様になる、品のある素材感

Tシャツというと、カジュアルなイメージがありますが、カジュアルすぎるとまた違和感が出てしまったりも…

そこで、素材には、光沢感を生むシルケット加工をほどこした綿素材を採用。
綿100%でありながら、シルクのような光沢感が出て、上品な印象になるので、大人が着ても様になります。

綿なので気兼ねなく着られるし、伸縮性が増して肌触りがなめらかになる為、着心地も抜群です。

解剖ポイント③一枚で主役になる、好みで選べるラインアップ

全17種類のラインアップ

様になるかどうかは、シルエットや素材も大切ですが、
服を選ぶ愉しみは「見た目が好きかどうか、自分らしいかどうか」も大切ですよね。
好きな服を身にまとうと、少しだけ前向きな気持ちで一日を過ごせるようにしてくれるもの。

そこで、好みで選んでいただけるよう、「日本の布」をテーマに17種類のバリエーションをつくりました。
真ん中に刺繍された四角い布には、一枚の絵画を選ぶような愉しみがあります。

今回はTシャツということで、夏にふさわしい3つの産地を選びました。
徳島の阿波しじら織と、香川の保多織は、どちらも布に凹凸がある為、肌への接地面が少なく、夏を快適に過ごすために生み出されたもの。
富山のボーラレースは、穴が開いていて、見た目にも涼しげな表現です。

プリントではなく、布なので、視覚的にも触覚的にも、涼しげで手ざわりのある風合いが愉しめます。

左から、阿波しじら織、保多織、ボーラレース

実は、この「布」をTシャツにあわせることも、困難があったと言います。

「Tシャツは編物で、刺繍された布は織物なので伸縮率が違ったり、色落ちの問題もあります。
Tシャツは日常で使うものなので、洗濯した際に大きく縮んでしまったり色落ちしてしまうとすぐに使えなくなってしまいます。
なるべく、問題なく日常で使っていただけるよう調整していきました」

そして、アクセントとして効いているのが、布を囲む刺繍糸。

「色の組み合わせやどういうステッチにするかはすごく気を配りました。
土着性の強い布にはあえて派手な色を差したり、逆にペールトーンの布にはあまり強くない色にしたり、
布と刺繍の組み合わせで、より心が惹かれるようなデザインになるように調整を重ねました」

たしかに、私は保多織のTシャツが好きなのですが、
この刺繍が差し色として効いていることが一つの理由のようにも思います。

「布ぬのTシャツ」のおかげで、今年の夏は、屈託なくTシャツライフを愉しめそう。今から夏が来るのが待ち遠しいです。

<掲載商品>

気候や文化、つくり手の工夫などの影響を受け、日本の各地で生まれた個性豊かな「布ぬの」。ぜひそれぞれの「布」のものづくりにも触れてみてください。
産地の取材記事はこちらから
 ー徳島県「阿波しじら織」
 ー富山県「ボーラレース」
 ー香川県「保多織」

文:上田恵理子