お鍋を囲む場を引き立てる、「うつわのような」土鍋【デザイナーに聞きました】

中川政七商店の社内で、デザイナーから販売部へ向けて、商品をプレゼンテーションする商品説明会。この秋発売する、とある商品のプレゼンテーションが終わった瞬間、自然と拍手が沸き起こりました。
それが、これから紹介する「信楽焼の平土鍋」。私自身、話に聴き入りながら、こんな使いかたもあるかも?と、いち使い手としてワクワクするような商品でした。10月9日の発売を今か今かと待っています。

デザイナーの青野さんの言葉を借りながら、お鍋を囲む場をより引き立てる「信楽焼の平土鍋」をご紹介します。

コンセプトは、「うつわのような」土鍋

「土鍋の開発を任されて、まずは自宅にある土鍋を使ってみたんです。そしたら改めて、食卓に土鍋がある風景ってすごくいいよなと感じて。おいしそうに見えるのもそうですけど、食卓を囲む全員が能動的に場に参加して、連帯感のようなものが生まれると思ったんです。

大皿で料理を出す風景にも近いと思うのですが、土鍋は調理道具なので台所から食卓へそのまま繋がって、みんなが料理に参加しているというか。その場で火を囲みながら食べる料理ならではの豊かさがあるなぁと感じました」

「信楽焼の平土鍋」を企画したデザイナーの青野さん

「でも土鍋が食卓に出てくる頻度って、基本的には鍋をする時くらいじゃないですか。それってもったいないよなと感じて、もっといろんな料理に使いやすい土鍋があったらいいんじゃないかと思いました。大皿を兼ねる調理道具のようなあり方が面白いんじゃないかと思って、『うつわのような』というコンセプトに辿り着いたんです」

「うつわのような土鍋」をかなえる形

そうして作られた土鍋は、茹でる、煮る、蒸す、炒めるといったさまざまな料理に使えるのはもちろん、単におかず作りに使える機能性だけではない工夫があると言います。

「うつわのようなというコンセプトを叶えるにあたって、一般的な土鍋と最も違うところは形です。
よくある土鍋は底面から内側にすぼまっていくように立ち上がって、蓋を乗せる台があって、そこからさらに垂直に立ちあがっているものが多いと思います。でも今回は、もう少しうつわの形に近づけることを目指しました」

「うつわと違って土鍋には蓋が必要ですが、蓋を乗せるための台や縁の立ち上がりを無くすと、食卓に出した時にもっと料理をおいしく見せられると思ったんです。
そこで、縁を緩やかに広げてうつわのリムのような形に変えることで、蓋を安定して受け止めながら食卓の道具に近づけました。縁に向かって広がっているので、中の料理が見えやすくなって、より食卓で生きる形になったと思います。
リムがあることで、中身を額縁で縁取るような効果も生まれました」

うつわらしさの追求は、色や土味にも表現

「色は、飴と黄瀬戸の2色展開です。飴は土鍋でもよくある色ですが、黄瀬戸は土鍋としては珍しいと思います。白はよくあるんですけど、黄瀬戸は少し黄みがかっているんです。
この色は、『うつわのような』というコンセプトだからこそ作った色で、古道具でもよく見かける瀬戸の石皿から着想を得ています。昔からうつわによく使われてきた釉薬なので、日本の食卓で料理がよく映える色だと思います。内側に施したスジを入れる装飾も日本の古いうつわから引用したもので、シンプルながら土と釉薬の風合いを引き立てることができました」

骨董の「瀬戸の石皿」。使うごとに育つうつわ

「土の表情も大事にしながら産地を選びました。土鍋の代表的な産地は他にもあるのですが、うつわらしい表情を実現する上で、伊賀・信楽エリアの素朴な風合いの土を使いたかったので、今回は信楽焼の窯元さんと一緒に作っています」

手前が最終の商品で、後ろがファーストサンプル。あえて荒い削り方にすることで、土味を生かしている

「成形した後に表面を削ることによって、土の荒々しい表情を出しています。あえて荒く深く削ることで、土本来の生命力を感じる表情が出るようにしています。そういった表情が、自然素材によるゆらぎを愉しむ日本のうつわへの感覚に通じるんじゃないかと思ったんです」

試作の一部

「一方で、土鍋がある風景をいいと思ったのが根底にあったので、土鍋からかけ離れた印象にはならないように、ちょうどいい塩梅を目指して調整していきました。
今回一緒にものづくりをしていただいた、株式会社松庄さんがとても協力的で。土鍋としてはかなり変わった形状だったので、試作を何度も繰り返してくださったんです。こちらがもう大丈夫ですって言うくらいまで。笑 本当に二人三脚で、歩みを進めていきました」

ひたすらサンプルを使い込む日々

そうしてできあがったファーストサンプル。日常の道具として使いやすいのか、さまざまな料理に使ってみたそうです。

青野家で実際に使っている様子※仕様変更となったファーストサンプルでの写真もまざっています

「ファーストサンプルができてからは、めちゃめちゃ使いましたね。できあがってすぐの頃は、それこそ毎日使っていました。肉じゃがやシチュー、手羽元の煮込みなどの料理を作って、そのまま食卓に出しています。いつも作るような簡単な料理でも、土鍋で出すだけでごちそうに見えるので、今も週1くらいの頻度で食卓に登場しています」

「使う中で出てきた課題もあったので、途中で一度形状を修正しています。元々はもう少し底がすぼまっていたんですけど、それだと火を受け止める面積が小さくなってしまって、熱が逃げやすかったんです。沸騰するのに時間がかかってしまうと日常で使いづらくなってしまうので、底を広げて熱を受け止めやすい形に修正しました」

全員がその場に参加する、土鍋を囲む食卓の豊かさ

「サンプルは、社内のスタッフにも使ってもらっています。いろいろと感想をもらった中でもとくに嬉しかったのが、お子さんがいるスタッフに使ってもらった時のエピソードでした。
ふだんお鍋をする時は、お子さんの分をよそってあげてたみたいなんですけど、今回の土鍋は中身が見えやすいから、お子さんが自分でよそってくれたと言っていて。それは、企画する時に僕が感じた、土鍋を囲む豊かな風景そのものだなと思いました。

小さな子どもや料理が苦手な人も誰でも調理に参加できて、連帯感が生まれていく。そういう豊かさこそが、 お鍋を囲むことの魅力だと思うので。お鍋を囲む場をよりよく引き立てるものができたのかな、と感じて嬉しかったです」

「土鍋って、人と人のつながりを自然と生み出してくれる装置のような役割を果たすと思うんです。信楽焼の平土鍋が、温かい食卓の風景を紡ぐ一助となれば、こんなに嬉しいことはありません」

<掲載商品>
信楽焼の平土鍋(10/9発売)

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<掲載商品>
信楽焼の平土鍋 中
信楽焼の平土鍋 大

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文:上田恵理子

短期連載【つながる、お茶の時間】3組のお茶の時間を覗いてきました

「お茶にしましょう」。私たちがそうかける声は、何を意味するのでしょうか。

喉を潤すだけでなく、誰かと時間を共にしたり、自分自身の素直な声に耳を傾けたり。せわしない日々に一区切りつけて言葉を交わし合う、つながる時間がそこにあります。

皆さんがどんなお茶の時間を過ごされているのか。3組の方々の、それぞれのお茶の時間を覗いてきました。

全3回、どうぞお楽しみに。



第1回:ume,yamazoe・梅守志歩さんの、お茶の時間

https://story.nakagawa-masashichi.jp/270024

第2回:つちや織物所・土屋美恵子さんの、お茶の時間

https://story.nakagawa-masashichi.jp/270034 ※9月下旬公開予定

第3回:中川政七商店 渡瀬聡志さん、諭美さん夫妻のお茶の時間

https://story.nakagawa-masashichi.jp/270038 ※9月下旬公開予定


3組それぞれのリズムが、心地好いお茶の時間のヒントになりますように。

お茶がつなぐ、人と地域と自然。耕作を放棄された茶畑の復活プロジェクト

自分が子どもだった頃、祖父母の家で親戚たちと机を囲み、のんびりと過ごす時間が好きでした。

「まあまあ、おあがり」。

そう言って祖母が淹れてくれたお茶を飲みながら、テレビを見たり、お菓子をつまんだり、大人たちの会話にぼんやりと耳を傾けたり。

特に何をするでもないけれど、それでいて所在なく感じることもない。不思議な居心地の良さがありました。こうした時に人と人をつなげてくれる媒介として、お茶の役割が大きかったのかもしれないと、今になって思います。

老若男女問わずに飲めて、気軽におかわりもできる。皆をリラックスさせて、その空間に人を留める。そんな効果がお茶にはあるのかもしれません。

産地のお茶を復活させる。健一自然農園の取り組み

そんなお茶を通じて、人と人だけでなく、人と地域と自然のつながりを取り戻す、新しい取り組みが動き始めています。

奈良県北東部「大和高原」を中心に、農薬や肥料を用いない「自然栽培」のお茶づくりをおこなう、健一自然農園の伊川健一さんにお話を伺いました。

健一自然農園 代表 伊川健一さん

伊川さんとともに訪れたのは、奈良県天理市の福住(ふくすみ)地区。かつては多くの茶畑があり、「福住茶」という地域ブランドのお茶も生産されていました。

「私たちは現在、福住地区の茶畑を再生するプロジェクトに取り組んでいます。福住は、学校の校章にお茶の種が描かれているほど、暮らしの中心にお茶の存在があった地域です。

しかし今では、高齢化やさまざまな要因が重なって生産者が減少し、多くの茶畑が耕作放棄地になってしまいました」

あと数年もすると、福住産のお茶が完全に失われてしまう。そんな危機的な状況に、行政からの要請もあり、プロジェクトがスタート。休耕田を地域の方々から受け継ぎ、これまでの自然栽培のノウハウを注ぎ込みながら茶畑の再生を目指しています。

今回案内していただいた茶畑もそのひとつ。およそ40年にわたって手つかずで、茶の木や雑草が人の背をはるかに超えて繁茂していました。

手入れをする前は、奥に見える繁みが辺り一面に広がっていたそう

自然のバトンは続いていく。在来種 茶畑の復活

「まずは昨年の冬、伸びていた茶の木を刈り取って『茶の木番茶』の材料を採らせてもらいました。そして余分な雑草を取り除きつつ、あとは土が乾かないように抜いた草をそのままそこに敷いておく。やったことといえばそれぐらいで、特別な肥料などは使っていません。

そうやって自然が内包している力をサポートしてあげるだけで、見事に茶畑が回復して、今年は綺麗に新芽が出てきたんです」

一般的な挿し木で育てる方法とは異なり、ここは種からお茶を育てる「在来種」の茶畑で、中には樹齢およそ100年を超える木も残っていたのだとか。

挿し木と比較すると育つまでに時間がかかり、成長速度や個性にばらつきが出る一方で、根が地下へとぐんぐん伸びていき、土地の栄養を蓄えられるのが在来種の特徴

「地域の大人も子どもも一緒に作業して、結果、100年以上前の茶の木を回復させることができました。これは大きな成果です。

在来種の畑では、木が成長した後、最終的に朽ちていく養分を使いながらまた新たな種が発芽していく。そういった自然のサイクルの上にあるので、最低限のサポートで茶畑がちゃんと続いていくという安心感があります。

『害虫はすべて駆除しなきゃ』『常に肥料で助けてあげなきゃ』というのはしんどいですよね。

そんな風にしなくても、土が生きていれば自然のバトンは続いていくんです」

茶の木の根本。種が落ちて新しく発芽している
土が元気であれば、自然のサイクルは循環していく。健一自然農園では、木と草だけで作るたい肥の実験も、福住でおこなっている。こうした土で、多様なハーブなどを栽培し、お茶とのブレンドなどにも挑戦していきたいとのこと

不利な環境だったからこそ残る、原初の風景

伊川さんによれば、こういった場所はまだまだ地域に多く残っているとのこと。

というのも、福住地区は他産地と比べて標高が高く、お茶の収穫が遅くなるという環境にあったため、経済合理性の面で非常に不利だったのだそう。他の新茶が先に市場に出てしまうので、後発の福住茶の値段はどうしても安くなってしまいます。

そんな状況もあって、山を大々的に開発することもなく、結果、放棄地が増えて今に至りますが、そのおかげで古くからの風景が残りました。

「極端な話ですが、江戸時代とかもっと前の時代の茶園というのは、こんな風景だったのかなって思うんです。

特にここは、ずっと昔からあるお寺とお墓の裏の土地です。お寺の屋根は茅葺きで、茶畑の横には茅が生えていて、本当に昔ながらの里山の風景や生態系が残っています」

茅葺屋根のお堂と、お墓と、茶畑。ひょっとすると、100年以上昔と変わらない風景かもしれない

このことは、福住という土地ならではの、本質的な魅力にもつながると伊川さんは考えています。

「こうした茶畑を再生する営みの中で、お寺の住職さんだったり、古くから土地に住んでいる人だったりの話に耳を傾けて、そこに集まっている生き物の様子に目を向けていく。

そうすると、お茶本来の魅力と土地の背景・歴史が融合して、新しい価値がうまれます。

そこに光を当てていけば、この場所が必要とされることもきっとあるはず。敢えてオリジナリティを纏おうとしなくても、地域の個性が内側からあふれ出てくればいいなと思うんです」

伊川さんたちが植えたカモミールや、多種多様な雑草も生えている。「どんな草が生えるかな」というのも楽しみの一つなのだとか
すべてを管理しきらない茶畑に、多様な生物が集まってくる

茶畑を軸に、人と地域と自然がつながる

一方で、経済的にどのようにして続けていけばよいのかという問題は残っています。

たとえば、通常の茶畑が綺麗な畝になっているのは、機械を使って効率的にたくさんの量を収穫するためにも理に適っているから。それが在来種の茶畑になると、茶の木がぽつぽつと点在しているので手で摘み取ることになり、非常に時間と労力がかかります。

健一自然農園の、別の茶畑。こちらも肥料や農薬は使用していない

「健一自然農園では、どの茶畑でもすべて、肥料・農薬不使用の『自然栽培』をおこなっています。

その中で、畝の茶畑はやはり効率的で生産量が高いので、たとえばそちらで採れたお茶は普段のお茶として飲んでいただく。在来種の茶畑で手摘みしたものは、ハレの日のお茶としてご提案する。

どちらもやりながら、価値とコストを提示して皆さんに選んでもらえるのが望ましくて、それができる状態に、技術的にも体制的にも近づいてきているかなと思っています。

それと、こうした茶畑のことを知ってもらって、現地で茶摘み体験をしてもらうツアーを企画していくなど、産地に来て、触れてみないと伝わらない部分を伝えていく。それが私たちの役割として大きいんじゃないかと考えているところです」

かつての産地でおこなわれている、茶畑の再生プロジェクト。

そこに住む人たちにとって、土地や自然のことを改めて知るきっかけにもなり、普段何気なくお茶を飲んでいる私たちにとっては、産地の背景まで含めたお茶の魅力に気付くきっかけにもなる。そうやって、お茶をめぐるさまざまなつながりが、広く大きくなっていく可能性を感じます。

種から育った茶の木は、同じ茶畑でもまったく個性がちがう育ち方をするのだそうです。そう考えると、大きな産地単位でお茶を分類する「○○茶」という括り方はいささか乱暴な気も。

もっと細やかに、茶の木1本1本を愛でている人たちが産地にはいる。そんなことに想いを馳せながら、それぞれの立場で、お茶という植物や産地に対する解像度が上がると、お茶を飲む楽しみもより一層広がるのではないでしょうか。

「今後は、これまでやってきた『自然栽培』の経験を活かして、“健一自然農園”というよりは“福住”を主語にして、なにができるか考えていきたいと思っています。そうすると、これまで考えもつかなかった企業さんとコラボできたり、別の地域とタッグを組んだり、そんな可能性も広がるのかなと。

茶畑を軸に、人と地域と自然がどんどんつながっていって、そこに新しい価値観が生まれてくる。そうなると、素敵です。

今回、樹齢100年以上の木が再生したように、ここにある茶の木たちはきっと僕より長生きします。100年、200年、300年。ずっとこの景色が残っていくと考えると面白いですよね。大切にしていきたいと思います」

<取材協力>
健一自然農園

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文:白石雄太
写真:奥山晴日

【あの人が買ったメイドインニッポン】#51 文筆家の一田憲子さんが“旅先で出会ったもの”

こんにちは。
中川政七商店ラヂオの時間です。

ゲストは引き続き、文筆家の一田憲子さん。今回は「旅先で出会ったメイドインニッポン」についてのお話です。

それでは早速、聴いてみましょう。

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一田憲子さんが最近買ったメイドインニッポン

一田憲子さんが“最近買った”メイドインニッポンは、「小林東洋さん作のポット」でした。


ゲストプロフィール

一田憲子

OLを経て編集プロダクションに転職後フリーライターとして女性誌、単行本の執筆などを手がける。
2006年、企画から編集、執筆までを手がける「暮らしのおへそ」を、2011年「大人になったら着たい服」を(共に主婦と生活社)立ち上げる。
そのほか、「天然生活」「暮らしのまんなか」などで執筆。 全国を飛び回り取材を行っている。
「父のコートと、母の杖」(主婦と生活社)を11月上旬に発売予定。
Webサイト「外の音、内の香」を主宰。


MCプロフィール

高倉泰

中川政七商店 ディレクター。
日本各地のつくり手との商品開発・販売・プロモーションに携わる。産地支援事業 合同展示会 大日本市を担当。
古いモノや世界の民芸品が好きで、奈良町で築150年の古民家を改築し、 妻と二人の子どもと暮らす。
山形県出身。日本酒ナビゲーター認定。風呂好き。ほとけ部主催。
最近買ってよかったものは「沖縄の抱瓶」。


番組へのご感想をお寄せください

番組をご視聴いただきありがとうございました。
番組のご感想やゲストに出演してほしい方、皆さまの暮らしの中のこだわりや想いなど、ご自由にご感想をお寄せください。
皆さまからのお便りをお待ちしております。

次回予告

次回も引き続き、文筆家の一田憲子さんにお話を聞いていきます。9/13(金)にお会いしましょう。お楽しみに。

中川政七商店ラヂオのエピソード一覧はこちら

【デザイナーに聞きました】「くらしの工藝布 アイヌ刺繡」制作記録

アートを飾るように家に布を飾る、新たなインテリアを発売します。「くらしの工藝布」シリーズから、今年は「アイヌ刺繡」をテーマにものづくりを行いました。

できあがったものは、「アイヌ刺繍」には珍しい白を基調とした配色。3年の歳月をかけ、8名のアイヌ工芸作家の方々と共にものづくりをしました。

どんな背景でこのアウトプットになったのか、デザイナーの河田めぐみさんに話を聞いてみました。

河田めぐみ

中川政七商店デザイナー。
「くらしの工藝布」の専任デザイナーとして、工芸の技をテーマにした布づくりに取り組んでいる。

ーーアイヌ刺繍をテーマに開発したきっかけは何だったのでしょうか?

最初のきっかけはご紹介です。お付き合いのあるバイヤーさんが、阿寒湖アイヌのものづくり事業にアドバイザーとして参加されていた関係で、中川政七商店で商品開発ができないか、というお話をいただきました。アイヌ工芸のものづくり事業に参加されていた下倉絵美さんが、伝統的な手仕事以外にも、アイヌ文様のテキスタイルデザインにチャレンジしたいというお話があって、それがきっかけで中川政七商店にお話をいただいたみたいです。それが2021年の10月です。

ちょうどその頃、「くらしの工藝布」では、「技」をテーマに開発することを決めて、多様な工芸をテーマに作りたいと考えていた頃だったので、アイヌテキスタイルのものづくりのお話をいただいた時は、ぜひお願いします! という感じでした。

それで2021年の12月頃に、下倉さんをはじめ何人かの作家さんにお会いするために阿寒湖のアイヌコタンに伺いました。ここで伝統的な手刺繍や工芸品を拝見し、また、コミュニティの中で、若い作り手に刺繍の手ほどきをしながら、技術をつないでいく活動をされていることなども知りました。

刺繍を行う作家さんが、歌や踊りなど一人何役も担う。今回一緒にものづくりした作家の平久美子さん。

もともといただいたお話は機械刺繍のみでのテキスタイルデザインでしたが、阿寒での体験やアイヌ工芸の歴史や技を学ぶ中で、伝統的な手仕事の技を原点にして、手刺繍も合わせながら新たな機械刺繍の表現の可能性を探っていくような流れにしたいと思ったんです。
そこで、改めて阿寒の作家さんに手刺繍もしていただけないかと思い、2022年の3月頃に再度阿寒湖に訪問しました。ただ、その時にご紹介いただいた作家さんには良いお返事がもらえなかったんです。アイヌコタンに行って知ったのですが、皆さんいろんなことをされているんですよね。工芸作家としての側面だけじゃなくて、踊りや歌で舞台に立ったり、お店を運営されていたり、一人何役も担っているのでお忙しくされていて。だから、その時の訪問では決まらなかったのですが、阿寒アイヌコンサルンの方に引き続き声を掛けていただいて、改めて今回ご依頼した作家さんとのものづくりが実現しました。

ーーどのようなやり取りで今回の素材や文様が決まっていったのでしょうか?

アイヌ工芸や歴史に関する知識がほとんどなかったので、2回目の訪問にあわせて、網走の北海道立北方民族博物館や白老の国立アイヌ民族博物館に行きました。ほかにも、図書館でアイヌ工芸に関する資料を読んだり、漫画、アニメ、インターネットなどさまざまなツールで情報収集しています。そこで多様な衣文化の歴史や、さまざまな刺繍技法があることも知りました。その上で、先人たちが残してきた技や世界観を継承しながらも、今の暮らしの中でこそ生まれる自由な表現を大切にしたいと思ったんです。
そこでまず、素材、色含め全体的な世界観のイメージについて、作家さん一人ひとりにお会いしてお伝えしました。生地と糸の相性を確認するための試作から始まり、素材が確定した段階で、典型的な文様以外については、デザインから新たに作っていただいています。

ーー表現として、なぜ白が基調になったのでしょうか?

実は北海道に行ったのも初めてだったんです。中でも阿寒湖周辺では、冬は-20℃ を下回るような寒さになるんですね。最初の訪問は12月だったので雪がかなり積もっていました。次に訪れたのは3月でしたが、阿寒湖はもちろん、道中もまだ雪景色だったんですね。初めての北海道は、朝晩本当に突き抜けるような寒さだったのですが、同時に、空気がとても澄んでいると感じて。アイヌコタンの目と鼻の先には阿寒湖があるのですが、湖も雪が積もって真っ白で、遠くに見える山も、何もかもが雪に覆われていました。空気が澄んでいるから空が本当にきれいで、そこに真っ白な雪があるという対比だったり、自然そのものにある爽やかな色の印象がとても強く残っています。

生地の上に文様の形に切り抜いた生地を乗せて伏せ縫いする、切伏技法を用いて作られたタペストリー

アイヌ刺繍の技法の中に、生地の上に文様の形に切り抜いた生地を乗せて伏せ縫いをし、その上から刺繍をするとても手の込んだ表現があります。それを見た時、アイヌの人々の深い想いや、時間の層が積み重なっていくような表現だと感じました。その表現が、阿寒で見た雪の層と重なって見えて、そんな奥行きのある表現を大切にしながら、白を基調に表現してみたいと思ったんです。

アイヌ民族の衣服に施されている色の表現は、コントラストが強く、色鮮やかなものがひとつのスタイルとしてあると思います。ですので、白を基調にした淡い色の重なりで表現したいというお話をした時に、最初から賛同してくれる方もいれば、そうでない方もいました。
ですが、 阿寒の自然を感じながら、自然に委ね、自然とともに暮らす阿寒の人々に接し、この雄大な自然に漂う空気感を色に重ねて、それを阿寒に暮らす作家さんと一緒に作り上げたいと思ったんです。

ーー手刺繍の全ての作品に当社のルーツである手織り麻が使われていますが、どういう意図がありますか?

アイヌ衣装の素材のなかでテタラぺという、イラクサと呼ばれる植物を繊維にした織物があります。アイヌ語で「白いもの」という意味があり、同じ靭皮繊維のアットゥㇱと比べ、白さが際立っているのが特徴です。

中川政七商店のルーツである奈良晒の素材、苧麻も同じイラクサ科の植物で、見た目にも素材感にも共通性があることから、この素材を使用したいと思いました。当社が、麻生地を白くする技術に優れた奈良晒の商いから始まったこともあり、手織りの麻の白を基調にしたいと思ったんです。

ーー作る中で、アイヌ刺繍のものづくりは、どんなところに特徴があると感じましたか?

まず圧倒的に個性的だということです。

今回、最小限の色で多くの作家さんにそれぞれ作品を制作いただきましたが、どれもアイヌ文様であることが分かります。決して伝統に則った表現ではなくても、分かるのではないでしょうか。

それぞれの作家さんに、「文様には、ルールのようなものがあるのでしょうか?」と伺ったことがありました。しかし皆さんからは、「特にこれといったルールがあるわけではなく、むしろ自由だ」というようなお答えをいただきました。それを聞いて感じたのは、きっと長い歴史の中で培った強度のある表現だからこそ、大胆にアレンジすることもできるのではないかということです。昔の人が、さまざまな技を取り入れながら自由な発想で表現した形は、これからもその強度を保ちながら、大胆に自由に変化していくのかもしれません。

今回、アイヌ刺繍をテーマに開発するにあたって、遥か古まで歴史を遡り、現在に至るまで、さまざまなことを学びました。初めて阿寒に訪れた3年前から今までの間、長い歴史の旅をしてきたような気持ちです。

色んなことを知り、そして今まで何も知らなかったことに気付きました。これまで考えもしなかったことを考えるようにもなって。そして、何を、どんな風に作り伝えるべきか悩みました。そんな時、アイヌの作家の皆さんが、とても朗らかにものづくりに向き合う姿に接し、私は、この澄んだ表現の美しさをただただ届けたい、それに尽きるという思いに至りました。

今回手がけた布の多くが、部屋に飾るものです。阿寒湖の自然の空気をそのまま切り取ったような表現をするために、雪、空、木々、この3 つの印象を色に重ねました。
飾り、眺め、その世界観を想像し、心が動くような瞬間があったら嬉しいです。

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文:上田恵理子
写真:田ノ岡宏明

アイヌ工芸作家・下倉絵美さんインタビュー【くらしの工藝布】

2024年のくらしの工藝布は「アイヌ刺繍」をテーマにものづくりを行いました。
一見しただけで、アイヌ文様であることが分かるような個性の強いものづくり。作家さんごとにそれぞれ個性がありながら、どれもアイヌ文様だと感じる「らしさ」があるのです。その一方で、デザインにはどんなルールや意味があるのか、今回「くらしの工藝布」に携わるまで、アイヌ文様について多くを知りませんでした。
そこで、今回ご一緒にものづくりをしたアイヌ工芸作家の下倉絵美さんにお話を伺ってみました。

下倉絵美さんデザインの「タペストリーアイヌ文様」と「飾り敷布 アイヌ文様」

下倉絵美さんには、機械刺繍のテキスタイルデザインを担当していただきました。
手作業では難しい2メートルに及ぶ大判サイズは機械刺繍ならではの表現。インテリアに存在感を与えてくれます。


下倉絵美さん

アイヌ工芸作家。
幼少期よりアイヌ文化に親しむ。姉妹ユニット「Kapiw & Apappo」を結成しアイヌ歌謡の魅力を伝える傍ら、アトリエ「cafe & gallery KARIP」で創作活動を行う。


ーー刺繍はどのように学ばれてきたのでしょうか?

刺繍はもう見よう見まねで、母がやってたのを横で見てた。最初は教えてって言ったんだけど、あんたに教えても途中ですぐ投げ出すからって言われて、「じゃあいいよー!」って(笑)。手芸でなんか作ったりするのはもともと好きで、昔は民芸喫茶ポロンノのメニュー表を刺繍したり。今でもポロンノの2階に置いてあります。
でも、刺繍家といわれている人達みたいには凝らなくて、必要に応じてって感じで。例えば夫の服にちょっと文様いれたり、友達のシャツに刺繍してくれって頼まれた時にしたり、身近な人が着るものに添えるくらい。でも文様は好きだったから、描くのはずっと好きですね。

ーーアイヌ文様の魅力はどのようなところにあると思われますか?

自然の中にあるラインとか流れに近いところがあるなぁと思って。無理がないというか。どこまでも広がっていく自由さもあるし、決まりがない。いちおうシクとか、モレウとか、アイウシとか、決まっている文様もあるけれども。人によって千差万別で、個性が強いところが面白いかな。
ルールはどうなんでしょうね。分からないけど、組み合わせ次第で人それぞれに文様が違うところがいいなと思っていて。昔の着物見るとほんと自由。大胆だし、やっぱりみんな楽しんでるじゃんって。それでいいよねって思わせてくれる自由さがある。
左右対象じゃなくて曲がってても、その人らしいっていうか。おおらかでいいなぁ、らしさがあるなぁって。今はかっちりも作れちゃうけどさ。
裏見ると、面白いんですよ。刺繍がすごい細やかで、あぁこの人はそこに魂いれてんだなぁとか。ちょっと糸切れたから、別の糸をまた繋げてやったんだろうなぁとか。そうやって人それぞれの個性が見えるのが面白い。

ーー刺繍の図案をデザインする際、どのように発想されますか?

ものによるけど、例えば草がテーマだったら、こんなのかなぁって気持ちいい流れをいっぱい描いて、そのうちにだんだん草っぽいなぁ、草ならこっちに伸びるよなぁ、こうきたらやっぱりここにシクほしいな、シクがあるってことは…とか。お母さんだったらこういくだろうなぁ、お母さんは多分もっとおっきく描くだろうなぁ…私だったら…とか。色んな風に考えて、描きながら考えながらどんどん変わってっちゃうんですよね。遊んで描いてるのが、1番楽しい。
決まってるTHEアイヌ文様みたいなものより、具象の物にアイヌ文様のテイストを入れるのが好きだったりもしますね。生きてきた中で見た景色とか、自分で好きなものも、色々混ざってると思います。何も考えないで、自分の中のイメージでぐんぐん。可愛いとか、好き、きれいって思ったら、そのまま表現できたらいいなって思いますね。

下倉絵美さんのお母さまの床みどりさん。今回のものづくるにも参加されている。

ーー今回のものづくりにもご参加されている、お母さまの床みどりさんと通じるところはありますか?

憧れるのは、おおらかさかなぁ。広々と伸びやかな線の方が好きなので、そこは母と共通なのかなぁと思っています。
文様を描くときに大切にしているのは、線の流れが切れないように、なるべくどこまでも続いていくように描くこと。ぶつっと途切れるようなものではなく、自然な流れになるように繋がっているのが好きですね。

下倉絵美さんデザインの「掛け布 アイヌ文様」
下倉絵美さんデザインの「多様布 アイヌ文様」

ーー今回、機械刺繍のデザインに挑戦されてみていかがでしたか?

もともと着物だけじゃなくて、普段着にアイヌ文様のものがほしいなって思ってたので、カーテンや服の素材か、ファブリックに興味があって。機械でやってみるのはどうでしょうと話をもらって、興味をもちました。
でも連続パターンの文様って、やったことなかったんですよね。連続かぁ…と思って、想像できないからとりあえず描いて、自分で自分に応えるように、空間を埋めるように文様を描いていきました。
上下左右に文様が繋がらないといけないから、最終的にどう見えるのかが分からなくて、途中ちょっと混乱しつつやってたんだけど、できあがってみると、どこで繋がっているのか分からない文様になっているっていうのが面白かったです。

機械刺繍で大きな生地が作れたので、アイヌ文様に触れてもらう入口が、ちょっとだけ広がるのかなって。そこから、本来はこういうものなんですよと、手仕事の刺繍も機械刺繍と一緒に中川政七商店さんに伝えてもらえると、より深く知っていただけるきっかけになるんじゃないかと思います。

ーーできあがったものを見て、どんな感想をもたれましたか?

日常で喫茶店のどこかに使いたいですね。テーブルクロスにしてもいいなぁ。アイヌ文様をこういう風に同系色にすると落ち着いて見えて使いやすいですね。
多様布とか掛け布とか、布として販売されるので、その人のアイディア次第で楽しんでいただけたらいいなと思います。ショールにしたり、身に着けるのもいいですよね。私も楽しみたいと思います。

<掲載商品>
タペストリー アイヌ文様
飾り敷布 アイヌ文様
掛け布 アイヌ文様
多様布 アイヌ文様
(すべて9月4日発売)

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文:上田恵理子
写真:田ノ岡宏明