爪やすりの正しい使い方とお手入れ方法を、プロに聞く

日本で女性の美を支えてきた道具を紹介する連載「キレイになるための七つ道具」。第1回はネイルケアに欠かせない、爪やすりです。

日本ではすでに江戸時代、身だしなみのひとつとして紅で爪の色を整える習慣があったそうです。ネイルケア専門のサロンやネイリストという職業がある現代、美しい爪への関心は相変わらず高いですが、普段から出来るネイルケアについては、意外と知る機会がありません。

私自身、憧れはあるものの、普段は爪切りで長さを整えるので精一杯。どんなことを心がけたら、キレイな爪は手に入るのでしょう?

トップネイリストに聞く、キレイな爪とは

ネイルケアに関わるプロフェッショナル、株式会社ウカ(以下、uka)さんと、株式会社諏訪田製作所さんにお話を伺うことができました。

まずお話を伺ったukaさんは、ヘアやネイルエステなどを提供するトータルビューティーサロンを展開しています。7:15(ナナイチゴ)など、働く女性の日常シーンに合わせた香りのネイルオイルなどのホームケアも人気。代表の渡邉季穂さんご自身がトップネイリストでもあります。プロが考えるキレイな爪って、どんなものでしょうか。

ukaのネイルオイル・中川政七商店創業300周年記念
ukaさんのネイルオイル。こちらは中川政七商店創業300周年記念で作られた限定ボトル。数字が創業の年の「1716」になっている

大切なのは、バランス

「いちばんキレイだと思うのは、長さがバランスよく揃っている爪です。

まず根元のキューティクルから爪先までの長さが、人差し指、中指、薬指の3本の指で揃っていること。そしてそれに対して小指、親指の爪の長さがいいバランスであること。

加えて、手の平側から見た時にも、見える爪の長さが大体揃っていること。左右の手で長さが同じであること。これには爪の形を同じにしておくことも大切です。1本だけ尖っている、というのではなく、どの指も爪の形が揃っていると、美しくバランスのとれた手の印象になります」

uka代表の渡邉季穂さん
uka代表の渡邉季穂さん。中川政七商店表参道店で行われた「キレイな爪の作り方」講座でお話を伺いました

なるほど。ネイルと聞くとマニキュアなどで美しく彩った爪をイメージしますが、まずは素の爪をバランス良く整えることが肝心のようです。これならすぐにできそうで、ちょっとホッとしました。

ここで、爪の長さや形を細かく整えるのに活躍するのが爪やすりです。今度は諏訪田製作所の斎藤さんにお話を伺います。

諏訪田製作所さんと言えば入荷2年待ちにもなるニッパー型の爪切りが有名。爪切りと爪やすりは似て非なるもののようですが、実は共通して大事なポイントがあるようです。

 SUWADA「爪のお手入れセット」の爪やすり
「爪のお手入れセット」の爪やすり
SUWADAのつめ切り
国内外のネイリストから愛用される「SUWADAのつめ切り」

七つ道具その一、爪やすり

「爪をしっかりと研ぐことが出来るというヤスリ目の性能・品質はもちろんですが、手になじむハンドルのデザインは爪切りを作るときと同様に重要な部分です」

諏訪田製作所があるのは、新潟県三条市。昔から職人たちが質の良い刃物作りにしのぎを削る、日本でもトップクラスの鍛冶の町です。

よく切れる、よくやすれるのは当たり前。元々「SUWADAのつめ切り」はその抜群の切れ味に加え、指の形にカーブした、安定して持ちやすい持ち手で人気を博したのでした。

今、爪やすりはペーパータイプのものやガラス製など形・素材・価格とも幅広くありますが、私が持っているSUWADAさんの爪やすりは、自然と手の内にハンドル部分が落ちて納まる、ずしっと重みのある持ち手。ロングセラー商品を持つ老舗メーカーならではの気配りがきいています。(中川政七商店とのコラボ商品「爪のお手入れセット」限定品。現在は販売を終了しています)

私のようなビギナーは特に、長く愛用できる使い勝手の良いものを一つ持っておくと心強いかもしれません。

キレイな爪の作り方

さて、道具を知った後は、正しい使い方を覚えておきたいところ。再びukaの渡邉さんに伺います。

「爪の組織はセロリのように筋状で、3層になっています。ギコギコと左右にやすってしまうと二枚爪の原因に。必ず一定方向に削りましょう。そのためにはやすりの動きを安定させる起点を作ることが大切です」

諏訪田さんの爪やすりを例に、爪のお手入れステップをまとめました。

爪のお手入れ方法

1、ハンドルを利き手の親指、人差し指で挟むように持ち、さらに中指でしっかり握る
2、反対側の手の親指の付け根にやすりの先端をつける。(ここが爪をやする時の起点)
3、2の状態をキープしたまま、やすりたい爪先をやすりに当てる。やすりの角度は爪に対して45度に
4、親指の付け根で爪やすりを支えながら、角度を保ってやすりを一定方向に動かし爪を削る
5、爪の真ん中を中心に、左右対称に爪の形を整える

これはNG!
×ギコギコと左右に削る
×起点を作らずにフリーハンドで爪を削る
‥‥どちらも爪の層が荒れて二枚爪の原因になってしまいます!

はじめはちょっと難しいですが、慣れてくると爪やすり初心者の私でも、どの指の爪もすいすいと削れるように。利き手と反対の手でやすりを持つときは、爪やすりでなく、削られる爪の方、つまり利き手を動かして削ると、やりやすいそうですよ。

ここまできたら、キレイな爪を手に入れるまであと少し。形と長さを整えたら、普段から爪を保護する意識と保湿、さらに表面の磨きまでできると、より美しい爪になるそうです。

キレイな爪は一日にしてならず

「例えばお皿を洗う時お湯を使うなら、ゴム手袋をする。パソコンを打つ時は爪でなくて指の腹で打つ。ちょっとした心掛けが爪の保護になります。

保湿はネイルオイルが栄養分のバランスが良くおすすめですが、顔のクリームをお風呂上がりにつけるのだっていいんです。手だけでなく、爪につけてください。

一日中使うところですから、できれば日に5回は保湿ケアを。おすすめは、マニキュアを塗ってみることです。そのまま3日間くらい過ごしてみてください。自分がどれだけ指先を使っているかが、塗りのはげ方でわかる。

マニキュアやベースコートは塗ることで多少の爪の保護にもなりますし、色を保とうと思うので、手の使い方が優雅になります。手の使い方がキレイだと、女性らしく見えるんですよ」

どれもすぐできそうなのに、目からウロコのことばかり。道具を使ってのお手入れと日々のセルフケアと、二つセットで続けることが、キレイな爪への近道のようです。

「爪は皮膚が角化したものなので、自ら養分を出してコンディションを補うということができません。さらに体の中でも末端に位置するので栄養が届くのも最後になります。

だからこそ爪は自分の体の健康具合やお手入れの効果が如実に現れるところ。髪がお手入れしないと枝毛になったり縮れたりしてしまうのと同じように、日々のケアが大切なんですよ」

キレイな爪は一日にしてならず。ですが、ちょっとした意識で楽しみながらお手入れを続けていけば、そう遠くはなさそうです。

<掲載商品> *現在は販売を終了しています
「爪のお手入れセット」(中川政七商店)

<取材協力>
株式会社ウカ
株式会社諏訪田製作所

文:尾島可奈子
写真:井上麻那巳

こちらは、2016年11月10日の記事を再編集して掲載しました。意外とよく見られる手元。爪先も忘れずにケアしていきたいです。

「熊野筆」の選び方をプロに習う。最初の1本にはチークブラシがおすすめ

化粧筆といえば熊野筆。1本は持ってみたい憧れの化粧道具のひとつです。

熊野は地名ですが、どこにあるかはみなさんご存知ですか?

正解は広島県。

人口24000人ほどのこの町には、約100社の熊野筆メーカーがあります。なぜそんなにたくさん?どうやって選んだらいいの?今回は熊野筆の秘密と魅力に迫ります。

熊野筆のルーツをさぐる旅。山あいの村が全国一の産地に

熊野筆 広島

熊野筆は広島県・熊野町で作られる筆の総称です。名乗るためには以下の条件をクリアしなければなりません。

①穂首を熊野で製造すること。
②使用する原毛は、獣毛、化繊毛、植物繊維、羽毛、胎毛等。
③製造は熊野町内。但し、外注先は周辺地域も可。
①~③の条件を満たす、書筆、日本画筆、洋画筆、化粧筆、刷毛。

<熊野筆セレクトショップ公式サイトより引用>

中でも100年以上継承された技術や原材料により熊野町内で製作した書筆、日本画筆は、国の「伝統的工芸品」に指定されています。

今では全国で生産されている書道用の毛筆、画筆、化粧筆いずれも、その8割以上が熊野町産。しかし、もともと筆づくりに適した土地だったかというと、どうやらそうでもないようです。

熊野町は四方を山に囲まれた盆地の小さな村。平地が少なく農業だけでは生活が厳しかったために、農閑期を利用して、古くから奈良方面へ出稼ぎに行っていたそうです。

奈良は古くから墨や筆づくりが盛んな地域。村の人は出稼ぎ先で得たお金で墨、筆を仕入れ、帰りながらそれを売り歩くことで生計を立てていたのだとか。

江戸末期には、本格的に他の地域で筆づくりを学んでくる人も現れ、村の産業に発展しました。

ただ、筆づくりの原材料がもともと豊富だったわけでも、土地の条件が筆づくりに適していたわけでもありません。

次第に他の産地が近代的な工業へ生業を移し替えていく中でも、山あいの熊野町には新しい産業が入らず、筆づくりが受け継がれました。そうして一途に継承されてきた技術が、今の日本一の筆産地を生み出したと言えそうです。

初めての熊野筆を選ぶ。化粧道具のプロのおすすめは?

今も24000人の住民のうちおよそ1割の2500人が筆作りに携わり、地域内には約100社もの熊野筆メーカーが軒を連ねます。とはいえ、そんなにたくさん種類があったら、選ぶのに迷ってしまいそう。では、熊野筆はどう選んだら良いのでしょう?

実は、熊野町が運営する熊野筆のセレクトショップ「筆の里工房」が全国に4店舗あります。うち3店舗は広島県内、1店舗は東京銀座です。

数十あるメーカーさんから、銀座店では7社の熊野筆が置かれています。今では通販でも買える熊野筆ですが、せっかくならはじめの1本は、化粧道具のプロから説明を受けておすすめを選びたいところ。

早速伺ってみると、フェイスブラシ、リップブラシ、チーク用、アイブロウ用と様々な化粧筆がずらり。熊野筆ではじめの1本を買うなら、まず何を買ったらよいのでしょう?

店員さん:
「筆の質の良さを体感しやすいチークブラシがおすすめです。柔らかくチークを入れたい人は、繊細なリスの毛を使ったブラシがいいですよ」

試しにと手の甲に筆を滑らせてもらうと、もうずっと触れていたくなるような柔らかな肌ざわりです。

はっきりと色をのせたい人や固形のチークを使う人は、より固い毛質の、山羊の毛のブラシがおすすめだそう。同じチークブラシでも用途によって使う毛の種類が違うのですね!

「そうですね、筆を選ぶポイントは今言った毛質の他に毛量・穂先の形・軸(手に持つ部分)のデザインがあります。筆の作り方もメーカーさんによって微妙に違うんですよ」

なるほど。まずはどんなお化粧をしたいかを考えて、最後はデザインも含めて、自分の好みで選ぶ。筆選びに迷った時は今回のように相談したら良いのですね。

せっかくなので熊野筆をもうひとつ、より手軽に普段のお化粧にも取り入れやすそうなものを見つけました。リップブラシ。

熊野筆 リップブラシ

これはほとんどのメーカーさんがイタチの毛を使うのだとか。持ち運びもしやすいですし、いつでも良い化粧道具を携帯していると思うと、気持ちも豊かになりそうです。

手作業にこだわる熊野筆。機械化できないそのワケとは

毛筆の選毛工程
毛筆の選毛工程

お店に伺って実感したのが、今更ながら多くの筆が動物の毛でできているということ。そして用途に応じてベストな毛質のもので作られているということでした。

例えばイタチの毛はコシが強く毛先がよくまとまるため、リップブラシのように細い線をくっきり出すのに向いています。対して、山羊の毛は材料の含みが良く耐久性もあるので、はっきり色をのせたいお化粧や固形の素材にも相性が良いそうです。

熊野筆を作る工程のほとんどは今も手作業。その理由は、生き物の毛の質を見分け、同じ質のものを集め、揃えて、油分や汚れを取り、束ねてひとつの筆先(穂先)にまとめ上げるという一連の工程が、機械ではできないため。

自分の髪に置き換えてみると分かりやすいですね。1人の人間でも、箇所や年齢によって生え方のクセや色も様々に異なります。それを異なる材料から選り抜いて1本の筆の穂先としてまとめ上げるまでを想像すると‥‥その手間隙たるや。

実は町では以前、毛筆で「動物の毛の油分を抜き取る工程」の機械化を研究したのですが、結果として「機械化は難しい」との結論に至ったそうです。

はじめて選んだ熊野筆。ずっと触っていたくなる触りごこちに気の遠くなるような工程を重ねて、大事に使おう、と思い致すのでした。

<取材協力>
筆の里工房
http://fude.or.jp/jp/


文:尾島可奈子
*こちらは、2017年1月5日の記事を再編集して公開しました

連載「キレイになるための七つ道具」

美しくありたい。クレオパトラや楊貴妃のエピソードが今に伝わるほど、いつの世も女性の関心を集めてやまない美容。

様々な道具のつまった化粧台は子供の頃の憧れでもありました。そんな女性の美を支えてきた化粧道具を七つ厳選。「キレイになるための七つ道具」としてその歴史や使い方などを紹介していきます。

「うぶけや」の毛抜きが短い毛もスッと抜ける理由

東京・人形町「うぶけや」さんの毛抜き

女性の美を支えてきた道具を厳選して紹介する「キレイになるための七つ道具」。

数年前、「すごい毛抜きがある」と仕事の先輩が熱っぽく教えてくれたのが、今回訪ねる「うぶけや」さんの毛抜きでした。

1度訪ねた際の記憶は、そこだけタイムスリップしたかのような店内に、ひっきりなしに出入りするお客さんの熱気。しゃっきりとして上品な女将さんの物腰、語り口。

なぜか気後れして本命の毛抜きを買わず、かわりに買った携帯用の爪切りは、今も愛用しています。人生2度目のうぶけやさんは、当時と変わらず、東京・人形町のビルの間に挟まれるように、そこだけ違う雰囲気をまとって建っていました。

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カラカラと扉を開けると、見上げる高さまで様々な形の刃物が飾られています。

「いらっしゃいまし」

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うぶけや8代目の矢崎豊さんが迎えてくれました。

うぶ毛でも剃れる・切れる・抜ける

うぶけやさんは1783年に大阪で創業の刃物屋さん。1800年代に入って江戸の長谷川町(現・堀留町)に江戸店を出店します。そこから縁あって移転した人形町界隈は、西に行けば日本橋、南に行けば築地市場という立地。当時の一大歓楽街でした。

新たに商いを始める人は「銀座にお店を出そうか、人形町にお店を出そうかと迷ったくらい」だったそうです。そんな華やかな街で明治維新を迎えたうぶけやさんは、築地に当時あった居留地から頼まれて、日本で初めて洋裁用の裁ちばさみを作ったという歴史もお持ちです。

「店名は初代の㐂之助(きのすけ)が打った刃物が『うぶ毛でも剃れる・切れる・抜ける』と、お客様から評判を受けたから。三大アイテムが、包丁・ハサミ・毛抜きです」

中でも毛抜きは、その抜群の使い心地で20年ほど前からメディアに取り上げられるようになり、時に欠品してしまうこともあるほどの人気アイテム。

「注目されるようになったきっかけですか?特にはないんです。うちは昔からのやり方で品物を作って、昔からの価格で売ってるだけで」

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うぶけやさんの毛抜きには、長さや刃先の幅でいくつか種類があります。一番人気は口幅(刃先のところの幅)が約3mmの、価格3,300円(税別)のもの。1度に作れる数は120〜200本。それが1ヶ月と持たず売れてしまいます。

薬局や、今では100円ショップでも買えてしまう毛抜きを、わざわざ人がうぶけやさんに買いに来る理由はどこにあるのか。そもそも刃物屋さんって?毛抜きって刃物なの?まだ、いろいろとわかっていません。まず「品物を作る」って、矢崎さんが刃物を打つのでしょうか。

「いやいや、うちで刃物をトンテンカンテンするわけじゃないんですよ。初代㐂之助は鍛冶職人でしたが、うちは2代目から“職商人”という形をとっています。

自分でお店を持って、腕のいい職人に刃物を作らせ、自分のところで刃をつけて(仕上げをして)、納得のいくものを販売する。職人であり商人でもある、というわけ。昔はもっと多くの刃物屋さんがあって、大体みんなこの形態でした」

うぶけやさんが創業した江戸時代、世の中が平和になって仕事にあぶれた武器職人や刀鍛冶が、家庭用品のものづくりにどっと流れます。一大消費地だった江戸では、家庭用品の需要も多かったようです。腕のいい職人がゴロゴロといた時代と場所で、職人を抱えて商いをする、職商人という形態を取るようになったとのことでした。

「種類、サイズ別を含めると全部で300種類くらいの刃物を扱いますが、道具によって全て職人さんが違います。毛抜きはずっと同じ職人さんのところに頼んでいて、もう4代続く付き合い。

それぞれの仕入れ先から、仕上げ前の半製品の状態でうちに刃物が届く。例えば包丁は、こういう板みたいな格好でくるんですよ」

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見せていただいたのは、刃がつく前の包丁(写真奥)と、うぶけやさんで研いで刃がついた(ものが切れる)状態の包丁(写真手前)。

「研ぎにも荒研ぎ・中研ぎ・仕上げと段階があって、先代の親父の頃は本業を引退した鍛冶職人さんに荒研ぎまで頼めていました。ところがちょうどバブルの頃に入って、彼らのせがれが仕事を継がなくなった。サラリーマンの初任給がどんどん上がって行った頃です。

そこで私が昔から付き合いのあった研ぎの工房に弟子入りして、今では荒研ぎからうちでやるようになったんです」

カラリ、とちょうどお客さんがやってきたところで、「じゃあ続きは奥でお話ししましょう」とお店の奥の研ぎ工房にご案内いただきました。

「うぶ毛でも抜ける」毛抜きができるまで

お店の裏に回ると、大きな荒研ぎ・中研ぎ用の機械と通路を挟んで、ちょうど囲炉裏のような格好で仕上げの作業スペースがあります。ここで息子さんで9代目の矢崎大貴さんと二人、お店で扱う品物の仕上げやお客さんから預かった修理品の研ぎを行っています。

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今私たちと入れ替わりでお店に出て接客中の大貴さんは、ちょうどさっきまで毛抜きを研いでいたところだったようです。

「せがれは店に入って4年になるかな。研磨なんかはうまいですよ。あいつは器用だからね、僕よりもうまくなるんじゃない」

そう話しながら矢崎さんが、毛抜きの仕上げの研ぎを見せてくださいました。

まず毛抜きを強力なライトにかざして上下の噛み具合を見てから、粉末状の研磨剤を刃先で挟んですり合せていきます。

目に悪いため、サングラスを着用してライトに刃先をかざす。
目に悪いため、サングラスを着用してライトに刃先をかざす。
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すり合わせがピタッと平らになったかを確かめるのは、指の感触だけ。白っぽい刃先が研磨剤で黒くなっていくのを、時折封筒のような固い紙で挟んで拭っては、また研磨剤を挟んですり合わせていきます。

コリコリコリ、と刃先を左右に動かします。
コリコリコリ、と刃先を左右に動かします。
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刃先が研磨剤で均一に黒くなって、指でもすべすべした感触になったら、今度は水研ぎ。研磨剤の時と同じように、刃先で水を挟んですり合わせ、さらに摩擦感をなくしていきます。

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最後は粒度の異なる研ぎ石で仕上げ。刃先のわずかな面の部分が、たがいにぴったり平らに合わさっているか、噛み合わせた時に刃先同士、前後左右が揃っているか。目視と、指先の感覚、研いでいる時の音の変化で確かめていくそうです。

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「光の方に噛み合わせた刃先をすかせて、隙間があるかないかを見る。全く光が漏れてこなかったら、ピタッとあっているということです。これでよっぽど細い毛じゃない限り、根元から挟めば切れずにスッと毛が抜けます」

ピタッと重なり合った刃先。
ピタッと重なり合った刃先。

こんなことをやっていたら1日に何本もできないでしょ、と笑う矢崎さんが続けて、どうしてうぶけやさんの毛抜きが支持されているのか、その一端がわかるお話をしてくれました。

うぶけやさんの当たり前

「職商人は、半製品の状態の刃物をある程度自分で仕上げられるわけでしょう。ハサミっていうのはこういう具合になっているから切れるんだ、とか自分でわかるんです。店に出入りする職人と、もうちょっとこういう具合がいいやな、と話ができる。

お客様とも、こういう使い方をしたいんだというリクエストに対して、じゃあこういう材料のこういうものがいいんじゃないですか、というおすすめができる。修理依頼があれば、自分のところで直せる。もちろん他で買われたものも修理します。

それが戦後、ものを作れば売れる、という時代がやってきました。仕上げまでやってくれる下職さんという人たちがたくさんいた頃でもあったから、店は売るだけでよくなった。毛抜きも刃物屋さんでなく、化粧品メーカーさんが作るようになっていきました。

大量生産で、価格もどんどん安くなった。それがバブルの頃を境に、下職さんたちがいなくなって、店だけが残ったわけです。そうすると例えば包丁を修理に出しても、自分のところで直せないから1ヶ月お待ちください、となってしまう。安いものは使い捨てられていく。

そんな中で、暮らしの道具全体が見直されてきたんでしょうね。毛抜きというのは本来、ただ挟めば抜ける。すべりが悪くなったらお店で研いでもらってまた使う。

うちでもお母さんが毛抜きを使っているのを見て、高校生の娘さんが買いに来られることがあります。逆にお母さんが、『娘に取られちゃったのよ』って2本目を買いに来られたりね。そういうものを欲しい、と思うお客さんが増えてきたんじゃないかな」

初めてうぶけやさんに来た時の、真剣に買い物を楽しんでいるお客さんの熱気や、その一つひとつに物腰柔らかく、けれどもしゃっきりと応対する女将さんの格好よさを思い出しました。

長く大事にできるものが欲しい。それを、真剣に作っている人から買い求めたい。うぶけやさんに来るお客さんも、私に熱心に毛抜きをすすめてくれた先輩も、私も、同じ思いなのだろうと思います。

「うちは当たり前のことを8代続けているというだけなんだけど、それが周りから奇異の目で見られるようになっちゃってね」

笑って話す矢崎さんの、当たり前という言葉に当たり前でないものを感じながら、さて、私はどれにしようかな、とお店に戻って矢崎さんの説明に耳を傾けるのでした。

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うぶけや
東京都中央区日本橋人形町3-9-2
03-3661-4851
定休日:日曜、祝日
営業時間:午前9:00〜午後6:00(土曜〜午後5:00)
https://www.ubukeya.com/

9代目の大貴さんと。
9代目の大貴さんと。

※こちらは、2017年3月22日の記事を再編集して公開しました。

髪を綺麗にする京つげ櫛は、独自の「カラクリ」と職人の技で作られる

美しくありたい。様々な道具のつまった化粧台は子供の頃の憧れでもありました。そんな女性の美を支えてきた道具を厳選。「キレイになるための七つ道具」としてその歴史や使い方などを紹介していきます。

今回選んだのはつげ櫛。髪は女の命、と言いますからね。京都で唯一つげ櫛をつくり続ける、十三や工房さんにお邪魔しました。

つげ櫛を求めて、京都へ

「髪の毛って受信機みたいなもので、空気中に飛んでいる電子をキャッチするんです。だから冬には静電気が起こりますね。

電子には埃や匂いがくっついているので、髪の毛は電子を寄せ集めながら毎日、どんどん汚れていきます。木の櫛は、そういう静電気や汚れをとってくれるんです」

木の匂いが立ち込める工房でまず最初に伺ったのは科学のお話。語り手は竹内昭親(たけうち・あきちか)さん。京都で唯一のつげ櫛製造元、十三や工房の5代目です。

十三や工房は1880年(明治13年 )竹内商店として創業。伊勢神宮にも20年に1度の遷宮に合わせてつげ櫛を納める老舗です。

お話を伺った竹内昭親さん

木の櫛の中でも特に優れている「つげ」の櫛

「櫛は汚れを落とす、ということから、ケガレから身を守るものであると考えられてきました。神事でも重要な位置を占めています。

神に捧げる玉串(タマグシ)などの『串』とも同じ語源だと言われていて、櫛は髪に挿すことで霊力を授かったり、魔除けにするような呪術的な意味も込められていたようです」

櫛の歴史は古く、縄文時代の遺跡からも木櫛が出土されています。身分によって髪型を分ける時代には、櫛は現代のように女性が身だしなみのために使うというより、政治の中心であった男性が、権力の象徴として重用していたとのこと。

位によって髪型を分けるのは、今のお相撲にその名残を見ることができるそうです。

昔から日本人の暮らし、それも神事や政治の世界にも密接につながっていた櫛。中でもあらゆる木櫛の中でもっとも優れている、と昭親さんが語るのが「つげ(漢字では黄楊)」の櫛です。

最大の特長はその粘度。細かな加工をする櫛づくりには割れや欠けは大敵です。独特の粘りのあるつげの木地は加工しやすく、磨くほどつややかな美しい木目になるそうです。

十三や工房ではつげの木の栽培から産地と提携を結んで、材料を仕入れています。

つげはゆったり育つので木目がおおらかで加工がしやすい

「昔は分業制でものづくりが成り立っていましたが、最近では木を切るノコギリの目立て(刃を鋭く切れる状態にすること)ができる職人もいなくなりました。

今ではそうした道具の調整から材料の管理にはじまって櫛の形になるまで、いわば0から10全てを自分たちでまかなっています」

工程をまとめたノート。工程によっては前回やった時から間が空くものもあるので、時々読み返して手順を確認するのだそう
原木から板状に櫛の原型を切り出す工程が記されている

自然のままの木が反りのない丈夫な櫛になるまで

0から10まで。全ての工程が行われる工房内には、一見何に使うかわからない機械がずらり。その合間に、ぶらりと裁断された木材が吊り下がっていました。

産地から届いた原木は、木が成長を止める11月頃から春にかけて裁断する。裁断後はこうして吊るして乾燥させる

「切った板をこうして1ヶ月ほど日陰で干すのですが、どんどん水分が出て反っていきます。それを矯正していく次の工程が、一番重要です」

陰干しした板を輪っか状に束ねていく。反ったものどうしを合わせていき、最後にまっすぐの板を挟み込むのがポイントだそう

矯正された板の束は工房に併設された釜で半日をかけて燻されます。燻すと木の反る向きが変わるので、束の中で板を入れ替えて矯正し、また半日かけて燻す。

これを1週間続けます。燻す時に使うのは、加工で出たつげの木くず。

つげの木クズ。この煙で板を燻して丈夫にする
木クズを集めるため、工房内のあちこちには集塵口が
工房に併設された釜。矯正された板が一度に1000枚は燻されるという

「電気炉だと一気に熱が加わるので急激な乾燥で割れてしまいます。こうしてつげ自体のくずから出た煙で燻すことで、煙の中の水分・成分が板の中に入って割れずに丈夫になる。防虫効果も生まれます。先人の知恵はすごいですね」

老舗が手作りにこだわらない理由

このあと燻された材料は「寝かし」と言って品質を安定させるために板を寝かせる工程に入ります。その期間、最低でもなんと7年!

ものによっては80年、90年と寝かす材料もあるそうです。人の一生をかけても、その完成まで見られない櫛があるとは。

燻蒸(くんじょう)を終え、寝かし中の板。古いものだと、ビニールひもではなくロープや竹皮で束ねてある

「何かを欲しいと思ったら、今すぐ欲しいですよね。欲しいと言っているお客さまを待たせたくはない。ところがどんな櫛でも完成まで7年はかかる。その分コストもかさむ。

だからいかに効率と品質をあげて、お客さまが納得できる価格で作れるかを、ずっと考えています」

品質も効率もあげる。そのために十三や工房では手仕事であることにこだわらず、機械で作った方がいいと判断した工程には、惜しみなく機械を導入しています。

しかもそのほとんどが既成の機械をアレンジした独自のもの。工房全体が、さながらラボのようです。

「『キテレツ大百科』って漫画がありますよね。あれは江戸時代に生きたご先祖様のカラクリを元にキテレツがいろいろな道具を作るわけです。

冷蔵庫や洗濯機や車が今の私たちの生活に欠かせないように、何かをもっとよくしたい時に機械を作ろう、使おうと思うのは、昔から当たり前のことだったんじゃないでしょうか」

歯の均一さが命の歯挽き(はびき)は、型に合わせて自動で動く機械を独自に開発。一定の回数歯を挽いたら、自動で止まるようになっている。一部だけ撮影が許された
あっという間に櫛の歯が現れた
根磨( す )りと言って、髪の通りがいいように歯の間や根元をわずかに削って整える工程。この工程は人の手でやった方が精度がいいそう。工程によって機械と手作業を使い分けている
かつて、やすりや磨きの工程にはこうした天然の素材が使われていた
型に合わせて櫛に丸みが出るよう削る機械。中心の部品が回転して板を削る。櫛を型に固定する道具、機械ともに自作
櫛に磨きをかける工程が機械を変えて続く。泥を回転モーターにつけて磨く
機械が歯挽きをしている間に、こうした別の工程ができる、と昭親さん

この工程は手で、この工程は機械で、と使い分けながら、みるみるうちに櫛が出来上がっていきます。さらに改良した機械も近々導入予定だそうです。

「櫛は芸術品ではなく、毎日使う日用品です。手作りにこだわってお待たせし、価格も高くなるのでは意味がありません。

お客さまは手作りの櫛が欲しいというより、ただ一生使えるいい櫛が欲しい。だから日々、去年よりいいものを、と思って機械も取り入れています。

形は伝統的なものだけれど、中身は日々変わっているんですよ」

いい櫛は、使うことでその人の髪の良さを120%引き出すことができる、とは昭親さんが最後に語られた言葉です。

女の命とまで言われる髪を調える道具は、知るほどに髪と同じくらい神秘的でパワフル。

最低7年以上という果てしない完成までの歳月と日々の絶え間ない技術改良とが、ものの迫力となって現れているのかもしれません。

キレイになるための七つ道具、いかがでしたでしょうか。

人が古来、お守りのように櫛を大切にしてきたように、真摯に作られた道具はその人の身だけでなく心も調えてくれるように思います。

とっておきの七つ道具を揃えて、日常もハレの日も、もっと豊かにキレイに調いますように。

<取材協力>
十三や工房
京都府京都市山科区御陵四丁野町21-21
http://www.jyuusanyakoubou.com/index.html


文・写真:尾島可奈子

※こちらは、2017年7月2日の記事を再編集して公開いたしました

世界にたった2人の職人がつくる伝統コスメ。伊勢半本店の「紅」

7月は紅花の季節。一大産地の山形では、6月下旬から8月初旬にかけて紅花摘みが行われます。

この紅花から生まれたのが日本伝統のコスメ、「紅」。

高畑勲監督の作品「おもひでぽろぽろ」にもエピソードが登場するので、ご存知の方も多いかもしれません。

ですが、実際に完成した紅が、こんな姿をしているのをご存知でしょうか?

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まばゆいような緑色!

一体、赤やオレンジのイメージがある紅花からどうしてこんな色が生まれ、そして唇を紅く染めるのでしょう?

今日は不思議な「紅」の魅力に迫ります。

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髪を綺麗にする京つげ櫛は、独自の「カラクリ」と職人の技で作られる

伊勢半本店 紅ミュージアムへ

訪れたのは東京・南青山にある「伊勢半本店 紅ミュージアム」。

運営するのは日本で唯一、江戸期より「紅」づくりを続ける株式会社 伊勢半本店さんです。

館内には実際の紅作りに使われる道具や昔のお化粧道具(これが美しい!)などが展示されているほか、実際に紅を試せるコーナーやショップも併設されてます。

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伊勢半本店さんの創業は1825年、日本橋にて。時は町人文化の全盛期です。

町行く女性たちのお化粧は、3色で成り立っていました。白・黒・赤。それぞれに白粉(おしろい)、眉墨・お歯黒、紅。

この紅を扱う「紅屋」は、それまで文化経済の中心地だった大阪・京都に多く軒を連ねていましたが、この頃次第に江戸にもお店が出るようになります。

そのひとつが、川越から出てきた半右衛門さんが20余年の奉公の末に伊勢屋の株を購入して開いた「伊勢半」でした。

なぜ、紅花といえば山形、なのか?

全国の産地から、紅花を丸く平らに固めた紅餅(べにもち)が紅屋に運ばれてきます。

中でも質が良いと評判だったのが最上紅花(もがみべにばな)。「おもひでぽろぽろ」の舞台にもなった山形の紅花です。

伊勢半本店さんでつくる紅は、この最上紅花のみを使用しているそうです。

案内いただいた阿部さんによると、紅花は朝夕の寒暖差のあるところでよく育つ植物。

山形の気候がその条件に適していたこと、加えて最上川の流通が古くから発達し、遠く大阪や京都にも物資を運べたこと、さらに他の産地に比べて花弁から取れる赤の色素が多く、生産が安定していたことが、山形の高品質な最上紅花ブランドを生んだそうです。

この赤い色素を紅花から取り出すというのが、大仕事。

日本に3世紀ごろまでに伝わったという紅花は、その色素の99%が黄色です。黄色は水に溶けやすいので、洗い流してたった1%の赤を取り出すところから、紅づくりは始まるのです。

実際の作業工程を少し覗いてみましょう。

産地の仕事、紅花摘みから紅餅づくりまで

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夏至から数えて11日目の半夏生の日 (毎年7月2日頃) 、花が咲き始めます。花の下1/3が赤く色づいた頃が摘みどき。つまり、花によって摘みどきがまちまちです。

摘むのは朝露でトゲが柔らかくなる早朝。花を支えているガクが収穫に混じらないよう、今でも全て手摘みです。

摘んだ花弁を揉み洗いして黄色の色素を流し、日陰で朝・昼・晩と水を打ちながら発酵させていくと、花弁の赤味が強くなります。

程よく発酵したところで臼でつき、丸めながら煎餅状にのばして天日干しすれば、紅餅の完成。

映画でも主人公がこの紅餅づくりの工程を体験していました。情景が思い出されます。

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この紅餅、ミュージアムでもガラス容器に入って展示されていました。蓋を開けると香ばしくツンとした、独特な香りがします。

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産地から紅餅が運ばれて、いよいよここからが紅屋さんの仕事。紅餅から赤い色素のみを取り出す工程に入ります。

紅屋の仕事、紅餅から紅を取り出すまで

お話を伺って感心したのが、その赤い色素の取り出し方。まるで身近なものを使った科学の実験のようなのです。

水に溶けやすい黄色に対して、赤の色素はなかなか表に出てくれません。そこで使われるのが、灰汁(あく)と烏梅(うばい)。

灰汁は灰を水に浸した上澄みの水で、アルカリ性の性質を持ちます。この溶液を紅花に染み込ませ、赤の色素を引っ張り出します。

こうして出来た「紅液」に、今度はゾクと呼ばれる麻を編んだ束を浸します。不思議なことに麻は、赤の色素を吸着する性質を持つそうです。

液の中に溶け出している赤色だけが麻に移しとられ、紅絞り機でしぼると、より濃い紅液が作り出されるという仕組みです。

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濃縮された紅液に、次は烏梅(うばい)を漬けた液を加えます。烏梅は梅の実の燻製。漬けた液は酸性です。

今度は紅液の中の赤色を再び化学反応で取り出して、色素を結晶化させます。この後ていねいに余分な水分を取り除いてゆき、ようやく紅が完成します。

漉されてとろりと泥状にになった紅。
漉されてとろりと泥状にになった紅。

江戸の暮らしと紅

紅屋は紅を、お猪口やお皿の内側に刷毛で塗って売りました。

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写真は有田焼などの紅器。17世紀には海外への輸出がメインだった有田焼は、この頃国内での需要に力を入れるようになり、紅器として用いられることも多かったようです。

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紅の価格はピンキリで、お猪口入りで現代の金額になおすと約6・7万のものから、安いものでは300円程度のものまであったそうです。

中でも質の良い紅は美人の代表、小野小町にあやかって「小町紅」の名で親しまれました。

また、当時の美人画には紅を点(さ)す女性の姿もよく描かれています。筆がわりに指をちょっと湿らせて紅を点す姿はなんとも色っぽいものです。

紅を点すのにちょうど良い薬指は、紅点し指とも呼ばれていました。使い切ればまた紅屋に器を持ってゆき、内に紅を塗ってもらいます。

看板代わりに赤く染めた布を軒先に掲げる紅屋は、江戸の風物として歌川広重の『名所江戸百景』にも描かれました。

玉虫色の美しさを求めて

メイクに流行があるのは今も昔も同じ。当時は高級な紅を唇にこれでもかと塗り重ねて、玉虫色に発色させる「笹紅(ささべに)」が流行しました。

玉虫色?

そう、内側から光り輝く金色を兼ね備えたような、美しい緑色です。

紅は不思議なことに、純度が高いほど玉虫色に光り輝いて見えます。ですから、お猪口の内側に塗られた紅は、乾くと次第に、こんな風に!

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この玉虫色の紅を、ほんの少し水分を含んだ筆に取るとみるみる艶やかな紅色に変化するのが、まさに紅点しのハイライトです。

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紅が玉虫色に見える理由は未だによくわかっていないそうなのですが、塗り重ねて玉虫色になるのは、純度の高い紅の証。

しかも1度にお猪口1/3以上を使わなければ笹紅になりません。

笹紅は、太夫と呼ばれるような身分の高い遊女や歌舞伎役者が「どう?これだけ贅沢なお化粧をしているのよ」と自らのステータスを誇示するために生まれたお化粧でした。

今の感覚でいうと「緑の口紅‥‥?」と戸惑いますが、笹紅に手の届かない一般の女性は、唇に墨を塗った上から紅を重ねて、玉虫色を真似たそうです。いじらしく、なんだか好感が持てます。

紅を点す日

館内を案内いただく内に、すっかり紅に魅了されてしまいました。私も使ってみたい。

けれど、今ポケットに入っている色つきのリップクリームや鞄の中の口紅も、手軽で便利です。どんな風に付き合ったら良いのでしょう。案内いただいた阿部さんに伺います。

「紅の魅力のひとつは、使う人によって色が変わるところです。地肌の色に馴染んで、自分の似合う色に発色してくれるんです。

ですので、これからお化粧を始めるという若い人や、自分にどんな口紅が合うかわからないという人にも、おすすめです」

これは、実際にミュージアムで試してみるとわかります。私は赤よりもややピンク味がかった色になりました。

人によってはオレンジになったり、真っ赤になるというから不思議です。

併設の紅点し体験コーナー
併設の紅点し体験コーナー

「紅は、紅花の色素だけでできています。究極のナチュラルコスメですよね。

添加物の無いお化粧品を探されている方も、これならつけられる、とお求めに来られたりします」

乾燥が気になる場合は、紅を塗った上からリップクリームを重ねると良いそうです。

さらにもうひとつ、紅にはお化粧以外の役割が。

「赤は昔から、魔除けの色として人生の行事の節目節目に使われてきました。

おめでたいことにはお赤飯を炊きますし、花嫁さんの角隠しは、内側に赤が使われていますね。還暦のお祝いには赤いちゃんちゃんこです。

それで結婚や出産、還暦のお祝いにと、女性への贈りものとして紅を選ばれる方も多いようです」

もうじき結婚する友人の顔が思い浮かびました。お祝いに贈ったら、喜ばれるかもしれません。

「他にも、化粧品の種類が限られていた昔は、口紅に限らず何にでも紅を活かしました。

うすめてチークにしたり、目の縁に塗ってアイメイクにしたり、爪先を紅で染めたり模様を描いたり。

誰でも同じ色にはならないところに、クリエイティビティが生まれるんですね」

今、紅づくりに携わる職人さんは、わずかに2人。その製法は社内であっても公開されない秘伝だそうです。

「明治以降、西洋の口紅が入ってきてから日本古来の紅のニーズは激減し、戦前には京都にも数軒あった紅屋が、今は全国でも弊社1社のみになっています。

紅花を作る農家さんも年々減り、紅づくりは厳しい環境下に置かれていますが、最後の紅屋として紅の魅力を残し伝えていかなければという想いでできたのが、このミュージアムです」

取材を通してその奥深さを知った日本の紅。知るほどに面白く、自分でも使ってみたくなりました。

ちょうど先日、熊野筆の取材で、リップブラシを手に入れたところ。ぴったりの使い時です。

手毬という小ぶりな器のものをひとつ、買い求めました。いいなと思ったものが長く続くように、まずは使い手になってみようと思います。

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<取材協力>

伊勢半本店 紅ミュージアム
http://www.isehanhonten.co.jp/museum/


文:尾島可奈子
写真:尾島可奈子、外山亮一、伊勢半本店 紅ミュージアム

*2017年2月の記事を再編集して掲載しました。紅花の季節、今度はぜひ山形へ紅花摘みに行ってみたいです。

日本一愛される金沢・箔一の「あぶらとり紙」には金箔屋の技術が詰まっている

美しくありたい。

クレオパトラや楊貴妃のエピソードが今に伝わるほど、いつの世も女性の関心を集めてやまない美容。様々な道具のつまった化粧台は子供の頃の憧れでもありました。

そんな女性の美を支えてきた道具たち。今回紹介する「あぶらとり紙」は、ポーチの中に欠かさず入れている人も多いと思います。

実はこの薄い薄い紙、金箔を作る工程から生まれていたって、ご存知でしたか?金箔国内シェア99%を誇る金沢で、良質なあぶらとり紙作りを続ける株式会社箔一さんにお話を伺いながら、そのものづくりに迫ります。

普段何気なく使っているあぶらとり紙が、また違って見えてくる、かもしれません。

10円玉の半分のサイズが畳1畳分に

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かつては沢からよく金が採れたという金沢。そこで発展したのが金箔作りです。

歴史は400年の昔にさかのぼり、加賀藩初代藩主・前田利家の時代から、金沢は金箔の一大産地でした。金は金属の中でも最大の延性を持ちます。

つまり、最もよく延びる、ということ。たった2gの金(10円玉の半分くらいだそうです)が、畳1畳分もの金箔になるというから驚きです。厚さにして1万分の1ミリメートルほど。

一方で、よく電気を通す金属でもあるので、薄い薄い金箔は、金だけでは作れないそうです。

静電気を防ぐため、あらゆる金箔は、金に銀や銅を合わせた合金。昔は納品先の多くが寺社仏閣だったため、この配合を変えることで微妙に金箔の色味を変えて納めていたそうです。

金箔作りは和紙作り

では金箔って、一体どのように延ばすのでしょう。ここで登場するのが、あぶらとり紙の元となった「箔打ち紙」です。

金箔の元となる合金、澄(ズミ)は、一度機械でペタンコにされた後、1枚1枚が和紙に挟まれます。その上から均一に叩かれることで、一度に複数枚の金箔をムラなく、破ることもなく、薄く薄く延ばすことができるのです。

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和紙が凸凹していると箔がうまく延びないため、この和紙こそが質の良い金箔作りの決め手となるもの。紙の仕込みは職人の一番の腕の見せ所だったそうです。

その工程のスタートはなんと雁皮(ガンピ)という植物を採取し、3年枯らすところから始まります。紙を頑丈にするため灰汁につけ、4日間かけて乾燥させるなど、大変な手間暇をかけて作られてきました。

舞妓さん愛用の「ふろや紙」が全国シェア1位のあぶらとり紙になるまで

さてこの箔打ち紙、「何度も打たれる」ことで思わぬ効用をもたらします。

打たれることで繊維の目が細かくなるため、瞬間的に皮脂を取れるものとして、化粧道具に使われるようになりました。

金箔屋で繰り返し使われて用をなさなくなった使い古しの紙は「ふるや紙」と呼ばれ、江戸時代には、顔に使うとお風呂上がりのようにさっぱりすると「ふろや紙」に名を転じて、京都の舞妓さんなどに高級化粧紙としてもてはやされます。

ただ、この頃のあぶらとり紙はまだ、金箔作りの副産物。1970年代に入って箔打ち以外の金箔作りの製法が編み出されると、ふるや紙も取れる数が少なくなり、希少品になってしまいます。

そこで40年前、「箔打ちの技法はそのままに、あぶらとりを目的にした紙を」と現代のあぶらとり紙作りに乗り出したのが、箔一の創業者、浅野邦子さんでした。

元々の箔打ち紙は丈夫にするために柿渋なども配合されており、あぶらの吸着はよくても、決して肌に優しいものではありませんでした。

そこで素材から肌ざわりがよく吸油性も良い天然麻に切り替え。金箔の箔打ち工程の技法を転用したあぶらとり紙の商品化に成功します。

さらに、表面にもひと工夫。透かして見ると1枚1枚格子状になっています。わざと凹凸を作り、皮膚への接地面を増やすことで、よりあぶらを吸着しやすくしているのだそう。

透かすとうっすら格子状の表面。
透かすとうっすら格子状の表面。

「繊維が柔らかく表面積が大きいので、パルプやフィルムタイプよりも少ない使用回数であぶらを取りやすいんですよ」とは、お話を伺った営業の内村さんの言葉です。

箔一さんのあぶらとり紙は、今では箔打ちの製法で作るあぶらとり紙の全国シェア1位を誇ります。

創業当時からの「美人」シリーズ(中央 *写真は40周年記念仕様)や美容成分(左)、金箔入り(右)など種類も様々。
創業当時からの「美人」シリーズ(中央 *写真は40周年記念仕様)や美容成分入り(左)、金箔入り(右)など種類も様々。

伝統的なものづくりから図らずも生まれた、キレイになるための七つ道具。

さっと1枚、使う前に、今日はちょっと光にかざしてみて、はるばる400年の歴史に思いを馳せてみるのも良いかもしれません。

<関連記事>
キレイになるための七つ道具 その一、爪やすり


文・写真:尾島可奈子

この記事は、2016年12月8日公開の記事を、再編集して掲載しました。あぶらとり紙が活躍するこの時期、普段使うものだからこそ、こだわってみてはいかがでしょうか。