“いい香り”をつくるプロ集団。淡路島にだけ存在する「香司」の仕事とは

時代にあった香りを設計しプロデュースするマイスター集団が、日本で唯一、淡路島にいます。

香りを司ると書いて「香司 (こうし) 」。

どこか神秘的な響きすら感じられるその仕事の存在は、あまり知られていません。「香司」とは、何をする職業なのでしょうか。

*前編となる「香りの島」淡路島を訪ねた様子はこちら:「知られざる「香りの世界」に、線香づくり日本一の淡路島で出会った」

香りのシェフであり、プロデューサー

淡路島は線香シェア全国1位の「香りの産地」。その香りづくりの要が「香司」です。現在淡路島では14人の香司が切磋琢磨しています。そのひとり、慶賀堂 (けいがどう) の宮脇繁昭さんにお話を伺いました。

慶賀堂のシンボルとして掲げられている文字「香」
慶賀堂のシンボルとして掲げられている文字は、やはり「香」

「香司はシェフみたいな仕事です。素材をブレンドして香りのレシピを考案したり、必要な材料を買い付けたり、レシピどおりのクオリティで製品が仕上がっているか、最後まで責任を持って見届けます」

慶賀堂の宮脇繁昭さん
宮脇繁昭さん。ブレンドはいつもこの格好、というエプロン姿で迎えてくださいました

400ものレシピを持つ香司さんもいるそうです。

おもな素材となるのは、白檀などよい香りを放つ木材、香木(こうぼく)。

香司は、おもにベトナム、インドネシアといった東南アジアから目利きならぬ「鼻利き」をして香木を買い付けています。

多彩な香木がブレンドされた線香
線香には多彩な香料がブレンドされています

「新作づくりは、いつも試行錯誤です。素材を吟味して、すり鉢状の器具でブレンド。香木の種類や分量、ベースとなる木の粉との相性など、感覚だけを頼りに試作を繰り返し、理想に近づけていきます。

イメージどおりの香りかどうかは、火をつけてみるまでわかりません。それが新作の難しさです。

例えばラベンダーに火をつけても、ラベンダーの香りとは離れてしまうのと同じです」

何を、どのタイミングで、どれだけブレンドするのか。香りのシェフとしての技が冴えるのは、このさじ加減です。

「原料の量が多いほどいい香りというわけではありません。たとえばクセのある香木である沈香 (じんこう) は、その生かし方に腕が試されます」

お汁粉に塩を入れると甘みが増すように、絶妙な配合で通をも納得させる香りを醸し出すことができれば「香司冥利に尽きる」といいます。

「香水とはちがい、線香は火をつける前、立ち上る煙、残り香、どの香りも満足のいくものでなければなりません。

燃えやすい素材の香りがまず広がり、揮発しづらい素材が残り香になっていく、その香りの展開にも気配りが必要です。そのため創作に時間がかかるのです」

宮脇繁昭さん
香りのブレンドは真剣勝負。ユーザーの気持ちを考えながら、じっくりと吟味しています

試作は数えきれないほど。

さらに完成後は平均1か月ほど、香りの熟成期間を設けます。香りが安定するまで、じっくりと品質を見極める必要があるそう。繰り返していくと、完成までに1年近くかかるものもあると言います。

練り玉3年、新作8年

香司は製造現場の親方でもあります。

「レシピどおりのクオリティで製品化するためには、常にブレンドの微調整が必要です。香木は天然素材。一つひとつ香りがちがい、仕入れる産地、季節などでもばらつきがあるからです」

香料を無事ブレンドできた後も、製造の工程では気温、湿度などを読んで調整する必要があります。

「センスも大事ですが、経験値が大きいですね。時間をかけて経験したことが、ものづくりの力につながります」

線香の材料を混ぜ合わせる「練り玉づくり」の工程だけでも、一人前になるまで3年と言われます。

器具に材料を入れて混ぜ合わせる「練り玉づくり」の様子
器具に材料を入れて混ぜ合わせる「練り玉づくり」。最適な水分量に仕上げるため、調整を繰り返します

香司になるには、こうした基本的な工程から体で覚えていき、徐々に線香づくり全体の管理や、新作のレシピ作りを任されていくそう。

既存のレシピでの製品づくりを任されるまでに約5年。練り玉づくりの3年と足すと、自らの新作にチャレンジできるようになるまでに8年はかかる計算です。

「最初は覚えることが多くて、まったく余裕がなかった」と宮脇さんは振り返ります。

ひとくちに香司といっても個性はさまざま。新作を毎年のように発表する人もいれば、ひとつのオーソドックスな素材をきわめるため、10年に1作という人も。

宮脇さんの場合はおもに専門店やお寺からのニーズに応えて、3年から5年ほどのスパンで新作を発表しています。

物語やイメージを香りにこめて

ほぼ同じ材料を使いながら、香司のブレンド具合や製造プロセス次第で仕上がる香りがちがうのも、不思議であり、魅力的なところ。

宮脇さんが所属する兵庫県線香協同組合では、その違いを楽しんでもらおうと香司14人の自信作を集めたシリーズを作っています。

シリーズ名は「武士伝」。

香司14人の名前を冠し、ずらりと並んだ「武士伝」
香司14人の名前を冠し、ずらりと並んだ「武士伝」。淡路島のお土産店などで購入することができます

天然原料のみを使用し、それぞれの香司がテーマを持って手がけた14の線香には、香司自身の名前が付いています。

ちょうど戦に臨む武士の名乗りのよう。それだけに各香司、気合いを入れて「これぞ」と思う香りに仕上げているそうです。

さまざまな香りがついた線香

宮脇さんが手がけた線香は「愛する女性を守るために出陣する武士が、想い人を慕って懐に入れる香り」をイメージ。こんな風にテーマ設定をしていくんですね。

宮脇さんが手がけた「武士伝」の香り「繁昭」
宮脇さんが手がけた「武士伝」の香り「繁昭」。フタを開けるとふわりと深い、甘い香りに包まれました。イメージに合う色として、これまでにない深い紫の色に仕上げました

香りの意外な楽しみ方とは

好まれる香りは、時代とともに変化します。

昭和はしっかりめの香り。平成は微炎微香。令和にふさわしい香りは現在、あたためているところだそうです。

線香の可能性そのものも、これからもっと広げられるのではないかと宮脇さんは考えています。

もともと、古くから日本ではたしなみとして香りが大切にされてきました。手紙に添える文香もあれば、お坊さんが清めの香りとして体につける、塗香(ずこう)というお香の種類もあります。

宮脇さんのこれからのおすすめは、好きな香りを持ち歩くことだそうです。出張の多いご自身にとっても、自らがつくった香りが旅行の必須アイテムだとか。

大切なビジネスに向かう前に香りを懐にしのばせるのは、武士伝シリーズでの宮脇さんの作品を想起させます。

香司の未来像とは

日本一の線香産地を担う香司の仕事。

先日は海外の展示会で香司の存在を知って、弟子入りしたいというイギリス人が訪ねてきたこともあったそうです。

仏具としてでなく、その使われ方も多様化している現代においては、香司の仕事のあり方も変化してゆくかもしれません。

「ヨーロッパにも香りをデザインする仕事があるように、メーカーに香りのレシピを提案するフリーの仕事も、今後は登場するかもしれませんね。

また香司という形にとらわれなくても、例えば製造の現場で線香の練りから経験して独立し、香りのプロデューサーになるという道もあると思います。

日本の線香は海外からも、その魅力とクオリティが認められつつあります。

世界にも通用する香りづくりは今後も大切だと思いますし、もし香司になりたいという人がいたら、ぜひ世界も視野に入れた香りづくりにも取り組んでみてほしいですね」

香りを司る人の使命感

全国でも珍しい、香りをプロデュースする香司の仕事。

試行錯誤の日々の中で、宮脇さんはある日、生涯仕事の支えになる言葉に出会ったと言います。

「線香に火をつけて手を合わせるのは、忘れることのできない人と、心の扉をあけてお話をするひととき。静寂に気づいたり、大切な何かを感じ取ったりできるんですよ」

親しいお坊さんにかけられた言葉だそうです。

「記憶が呼び覚まされるのは、香りがもたらす重要な効果のひとつです。線香の香りで大切な人の記憶がよみがえり、煙が揺れる様子に心がなごむ‥‥

自分のつくっているものは、人にとってそんな貴重な存在であるのかと気づかされました。誰かの心に寄り添える香りを、これからも作っていきたいですね」

宮脇繁昭さん

かみしめるように語ってくださった宮脇さん。

香司は、人が香りに心を寄せるその時間を、司どる仕事なのかもしれません。

<取材協力>
兵庫県線香協同組合
http://awaji-kohshi.com/top.php

文:久保田説子
写真:山下桂子

父の日に贈る、職人の技がつまった逸品

父の日になにか贈りたい。定番の贈りものも良いですが、ちょっと一目置かれるような、職人技がつまったアイテムはいかがでしょうか。参考にしていただけるよみものを集めました。

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コーヒー好きにはたまらない、日本製のコーヒーサイフォン

今から90年以上前に、一人の青年が開発した「コーヒーサイフォン」。開発者の名前から「コーノ式」として世界に知られるこの器具は、どのようにして生まれたのでしょうか。

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産地:東京

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進化した江戸切子のグラスで晩酌を

水の中を泳ぐ金魚

涼しげに泳ぐ金魚が描かれたオールドグラス──作っているのは但野硝子加工所2代目、伝統工芸士の但野英芳さんです。

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産地:江東

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島津家が世界に誇った薩摩切子

大河ドラマ 西郷どんにも登場した薩摩切子。幕末の名君 島津斉彬が、列強に負けじと藩をあげて開発したそうです。試行錯誤を繰り返した当時の開発秘話は、下町ロケットにも通じるものがあります。

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産地:薩摩

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お祝いや贈答品に選ばれる、能作の「酒器」

錫の片口

錫(すず)はイオンの効果が高く、水を浄化するため、お酒の味も雑味が抜けて味がまろやかになるそう。お酒好きのお父さんに喜ばれること間違いなしです。

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産地:高岡

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男性の理想を追求した究極のタオル

求める使い心地にも男女差がある?そんな気づきから生まれた究極の男女専用タオルです。

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産地:東京

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家族で使える。中川政七商店「靴のお手入れ道具」

中川政七商店「靴のお手入れ道具」

「いい靴を履くと、その靴がいい場所へ導いてくれる」とはイタリアの格言だそうです。作り手の株式会社コロンブスさんに、革用クリームの秘密と靴を長持ちさせるコツを伺いました。

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産地:浅草

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山登りが好きなお父さんに。オーダーメイドで仕立てる靴職人の登山靴

登山靴ゴロー

「日本全国の人が、ウォーキングブーツを求めてゴローにくる」。いや、今や世界中から靴を求める人がやってくる。ゴロー二代目、この道65年の靴職人に会いに。

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産地:東京

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気になった記事はありましたか?読み返してみると、また新しい発見があるかもしれません。

着崩れしにくい浴衣の着方を、この道20年のプロに聞く。

そろそろ、祭ばやしや花火の音が聞こえてくる頃。せっかく持っているのなら、着る機会を持ちたいと思うのが浴衣だ。

ただ、浴衣で出かけるとなると、心配になるのが着崩れ。そもそも、着崩れしないための秘訣はあるのだろうか?

それをいちばん知っていそうな人‥‥岐阜県郡上市で着付け教室を開いて23年、「郡上八幡城南着付教室」の大坪里美さんに、実際に着付けをしてもらいながら浴衣の着方のコツを聞いた。

400年以上の歴史をもつ「郡上おどり」

なぜ岐阜の郡上(ぐじょう)で着付けなのか。ここで、「郡上おどり」の話をすべきだろう。

もしかすると、平成から令和へ切り替わる夜に行われた「徹夜おどり」の話題を見た人も多いかもしれない。

郡上おどりとは、400年以上の歴史をもつ日本三大盆踊りの一つ。7月中旬から9月上旬にかけて33夜にわたって行われ、毎年25万人以上の来場者数を誇る一大イベント。

とりわけ8月13〜16日の4日間は、翌朝まで徹夜で踊り明かす「徹夜おどり」が開催され、盛り上がりも最高潮になるのだ。

400年以上にわたる歴史を持つ郡上おどり
郡上おどり

どんな服装でも参加することができるものの、浴衣と下駄のスタイルで踊るのが醍醐味の一つ。そして大坪さんは、郡上おどりだけでも毎年150人以上を担当する凄腕の着付師なのだ。

夜通し踊っても着崩れしない郡上おどり流の着付けなら、普段の着付けにも活かせるヒントが見つかるはず‥‥

岐阜県郡上市「郡上八幡城南着付教室」の大坪里美さん
お話を伺った、着付師の大坪里美さん

着崩れしないための4つのコツ

「浴衣で郡上おどりに参加するなら、着崩れしないことはもちろんですが、どれだけ動きやすいかも大切です」

確かにいくら着崩れしないと言っても、踊っていて苦しさを感じるようでは元も子もない。
着付けのポイントはたくさんあるものの、郡上おどりならではの着崩れしにくいコツとして、大きく4点を教えてもらった。

1.タオルを2本以上使う
2.衿芯を入れる
3.裾の高さは足の甲から7〜10センチ
4.帯の内側にミニタオルを入れる

着付けに必要なもの
用意するものは、「浴衣・帯・肌着・衿芯・前板・タオル 2枚以上・腰ひも 2本以上・伊達締め又は伊達巻き 1本・三重仮紐(なくてもOK)・下駄」。(今回、三重仮紐はなしで着付けてもらったが、あると帯結びがラクになるそうだ)

それでは着付けをしてもらいながら、順を追ってポイントを聞いていこう。

「郡上八幡城南着付教室」での着付け風景
着物用の肌着を着用。女性はブラジャーをしない方が着姿が美しく見えるとのこと

浴衣の着方のコツ その1:
タオルを2本以上使う

寸胴な体型の方が、浴衣を着た時にキレイに見える。
ウエストに「タオルを2本以上」巻くことで、くびれをなくし美しく着られるだけでなく、タオルがクッションになって苦しさを感じないというメリットも。

「細身の人は特に、タオルを多めに使うといいですよ」

浴衣を羽織る前に、下前の内側にくる肌着に静電気防止スプレーをするのが大坪さん流。

「郡上八幡城南着付教室」での着付け風景
静電気防止スプレーをシュッとひと手間

「こうすることで浴衣が肌着にまとわりつかず、動きやすくなりますよ」

浴衣の着方のコツ その2:
衿芯を入れる

「郡上八幡城南着付教室」での着付け風景
ここで「衿芯(えりしん)」が登場!

浴衣のえり部分に入れる型紙のような「衿芯(えりしん)」。衿芯は浴衣を着る上での必須アイテムではないものの、入れることでうなじ部分をすっとキレイに見せ、また着崩れしにくくなるという。

「郡上八幡城南着付教室」での着付け風景
衿芯が入っているだけで、衿部分がこんなにキレイに見える

浴衣の着方のコツ その3:
裾の高さは足の甲から7〜10センチ

浴衣を羽織る時、「裾の高さを足の甲から7〜10センチ」にするというのも郡上おどりならでは。

「通常なら5センチくらいが可愛く見えるのですが、踊ることを考えると、裾を少し高めの位置にしておきましょう」

「郡上八幡城南着付教室」での着付け風景
踊りやすさを考え、裾の位置はやや高めに
「郡上八幡城南着付教室」での着付け風景
おはしょり(帯の下に出る部分)がもたつかないように、下前の布を内側に織り込み‥‥
浴衣の着用が完了
浴衣の着用が完了
「郡上八幡城南着付教室」での着付け風景
首もとからおはしょりまでは、手のひら2つ分くらいの長さに

浴衣の着方のコツ その4:
帯の内側にミニタオルを入れる

続いて帯結びへ。多種多様ある結び方の中で、今回は「羽づつみ」という結び方にしてもらった。

「郡上八幡城南着付教室」での着付け風景
帯の結び方は好みに応じて提案してくれる。帯の上線に合わせて結ぶことで、結び目が安定し着崩れしにくくなる

帯が結べたら「ミニタオルを入れる」ことを忘れずに。

「タオルを入れると帯が安定し、動いても崩れにくくなりますよ」

激しく踊り明かすと、帯の部分から着崩れてしまう場合が多いそう。このタオルは必須ではないものの、ぜひとも用意しておきたい。

「郡上八幡城南着付教室」での着付け風景
事前にカットしたタオルを準備しておくと便利

無事に帯結びが完成したところで、最後にもうひと技。
両手を上げた状態で、脇の部分にあたる「身八つ口」の布を引き出す。

「郡上おどりは腕を上げる動作が多いので、事前に引き出しておくと格段に動きやすくなりますよ」

「郡上八幡城南着付教室」での着付け風景
両腕を平行に上げた状態で帯を押さえながら、身八つ口を上に引き出していく

着崩れした時に、自分で直す方法

浴衣で歩く時は「一歩一歩を短く内股で歩くのが、正しい歩き方です」と大坪さん。合わせて、自分でお直しするにはどうしたらいいのかも聞いてみた。

「お手洗いへ行った時に毎回おはしょりを整えるのが、着崩れを防ぐコツです」

「おはしょり」とは、帯の下に出ているこの部分
「おはしょり」とは、帯の下に出ているこの部分

おはしょりの整え方は、後ろ、横、前の順に引いていく。

着崩れしたときに、おはしょりを直す方法
まず後ろのおはしょりを下に引き‥‥
着崩れしたときに、おはしょりを直す方法
同じ要領でサイドのおはしょりを引き出す
着崩れしたときに、おはしょりを直す方法
ぐるりと手をまわし、前の部分も引き出して‥‥
着崩れしたときに、おはしょりを直す方法
帯に対して平行になるように整えるのがコツ

着付けを体験してみて驚いたのが、想像以上に楽だということ。帯の締め付けが少なく、これなら一晩中踊っても疲れなさそうだ。

今回紹介した着付けのコツは、普段にも活かせるものばかり。
自分でも着る際にも、ぜひ取り入れてみたい。

<取材協力>
郡上八幡城南着付教室
岐阜県郡上市八幡町城南町233-1

https://peraichi.com/landing_pages/view/kitsuke


文:関谷知加
写真:ふるさとあやの

わたしの一皿 浅漬けをそばちょこで

風がぬるくなってきた。GWを終えてぼやぼやしているともう夏がやってくる。

前は同じ町の海寄りに住んでいて、ときおり強い海の香りを感じていたが、今は駅の近くに引っ越していろいろ便利にはなったのだけど、それがない。ちょっと残念。

さて、みんげい おくむらの奥村です。

今日はそばちょこの話。窯元に行くと、なんとなくそばちょこを買ってしまうもんだからそばちょこが無限に増えていく。そんな方、けっこういるんじゃないかな。わたしもそのクチです。

便利が良いのです。本来の使い方もするけど、酒も飲む。小鉢としても使う。

形もかわいらしいが、文字もよい。漢字にすると猪口。これはなんだかちょっと強そうだが、ひらがなでは「ちょこ」。

ちょこ、かわいいじゃないですか。へなちょこのちょこも同じ語源だそう。ますます愛らしい。

カップなどは色々と形にいじりようがあるが、そばちょこはもう、いじりきれない。用途を満たす、究極の形かもしれない。

すっと立ち上がるか、多少開きがあるか。そのぐらいしか変化をつけられない。

それであっても窯元ごとに随分個性があるのだから面白い。何百と集める人がいるのも、わかる気が。

島根県松江にある袖師窯(そでしがま)のそばちょこ

今日は島根県の松江にある袖師窯(そでしがま)のそばちょこを使った。民藝運動にも参加した、現在で5代目の窯元。

陶土や釉薬は昔ながらのものだが、形や雰囲気は今の暮らしによく合うもので、他の窯のうつわと組み合わせてもすっと馴染む。

こんな季節になってくると、酢の物や浅漬けを食べたい日が多く、そんな時は決まってそばちょこに盛り付ける。

十草(とくさ)と呼ばれる縦縞模様はとても単純でいさぎよい。しかし各地の陶工に言わせれば、このいさぎよい線を満足いくように描けるようになるまでにはなかなかの時間を要するそうだ。

青(呉須)と茶(鉄)、よく見れば茶色は線が太い。同じように筆で書いても、釉薬にも個性があるものだから、こんな風に焼成によって変化が出る。

上から下にすらりすらりと描いているのだが、筆を止めた跡もある。つくづくも手の仕事だ。

厚みも若干違う。茶のものの方が少し厚手だ。酒でも飲めば口当たりで明らかに違いがわかるだろう。

ろくろの仕事と型の仕事。どちらも面白いが、例えば写真を撮った時。

いくつものそばちょこを並べてもピシャっと形や雰囲気が整うのが型物。高さや厚み、個々にちょっとした表情の違いが出るのがろくろもの。

ホッとするうつわ、などと言われるものは多くの場合ろくろのもので、この微妙な個体差が織りなす表情をわれわれはなんとなく心地よく思うのだろう。もちろん今日のものは後者、ろくろの仕事。

ざるに盛ったきゅうり、ミョウガ、青じそ

うつわの話が長くなったが、今日は浅漬け。シソやミョウガがうれしい季節になってきました。

きゅうりもいい。生姜も使おう。いやいや、夏に近づいてきた感。

そう言えば、コンコンコンときゅうりを刻む頻度が上がってきた。冬場は中華の炒め物ぐらいでしか食べようとも思わないきゅうりだが、いよいよ活躍の季節がやってきた。今年もどうぞよろしくお願いします。

軽く塩もみしたきゅうり

軽く塩もみしたきゅうりと香りの野菜を合わせる。そのままのきゅうりもよいが、この塩もみしたきゅうりのちょっとだけ頼りなくなったような食感も大好きだ。

生姜と白ごま、それにごま油をちょこっと加えて。ごくごく単純な浅漬け。和製サラダと言ってもよいかもしれない。

そばちょこに盛り付けた浅漬け

こういう料理とも言えないような簡単な料理がたちまち雰囲気よく見えてしまった時に、あらためてうつわの力を感じる。

ぽりぽり、しゃりしゃり。食感の楽しさもいいし、この香りのさわやかさときたら。もうたまらん。香味野菜、バンザイ。ああ、ビールを開けよう。

奥村 忍 おくむら しのぶ
世界中の民藝や手仕事の器やガラス、生活道具などのwebショップ
「みんげい おくむら」店主。月の2/3は産地へ出向き、作り手と向き合い、
選んだものを取り扱う。どこにでも行き、なんでも食べる。
お酒と音楽と本が大好物。

みんげい おくむら
http://www.mingei-okumura.com

文・写真:奥村 忍

世界が認めた超絶技巧。依頼が絶えない日本のトップ職人たち

「日本の技術は高い」とよく言われますが、本当に“世界のTOP職人”が日本にはたくさんいます。彼らの作り上げるものは、日本をこえて世界を魅了しています。そして、その生き方が本当にかっこいいのです。

彼らはどうやって、ここにたどり着いたのか。職人仕事のこと、これまでの人生のことをお聞きました。

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世界のトランぺッターを虜にするマウスピース職人

世界中から注文が殺到するトランペットのマウスピースを手がけるのは、なんとSNSを駆使して仕事をする68歳の売れっ子職人。
浜松の小さなアトリエで作られたマウスピースが、なぜそれほど求められるのか?その秘密に迫ります!

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産地:浜松

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登山靴ゴロー

人生をともに歩むゴローの登山靴。外国人も魅了する靴職人の手仕事

「日本全国の人が、ウォーキングブーツを求めてゴローにくる」。いや、今や世界中から靴を求める人がやってくる。ゴロー二代目、この道65年の靴職人に会いに。

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産地:東京

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波佐見 西海園芸の庭師 山口陽介

“This is a pen”だけで単身渡英した25歳が「世界の庭師」になるまで

2016年、世界三大ガーデンフェスティバルのひとつで金賞に輝き、国内外を飛び回るスゴ腕の庭師・山口陽介さん。波佐見町の造園会社の2代目だった彼はなぜ海外へ?そして、荒れた山を買い、波佐見町で「究極の庭づくり」を手がける理由とは?

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産地:波佐見

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「自転車の歴史」に挑む稀代のフレームビルダー

「世界最高峰のフレームを作るんだ!」苦労して建て直した事業も顧みず、時代に逆行しながら愚直にフレーム作りに向き合った職人が、世界中で評価されるまでの物語。ハッキリ言って、必読です。転機をもたらしたのは奥さんのふとした一言、という所が、人生の面白さと難しさも教えてくれます。

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産地:東京

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高知県 田野町の天日塩、田野屋塩二郎

元サーファーの塩職人が作る「白いダイヤ」。1キロ100万円の味と輝き

高知龍馬空港から1時間。高知県田野町から日本全国、そして海外の料理人も惹きつける人がいる。「田野屋塩二郎」という屋号を掲げている佐藤京二郎さん。彼の塩が、すごい。

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産地:高知

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人間国宝・越前和紙の岩野市兵衛

ルーヴル美術館にも和紙を納める人間国宝・岩野市兵衛の尽きせぬ情熱

ピカソが愛したという和紙を作る、人間国宝の職人を訪ねました。83歳の現役職人、本当にかっこいいです。

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産地:鯖江

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ローマ法王に「魔鏡」を献上した、京都の鏡師

「自分が唯一面白いと思える仕事をやりたかった」。日本で唯一“魔鏡”を製作できるという山本合金製作所の五代目鏡師、山本晃久さんにお話をお伺いします!“魔鏡”って、一体どのようなものなのでしょうか?

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産地:京都

※年齢の表記は、すべて取材当時となります。

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自由なアレンジでゆかたを楽しむポイント

プロ直伝、初心者でも簡単に楽しめるゆかたの着こなし術。「こんなに自由にアレンジができるのか!」という驚きのスタイリングがたくさんです。

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自宅でできる浴衣のお手入れ・メンテナンス方法

ゆかたを着た後、どのようにお手入れすれば良いか困ったことはありませんか?翌年また愉しめるように、保管しておく方法をご紹介します!

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ハンカチよりも大きくてタオルより場所をとらない手ぬぐいは、汗をかく季節にぴったり。今回は、「手ぬぐい専門店にじゆら」さんに“夏”を入り口にした手ぬぐいの楽しみ方を伺いました。

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道後温泉の湯かご

ゆかたを着たら、小物にもこだわりたい方へ。浴衣に湯かごを合わせたら、とってもかわいいんです。

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それでは、次回もお楽しみに。