日本最古の絵の具店、京都 上羽絵惣が作る爪に優しい胡粉ネイル

マニキュアをひと塗りすると、鮮やかな色に気分も明るくなります。ファッションとしてだけでなく、時には疲れた心を元気づけてくれる、そんな効果があるような気がします。

ただ、従来のマニキュアが肌に合わない方がいるのも事実。

肌が弱かったり、アレルギーをお持ちだったり、妊婦さんや年配の方、病気療養中の方なども使える天然素材を使ったネイルを見つけました。

なんとそれは、日本画の材料から作られているのだそう。

日本最古の絵の具屋が作るネイル

ホタテ貝殻の微粉末から作られる「胡粉 (ごふん) 」。日本画になくてはならない顔料です。

この胡粉を使って、爪に優しく発色の良いネイルが作られました。その名も「胡粉ネイル」。

2010年の発売から評判を呼び、2015年にはグッドデザイン賞を受賞。現在では日本のみならず、海外観光客にも人気です。

胡粉ネイル
日本画の色彩感覚を用いて生み出される豊富なカラーバリエーション。価格は1本1,300~1,500円(税込)

作っているのは、京都の「上羽絵惣 (うえばえそう) 」。創業は1751年、日本最古の日本画用絵の具専門店です。現在も多彩な絵の具の製造販売を行なっています。

絵の具屋さんは、なぜ化粧品を作ったのか

絵の具専門店がなぜ化粧品を作ったのでしょう。京都本社にてお話を伺いました。

上羽絵惣
地下鉄四条駅から歩いて7分ほどの場所にある町家が上羽絵惣の本社です
胡粉
260年以上作られ続けている胡粉が棚一面にずらりと並んでいました

「これまで培ってきた和絵の具作りのノウハウを現代に役立てられないだろうか?という考えから胡粉ネイルは生まれました。

弊社では、天然素材と色彩を追求した商品づくりを続けてきました。ビビッドな色から濃淡を何段階にも調整した淡い色まで幅広い色のレシピを作り出してきた実績があります。

このノウハウは、人がまとう色としても活かせるのではないかという発想が胡粉ネイル誕生につながりました。

日本の伝統色を260年以上守り続けてきた私たちだからこそ、再現できる色があるんです。美しい和の色、それを爪に乗せた時の発色の良さを大事にしています」と、店長の西村由美子さん。

店内では、色とりどりの胡粉ネイルのテスターが並び女性客で賑わっていました
本社1階は一般客向けの店舗。色とりどりの胡粉ネイルのテスターが並び女性客で賑わっていました

「『爪は小さなキャンバス』という発想の元、日本の伝統色を再現する技術はもちろんですが、爪に合う色を吟味して、新色や季節ごとの限定商品を開発しています。胡粉ネイルを絵の具のように混ぜて、新しい色を作ることもあるんですよ」

独自の調合で作られる彩り豊かな絵の具
独自の調合で作られる彩り豊かな絵の具。粒子の差によって色味は少しずつ変化します。細かな色の調整技術は胡粉ネイルの色作りにも生きているのだとか
工房で作られている色とりどりの絵の具

10年かけて乾燥させた貝殻が原料

胡粉は、ホタテの貝殻を10年ほど天日干しして砕いた微粉末。貝殻に含まれる真珠層が爪に美しいツヤを与える効果が期待できるといいます。粒子に角がなく、丸い形をしているため肌にも爪にも優しいのだそう。

ホタテ貝を細かく砕いて作られる胡粉
ホタテ貝を細かく砕いて作られる胡粉

イヤなニオイがせず、すぐに乾く

水性絵の具と同じく、胡粉ネイルは溶剤として水を使って作られています。調合にはシンナー系の有機溶剤を一切使用していません。そのため、爪に塗って乾燥させる際に蒸発するのは水なので、マニキュア特有の刺激臭もありません。通気性が良いので、爪にフタがされたような圧迫感を感じにくいのも特徴です。

また、速乾性があり2〜3分で乾くので、お出かけ前の慌ただしいときにもすぐ塗れると喜ばれているのだそう。水溶性なので、刺激臭のある一般的な除光液も不要です。手指の消毒用アルコールできれいに落とせます。爪に優しくて使い勝手が良いのは嬉しいですね。

介護施設や医療現場での活用も

天然素材を使って作られていること、水溶性であることで、アレルギーや肌が弱くて従来のネイルが使えなかった方、妊婦さん、高齢者、病気療養中の方の間でも活用されています。

「がん治療の抗がん剤の影響で黒ずんでしまった爪をカバーしたい、という方が使ってくださるケースもあります。院内サロンに置いていただいているところもあるんですよ。

他にも、介護施設での訪問美容やボランティア活動にご利用いただいたり、爪に優しい胡粉ネイルだからこそできることがあります。商品を通じて喜んでいただけることがあると、何よりの励みになります」

胡粉ネイル

使い勝手の良さ、上羽絵惣ならではの美しい発色。古くから培われてきた技術と昔ながらの天然素材が生んだ胡粉ネイルは、現代の私たちの暮らしにも新たな彩りを与えてくれるアイテムでした。

<取材協力>

上羽絵惣株式会社

京都市下京区東洞院通高辻下ル燈籠町579

075-351-0693

https://www.ueba.co.jp/

文:小俣荘子

写真:山下桂子 (一部イメージ画像提供:上羽絵惣株式会社)

人間国宝の愛した「花赤」という絵具

有田焼、京焼・清水焼、九谷焼‥‥焼き物の美しい絵付けになくてはならない、和絵具 (わえのぐ)。

陶芸で使う和絵具は、焼成によって発色するので、焼きあがって窯から出てくるまで仕上がりの色は明らかになりません。陶芸家の腕と絵具の相性があって、はじめて納得するものができ上がるといわれます。

それぞれの窯元がこだわりを持って使う絵具はどのように作られているのでしょうか。

瓶の中のグレー味のある絵具が焼きあがると、皿の上の緑色となる。 (色名は「濃青」)
瓶の中のグレー味のある絵具が焼きあがると、皿の上の緑色に (色名は「濃青」) 。仕上がりを想像するのは難しいですね

人間国宝も愛用した赤絵具を生んだ、辻絵具店

訪ねたのは、江戸時代から佐賀県有田町で絵付けを支えてきた辻絵具店。

ほのかな赤から力強い赤までを自在に表現できる「花赤 (はなあか) 」。江戸時代に生まれたこの絵具を、今も作り続けています。

江戸時代、藩から許可を得た、有田における上絵付け専門職「赤絵屋」16軒が立ち並んだ佐賀県有田町赤絵町。その一つであった辻絵具店は今もこの地に店を構えています
江戸時代、鍋島藩から選ばれた有田の上絵付け専門職「赤絵屋16軒」が立ち並んだ佐賀県有田町赤絵町。その一つであった辻絵具店は今もこの地に店を構えています

辻絵具店は、明治維新後も絵具の改良をはかり、独自の唐石 (とうせき=絵具の基材) を発明します。

この唐石で作った赤絵具の美しさが評判を呼び、色絵磁器の人間国宝・故富本憲吉 (とみもと けんきち) 氏にも信頼され、数々の名作誕生になくてはならない色を生み出してきました。

現店主の辻昇楽 (つじ しょうがく) さんは、色づくりに加え、文化庁の国宝・重要文化財保存整備事業による全国の作陶技術の研究を行い、陶芸界で唯一の選定保存技術保持者にも認定された方。

辻さんに、色づくりのこと、江戸時代から陶芸家に愛され続ける赤絵具「花赤」のこと、詳しく教えていただきました。

店主の辻昇楽 (つじ しょうがく) さん
店主の辻昇楽 (つじ しょうがく) さん

「和絵具」と「洋絵具」の違いって?

そもそも、和絵具とは何なのでしょうか。

「陶芸の絵付では、透明なガラス粉に着色剤を混ぜ合わせ、発色させて使います。

和絵具は、酸化金属をガラスの粉末に混ぜて発色させます。『ガラスの中に溶かし込む』ので透明感が出るのが特徴です。有田、京都、九谷がよく使います」

和絵具で絵付した皿。葉の緑色の下に黒で描かれた葉脈が透けて見えるのは和絵具ならでは
和絵具で絵付した皿。葉の緑色の下に黒で描かれた葉脈が透けて見えるのは和絵具ならでは

「洋絵具は合成顔料を使います。ビビッドでカラフルなものが多い。混ぜるガラス粉は生地に定着させる分だけの最小限、そのため不透明な仕上がりです。洋食器、マイセンなどでよく使われます。

マイセンでは日本の『ぼかし』を取り入れた絵柄もありますが、和絵具ほどの薄い色合いではありません」

洋絵具の色見本皿。和絵具とは異なり鮮やかな発色と透けない濃さが特徴
洋絵具の色見本皿。和絵具とは異なりはっきりとした色と透けない濃さが特徴
和絵具は焼きあがるまで色の想像がつきませんね
和絵具の瓶。どの色も似通って見えて、焼成後の色の想像がつきませんね
洋絵具は、焼成前から色がはっきりしています (左側の棚)
洋絵具は、焼成前から色がはっきりしています (左側の棚)

発色へのこだわりから生まれた「唐石」

顔料と混ぜ合わせるガラスのことを「唐石」といいます。絵具を生地に定着させる材料です。和絵具ではガラスの配合量が多いので、陶石の質が仕上がりへ大きく影響し、発色を左右します。

現代では、量産されているものを購入して使うことが一般的ですが、辻絵具店では明治時代に開発した独自レシピの唐石を使い続けています。

辻家伝来の「辻唐石」。粉砕しやすいようにもろく作ります。ドロドロに溶かしたガラスを水の中に浸して冷まします。一気に冷えたガラスは気泡と貫入(かんにゅう =細かいヒビ) がたくさん入って白濁します
辻家伝来の「辻唐石」。粉砕しやすいようにもろく作ります。ドロドロに溶かしたガラスを水の中に浸して冷まします。一気に冷えたガラスは気泡と貫入(かんにゅう =細かいヒビ) がたくさん入って白濁します
唐石を細かく砕いたもの。右の荒いものよりさらに細かくした左の方が白く見える。顔料同様に唐石も細かくすることで、顔料の色味を邪魔することなく鮮やかな発色を支えてくれるのだそう
唐石を細かく砕いたもの。右のものをさらに細かくした左の方が白く見える。顔料同様に唐石も細かくすることで、顔料の色味を邪魔することなく鮮やかな発色を支えてくれるのだそう

10年かけて作られる「花赤」

江戸時代に作り出され、現在も多くの作家に愛され続けている絵具「花赤」。

花赤による絵付。ほのかな赤から、力強い濃厚な赤まで自在な「ぼかし」が描ける
花赤による絵付。ほのかな赤から、力強い濃厚な赤まで自在な「ぼかし」が描ける

職人の筆さばきが生きる絵具として知られています。粒子がナノレベルの細かさであることで、繊細で美しい濃淡のグラデーションを生み出せるのだそう。

「粒子のサイズが100ナノメートルの時、酸化鉄がもっとも明るく発色する状態と言われます。この状態にするために水に浸け、毎日上澄み液を入れ替えて、10年ほどかけて粒子を細かくしていきます。

水簸 (すいひ) と呼ばれる技法で、水を使って起こす風化現象 (岩石が長いあいだ空気にさらされてくずれ、土になる現象) を利用しています」

水簸中の「花赤」。赤の酸化鉄「ベンガラ」の粒子が細かくなって水の底に沈殿しています
水簸中の「花赤」。赤の顔料となる酸化鉄「ベンガラ」の粒子が細かくなって水の底に沈殿しています

「実は、このやり方でなく機械で擦り潰しても、ナノサイズの粒子を作ることはできるのですが、潰している間に道具から削れた不純物が入り混んでしまうと発色が変わってくるのです。

原料はとにかく純度が大切。水も、水道水より交ざり物が少ない井戸水を使うなど、できる限りこだわっています」

10年かけてでき上がった花赤
10年かけてでき上がった花赤

「めんどうでも、やはりこの方がきれいな色ができるんですよね。だから続けています」

混ぜては焼くを繰り返す、「求める色」が生まれるまで

辻絵具店には、受け継いできた色を守るだけでなく、新たな色づくりの依頼も日々舞い込みます。

老舗窯元から若手作家まで幅広い相談があり、求められる色も様々。依頼主が思い描く色は、でき上がるまで目に見えません。イメージの見本を用意してもらったり、なんどもやりとりして作り上げていくのだそう。

色見本として辻家が預かったもの。極力色むらを作らない仕上がりを望んだ近藤悠三氏の赤 (左) 、色の重なり合いが表現できる仕上がりを求めた富本憲吉氏の赤 (右) 。同じ赤でも、人間国宝両氏が求めるものはそれぞれ異なっていたことが伺えます
色見本として辻家が預かったもの。極力色むらを作らない仕上がりを望んだ近藤悠三氏の赤 (左) 、色の重なり合いが表現できる仕上がりを求めた富本憲吉氏の赤 (右) 。同じ赤でも、人間国宝両氏が求めるものはそれぞれの異なっていたことが伺えます

「焼き物は、土、釉薬、絵具の三層になっています。それぞれが熱で膨張します。その膨張度合いがぴたりと合わないと、貫入(かんにゅう =細かいヒビ)が入ったりめくれ落ちる。

そこを唐石の調合によって膨張率をコントロールした上で、色合わせをしていきます。基礎と色合いの調合の2段階。大変です。でも、それで喜んでもらえると嬉しいよね」

辻さんは、清水焼の職人として働いていたこともあり、現在も作陶を続けています。焼き物のこと、色のこと、両方の視点から考えて色づくりをしているのだそう。

焼きあがるまで色がわからない和絵具。可能な限り実際の状態に近づけるため、依頼主が使う生地を預かり、その生地に色を乗せ、店の窯で試作します。ある程度納得できたところで、実際の窯で焼いてもらい仕上がりを確認します。

依頼者である清水焼作家の生地の上に試作した色を付けて焼き上げ、仕上がりを比べる。「焦げ茶」が欲しいというオーダーに対して19種類の色を提案した時のもの。こうした中間色を出すのが難しいのだそう
依頼者である清水焼作家の生地の上に試作した色を付けて焼き上げ、仕上がりを比べる。「焦げ茶」が欲しいというオーダーに対して19種類の色を提案した時のもの。こうした中間色を出すのが難しいのだそう

「若い頃に担当した、源右衛門窯の『緑』では、137種類の緑を作りました。丸一年の試行錯誤でした。

窯の大きさによって熱の上がる速度も異なるのでガラスの溶け具合も違う。窯によって癖があるので、こちらの窯で合わせても向こうの窯で焼くと違う仕上がりになってしまう。そのことを実感を持って学ばせてもらう機会でした。調合した色は全てデータを残しています。この時の経験が今に生きています」

源右衛門窯の茶碗
源右衛門窯の茶碗

「色づくりには、基本となる色と、時代が求める色があります。

明治期には鮮やかな発色の合成顔料が海外からたくさん入ってきて、ビビッドな色も増えました。バブル景気の頃は特殊な色が求められることも多くありました。昔の資料を引っ張り出してきてみたりして、様々な色に挑戦しました。

だけど、僕はやっぱり純粋な和絵具が好きなんです。できるだけ合成顔料を使わず、自然素材だけの原始的な色づくりに挑戦し続けたいと思っています」

店内に展示されている辻さんの作品。花赤の美しい色が白生地に映えます
店内に展示されている辻さんの作品。花赤の美しい色が白生地に映えます

手をかけて、時間をかけてでき上がった純度の高い原料、作り手の環境を考えて繰り返す試作、細かく色のデータを残し日々続けられる研究。焼き上がるまで結果が見えない色の世界。数々の調整と試行錯誤を経て、理想の色がやっと生み出されます。

美しい焼き物が生まれる舞台裏。色づくりの世界もとても奥深いものでした。

<取材協力>

辻絵具店

佐賀県西松浦郡有田町赤絵町1-2-1

0955-42-3474

※辻絵具店の「辻」の字は、正しくは「しんにょうの点1つ」です。お使いのブラウザにより異なる表示の場合があります。

文・写真 : 小俣荘子

こちらは、2018年2月18日の記事を再編集して公開しました。

パンはくるくる回して焼くのがコツ!?プロに教わる焼き網の使い方

先日、「美味しいトーストが焼ける!」という焼き網に出会いました。

作っているのは、京都の「金網つじ」。手で編む京金網の美しさと、道具としての使いやすさが評価され、世界からも注目されている工房です。

金網つじの焼き網は、暮らしの道具に精通している方々の間で愛用されており、エッセイストの平松洋子さん著書「おいしい日常」の表紙にも登場しています。パン好きの間で人気が耐えない商品で、生産が追いつかないほどの売れ行きなのだそう。

金網つじが作る「手付きセラミック付き焼き網」。焼き網の下の白い板がセラミック。遠赤外線効果で食材が美味しく焼きあがるそう
金網つじが作る「手編み手付きセラミック付き焼き網」。網の下の白いセラミック板が発する遠赤外線の効果で、食材が美味しく焼きあがるそう
焼き網に付いている白い部分がセラミック
大きさは2種類。縦横22.5センチメートル四方の一般的なサイズ (左) と、トースト1枚がちょうど乗る縦横16センチメートル四方のもの (右) 。小ぶりなサイズは、コンパクトなキッチンでも使いやすい大きさです

※辻さんに教えていただいた、「トーストが美味しく焼ける網の秘密」はこちらをご覧ください。

お話を伺いにお店を訪れた際、トーストサイズの焼き網を買って帰ってきました。

おいしく焼けるだけでなく、コンロの脇に立てかけても邪魔にならないちょうど良いサイズ、お手入れの簡単さも魅力でした。使い始めて約1ヶ月、もうすっかり毎日使いの道具となっています。

今日は、金網つじ直伝の美味しいトーストの焼き方を紹介します!

パンを乗せる、その前に

焼き網をコンロに乗せたら、パンを乗せる前に火をつけて15~20秒ほど網を温めます。余熱しておくと一気に表面を焼けるので、パンを無用な乾燥から守れるのだそう。外はカリッと芳ばしく、中はしっとりふわふわに仕上げるには、この余熱が肝心です。

まずは網を火にかけて。中火で15秒ほどあたためます
まずは網を火にかけて。中火で15秒ほどあたためます
火であぶることで白いセラミックが黄色く変色することがありますが問題ありません
火であぶることで白いセラミックが黄色くなったり、板の表面が凸凹になることがありますが、自然な変化なのでそのままで問題ないとのこと

パンをくるくると回す

焼き網に手をかざして、熱さを感じたらちょうど良い頃合い。中火のまま、網の中央にパンを乗せます。

コンロの火は、位置によって多少の強弱差があるもの。全体にムラなく焼き色をつけるには、裏表を返すのに加え、90度ずつ回転させるのがおすすめの方法なのだそう。

パンを乗せたら10〜15秒ずついろんな方向にひっくり返して行く 上下左右
パンを乗せたら10〜15秒ごとに上下左右色々な方向に回転させていきます
網の下から覗いて胃見ると、少しずつきつね色に色づく様子が
網の下から覗いてみると、美味しそうなきつね色が見えました
くるくると返しているうちに良い焼き色がついてきました
パンの香りを楽しみながら、くるくると返しているうちに全体が良い焼き色に

2分でトーストが完成

慌ただしい朝の時間、調理はできるだけ短時間で完了したいものです。

どうぞ、ご心配なく。遠赤外線効果で一気に火が入るので、2分とかからずに焼きあがります。

1分と経たないうちに、表面がカリッと焼きあがりました。火を止めて熱々のトーストの上にバターを落としてみました
火を止めて熱々のトーストの上にバターを落としてみました。パンの熱でバターがとろり

後片付けも簡単

トーストを焼いただけの網はさっと水洗いで十分きれいになります。脂の乗った食材でベタつきが気になる時や焦げ付かせてしまった時は、スポンジか亀の子たわしを使いましょう。

枠に巻き込んだ網の仕上げも滑らか。指で触れても滑らかで引っかかりがなく、怪我をしにくい上にスポンジなども引っかからないので洗いやすい
網の先は枠にしっかりと巻き込まれ溶接されています。枠を指で撫でてもなめらか。スポンジも引っかからないので洗いやすく、怪我をしにくい設計です
網を洗うときはスポンジで
網を洗うときはスポンジで
焦げ付きをとるのに少し強めにこすりたいときは亀の子たわしがおすすめ。金属製のたわしはセラミックを痛めてしまうので避けましょう
焦げ付きを取るのに少し強めにこすりたい時は、亀の子たわしがおすすめ。金属製のたわしはセラミックを傷めてしまうので避けましょう

使い込むほどに美味しく焼ける

金属は熱で変化するもの。数回使っているうちに、その状態が安定するのだそう。

「毎日ほんの数分トーストを焼くだけなら、2週間経った頃からが本領発揮。金属の状態が安定した後は、より美味しいトーストが焼けるようになります」と辻さん。

セラミックの遠赤外線効果は長く使っていると弱まってくるもの。毎日使っている場合は、2年ほどで交換するのがおすすめとのことでした。

セラミックは火にかけると黄色くなったり黒っぽくなったりしますが、問題ありません
少しずつ、色が変化して馴染んでくるのが誇らしい今日この頃。金網つじでは、交換用のセラミック板のみの販売も行なっています。下の部分だけ交換して、馴染んだ道具を長く使えるのも嬉しい

いろんな食材を焼いて美味しく

「朝食は、ごはん派!」という人には、こんな使い方も。ご飯をおにぎりにして醤油をひと撫で。焼き網でさっと炙れば、香ばしい焼きおにぎりの完成です。

前日の夕食に作った炊き込みご飯を焼きおにぎりにしてみました
前日の夕食で余った炊き込みご飯を焼きおにぎりにしてみました

少し余裕のある朝は、トーストの付け合わせやお弁当のおかずを網で焼いてみたり、椎茸をあぶって晩酌のお供にしたり。買い物に出かけると、食材を眺めながら「これは網で焼いてみたらどうかな?」なんて想像を膨らませるようになりました。

トーストのおともに、ウインナーとトマトを炙って
ウインナーとトマトを炙って朝食に
炙った椎茸は、表面が香ばしくて、中はジューシー。美味でした!
炙った椎茸は、表面が香ばしくて中はジューシー。美味でした!

子供の頃から毎日焼き網を使ってきた辻さんに、おすすめ食材を伺ってみました。

「季節の野菜をはじめ、練り物、エビなどの魚介類、そしてもちろんお餅も。お正月にはぜひこの焼き網でお餅を焼いて欲しいですね」

金網つじのインスタグラムでは、金網の使い方やオススメの食材の紹介もされています。どれも美味しそうです!

「鮭などの脂が乗った魚やお肉は、どうしても脂が下に垂れてしまいます。掃除に手間をかけたくない場合は、牛タンや干物など焼いても脂が落ちにくいものをおすすめします。とはいえ美味しいので、脂の乗ったものを掃除覚悟で焼いてみるのもアリですよ!」

秋口は、脂が乗って美味しい魚が出回る時期。すっかり焼き網の虜となった私は、きっと掃除覚悟でトライすることでしょう。

焼き網がある暮らし、満喫しています。

< 関連記事 >

辻さんの金網づくりには図面があります。美しい京金網をうみだしています

金網つじさんに製造のことをきいてきました。
「トーストが美味しく焼けるという不思議な金網の秘密」

<取材協力>

高台寺 一念坂 金網つじ

京都市東山区高台寺南門通下河原東入桝屋町362

075-551-5500

http://www.kanaamitsuji.com/

instagram @kanaamitsuji

文:小俣荘子

写真:山下桂子・小俣荘子

3日間しか見られない「鹿」は300年前の技法で生まれた

2018年10月12日 (金) から、10月14日 (日) までの3日間に渡り、「こもガク×大日本市菰野博覧会」が開催されました。

祭典のシンボルとなる萬古焼の「鹿」を制作

開催を記念して、菰野町に伝わる繊細な「古萬古(こばんこ)」の絵付けで今回の博覧会のシンボルの鹿が制作されました。

完成した「萬古鹿」
完成した「萬古鹿」。鹿は、今回の博覧会を共同開催する中川政七商店のシンボルでもあります
萬古鹿

剥製や骨格見本を参考としてリアルな鹿の姿を模しつつ、造形のバランスを追求して作り上げられたという萬古鹿。触れたくなるような滑らかな曲線、存在感のある立派な角が印象的です。そして、体を彩る色絵の美しさに目を奪われました。

「古萬古」の技法を用いた制作現場へ

萬古焼といえば、土鍋や急須などが有名ですが、300年の歴史の中で時代の移り変わりに合わせて多種多様なものが作られてきました。発祥当時は、文人や知識人に好まれた繊細で鮮やかな絵柄のものが主流でした。現在は「古萬古」と呼ばれているものです。

古萬古の壺。鹿の像に描かれた柄もこのころに用いられたものが取り入れられました
古萬古の壺。鹿の像に描かれた柄もこのころに用いられた文様が取り入れられました

今回つくられた、萬古焼の鹿を手がけたのは堀野証嗣さんと山口静香さん。

昔ながらの技法を取り入れての作陶はどんなものだったのでしょうか。祭典開催から遡ること1ヶ月、制作現場を取材させていただきました。

堀野証嗣さんと山口静香さん
迎えてくださった堀野証嗣さんと山口静香さん。お二人は父娘。堀野さんのお父様の代から3代に渡って陶芸に携わってこられたのだそう

昔ながらの萬古焼を現代に

伺ったのは、菰野陶芸村にある堀野さんの工房。

伺った日は、絵付けの工程が進んでいるところでした
この日は、絵付けの工程が進んでいるところでした

堀野さんは長年作陶を続ける中で、「古萬古」の赤絵の繊細さ、風雅な味わいに魅せられ、これを現代に甦らせる取り組みも行ってこられた方。

「磁器は色がパキッと反射するので鮮やかで華やかですよね。一方、つちものである陶器に彩色を施すと柔らかい雰囲気になります。独特の落ち着きが生まれるんです」と堀野さん。

工房での堀野さん

地元の土と、天然素材の釉薬

堀野さんは作品に合う素材をその都度吟味されるのだそう。今回の制作には、地元の土が使われました。

この土は「粒子は粗めでありつつ、粘りが強い」のだそう。複雑な造形を行う際にも扱いやすいのだとか
この土は「粒子は粗めでありつつ、粘りが強い」のだそう。複雑な造形を行う際にも扱いやすいのだとか
造形の際に使われた台
造形の際に使われた台。細い足の付いた像は支えがないと作れません。堀野さんお手製のこの台を使って胴体を支えながら形作られました
形が出来上がると、足の部分を別に切り分けて乾燥させ、窯で焼きます
形が出来上がると、足の部分を切り分けて乾燥させ、胴体と別々に窯で焼きます。この足の造形が一番苦心したところなのだそう

釉薬は、松の葉を乾燥させて灰にした「松葉釉(まつばゆう)」を使用。萬古焼で昔から使われてきたものです。この釉薬を使うと、素朴で柔らかな質感に仕上がるのだとか。

乾燥させた松葉
松葉釉の原料となる乾燥させた松葉
乾燥させた松葉
釉薬を作るには大量の松葉を集めて、乾燥させる必要があります。他の植物の葉や松の茎など、松の葉以外のもの混ざってしまうと仕上がりが変わるので手作業で仕分けをするのだそう
できあがった松葉釉。大量の松葉と手間から生まれるのはごくわずかな量の釉薬
できあがった松葉釉。大量の松葉と手間から生まれるのはごくわずかな量

現代では、合成釉薬を使うことが一般的。その方が様々な窯の中の環境に対応できるので、作品の質が安定するといいます。一方で松葉釉を使うと思い通りの仕上がりにならないこともあるのだとか。

それでも、この釉薬を使ったのには理由がありました。それは、焼きあがりに偶発的に生まれる斑点を期待してのこと。

赤い斑点「鹿子出 (かのこで) 」
土に赤い斑点「鹿子出 (かのこで) 」が綺麗に浮かび上がりました。「よりシカらしくなってよかった」と堀野さんも満足されている様子でした

単なる柄にとどまらない“衣を纏ったような”絵付け

今回の絵付けは、娘の山口さんが担当されました。

絵付けする山口静香さん
山口さんが描いたデザイン画
山口さんが描いたデザイン画。「古萬古」の柄を描きつつモダンな仕上がりに

古萬古焼の文様を組み合わせた絵柄に、「瓔珞文様 (ようらくもんよう) 」が合わせられています。

左脇に置かれた湯飲みは、瓔珞文様を描く際に参考にしたもの
古萬古の鹿
頭部の文様に組み合わされた瓔珞文様
絵柄の縁に瓔珞文様が加わることで、鹿が衣を纏っているようにも見えますね
絵柄の縁に瓔珞文様が加わることで、鹿が衣を纏っているようにも見えますね

赤の発色を良くする成分は‥‥

赤い絵付けに使われているのは、「紅殻 (べにがら、またはベンガラ) 」という顔料。

紅殻
紅殻。すりつぶして粒子を細かくして使います

粉状になった紅殻を、ガラス板でさらに細かくして使います。この際に使われる水分は、なんと腐らせたお茶。お茶の中のタンニンが紅殻と反応して、鮮やかに発色するのだとか。これも昔からの使われ方です。

お茶と紅殻を混ぜるようにすり合わせて伸ばしています
お茶と紅殻を混ぜるようにすり合わせて伸ばしています
出来上がった顔料を絵筆につけて、フリーハンドで描いていきます
出来上がった顔料を絵筆につけて、フリーハンドで描いていきます
絵付けする山口静香さん
立体物への絵付けは筆の運びの工夫が必要なことも多く、考えながら手を入れるそうですが、一度絵付けが始まると「無心になる」という山口さん。集中されている様子にこちらも息を飲みました

父娘一緒に仕事をするのは、実は今回の制作が初めてのことだったそう。

「娘を褒めるのもなんですが、絵のバランスがすごく良いんです。柄というより、鹿が何か纏っているように見える。今はまだ下絵だけですが、瓔珞文様に色が入るとさらによくなると思います」と語る堀野さんが印象的でした。

堀野さんと山口さん父娘

<取材協力>
八幡窯 堀野
三重県三重郡菰野町千草7072-1 菰野陶芸村内
059-392-3064

文:小俣荘子

写真:西澤智子

生ものが一番難しい。手仕事で仕上げる「食品サンプル」作りの裏側

食品サンプルはどこで作られている?

今や、海外観光客のお土産としても人気の食品サンプル。

最近ではスマホケースや文房具、アクセサリーなどの雑貨になっていたり、店頭で使われるサンプルの枠を超えて個人で購入できるアイテムも多く展開されています。

ほんものさながらのミニホットケーキの食品サンプル
本物さながらのミニホットケーキが出来上がりました

子どもから大人にまで注目される、本物さながらの食品サンプル。どのようにして作られているのでしょうか?その最先端の現場へお邪魔してまいりました!

イワサキ・ビーアイの食品サンプル

食品サンプルのパイオニア「イワサキ・ビーアイ」

1932年 (昭和7年) 創業の食品サンプルのリーディングカンパニー・株式会社 岩崎。「イワサキ・ビーアイ」のブランド名で親しまれ、日本国内だけでなく海外からも絶大な評価を得て長きにわたり業界シェア1位を堅持し続けています。

その実績と技術で、博物館で展示される化石や植物などのレプリカや、学校や病院での教材や資料、演劇などの小道具の製作など、食品サンプルの枠を超えた数々の製品・作品を生み出している会社です。

イワサキ・ビーアイの食品サンプル
2016年社内コンクールの作品。技術とユーモアが光るユニークさが衝撃です

TwitterをはじめとしたSNSでの反響をきっかけに、様々なメディアで話題となった同社の個性的な社内コンクール作品でイワサキ・ビーアイの名前を知った方もきっとたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。

イワサキ・ビーアイの食品サンプル「爆発するトマト」
爆発するトマト

コンテスト作品では、発想のインパクトが大きいものも多いですが、本物そっくりのリアルさがあってこそユーモアや独自の視点が光ります。その技術によって私たちの驚きと興奮を呼んでいるように感じました。職人さんたちは日々どのようにお仕事をされているのでしょうか。

世界一の工場、ものづくりの現場を体験!

イワサキ・ビーアイの日本最大級の工場を訪ね、職人さんの製作現場を実際に見せていただきました。

案内してくださったのは、広報の黒川友太 (くろかわ・ゆうた) さん。にこやかに迎えていただき、まずはご挨拶に名刺を交換させていただこうとすると‥‥。すごいものが現れました!

イワサキ・ビーアイ広報さんの美味しそうな名刺入れ
広報の黒川さんの美味しそうな名刺入れ

社内の職人さんにお願いして、オリジナルで作ってもらったのだそう。お腹が空いている時に見ると辛くなりそうなくらいリアル。さっそくユーモアたっぷりです。そして、工場エントランスに並ぶ作品にも数々の遊び心が。

イワサキ・ビーアイのユニークな作品「ビーフサンダル」
ビーフサンダル?!
イワサキ・ビーアイのユニークな作品
たい焼き‥‥ですね

工場内に入るまでにも見所が多く、なかなか前に進みません。食品サンプルは店頭でお客さまを惹きつけて店内へと誘うきっかけを作りますが、私も思いっきり惹きつけられてしまいました。ひとしきり拝見したところで、いざ工場内へ!

ここは厨房?料理しているかのように作られる食品サンプル

広々としたフロアには、型を作るセクション、型にビニール樹脂を流し込んで固めるセクション、色付けをするセクション、盛り付けをするセクションなどが並びます。台の上には仕上げ途中の様々な料理やスイーツが並んでいて、さながら巨大な厨房のようです。

イワサキ・ビーアイの食品サンプル工場
型に流し込んだ樹脂を固めるためのオーブンがずらりと並ぶ
イワサキ・ビーアイの食品サンプル工場
引き出しの中には食材がたくさん!不思議な光景です

本物を使う!究極のリアルを追求した型作り

まずはじめの工程として、料理のパーツの型を起こします。飲食店のお客さまからの発注をもとに、営業さんがスケッチを描き、写真を撮影し、見せたいところなどをヒアリングした資料を作成します。

それを元に製作‥‥とはならず、驚くべきことに、実際の料理を工場へ持ち帰り、実物そのものにシリコンをかけて固めて型を取っていくのです。

お店で提供している料理と同じになるようにとリアリティを追求した結果、このやり方に行きついたのだとか。溶けてしまう素材や、麺類など汎用性のある素材以外は全て細かく型を起こしていきます。

この日は唐揚げを型入れしていました (本物の唐揚げです!) 。少しずつシリコンをかけて固めます
こちらは飾り切りされた野菜を型入れしているところ
出来上がったシリコン型。ここに樹脂を流し込みます

「生もの」は本当に難しい。“らしさ”を追求する色付けの世界

型が出来上がると、次は型にビニール樹脂を流し込んで、サンプルの形を作っていきます。

この後、出来上がったものに塗料を吹き付けて着色するのですが、固まる前の樹脂にベースの色を付けておくと、より本物に近い雰囲気を作り上げられるのだとか。樹脂にベースとなる色を混ぜ込んでからオーブンで熱を加え、硬化させます。

様々な食材の色の顔料が作られ、ストックされています。お魚屋さんの札を見ているような気分になりました
こちらはローストビーフの色。意外とピンク色なのですね

オーブンで熱を加えることで固まるビニール樹脂。加熱後に色味が少し変化するので、仕上がりの状態を予測しながら色を混ぜています。1つのパーツに複数の色を付けたい場合は、部分的に型に流し込んでは加熱する工程を繰り返して仕上げていきます。

数回に分けて色の異なる樹脂を固めていきます。例えば手前のエビは足の部分に流し込んだ樹脂を加熱してから白い体の部分の樹脂を型に流し込んで加熱して出来上がります

形が出来上がった樹脂に色をつけて、本物に近づけていきます。

着色前の状態。実際のパンから型を取っているので表面のざらつきなどが精巧に再現されています
エアブラシで色を吹き付けていきます
イワサキ・ビーアイの食品サンプル「フランスパン」
着色が終わると、この通り本物さながらの姿に!

着色を担当する職人さんにお話を伺うと、大根の煮物など、味が染み込んでいる様子を再現するのが難しいとのこと。透明感を残した奥行き感と醤油や出汁などが染み込んだ美味しそうな雰囲気を出すには、樹脂を固める時の色付けと、後から吹き付ける着色作業との連携が重要と解説していただきました。

イワサキ・ビーアイの食品サンプル「おでん」
難しい技術が必要な煮た大根
焼き色を付けるのはさほどに難しくないとのことでしたが‥‥いやはや職人さんの技ですね

そして何より一番難しいのは、「神様が作ったもの」なのだそう。生魚など人間が手を加えていないものの「らしさ」追求は腕の見せ所。ウロコの色合いや質感を再現するには観察力と感性を磨く必要があるとのことでした。

イワサキ・ビーアイの食品サンプル「お刺身」
お刺身など自然そのままのもの
微妙な色合いを出していくために様々な塗料が並ぶ。魚のウロコ色なんていうものも!

本物にしか見えないタマゴサンド!料理の工程が参考になることも

こうして出来上がった各パーツをお皿の上に盛り付けたり、組み合わせて料理を仕上げていきます。

お米のようなこちらは「ごはん」の素パーツ
艶のある糊と合わせることで炊き上がったごはんの姿に

お米が炊き上がったご飯に変身するように、実際の調理の工程に近い形で仕上がっていくものが様々あり、とても興味深いものでした。中でも印象的だったのが、サンドイッチの製作工程でしたので、ご紹介させてください。

具沢山のサンドイッチ

こちらのサンドイッチは、焼き色を付けた白いパンに、カットした具材パーツをはさんで糊付けしています。さて、中心のタマゴペーストの部分はどのように作られていると思いますか?

粘剤に黄色の塗料を加えて混ぜます。自家製マヨネーズのようです!

まずは粘剤を作り、そこに細かく刻まれたゆで卵のような樹脂を合わせて混ぜ込んでいきます。

粘剤に黄色と白の細かい樹脂を混ぜ合わせるともうタマゴサンドの具にしか見えません!!

自宅でタマゴサンドを作る時にそっくりで驚きました。製作する際に、実際のお料理の工程を思い浮かべて、よりリアルな仕上がりで作業効率の良い製作方法を考えていくこともあるのだとか。

仕上げ工程での難しさを伺ったところ、意外なお返事がありました。

苦心するのは、出来上がったサンドイッチを箱などに詰め合わせるところなのだそう。本物を詰めるときは具材の柔らかさを利用してギュウギュウと詰めることができます。

一方で、このふわふわに見えるパンはカチカチ (うっかり失念してしまいそうですがビニール樹脂ですので) 。そのまま詰めようとしても縮んではくれないので、形が崩れない程度に少しずつ削ってパズルのようにはめていくのだそうです。

ふわふわのパンに見えますが実際には硬い樹脂でできています!

3Dプリンタでは表現しきれない、「美味しそう」の感性

工場内を見学させていただいた後、工場長の寺島貞喜 (てらしま・さだき) さんのお話を伺うことができました。

工場長の寺島さん

「新人の頃は、毎日スーパーや飲食店で食材を眺めていました。食事する時も、どんな風にチーズを伸ばしたら一番美味しそうか?とか、寿司のネタの透明感ってどんなものか?とか、ずっと考えて研究していました。職人は『美味しそうに描く』センスや表現力を培うことが求められます」

美味しそうに見えるようにタレの茶色の濃度を何度も調整しながら塗っていました

「実物や写真を見たままに写す、ただただそのまま作ると『モノマネのサンプル』になってしまって本物の魅力が伝えきれません。一度頭に取り込んで美味しそうな要素を引き立て演出します。3Dプリンタなどで機械的に作ったものより、こうして職人が手で作ったものの方が、魅力や温度感が表現されて、不思議と美味しそうにで映るんですよね。

例えば、シューマイの皮から透けて見える肉の感じ。これを美味そうだなと思うのはどんなところなのか、そこを追求して作っていきます。腕の見せ所です。塗るところ、塗らないところのメリハリや全てを描ききらないでスッキリさせる勇気が必要です。

そうして、クライアントのみなさんの期待や実物以上のものを届けられるようにしています」

シロップのしたたる様子も1つ1つ時間をかけて作り上げていきます

工場で働くみなさんの、どうやったらもっと美味しそうに見えるか?と、創意工夫し続ける姿が印象的でした。

社内コンクール作品の展覧会や、食品サンプル作り体験も実施

イワサキ・ビーアイでは、普段の仕事で培った技術や感性を思いっきり使って自由な創作ができる、腕試しの機会として年に1度の社内コンクールが開催されています。

2016年のコンクール出展示作品

普段のクラアントワークではできないような自由な創作ができる機会。職人さんモチベーションの高さには、そうした気持ちを大切にする風土や環境作りが大きく影響しているようにも感じました。にこやかで雰囲気の良い場で日々生み出されるクリエイティブ。

社内コンクール作品は、「おいしさのアート展」として毎年夏に一般公開されています。子どもから大人まで魅了する食品サンプルの世界。タイミングが合えば、ぜひ訪れてみてください。最新情報は公式サイトから。

2016年のコンクール出展作品

食品サンプル作り体験
同社の消費者向けブランド「元祖食品サンプル屋」では、一般客向けの食品サンプルや、食品サンプル製作キット「さんぷるん」の販売、昔ながらのロウを使った食品サンプル製作体験も行なっています。大人も子どもも参加可能です。

「元祖食品サンプル屋」合羽橋店で実施されている食品サンプル製作体験の様子。楽しそうです

<取材協力>
株式会社岩崎 (イワサキ・ビーアイ)

文・写真:小俣荘子(一部写真:イワサキ・ビーアイ提供)

こちらは、2017年8月13日の記事を再編集して公開いたしました。

技術があればこそ自由自在。知るほどにおもしろい、萬古焼の世界

旅に出たら、その土地のことをもっと知りたくなるもの。旅先にあるミュージアムは、そんな思いを叶えてくれます。

今日は、三重県四日市市で出会った「BANKO archive design museum」を紹介します。

キューピー
輸出用に作られた陶製のキューピー人形は、世界中のコレクター垂涎の品。このキューピーを見るために来館する人もいるのだとか

土鍋、急須だけじゃない、多種多様な「萬古焼」

ここは、萬古焼を産業とデザインの面から紹介する小さなミュージアム。2015年にオープンしました。

ロゴのデザインは、三重県す出身のイラストレーターで村上春樹の装幀などでも知られる大橋歩
ロゴのデザインは、イラストレーターの大橋歩さん。村上春樹作品の装丁などでも知られる大橋さんは、三重県の出身。地域にゆかりのある方なのです

立ち上げたのは、食器から巨大モニュメントまで幅広い作品を作り出す人気陶芸家の内田鋼一さん。萬古焼の常設展のほか、年に2回の企画展が行われています。

展示品の中心は、古萬古や有節萬古とよばれる古いものではなく、明治時代から戦後にかけて発達した産業遺産としての萬古焼。

「骨董であれば多くの人が勉強するし、すでにコレクションを展示している場所があります。でもこの時代の萬古焼は全然知られていないし、資料館もありません。

萬古焼は面白いものがたくさんあるのに、もったいない。作る人も伝える人も減ってきた今、アーカイブとして残すことが重要なんじゃないかと考えたんです」と、内田さん。

館長の内田鋼一さん
館長の内田鋼一さん

萬古焼というと、土鍋や急須が有名です。しかし、江戸時代に始まった萬古焼にはそれだけでない多様な技術と様々な製品がありました。時代に合わせて、新しいものを取り入れ自由自在に変化してきたのだそう。

統制陶器、代替陶器の萬古焼

内田さんに案内していただきながら、知られざる萬古焼の世界をのぞいてきました。

本物そっくりに作られた、代用陶器

7つのテーマに分かれた展示室。特に興味深かったのは、代用陶器と呼ばれる戦時中に作られたもの。

太平洋戦争中に金属が徴集されたことで、これまで金属製だった品を陶器でつくる代用陶器が生まれました。各地で様々なものが作られましたが、萬古焼でつくられたものは、一見焼き物には見えない「本物そっくり」であることに驚かされます。

どちらが琺瑯か迷うほど似せて造られた洗面器
縁の青いラインまで再現された陶製洗面器
本物そっくりに造られたガス台
金属のガスバーナー、ガスコンロを模した代用陶器。細かいディティールまでそっくり
鉄瓶を模した陶製やかん。表面に凹凸をつけ、鉄瓶の質感も表現されていました
鉄瓶を模した陶製やかん。表面に凹凸をつけ、鉄瓶の質感も表現されていました

様々な制約がある戦時中、こうしたデザインの代用陶器の存在は人々の暮らしを励ましてくれるものだったかもしれません。

「製品の形を完全にコピーした意図は不明ですが、ここまで再現できたのは技術があったからこそ。四日市は、瀬戸、美濃、常滑、信楽、京都といった大きな窯場に囲まれた場所です。

良質な土にも恵まれなかった土地で、試行錯誤をしながら技術を磨いて生き残ってきた歴史があります。その結果として、こうしたものが生まれているのは興味深いですね」

萬古焼の印として「万」が記され番号が付いている
昭和15年 (1940年) から終戦後しばらくの間、全国の各窯場では生産数が管理され、すべてのやきものには生産者や生産数などの照合ができる管理番号がつけられていました。萬古焼には「万」と記され番号が付いています

ポップでキッチュな貯金箱

こんな色鮮やかで可愛らしいアイテムもありました。

大黒様と恵比寿様の貯金箱
大黒様と恵比寿様の貯金箱
戦車の形をした貯金箱。色使いがかわいらしい
戦車の形をした貯金箱

戦前から戦中にかけ国の政策として国民に貯金を推奨したため、貯金箱が大量に作られました。人気の娯楽や人々にとって親しみのあるモチーフを使ってデザインされていたようです。

いち早く、海外需要にも対応

有名窯元では作らないような、どんな注文にも対応する融通性があった萬古焼。東海道に位置し、明治時代に入ると四日市港の開港や鉄道の開通など、交通網が発達したことが追い風となり、いち早く輸出も始まりました。明治から昭和にかけては色鮮やかな玩具や輸出向けの人形も多数手がけています。

逆境が生んだ、鮮やかな色

焼き物に適した良質の土が取れなかった四日市。高温の焼き締めに不向きな土であることを逆手に取る工夫がありました。

「釉薬は、高温になるほど色が濁るので、窯の温度が低い方が鮮やかに仕上がります。その技術を高めて豊富なカラーバリエーションを展開していったのが萬古焼の職人でした。

赤絵、青磁、腥臙脂釉 (しょうえんじゆう) など様々な技法を取り入れる傾向は、すでに江戸時代の古萬古や有節萬古からありましたが、その後も鮮やかな色彩の焼き物を多く生み出し続けてきました」

色合いの美しいモダンなうつわは、現代においても新鮮に映ります
色合いの美しいモダンなうつわは、現代においても新鮮に映ります
鮮やかなグリーンの器

北欧食器を作っていた、萬古焼の陶工

時代の空気を取り入れながら、創意工夫を繰り返してきた萬古焼の職人たち。実は、北欧のテーブルウエアを支えていたのも四日市の陶工でした。

北欧のテーブルウエアとして広く普及しているストーンウエア。遠く離れた日本で製作していたのが松岡製陶所でした。惜しまれながら廃業した松岡製陶所の食器が見られるのも、このミュージアムならではです。

ストーンウエア
鮮やかな色彩と光沢感が美しい日本のストーンウエアは、1970年代に萬古の地で生まれました
1970年代のデンマーク陶器メーカー「ストーゴ社」の食器。これらは松岡製陶所でつくられていた
1970年代のデンマーク陶器メーカー「ストーゴ社」の食器。松岡製陶所が生産していました

こうした萬古焼の展示のほか、道具や人にスポットを当てた展示も。

量産に向かない「贅沢な」木型

江戸時代に「新しいものを作り出したい」という熱意から生まれた急須の木型は複雑な作り。型の周りに土を貼り付けて成形したのち、中心の棒を抜いてパズルのような細かなパーツをばらして取り出します。手間がかかるため「複製はできるけれど量産には不向き」という贅沢な木型なのだとか。

急須の内側に柄ができるものなども。複製はできるが、複雑なため量産には不向きという贅沢な木型
内側に型押しがされるように柄が彫られたものも
急須の道具
複雑にこまかく別れる急須の木型

萬古焼を愛でた人、影響を与えた人

北大路魯山人の経営する美食サロン「星岡茶寮」の支配人を務めた、美術評論家の秦秀雄。骨董を極めた彼は晩年になって、それまで誰も評価していなかった、近辺の雑記に目を向けるようになりました。そのなかでも特に愛したのが萬古急須だったのだそう。

秦秀雄の部屋
秦秀雄ゆかりの品と、同氏が高く評価した萬古焼作家の笹岡春山の作品が並ぶ展示室

こちらは陶磁器デザイナーの日根野作三の仕事にスポットを当てた展示。

陶磁器デザイナーの日根野作三の仕事

同氏は、四日市を始め日本各地の焼き物産地でデザイン指導を行い、戦後日本の陶磁器デザインの道筋を作ったと言われる第一人者です。手がけたデザインから、萬古焼へ与えた影響が伺い知れます。

日根野作三のデザイン帖。かの濱田庄司は「戦後日本の陶磁器デザインの80%は日根野作三によるもの」と語っていたといいます
日根野作三のデザイン帖。かの濱田庄司は「戦後日本の陶磁器デザインの80%は日根野作三によるもの」と語っていたといいます

知るほどに面白い萬古焼

人気作家の内田さんが作ったということもあり、オープン当時から注目されたこのミュージアム。展示内容に魅せられた人々から評判が広がり、今や県外や海外からも多くの人が訪れるようになっているそう。

「ここをきっかけに萬古焼のことを知ってもらって、魅力が伝わればいいなと思っています」

そう語る内田さんは、もともとは萬古焼と強い結びつきがあった方ではありません。どうしてミュージアムを作ることになったのでしょう。

萬古焼作家ではないし、出身は名古屋という内田さん。「まさか自分で作ることになるとは‥‥」と漏らしながらミュージアムを作った経緯をお話ししてくださいました
萬古焼作家ではないし、出身は名古屋という内田さん。「まさか自分で作ることになるとは‥‥」と漏らしながらミュージアムを作った経緯をお話ししてくださいました

「三重県の依頼で地域産業のアドバイザーや萬古焼のブランディングに関わる中で、地元の人たちが萬古焼についてあまり知らず関心が低いこと、自信がないことが気になっていました。私が蒐集していた陶器の中には萬古焼もたくさんあって、面白いものだと思っていたので。

会議の中で何度も資料館を作ろうという話も出ましたが、そういった状況もあり、なかなか形にならなかった。それで自分でやることになってしまったのですが。 (笑)

オープンして、外部の人が萬古焼に注目していると知ることで、地元の人たちの意識も少しずつ変わっているようです。今年は萬古焼300周年の節目。いま萬古焼に携わる人が、次の時代の萬古焼を切り開いていってくれたらいいですよね」

いちから内田さんが作り上げた「BANKO archive design museum」。有名窯元以外にもこんなに魅力的な焼き物がある、ということを驚きとともに教えてくれる場所でした。

エントランスからの通路はショップになっている
展示室を出た後は、のんびりショップを眺めたり、併設のカフェで余韻に浸りながら過ごすのも楽しそう。ショップには萬古焼のほか、内田さんがセレクトした国内外の古いものや、オリジナルの手ぬぐいも

見ごたえたっぷりの展示を鑑賞し終える頃には、私もすっかり萬古焼の技術や色彩に魅了されていました。

<取材協力>

BANKO archive design museum

三重県四日市市京町2-13-1F

059-324-7956

http://banko-a-d-museum.com

文:小俣荘子

写真:白石雄太