沖縄の新しい酒屋が仕掛ける、フードカルチャーの最前線

工芸産地を地元の友人に案内してもらう旅、さんち旅。

もともと東京で、ショップやものづくりなどのディレクションに関わっていた村上純司さん。沖縄に移住したとは聞いていたものの、〈LIQUID(リキッド)〉という少し変わった、「飲む」という行為に焦点を当てた専門店を始めたというお知らせが、編集部に届きました。

ということで沖縄、村上さんのお店LIQUIDを訪ねる「さんち旅」。今回は第2回です。

第1回目の記事はこちら
日本最前線のクラフトショップは、日本最南端にあった
〈「飲む」をテーマにしたモノ・コトの専門店、LIQUID 沖縄〉

オーナーの村上純司さん。東京江戸川区生まれ
オーナーの村上純司さん。東京・江戸川区生まれ。東京のディレクション会社を退職した後、2017年、沖縄宜野湾市にクラフトショップ〈LIQUID〉をオープン
「飲む」という行為に焦点を当て、日本最前線のクラフトを展開する〈LIQUID〉
「飲む」という行為に焦点を当て、日本最前線のクラフトを展開する〈LIQUID〉。都内では見かける事もままならない、ピーター・アイビーのガラス作品をはじめ、作家たち賛同のもと、この店だけの別注品も並ぶ

聞けば「飲む」という行為に焦点を当てた結果、道具の販売だけでなく“飲み物”であるカレーも提供準備中とのこと。この洗練された空間でカレーというだけでも驚いてしまいますが、LIQUIDの「飲む」という表現の場は、なんと別棟での酒屋へと続いていました。


 

2号店、酒屋〈LABO LIQUID〉の開店

沖縄 labo liquidの入口

「体験がともなうと、その道具の魅力の伝わり方も全然違いますよね。LIQUIDでは茶器はもちろん、酒器も取扱っています。その道具の魅力や世界観を充分に伝えようとした結果、お酒を取り扱うことは自然の流れでした。

でもどうしても、同じ建物の中ではお酒の展開が難しかったので、もう1カ所場所を作ることにしたんです。近くを探していたら、天然酵母パンの〈宗像堂〉さんがちょうど新しい施設を作るところで、その一室をお借りすることになりました」

〈宗像堂〉は、宗像誉支夫さん、みかさんによって始められた、石窯で焼き上げられる天然酵母のパン屋。ロゴデザインに〈minä perhonen〉皆川明さん、店舗のテラスの壁画は、絵本作家の沢田としきさんと、様々なクリエイターによる支持のもと、2003年沖縄県宜野湾市にオープン
〈宗像堂〉の新しい施設〈宗像発酵研究所〉。ロゴデザインは〈minä perhonen〉皆川明さんによるもの
LIQUIDから徒歩圏内の宗像堂の新しい施設〈宗像発酵研究所〉。パンをはじめとした、様々な発酵についてのアプローチが進められるラボ。宗像堂と同じく、ロゴデザインは〈minä perhonen〉皆川明さんによるもの

作り手が描いた世界観を届ける酒屋

真喜志奈美さんと竹島智子さんの共同プロジェクト〈Luft〉によるラワン材やステンレスなど、素材感を活かしたソリッドな内装
ラワン材やステンレスなど、素材感を活かしたソリッドな内装は、〈Luft〉の真喜志奈美さんによるもの。こちらでも「飲む」をテーマにした村上さんセレクトの品々が購入可能
珍しい自然派ワインやクラフトジンと充実の冷蔵庫
珍しい自然派ワインやクラフトジンと充実のセラー。左側のセラーに並ぶ日本酒の「風の森」は、味わいの輪郭も特徴的な銘柄で、全国にもファンが多い。蔵元のある奈良でもなかなか見ることができない充実の品揃え

「日本酒は最後まで取り扱いするか悩んだのですが、日本を語るっていうコンセプトからも避けて通れませんでした。数ある日本酒の銘柄の中でも『風の森』は、今できる技術を駆使して、できたての美味しさを家庭に届けたいという思いで作られています。

クオリティはもちろん、発酵の度合いやお米の種類、磨き具合で、いろいろなバリエーションで展開されているのでひとつの蔵元でも充分に楽しむことができるんです。加えて、安定供給と手に取りやすい価格のラインナップも魅力でした」

たしかに、洗練された内装のしつらえからすると手の届かない高価なお酒ばかりのようだが、よく見ると「風の森」は1150円からと、デイリーに楽しむことができる価格帯から揃う。

「日本酒って、お酒と酒粕に分ける行程で3種類あるんです。最初何もしない状態の割と白濁しているのが “あらばしり”。次の段階が “中汲み”。これはお酒本来の透明感があって、旨味が詰まっているもの。そうして最後にぎゅっと絞るものが”責め”と言ってアルコール度数も高くて雑味も多いものになります。

風の森は、通常のラインナップでも充分クオリティが高いんですけど、お米の麹の旨味と吟醸の透明感の両方持ってるものが限定酒で出るんです。例えば通常のラインナップが中トロだとしたら、大トロのような存在です。

── 生産背景を知った上で、そういった作り手の世界観が描かれたものがきちんと置かれ、そしてそれを届けることができるお店にしていきたいと思っています」

酒もまた人の手を介して作られる、いわばクラフト作品。魅力的なお酒の向こうには、魅力的な作り手の顔が思い浮かぶ。

世界30カ国にわたる700以上もの酒造会社、醸造所などを巡り、様々なお酒造りを学んだ辰巳祥平さんによる〈アルケミエ辰巳蒸留所〉のクラフトジン

「お酒をセレクトするにあたって、道具のセレクトと同じように作り手の世界観も大事にしています。そういった意味では、このクラフトジンも興味深いですよ。

日本名水100選にも選ばれる、水の街でもある岐阜の郡上八幡というところで、辰巳祥平さんという方が、おひとりで作られています。蒸留所は去年立ち上げられたんですけど、すでに業界では有名な存在で、取引先は全国にあり、ジンの発祥国であるイタリアを始め、フィンランドにも輸出されています」

「辰巳さんのもともとの醸造の目標でもあった日本初のクラフトアブサン(*)も、今度入ってきます。といっても、1回に造られるのは大体500~600本。全国の取引先が50あったら、1ダース、12本ずつの納品で終わってしまう計算です(笑)。だけど、びっくりするぐらい芳醇な香りが楽しめますよ」

✳︎アブサン:フランス、スイス、チェコ、スペインを中心にヨーロッパ各国で作られている薬草系リキュールのひとつ

LIQUID村上さん

そんなお酒の旨さを嬉々として語る村上さんの姿は、さながら酒屋のご主人だ。

「こっちは自然派ワイン。自然派ワインはフランスが王道ですが、僕がワインを好きになったきっかけは〈ヴィナイオータ〉さんというインポーターさんが扱っているイタリアのものでした。だから、お客さまにおすすめするのも、まずはそこからスタートしています。

人の手というよりは自然にゆだねて、土地の力とか気候の力を借りて、自分たちが好きな品種を大事に育てているワイナリーが多いですね。結果、醸すときも自然の摂理にまかせて、あまり手を加えていないものが多いです。

日本酒もワインも共通して言える事は、フィルターをかけすぎてしまうと、確かに色が綺麗で風味も安定したお酒はできるのですが、素材が持つ旨味などの大事な個性が失われてしまうように思うんです」

 

ふと、村上さんの言葉がお酒のことを語っているようで、店作りのことを語っているようにも聞こえてくる。

気になって尋ねると、やはり店作りにおいてもなるべくフィルターには通さずに、その魅力をダイレクトに伝えることを心がけているのだそうだ。

 

日本の最前線を沖縄に伝えるコラボレーション

「根底に今の日本を、沖縄に対してプレゼンしたいという気持ちがあったので、“日本の今”ってどういうことなのかなというのをまず表現しようと思いました。やっぱりこねくり回してお店を作ると、どうしても似たようなお店になっちゃうんですよ。なので極力いじらずに、“そのまま”を伝えることを大事にしました」

日本の最前線を届ける。クラフトショップの〈LIQUID〉も、酒屋の〈LABO LIQUID〉も根底に流れる思想は同じ。届けたいのはその“旨味”の部分だ。

そういった思いのもと、ここで時折開催される村上さんキュレーションによるワークショップのファンも多い。

「ワークショップは、店舗で扱っている飲み物や道具を実際に体験してもらえるので、魅力の伝わり方が全然違いますね。今後は、店舗の器やスプーンなどの使い心地に加えて、“日本のフードカルチャーの最前線”も伝えていけたらと考えています」

聞けば、「風の森」の蔵元である油長酒造・山本社長による日本酒の飲み比べの会 「日本酒ラボ」をはじめ、オーダー専門のお菓子店〈mon chouchou〉主宰 おかし作家・やましろあけみさんとの「お菓子と自然派ワインの会」、人気・実力ともに日本国内における生ハムの第一人者・サルーミ専門店〈サルメリア69〉の新町賀信さんによる「生ハムカット講座」など、フードカルチャー誌から飛び出してきたかのようなラインナップだ。

さらには、宗像発酵研究所とLABO LIQUIDの1周年には、新町賀信さんによる「おいしい生ハムツアー」も決まっているという。都市部から北部まで縦断しながら、沖縄で生まれた新・旧の食文化と生ハムの極上の調和を楽しめるという、なんとも楽しそうな試み。日本のフードカルチャーの最前線は、ここ日本の最南端でまた更新されるのかもしれない、と感じる。

 

LIQUID沖縄

そんな多岐にわたる日常の業務を想像して、今の運営業態は大変ではないかという問いには、村上さんはこう答えた。

「もちろん息切れしながらやっています。でもそういったワークショプや、今後開設するWebショップも含めて、1人でどこまでやれるか挑戦してみようと思っているんです。

今、いろいろな会社も、何かのプロジェクトを実現するために、その都度必要なチームを組んで実行するという形が増えてますよね。お店もそうあって良いのかなと思っています」

テスト

「やっぱり『飲む』行為って面白いんです。休憩のためにお茶を飲んだり、仲を深めるためにお酒を飲みに行ったり。

その行為は人と人との間に必ずあって、その時間や場所、飲み物で、ぜんぜん役割が変わっていきますよね」

 

クラフトショップ、酒屋、ワークショップ、そしてWebショップ‥‥。村上さんの発信し続ける「飲む」にまつわるアウトプット、その表現のバリエーションには枚挙に暇が無い。

「沖縄の人たちと“日本の今”を共有していきたいという想いしか今はないです。

いろんなインフラも整って、西からアジアの方も来てくれます。僕は東京からきたので、今後は東京を目指すと言うよりは、どんどん逆に。西の方へ行きたいかな」

LIQUIDと言う名の「飲む」コミュニケーションは、今年7月で1年を迎えばかり。村上さんはこれからもたくさんの「日本の今」という風をあつめながら、豊かで自由なコミュニケーションを沖縄に届けていくことだろう。

LIQUID / LABO LIQUID

LIQUID

LIQUID: 沖縄県宜野湾市嘉数1-20-17 No.030
LABO LIQUID: 沖縄県宜野湾市嘉数1-20-7 宗像発酵研究所内
098-894-8118
営業時間:10:00〜18:00
定休日:火・水・木・金曜日
HP: http://www.liquid.okinawa/
Facebook: https://www.facebook.com/LIQUID2017/
Instagram: https://www.instagram.com/liquid_okinawa

文:馬場拓見
写真:清水隆司

【はたらくをはなそう】商品三課 鈴木佑紀子

鈴木佑紀子

商品本部 商品三課 ストックコントローラー
2008年新卒入社 営業部(現 卸売課)配属
2012年 生産管理課へ異動
2017年 商品部 商品三課 生産管理(ストックコントローラー)
全国のメーカー・職人さんとやり取りをしながら、
商品の量産のスケジュール管理や在庫管理を行っています。

私の社会人生活の中で一番大きかった出来事は、
ジョブローテーションで4年半在籍した卸売の担当から
生産管理課に異動をしたことだと思います。

簡単に説明すると、買っていただく仕事から、商品を作る仕事へ変わったのです。
それまで原価の事など考えたこともなかったので、
本当に私にできるのか??といった漠然とした不安がありました。

だけど商品がどう作られているのかを身近で見る機会が一気に増え、
また違う角度でのやりがいを見つけることができました。
今も、とても気に入っている仕事です。

取扱商品の種類は沢山ありますが、
それぞれのものづくりにそれぞれに面白さや技術、奥深さがあります。
特に作り手の方とやり取りをする機会が多いので、
直にお話をして学べることは、とても恵まれた事だと思っています。

あと、担当した商品は愛着が倍増しますね。
「うちの子が一番かわいい」という感覚です(笑)
担当した“だるま”や“こけし“を自分の机に飾って、
日々見守ってもらいながら仕事をしています。

私が仕事をする上で大事に考えていることは、安定させることです。
日々変化があり、それが面白い会社なので、
もちろん柔軟に考え行動する事は不可欠なのですが、
置かれた場所や変化があった状況を一秒でも早く
良い方向で安定させることが善だと考えて行動するように心がけています。

また個人としては自ら変化を生むことより、
変化に対して実運用をどううまく回していくかを考える方が
力を発揮できると思っているのでそれを信じて動くようにしています。

仕事をしていて嬉しい事は、
お店に自分が担当している商品がメインでディスプレイされていたり、
町で実際に使っていただいているのを見かけたりしたときです。
かわいいですよね!うちの子なんです!と声を掛けたくなります(笑)
これからも全国のお客様に商品を届けられるよう
安心のストックコントローラーを目指して日々精進していきたいと思います。

【参加者募集】読者だけのシークレット工場見学へご招待!

菅原工芸硝子の製作風景・さんち

「さんち」は2周年を迎えました

(※ツアーへの応募は締め切りました。たくさんのご応募ありがとうございました。)

2016年11月1日にスタートした「さんち 〜工芸と探訪〜」は、本日めでたく2周年を迎えることができました!

日々「さんち」を訪れてくださっている読者の方々や、私たちの企画に賛同いただき、快くご協力くださった取材先の方々。「さんち」に関わってくださっているみなさんに、この場を借りて御礼申し上げます。本当にありがとうございます。

さんち編集部では、2周年の記念とみなさまへの感謝の気持ちを込めて、工場見学ツアーを企画。読者のみなさんの中から、5名の方をご招待します!

私たちが考えた「はじめてのさんち旅」は以下の通りです。ぜひ、たくさんのご応募、お待ちしています!

さんち編集部と行くシークレット工場見学。富士山グラスが生まれる現場へ!

富士山グラス

さんち編集部がみなさんをご案内するのは、千葉・九十九里にある菅原工芸硝子株式会社。「さんち」でも以前取材した、あの「富士山グラス」を製造するガラスメーカーさんです!

富士山グラス
贈りものにも人気の「富士山グラス」

※富士山グラスの取材記事はこちら

鈴木啓太さんの新作ガラススピーカー「exponential」も菅原工芸硝子さんで作られています
鈴木啓太さんの新作ガラススピーカー「exponential」も菅原工芸硝子さんで作られています

※ガラススピーカー「exponential」参考記事はこちら

2周年を記念して読者の方をご招待したい!という編集部のお願いを、快く聞いてくださった菅原さんの工場にお邪魔して、「富士山グラス」をはじめとしたガラスづくりの見学・体験にご参加いただけます。

※応募は締め切りました※

【日程】
2018年11月25日 (日) 9:00頃集合〜18:00頃解散
【集合/解散場所】
渋谷周辺の予定。専用の送迎バスで移動します!
※詳しい日程や集合場所は、参加が決定された方に個別にお知らせいたします
【場所】
菅原工芸硝子株式会社
(〒283-0112 千葉県山武郡九十九里町藤下797)
【参加費】
無料(昼食・お土産付き)
※ご自宅から集合/解散場所の交通費は自己負担にてお願いいたします
【参加人数】5名

※お一人さま一回限りのご応募とさせてください
※アンケートフォームの送信をもちまして、ご応募完了となります
※原則、18歳以上(高校生不可)の方のみを対象とさせていただきます

【ご応募〆切】2018年11月7日 (水) 23:59

【見どころその1】社長みずから案内!普段は立ち入れないシークレットエリアでの見学も

菅原裕輔社長。
菅原裕輔社長

製造工程の見学では、特別に菅原工芸硝子の菅原裕輔社長が案内役をつとめてくださいます。

ひとつひとつの現場の説明から、商品開発の舞台裏まで、興味深い話をたくさん聞けることでしょう。

さらに、普段は一般に公開していないエリアや、職人さんに近い距離での見学が可能に。ガラスが生まれる瞬間を間近で目撃できる、さんち読者だけの特別な見学会です。

【見どころその2】オリジナルのガラスづくり体験

ガラスづくりを体験

一輪挿し・コップ・手つきグラスなど、職人さんのサポートを受けながらオリジナルの器が製作できます。

ものづくりの楽しさに触れるとともに、職人さんたちがいかに熟練した技術を持っているのか、きっと体感できるはず。

【見どころその3】ガラスの器で美味しいランチを!

工房に併設されているカフェにて、地元の野菜などをいかしたランチを楽しみます(費用は編集部が負担します)。カフェで使われている食器はもちろん菅原工芸硝子さんのガラスの器。日常でのガラスの使い方の参考になるかもしれません。

※カフェメニューはこちら

【見どころその4】併設のショップでお買い物。最後にはお土産も!

また、最後には菅原工芸硝子さんからのお土産も!どうぞお楽しみに。

自由時間には、併設のショップでお買い物をお楽しみいただけます。

(※ショップでのお買い物は自己負担にてお願いいたします)

さんち編集部が同行!みなさんをご案内します

さんち編集部の尾島可奈子。
さんち編集部の尾島可奈子。「工場見学の醍醐味はやはりその熱気!見たり体験した後に、ものを見る目がガラリと変わるのも好きなところです。この日限りのシークレットツアー、当日は一緒にさんち旅を楽しみましょう!」

編集部の尾島が、みなさんと一緒にツアーをめぐります。

「さんち」の感想、好きな工芸のこと、読んでみたい記事、この機会に聞いてみたいこと、大歓迎です。

楽しい「さんち旅」にできるように、編集部でも引き続き企画を練ってまいります。ぜひご応募ください!

※応募は締め切りました※

【日程】
2018年11月25日 (日) 9:00頃集合〜18:00頃解散
【集合/解散場所】
渋谷周辺の予定。専用の送迎バスで移動します!
※詳しい日程や集合場所は、参加が決定された方に個別にお知らせいたします
【場所】
菅原工芸硝子株式会社
(〒283-0112 千葉県山武郡九十九里町藤下797)
【参加費】
無料(昼食・お土産付き)
※ご自宅から集合/解散場所の交通費は自己負担にてお願いいたします
【参加人数】5名

※お一人さま一回限りのご応募とさせてください
※アンケートフォームの送信をもちまして、ご応募完了となります
※原則、18歳以上(高校生不可)の方のみを対象とさせていただきます

【ご応募〆切】2018年11月7日 (水) 23:59

日本画を彩る胡粉と岩絵具。伝統画材の製造現場を訪れる

伝統的な胡粉(ごふん)を守るナカガワ胡粉絵具へ

まず向かったのは日本画絵具国内シェア80%を誇るナカガワ胡粉絵具さん。京都市の南側、宇治茶で知られる宇治市に拠点をもつナカガワ胡粉絵具さんは、明治26年から水車による胡粉製造を始められたという老舗の日本画絵具メーカーです。

今回はそのルーツである胡粉の製造工程を見せていただきました。

胡粉とは貝殻からつくられる日本画の白色絵具のこと。最近では胡粉ネイルという製品もあったりと、少しずつ知名度を上げている胡粉ですが、日本画絵具の中でも用途が幅広く、他の絵具との混色や下地にも使われる日本画には欠かせない重要な存在だそうです。

これが胡粉です
これが胡粉です

原料は天然のイタボガキだけ。10年以上かけて風化させたものを使う

「ご存知かと思いますが、胡粉の原料は貝殻です。ほんの少しの不純物を除いて99.8%が貝の粉でできているんですね。だから食べることもできます。『塩豆』などの豆菓子のまわりを覆っている白い粉は実は胡粉なんですよ」

「ナカガワ胡粉絵具で使われる貝殻は天然のイタボガキだけ。みなさんが召し上がっている牡蠣の1種です。他のメーカーさんではホタテなど他の貝を使うこともあるようですが、ナカガワ胡粉絵具では天然のイタボガキにこだわっています」

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「海から上がってきた貝殻をそのまま使えるかというとそうではない。屋外に積み上げて風化させるために10年以上の年月が必要です。有機物が分解され、チョークのようにもろもろになります。ここからがやっと胡粉の製造がスタートです」

余計なものを取り除いて純粋な貝に

「胡粉の製造はひたすらに精製と粉砕、そして水簸(すいひ)です。とにかく貝殻から不純物を取り除いて粒子を細かくしていくこと。そのためにまず貝車という機械で研磨していきます。

ドラム缶のようなものの中に貝殻を入れて、ぐるぐると回す。そうすると中で貝殻同士がガチャガチャと当たって表面の鱗や汚れが取れるというわけです」

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「研磨できたものを人の手で選り分けていきます。やはり海から来たものなので、他の貝殻や石ころなど余分なものが混じっていたり、貝殻にくっついていたり。そういった不純物をハンマーなどを使いながら取り除きます」

粉砕し、粒子を均一に整えていく

「ここからは精製できた貝殻を粉砕して粒子を均一に整えていく作業です。胡粉の粒子の細かさは他の岩絵具と違い、すべて一緒で5ミクロンです。ナカガワ胡粉絵具では6種類の胡粉をつくっていますが、その違いは粒子の細かさではなく原料である貝殻の質によるものです」

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「ハンマーミルやスタンプミルと呼ばれる機械を使って何段階かを経て粉砕していき、最終的に60メッシュの網を通るまで細かくしていきます。この段階で大分粉らしくなってくるのですが、触るとまだジャリジャリとした感覚が残ります」

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「ここからが胡粉づくりの最大の特徴です。宇治茶のように石臼でゴリゴリと挽いていくのですが、お茶やコーヒーと違い、水を加えたウェットな状態で挽いていき、水簸と呼ばれる作業で分級(ぶんきゅう)していきます。

水の流れる層をいくつも用意し、粒子の粗いものが沈み、細かいものが隣の層へ送られていく。そうして粒子の大きさによって選り分けていく方法です」

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「例えば、バケツの中に水を入れて、その中に砂と粘土を入れて手でかき回すとする。すると粘土は水に溶けるが、砂は粒子が大きいので下に沈みますよね。それと似たようなことが層内で起こっているんです。

胡粉以外にも、砂金を採集する場合や、陶石から粘土を作るときに使われる手法です。この作業を何日もくり返し、最後の沈殿層に沈んだものを汲み上げて乾燥させたものが、私たちの目にする胡粉です」

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純粋な貝だけでできた絵具、胡粉。雛人形の頭(かしら)にも使われているマットな質感は、粒子が細かいので薄く塗っても白く発色する唯一無二の画材だと教えてもらいました。

工房の中はあらゆるものが真っ白になっていました
工房の中はあらゆるものが真っ白になっていました

世界中で愛される日本画絵具メーカー、吉祥へ

次は京都の日本画絵具メーカー 吉祥さんへ。吉祥さんは日本画絵具を専門としながら欧米やアジアを中心に世界20カ国以上で商品を展開するグローバル企業。こちらで新岩絵具の製造工程を見せていただきます。

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天然岩絵具と新岩絵具

「岩絵具には大きく分けて2種類のものがあります。ひとつは天然の良質な鉱物をそのまま粉砕・精製した天然岩絵具。もうひとつは新岩絵具。こちらは新岩と呼ばれる色の塊の原石をつくり、それを天然岩絵具のように粉砕・精製した絵具です。

天然岩絵具だけでは色相に限りがあるために、新岩絵具の種類の豊富さは日本画の歴史を変えたとも言われています」

「天然岩絵具も新岩絵具も同様に粒子の粗さによって色味が変わります。粒子が細かいものが明るく白っぽい。さわってみても全然違いますよね。粒子の粗さは5番から13番まで番号がつけられているのですが、その中でいちばん粒子が細かいものは白(びゃく)と呼ばれています」

細かいものは粉状
細かいものは粉状

粗いものは砂のような手触りです
粗いものは砂のような手触りです

新岩から絵具へ

「新岩絵具のもととなる新岩は、フリットと呼ばれるガラス体質に金属酸化物を混合し、700度から1000度の高温で焼成しつくられます。安定した色をだすために、徹底した一定の温度管理が必要です」

粉砕する前の新岩
粉砕する前の新岩

「こうして出来上がった新岩を粉砕し、分級をしていきます。小さく砕いた何度もメッシュに通して粒子の大きさごとに選り分けていく作業です。このあたりは胡粉の製造工程と似ていますが、胡粉との違いはさまざまな粒子の大きさごとに製品としているところですね。

同じ新岩からできていても粒子の大きさによって色が変わるので、それぞれの活かし方、楽しみ方があります」

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粒子の大きいものがメッシュの上に残ります
粒子の大きいものがメッシュの上に残ります

「何度もふるい分けをしていく中で、大きな粒子は番号の若い絵具に、小さな粒子は13番や白(びゃく)に、などそれぞれの品番へ分級し、乾燥して仕上げていきます」

実は、歴史は明治からだという岩絵具の世界。それまでは胡粉に染料を染めつけて中間色をつくっていたそうですが、明治になり、西洋の油絵が入ってきてから、それに対抗するように生まれた岩絵具はこれからも進化を続けていきそうです。

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色とりどりの絵具が作られていました
色とりどりの絵具が作られていました

岩泉さんにご案内いただいた日本の伝統画材の世界、いかがでしたでしょうか。美術を学ぶ学生やプロのアーティストですらなかなか訪れないという伝統画材の製造現場。想像よりもずっと奥深く、道具をよりよく知ることで創作の可能性も無限に広がっていきそうです。ぜひお店に足を運んで日本の伝統画材に触れてみてください。


<取材協力>

ナカガワ胡粉絵具株式会社
京都府宇治市菟道池山24番地
0774-23-2266
nakagawa-gofun.co.jp

株式会社 吉祥
京都府京都市南区豊田町5-2
075-672-4532
www.kissho-nihonga.co.jp

画材ラボ PIGMENT
東京都品川区東品川2-5-5 TERRADA Harbor Oneビル 1F
03-5781-9550
pigment.tokyo

文・写真:井上麻那巳

こちらは、2017年5月11日の記事を再編集して公開いたしました。

森下典子さんに聞く、映画「日日是好日」の楽しみ方と茶道具の秘密

それまで縁がないと思っていた人にも茶道の面白さや奥深さを感じさせてくれる、そんな映画『日日是好日』(にちにちこれこうじつ)が一般公開された。

エッセイストの森下典子さんによる自伝エッセイを原作にした、樹木希林さん、黒木華さん、多部未華子さんらの共演作品だ。

日日是好日に登場する茶道具
劇中で使われる茶道具はすべて本物
日日是好日に登場するお茶碗

劇中で使われる茶碗や棗(なつめ)、掛け軸といった茶道具はすべて本物。スクリーンに登場するお宝を愛でつつ、いわば眼福にあずかりながら、日本の伝統文化であるお茶に親しむことができる内容となっている。

原作は2002年に刊行された森下典子さんのエッセイ

原作となった『日日是好日-「お茶」が教えてくれた15のしあわせ-』は、2002年に刊行された森下典子さんのエッセイ。20歳から茶道教室に通い始めた著者の目を通じて、茶道の心得、人生のあり方などが優しいタッチで綴られている。

「日日是好日」(新潮文庫)
「日日是好日」(新潮文庫)

ここで注目したいのが、森下さん自身、若い頃は茶道に疑問を感じることもあったという事実。

茶道について「カビくさい稽古事」と感じていたことや、茶道教室に通い始めた頃の心境について、「日本の悪しき伝統の鋳型にはめられる気がして反発で爆発しそう」、とまで感じていたことなどが原作に書かれている。

ひょっとすると映画館の来場客の“お茶”に対するイメージも、これに近いものがあるのではないだろうか。それだけに、映画後半、主人公の心境の変化にグッと感情移入させられるはずだ。

さんち編集部では今回、原作者の森下典子さんに、映画で使われた茶道具にまつわるエピソード、特に見てもらいたいシーンなどを聞いた。

茶道具は季節を表す

「日日是好日」原作者の森下典子さん
原作者の森下典子さん

劇中の茶道具はすべて、今回の撮影のために森下さんの師匠である武田先生(※原作で用いられている仮名)に借りたものだという。

森下さんは、「武田先生が集めている茶道具は、女性らしく可愛らしいものが多い印象です。茶道具がつくりだす季節感が好きなんですよね」と話す。

茶道では、季節に沿った茶道具を使い分ける。

これは一例だが、秋なら棗(なつめ:薄茶用の抹茶を入れる茶器)の絵柄に、秋草と鈴虫が描かれているものを使い、掛け軸には「開門多落葉」(もんをひらけば らくようおおし)、あるいは「掬水月在手」(みずをすくえばつきてにあり)といった禅語が書かれたものを掛ける。

茶花(ちゃばな:茶室に置く自然の草木)には清らかな秋の草花である秋明菊を挿れて、食籠(じきろう:御菓子を入れた蓋付きの器)を開けると、そこには柿など、秋の味覚をテーマにした生菓子が入っている。

日日是好日に登場する掛け軸
「掬水月在手」(みずをすくえばつきてにあり)と書かれた掛け軸

繰り返しになるがこれはほんの一例で、その組み合わせは無限と言ってもいい。

「茶道具に触れて、和菓子を食べて、花を眺めて、掛け軸に展開されている世界を想像して。いまという季節を、五感に味わわせてくれるのがお茶の世界です。それはもう、総合芸術と言えますね」

ただ、大事なのはあまり華美にならないこと、とも付け加える。

「和菓子にしても、お道具にしても、お茶の世界では要素を引き算していきます。どんどん引き算していくので、そこに大きな間や余白が生まれます」

茶道具にはちょっとした季節のヒントになるものが、余白の中に極めてさりげなく表現されている。それが、日本文化に特有の遊び心につながるのだろう。

もてなす側が仕掛ける壮大な“なぞなぞ”を楽しむ

「ちょっと待って、これ何だろう。スーッと描かれた曲線の上に、ゴマ粒のような点がある。そうか、秋草の上で鳴く鈴虫だ。そんな具合で、大きな間の中に想像の余地を残してくれている、そんなところも茶道具の魅力だと感じています」

森下典子さんによる棗のイラスト
「虫に秋草蒔絵中棗(むしにあきくさまきえちゅうなつめ)」
『好日日記(こうじつにっき) 季節のように生きる』
森下典子著(PARCO出版)

森下さんに言わせれば、もてなす亭主は客に、壮大な“なぞなぞ”をかけているに等しい。

掛け軸に円相(えんそう:宇宙などを象徴的に表した、丸を描いたもの)をかける。茶花の中にすすきを1本。和菓子に衣被(きぬかつぎ:里芋の形を模した月見団子)を出せば、客人は円相を満月に見立てた”お月見”がテーマだと気が付く。

十五夜に食された里芋を模した月見団子「きぬかつぎ」
昔、十五夜に食された里芋を模した月見団子「きぬかつぎ」

お客が、ひょっとしてこれはと気付き、亭主と交わす会話の中で答え合わせをする。そんなコミュニケーションが取れるのも、お茶の楽しさのひとつだと話す。

「お客は、これはきっと何かの仕掛けだぞ、と思うわけです。お互いが、気付くかどうかで楽しみ合い、分かったときには『ああ!』という感動がある。

そんな瞬間に、窓の外から心地の良い風が入ってきていることや、月の光が差し込んできていることに気づく。人の営みに呼応して、自然がシンクロしてくるときがあるんです」

お茶室では、そんな体験をすることがよくあるらしい。

日日是好日に登場する茶道具
茶道具には、もてなす亭主から客人への“なぞなぞ”が隠されている

意外にも自由でクリエイティブな、茶道具の選び方

「武田先生も、普段から様々な茶道具の組み合わせを考えていらっしゃいます。稽古のとき、『これとこれを組み合わせて良いの?』なんて戸惑うこともあるんですよ」と森下さん。

お茶の世界というと、どうしても厳格なイメージを抱きがちだが、必ずしもそういうことでもないらしい。

「例えば、海外旅行でベトナムに行くでしょう。すると現地でボウルなどの器を見て、このデザインならお茶碗や水差しにできる、なんて発想が浮かびます。

お茶道具には“こうであらねばならぬ”という決まりはありません。作法は厳しく、細かい仕草まで決まっているのに、使う道具には自由さが認められている。だから、そこにメッセージや遊びの要素を入れ込むことができるんだと思います」

「日日是好日」原作者の森下典子さん
「映画の中で、私が組み合わせた茶道具をお茶の先生方が見たら、と思うと、冷や汗の出るところではあります」と、おちゃめな笑顔でニコッと微笑む森下さん

風をあらわす掛け軸の前に、花を置いて香りを感じる

このほか、劇中で使われた思い出深い茶道具について聞いた。

森下さんは、掛け軸がとても好きだという。

「掛け軸は『書』としての魅力もありますが、その背景には哲学が込められています。映画では滝の掛け軸の前で、主人公が(想像の世界の中で)滝壺から吹き上がる冷気を感じ、水しぶきを顔に浴びて涼しさを楽しむシーンがありました」

「同じく、劇中に登場する『風』の掛け軸もお気に入りです。この書体はいかにも、そよりと吹いてきた風、という感じがするでしょう。風従花裏過来香(かぜ かりより すぎきたって かんばし)と書いてあるんですが、花のそばを通り抜けた風がその香りを運んでくるという、その禅語の内容も含めて好きですね」

劇中に登場する「風」の掛け軸
劇中に登場する「風」の掛け軸。風従花裏過来香(かぜ かりより すぎきたって かんばし)と書かれている

お気に入りの書に関しては、劇中の茶道教室に掲げられている「日日是好日」も挙げた。

「これは当時(映画の撮影時)小学6年生だった中西凜々子さんによる書です。映画の中の茶道教室の空気が、これでバチっと決まりました。明るくてのびやかで、それでいてすごく一生懸命。大人には決して書けないおおらかな書です」

中西凜々子さんが書いた「日日是好日」の書
撮影時、小学6年生だった中西凜々子さんが書いた「日日是好日」の書。人生に同じ日は無いという想いから、それぞれ違った雰囲気で“日”の字が書かれている

12年に1度しか使われない干支の茶碗

茶道教室で正月に行われる「初釜」の席では、干支の茶碗が使われる。文字通り十二支をテーマにした茶碗だが、正月とその年の最後の稽古に使われるだけで、その年を終えれば12年後まで箱にしまわれたままだという。

「戌のお茶碗だけは、武田先生のところで見つかりませんでした。そこで、お道具屋さんに数点を見繕っていただいたものを、助監督と相談して決めました。12年後の戌年のお正月に『これ、映画に出た茶碗だよね』と思い出すことでしょう」

戌のお茶碗
戌のお茶碗

坂高麗左衛門(さかこうらいざえもん)の水指や即中斎宗匠の書かれた掛け軸など、名のある高額な茶道具もたくさん使われている。

そうした茶道具を慈しむように確認しながら、撮影当時を振り返る森下さん。

「日日是好日」原作者の森下典子さん
映画に使われた茶道具の写真を眺める森下さん

お茶は美味しいもの!普段の飲み物として、自宅で気軽に始めてみる

一方で、「これからお茶を始める人は、最初から名器を揃える必要はありません」ともアドバイスする。

「茶碗、お茶入、棗などは、教室に通っているうちに欲しくなるものです。そこでデパート、お茶道具屋さんに行くわけですが、さほど高額でないものも店頭には並んでいます。

 

最初は、お茶碗だって数千円のもので十分。そういうものから揃えて、お台所のやかんでお湯を沸かし、まずは普段の飲み物として、自宅でお茶を飲んでみるところから入っていただけたら良いと思います」

映画では、美味しそうに淹れられたお茶がアップになる場面がある。

表千家ではあまり泡立てずにお茶をいただく
美味しそうなお茶のアップ。表千家ではあまり泡立てずにお茶をいただく

作法や道具が重要なのはもちろんだが、やはりお茶の美味しさも大きな魅力。

「お茶が美味しいのは、何よりも大事なことです。茶道は、お茶という飲み物の周りにできた文化ですから」と森下さんも話す。

茶道が心のモヤモヤを取り払ってくれる。入り口はさまざま

お茶をやめようと思っていたときに、森下さんの原作に出会って続けられたという方もいる。

いま、森下さん自身にとって、茶道はどんな存在になっているのだろうか。

「心の中に重たいものを抱えているとき、人間関係のしがらみに悩んでいるとき、茶道教室で“なぞなぞ”の気付きに出会うと、靄が一緒に消えてくれるんです。そんなとき、今日は来て良かったと思う。帰り道は風が気持ちよく、また空の高さを感じます。こんな感覚を味わって欲しいと思います」。

自分の将来に悩んだときも、お茶に助けられたという。

「稽古場の中に、世間とは違う価値観や時間の流れがあることに助けられました。お茶、仕事、その両方があったからクルマの両輪のように前に進んでいけました」

短時間で結果が求められる世の中になりつつある。しかし、長い目で遠くからモノを見ることも大事。ゆっくりとめぐる季節を感じ取る、そんな茶道の精神が息づいていたことで、森下さん自身も救われていた。

日日是好日に登場する茶道具

お茶を習いに行くように、映画を観に来てほしい

映画については、「事件は何も起こりません。サスペンスの要素もないし、淡々とした映画ですが、その静けさが良いのだと思っています」と穏やかに総括する。

「お茶を習いに行くようなつもりで、観に来てくれたら良いなと思います。派手なBGMも使っていませんし、水の音と、湯の音が聞き分けられるくらい、静かなシーンが続くので、そんな空間で時間を過ごしてもらえたら。

毎日が慌ただしく、追い立てられる生活を送る私たちに、いま必要な映画になっているのではないでしょうか」

今回の映画の撮影を開始するにあたり、大森立嗣監督は森下さんの通う茶道教室に足を運んでいる。

「足をしびれさせながらも3~4時間、見てくださいました。スマホの電源も切ってらしたようで、帰りに往来に出て電源をつけた時に、『もう4時間か』と時間の経過に驚かれつつ、『見上げた空がスカっと抜けているように感じた』と仰っていました。

わずか数時間でもスマホから離れてお茶室で過ごすだけで、日常が非日常に変わります。そこに、象徴的なものを感じました」

「日日是好日」原作者の森下典子さん

原作のまえがきには、次のように書かれている――。

世の中には、『すぐわかるもの』と、『すぐにはわからないもの』の二種類がある。すぐわかるものは、一度通り過ぎればそれでいい。けれど、すぐにわからないものは、何度か行ったり来たりするうちに、後になってじわじわとわかりだし、「別もの」に変わっていく。そして、わかるたびに、自分が見ていたのは、全体の中のほんの断片にすぎなかったことに気づく。

お茶って、そういうものなんだ、と森下さん。

「茶道教室に通っていても、初めは脚がしびれるだけで、何も見えてこないと感じるかも知れない。でもきっと、そのうち『お稽古を続けていて良かったな』と思える瞬間がやってくる。お稽古の時間を積み重ねていくことは、自分の中に豊かなものを積み重ねていくことではないでしょうか」


森下 典子(もりした のりこ)

1956年、神奈川県生まれ。1987年、『週刊朝日』の名物コラム「デキゴトロジー」の記事を書くアルバイトをしていた体験を描いた『典奴どすえ』(朝日新聞社)でデビュー。以後、雑誌などにエッセイを執筆している。2002年、茶道の稽古を通じて得た気づきを書いた著書『日日是好日 お茶が教えてくれた15のしあわせ』(飛鳥新社)を出版。2008年に新潮文庫化され、現在もロングセラーを続けている。

映画「日日是好日」

絶賛全国上映中
監督:大森立嗣
出演:黒木華 樹木希林 多部未華子 鶴見辰吾 鶴田真由
原作:森下典子「日日是好日 お茶が教えてくれた15のしあわせ」(新潮文庫刊)
配給:東京テアトル ヨアケ
映画公式サイト:http://www.nichinichimovie.jp/

茶道文化の入り口を開く茶道の総合ブランド「茶論(さろん)」と、「日日是好日」のタイアップ企画を茶論各店及び一部劇場で実施中。詳しくは茶論公式サイトで

文:近藤謙太郎
写真:mitsugu uehara

【はたらくをはなそう】中川政七商店店長 川島理紗

川島理紗
(中川政七商店 ルミネ新宿店 店長)

2013年 遊中川 玉川高島屋S・C南館店にスタッフ入社
2014年 遊中川 横浜タカシマヤ
2015年 遊中川 玉川高島屋S・C南館店
2016年 同店の店長となる
2018年 中川政七商店 ルミネ新宿店 店長

もともと奈良が好きだった私が出会ったのがこの会社でした。
奈良の本店に立ち寄った際、「なんて素敵なお店なんだ!」と
感動したのを今でも覚えています。
外観、雰囲気、商品、スタッフ…全てのものに感動していた矢先、
募集を見てチャレンジしてみようと思い応募しました。
今では自分が店長になり、お客様にあの時の自分の感動を伝えることができているかなと
毎日試行錯誤しています。

そんな私が仕事をする上で大切にしていることは
「相手の気持ちを考える」
「否定しないこと」です。
お客様の立場だったらどう考えるだろう。
スタッフの立場だったらどう感じるんだろう。
どんな想いでこの商品を作ったのだろう。
そんな風に相手の立場に立って想像します。

店長として、スタッフとたくさん会話をしながら
相手が本当に考えてることを引き出し、
一緒に解決に導いていくことが多いです。
相手の考えが自分と異なっても、その視点が面白くもあり勉強になるので、
人の意見や考えを受け入れることも大切にしています。

また、自らチャレンジするのは苦手な方ですが、
いつもチャレンジする環境を与えていただくことが多いので
できるだけ否定せずにまずは受け入れてみようと思っています。
これまでも受け入れてみることで、新たな発見や出会いがありました。

働くことはたくさんの人と関わりを持つこと。
そのたくさんの人を大切にしたいと考えています。
直営店のスタッフとして、お客様の笑顔や一緒に働くスタッフの楽しんでいる姿が
私にとって一番仕事にやりがいを感じる瞬間です。