日本の森を“食べて”未来へ繋ぐ。山に眠る草木に新しい価値を創出する日本草木研究所【奈良の草木研究】

工芸は風土と人が作るもの。中川政七商店では工芸を、そう定義しています。

風土とはつまり、産地の豊かな自然そのもの。例えば土や木、水、空気。工芸はその土地の風土を生かしてうまれてきました。

手仕事の技と豊かな資源を守ることが、工芸を未来に残し伝えることに繋がる。やわらかな質感や産地の景色を思わせる佇まい、心が旅するようなその土地ならではの色や香りが、100年先にもありますように。そんな願いを持って、私たちは日々、日本各地の作り手さんとものを作り、届けています。

このたび中川政七商店では新たなパートナーとして、全国の里山に眠る多様な可食植物を蒐集し、「食」を手がかりに日本の森や林業に新たな価値を創出する、日本草木研究所さんとともにとある商品を作ることになりました。

日本の森にまなざしを向ける日本草木研究所と、工芸にまなざしを向ける中川政七商店。日本草木研究所さんの取り組みは、工芸を未来へ繋ぐことでもあります。

両者が新商品の素材として注目したのは、中川政七商店創業の地である奈良の草木。この「奈良の草木研究」連載では、日本草木研究所さんと奈良の草木を探究し、商品開発を進める様子を、発売まで月に1回程度ご紹介できればと思います。

今回は、ご一緒するパートナー・日本草木研究所さんについてお届けします。



都会に広がる「食べられる庭」

JR五反田駅や都営高輪台駅から徒歩10分強。少し歩けば昼夜問わず、賑やかに人が行き交う場所にあたる。そんな都会に、日本草木研究所が拠点とする「食べられる庭」はあります。静謐な空気をまとう大きなお屋敷と、その横に広がる傾斜のついた山庭。250坪ほどあるその庭には、松や椿に、梅、木蓮、クロモジ、ホウノキ、桜、柚子など、様々な樹種の木々が生き生きと茂ります。

もともとは島津藩の領地だったこのエリアは、都会にあるとは思えない閑静な住宅地。昭和初期から建っているというお屋敷も、代々いろいろな人の手に渡りながら大切に守られてきました。現在はとある方の所有のもと、日本草木研究所が庭の管理を任され、探究活動の場としても活用しているといいます。

「あのクスノキは樹齢300年ほど。お屋敷に寄りかかっちゃってるんですけど、品川区から保存樹登録されているので切れないんです。あっちにあるのは、赤松と黒松。女松と男松の対比として、一緒に植えるのが昔から日本の庭の定番でした。去年の年末には赤松の内皮を材料にお餅を作って、お餅つきをしたんです」

案内をしてくれたのは、日本草木研究所代表の古谷知華さん。2年3か月ほど前に同組織を立ち上げ、以来、日本各地の山に分け入っては、枝葉や木の新芽、樹皮を摘み集め、様々な調理法でその可食性を探ってきました。

生み出すのは森の爽やかな香りがふわりと鼻に抜けるシロップやジン、ほんのりと感じる和の刺激で料理の風味を増す、草木を使った塩・胡椒など。森に新たな価値を見出すとともに、林業従事者にも新たな機会を創出するその活動が今、注目を集めています。

日本の森に眠る、スパイスやハーブの存在を知る

日本草木研究所の活動は、古谷さんがそれ以前から取り組んでいたクラフトコーラの元祖「ともコーラ」にはじまります。大学卒業後に広告代理店に勤めていた古谷さんでしたが、趣味として作り始めたクラフトコーラが友人経由で飲食店のオーナーたちに広まり、正式なプロダクト化に至ったそう。自身の名を冠した「ともコーラ」ブランドを立ち上げ、しばらくは会社員との二足の草鞋を続けていました。

「私の母が食への興味が深い人で食育家庭だったんです。それでお母さんなりのルールがあって、コーラは飲んだ経験がなかったんですよ。

でも大人になって食の文化史を読んでいた時に、コーラは昔、いろんなスパイスやハーブを混ぜて作られてて、薬のような存在だったって話があって。そのコーラなら私も飲めるかもと思って家で作りはじめたのが『ともコーラ』のきっかけなんです。

もともと実家はハーブとかスパイスをホールのままで使うことが日常的にあったので、人よりはちょっと、スパイスやハーブに詳しくて」

当時から古谷さんには、“ハーブとスパイスの師匠”がいたといい、その方から、実は日本の森にもシナモンや胡椒の実があると、話を受けていたといいます。その時は「そんなわけない」と思ったものの、ともコーラの活動を進めるなかで偶然にも、日本のスパイスたちに出会うこととなっていきました。

「ハーブやスパイスは海外でとれるイメージがあるじゃないですか。だから師匠から聞いたときは本当なのかなって思ってて。でもクラフトコーラを作っているうちに、各地域でご当地コーラを作ってほしいって依頼を頂くようになって、そこで出会ったんです。

ご当地コーラを作るために、そのエリアの植生とか果物のリサーチでいろんな場所に行くんですけど、本当にシナモンが高知県の森に生えてたりとか、千葉県の山の方に胡椒が生えてたりとかするんですよ。師匠がまことしやかに言ってた植物たちを、自分の手で持って香りをかぐことができて。

『こんな面白いものがあるんだ!』と思ったんですけど、でも、市場流通はしてないんです。そもそも日本の市場に流通しているスパイスやハーブって海外産のものばっかり。どうしてこれらが流通しなかったんだろうって、文化的な背景でも、味の面でも興味を持ち始めたのが日本草木研究所のきっかけです」

師匠は万葉集に出てくるような和のスパイスやハーブの存在も教えてくれたそう

確かに言われてみれば、森で草木の香りを楽しみ、ひと息ついて目や心を潤すことはあるものの、そこに生えているものを「食べてみたい」と思った経験は、私自身あまりありません。春の山菜や、紫蘇・山椒などの和ハーブのような、食べられると知っている一部の草木を食する経験に留まっていると気づきました。

「何で食べられてこなかったのかの答えは明示されてないんですけど、私が思ったのは、そもそもスパイスやハーブを使う料理を日本が作ってこなかったことが大きいんじゃないかなと。それ自体が西洋文化の到来でしたよね。

あとは私たちの民族が肉食じゃなかったのもあると思います。スパイスやハーブは肉のくさみを消すために使われてたので。胡椒が初めて使われたのって江戸時代なんですけど、それって牛肉を食べ始めた頃と一緒なんですよ。牛肉を食べる時に胡椒をまぶして食べたのが、日本人が初めて胡椒に出会った時だったんです。

肉食の文化が弱かったのと、出汁とか味噌のような繊細な“さしすせそ”の世界で生きてたから、使う料理がなかったんだと思うんです。その後、食文化が西洋化したり多様化するなかでハーブやスパイスも使うようになったんだけど、その食文化自体を持ってきたのが海外だから、材料も海外のものを使うようになったんじゃないかなって」

植物仙人や相棒山の山主と、可食植物を探る日々

「日本の森に眠る可食植物の可能性を探り、和製スパイスやハーブとして活用してみたい」。そんな想いから、日本の森の可食性を専門に扱う日本草木研究所を古谷さんは立ち上げます。

最初に同社で開発したのは、自分たちが各地の山々で蒐集したヒノキや赤松、黒松などの木々を蒸留して作る「フォレストシロップ」。「日本の森を飲む」というインパクトある商品は、始動早々から関心を集めました。

「日本の草木に関して、最初はほとんど知識のない状態からスタートした」と振り返る古谷さんですが、徐々に林業従事者や、自身が「植物仙人」と呼ぶその道のエキスパート、また植物学者などの賛同を得て、協力者も増えていきました。

「一番は、私たちに協力してくれる山主さんたちから教わるものが大きいですね。日本草木研究所ではご協力いただいている山々を“相棒山”って呼んでいるんですけど、その山主さんたちって私たちに協力してくれるくらいなので、普通の林業従事者とはちょっと違った感性の人たちで、変な人なんですよ(笑)。その人たちが毎日山に入るなかで『この時期にはこういう植物があって』とか、『実はこれもおいしいから草木研さん使いませんか?』みたいなことを、提案してくださるんです。

だから、私ひとりで学んだり開拓したんではなくて、いろんな人に教えてもらったり提案してもらったりしています」

笑顔で話す古谷さんのやわらかい表情からは、各地の協力者との良好な関係が伺えます。けれど、どんな場でも新しい挑戦に対する批判はつきもの。試みを進めるなかで否定や批判を受けたことはなかったのですか、と伺うと、意外な答えが返ってきました。

「林業従事者って5万人ほどしかいないんですけど、そのなかで草木研って超有名なんですよ(笑)。先日、東京ビッグサイトで日本中の林業従事者たちが集まる展示会があって、そこにトークイベントの登壇者として招いていただいたんです。その後各社さんのブースを回ったら『草木研の人たちですね!』みたいに、どこのブースに行っても言っていただいて。林業業界の有名人みたいな感じなんです(笑)。それにびっくりして。

たぶん林業って携わる人も少なくて、クリエイティビティがこれまではほとんどない業界だったので、『森を題材に、ある程度若い人たちが、何か林業っぽくないことをやってるぞ』って興味を持っていただいているのかもしれません。

だから林業従事者のなかだけでは有名で、ご協力もたくさんいただけるんです。例えば私がSNSで『奈良のヒノキを使いたいです』って投稿したら、15分くらいでフォロワーの山主さんからご連絡を頂いたり。

もちろん活動に懐疑的な方も業界内にはいらっしゃると思うんですけど、そういった方はそもそも私たちに関わられないので、実際にお会いしたことはなくて。声をかけてくださる方は『面白いことやってるから何か一緒にやりたい』って、好意的な方がほとんどなんです」

食べられる草木への興味から、森が持つ課題への責任感に

現在は日本の森に育つ可食植物の商品化に加え、月に一度「食べられる庭」で参加型イベントを実施したり、また山主が見つけたユニークな素材を飲食店向けに卸したりと、活動の幅を広げている日本草木研究所。

その取り組みを進めるなかで、新たな課題感と責任感も生まれていると古谷さんは続けます。

「活動をはじめた頃は森のことも全くわからないし、ただ『スパイスを集めたい』くらいだったんですけど、林業の方々と関わって見えてきた課題がたくさんあって、今はそれに自分たちがどう貢献できるのかについてすごく考えてます。

例えば産業レベルの課題だと林業従事者が少ないこと。あとは収入源の問題もあります。林業の収入源って木を切って売るのと、きのこを栽培する仕事の2種類なんです。今まではそれで回ってきたんですけど、木材の需要も減ってきているなかで、その2つ以外の稼ぎ方を見つけていかなくちゃいけない。

他にも、そもそも木を植える時の樹種にも問題があって。基本的には杉とヒノキを植えるんですけど、どっちも花粉症の原因になるから『これ以上増やしちゃダメだ』って、国が言ってるんです。でも木を切ったらその上に何か植えないと土砂崩れが起きちゃう。商売の話じゃなくて森林保全のために、木は植え続けなきゃいけないんですよ。

じゃあ何を植えるかってところが課題で。林業業界には『杉安牌(すぎあんぱい)』って言葉があるんです。木って育つのは60年後だから、世の中の需要がどうなってるかわからないですよね。60年後でもある程度お金になる木って考えたら、結局杉が安牌だよねって意味です。お金になる樹種じゃないものを植えたら、本当に赤字をたれながしているだけになりますし。

そんなふうに業界人口の問題だったり、仕事の種類が少なかったり、扱う樹種だったり、あとは林業が危険な仕事なので、年を重ねると続けにくいっていうのもありますね。そういった課題に、私たちの活動で何かアプローチが出来たらって思うんです」

その一つの取り組みが、草木を提供する山主たちへしっかりと対価を支払っていくこと。

通常ではほぼ取引価格がつかない木材(丸太)以外の枝葉や実などの部位も、日本草木研究所は、業界では破格の高価格で買い取ります。

同社の商品を多くの人に手に取ってもらうことが、林業が未来に残る手だてとなる。そこには健やかな循環があります。可食植物への興味からはじまった活動は、日本の森を未来へ繋ぐことに想いを馳せるようになりました。

「森の仕事って今は2種類だけど、それが幅広くなって面白そうなイメージを作れたら、もっと林業に興味を持ってくれる方が増えるかもしれないって思うんです。私たちはクリエイティブなアプローチが少し得意で、それが役に立つかもしれない。自分もそうですけど、おしゃれな場所で働きたいとか、クリエイティブな仕事に就きたい気持ちって、あったりするじゃないですか。

林業従事者のなかには『樹木医』って木の博士の資格を持っている方もいるんですが、その人たちも普段は肉体労働が中心で。だけど最近は日本草木研究所に、森の中でのツーリズムとか収穫しながら作って食べるみたいな体験設計の依頼を各所から頂いたりするから、例えばそのなかで森を案内するとか、観光業に携われたりすると、仕事の幅が出て楽しいんじゃないかなと考えたりしています。

そうやって仕事の幅や新しいイメージを作ることに貢献できて、それが豊かな日本の森を残していくことに繋がったらって、林業従事者と関わるなかで思うようになりました」

最後に古谷さん、日本の森ならではの面白さって、どこにあるのでしょう?

「日本って北海道と沖縄で気候も全然違うし、森の多様性って視点だと国が三つあるくらいの植生なんですよ。その土地ごとに全然違う森に出会える面白さがあるのに、森っていうと一概に『花粉が』みたいな言われ方をしたり、国土の7割も占めているのに、そこに経済的な価値はあまりないと思われたりしています。

でも、経済的な価値も捉え方だなと思ってて。例えば森に入ったらすごく癒されたり、ストレスが軽減されたりしますよね。研究によると森に一度入った効果って3か月続くともいわれてるんです。そういう森にいろんな場所で出会えて、お気に入りの森があるのって、楽しいですよね。

それぞれの個性がある日本の森に私たちは食べるところからアプローチして、森への解像度や見る目を変えて、最終的には森の経済価値がちゃんと上がることに繋がったらいいなって思いますね。

もっといろんな視点で価値付けがされて、森が自分たちの暮らしに大事な存在になったり、森へ出かける機会が増えたりしたらいいなって。その一端を超微力ながら支えられたら嬉しいです」

取材当日はまだ冬の顔をしていた食べられる庭の草木たち。これから夏に向けてぐんぐんと成長し、最盛期には庭からお屋敷が見えないほどに繁茂するそうです。

「食べられる」と謳いつつも、実は食べられない植物も生えているといいますが、そこはあえてそのままに。「食べられないからって、昔の人たちが意図して植えたものを自分たちの都合で全部駆逐しちゃうのは何か違うなって。昔を継承しながら新しいものを植えていくってことが出来たらいいなと思ってるんです」と話しながら、古谷さんは庭に植わった木々について魅力いっぱいに教えてくれました。

自分たちの思い通りだけにはしないこと。すくすくと育つ健やかな自然と、過去に暮らした人々の想いに敬意をはらうこと。そのうえで、新しい価値へ楽しく真面目に踏み出していくこと。庭に広がる木々への姿勢は、日本草木研究所の活動そのものでした。



<次回記事のお知らせ>

中川政七商店と日本草木研究所のコラボレーション商品は、2024年の夏頃発売予定。「奈良の草木研究」連載では、発売までの様子をお届けします。

次回のテーマは「草木っておいしいの?」。草木“素人”の中川政七商店スタッフが、日本草木研究所さんに教えていただきながら、草木を食べることについて話を繰り広げます。ぜひお楽しみに。

<短期連載「奈良の草木研究」>

文:谷尻純子
写真:奥山晴日

【わたしの好きなもの】麻100%で春夏にさらりと巻ける「やわらかリネンストール」

三寒四温とはよく言ったもので、暖かくなったと油断して薄手の服で出かけると、「しまった‥‥」と後悔することもあり、毎年のことですが春を迎えるこの季節の服装には本当に悩みます。

日中だけ出かける日なら何を着るかまだ考えやすいものの、朝早く家を出て日が落ちてから帰路につく日などは、着るものに迷い途方に暮れることもしばしば。学ばない私は、毎年「今年こそ薄手のコートを買うんだ!」と決意するのですが、いざ季節が近づくと「ちょっとお値段もはるしな、あんまり着る機会もないかな」と思って買わず、ちょうどいい着るものがなくて後悔し‥‥を繰り返していました。

そんな私が今年買い、愛用しているのが「やわらかリネンストール」です。結局コートではないのですが、寒さが不安な日に心強いアイテムとして、買ったそばからとても活躍しています。

何といっても持ち歩きやすい

これまでもストールを持っていなかったわけではないのですが、主張の強い柄入りで特定の服装にしか合わせられなかったり、大判すぎて持ち歩きの際じゃまになるのが気になり、あまり使わなかったり。

その点こちらのストールは、広げると幅36cm・長さ180cmとしっかり肩を覆ってくれますが、薄手でまったく嵩張らないため、畳むと“ちょっと大きめのハンドタオル”ほどまでコンパクトになるんです。

荷物の多い私もこれならめげずにカバンに入れることができ、結果、毎日のお守りのように持ち歩く春を過ごしています。

小さめサイズのバッグにも難なく入ります
文庫本と並べると、コンパクトさが伝わるでしょうか

夏も使える麻素材

「リネンストール」の名のとおり素材は麻100%。麻本来の素材感を活かした、シンプルで上質な生地感です。吸湿性・速乾性にすぐれた麻は、夏に重宝される素材。目が粗いため通気性もよく、寒い日はもちろんですが、さらりとした肌触りで少し汗ばむような日も巻けそうです。

暑いと思って薄着で外出したら冷房にやられ、ぶるぶる体を震わせることも実は多い夏。かといって、厚手の上着や巻物を持ち歩くのは季節外れで、ちょうどいいものがなく困っていました。これなら、春だけでなく気温が上がってからも何かと使えそうだなと今から心強く思っています。

軽くてやわらかな肌あたり

私は少し敏感肌で、毛糸の衣類などを身につけると肌がチクチクと刺激され、赤くなってしまうことがよくあります。首元も同じで、ウール素材のマフラーなどを巻くと痒さが出てしまい、自分に合ったものを探すのに少し苦労していました。

あくまで個人的な感想ですが、このやわらかリネンストールはそのチクチクが全然ない!おまけにとっても軽いので、肩も凝りません。肌へのストレスが限りなく控えめで、巻いていることも意識しないほどの自然な巻き心地。そんな安心感もあって、クローゼットに控える選手のなかでも、つい手が伸びるのがこの子になっています。

春の装いを楽しめる、爽やかな色合い

昔から柄ものや個性的なデザインが好きで、小物類は特に、ポイントのあるものやクセが強めのものを買ってしまいがちでした。もちろん全部とってもお気に入りではあるのですが、結局はコーディネートに合わせづらく、かわいいなぁと思いながら箪笥の肥やしにしてしまう経験も一度や二度ではすみません。

そんな失敗を繰り返し、また中川政七商店で働くようになり、作り手さんの技術や思いに触れる機会も多くなったことから、最近は長く付き合えるものを迎えて、お手入れしながら大切にたくさん使いたいと思うようになりました。

でも、やっぱりちょっとはアクセントもほしい。その点このストールは、真ん中で緯糸の色を変えて織り上げることで、一枚で2トーンの色合いとなり、シンプルだけどシンプルすぎなくてお気に入りです。

私が迎えた「生成/若葉」の他にも、春夏に使いやすい爽やかな4色をラインアップしているので、お手持ちのお洋服と相談しながら、たくさん使えそうな一枚を選んでいただけたらと思います。

春は気持ちもうきうきして、服装にも明るい彩りを取り入れたくなる季節。洋服で色ものを買うには少し勇気がいるものの、ストールならそのハードルも低いですよね。私はというと、普段の洋服ではあまり着ない若葉色をあえて選んで、ちょっと新鮮な春の装いを楽しんでいます。

<紹介商品>
やわらかリネンストール(4,950円) 

編集担当:谷尻

【暮らすように、本を読む】#09「ゆうべの食卓」

自分を前に進めたいとき。ちょっと一息つきたいとき。冒険の世界へ出たいとき。新しいアイデアを閃きたいとき。暮らしのなかで出会うさまざまな気持ちを助ける存在として、本があります。

ふと手にした本が、自分の大きなきっかけになることもあれば、毎日のお守りになることもある。

長野県上田市に拠点を置き、オンラインでの本の買い取り・販売を中心に事業を展開する、「VALUE BOOKS(バリューブックス)」の北村有沙さんに、心地好い暮らしのお供になるような、本との出会いをお届けしてもらいます。

<お知らせ: 「本だった栞」をプレゼント>

先着50冊限定!ご紹介した書籍をVALUE BOOKSさんでご購入いただくと、同社がつくる「本だった栞」が同封されます。買い取れず、古紙になるはずだった本を再生してつくられた栞を、本と一緒にお楽しみください。詳細は、VALUE BOOKSさんのサイトをご覧ください。



人生の断片を語る、11の食卓の記憶

ひとり暮らしを始めてから、スーパーで買う旬の野菜のおいしさや、深夜まで開くチェーン店のありがたさを実感した。お酒が飲めるようになってからは、ひとりで食べる自由さと、大切な人と食べるたのしさを知った。子どもの頃の記憶をたどる時、学生時代の思い出を語る時、未来の約束をする時、思えばいつも中心には「食卓」があります。

料理雑誌『オレンジページ』にて連載された、作家・角田光代さんによる短編小説『ゆうべの食卓』。年齢も家族構成もさまざまな登場人物たちによる、11の食卓に登場するのは、珍しいごちそうではなく、慣れ親しんだ料理ばかり。

元夫のひとり住まいの家で食べる手作りカレー
小学5年生女子ふたりのスイミング帰りの買い食い
こたつの上で作るひとり用ホットプレートの手抜きごはん
実家を売却することになった兄弟のささやかな宴会

著者によると登場する料理は、掲載時の雑誌の特集にあわせて決めていったそう。フライパンや鍋のままテーブルに出す「卓ドンごはん」や、週末に作り置ける「手作りミールキット」、ふたりで楽しむ「ちいさなおせち」、炊飯器でつくる「失敗知らずのスイーツ」など、特集の内容を想像しながら読み進めるのも本書のたのしみ方のひとつです。

連載がはじまった2020年6月は、パンデミックがはじまって間もない頃。現実世界とリンクするように、物語のなかでも、コロナ禍によって変化する生活を強いられる登場人物たちがいて、私たちと同じように家ごはんのたのしみ方や、手抜き料理のコツを覚えていきます。連載をリアルタイムで追っていた読者にとって、不安を乗り越えていく等身大の姿に、励まされた人も少なくなかったのでは。

「充足のすきま」は、なかでもお気に入りの短編です。主人公がはじめて入るバルが、“アタリ”だった時、気になる人の顔を浮かべるシーンがある。「あたらしい服を買いたくなったら恋の予感だったのは、二十代までなのかも。おいしいと言い合いたいと思ったら恋、と、三十代の今、上書きすべきか」。わたしなら迷わず上書きを選ぶよ、と心のなかでワインを掲げた。

ご紹介した本

・角田光代『ゆうべの食卓』

本が気になった方は、ぜひこちらで:
VALUE BOOKSサイト『ゆうべの食卓』

先着50冊限定!ご紹介した書籍をVALUE BOOKSさんでご購入いただくと、同社がつくる「本だった栞」が同封されます。買い取れず、古紙になるはずだった本を再生してつくられた栞を、本と一緒にお楽しみください。詳細は、VALUE BOOKSさんのサイトをご覧ください。

VALUE BOOKS
長野県上田市に拠点を構え、本の買取・販売を手がける書店。古紙になるはずだった本を活かした「本だったノート」の制作や、本の買取を通じて寄付を行える「チャリボン」など、本屋を軸としながらさまざまな活動を行っている。
https://www.valuebooks.jp/

文:北村有沙
1992年、石川県生まれ。
ライフスタイル誌『nice things.』の編集者を経て、長野県上田市の本屋バリューブックスで働きながらライターとしても活動する。
暮らしや食、本に関する記事を執筆。趣味はお酒とラジオ。保護猫2匹と暮らしている。


<関連特集はこちら>

【はたらくをはなそう】商品部 青野洋介

青野洋介
商品部 商品一課


大学で建築とプロダクトデザインを学び、2018年に新卒で中川政七商店に入社。
以来、商品部でデザイナーとしてバッグを中心に、素材や製品のジャンルを問わず幅広い商品の開発に携わっています。



小さなころの夢は農家か大工でした。農家である田舎の祖父の存在が身近だったこともあり、暮らしに必要なものを自分の手で作ることに憧れがあったのだと思います。その後も漠然と「何かものを作る人になりたい」と思い続け、建築とデザインが学べる大学に進学しました。授業で工業デザインを中心に学びながら、様々な出会いを通して工芸や手仕事の領域に興味を深めていきました。

そのなかでも印象的だったのが、ゼミの活動で訪れた民藝の陶芸家・河井寛次郎の記念館。かつての住居兼仕事場であるその空間からは、地に足のついた実直な暮らしと仕事から、自然と美しさが生まれる光景が見て取れて、心に深く響きました。土地の素材と人の手から生まれるもの、その土台にある連綿と続いてきた豊かな文化風習。これを失ってしまうには惜しい。日本のものづくりや文化を残したいという思いを強くした瞬間です。そんな時に出会ったのが中川政七商店。幅広い暮らしの道具を作り、ものづくりを通して工芸や文化を守り育てていこうと取り組む姿勢に共感しました。

そうして入社してからは、陶磁器のうつわやガラスのコップ、木の掃除道具、帆布や革のバッグに小物、テキスタイル、ハンカチや香水など、幅広いものづくりに取り組んで来ました。なかでもやりがいを感じているのが、暮らしに近い道具を作ること。工芸の道具を使うには時にコツや手間も必要ですが、人とものの関わりのなかに生まれる喜びや愛着を伝えていきたいと思っています。できるだけ手に取りやすいデザインに落とし込み、入口のハードルは下げながら、先にある楽しさや価値を感じてもらえるようにものづくりに取り組んでいます。

デザイナーとして最も大切にしているのは、作り手である前に一番の使い手であること。生活のなかでものを使い、経験する物事をよく観察しよく知ること、とも言えます。暮らしの道具を作るうえで、作り手自らの生活の実感から生まれるアイデアや課題意識、「こんなものが欲しい」という素朴な欲求が、何よりも大切で共感を生むと考えているからです。

二つ目は、ものを深く理解すること。ご一緒する作り手さんたちの産地や現場に、どんな素材や設備、技術、経験があり、どんな人がどんな思いで作るのか。また素材や加工の特性に加え、その“もの”にはどんな歴史や文化があるのか。ものづくりは知れば知るほど面白く、無理のない自然な設計をすることがクオリティに繋がります。

そして人と関わり、生活の背景にある社会で起こる出来事をよく知り考えること。購入は投票だとたびたび言われますが、作ることもまた強い投票です。複雑な社会のなかで、明るい未来に繋がる選択ができるように心がけています。

仕事をするなかで楽しいのは、ものづくりがドライブするのを感じる瞬間。達成すべき要素や制約について、どうすればうまく繋がるのかを模索していくのですが、考えあぐねた末に奇跡の1ピースを見つける瞬間があります。メーカーさんの得意不得意に合わせてデザインを調整したり、逆にこちらの意図を汲んで新しい提案をしてくださったり。アイデアが人との関わりを通してよりよいものになっていく。ぐるんぐるんとエンジンが回り始めた時はたまりません。

時には意図したものとちょっと違うな‥‥というサンプルが上がってくることもあるのですが、それをうまく活かしていくのも、人と一緒にものを作る面白さの一つ。ひたすら合理的にデザインしてコントロールするのではなく、対話しながら両者のいい落としどころを探っていく。人の至らなさや弱さも含めた人間らしさを包括したところに、美しさや愛らしさが生まれると思っています。

そして苦労して作った商品が人に届き、喜んでもらえた時の喜びはひとしおです。目の前の人はもちろん、いつか、何十年後か古道具屋に出ても、人の手を渡りながらどこかで誰かの暮らしを豊かに彩るものを作りたいと励んでいます。


<愛用している商品>

うつわになる硝子の片口浅漬鉢

数日で食べきれる適度な量の浅漬けを手軽に作れる機能性と、なんといってもこの見た目の美しさ。ずっしりとした肉厚なガラスの氷のような存在感、ゆらぎあるテクスチャー、片口型の愛らしい佇まい。もう一品浅漬けでも作ろうかと、怠惰な自分を勇気づけてくれます。かぶらと柚子で作る千枚漬けは我が家の冬の定番。食卓に欠かせない道具です。

伊賀焼のスープボウル

火にかけられるうつわって、なんだかロマンがあります。タフで気負わず使えて、食卓でぐつぐつとしている様は臨場感たっぷり。そしてアイコニックな持ち手とコロンとした佇まいの愛らしさ。質感は豊かながら、国籍をあまり感じない形なので、和食にも洋食にも、アジア料理にも合わせやすいです。半人前だけどよく働く「土鍋の弟分」みたいな存在感がお気に入りです。

こはぜ留めのコンパクト財布

自分が担当した商品のなかでも、特に気に入っている商品の一つ。コンパクト財布のライトユーザーに向けた、程よい落としどころを提案しました。持っていることを忘れるほどのコンパクトさ、それでいて必要十分な使い勝手と、幅広いシーンに馴染むきちんとした佇まいがとても気に入っています。「わたしの好きなもの」の記事ではより詳しく書いたのでよろしければこちらもご覧ください。



中川政七商店では、一緒に働く仲間を募集しています。
詳しくは、採用サイトをご覧ください。

【旬のひと皿】菜の花と白身魚のカルパッチョ

みずみずしい旬を、食卓へ。

この連載「旬のひと皿」では、奈良で創作料理と玄挽きの蕎麦の店「だんだん」を営む店主の新田奈々さんに、季節を味わうエッセイとひと皿をお届けしてもらいます。



今は奈良で暮らしていますが、高校卒業までは島根県で育ちました。その頃は身近にあるものの魅力に気がつかず、漠然と都会に憧れていました。

ずいぶんと時間が経って奈良でお店をすることになり、今は(奈良にも素晴らしい食材がたくさんあるのですが、出雲そばをお出しするお店ということもあり)島根からさまざまな食材を送ってもらっています。

以前読んだ本で、素晴らしいなと思っているお店の店主さんが「地方は都会の母である」と書いておられ、それがずっと記憶に残っています。食事を作って食べることは、全て自然の産物のおかげ。緑豊かな場所が、本当の意味で豊かな場所なんだなぁと思うようになりました。

昨春、いつも食材を送ってくださっている生産者さんへ会いに、島根県浜田市の海辺の町へ行ってきました。もう5年も電話ではお話をしているのに、初めて直接お会いできたことに感激。電話越しでも楽しい方だなと思っていたのですが、改めてお話するのの面白いこと!楽しい冗談も交わしつつ、地方ならではの難しい現実も聞いて、なんとかしたいなぁと帰ってきてから考えたり。

あまりに皆さんよくしてくださって、時間が経った今も嬉しい、楽しい気持ちが忘れられません。次はいつ行けるかなぁと楽しみにしています。

そんな素晴らしい方から届くお魚を使って、今回は奈良の野菜と合わせたカルパッチョをご紹介します。

にんじんソースや生姜醤油ソースは、お野菜にかけてサラダにしても、お肉にかけても。春の爽やかな新しい気持ちに合わせて、彩り豊かなお皿にしてみました。

<菜の花と白身魚のカルパッチョ>

材料(2~3人分)

・鮮度のいい白身魚やホタテなど(今回はヒラメを使用)…130~150g
・菜の花…1束 

◆にんじんソース
・にんじん…小1本
・塩…ひとつまみ
・はちみつ…小さじ1
・白バルサミコ酢(他のお酢でも代用可)…小さじ1
・オリーブオイル…大さじ1

◆生姜醤油ソース
・生姜…ひとかけ
・醤油…大さじ1
・酢…大さじ1/2
・オリーブオイル…大さじ1

作り方

下準備として、菜の花は軸の根もとを切ってぬるま湯に浸けておく。このひと手間でシャキッとする。

まずはにんじんソースを作る。にんじんは皮をむいて鬼おろしですりおろす(普通にすりおろしても良いが、鬼おろしを使うことで食感がザクザクになる)。ボウルににんじんソースの材料(オリーブオイル以外)を入れて混ぜ、最後にオリーブオイルを入れて混ぜる。オイルが先だと味が入りにくいので注意。

続いて生姜醤油ソースを作る。生姜はスプーンなどで皮をこそげ取り、すりおろす。先ほどと別のボウルに生姜醤油ソースの材料(オリーブオイル以外)を入れて混ぜたら、オリーブオイルを入れて再度混ぜる。

白身魚の水分を拭き取り、軽く塩(分量外)をしてしばらく置く。菜の花は手で葉と本体にちぎり分けたら、軸表面の筋を包丁でとっておく。こうすることで食感がよくなる。
※菜の花の本体と葉を分けるのは、茹で加減を揃えるため

鍋に湯を沸かし、塩(分量外)をひとつまみ入れ、菜の花(本体)を軸の方から入れる。軸だけで30秒ほど茹でたら、分け置いた葉の部分とともに丸ごと湯に入れて1分ほど茹でる。茹で上がったら冷水にとって水分をきっておく。

菜の花の水分を拭き取り、食べやすい大きさに切る。魚の水分も拭き取り、こちらも食べやすい大きさに薄く切る。

皿に菜の花と白身魚を彩りよく盛り付け、生姜とにんじんのソースをかけたら完成。

うつわ紹介

瀬戸焼の平皿 黄瀬戸

写真:奥山晴日


料理・執筆

だんだん店主・新田奈々

島根県生まれ。 調理師学校卒業後都内のレストランで働く。 両親が母の故郷である奈良へ移住することを決め、3人で出雲そばの店を開業する。  

野に咲く花を生けられるようになりたいと大和末生流のお稽古に通い、師範のお免状を頂く。 父の他界後、季節の花や食材を楽しみながら母と二人三脚でお店を守っている。

【家しごとのてならい】木の道具のお手入れ

毎日の家しごと。それなりに何とかできるようになり、だいたいは心得たつもりだけれど、意外と基本が疎かだったり、何となく自己流にしていたりするものってありませんか?

そのままで不都合はないものの、年齢を重ねてきたからこそ、改めて基本やコツを学んでみたい。頭の片隅にはうっすら、そんな思いがありました。

この連載では、大人になった今こそ気になる“家しごとのいろは”を、中川政七商店の編集スタッフがその道の職人さんたちに、習いに伺います。

とはいえ、難しいことはなかなか覚えられないし、続きません。肩ひじ張らず、構えずに、軽やかに暮らしを楽しむための、ちょっとした術を皆さんにお届けできたらと思います。

今回のテーマは「木の道具のお手入れ」。奈良県でひのき・杉を中心とした国産木材による木製品を製造する、ダイワ産業の専務取締役・中西さんを講師に迎え、編集チームの谷尻が習いました。


今回の講師:ダイワ産業 専務取締役 中西正智さん

1970年創業。奈良県高市郡高取町で、まな板や桶などを中心に国産材を使った木製品全般の製造販売を手がける。自社製品の製造だけでなく、様々な企業からのOEM生産の依頼やノベルティグッズの製造など、幅広い業種業界の製品に対応する木製品製造のプロフェッショナル。
https://daiwa70.com



木の道具の基本

温かみのある見た目や触れたときの質感が、他にはない魅力を持つ木製品。台所や食卓、その他、家のあらゆる場所に木の道具があるだけで、何となく心が落ち着くように思います。

五感に心地好いだけでなく、素材が持つ機能的な良さも確かにある一方で、取り扱いには一定の注意が必要。かくいう私自身、包丁傷が無数に入ったまな板をどうしていいかわからず未だそのまま使い続けていたり、お気に入りの巻きすにカビを生やしてしまったりと、“お手入れつまずき組”の一人でした。

でも、やっぱり木の道具は好きだし、うまく付き合っていきたい。そう思い、木製品一筋のダイワ産業さんを訪れました。雑貨から家具まで様々ある木製品ですが、今回は中でも台所や食卓で使う道具に的を絞り、お話を伺います。

取材の合間に、工場の見学もさせていただきました

木の道具の良い点と、注意点

まずは木の道具の基本から習います。

ご存知の通り、おひつや曲げわっぱなどにごはんを入れておくと、冷えてからももっちりとおいしく食べられますよね。この理由を中西さんに伺うと、「木材の持つ吸放湿の機能によるものです」と回答が。木は調湿性に優れており、炊き立てのご飯など、水分量が多い場合は水分を吸収し、乾燥してきたらまた放出する特性があるといいます。そのため、ちょうどよい水分量が保たれるのだそう。

また見た目の印象が温かいだけでなく、実際に触って温かいのも木の良いところ。これは断熱性能が高いことが理由です。

中西さん:

「木は熱を跳ね返す機能を持っていて、例えば手で木の道具を触って『温かいな』と感じるのは、もともとの手が温かいからなんです。手の熱が握った木から跳ね返り、温かさを感じるという仕組みです」

その他には、木材により木肌の表情や硬さ・やわらかさが異なるため、適材適所で使い分けられるのも素材としての魅力。ひと口に「木」といっても様々な樹種があり、それぞれに特徴が異なるため、いろいろな選択肢からベストを検討できる選びやすさもいいところです。

反対に、素材としての難しさは?と伺うと、「何といってもカビですね」と中西さん。確かに私も前述のとおり、不注意からお気に入りの道具にカビが生えてしまった苦い思い出があります‥‥。

中西さん:

「カビ対策については各メーカーさんそれぞれが工夫をされていると思います。例えばカビが生えないような塗装を施したり、しっかり乾かして収納することを徹底して推奨したりなどですね。お持ちの道具によって加工も異なるので、どうカビ対策をするかは新しく木の道具を迎えるうえで、まず押さえておきたい点です」

その他には「変形」も扱ううえでの注意点。木材は乾燥すると縮み、水を吸うと膨らむ特性を持つため、その時々で多少体積が変わります。さらに、乾燥させすぎると割れに繋がる場合も。極端に乾燥させるような環境では使わないなど、注意が必要です。

木の種類による違い

木材は大きく分けると針葉樹と広葉樹の二つがあり、杉やひのきなどは軽くてやわらかい針葉樹、山桜やタモなどは硬くて重い広葉樹に属します。道具を作る際は基本的に、硬い必要があるものには硬い木材を採用するなど使い分けが行われており、例えばダイワ産業さんでは、まな板はひのきで作ることが多いよう。

中西さん:

「まな板は片手で持ち上げることもありますし、洗うときも軽い方が作業がしやすいですよね。あと、ひのきの一番のいい点は刃当たり。まな板が硬いと包丁の刃が傷みやすいのですが、やわらかいことで刃を受け止めやすく、包丁の刃が長持ちします。もちろんその分多少まな板に傷はつきやすいのですが、しっかり洗って乾かしていれば、その傷によって汚れや菌が増えるなんてこともありません。そういった理由からうちではひのきを使って作ることが多いですね」

向かって左2枚が広葉樹、右2枚が針葉樹。体積はほぼ一緒ですが、持つとはっきりと重さが異なりました

その他には桶も針葉樹で作られることの多い道具の一つで、この理由も軽いことが大きいそう。また針葉樹の方が加工後の変形が比較的少ないため、この点も考慮し採用しているといいます。

一方、広葉樹が使われる食卓道具の代表例としては、お椀やお皿など。木材がやわらかいと使っているうちに傷がつきやすいので、硬い素材を使うことが多いようです。さらには、硬い木材の方が加工がしやすく、きれいに仕上がることから使われるという理由もあるそう。

中西さん:

「僕たちは“荒れ”って呼ぶんですけど、やわらかい木材は加工すると木の表面の仕上がりがざらざらっと毛羽立ちやすいんです。反対に硬い木はつるりと仕上げやすいので、お椀などの食器には硬いものが使われることが多いです」

ちなみに「家具や家の床に使用する木材は、どう使い分けるのですか?」と伺うと、「決まりがあるわけではなく、風合いの好みで決めていただいて問題ありませんが、和の家には杉やひのきといった国産の針葉樹を、洋風の家には海外産の広葉樹が主に使われますね。そもそも一部を除いて多くの家具は外国から入ってきた文化なので、それに倣って家具屋さんも海外産の木材で作ることが多いんだと思います」とお答えがありました。

中西さん:

「国産と海外産で機能に差があるわけではないのですが、うちではほとんどの商品で国産材を使用しています。例えば一般的によく使用される海外産木材の一つであるウォールナットは、国産だとくるみの木。どちらが良い悪いという話ではなく、印象的に国産材を好まれる方が多いこともあり、国産を中心に提案させていただいてます。特にうちの主力であるまな板などのひのき製品には、紀伊山地のひのきにこだわって使うことが多いですね」

木の道具のお手入れ方法

基本を押さえたら、続いては長く付き合っていくためのお手入れ方法について伺います。まずはすべての道具に共通することを確認してから、塗装の違いによる扱い方の注意点を教えていただきました。

共通するお手入れ方法

洗う:

塗装・無塗装に関係なく、金属タワシなどの硬い素材で洗うのは避けましょう。木は表面が荒れるほど中に水が入りやすくなり、菌が繁殖する原因となります。

乾かす:

木の道具を乾かす際、食洗機にかけたり直射日光にあてたりすることは避けましょう。木が熱や乾燥によって変形したり、割れたりするおそれがあります。家のなかの乾燥している場所に置く程度であれば、問題ありません。洗った後は水分をしっかりと拭き取り、陰干ししていれば基本的に安心です。

また、同じ理由で電子レンジにかけることも避けましょう。

※食洗機や電子レンジについては、商品により対応可能なものもあります。詳しくはお持ちの道具の取扱説明書をご確認ください。

収納する:

高温になる場所を避け、直射日光のあたらない場所で保管しましょう。

<木の道具のお手入れ心得:全般>

・金属タワシなど、硬い素材では洗わない
・乾かす際は水分をしっかりと拭き取り、陰干しで
・収納は高温と直射日光を避ける

塗装・無塗装それぞれの、お手入れ方法の違い

塗装品

中川政七商店で販売する、無塗装・オイル塗装の木の道具例

塗装は主に、木材の表面に膜をはることで汚れを防いだり、木材の内部へ水分が浸入したりを防ぐといった、機能面を目的として施されます。最近はまな板や曲げわっぱのお弁当箱でも、カビが生えにくいよう塗装をされる品が多くなりました。

塗料には色の入ったものから、木材の色を活かして仕上げる透明の塗料までさまざまな種類があり、例えばクリア塗装の場合にはウレタンやラッカーなどが主に使用されます。

木の道具のメンテナンスには「布を使いオイルを塗る」といった方法もありますが、塗装された道具の場合は表面に膜をはっている状態のため、オイルでのお手入れは避けましょう。その上から何か手入れしようにも、塗装されているためお手入れの意味をなしません。つまり、塗装された道具は定期的なメンテナンスよりも、塗装がはがれないよう日々注意して扱うことのほうが、長持ちさせるうえでは大切となります。

塗装品を使用した際は、水拭きや、やわらかいスポンジでの水洗いで、塗膜がはがれないようお取り扱いください。

中西さん:

「食周りの道具などは塗装と聞くと安全性を気にされるお客様もいらっしゃるのですが、木工で使う塗料はとても安全性が高いものなので、心配いただく必要はありません。機能面でもカビや汚れを防げるなどお手入れしやすくなりますし、僕たちが道具を作る際は、積極的におすすめしています」

その他、塗装品へのアルコールスプレーの使用は基本的に厳禁。吹きかけると、多くのものは塗装がはがれてしまいます。なお、塗装された道具については基本的に修理は難しいものがほとんど。扱い方に注意し、長持ちさせるのが一番です。

中西さん:

「特にクリア塗装は、透明なので塗装がはがれたかどうかは見極められないんです。機能面が落ちてきて気づけるくらいですね。とはいえ、タワシやサンドペーパーでこするといったような、極端に強い力をかけなければ十分長く使っていただけます」

<木の道具のお手入れ心得:塗装品>

・洗う際はやわらかいスポンジで
・アルコールスプレーは使用しない
・再塗装などの修理は難しいため、長持ちさせることを主眼に置く

※塗装の種類によってはアルコールスプレーをかけても大丈夫なものもあります。

◆無塗装、オイル仕上げ品

機能面の利点から塗装仕上げの木の道具が増えている一方、おひつや寿司桶などはご飯の余分な水分を吸う必要があるため、今も無塗装で仕上げられることがほとんど。塗装をしていない分、カビや汚れがつかないよう取り扱いには注意が必要です。

中西さん:

「各商品の取扱説明書の注意点にもだいたいは書いてあると思いますが、無塗装品に関しては、洗ったあとは必ず水気を拭き取ってから保管してください。そうするだけで断然持ちがよくなります。乾拭きする際はふきんを使ってもいいし、キッチンペーパーでも大丈夫です」

またオイル仕上げの商品に関しては、油分によりツヤは増すものの、いわゆる塗装品と比べると撥水性能は高くなく、オイルがはげてしまいやすいそう。特に食卓道具に関しては水洗いがよく発生するため、洗った後はしっかりと水気をふき取ることや、その他定期的にオイルを塗り直すといったメンテナンスが必要です。

お手入れの際は180~240番くらいのサンドペーパーで木目に沿って表面をきれいに磨き、削りカスを取り除いてから、布などにオイルを含ませて道具全体を拭いて膜をはるようにします。

使用するオイルの種類は、食卓道具の場合は口に入れても大丈夫なもの(食用でも可)を使いましょう。なおオイルには不乾性(常温環境で固まらないもの。オリーブオイルやサラダ油など)と乾性(常温環境で固まるもの。エゴマ油やアマニ油など)があり、どちらもメンテナンスに使えます。ただし、不乾性の場合は厚く塗るとベタついてしまい、薄く塗ってもすぐに取れてしまうため、あまりおすすめではないようです。

反対に乾性油は常温環境で固まるため、撥水性も高まる他、しっかり塗りこめる利点もあって塗り直しの頻度も下がります。塗り直しのタイミングは、道具表面のツヤが失われてきたタイミングが一つの目安です。

中西さん:

「オイルメンテナンスの良さは、ツヤを取り戻せることと、撥水性を増すことの二つ。不乾性のオイルだと前者は問題なく対応できるのですが、固まらず水に流れやすいので、撥水性を期待したい場合はかなり高頻度での塗り直しが必要です。一方、乾性油は撥水効果も比較的長く持ちますし、常温環境で固まるためベタつきも少ないので、できればよく使い、洗うような食の道具は、乾性油を使ってのお手入れの方がおすすめです」

なお、無塗装品にもツヤを出すなどの目的でオイルを塗りこむことは可能ですが、その場合木材の持つ調湿機能は弱まるため、吸放湿が必要な道具では避けましょう。

<木の道具のお手入れ心得:無塗装、オイル仕上げ品>

・無塗装品はカビに注意。洗った後は必ず水分を拭き取り、陰干しでよく乾かす
・オイル仕上げの品は、表面にツヤがなくなってきたら乾性油を全体に塗り直す
・無塗装品をオイルコーティングすると、調湿機能が弱まるので注意
・オイルを塗る前にはサンドペーパーで木目に沿って表面をきれいに磨く

お手入れ実践:木べらのオイル塗りに挑戦

一通り習った後は、実践としてオイルでのメンテナンスに挑戦してみます。今回は中川政七商店で販売中の商品である「木べら」のメンテナンスを試みました。

用意するもの:

・布やキッチンペーパー(油分を吸い、塗れればOK)
・乾性油(今回は食用のエゴマ油を使用)
・サンドペーパー(180~240番程度の粗さのもの。今回は240番を使用)

◆お手入れするもの:

もともとは無塗装で仕上げられているこちらの木べら。そのまま使うと経年変化が楽しめるのですが、使っているうちに先端部分と柄の部分の色味が変わってきたので、試しにオイルメンテナンスをしてみました。

お手入れのステップ:

1. 道具の表面を木目に平行になるようにして、サンドペーパーでこする

中西さん:

「余計なものが表面についていると油を吸わないだけでなく、仕上がりのムラにも影響してしまうので、まずはサンドペーパーで表面を磨き、汚れを取ってください。木目に対して垂直にこすると道具が傷んでしまうので、磨く方向には注意してくださいね。結構ガシガシこすって大丈夫です」

2. 木の粉を拭き取る

中西さん:

「サンドペーパーで磨いた際に出た木の粉は、残っていると油を塗った際にムラの原因となります。乾拭きできれいに拭き取ってください」

3. 布に油を染み込ませ、道具の表面に油を塗っていく

4. 2日ほどおき、油が固まったら完成

中西さん:

「塗料が固まるまでは絶対に使わないようにしましょう。指で触って表面が乾いていても、完全に固まっていない場合もあるので、2日ほどはそのまま置いておきます。油ごとに乾くまでの時間に差はあるので、詳しくはインターネットや取扱説明書で確認してください」

特別編:まな板のお手入れ

最後に、ダイワ産業さんの主力製品であるまな板のお手入れについても特別に教えていただきました。

中西さん:

「インターネットなどで調べると、まな板に傷がいった場合のお手入れ方法としてサンドペーパーで磨いたり、かんなで削ったりするといった方法が掲載されているのですが、当社が中川政七商店さんと作っているような塗装されたまな板の場合は、表面を削ってしまうと塗装がはがれるため、そういったお手入れはNGです。塗装されているものについては木の食卓道具同様に、やわらかいスポンジなどで洗い、水気を拭き取ってからしっかり乾かして使ってください。包丁傷がついた場合も、しっかり洗っていれば菌はほとんど広がりません。

無塗装のまな板の場合は、かんなで表面を削ってお手入れする方法もありますが、なかなかハードルが高いと思います。またサンドペーパーでこするのは、表面が荒れて水を吸いやすくなってしまう可能性があるため、あまりおすすめしません。

他にも、薄いまな板を削るとさらに薄くなってしまい、切り心地が悪くなってしまうデメリットも。無塗装のまな板をお手入れするなら、専門の業者さんへ依頼してかんなで削ってもらうか、もしくは食卓道具同様にかんなやサンドペーパーをかけてからオイル仕上げをすれば、表面の荒れがおさまり水をはじきやすくなりますよ。

ただし、まな板はちゃんと扱えば何年も長持ちするので、傷が入っても気にせず使うのが一番だと思います」

お手入れや扱いに難しいイメージがあり、迎えたものの恐るおそる使っていた木の道具。今回教えていただいたのはいずれも簡単に対応できるものばかりで、木の道具を使うことに少し勇気が持てました。経年変化していくのも、木ならではの良さ。自分なりに育てながら、大事な道具として長く使っていけたらと思います。中西さん、ありがとうございました。


<関連商品>
中川政七商店ではダイワ産業さんと、以下の商品を作っています。

食洗機で洗えるひのきのまな板 小・大

文:谷尻純子
写真:奥山晴日