春風が吹いていた。
午前中に洗濯はすませたし、掃除もさっと終わらせた。さてと。これから何をしようか。さしあたり予定はないし、出かける気分でもないような。まあ、いいか。ゆっくりお茶でもしながら考えようっと──。
たまの休日。穏やかな午後。
忙しい毎日のなかで何もせずゆったりと寛ぐことのできるひとときは大切だ。自分に甘く、自分に優しい。そんな愛しい時間に、そっと寄り添ってくれそうなのが「mg&gk」の器である。
“もぐとごく”と読むという。もぐもぐ、と、ごくごく。文字通り、ちょこっと食べたり飲んだりするための有田焼の新ブランドだ。
有田焼というけれど、料亭や旅館で目にする、いわゆる“ザ・有田焼”とは違う。もっと優しくて可愛らしい雰囲気をもっている‥‥そんなことを思いながら「mg&gk」の故郷をたずねることにした。
有田焼の伝統と格式に
柔らかく、みずみずしい世界観を
改めて、有田焼とは佐賀県有田町周辺で焼かれた磁器の総称。有田町は日本で初めて磁器が焼かれた産地としておよそ400年の歴史をもつ。
訪れたのは、創業62年を誇る「渓山窯(けいざんがま)」だ。名工・篠原龍一さんが、豊かな自然と清冽な水に恵まれた猿川渓谷に魅せられて、同地に窯を築いたそうである。
時代の流れをくみ取りながら、使う人の“日常の豊かさ”を思い描き、料理が主役になる器づくりを大切にする窯元である。
「有田焼というと濃い染付がくっきりと施されていたり、赤や青、黄など絵付けの色鮮やかさがあったりと、どちらかというとインパクトの強い印象があるのではないでしょうか」
そう話すのは「渓山窯」三代目の篠原祐美子さん。
「それに有田焼というとやはり“和食器”というイメージがありますよね。そうしたイメージをちょっと覆してみようかと」
佐賀県のコンサルティング事業の一環として、中川政七商店とクリエイティブデザイナー兼プロダクトデザイナーの辰野しずかさんとともに、有田焼の新しいかたちを模索した。
「そのなかで『渓山窯』らしさとは何だろうってことを改めて考えて。うちならではの魅力とは?やっぱりそれは“染付(そめつけ)”にあるのかなと思ったんです」
有田焼は陶石を原料にした透明感のある白磁に、鮮やかな色が繊細に施されているのが特徴だが、そのなかで染付とは呉須(ごす)と呼ばれる藍色に発色する絵の具で絵付けをしたもの。簡単にいえば白地に青だけを施した器のことである。
同窯では創業以来、“染付の美”を追い求め、今も昔と変わらず、職人1人1人が全製品を手づくり手描きで絵付けを行っている。
篠原さんのほかにも女性職人は数名いるが、辰野さんは、篠原さんらが染付する姿を見て、有田焼に女性ならではの柔らかな雰囲気を重ね合わせ、有田焼の新しいかたちを思い浮かべたのだという。
──優しくて、大らかで、エレガントな有田焼の姿である。
主張しすぎないこと。
極限まで“呉須”を薄くする
そんな世界観を表現するために辰野さんから提案されたのは「呉須を極限まで薄くしてはどうか」ということだった。
実は、これには「抵抗があった」と篠原さんは言う。
「というのも、有田焼では輪郭となる線はくっきりと描くものという概念があったから。濃み(だみ:塗る作業)で薄い絵の具を用いることはあっても、線書きを薄くするということをやったことがなくて。だから、はじめはとても勇気がいりました」
それは、技術的にも難しい挑戦だった。
まず、どのくらい薄くしていいのかが分からない。薄すぎれば焼き上がったときにラインが見えないし、かといって濃すぎれば「mg&gk」ならではの柔らかなニュアンスが出なくなる。ポイントは“主張し過ぎない”ことだった。
呉須の濃度や成分、色味を変えながら、何度もテストを繰り返す。どんな表情に仕上がるのかは焼き上がってみないと分からないから、
「とにかく毎回、心配で(笑)」。
一方、新たな試みにより見えてくることもあった。
「呉須の濃度を変えるだけで、こんなにも印象が違うんだとはじめて知りました。同じ和柄でも呉須を薄くするだけで柔らかくやさしい表情になるし、和食器としてだけでなく、洋食器の雰囲気にもなり得るんだという発見があったんです。これには驚きました」
穏やかな、それでいて芯のある口調で、篠原さんは語る。ちなみに呉須の濃度はマニュアル化ができないという。
「作業の途中で水分が蒸発したりするから、職人が水分や顔料を加え、濃度を調整しながら絵付けをしなければなりません。最後はやっぱり職人の技と勘に頼ることになります」
呉須を含んだ細い筆先から淡い青色が線となって描かれる。それはとてもみずみずしく、とてもたおやか。絵柄の濃淡やラインのゆらぎが異なるのも手描きでつくる「mg&gk」ならではの魅力である。
縁起のいい吉祥文様4種
こうして生まれた「mg&gk」の第一弾は、フィナンシェと紅茶の器だ。
絵柄は4種類。平穏な日々を祈る青海波に金の上絵で星を描いた「波」、円満を意味する円形を重ねた吉祥文様の「七宝」、成長を願う吉祥文様の「麻の葉」、そしてシンプルに描いた定番の「縞」模様など、縁起の良い模様を採用している。
本当だ。
和柄なのに、薄い呉須で描かれているからか洋食器のような雰囲気。穏やかに、素朴でありながら、気品のある佇まいを醸している。
4月3日の発売に先駆けて、4月1日からは兵庫県、芦屋で生まれた洋菓子ブランド「アンリ・シャルパンティエ」とのコラボレーションモデルも発売。
こちらは「七宝」文様に、同店のモチーフとなる「青い炎」を配したオリジナルデザイン。カップと小皿に、長年愛され続けるフィナンシェを詰め合わせたセットは、たとえば母の日のプレゼントにもおすすめだ。
そして第二弾以降も「mg&gk」は今後さらに面白い展開を予定している。
「まだまだ模索中ですけど、これまでの有田焼になかったような、日常的に“もぐもぐ、ごくごく”を楽しめるアイテムを製作中です」
何が登場するのか心待ちにしつつ、さてと。まずは、ゆっくりお茶にしよう。
<取材協力>
渓山窯
佐賀県西松浦郡有田町大樽2-3-12
https://www.keizan-shop.com/
<掲載商品>
・ mg&gk フィナンシェと紅茶の器(中川政七商店)
・ mg&gk フィナンシェと紅茶の器 限定モデル(アンリ・シャルパンティエ)
文:葛山あかね
写真:藤本幸一郎