もうすぐ大晦日。年が暮れゆき、新しい1年が幕を開ける頃。近所の寺から毎年恒例のあの音が響いてくる。
テレビから流れてくる音を聞く人もいるだろう。NHK「ゆく年くる年」の中継で全国各地の寺が奏でる厳かな、あの音を。
日本人なら誰もがきっとなじみのある除夜の鐘が日本中で鳴り響く‥‥。
ところで。
あなたがいつも聞いている除夜の鐘ってどんな音?
ガーンなのか、それともゴーンか。つくられた時代によって音は違う
「いま多くの方が連想されるのは『ゴーン』という音ではないでしょうか。どちらかというと重低音で、長い余韻のある『ゴーン』です」
そう話すのは富山県高岡市にある梵鐘のつくり手「老子(おいご)製造所」の代表取締役・元井秀治さん。
老子製作所は、400年以上の歴史を誇る高岡銅器の生産地において、14代にわたり梵鐘をつくり続けてきた老舗。
驚いたことに同社は国内の鐘づくりの60%以上を占める梵鐘の大手メーカーである。
成田山新勝寺にある梵鐘から、比叡山延暦寺阿弥陀堂、京都の三十三間堂、沖縄平和記念堂にある梵鐘など、これまで納入した鐘は大小合わせて2万口(鐘の数え方は「口(こう)」)にのぼる。
「でも実のところ、昔からこの音だったわけではありません。『ゴーン』という音は、時代の流れのなかで日本人の感性がつくり出した音なんです」
そもそも梵鐘とは仏教法具の一つ。撞木(しゅもく/鐘を打つ棒のこと)で撞き鳴らす釣り鐘のことであり、中国や朝鮮半島を経て日本にもたらされたものだ。
「本家本元の中国の鐘の音はどうかというと、もうね、『バーン』なんです。よく映画などで、中国の場面になると『バーン』とドラのような音がするでしょう。まさにあんなイメージで、求められているのは広がる音です。
実際、中国人にお聞きしたところ長い余韻などは求めていない。大きな音で、『バーン』と広がるように鳴ればそれで良いそうです」
それが日本にもたらされ、すぐに「ゴーン」という音になったのかというと、そうではないらしい。
「京都の妙心寺に、698(文武2)年に製造された、日本最古の鐘と呼ばれるものがあります。
実際にこの鐘の音を聞いたことがありますが、どんな音だと思います?言葉にすると『ゴーン』ではなく『ガーン』という、ちょっと甲高い音なんです」
福岡の観世音寺には妙心寺の鐘との兄弟鐘があるというが、こちらも同じく「ガーン」という甲高い音がするという。
「さらにいうと、鎌倉時代につくられた狂言の一つに釣り鐘をテーマにした題目があるのですが、鐘の音を『ジャーンモンモンモンモンモン』と表現するんです。『ジャーン』といった時点で、もう高い音であることが分かりますよね」
バーンが、ガーンやジャーンになり、ゴーンになってきた‥‥と。
「これは私見ですが、日本にはわびさびの文化があります。世の中のはかなさや無常観といったものに美しさを感じる心があります。
そんな日本人ならではの感性がいつしか『ゴーン』という落ち着きある音を好むようになり、長い余韻のある音を求めていった。
おそらく私たちがいまイメージする『ゴーン』という音に定着したのは、江戸時代くらいではないかと思います」
梵鐘の姿形を見れば音が分かる
江戸時代に「ゴーン」という音に定着したのではないかという元井さんの仮説には、梵鐘をつくる人だからこその裏付けがある。
「先ほどお話しした『ガーン』と甲高い音の鳴る妙心寺の鐘は、撞座(つきざ)の位置が非常に高いんです」
撞座とは撞木で鐘を撞く丸い部分のことである。この位置が上にあるほど高い音が鳴るというが、時代とともにこの位置が下がってきているという。
さらにもう一つ。鐘の一番下にあたる裾部分は駒の爪(こまのつめ)というが、ここにも違いがあるという。
「それまでのものはシュッと下にそのまま落ちていくんですが、江戸時代あたりから駒の爪がポンと突き出すんです。出っ張りをつくる、というのでしょうか。これによって何が起きるかというと、余韻が長くなるんです」
ちなみに「バーン」という音を求める中国では、鐘の裾はびらびらと広がっているそうで「おばけのQ太郎みたいな形をしています」と元井さん。
落ち着いた重低音で、長い余韻があること。さらに日本の梵鐘において重要なのが、
「唸ってくれることです」
うなり、ですか?
「ええ、ほどよい唸りです。うわんうわん言うのはいけませんが、うぉーん、うぉーん‥‥とゆったりとした唸りがあることが大事なポイントで、良い鐘の条件でもあります」
これを再現するために必要なことはほかでもない「手でつくること」にあるという。
「つまりね、きれいな真円にしてしまうと唸らないんです。唸る必要のないカリオンなど西洋の鐘をつくるときには真円にしますが、日本の梵鐘はきれいすぎるとだめ。もちろん下手すると唸りすぎてうるさくなるので、そこには技術が必要です」
音色や響きを左右する200もの作業工程と熟練技
ここで簡単に梵鐘の基本的なつくり方を説明しよう。
まずは原寸大の図面を引く。形や文様、文字などのデザインはもちろん、厚みに至るまで綿密に決めていく。
「なかでも音にとって重要なのは肉厚のバランスです。鐘というのは肉が厚いと音が高くなり、薄いと低くなるんですが、全体が同じ厚みだと遠くまで響かない。なので、上は薄めにして、下にきてぐっと太く厚くなるような設計にしています」
次は型づくり。鐘の表面となる外側の鋳型と、内側の空洞部分の中子(なかご)をそれぞれ製作。
いずれも金属の高温に耐えるべく、頑丈につくらなければならず、時間と手間、職人の技術と経験が必要になる。
そしていよいよ鋳込み作業だ。中子に鋳型を被せ、そのすき間にそれぞれ溶解した銅と錫の合金をおよそ1200℃に沸かしてから1100℃前後で流し込む。ダイナミックでありながら繊細さを求められる作業である。
金属それぞれの溶解温度や合金の配分、鋳込みの温度、乾燥させる時間などの1つ1つがすべて音に影響するというのだから一切気は抜けない。
形ができたら色づけや、字や模様の彫金などを施していくが、その工程はおよそ200。1つの鐘をつくるために最低でも3カ月はかかる。
ちなみに原型から鋳造、仕上げ、着色、彫金といった工程のすべてを同じ地域でまかなえるのは高岡だけだとか。400年続く高岡銅器の歴史こそが、日本の梵鐘を支えているといっても過言ではないのだ。
日本が誇る3つの名鐘。ロケーションもポイントです
さて、鐘のことを学んだらきっとその形が気になったり、実際に音を聞き比べたくなるのではないだろうか。
たとえば日本には三名鐘と呼ばれる鐘がある。
一つ目は京都「神護寺」にある梵鐘。875(貞観17)年に鋳造された国宝であり、菅原是善(菅原道真の父)による銘文などが刻まれていることから“銘の神護寺”と呼ばれている。
また、見た目の美しさから“姿(形)の平等院”と称されるのが京都「宇治平等院」にある梵鐘。こちらは1053(天喜元)年建立の鳳凰堂と同時期に製造されたものと推測されている。
そして三つ目は滋賀「三井寺(園城寺)」にある梵鐘で、通称“声(音)の園城寺”。その名の通り音に関して名を馳せる。製造は1602(慶長7)年。江戸時代に変わる直前につくられた鐘である。元井さんは言う。
「鐘そのものの音はもちろんですが、三井寺はロケーションも抜群にいいんです。寺の後ろに山があって下には琵琶湖が広がります。
ここで梵鐘を鳴らせば山がレフ板のようになって鐘の音を反射して響かせてくれるんです」
では、元井さん自身がオススメする鐘ベスト3は?
「まずは『広島平和の鐘』です。これはうちがつくりました。広島平和記念式典のセレモニーで黙祷を捧げるときに鳴る鐘で、世界中に流れているんです。
子どもの頃は8月6日になると正座をさせられてずっと聞かされたものです。夏休みなのに遊びにも行けなくて(笑)
でも、やっぱりうちの会社の誇りですし、平和の鐘、鎮魂の鐘をつくろうという社是の理念にもなっている大事な鐘です。
そういう意味では『釜石復興の鐘』も同じ。東日本大震災があった年の6月に、どうしても年末に除夜の鐘をつきたいと釜石の方がいらして。
災害後、何もできんなと思っていたところに『つくってください』と言われたことで逆にこっちが助けられたといいますか‥‥。デザインもすべてゼロから考えてつくらせていただきました。
もう一つ挙げるなら、2000年に製造した京都「西本願寺」の鐘でしょうか。
あそこは朝の鐘を絶やしたことがないそうです。戦時中も空襲があっても、毎日鳴らし続けてきた。この鐘を取り替えるにあたって夜9時から朝4時までにやってくださいという注文があったんです。
世界遺産ですから草木一本折ってはいけないという状況のなか、120トンのクレーンでなんとか必死に取り替えた。そんな思い出の詰まった鐘です。もちろん音も良いですからぜひ、聞いていただきたい」
これまでなんとなく聞いていた梵鐘の音。鐘の音に違いがあるなんて考えたこともなかったが、今ではすっかりその音を聞きたくて仕方ない‥‥。
まずは除夜の鐘から──。
我が家の近くにある寺の梵鐘は、一体どんな音色を響かせるだろう。
<取材協力>
老子製作所
富山県高岡市戸出栄町47-1
文:葛山あかね
写真:浅見杳太郎