きものを今様に愉しむ お気に入りの一着を仕立ててみる

こんにちは。ライターの小俣荘子です。

私はここ数年、洋装と和装それぞれ半分ずつくらいの割合で外出するようになりました。慣れてしまうと思いのほか楽しく快適なものですが、出かける先で「大変でしょう」と労いの言葉をかけられることもしばしば。一方、不安を口にされつつも興味を示してくださる方にもたくさん出会うようになりました。

きものは現代の装いとして身近なものではなくなっている一方で、いつかは着てみたいと考えている方も多いようです。

洋服と同じようにきものも日常に取り入れられたら、毎日はもっと彩り豊かになるはず。連載「きものを今様に愉しむ」では、きものとの付き合い方や、愉しむヒントをご紹介してまいります。

自分のための一着を仕立ててみる

これまでの連載で、自由なきものスタイリングやカジュアルな着方気軽なレンタルきものでのお出かけ提案ゆかたのきもの風アレンジお手入れ方法をご紹介してきました。


さて、いよいよ今回は、呉服屋さんで自分にぴったりの一着を仕立てる様子をお届けします!

訪れたのは、「KIMONO by NADESHIKO 原宿店」。プレスの小林千晴 (こばやし・ちはる) さんに案内していただきました。
反物 (たんもの) 選びから始まるきもののお仕立て。来店時の服装やお店での相談の仕方などのポイントも伺ってきました。

「KIMONO なでしこ原宿表参道店」店頭にはストールを巻いたスタイリングなどカジュアルに楽しめる提案も
「KIMONO by NADESHIKO 原宿店」店頭にはストールを巻いたスタイリングなどカジュアルに楽しめる提案も

きもの選びの前にしておくとよい、4つのこと

来店前に考えておくこと、準備しておくもの、店頭で伝えると良いことなど小林さんに伺いました。

1.どんなところに着て行きたいか、具体的なイメージを膨らませておく

ひとことで「きもの」と言っても、種類は様々。「結婚式などのフォーマルな場に着ていきたいか、カジュアルなお出かけ着として着たいかはもちろんのこと、着たい場所やシチュエーションによって、おすすめのきものが違います」と小林さん。

どんなシチュエーションで、どんな風に着たいかを具体的に店頭で伝えるとスムーズです。雰囲気についても、洋服と同じように「きれいめ」「可愛いらしく」「レトロ」「クール」といった表現で十分伝わります。理想のイメージを膨らませておきましょう。

2.持っている帯や小物で使いたいものがあれば、事前準備を

きもののスタイリングに慣れていない場合、最初はプロであるお店のスタッフと一緒に自分が一番気に入るものを探し、一式揃えて購入すると安心です。もし使いたいものがある場合は、実物を持参したり、あらかじめ撮影して画像を用意したりしておくと選びやすいとのこと。

3.予算、支払方法を相談する

「当店では、お若い方にもお手に取りやすい値段設定にしておりますが、はじめて一式揃える時にはどうしてもお金がかかります。一生着られるようないいモノを選ぶか、初めは気軽に安価なモノにするか、どんな支払方法だと無理なく購入できるか、遠慮なくスタッフに相談してください」と小林さん。生地だけではなく、仕立て代や裏地代、小物類など購入に必要な要素が多いきもの。はじめに用途と全体の予算をきちんと伝えること、反物の価格以外にかかる金額について最初に確認しておくと安心ですね。

4.信頼のできるスタッフ、お店で購入する

「初めてのきものは分からないことだらけです。不安や疑問をなんで相談できるスタッフ、アフターフォローがしっかりあるお店で購入し、きものの世界を楽しんでいただきたいです」と小林さんも強調されていました。
当然ではありますが、お店に入ったからといって、そこで必ず購入しなければいけないというわけではありません。店頭のマネキンや、スタッフの方々のスタイリングを眺めることで自分の着たいイメージを膨らませることもできます。お店の雰囲気を見て、自分に合う、合わないを検討してから購入に進みましょう。

店頭で反物や展示されているスタイリングを眺めるのも楽しい
店頭で反物や展示されているスタイリングを眺めるのも楽しい

予算15万円で、いざ店頭へ!

教えていただいたことを踏まえて、さっそく店頭へ。
今回は、普段使いで「ちょっとおしゃれをして出かけたい時」の1着を作ることにしました。予算は15万円でお伝えしています (もし合わせたい帯や小物があれば、この時に伝えましょう) 。
まずは、反物選びから。素材と柄の解説をしていただきながら選びます。

シルクだけでなく、化繊や木綿など様々な素材の生地が並ぶ。こちらは洗える化繊の生地
シルクだけでなく、化繊や木綿など様々な素材の反物が並ぶ。こちらは自宅で洗える化繊の反物
フォーマルなシチュエーションにも使える生地
カジュアルからフォーマルまで対応できる柄付けの正絹の反物
片貝木綿 (かたがいもめん) の生地
左が小林千晴さん。右は説明を受ける、さんち編集部の尾島。新潟の片貝木綿 (かたかいもめん) は、凹凸のある独特の風合いが魅力だそう

「普段使いなら、お手入れしやすいものが良いかもしれませんね。洗濯機で洗える化繊素材のほかに、木綿も手洗いできますよ」と教えていただきました。
気に入った反物をいくつか選んで、試着してみます。

気分はシンデレラ?肩合わせをしながら顔うつりをチェック

大きな鏡の前に移動して、生地を身体にあてていきます。長襦袢 (ながじゅばん) を着ているかのように見える衿を洋服の上に付けてもらいます。きものの試着は基本的に洋服の上から。仕上がりイメージに近づけるために、襟のついていない、凹凸が少ない服装での来店がオススメです。また、髪の長い方はアップにしておくと試着しやすくなります。

仮衿をつけて上から生地をまといます
衿をつけて上から生地をまといます

ここで、呉服屋さんのすごい技術が!針もはさみも一切使わずに、反物がきものの形へと変身していきます。

次第にきもののような形に!
おはしょりまでできました
もうすっかりきものを纏っているようです

「やはりきもの姿を見慣れていない方は、反物の状態では仕上がりの様子を想像しにくいものです。こうしてお仕立て上りのイメージをご覧いただくと、選びやすくなりますよね」と話しながら、あっという間にこの状態を作ってくれる小林さん。まるで魔法使いのようです。たしかに、反物の時よりも格段に想像しやすくなりました。さらに、その上から、他の生地もあてて見比べていきます。

上から他の生地もあてて、イメージを膨らませます
上から他の生地もあてて、イメージを膨らませます

次から次へと生地をあてて、自分にぴったりのものを探します。一度にたくさんのきものを纏う機会なんて、なかなか無いもの。新しい自分が垣間見える、楽しい試着時間です。

こちらはフォーマルにも使えるドレッシーなデザイン
こちらはフォーマルにも使えるドレッシーなデザイン

半衿や帯、小物を選ぶ

気に入った生地が見つかったら、次は帯や周辺の小物を選んでいきます。今回は、衿元からちらりと覗く半衿 (はんえり) も白以外のものを合わせてみました。

半衿。シンプルな白のものから、様々な柄のものや刺繍色のものまで様々
半衿。シンプルな白のものから、様々な柄のものや刺繍のものまで様々
半衿も実際に衿元に合わせてみます
半衿も実際に衿元に合わせてみます

続いては、帯選び。帯は名古屋帯の他、ゆかたを着る際によく使われる半幅帯 (はんはばおび) もカジュアルな雰囲気で合わせる際に活躍します。

帯選び
帯選び
名古屋帯。モダンなもの、ポップなものなどデザインも様々
名古屋帯。モダンなもの、ポップなものなどデザインも様々
こちらは半幅帯
こちらは半幅帯

同じきものでも、帯を変えるだけで印象がガラリと変わります。実際に巻いてみて雰囲気を見ていきます。

巻いてみて雰囲気を見ます
巻いてみて雰囲気を見ます
帯を変えるだけでもだいぶ印象が異なりますね
帯を変えるだけでもだいぶ印象が異なりますね

帯を決めたら、帯の上で差し色となる帯締めや帯揚げ、帯締めにつける飾りの帯留めも合わせていきます。

帯締め
帯締め
続いて帯締め選び

きものの柄の中にある色や、色調が近いもので合わせると全体の雰囲気がまとまりやすくなります。あえて濃いめの締め色を入れてキリリとした印象にすることも。なりたい雰囲気に合わせて選びます。

帯締め
帯揚げ
帯留め
帯留め。素材もモチーフも様々です。ブローチなどで代用することも
実際につけていただきました
実際につけていただきました
最後に全体の雰囲気を確認します
最後に全体の雰囲気を確認します

その他、必要があれば、バッグや装履 (ぞうり) も合わせてみましょう。もちろん、普段洋服で使っているバッグや、シューズなどを合わせてみてもおしゃれの幅が広がります。

装履
装履。多くは「草履」の字を当てますが、やまとさんでは「装い」の意を込めてこの字を選んでいます

季節や必要に合わせて用意するもの

表面上あまり見えないのでつい忘れがちなのが、裏地と長襦袢、着付け小物です。必要に応じて、こちらも選びます。

今回は、木綿の単衣 (ひとえ) のきものでしたが、袷 (あわせ) のきものの場合は裏地が必要となってきます。単衣とは、夏前後の季節の変わり目に爽やかに纏える裏地の付いていないきもの。そのため、裏地選びは不要です。袷とは、春秋冬に纏う裏地付きのきものです。着たい季節や利用シーンを伝えれば店頭で提案してもらえるので、わからないことがあれば質問してみてください。

裏地の色見本。選んだ生地と重ねて相性も確認します
裏地の色見本。選んだ生地と重ねて相性も確認します

長襦袢は、きものの下に着るインナーのことで、歩くときなどに袖、裾からちらりと柄が覗きます。こちらも予算に合わせて素材とデザインを選びます。自分のサイズにぴったりのものを1つ持っていると着付けしやすく、袖や裾の位置も合うので便利です。最近では、肌着と長襦袢が一体型になったリーズナブルな既製品もあるので、そういったものを活用することもできます。

長襦袢の生地
長襦袢の生地
長襦袢の役割も担う肌着/ 写真提供 株式会社やまと
長襦袢の役割も担う肌着 / 写真提供 株式会社やまと

「腰紐や伊達締め、帯板、帯枕などの着付け小物は、成人式で揃えたものや、ゆかたで使っているものも使えます。仕立て上りのお品を引き取りに来られる際に足りないものを揃える方も多いですよ」とのこと。こちらも足りないものだけ揃えればよいので、ぜひ手持ちのものを確認してみましょう。

着付け小物のセット
着付け小物のセット / 写真提供 株式会社やまと

最後に、採寸、仕立て上りスケジュール (3週間程度) を確認し、お会計です。あとは出来上がりを待つばかり。自分にぴったりの一着、楽しみですね。

採寸
採寸
今回選んだもの きもの生地、帯、帯締め、帯揚げ、帯留め、半衿、長襦袢生地、装履 合計金額14万円ほど (仕立て代含む)
今回選んだもの。左から、きもの生地、帯揚げ、帯、帯締め、帯留め、半衿、長襦袢生地、装履

今回、きもの選びの所要時間は1時間ほどでした。2時間前後かける方が多く、生地選びや小物合わせにもっと時間をかける方もいらっしゃるとのこと。時間には余裕を持っておいて、納得がいくまでこだわって選びたいですね。

「呉服屋さんって、なんだか怖い」と、若い女性から聞くことがあります。

「料金体系や、何が必要なのかがわからないブラックボックスのような状態にお客様は不安になられるのだと思います。金額のことや必要なもの、ご自身の持っている帯や小物が使えるかどうかなど、店頭で気兼ねなくお尋ねくださいね。お話を伺えると、私たちもご希望にあった提案をしやすくなりますので」と小林さんは言います。
また、「入店したら買わなければ‥‥」というプレッシャーも捨ててしまいましょう。お洋服を買いに行くように、まずは気軽に。心を惹かれたきものに触れてみると、きっと次第に不安は払拭されていきます。

自分に合ったスタイルで、ぜひきものを愉しんでみてください!

<取材協力>

株式会社やまと

東京都渋谷区千駄ヶ谷5丁目27番3号

文・写真 : 小俣荘子

【鯖江のお土産・さしあげます】めがねフレームから生まれた「Sur」のピアス

こんにちは。ライターのいつか床子です。
わたしたちが全国各地で出会った “ちょっといいもの” を読者の皆さんへのお土産にプレゼント、ご紹介する 「さんちのお土産」。今回は、福井県鯖江市のアクセサリーブランド「Sur(サー)」のピアスをお届けします。

付けていることを忘れそうになるほど軽やかで、肌にしっくりとなじむSurのアクセサリー。実は、めがねフレームに使われる素材からできているんです。

鯖江はめがねフレームの国内シェア9割以上を誇るめがねの聖地。街のあちこちでかわいらしいめがねのモチーフが見つかるのも、散歩心をくすぐられます。

めがねをかけた少年を発見。手にはもう1つの名産である越前漆器も

めがね作りに込められた技術が、日々を彩るアクセサリーに

今回お話を伺ったのは、Surのクリエイティブディレクター・新山悠(にいやま・はるか)さんが、めがねフレームの素材を使った鯖江ならではのアクセサリーブランド・Surをプロデュースしています。

Surの事務所は、鯖江を拠点に活動しているクリエイティブカンパニー「TSUGI(つぎ)」の中にあります

事務所のディスプレイには、これまでに手がけてきたSurのコレクションがずらり。どれもシンプルでありながら非常に洗練されていて、見れば見るほどうっとり引き込まれます。

めがねフレームと同じ素材とは思えません‥‥

「TSUGIの活動を知ってくれているめがね工場の人たちや、そのお知り合いの方の集まりに呼んでもらったんです。そこでめがねフレームの端材をいただいたのがSurを始めるきっかけでした」と新山さん。

めがね作りで必要な素材や技術は、アクセサリー作りにとってもアイディアの宝庫だったといいます。鯖江の人たちと話し合いながら、めがね作りの技法を少しずつ取り入れることで、めがねのように持ち主の生活と寄り添えるアクセサリーが誕生しました。

Surのアクセサリーは鯖江のめがね工房と協力しながら作られています

人に優しい、めがねフレーム素材

Surで使われているめがねフレーム素材は「セルロースアセテート」と「チタン」です。

セルロースアセテートは、綿花を樹脂加工した素材。肌と環境に優しい成分でありながら、大理石のような光沢も持ち合わせています。

加工前のセルロースアセテート。豊富な柄が揃うのも、めがねの産地である鯖江ならでは

また、金属フレームに使われているチタンは医療器具としても使われ、金属アレルギーの人でも安心して身に付けられます。軽くて付け心地は抜群。シルバーとはひと違った落ち着いた輝きが、耳元をさりげなく彩ります。

今回のお土産

今回のお土産はこちらの2つ。アセテートとチタンの加工技術を使った「TITANIUM(チタニウム)」シリーズのピアスです。やわらかなグレーでどんなコーディネートにも似合う「TI-P2」(写真左)と、エメラレドグリーントホワイトのマーブル模様がかわいらしい「TI-P3」をおすすめしていただきました。

surアクセサリー
「TI-P2」(写真左)と「TI-P3」

めがねのように、毎日身に付けていたくなるSurのアクセサリー。特別な日の装いにも、普段着にも、ぜひ取り入れてみてくださいね。

tsugi-sur_鯖江・アクセサリー

ここで買いました。

TSUGI llc.(合同会社ツギ) / Sur事業部
福井県鯖江市河和田町19-8
0778-65-0048
http://sur-j.com/index.html/

さんちのお土産をお届けします

この記事をSNSでシェアしていただいた方の中から抽選で2名さまにさんちのお土産 “TI-P2”と “TI-P3”をそれぞれプレゼント(どちらも片耳分のみとなります)。どちらかご指定されたい場合は、シェア時に「三角のほうのピアスが欲しい!」などリクエストをつぶやいてくださいね。応募期間は、2017年9月12日〜26日までの2週間です。

※当選者の発表は、編集部からシェアいただいたアカウントへのご連絡をもってかえさせていただきます。いただきました個人情報は、お土産の発送以外には使用いたしません。ご応募、当選に関するお問い合わせにはお答えできかねますので予めご了承ください。
たくさんのご応募をお待ちしております。

文 : いつか床子
写真 : 上田順子、いつか床子

【はたらくをはなそう】商品1課・人事 荒井勉

荒井 勉
(商品1課 10月より管理課人事)

2009年 入社(中途採用)
ものづくりに携わる生産管理の仕事の傍ら
2013年 新卒採用担当
2015年 内部監査役
2016年 奈良博覧会企画メンバーを経て
2017年 10月より人事に就任

社会人として、そして人として大切にしていること、
それは「人に嫌われないこと」。
なんだそれ?
と思われる方も多いと思いますが、
僕が自信を持って大切にしていることと言えます。

人に対して「ちょっと苦手だな」と感じるポイントは、
話し方・時間にルーズ・メールが遅い・身だしなみ・表情・態度などと人それぞれ違うはず。

なので、すべてを満点にすることはなかなかできません。
ただ、欠点をなくし平均点をあげることは自分の努力で何とでもなるものだと思います。

相手を不愉快な気持ちにさせ信頼を失うのは一瞬ですが、
相手に信頼してもらうことはコツコツと日々の積み上げからしか成し遂げられないこと。

嫌われなければ、信頼を勝ち取ることも、協力を仰ぐこともでき、
人と人とのつながりを大切に仕事を進めることができます。

少し話は変わりますが、
先日、全社員が参加する表彰式がありました。

世間一般では、売上額などの数字に対しての表彰式が多いと思いますが、
僕らの会社は少し違います。

「右腕にしたい人」「育て上手な人」「縁の下の力持ち」「見かけによらずプロ意識が高い人」
などなど、人となりにスポットを当て、社員同士がお互いに投票しあい、
表彰者を選ぶ温かい場です。

そんな風に人の見ていないところでも頑張れるスタッフが多く、
個人の人となりを讃えあうことができる会社だからこそ、お互いをフォローしながら
皆がやるべきことに注力できています。

そんな環境で働けることを嬉しく思います。

10月からは初めて商品作りから離れ、人事担当として働くことになります。

社員には、より気持ち良く働ける環境を。
また、新しく入社いただく方には同じ目標に向かって一緒に走っていただける方を
お迎えできるような、魅力的な環境を整えていきたいと思います。

良いご縁があることを楽しみにしています。

めがね尽くしの街!鯖江にいると何から何までめがねに見える

こんにちは。ライターの小俣荘子です。
みなさんは、普段めがねをかけていますか?私は小学生の頃からめがねのお世話になっていて、人生の3分の2以上の年月をめがねとともに過ごしています。

多くの方が日々の暮らしで使っているめがね。その聖地といわれる街、福井県鯖江市にやってきました。鯖江は、国産フレームのなんと96パーセントものシェアを占めています。さらには、全世界の眼鏡フレームの20パーセントを作っており、世界の眼鏡3大産地の1つとなっています。
そんな鯖江では街中にめがねが溢れている‥‥!?そんな情報を得て、訪ね歩いてまいりました。

駅に降り立ったところから始まる“めがね感”!

鯖江駅の看板
改札上の大きな看板

鯖江駅に降り立つと、さっそくこんな大きな看板が迎えてくれます。駅構内にたまたま貼られていたミニオンズのポスターも妙に馴染んで生き生きしているようにすら見えました。これぞ「めがねのまち」の力!?

駅のロータリーの柵には鯖江の名産品のモチーフ。もちろんめがねも
駅のロータリーの柵は鯖江の名産品がモチーフ。もちろんめがねも
駅前にある、大きなめがねのモニュメント
駅前にある、大きなめがねのモニュメント

まずは、駅の観光案内でお話を伺うことに。
扉を開けて中に入るとさっそくめがねグッズに迎えられました。

めがねの素材をつかった靴べら
めがねの素材を使って作られた靴べら
めがねピンバッジ!鯖江の動物園で人気にレッサーパンダの台紙です
めがねピンバッジ!台紙のイラストは、鯖江の動物園で人気のレッサーパンダ

鯖江市内にある「西山動物園」は、日本一小さな動物園 (※) 。レッサーパンダの繁殖で国内有数の実績を誇っています。そんな鯖江のレッサーパンダとめがねがタッグを組んだ商品はそこここで見られ、ほっこりと和ませてくれます。

そしてこちらは、めがねの素材「セルロースアセテート」を使ったボールペン。形もめがねの柄そのものです。

めがねの柄の部分でできたボールペン
めがねの柄の部分でできたボールペン

カウンターで伺うと、商店街と「メガネストリート」に、めがねをモチーフにしたものがたくさんあるとのこと。また、おみやげ品として有名なものも教えて頂きました。
いざ、めがね巡りです!まずは、メガネストリートへ!

あらゆるものが、めがねっ子??

メガネストリートは地下道から始まります
メガネストリートは地下道から始まります
メガネストリートの入り口

メガネストリートへ続く地下道の階段を降りて振り返ると、思わず「あっ!」と声が漏れます。さっそくめがねが。

めちゃめちゃ足元見られております
めちゃめちゃ足元見られております
地下道の足元の照らす光にもめがね!
地下道の足元を照らす光にもめがね!

階段をのぼって地上に出ると、こちらもまためがね‥‥。

車止めもめがねをかけていました
車止めもめがねをかけていました。かっ、かわいい!
メガネから生える街路樹
メガネから生える街路樹
足元めがね
足元めがね
めがねベンチ
めがねベンチ
見上げてもめがね
見上げてもめがね
こんなデザインのめがねベンチも
こんなデザインのめがねベンチも
めがねモノグラム
めがねモノグラム
柱についためがね
柱にもめがね‥‥

そこかしこのめがねに視線を送られながら歩いていると、巨大なめがねが見えてきました。

めがねの聖地のシンボルタワー現る

めがね会館
めがね会館

産地のシンボルタワーともいえる「めがね会館」です。この建物内にある「めがねミュージアム」では、めがねの歴史ついての展示を見られたり、眼鏡士から自分に最適なめがねを提案してもらえるショップがあったり、めがねづくり体験などもできます。
なんだかリンカーンの演説を思い出しますね。めがねによる、めがねのための、めがね‥‥。 (ここまでの本文で、わたくし既に「めがね」と40回近く唱えております。きっとめがねの聖地ならではの経験ですね)
さて、さっそく中に入ってみましょう!

めがねミュージアムの入り口

吹き抜けの気持ち良いエントランスに入ると、大量のめがねで作られた美しいオブジェが目に飛び込んできました。

エントランスにある巨大なめがねオブジェ
エントランスにある巨大なめがねオブジェ
こちらの日本地図はめがねフレームの素材「セルロースアセテート」でつくられたもの
こちらの日本地図はめがねフレームの素材「セルロースアセテート」でつくられたもの
フォトスポットには、鯖江で毎年開催されるめがねをテーマにした催し物「めがねフェス」のロゴも
フォトスポットには、鯖江で毎年開催されるめがねをテーマにした催し物「めがねフェス」のロゴも
トイレのアイコンもめがね付き!
トイレのアイコンもめがね付き!
男性トイレのアイコン
多目的トイレのアイコン

夏の日差しの中を歩いてきたので、ちょっと一休み。ミュージアム内のカフェに入ってお茶をすることに。

ケーキのフォークもめがね!
ケーキのフォークもめがね!

と、ここでもめがねモチーフの登場です!一瞬たりとも気の抜けないめがね巡り!

よく見ると、ドリンクのマドラーもめがねモチーフ
よく見ると、ドリンクのマドラーもめがねモチーフ
グラスの縁に引っ掛ける柄の部分もめがねです‥‥
グラスの縁に引っ掛ける柄の部分もめがねです‥‥

そのほか、ランチメニューにもめがねモチーフのものが色々あるとのこと。お出かけの際にはぜひ探してみてくださいね!

まさに「めがねに適う」お土産も豊富!

さらに、めがねミュージアムでは、めがねなお土産も豊富に揃います。

めがねの形をしたリング
めがねの形をしたリング
めがねモチーフのネックレス
こちらはネックレス
みっ、耳かき?!
みっ、耳かき?!なんと2013年にはグッドデザイン賞も受賞している商品です
めがね柄のネクタイ
めがね柄のネクタイ
めがね柄のリボン
めがね柄のリボン
めがね最中
めがね最中
こちらは、鯖江で有名なパン屋さん木村屋の堅焼きパン。硬い
鯖江で有名なパン屋さん「ヨーロッパンキムラヤ」の眼鏡堅麵麭 (めがねかたパン)

こちらのパンは、観光案内所でも教えていただいたもの。コンビニのお土産売り場にまで置かれている代表的なお土産品です。

元となっているのは、鯖江市の老舗パン屋であるヨーロッパンキムラヤの看板商品で、日本で最も堅いパンと謳う「軍隊堅麺麭 (ぐんたいかたぱん) 」。とても堅いので、かなづちなどで割って食べることを推奨しているほど。
その生まれは大東亜戦争。鯖江連帯の兵隊さんのために保存性の高い堅いパンが生まれたのだそう。これとめがねを掛け合わせて作られたのが「眼鏡堅麵麭」です。
眼鏡堅麵麭は、めがねのフレーム状に細くなっているので、指でパキっと折って、かなづち無しでも食べられました。ゴマの香ばしさと、ほんのりとした甘みが美味しい、歯ごたえのあるビスケットのようなパンでした。

ハート柄のものも
ハート柄のものも
めがね菓子の詰め合わせボックスも
めがね菓子の詰め合わせボックス

めがねのフォルムってなんだかとても可愛くて、何にしても様になってしまいますね。ここではご紹介しきれませんが、この他にもめがね型のマグネットやブローチ、ピンバッジなど様々なお土産が置かれていました。

あまりに可愛くて自分用に買ってしまっためがねピアス。素材はしっかりとめがね素材のセルロースアセテート!
あまりに可愛くて自分用に買ってしまっためがねピアス。素材はセルロースアセテートで、本物さながらの作りです!
メガネストリートの突き当たりの橋にもめがねのモニュメントが
メガネストリートの突き当たりの橋にもめがねのモニュメントが

いったん駅に戻り、続いては商店街へ!

めがね?ではない‥‥

だんだんと、丸や四角が並んでいるだけでめがねに見えてくるように‥‥。鯖江のめがね力に翻弄されております。

さばえ商店街へ
鯖江の商店街へ
柱もめがね柄です
柱もめがね柄です

めがねを極めた街では、こんな一風変わっためがねも。

稀少性の高い木材や竹でできためがね
銘木や竹でできためがね

鯖江の職人さんが1点1点手作りしている銘木や竹で作られためがね。自然のものならではの風合いや馴染み感、経年による変化の楽しみなどがあるとのこと。アメ色に移り変わる竹の様子を想像すると、たしかに魅力的です。

鼻あての部分も竹でできています
鼻あての部分も竹でできています。汗をかいてもズレにくいのだとか
こちらは、香木性。香るめがねです。なんとお値段300万円!
こちらは貴重な香木でつくられた「香るめがね」です。なんとお値段600万円!

たった半日の街歩きでしたが、たくさんのめがねに出会うことができました。鯖江にお出かけの際はぜひ「めがねモチーフ」探しも楽しみのひとつにしてみてはいかがでしょうか。きまだまだきっと色んなめがねと出会えそうです!

※「平成28年度 日本動物園水族館協会 年報」調べ

<取材協力>
めがねミュージアム
福井県鯖江市新横江2-3-4 めがね会館
職人手造りめがね販売 ルーツ
福井県鯖江市本町2-2-20

文・写真:小俣荘子

——

漆塗りのトーキョーバイクが、鯖江を走る。

こんにちは。ライターの川内イオです。

今回は越前漆器(えちぜんしっき)の漆塗り職人が手掛けた漆塗りの自転車についてお届けします。

漆塗りという言葉から、どんなイメージがわくだろう。多くの人が思い浮かべるのは、漆が塗られた伝統的な食器「漆器」ではないだろうか?

しかし、漆の使い道は漆器だけにとどまらない。福井県鯖江市の東端、1500年の歴史を持つ越前漆器の産地として知られる「越前 漆の里」では、昔から漆に関するこんな言葉があるそうだ。

「土と水以外は塗れる」

この言葉を教えてくれたのは、創業1793年の老舗、漆琳堂(しつりんどう)の8代目、内田徹さん。2013年に県内最年少で伝統工芸士に認定された、越前漆器の産地を代表する若手職人だ。

トーキョーバイク・漆琳堂(しつりんどう)・中川政七商店 鯖江博覧会×renew(リニュー)
漆琳堂の8代目・内田徹さん

漆塗り職人 × 自転車

内田さんは、「土と水以外、漆は塗れる」という言葉を体現するように、今夏、これまでにない素材に挑んだ。自転車だ。世界でも珍しい漆塗りの自転車は、2017年10月12日から4日間、鯖江市で開催されるイベント「RENEW×大日本市鯖江博覧会」の目玉のひとつとして、イベントの企画にも携わっている内田さんとスタイリッシュな自転車で人気のtokyobike(以下トーキョーバイク)のコラボレーションから生まれた。

「もともとは、イベントのときに、レンタサイクルで鯖江の町なかをかっこいい自転車が走っていたら素敵だよね、という話から、トーキョーバイクさんに自転車のレンタルをお願いできないか聞いてみようという流れでした。その時、イベントのメンバーから自転車に漆を塗ったら目立つし面白いよね、というアイデアが出て、内田さん、塗れますよね? と聞かれたので、うん、塗れると思うよと。そのアイデアをトーキョーバイクの社長の金井一郎さんが気に入ってくれて、実現したんです」

漆器の職人である内田さんに対して、「自転車に漆を」というメンバーの思い付きは、ある意味無茶ぶりに近いが、恐らく、内田さんならやってくれるという確信があったのではないだろうか。伝統工芸の職人のなかには新しいチャレンジを好まない人もいるが、内田さんは身内の反対を押し切り、産地の常識を覆した経験がある。

家業を継ごうと思った理由

高校時代は甲子園を目指す球児で、大学時代には体育の教師を志していたという内田さん。それまでほとんど家業を手伝ったことがなく、当然のように、家を継ごうと思ったこともなかったという。

しかし、大学3年生になり教育実習で実家へ戻っている間に、祖父や父が遅くまで忙しく働き、その分、しっかり稼いでいる姿を改めて目の当たりにして、良くも悪くも安定している教師より、「頑張れば成果が見える仕事っていいな」と思うようになったそうだ。その決断は早く、大学4年の12月頃には漆琳堂の名刺を持ち、それから当たって砕けろの体当たりで営業を始めていた。

「電話帳で全国の漆器屋さんを調べて、電話をかけて飛び込み営業ですよ。体力には自信があったので、名古屋日帰り、東京日帰りでハードに動いていました。今思えばたいした成果もないまま出張を繰り返していて効率が悪いんですが(笑)、その時に取引を始めてくれたお客さんのうち数社は今もつながっています」

トーキョーバイク・漆琳堂(しつりんどう)・中川政七商店 鯖江博覧会×renew(リニュー)

営業をしながら、祖父と父から職人の仕事を学んでいった。漆を塗る「塗師」の仕事は主に木の器に漆を塗る準備をする「下地」、漆器の土台となる「中塗り」、仕上げの「上塗り」という3つの工程に分かれており、内田さんいわく、通常は下地、中塗りだけで数年の修行をした後に、上塗りの作業を許される。しかし、内田さんはすぐに上塗りを教わった。それはきっと大学卒業後に学び始めた8代目に対する特別な教育で、内田さんはたくさんの失敗をして何度も怒られながら、技術を吸収していった。

「そんなの売れるわけねえだろう」

そうして7、8年と時が経ち、ひと通りの仕事ができるようになった頃、内田さんは大胆な行動に出た。越前漆器に黒と赤しかないことに疑問を抱き、ポップなカラーの漆器を作り始めたのだ。鮮やかなイエロー、穏やかな空色、目が覚めるようなピンク……。これが、祖父と父から大不評だった。

トーキョーバイク・漆琳堂(しつりんどう)・中川政七商店 鯖江博覧会×renew(リニュー)

「みんな黒と赤の器しか見たことがないから、気持ち悪いとか、そんなの売れるわけねえだろうとかボロクソに言われました(笑)。でも、黒と赤で定番化している越前漆器全体の売り上げが伸び悩んでいるなかで、ほかと同じことだけをし続けたら価格競争になる。それを避けるために、差別化はしたいと思っていました。新しい色のお椀が売れたらラッキーだし、売れなくても自分のところで作っている商品だから大きなリスクはないので、これぐらいチャレンジをしてもいいだろうと」

当初、内田さんの斬新なお椀に興味を示したのは、美術館のミュージアムショップなど数カ所だった。そこに委託販売の形でカラフルなお椀を置くと、普段は静かな「漆の里」にざわざわとさざ波が起きた。「これ、誰が作っているの?」という反応とともに問い合わせが増え、次第に売れ始めたのだ。1500年間、黒と赤だけで彩られてきた越前漆器の世界に風穴が開いた瞬間だった。

秘伝のモスグリーン

内田さんはその後、「aisomo cosomo(アイソモ コソモ)」「お椀やうちだ」というオリジナルブランドを立ち上げ、さらに自社工場の1階には洗練されたショップを開いた。長年、業務用の需要がほとんどだった越前漆器にあって、これもまた革新的な取り組みだった。

トーキョーバイク・漆琳堂(しつりんどう)・中川政七商店 鯖江博覧会×renew(リニュー)

こうした過去を持つ内田さんだから、「自転車に漆を塗る」というアイデアにも躊躇することなく賛同することができたのだろう。とはいえ、漆塗りの自転車が簡単にできたわけではなく、試行錯誤があった。

「漆を定着させるためにどうすればいいのか、悩みました。最終的に、フレームの表面を綺麗に磨いて水研ぎして表面を荒らしてから漆で中塗りして、その後にうちで調合しているモスグリーンに色付けした漆で上塗りをしました。この色は、うちの特徴的な色で真似しにくい配合になっているんです」

漆を塗る作業にも気が遠くなるほどに神経を使ったと振り返る。

トーキョーバイク・漆琳堂(しつりんどう)・中川政七商店 鯖江博覧会×renew(リニュー)
トーキョーバイク・漆琳堂(しつりんどう)・中川政七商店 鯖江博覧会×renew(リニュー)

「漆器を塗る時と同じく刷毛で塗りましたが、塗りムラを残さないようにすることに神経を使いましたね。器の場合は回転風呂という機械を使って回しながら塗るところ、自転車はそうもいかない。ホコリがつかないように自転車が入るぐらいの箱を作って、そのなかで漆を塗っては20〜30分おきに静かに、ゆっくりと箱の中で回転させるということを繰り返しました。お椀は数分で塗れるのに、自転車はふたりがかりで数時間かかりましたね」

この繊細な作業を経て完成したフレームを見たトーキョーバイクは、内田さん秘伝のモスグリーンに合う色や形のサドル、ハンドル、タイヤを特別に選び出し、独特の艶やかさを持つ自転車となった。そして、この仕上がりを気に入ったトーキョーバイクからの提案で、1台限りの予定だった漆塗りバイクは、「RENEW×大日本市鯖江博覧会」に向けてもう1台作られることになった。

トーキョーバイク・漆琳堂(しつりんどう)・中川政七商店 鯖江博覧会×renew(リニュー)

漆塗り自転車の経年変化を楽しむ

イベントの期間中2台の自転車はレンタサイクルとして活躍する予定で、そのうちの1台はイベントに関連する約80カ所をフルに巡った来場者のなかから抽選でプレゼントされるそうだ。
この自転車が欲しい人にとっては心弾むイベントだろうが、今回、自転車の漆塗りに挑んだ内田さんも負けず劣らず、少し先の未来を想像して胸を躍らせている。

「8月の展示会の時に、この自転車いくらですか?って聞いてくれた人がいたんです。それって買う気があるということですよね。もし、今回のコラボをきっかけに漆塗りの自転車を売るようになったら、塗り直しのメンテナンス付きにしたいんですよ。漆は塗った時、少し黒っぽいんだけど、日が経つにつれて経年変化で明るくなるんです。買ってくれた方と自転車の色が変わっていくのを楽しむって楽しいですよね」

さて、改めて漆塗りという言葉からどんなイメージがわくだろう。10月、世界で2台しかないモスグリーンの漆塗り自転車が鯖江を走る。

トーキョーバイク・漆琳堂(しつりんどう)・中川政七商店 鯖江博覧会×renew(リニュー)

<取材協力>
漆琳堂
福井県鯖江市西袋町701

0778-65-0630

文:川内イオ
写真:上田順子、林直美

デザインのゼロ地点 第8回:カッターナイフ

こんにちは。THEの米津雄介と申します。

THE(ザ)は、ものづくりの会社です。漆のお椀から電動自転車まで、あらゆる分野の商品をそのジャンルの専業メーカーと共同開発しています。

例えば、THE ジーンズといえば多くの人がLevi’s 501を連想するはずです。「THE〇〇=これぞ〇〇」といった、そのジャンルのど真ん中に位置する製品を探求しています。

ここでいう「ど真ん中」とは、様々なデザインの製品があるなかで、それらを選ぶときに基準となるべきものです。それがあることで他の製品も進化していくようなゼロ地点から、本来在るべきスタンダードはどこなのか?を考えています。

連載企画「デザインのゼロ地点」、8回目のお題は、「カッターナイフ」。

画期的な「研がずに折る」を生み出した、2つのヒント。

カッターナイフも前回の扇子と同じく日本で独自に生まれたプロダクトです。今でこそ日常に溶け込んでいますが、よくよく考えてみると「研がずに折る刃物」という発想は革新的です。

製造メーカーは幾つかありますが、発明したのは岡田良男氏。国内でカッターナイフのトップシェアを誇るオルファ株式会社の創業者です。 生まれた背景は業務用。元々は印刷工場や転写紙の製造現場で生まれたアイデアでした。

それらの現場では何枚にも重ねた紙を切る需要が多く、刃物の消耗が激しい。常に切れ味の良い状態を保つ刃物ができないものかと考えたとき、靴職人と進駐軍という2つの要素からヒントを得て開発がスタートしたそうです。

1つは靴職人が使っていたガラスの破片。当時の靴職人たちは靴底の修理にガラスの破片を使い、切れ味が悪くなるとガラスを割ってまた新しい破片を使っていました。

2つめは進駐軍が持っていた板チョコ。溝が入ってパキパキと折れる板チョコをヒントに、折ることで新しい刃が出てくるものができないか、と考えたそうです。

そして生まれた、世界初の折る刃式カッター。そのデザインに驚く。

この「折る刃」式は、後の「OLFA (オルファ) 」というブランド名に由来することになります。しかし、使用時には折れずに折りたいときに折れるという矛盾した機能を実現するための開発は難航しました。

刃に溝を入れるということは刃の強度を落とすことと直結します。自身でタガネを握り、手作業で刃に溝を入れる試作を繰り返し、ホルダーと呼ばれる刃の支えを作って刃を金属のケースで覆う形状が出来上がったのは1956年のことでした。

1956年 世界で最初の折る刃式カッターナイフ 「オルファ第1号」

第1号がすでに今のカッターとほとんど変わらない形状をしていることに驚きます。刃を支えると同時に刃を折るためのきっかけにもなるホルダーの先端形状、スライダーと呼ばれる親指で刃の出し入れをするための機構、板バネを使ったストッパーなど、試行錯誤の末に辿り着いたデザインや設計の足跡がはっきりとカタチに表れています。

紙を切るという目的を果たしながら使用時には折れにくくするために、刃渡りはギリギリまで短く、人の力で折れるようにするために板厚が薄い。

ただ、この「折れる刃物」は当時どこのメーカーも作りたがらなかったため、初めの3000本は近くの町工場に依頼して製作し、うまく動作しないものは一本一本手作業で修正しました。そしてその全てを自ら売り歩いたそうです。

1年かけて売り切った後、本格的に生産に取り組みます。協力会社が見つかり、1960年には「シャープナイフ」という名称で市販化します。

刃の幅も、折る角度も。すべてのカッターはOLFAに通ず。

1967年には「OLFA (オルファ) 」というブランド名が生まれ、道具箱の中で目立つ色にすることでユーザーが不意に怪我をしないように、と全ての製品を黄色で統一しました (今考えるとこれも凄いことですね)

創業者の岡田良男氏は徹底して品質にこだわり、刃物の要となる金属材質もその時代ごとの相場に左右されることなく品質を変えず、オルファは今でも国産を貫いています。300円前後で手に入る製品をすべて国産で賄い、海外にまで輸出していくのは本当にすごいことです。

カッターの刃は用途によってサイズが異なり、幅9ミリメートルまたは18ミリメートルあたりが一般的です。実はこれもオルファが作った規格で、なんと今では世界中のメーカーがオルファの刃のサイズに合わせてカッターを作る、というデファクトスタンダードとなっています。ちなみに折る刃の角度は59度で、これもオルファ規格です。

そして、現在の市販のカッターナイフもよく観察すると実に細かい配慮がなされているのがわかります。

例えば、紙を切るときにカッターの刃を押し付けても刃が動くことはありませんが、親指でスライダーを自然な動作でずらすと、使っている側は気付かずともロックが外れるように設計されています。ユーザーが意識しなくても動かしたいときだけ動かせる構造はYKKのファスナーなどにも似ていますね。

また、ホルダー内で刃と金属のホルダーが干渉しないように設計されていたり (それもスライダーと一体の1パーツで!) 、ホルダーは刃先が左右にぶれないように刃の厚みとほとんど誤差なく作られています。

カッターナイフ

刃物なので最も性能を左右するのは刃の作りだと思いますが、実はこのホルダーの精度で切れ味が大きく変わります。なので、僕の中ではホルダーがプラスチック製のものは論外です。

デザインのゼロ地点から見る、未来に続くカッターナイフとは?

そんなオルファの定番といえばAシリーズ。ほとんどの方が見たことがあると思いますが、黄色が目印のこの製品。

OLFA Aプラス

前述の精度や機能が詰まったロングセラーで、オルファの基本形とも言えるモデルですが、個人的には昔のA型の方が好きだったりします (昔はもう少し直線的なデザインでした) 。

オルファ以外ですとこちらも皆さんに馴染み深いかもしれません。

NTカッター A-300 (出典:http://www.ntcutter.co.jp/)

NTカッターのA-300。オルファと並んで数少ないカッター専門メーカーの製品です。

実はこのエヌティー株式会社は前述の岡田良男氏が発明した「シャープナイフ」の製造元。エヌティーはおそらく以前の社名である日本転写紙の頭文字ではないでしょうか。やはり当時カッター需要のあった転写紙の会社だったのですね。

一見なんてことない形に見えますが握ってみるとこれがすごく使いやすい。外観のデザインはこれが一番カッターらしく良くデザインされていると思います。

職場や家庭で日々活躍するカッターですが、前述の通り元々は業務用として生まれたものです。印刷の現場での需要は減ってしまいましたが、高度経済成長と共に一気に需要を伸ばしたのは、住宅を建てる時に壁紙職人が使うカッターでした。

今でもその需要は大きく、ホームセンターや工具店で扱っている業務用カッターの性能は目を見張るものがあります。

OLFA スピードハイパーAL型

先の2つは9ミリメートル刃でコンパクトでしたが、こちらは18ミリメートル刃の大型カッター。持ち運びや細かい作業には不向きかもしれませんが、使ってみるとびっくりするほど切れ味が違います。その理由の一つは刃に施されているフッ素加工。

よくフライパンなどで焦げ付きをなくすために塗布してあるコーティングです。ハサミなどの刃物に使われることも多く、テープを切った際のベタつきの軽減などに一役買うのですが、剥がれやすいのが欠点。

そもそもフッ素は摩擦係数が低く、前述の通りベタつきや焦げ付きをつきにくくしてくれます。しかし、摩擦係数が低いということは塗布したフライパンの表面やハサミの刃にも定着させるのが難しいということ。くっつきにくくするためにくっつけている、という少し矛盾した技術でもあります。

そのフッ素加工をカッターに応用するメリットは粘着物のベタつき軽減もあると思いますが、一番は段ボールなどある程度厚みのあるものを切る時に側面の抵抗が少なくなることでしょう。

これが馬鹿にならないほど効果的で、驚くほどスムーズに刃が進むのです。刃を折って使うカッターだからこそ、剥がれやすいデメリットも気になりません。切れ味、つまり基本機能にフォーカスすると、カッターとは本来こうあるべきではないか、とも思えてきます。

そして最後に、未来の定番品としてどうしてもお勧めしたいのは同じくオルファの「万能M厚型」。

OLFA 万能M厚型

先程の9ミリメートル刃とも18ミリメートル刃とも違う、12.5ミリメートル刃という新規格の製品です。

大きすぎず手頃なサイズ感にもかかわらず強度もあって、「今までなんでなかったのだろう?」と思ってしまうような本当にちょうどいいサイズなのです (刃の厚みも0.38ミリメートルから0.45ミリメートルと分厚くなっています)。

商品開発において、何かと何かの中間を取る、というのは良い結果を生まないケースが多いのですが、万能M厚型は中間を取るよりも小型の製品をブラッシュアップさせたイメージ。

つまり今までのスタンダードを引き上げようという意図で生まれたのではないかと勝手に想像しています。

安く高品質な製品を日本で作り続けるということはおそらく工場の自動化に優れているということ。逆に言えば新しい規格が作りにくく、量もたくさん作らなければ割りに合わない。

世界のデファクトスタンダードにまでなった規格サイズを持ちながら、それをもう一度考え直し、本当にちょうどいいサイズを求めて新規格を生み出すオルファの姿勢は、メーカーとして素直にかっこいいなぁと思います。

デザインのゼロ地点「カッターナイフ」編、いかがでしたでしょうか?

次回もまた身近な製品を題材にゼロ地点を探ってみたいと思います。それではまた来月、よろしくお願い致します。

<写真提供>
オルファ株式会社

米津雄介
プロダクトマネージャー / 経営者
THE株式会社 代表取締役
http://the-web.co.jp
大学卒業後、プラス株式会社にて文房具の商品開発とマーケティングに従事。
2012年にプロダクトマネージャーとしてTHEに参画し、全国のメーカーを回りながら、商品開発・流通施策・生産管理・品質管理などプロダクトマネジメント全般と事業計画を担当。
2015年3月に代表取締役社長に就任。共著に「デザインの誤解」(祥伝社)。


文:米津雄介