マンションで「季節を楽しむ」ための工芸品たち

日本には春・夏・秋・冬の「四季」があり、それぞれの季節に風情を感じられるのが大きな魅力です。

今日はそんな季節の移り変わりをより一層楽しめる工芸品をまとめました。アパートやマンション住まいでも取り入れやすいものを中心にご紹介します。

————————————————

【春】

節分の豆まきに欠かせない「枡」は、邪気を払う縁起物だった

 

ハレの日を祝うもの 大垣市「大橋量器」の木枡

節分の豆まきでお馴染み、縁起の良い枡(ます)のお話をご紹介します。

→記事を見る

産地:岐阜

母の日の贈りもの、一生ものの日傘

 

今や1年を通して活躍する日傘。一つひとつ丁寧に作られ、「一生ものの日傘」と呼ばれるものを東京で見つけました。

→記事を見る

産地:東京

【夏】

ほのかに香る小さな渦、和歌山の老舗企業がつくる蚊とり香

 

花火や夏祭り、キャンプなどの虫除け対策にこんな蚊とり線香はいかがですか?なんと直径5.5センチ!の小ささで、持ち運びも便利。さらに4種類のやさしい香りが楽しめます。

→記事を見る

産地:和歌山

体感温度を2度下げるポータブル冷房。その名も、うちわ。

 

生産量9割を占める丸亀で、改めてうちわのことを知る

暑い日にうちわを使うと、人の体感温度は2度も下がるそうです。日本に400年以上も続く暮らしの知恵・うちわのお話を。47工程もある手作業を、職人さんに見せてもらってきました。

→記事を見る

産地:丸亀・琴平

水の中を泳ぐ金魚

江戸切子の進化系がここに。美しき日本のグラスには、金魚が泳いでいた

 

但野硝子加工所 但野英芳さん

優雅に泳ぐ金魚が描かれたオールドグラス。作っているのは但野硝子加工所2代目、伝統工芸士の但野英芳さんです。

→記事を見る

産地:江東

【秋】

使ってみました。飛騨が生んだ調理道具、有道杓子 (奥井木工舎)

 

飛騨高山で「うとうしゃくし」という調理用具を見つけました。なんでも、軽くて丈夫でお鍋や具材を傷つけにくいとか。その秘密を探るべく、工房にお邪魔してきました。

→記事を見る

産地:飛騨高山

かもしか道具店の陶のフライパン

器の耐熱温度はなぜ違う?レンジ、オーブン、直火OKの差をプロに聞く

 

三重県の萬古焼メーカー〈かもしか道具店〉さんに学ぶ、陶磁器の基礎

陶磁器でも、オーブンにかけられるものもあれば、ダメなものもあります。その違いは何なのでしょう。素材?分厚さ?製法?三重県菰野町の「かもしか道具店」で教わりました。.

→記事を見る

産地:菰野町

【冬】

冬の、できたて線香花火

「冬の、できたて線香花火」が、澄んだ暗闇をやわらかく彩る

 

筒井時正玩具花火製造所「冬の、できたて線香花火」

冬に花火?そう、冬だからこそ感じられる趣があるのです。

→記事を見る

産地:筑後

佐世保独楽

なぜ「お正月には凧あげて独楽をまわして」遊ぶのか?

 

独楽を何度か投げているうちに体がポカポカに。体を動かして温まることから、独楽まわしは冬の遊びなんだそうです。

→記事を見る

産地:佐世保

————————————————

気になった記事はありましたか?読み返してみると、また新しい発見があるかもしれません。

それでは、次回もお楽しみに。

美味しいコーヒーと燕三条の道具を楽しめる「ツバメコーヒー」

私は、一日の間に何度も飲んでいるほどコーヒーが好きです。なのでスペシャルティ・コーヒー・ブームも大歓迎のできごと。あちこちに気になるコーヒーのお店もあります。

新潟県燕市「ツバメコーヒー」

新潟、燕市に金物工場の取材にうかがった時にも素敵なコーヒー店との出会いがありました。その名もツバメコーヒー。

コーヒーも美味しく、店内の空間も心地よく、喫茶室のとなりには燕三条産の製品を中心とした生活道具のショップもあるという充実したお店です。

今回は、その店主の田中辰幸さんがコーヒー店開店を思い立ち、まったくの素人からコーヒー焙煎を始め、開店し、店を拡張し、現在に至るまでの試行錯誤の物語をお届けします。

どうしたら美容院にお客さんが来てくれるか?から生まれたコーヒー店

_d_a8859

燕の街に2012年11月に開店した「ツバメコーヒー」。ちょうど今の“ザ・サード・ウェーブ”という、本格的自家焙煎コーヒーのブーム前夜に誕生した最先端のコーヒー店です。

お母さまが創業した美容院の経営を受け継いだ田中さんが、もっといろいろな人にこの場所に来てもらうにはどうしたらいいだろうと考えて、始めてみた業態でした。

「それまでも美容院のお客様に飲み物をお出ししていたので、そのためのコーヒー豆を取り寄せていたんです。

コーヒー通の人たちの間でも評判の高い徳島のアアルトコーヒーという自家焙煎の珈琲店にコーヒー豆をオーダーしていたんですが、その注文のやり取りの時に何気なく『焙煎ってむずかしいんでしょうか?』という質問を店主の庄野さんにしたら、『誰にでもできるよ』という答えが返ってきて(笑)。

美容室はお客様の滞在時間が長いので、少数のお客様と親密なコミュニケーションが取れる場所です。だけど逆にそこに行かない人にとっては近寄りがたい場所になってしまう。

ぼくはこの場にもっといろいろな方に来てもらうためにはどうしたらいいかとということをその当時考えていて、じゃあコーヒー屋をやろうかな、っていうことに自分の中でなったんです」

店主の田中辰幸さん。
店主の田中辰幸さん。

田中さんは大学時代、京都でスターバックスコーヒーの店舗でアルバイトした経験もありました。そこで初めてコーヒーという飲み物をおいしいと思い、自分でハンドドリップして淹れるようにもなったそうです。しかし自分で生豆を買ってきて焙煎までするというのはまた別の次元の話です。

_d_b3135

「アアルトコーヒーさんは、とりあえず『誰でもできるよ』と言ってるけど、やはり自分でやるとなったら、焙煎というものがよくわかっていないことを再認識したわけです。それで2012年の1月に、一度徳島に行って実際に焙煎をするところを見せてもらった。だけど、見たところで結局何もわからないんですよ(笑)。

ぼくはもともと、考えて考えて考え続けるみたいな人間だったんです。だけど何か新しいことを始めるにあたって、考えていても実行することには何もつながっていかない。そこで思いきってまず焙煎機を買うことにした。

焙煎の機械って、まあまあの国産車くらいの値段はする。買ってしまうとこれを使わないわけにはいかないというところに自分を追い込んだわけです。アアルトコーヒーさんが脱サラして店を始めたのが36歳の時で、ちょうどその時ぼくも36歳だった。そんな偶然もありましたし」

燕の街に、自分が行きたい場所をつくる

ツバメコーヒーのある場所は国道116号線から少し入ったところ。鉄道の駅からは遠く、店の前には水田が広がっています。

「よく考えると、燕のこういう場所でコーヒー屋を素人がやってできるわけがないんですよ。ぼくがコーヒーが好きで、やりたいと思ったからやるだけで。だから、この街に『自分が行きたい場所を作る』というのが最初のきっかけでした。今考えると、あらゆることが大胆でしたね」

_d_a9963

そんな試行錯誤と決断を経て、ツバメコーヒーは2012年11月に開店します。当初は現在のような喫茶室の空間はなく、店舗の一番外側に面したカウンターだけでの営業でした。

「ガラス貼りで外に面しているから冬はすごく寒くて、夏はすごく暑くて。よくあれで自分は生きてたと思いますよ(笑)。

まあぼくは暑くても寒くてもいいんですが、コーヒーを淹れる間にはどうしてもお客様をお待たせすることになる。それが寒かったり暑かったりというのでは本当に申し訳ない。これはなんとかしないと思っていろいろ考えて…」

そうしてできたのが、現在のお店の形。喫茶室と生活道具を販売するスペースを増設したのです。

「それまでの美容室の待合室だった部屋と、席を8席から2席削ったスペースで、コーヒーを座って飲んでいただける空間を作った。そして今までのカウンターの背後の壁面を取って、そことつなげました。

そうするまでは、その壁を抜いたらこの建物は崩壊するんじゃないかと思い込んでいたんですが(笑)、改築を頼んだ人に相談したら可能だと。そこで壁を壊して空間が貫通した時には『これで新たな世界が開けた!』という実感がありましたね」

本棚の間から併設の美容院がのぞく
本棚の間から併設の美容院がのぞく

燕三条の生活道具をあつかうショップ

新しい店舗には、壁一面に本棚のある居心地のいい喫茶室ができたほか、エントランスを入ったところに生活道具のショップも設けられました。

並んでいるのは、食器、台所道具、ガーデニング用品、アウトドア用品、靴下などのファッション小物、書籍のほか、ツバメコーヒーのツバメのマークをデザインした缶、ブックカバー、手ぬぐい、ノートなどのオリジナルの商品もあります。

コーヒーを待つ間に買い物が楽しめる併設のショップ。地元燕の製品も充実。
コーヒーを待つ間に買い物が楽しめる併設のショップ。地元燕の製品も充実。
オリジナルの手ぬぐい○円(税込)。
オリジナルの手ぬぐい1200円(税込)。

「コーヒー店にショップを併設することで、お客様にコーヒーを淹れる待ち時間に買い物も楽しんでいただける。もともと、この場所までコーヒーだけのために遠方から来ていただくというのもむずかしい。そこに生活道具のショップもあれば、コーヒー+買い物という1カ所で2つの楽しみを提供できるとも思ったんです。

ショップの品揃えは地元産のものということを基本に選んでいますが、ただ地元のものだから無条件にいいというわけではなく、長年使い込んでエイジングしてよさが増してくるもの、そしてぼくが使ってみてよいと思うものというのを選択の基準にしています」

燕の鎚起銅器のトレイ。お会計のトレイも鎚起銅器製でした。
鎚起銅器のトレイ。お会計のトレイも鎚起銅器製でした。

コーヒー、お買い物とも楽しめるこの場所には、ほかにもお客さんたちが目指してくるものがあります。それが看板犬の黒スケ。水田が広がる風景が見える店内で、柴犬の黒スケとふれあうことができるのもこの店の魅力です。

_d_a1229

「黒スケは今7歳で、コーヒー店を始める前からいたんですよ。家族連れでいらしたお客様だと子どもさんたちはよく黒スケと戯れてますね。ぼくが店にいなくても全然文句はいわれないんですけど、黒スケがいないと『え、いないんですか! 楽しみにして会いに来たのに』と残念そうに言われますよ(笑)」

_d_a0015

燕で、カフェにしかできないことを

ツバメコーヒーは2016年11月で開店4周年になりました。今や燕にこの店ありという存在で、遠くからも目指してくる人の多い場所となっています。しかし田中さんは未だ自らの店に厳しいところを見せているのです。

_d_a9947

「ぼくはまだまだ自分の職人としての腕を信頼できないんですよ。だから、おいしいものがあればそれらを集めてきて味わっていただくという方法でメニューを考えています。

たとえば店で使っている牛乳もガンジーミルクというイギリス原産の乳牛から採れたブレミアムミルクで、その牛乳から作ったソフトクリームやコーヒーフロートもあります。瀬戸内からの無農薬のレモンと砂糖を仕入れて組み合わせ、時間が勝手に作ってくれるレモネードだとか。スキルがない人間でもお客様に納得していただけるものを出す方法を常に考えているんです」

そんな田中さんが今考えているこの店の次のステージは?

「店を開店した直後である2014年頃からザ・サードウェーブという空前のコーヒーブームがやってきた。ぼく自身、サードウェーブに共感してこの店を始めたんですが、最近はコーヒーについてとやかく言う気がなくなってきて、今はシンプルに美味しいコーヒーを出す、純喫茶のような路線に行きたいんですよ。

エスプレッソマシンとかではなく、水出しコーヒーで、コーヒーゼリーとかもあるような。今の店のスタイルは西海岸のサードウェーブのカフェみたいになっているんですが、日本のふつうの純喫茶みたいなのもいいかなと」

_d_a8910

「燕みたいな田舎の街でおもしろい店が成立するには、カフェにしかできないような機能を発揮していくことに意味があると思うんです。いろいろな人とつながることができたり、この場所をメディアとして機能させるようなことができたらいいですね。

そして、この店が燕市という土地にあることをおぼえていただいて、店がもっとお客様たちのものになっていってほしい、そんな願いは開店した当初よりも強くなっています」

_d_a8883

ツバメコーヒー
新潟県燕市吉田2760-1

0256-77-8781
http://tsubamecoffee.com


文:鈴木伸子
写真:神宮巨樹

※こちらは、2016年12月21日の記事を再編集して公開しました。

寒い夜も快適に眠る。寝巻きにプラスする定番アイテムを紹介

こんにちは。細萱久美です。

2月は旧暦で如月。若干読みにくい漢字ですが、「きさらぎ」と読みます。響きの美しい言葉ですね。

語源には「衣更着(衣を更に着る)」「生更木(草木が生えはじめる)」ほか諸説ありますが、旧暦の2月は現在の3月半ばにあたるので、「寒さがぶり返して、一旦脱いだ衣を更に着る月」という意味がしっくりきます。

新暦の2月は全国的に1月に次いで寒く、地域にもよりますが降雪日や雪の量は2月が最も多いそう。体感的にも雪が多いように感じます。

芯まで冷える日も少なくない2月は、寒がりの私は防寒対策が欠かせません。家で過ごす際や睡眠時も、なるべく快適でいられる工夫をしています。

寒い時期は、寝る前に生姜紅茶を飲むのも体内から温まるので習慣にしていますが、寝間着にプラスして定番となっているのが今回ご紹介する「あしごろも」です。

あしごろもは、靴下の生産量日本一の産地、奈良県広陵町にある岡本株式会社が展開するブランドです。岡本は靴下専業メーカーとしては国内最大手で、扱うブランド数も多く、量販店やスポーツアパレル系に強い企業です。

量産に強いイメージの中で、ある意味逆を行く、オーガニックでアナログなブランドのあしごろもも展開しているのは興味深いところです。

あしごろもは靴下を中心に、腹巻き、腹巻きパンツ、レッグウォーマーなどインナー寄りのアイテムが充実しており、一番の特徴は百年無農薬の自然栽培綿を手紡ぎした糸で編まれている点です。

熟練の職人でも1日に200グラム、靴下にして3足分しか紡げないそうで、中川政七商店の手績み手織り麻にも相通じるものがあります。

甘撚りに手紡ぎすることによって、ふっくらと空気を含んだ糸になりますが、どうしても不均一の太さになり、編み機に通すのも一苦労。そこで岡本の靴下製造60年以上のノウハウが活かされ、編み機をゆっくり回すことで、柔らかく編み上げることが出来るとのこと。

時間も掛かれば大量には作れない、でもこの肌触りの良さは類を見ないあしごろもブランドを大切に育てていることに、商売のバランスを感じたり、アナログ好きな私は単純に好感を抱いています。

睡眠時の寒さ対策に欠かせないアイテム

ラインナップの中でも、睡眠時の寒さ対策に欠かせないのが、「おやすみソックス」と「あったか腹巻」。

ソックスは名前にも付いているように、おやすみの際におすすめです。厚手なので温かく、履き口は緩めで締め付け感は一切ありません。ルームソックスとしても優秀ですが、断然おやすみ時にお試しいただきたいです。

寝ている時は無意識なので、窮屈感や蒸れなどの不快感があると、いつの間にか脱いでしまいますが、おやすみソックスだと朝まで脱ぐことなく、眠りをサポートしてくれます。

そして、あったか腹巻は手編みでは?と思うほどのボリューム感と、良い意味での不均一感が特徴。若干の伸縮糸が入っているのと、ゆったり編んでいるので、びっくりする程伸びが良く、しかも締め付けはありません。

手紡ぎの糸は空気を含むことで温かく、通気性も保たれるので、素肌に付けても蒸れずに馴染みます。乾燥や蒸れ、締め付けなどの刺激がすぐにかゆみになる体質なので、それらに悩むことなく安眠を助けてくれるのはありがたいです。

褒め過ぎのようですが、強いて言えば、かなりナチュラルなデザインなので私の外着にはちょっと向かないのと、甘撚りのためか少し毛玉になりやすいのですが、家で履く分には問題ありません。

一つの機能に発揮していれば十分と言えます。また、このあしごろもには、種類によって補修糸も付いているので穴があいても補修して長いこと使えます。いまだ穴があいたことが無いのですが、あいても確かに捨てられない、自然のぬくもりを感じさせる如月の暮らしの道具です。

<掲載商品>
岡本株式会社
あしごろも

細萱久美 ほそがやくみ
東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。

文・写真:細萱久美

※こちらは、2017年1月10日の記事を再編集して公開しました。寒い日が続きます。備えを万全にお過ごしください

津軽三味線ってどうしたら音が出るの? 実際に教室で習ってみた

冬ですねえ。厳しい寒さが続きますが、皆さまはいかがお過ごしでしょうか。

冬といったら雪国。雪国といったら津軽。津軽といったら津軽三味線。

津軽三味線の音色ってかっこいいですよね。どういう構造になっていて、どうやったらああいう音色を鳴らすことができるのでしょうか。気になったので、まずは体験からと、実際に習ってみました。

教えていただいたのは澤田勝紀さん。

津軽三味線の澤田勝紀
優しい表情で生徒さんを見守る澤田勝紀さん

津軽三味線の演奏家として高い評価を受け、現在は全国組織となった澤田流の家元・澤田勝秋氏に師事を受け、腕を磨きました。演歌歌手である細川たかしさん専属奏者を10年務め、紅白歌合戦にも出演しました。民謡や和太鼓、洋楽器などとも共演し、各地でのライブ活動など、幅広く活動しています。

また、澤田さんは都内近郊5か所で津軽三味線教室を開講。入会金は1万円、1か月9千円の受講費で月3回ほど、各教室で1対1の対面指導を行っています。見学と体験教室はなんと無料‥‥ということで、早速参加させていただきました。

澤田勝紀津軽三味線教室
1対1で親身になって教えていただけます

ところで、三味線ってどうやって音を出すの?

津軽三味線の音色って身体の芯まで響いてくるんですよ。ダイナミックな重低音から高音の速弾きなど幅広い音域で、私たちの感情を揺さぶってきます。なぜ、こんな音が出るんでしょうね。

長唄用の三味線や「沖縄三味線」と呼ばれる三線など、三味線はいくつかの種類に分かれますが、いずれも弦は3本。バチで弾き、弦の振動が太鼓のような構造にもなっている胴に共鳴して、迫力のある音が生まれるのです。胴皮の素材によって、音も変わってきます。

津軽三味線に限らず、多くの三味線では、胴部分には動物の革を用い、イチョウ型のバチで弦を弾きます。三線は蛇皮を胴に張り、人差し指に義甲をはめて弦を弾きます。

忍び駒 澤田勝紀津軽三味線教室
弦の振動が胴に伝わって音が生まれます。白いものは忍び駒と呼ばれ、音を抑えるための道具。大きな音を出さずに練習するときに使います。
胴を叩く 澤田勝紀津軽三味線教室
バチで胴を叩きます

バチで弦を押さえると、胴に当たった振動によって音が生まれます。この音が重低音になるわけなんですね。

弾く音は繊細な高音。叩く音は強さを感じる低音。叩いた直後に弦をすくうこともあります。弾いて、叩いて、すくう。さまざまな技法を組み合わせることで、津軽三味線の魅力が浮かび上がってくるのです。

持ち運びも簡単! 津軽三味線は分解できる

生徒さんと先生との1対1の講習の見学が終わりました。生徒さんは自前の三味線を片付け始めます。

そういえば、三味線ってどうやって持って帰るんだろう。

津軽三味線の分解
分解された津軽三味線

三味線って実は分解ができるのです。竿に2か所ほど継ぎ目があり、トントンと軽く振動を与えるとスポッと分割することができます。

津軽三味線のホゾ 澤田勝紀津軽三味線教室
竿の部分はホゾになっています

接合部分はホゾとなっています。そのため、縦の力にも横の力にも耐えうる構造となっているのです。部品一つ一つに職人さんの技が光っていますね。

バチの握り方にも理由がある

さて、今度は私が習う番です。まずはバチの持ち方から。津軽三味線の場合はべっ甲バチが主流です。硬めのバチは厚みのある音、弾力性のあるものは柔らかい音が出ます。多種多様なバチがありますので、自分に合うものを選びます。

さあ、バチを握りましょう。右手の小指を真っすぐに立てて、小指と薬指の間にバチを挟みます。人差し指、中指、薬指で輪っかを作るようにしながら、親指の半分だけを使ってバチを押さえます。

津軽三味線のバチ 澤田勝紀津軽三味線教室
バチは親指で弾きます

気を付けなければならないのは、小指を立たせること。弦と皮をつなぐ、「駒」という部分があるのですが、この部分をわざと押さえて、ボリュームや音色をコントロールすることもできるからです。こんなところにも津軽三味線の幅広い表現を可能にするテクニックがあるんですね。

駒を押さえるのは、もちろん小指。演奏中、バチを持つ右手は親指と小指を使います。左手はギターやベースと同じように、弦を押さえて音程を変えていきます。

さあ、音を出してみよう‥‥思ったように手が動かない!

姿勢を正して、三味線の胴の角を太腿の上に置きます。これでやっと、演奏する体勢が整いました。バチを持つ右手前腕部を三味線の胴に掛けて、手首を90度に曲げます。

バチは90度に。澤田勝紀津軽三味線教室
手首を90度に曲げてバチを振り下ろします

バチは弦に対して平行に。あとは真っすぐ振り下ろして弦を叩きます。一番上の弦を弾きながら真ん中と下の弦を叩く。真ん中の弦を弾きながら下の弦を叩く。下の弦だけを叩く。これだけでも3種類の音を引き出すことができます。

文字ではいくらでも説明できますが、これがなかなかうまくいかないのです。自分の身体ってうまく動かないものなんですね。思ったように、バチを操作できない。狙った通りにうまく弦を叩くことができません。

津軽三味線をうまく弾けない。澤田勝紀津軽三味線教室
思うようにいかず、苦虫を噛み潰したような表情をしている筆者

澤田さんはバチを見ることなく、貫禄ある見事な演奏を披露。メロディからは雪国の人々のしなやかさや力強さのようなものを感じることができました。その美しい音色が空間を支配すると、教室内は荘厳の銀世界になったよう。ただただ聞きほれてしまいます。

澤田勝紀演奏
軽快かつ迫力ある演奏を魅せる澤田さん

本日の授業はここまで。曲を演奏するところまでは進めませんでしたが、充実した時間を過ごすことができました。終わった後も右手の親指が3時間くらい痺れてました。いてててて。

自在に弾くまではかなりの年月が必要であることがわかりました。でも、演奏できたらカッコいいだろうなあ。津軽三味線、奥深い‥‥。

<取材協力>
澤田勝紀津軽三味線教室

文 : 梶原誠司
写真 : 長谷川賢人

合わせて読みたい

音を奏でる工芸の楽しみ

日常の道具だけでなく、工芸と「音」の関係性は、古くからあるものです。奥深き、その世界。

江戸指物が生んだ「楽器オルゴール」

オルゴール

オルゴールのなかでも、さらに音質にこだわって作られた「楽器オルゴール」をご存知ですか?

→記事を見る

雅楽は誰が演奏するもの?千年続く音の秘密を宮内庁で聞いた

宮内庁式部職楽部が奏でる「雅楽」の世界。貴重なインタビューも併せて。

→記事を見る

一体どう使うの?ピアノ調律師 100の仕事道具

ピアノ調律師

ピアノの“音”を創る職人がいる。映画『羊と鋼の森』で注目を集めたピアノ調律師だ。

→記事を見る

京都伝統工芸大学校でインタビュー。ものづくりの学校にはどんな若者が学んでいる?

「力仕事ばっかりかなと思ってたんですけど、繊細なことが多くて。大雑把ではいけないという基本的なことを学びました」

こう語るのは木工専攻2年の学生さん。

ここは、京都府南丹市にある「京都伝統工芸大学校」。伝統工芸技術の後継者育成を目的とした学校として24年前に設立されました。

京都伝統工芸大学校での授業の様子

専攻は陶芸、木彫刻、仏像彫刻、木工芸、漆工芸、蒔絵、金属工芸、竹工芸、石彫刻、和紙工芸、京手描友禅の全11種。

各専攻の専用実習室には一人にひとつの机が与えられ、伝統工芸士をはじめとした一流の工芸士から直接、技術を学ぶことができる、ものづくりをしたい人にとっては理想郷のような環境と、先生方は自身もうらやましそうに語ります。

京都伝統工芸大学校の授業の様子

前回は学校について紹介しましたが、今回は、どんな人たちがどんな思いで、ものづくりを学びにきているのかレポートします。

前編はこちら:「学校から職人デビュー。京都で出会った今どきのものづくり事情」

伝統工芸技術を学べる学校は、世界的にも珍しい?

「高校を卒業して入ってくる学生が多いですね。それも優秀な進学校を卒業して、国立でも、どこでも入れるような成績の子が、わざわざ入学してきます」

と話すのは、教務部長・陶芸専攻工藤良健先生。

京都伝統工芸大学校 教務部長・陶芸専攻 工藤良健先生

志望動機は?

「日本の伝統文化に興味を持ってという学生が多いですね。教科書に、後継者不足ということも書かれているようで、後継者になりたいという思いもあるようです」

京都伝統工芸大学校の授業の様子

以前は2年制だったこともあり、大学を卒業した人や社会人、定年退職した人、転職を考えている人が多かったそうですが、3、4年制が中心になってから若い学生が増えたと言います。

「最近は、6割が女の子。以前は逆でしたが、今は専攻によっては、女の子だけのところもあります。一般的な社会もそうですが、伝統工芸の世界も男性が多かったのが最近は女性もどんどん活躍していますね」

京都伝統工芸大学校の授業の様子

留学生も増えているそうです。

「留学生がくるとは、夢にも思っていなくて。面接で聞くと、世界中で伝統工芸を勉強する場所を探していたらここにたどり着いたと」

日本だけでなく、世界でも珍しい学校。

「美術や芸術を学ぶ学校はいっぱいありますが、伝統工芸、手作りを勉強する学校は中々ないと。今は中国、台湾、韓国とアジア系が多いですけど、過去には、フランス、ベルギー、ドイツ、イギリスからも来ています」

京都伝統工芸大学校の授業の様子

みなさん、専攻は?

「陶芸が一番多いですね。今、1年生34名中、14名が留学生です」

大人気ですね。

「中国には景徳鎮 (けいとくちん) とか素晴らしい焼き物がありますが、教えるところがない。伝統工芸を理論だって学べる学校として選ばれているようです」

自分で納得できるものを100個作る

どんなふうに学んでいるのか、実習が行われているクラスを見学させていただきました。

こちらは陶芸専攻1年のクラス。最初の課題である煎茶碗を作っています。

京都伝統工芸大学校で課題を制作している学生

学校では、「技術は反復練習によって身につく」とし、講義のうち約80%が実習。陶芸では一つの課題に対して作品を100個提出するそうです。

京都伝統工芸大学校で課題を制作している生徒

「ものづくりがやりたくて入った」という学生さんたちに、陶芸を選んだ理由を聞きました。

京都伝統工芸大学校で課題を制作している生徒

「高校の時に木工やガラス工芸をやっていたので、それ以外のことがやりたいと思って陶芸に」

工房に弟子入りすることは考えなかったんでしょうか?

「弟子入りは難しいイメージがあったので、大学で4年間しっかり職人の方に教えてもらってから弟子入りしたほうが確実かなと思ったので」

課題を100個提出すると聞きましたが、今、何個目ですか?

「120か、130個目です」

あ、100個作って100個提出するんじゃなくて、自分で納得できるものを100個!

「はい」

京都伝統工芸大学校で課題を制作している生徒

すごい!ありがとうございます。がんばってください。

技術が身につき、ものの見え方も変わる

続いてお邪魔したのは木工専攻のクラス。

京都伝統工芸大学校で課題を制作している生徒

椅子の座面を作る作業をしていた学生さんに話を聞きました。

京都伝統工芸大学校で課題を制作している生徒

「もともと装飾が好きで、装飾をするには土台が必要なので土台を作れるようになりたくて木工を選びました」

弟子入りするのではなく、この学校を選んだのは?

「それまで、ものづくりは何もしていなくて、ここは基礎から教えてもらえるので、ここで学ぼうと思いました」

京都伝統工芸大学校で課題を制作している学生

2年間やってみてどうですか?

「木は好きでしたが、初めて知ることがたくさんあります。木の種類によって性質が違うとか。どんどん形ができあがっていくときは気持ちがいいです」

京都伝統工芸大学校で課題を制作している学生

イメージと違って、大変なところはありますか?

「力仕事ばっかりかなと思っていたんですけど、繊細なことが多くて。大雑把ではいけないなと。基本的なことですが」

ありがとうございます。がんばってください。

修了制作の本棚を作っている木工専攻の3年生にも話を聞きました。大阪の自宅からスクールバスで2時間かけて通っているそうです。

京都伝統工芸大学校で作品制作中の学生

3年間で自分の技術の変化を感じますか?

「ぜんぜん違います。改めて木工が好きだなって思ってます。技術もだいぶ変わりました」

「高校でも木工をやっていましたが、かじる程度だったので、ここに来て、見え方も変わりました。組み方とか細かいところまで分かるようになったので」

使用する道具
卒業する頃には様々な道具の使い方もしっかりマスター

大阪には木工や家具をけっこう扱っているところも多いので、卒業後も楽しみですね。

「まだ進路は考えていないんですけど、木工のおもちゃとか、小物を作っているところ。手作りできるところがいいなと思っています」

ぜひがんばってください。ありがとうございました。

ノウハウは学べても、技術は自分で身につけるしかない

最後に案内していただいたのは京手描友禅専攻のクラス。

京都伝統工芸大学校で作品制作中の学生
京都伝統工芸大学校で課題を制作する学生

「ずっと憧れていたんですが、衰退産業なので女の子には、と反対されている」と話すのは、家が着物関係の仕事をしているという学生さん。

社会人を経験したものの、やっぱりやりたい、と入学を決めたそうです。

京都伝統工芸大学校で制作中の作品

「工房に入ることも考えましたが、雇って一から教える余裕がないと言われて、それだったら自分で力をつけてから入ろうと」

即戦力になる。作り手さん思いですね。

クラスでは先生も一緒に作業をしていました。

京都伝統工芸大学校で一緒に作業をおこなう先生

「これは商品なんです」と話すのは京手描友禅講師の駒井達夫さん。

ご自分の商品を作るところを見せるのも講義の一環だそうです。

ご自分で作るのと、教えるのは違いますか?

「難しいですね。工程やノウハウは教えられるけれども、技術ばかりは自分で努力してもらうしかない」

繰り返し、繰り返し。

京都伝統工芸大学校で制作中の作品

「そうですね。繰り返して技術を身に付けていく。こういう仕事は、一人前になるには随分かかりますからね」

それを3、4年という短期間で。

「だから、完璧にやるということは難しいですけど、卒業する時には、一応は自分でものを作れるようになれるかなと思います」

京都伝統工芸大学校で制作中の作品

職人だけが卒業後の道ではない

どの教室でも、みなさん黙々と手を動かしているのが印象的でした。

卒業後はどこに進まれるのでしょうか?

「伝統工芸技術の後継者を育てるという大前提があるので、以前は職人だけ。伝統工芸、職人、と限られたところに送り込もうとしていましたが、今は多様化しています」と言う工藤さん。

志望動機や将来の目標も多様化しているそうです。

京都伝統工芸大学校で制作中の作品

「金属大好き、木工大好き、陶芸大好きという子が多いですね。工程はわからないけれど着物の柄や模様が好き、とか。とにかくそのモノが大好き、というのが一番多い理由ですね」

学校でも多様性に応えるため、カリキュラムを多様化させていくことを考えているそうです。

「作家になったり、カルチャーセンターの先生になったり。基本は職人を育てる、後継者を育てる、ですけど、こんな技術やこんな生き方もあるよ、というのを指導していかなければと思っています」

京都伝統工芸大学校で制作中の学生

お昼休みも実習室でお弁当を食べるぐらい、ものづくりが好き

「私たち、ここを温室に例えるんです。すごく恵まれた環境の温室は、すくすく伸びるけれども、外からのプレッシャーに弱い面があります」

「昔は何も分からず弟子入りして理不尽に怒られて、そんな過酷な環境で育つ中で我慢強さや底力がついてきました。良くも悪くも、ここの環境にはそれがありません。親方にやめろと言われてすぐに『辞めようと思います』と連絡してきた子もいました」

技術はある。あとはどう社会の中で折り合いをつけながら力を生かしていくかだと工藤さんは語ります。

「職人になると黙々と仕事をして、自分以外が見えなくなってしまいがちですが、皆と和気あいあいやることも必要です。技術力と人間力を兼ね備えて社会に出ていってもらえたら嬉しいですね」

京都伝統工芸大学校で制作中の学生
京都伝統工芸大学校で制作中の学生

伝統工芸技術の後継者育成を目的として開校した「京都伝統工芸大学校」。

1時間のお昼休みも実習室でお弁当を食べる学生さんが多いと聞き、みんな、本当にものづくりが好きなんだと実感しました。

これからの時代は、そんな熱い想いが未来の職人を育てるのかもしれません。

その想いを忘れずに、力強く羽ばたいていってほしいと思います。

<取材協力>
京都伝統工芸大学校
京都府南丹市園部町二本松1-1
0771-63-1751(代)

文 : 坂田未希子
写真 : 木村正史

合わせて読みたい

職人を仕事にするには

ものづくりが好き。でもどうやったら仕事にできるだろう?様々な人の学ぶ、働く姿から、そのヒントが見つかるかもしれません。

学校から職人デビュー。京都で出会った今どきのものづくり事情

京都伝統工芸大学校

→記事を見る

東京で唯一「工芸」が付く高校の授業とは?技術と共に育まれるクラフトマンシップ

工芸高校

→記事を見る

めざせ職人!金沢には未経験から伝統工芸の職人を目指せる塾があった

金沢

→記事を見る

学校から職人デビュー。京都で出会った今どきのものづくり事情

職人になるには、弟子入りして生活を共にしながら長い修行期間を経て‥‥以外にも、最近は道があるようです。

学生から伝統工芸の職人を目指せる「京都伝統工芸大学校」。

京都伝統工芸大学校でろくろをまわす学生
京都伝統工芸大学校で作品制作中の学生

キャンパスがあるのは、数多くのものづくりが今も息づく街、京都。

なんでもこの学校では、職人さんがこれまで10年かけて身に付けてきた技術を、より短期間で習得できるようカリキュラムを開発してきたのだとか。

これまで「東京都立工芸高等学校」「金沢職人大学校」を紹介してきたさんち編集部としては、紹介しないわけにはいきません。

一体どんな学校で、どんな人たちが学んでいるのか。キャンパスを訪ねてきました。

前編では学校について、後編では実習中の学生さんの様子をレポートします。

10年かかったものを最短2年で習得?

京都府南丹市。緑豊かな山間にある「京都伝統工芸大学校」。

「1995年の開校から、創立24年になります。伝統工芸技術の後継者育成を目的としてはじまりました」

そう話すのは開校前から学校づくりに携わってきた教務部長・陶芸専攻の工藤良健先生。

京都伝統工芸大学校 教務部長・陶芸専攻 工藤良健先生

それまで、伝統工芸の後継者育成には時間がかかることが課題になっていたと言います。

「一人前になるには10年はかかります。それでも、昔は10歳頃に弟子入りして、20歳そこそこで一人前になれました。

今は高校を出てから入門することが多いので、10年経つと30歳近くなる。そこから自由にしろといってもなかなかできない、後継者になりにくいという課題がありました」

そこで、国と京都府、伝統工芸産業界が設立した京都伝統工芸産業支援センターの支援により、最短2年間で技術を習得するための学校を設立。

しかし、開校当初は短期間でどれだけ習得できるのか、半信半疑だったそうです。

「はじめてみると、短期間で驚くほど技術が身に付いたんです」

京都伝統工芸大学校 作品

「ものを作るのに時間はかかりますが、完成したものはほとんどプロと変わらないものができあがる。教えている方もびっくりしました」

期待以上の成果があったんですね。逆にいうと、従来はなぜ10年かかっていたのでしょうか。

「工房は利益を追求する必要があるので、教えることだけしているわけにいきません。だから時間がかかるんだと思います。でも教育に特化した環境を整えれば、短期間で習得することができるんです」

学生数も初年度は20数名だったものの、翌年は40名、80名と増え、10年間で300名ほどに。

中には、弟子入り志願をしたところ「うちに来る前に京都伝統工芸大学校で勉強してこい」と言われて入学した学生さんもいるそうです。

京都伝統工芸大学校で作品制作中の学生

「毎年、卒業制作展を観に来られる方に“レベルが上がっていますね”と言われると、良かったなとほっとします。24年経って、学校のカリキュラムに間違いはなかったのだとの思いを強くしています」

一流の工芸士が講師という贅沢な環境

では、実際どんなことが学べるのでしょうか。

現在、コースは、工芸の基礎と技術を身に付ける「工芸コース」(2、3、4年制)と、工芸技術とデザインを学ぶ「工芸クリエイターコース」(4年制)の2つ。どちらも4年制は大学卒業資格を取得できます。

「3、4年制課程が7割近く、2年制課程は3割くらいと、3、4年制課程で入学する子が増えていますね。オープンキャンパスでも技術習得には時間がかかることを説明して、理解してもらった上で入学してもらっています」

専攻は、陶芸、木彫刻、仏像彫刻、木工芸、漆工芸、蒔絵、金属工芸、竹工芸、石彫刻、和紙工芸、京手描友禅の全11種。

京都伝統工芸大学校で制作中の学生

講師は、伝統工芸士をはじめ、現代の名工、京の名工など、各工芸界の一流の工芸士の方々ばかりです。

「最高の技術を持った方々に、直接、手とり足とり教えていただけるというのが、ここの学校の一番の魅力だと思います」

京都伝統工芸大学校での授業の様子

専攻の違う学生同士が交流できる

「環境もすごいんです。自然環境も設備も、世界一と自負しています」

と工藤さんがおっしゃる通り、総面積30万平方メートル、甲子園球場の約24倍という広大なキャンパスには、一人一台の電動ろくろを備えた「ろくろ実習室」をはじめとした各工芸の専用実習室。

京都伝統工芸大学校での授業の様子

竹工芸専攻で使う竹を取るための竹林まで、さまざまな環境と設備が充実しています。

竹工芸専攻で使う竹を採取する学生

「学生にはそれぞれ自分の机、スペースを与えられます。

何人かで使い分けるのではなく、一つの机には一人しか座れない。ものづくりだけでこれだけの設備、空間をとっているというのは、なかなか無い環境だと思います。

陶芸では、穴窯、薪で焚く窯を学生と一緒に作って焚いたりもするんですよ」

京都伝統工芸大学校で作品制作中の学生

ものづくりをやりたい人にとっては理想郷のような環境ですね。

「そうですね。もうひとつ、いいところは専攻の違う学生同士が友だちになれるんです。そうすると、お互いにいろんな情報を得られたり、“ここに金物が欲しいんだけど作ってくれるか”と頼むこともできる。

将来的にはグループ展を開いたり、一生付き合っていける仲間ができるのは、羨ましい環境です」

一つの課題で作品100個を提出

一人に一つ机が与えられることからもわかるように、京都伝統工芸大学校の講義は約80%が実習。

そこには、伝統工芸の技術を学ぶのに大切な「反復練習」の要素があります。

「技術は反復練習によって身に付きます。例えば、陶芸では一つの課題に対して作品を100個提出します」

え!100個!

京都伝統工芸大学校で作品制作中の学生

「1個できて終わりではなく、100個すべて揃っていなければなりません」

それが反復するということ。

「そうですね。50個くらいで一度見て、もう50個。とにかく100個を目標に」

もうひとつ大切なのが「言葉」。

「例えば、陶芸で窯の蓋を開けることを“窯をきる”と言うように、それぞれ専門用語や特殊な言葉があります。ゼロから弟子入りすると当然、道具の名前や言葉、工程、作業の内容、いろいろなものが通じません。

京都伝統工芸大学校  教務部長・陶芸専攻の工藤良健先生

でも、ここで勉強すれば、技術だけでなく日常的な会話の流れもある程度は理解できるので、職人としてすぐに役に立つんじゃないかと思います」

技術を学ぶというと、つい道具の使い方とかを考えてしまいますが、確かに言葉は重要ですね。

「以前、学生に手本を見せていた時に、道具が足りなくて、あれ?という仕草をしたら、学生が道具を出してくれたんです。この作業で必要なのはこの道具、そういうのがすっと出てくるのは、やっぱり勉強している成果だなと思いますね」

『ぎゅー』とか『んー』とか

自身も陶芸家である工藤さん。

「京都で勉強して職人をやっていました。一時期離れていたんですが、この近くで独立して、2年目くらいに学校ができるので誰か教えてくれないかと」

以来、学校づくりから携わり、開校時より陶芸を教えてきました。

「弟子をとったことがなく、教えるのも初めてで、最初は、やっぱり“言葉”に困りました。力を入れるとか、抜くという感覚をどう言葉で伝えればいいのか、苦労しました」

京都伝統工芸大学校 作品制作の様子

自分で作るときは何も考えずに作ることができる。でも、その技術を伝えるには言葉が必要となる。

「“力を入れて”と言っても、男の子と女の子では受け取る理解が違うんです。だから、「ぎゅー」とか「んー」とか、擬音を使いました」

技術を言葉に置き換える。学校とは、いかに理論をプラスして伝えるかだと工藤さんは言います。

京都伝統工芸大学校 作品制作の様子

「最初の頃、ここは職業訓練校みたいでした。理論なしに、できれば良い。一生懸命“できる”ように指導していました。

でも、理論がなければ学問ではない。技術を見様見真似で伝えるのではなく、そこには理論があって、方法や数値、いろんなものが付随されて学問になっていく。20数年経って、やっと学校らしくなってきました」

京都という恵まれた環境

「京都市内は博物館のような街並みですし、歩いているだけで国宝に出会えたり、お店でいろんなものが見られます。京都は伝統工芸を学ぶのに恵まれた環境にあるのも事実かもしれませんね」

講師も招きやすい土地柄だといいます。

「京都には、神社仏閣が多く、着物文化も残っているので、それにたずさわる伝統工芸の全てが京都にはある。現役の職人さんもいっぱいおられるので、声をかければ、講師としてすっと来ていただけるということもあります。

京都伝統工芸大学校での授業の様子

ほかの産地にも伝統工芸を学べる場はありますが、学べるものは限られています。ここは11専攻あって、11の業種の方に来ていただける。それはやはり、京都という土地柄だからこそだと思います」

学生のみなさんも、京都が大好きだそうです。

「地方から出てきて、卒業後も京都に残りたいという学生も多いですね。学校は京都から離れているので“悪いな、ここは京都じゃなくて”と言っているんですが(笑)」

ものづくりを学ぶのに素晴らしい環境が揃った京都伝統工芸大学校。

では、どんな人がどんな理由で学んでいるのでしょうか。

後編に続きます。

<取材協力>
京都伝統工芸大学校
京都府南丹市園部町二本松1-1
0771-63-1751(代)

文 : 坂田未希子
写真 : 木村正史

合わせて読みたい

職人を仕事にするには

ものづくりが好き。でもどうやったら仕事にできるだろう?様々な人の学ぶ、働く姿から、そのヒントが見つかるかもしれません。

ものづくりが、好き。今、職人を目指す若者たちの素顔

京都伝統工芸大学校

→記事を見る

東京で唯一「工芸」が付く高校の授業とは?技術と共に育まれるクラフトマンシップ

工芸高校

→記事を見る

めざせ職人!金沢には未経験から伝統工芸の職人を目指せる塾があった

金沢

→記事を見る