パステルカラーが愛らしい小さな冊子は、ちょうど葉書サイズ。
表紙に書かれた特集タイトルは、どの号もなんとも不思議です。
「門柱」や「たぬき」、「キャノピー」 (って何‥‥?) など。
毎号「金沢の路上で見つけた◯◯」という前書きが小さく付いています。
実はこれ、『金沢民景』という金沢のローカルマガジン。
一冊100円というお手頃な価格や目を引くデザインもさることながら、何と言ってもユニークなのは、その中身です。
1ページにひとつ「金沢のどこか」の写真がどんと載り、かたわらに解説文が少し。
シンプルな写真と文なのですが、撮った人の「また面白いもの見つけちゃった」という声が聞こえてくるようで、ページをめくるたびに驚いたり笑ったり忙しい。
さらにローカルマガジンなのに、撮ったものがどこにあるかは書いていません。読み手が冊子片手に金沢の街なかで、自力で出会うしかないのです。
一体どんな人が、どんな思いでこの本を作っているのだろう。
ミシンの音が響くとある場所で。
仕掛け人にお話を伺いに金沢の事務所をたずねると、ダダダダ、とミシンの音が聞こえてきました。
「手が空いた時にまとめて縫うんです、普通の洋裁ミシンで。多い時は3台か4台くらい並べて、メンバーみんなで一気に製本します」
招き入れてくれた人こそ『金沢民景』の仕掛け人、山本周さん。取材と文章、全体の取りまとめ役です。
ちょうど製本の真っ最中だった奥さんの知弓 (ともみ) さんは、あのパステルな表紙をはじめ、全体のデザインを手がけます。
ほか数名のメンバーと4年ほど前にはじめたのが『金沢民景』の活動。
「フリーペーパーだと捨てられちゃう。
ワンコインで500円か100円かで言ったら100円でしょって、ざっくり決めちゃった。でも自分達の製本する作業とか入れたら赤字です (笑) 」
「この号とか、作るの大変だったなぁ」
苦笑いして山本さんが手に取るのは「アプローチ階段」というタイトルの号。
金沢市内のとある坂の町の様子を特集した号で、初版限定で坂道の見取り図が見開きで綴じ込まれています。かなり手の込んだ作り。
他の号も「腰壁」、「バーティカル屋根」、「キャノピー」などなど、それだけでは何なのか、わからないタイトルばかり。
ところがどれも、金沢市民にとっては「あぁ、あれね」とおなじみの景色。
これぞ山本さんたちが金沢市内で見つけてきた「住民が作り出した風景」、金沢民景です。
無くなってしまう前に
「僕は大学が金沢だったんですよ。
卒業後は東京で6、7年働いて、独立して設計の仕事を始めていました。
ちょうど北陸新幹線が金沢に通った頃に、こちらに来るタイミングがあって来てみたら、大学の頃に好きだった風景が、だいぶ変わっていたんです。
ホテルがずらっと立ち並んでいたり、いいなと思っていた路地が都市公園に整備されていたり。
なんだかちょっとやばいな、これ無くなっちゃうと思ったんです」
もともと街なかの風景を撮るのが好きだった山本さんは、それから金沢の、自分の好きな景色をひたすら撮影するように。
移住も決め、設計の仕事は続けながら、現地の旧友や大学の先生にも『一緒にやりましょうよ』と声をかけていきました。
ウェブから紙に変えて、見えてきたもの
「最初は、この風景を人に伝えたいと思ってウェブページを作ったんです。地図に風景をプロットして、見たいところを開くと写真が見れるような」
ところが地図で見せるだけでは、なんだかよくわからない。
メンバーのアイディアで本にまとめなおすことを決めた時、集まってきた写真のなかに「似た風景」があることに気がつきました。
住民が風景をカスタマイズする
例えば家の裏の用水路に掛けてある、小さな橋。
雨雪の多い金沢で、移動に便利な車をすっぽり覆えるように作られている、軒先の大きな庇 (これがキャノピー) 。玄関前の立派な門柱。
どれも見たことがあるけれど、家ごとにちょっとずつ違う。
「住んでいる人が自分で家のまわりをカスタマイズしている風景が、たくさんあることに気づいたんです。
そういうのを『門柱』とかテーマ別にまとめられそうって盛り上がって、最初に5冊分ぐらいまとめて作ってみました」
はじめに考えたのは「子供百科事典」のようなイメージだったそう。
「表紙に写真がどんと載っているような。でもなにせ対象が地味なので、どうも面白くなかったんです」
「試行錯誤して、写真じゃない方がいいのかもと。思い切ってこういうカラフルなデザインになりました」
3年間コツコツと取材を重ね、街なかの風景に色と名前を付け、どんなガイド本にも載っていないような金沢の「顔」を、これまで15の特集におさめてきました。
江戸でも現代でもない金沢
「わかりやすさもあるのか、金沢の魅力って江戸時代のもので語られることが多いんですよね。
でもこの街は大きな戦火や天災の被害があまりなかったので、江戸以降も色んな時代のものがずーっと染みついているんです。面白いものが本当はたくさん残っているはずで」
「だから江戸でも現代でもない、今までみんな触れてなかったような金沢の魅力をおもてに出したいなと思って、今は100冊を目指して本を作っています」
なぜ100冊かというと、と山本さんが示したのは「私有橋」の号。
「名前を知らないアレ」の面白さに気づく
「本を作る時にはじめて、この家ごとに掛かる橋に『私有橋』って名前があることを知りました」
「こうやって街なかの、よく分からないものに名前がちゃんとあることに気づいたりしていくと、次に街を歩くときに『あ、私有橋だ』って見るようになる。そういうのが面白いんじゃないかなって。
「でもテーマが20とか30だと、自分達の知っている言葉で本を作っちゃいそうで。
それを圧倒的に凌駕する冊数を作ることで、自分達の知らなかった街が見えてくるんじゃないかと思っています」
「だから、目指せ100冊。最後には背表紙を糊付けして、1冊の本にしようってひそかな構想があります」
そんなわけで、『金沢民景』を片手に、山本さんと実際の「民景」を訪れてみることに。次回、マニアックすぎる金沢案内をお届けします。お楽しみに。
後編はこちら:「マニアックすぎる金沢案内。『金沢民景』仕掛け人と行く」
<取材協力>
金沢民景
https://kanazawaminkei.tumblr.com/
2月17日まで、東京恵比寿のアートショップ NADiff a/p/a/r/t で『金沢民景』のフェアが開催されています。
文:尾島可奈子
写真:mitsugu uehara
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