今日は浅草の老舗の太鼓づくりについてお届けします。
「お祭り」や「盆踊り」で欠かせない楽器といえば、太鼓。賑やかなお祭りの雰囲気のなかで響く「ドンドンドン! ド、ドン、ドンッ!」という太鼓の音を思い浮かべるだけで、胸が弾む人という人も多いだろう。
ところで、日本全国のお祭りや盆踊りを盛り上げている太鼓はどんな想いで、どう作られているのだろうか。
文久元年(1861年)の創業時から現在に至るまで神輿、太鼓など祭礼具や雅楽器の製造・販売を手掛けている浅草の老舗、宮本卯之助商店を訪ねて職人さんに話を聞いた。
太鼓づくりは木の見極めから始まる
同店では、1本の木をくり抜いて作られる長胴太鼓(ながどうだいこ)、部材を組みあわえて使う桶締太鼓(おけじめだいこ)など幅広い種類の太鼓を作っている。
今回、話を伺ったのは、山下圭一さん。現在の肩書は「神輿部長」だが、同社では、ひとりの職人が複数の仕事をこなせるように数年間で職場をローテーションするそうで、山下さんもかれこれ25年間、太鼓の製作に携わってきた熟練の職人だ。
山下さんの話を聞いて驚いたのは、太鼓づくりは木を選ぶところから始まるということ。木の見極めが、太鼓の質にもつながっている。
「この間も、新潟まで丸太を選びに行きましたよ。木はまず、切られた時期が重要でね。日本の場合、12月の終わりから2月の半ばまでの、木が休んでいるときに切られたものを使います。
春先以降の水を吸い上げ始めた時期に切った木で太鼓を作ろうとすると、たくさん水を含んでいるので割れちゃうんですよ。だから木を見極めなきゃいけない」
打面が2メートルを超える太鼓も
職人の厳しい目で選別された原木は、「荒胴」(あらどう)という太鼓の原型の形に整形された後、3年から5年、倉庫で寝かせて自然乾燥させる。
そして注文が入ると、ストックのなかから太鼓の用途や打面のサイズに合ったものを選ぶ。
例えば、取材時に製作していた1尺8寸(約54.5センチ)の長胴太鼓には樹齢150年から200年のケヤキが使われていた。ケヤキは丈夫で木目も美しく太鼓には最適だという。
山下さんはこれまでに、長胴太鼓は打面が5尺(約151.5センチ)、桶締太鼓は打面が7尺(約212センチ)の太鼓を作ったことがあるそうだ。
50種類以上のカンナで削り上げる
注文に合わせた木材を選んだら、いよいよ太鼓の製作に取り掛かる。荒胴型の木材は、職人の手によって太鼓に生まれ変わる。
「いまは、(サンド)ペーパーで仕上げるところが多いのですが、うちはカンナを使います。木材は年輪の部分が一番柔らかいのですが、ペーパーで仕上げるとそこがどうしても沈んでしまう。
木目もささくれ立ってしまうから、そこから水を吸って耐久性が落ちるんです。カンナは刃物だから平らになるので、木目が寝ます。それが大切なんですよ」
山下さんに許可を得て、カンナをかけたところを触らせてもらったら、ツルツル。太鼓の曲面に沿ってカンナを操り、ここまで滑らかに仕上げるのはまさに職人技だ。
「木には必ず目があります。木目に沿って削らないと表面がけば立つので、木目がどっちを向いているのかを見て削ります。
木がまっすぐならカンナをまっすぐ引けばいいけど、太鼓は婉曲しているので自分の手の感覚で調整するしかない。だから、ほかの人のカンナは使えません。
まったくの素人から始めたとしたら、5年やってもうまくできないでしょうね。おれはこれだけで18年やりました」
新人の頃は2つ、3つのカンナを使って小さい太鼓を削り、研鑽を積む。そうして少しずつ、大きな太鼓を手掛けるようになる。
太鼓の大きさやオーダーによって使うカンナが違うため、ベテランの山下さんは、ひとりで50以上のカンナを使い分けるそうだ。
太鼓の内側に記される名前の意味
削りの作業が終わると、木が水を吸い上げるための小さな穴(導管)を埋める目的で、「砥の粉(とのこ)」で木地(きじ)をコーティングする。これを「目止め」という。さらに4、5回和ニスを塗って乾燥を防ぐ。
太鼓の皮にも、同じように気を配る。太鼓の皮は白いイメージがあるが、宮本卯之助商店の太鼓の革は茶色い。その理由を「太鼓が好きで転職した」という広報の郡山さんが教えてくれた。
「牛の皮を使っていますが、毛を抜くときに薬品に漬け込むのではなく、昔ながらの糠を使った天然加工をしています。そのために適度な油分が皮に残り、豊かな響きがします」
木を選び、数年乾燥させて、カンナで削る。昔ながらの天然加工を施した牛皮を張る。こうした伝統的な手法で手間暇をかけて作るのは、単なるこだわりではない。繊細な気遣いによって、太鼓の音が深まり、寿命が延びるのだ。
「使用状況によっても変わりますが、木の樹齢と同じだけ楽器としても使用できると言われています」と語る山下さんからは、職人としてのプライドをひしひしと感じた。
創業156年の宮本卯之助商店に修理などで持ち込まれる太鼓には、100年以上前に同店で作られたものもある。かつては太鼓が出来上がると、太鼓に名前を記した焼きごてを押していたそうだ。
いまは胴の内側に製作者の名前を記しているが、どちらにしてもいつ誰が作ったものかわかる。だから、山下さんをはじめ職人さんはみな、「何百年後の人が見ても笑われないような太鼓を作ろう」という想いで仕事をしている。
宮本卯之助商店が本店を構える浅草で行われる、三社祭。日本でも屈指の盛大なお祭りの本社神輿をはじめ、多くのお神輿、そして太鼓も宮本卯之助商店の職人さんが手掛けたものだ。お祭りの日は、職人さんたちにとっても晴れ舞台。
祭りを楽しむ人たちと同じように、自分たちが精魂込めて作った太鼓の音に胸を躍らせている。
<取材協力>
宮本卯之助商店
東京都台東区浅草6-1-15
03-3873-4155
文・写真:川内イオ
*こちらは、2017年5月17日の記事を再編集して公開しました。浅草伝統の三社祭は今秋に延期へ。町の元気の源であるお祭りが開催できるよう、新型コロナウィルスの終息を願います。