嫁入り道具から生まれた縁起もの、栃木の「きびがら細工」

嫁入り道具から生まれた、かわいい縁起もの

栃木県鹿沼市の郷土玩具・きびがら細工

栃木県鹿沼市(かぬまし)の郷土玩具、「きびがら細工」は、毎年の干支に合わせて作られている縁起もの。

きびがら細工の材料は、鹿沼市に古くから“嫁入り道具”として伝わる「鹿沼箒(かぬまぼうき)」をつくる時に出るあまり草。箒の中でもつくるのが特に難しいと言われる鹿沼箒の、高度な編みの技術を応用しています。

栃木県鹿沼市 箒草 きびがら細工 戌

華やかな装飾や色付けがしてあることの多い郷土玩具の中でも、とても素朴なきびがら細工。天然素材を使い、ひとつずつ手作業で編まれているからでしょうか。

目も彩色もないのに、じっくり見ていると嬉しそうだったり不思議そうにしていたりと、どこかほのぼのとした表情が見えてくるから不思議です。

鹿沼・きびがら細工・戌

たった一人の職人がつくる「きびがら細工」

栃木県鹿沼市の郷土玩具・きびがら細工の職人、丸山早苗さん

現在きびがら細工を作るのは、鹿沼箒の職人でもある丸山早苗(まるやま・さなえ)さん。きびがら細工の考案者であるおじいさんの技を受け継ぎ、日本でただひとりの「きびがら細工職人」として制作を続けられています。

「天然の素材からつくるきびがら細工は、ほうき草の長さや太さ、曲がり方が違うのできっちりと図面にするのは難しいんです。祖父から学んだことを頭の中に残し、手の感覚を頼りに作っています」

栃木県鹿沼市 きびがら細工 漁網巻きつけ
糸は、水や張りに強い、漁網(漁で使う網)を利用

幸せを願って贈る嫁入り道具である鹿沼箒をつくる丸山さん。「きびがら細工も、手にする人が幸せになりますようにと願いながらひとつひとつ編んでいます」と話されます。

来年は丑年。かわいい縁起ものと一緒に新年を迎えてみてはいかがでしょうか。

ここで買いました

鹿沼箒ときびがら細工のきびがら工房
栃木県鹿沼市村井町229-10
0289-64-7572
http://www.kibigarawork.jp/

きびがら細工 きびがら工房 黒猫 職人 栃木県鹿沼市 鹿沼箒

文・写真:西木戸弓佳*こちらは、2017年11月18日の記事を再編集して公開しました

麻100%のインナーが「ありそうでなかった」理由。老舗ニットメーカー40年の挑戦


着けた瞬間から肌がさらっと気持ちいい。これまでにない麻のインナーが中川政七商店から誕生しました。

名前は「更麻 (さらさ)」。



手がけたのは和歌山にある、とあるニットメーカーです。

「オカザキニットさんがつくるものは他にはない個性があるんです」

工場に向かう道途中、更麻を企画したデザイナーの河田めぐみさんはそう語りました。

麻は本来、吸水速乾性に優れて肌着にぴったりの素材。ですが糸自体にハリがあって柔軟性がないために加工が難しく、これまで麻100%のインナーは世の中にほぼ出てきていませんでした。

それを成し遂げたのが、オカザキニットさん。

しっとりやらわかな質感の生地は、麻特有のカタさがなく、肌にフィットしてよく伸びる。汗ばむ日も冷え込む日も、麻本来の特性が働いて、汗や熱がこもらず肌がさらりと気持ちいい。



毎日変化する環境にもしなやかに応える最高の着心地のインナーは、「更麻」と名付けられました。

今回は、そんな世の中にない麻100%のインナー「更麻」を世に送り出した立役者、オカザキニットさんを訪ねます。

*デザイナー河田さんが企画者視点で語る開発ストーリーも合わせてどうぞ。
「毎日、肌が気持ちいい。呼吸する麻のインナー「更麻」はこうして生まれました」

2019年の夏に起きていたこと


和歌山県和歌山市にある工場を訪れたのは2019年の夏。



2020年春のブランドデビューより半年以上前に、工場はフル稼働で更麻の生地を編んでいました。これには大切な理由があるのですが、それはまた後ほど。

出迎えてくれたのは代表の岡崎明史さんと、息子さんの秀昭さん。

関西有数のニット産地である和歌山市の中でも、オカザキニットさんは麻生地のプロフェッショナルとして知られます。


▲このように筒状に生地を編み立てます


▲代表の岡崎明史さん。ショールームにはこれまで開発してきた生地が所狭しと並びます


「麻をやって来たのは、他がやっていないから。

麻は糸に節があって、伸び縮みしないので編みにくいんです。多くのメーカーは失敗が見えているから手を出しません」

伸縮性の少ない糸を無理に機械にかければすぐに糸が切れてしまう。



ニットの編み方には色々な種類がありますが、中でもインナーによく使われるやわらかな二重組織の生地 (フライス編み) は、麻では編めないとされてきました。

逆に言えば、この難しさを克服できれば、麻本来の給水速乾性を生かした、世の中にない麻のニット生地が生まれる、ということ。

岡崎さんはこの40年、ずっと麻のフライス編みに挑戦し続けてきたそうです。

夢の実現に光が見え始めたのは、2018年、ある糸の加工方法と出会ってから。

「シルクプロテイン加工といって、自然由来の成分を糸に浸透させて、柔軟性を持たせる方法なんです。これをできる会社に出会って、すぐに麻の糸で試そうと思いました」


▲実際の糸


やわらかくなった麻糸を機械に掛け、ずっと成功できなかったフライス編みを試してみたところ…見事に成功。

ちょうどその頃、中川政七商店初のインナーブランド立ち上げを任され、薄手で肌あたりの良い麻のニット生地を探していた河田さんの元に、すぐに生地見本が届けられました。



今度は河田さんがサンプルを作り着用してみると、しっとりとやわらかく繊細な質感。伸びもよく肌がさらりとして気持ちいい。

「これなら、1年を通して着心地のいいインナーが作れる」

こうして、更麻の原型が出来上がりました。

「その時岡崎さんは『たまたまやってみたら編めた』と仰っていましたが、蓄積された技術や経験がなければこういう発想は出ないだろうと思いました」

と河田さんが振り返るように、「できない」とされてきた麻のフライス編みが実現できたのは、岡崎さんの40年間の挑戦があればこそ。


▲実際の更麻の生地


いつも日に1・2回は新しい編み地開発にチャレンジしているそうです。その数、年間400~500にものぼります。

「いま世の中にないもの、よそに編めないものをつくりたいんです。なんでって、“へんこ”だからかな (笑)

特別、機械が変わっているわけじゃないですよ。ただ、新しいものを試したかったら、リスクを全部自分で取る。

例えば染工所に新しいやり方を頼んだら、染めで失敗しても自分で買い取る。それで、なぜ失敗したかを考える。その繰り返しです」

オカザキニットさんのつくるものには他にない個性がある、という河田さんの言葉を思い出しました。

“へんこ”に一途に「できない」に挑み続けてきた姿勢が、つくるものに唯一無二の個性として息づいているのかもしれません。

実は更麻も試作からこの後、新しい困難が待っていました。

試作ではうまくいった編み立てが、量産に入ってみるとうまく行かない。ところどころ糸切れが起きてしまう。


▲このように内側から光を当てて、キズなどがないかチェックします


別の編み方で作った代替生地では、当初のフライス編みの繊細なやわらかさがなく、ついに、2019年春の予定だったブランドデビューは、1年延長することに。

麻のプロであるオカザキニットさんの見解では、原因は時期とのことでした。

試作品はあたたかい季節に編んでいましたが、量産は2019年の春夏のデビューに向け、冬に行っていたのです。

「麻は空気の湿度によって強度に違いが出るため、空気の乾燥している冬季では糸切れが起きやすくなる。湿度の多い時期に編めば、きっとうまくいくはずと考えました」

この読み通り、長梅雨のあけた2019年7月、訪れた工場では繊細なフライス編みの麻生地が順調に編み上がっていました。




「今のうちに、24時間体制で更麻の生地を編んでますよ」

こうして湿潤な夏にしか作れない、素材の特性を最大限に生かした麻100%のインナー「更麻」は、2020年4月にデビューを迎えました。



オカザキニットさんを訪ねてからもうすぐ1年。

また、更麻を編む季節がやって来ます。


<取材協力>
株式会社オカザキニット


<掲載商品>
更麻 ショートスリーブ
更麻 キャミソール
更麻 タンクトップ
更麻 ショーツ

雨の日のプレーは靴下で変わる?アスリートに愛されるスポーツソックスづくりの現場

例えばサッカーの試合では、サポーターは「12人目の選手」と呼ばれるほど心強い存在。それと同じくらい、選手の身につけるウェアや道具もパフォーマンスを支える大切な「相棒」です。

古都・奈良にある株式会社キタイさんは、世界的なスポーツブランドの靴下も手がける、スポーツソックスづくりのスペシャリスト。日本のプロサッカー選手にもファンがいるといいます。

アスリートを足元から支えるキタイさんに、知られざるスポーツソックスづくりのお話を伺いました。

代表の喜夛(きた)さんが開発の極意を語る前編と、そのスポーツソックスの技術を駆使して実際に作られた靴下にせまる後編の、2話でお届けします。

※後編の記事はこちら:スニーカーでもパンプスでも「脱げない」フットカバー。プロサッカー選手も認める靴下メーカーの挑戦

複雑な靴下の機械
複雑な靴下の機械

「雨が降っても試合をするか」で、靴下の設計は変わる

訪れた奈良は、全国の生産量の5割を占める日本有数の靴下産地。数ある靴下メーカーの中でも、キタイさんはその高い技術力で早くからスポーツソックスづくりを得意としてきました。

インタビューに応じてくださった代表の喜夛(きた)さん
インタビューに応じてくださった代表の喜夛(きた)さん

「うちのメイン商品であるスポーツソックスはニッチなマーケットですが、ゴルフ用、サッカー用、ランニング用、それぞれに要求があって、靴下に求められる役割が異なります」

実際に工場で製造中だった靴下。つま先を綴じる前の状態
実際に工場で製造中だった靴下。つま先を綴じる前の状態

「雨が降っても試合をやめないサッカーのようなスポーツもあれば、雨天では中止する野球のようなスポーツもある。

雨の中でも試合をするなら、素材には水をよく吸う綿を使ってはダメですよね。水は吸わず、かつ晴れの日も快適な履き心地の、全天候型の靴下が必要になります」

試合をするコンディションを想定することから製品の設計が始まるんですね!確かに競技によって求められる機能も違いそうです。

「靴下づくりには、生地を編んでいく専用の特殊な機械を用います」

見るからに複雑なつくりの靴下編み機

「編み機そのものの性能がいいことももちろん必要ですが、ニーズに応える機能性を生み出せるかどうかは、機械の動きを設計するプログラムのアイディア次第です」

編み立て機の操作盤に差し込まれていたUSB。この中の設計図を読み取って靴下が編まれる
編み立て機の操作盤に差し込まれていたUSB。この中の設計図を読み取って靴下が編まれる

「ところが開発途中っていくつも壁に当たるんですね。『こういう靴下を作りたい』という強い思い入れがないと、つまづいた時に次を考えるエネルギーって生まれてこないんです。

その編み機をどう使い、何を作りたいのか。ノウハウと思い入れ、どちらも深いほど高付加価値の製品が生まれてくると思います」

実際のプログラム画面。組織図や機械への指示が細かく書き込まれている
実際のプログラム画面。組織図や機械への指示が細かく書き込まれている

機械の性能を熟知し、最大限のパフォーマンスを引き出すプログラムを考える。実際に作ってみたら、あとはひたすら試し履き。

その上でもし、その編み機で解決できない問題点にぶつかったら、それをクリアする新しいシステムを考えてくれないか、と機械メーカーにオーダーを出すこともあるそうです。

「そうすると、100の性能だった機械から、110、120というレベルの製品が作れるようになりますよね。これによって、世界中でもキタイにしかできないような、競争力のある製品を生むことができるんです」

実はこのスポーツソックスのづくりの高い技術を生かして、キタイさんが問題解決に取り組んだ靴下がありました。

それはこれからの季節に活躍するフットカバー。

ぬげにくいくつした

フットカバーの困りごとといえばやはり、脱げやすさです。次回、この「脱げやすい」フットカバーをキタイさんの誇る最新技術で「脱げにくく」した、その開発物語をご紹介します。

<掲載商品>
ぬげにくいくつした(2&9)

<取材協力>
株式会社キタイ


文・写真:尾島可奈子


*2017年4月の記事を再編集して掲載しました。

父の日に贈る、中川政七商店の「靴のお手入れ道具」

たとえば1月の成人の日、5月の母の日、9月の敬老の日‥‥日本には誰かが主役になれるお祝いの日が毎月のようにあります。せっかくのお祝いに手渡すなら、きちんと気持ちの伝わるものを贈りたい。

この連載では毎月ひとつの贈りものを選んで、紹介していきます。

父の日の贈りもの、中川政七商店とコロンブスが作った「靴のお手入れ道具」

今回のテーマは「父の日に贈るもの」です。

もともとアメリカで母の日が始まった後、せっかくならお父さんに感謝する日も、と始まった記念日。

すでに当日なのでもうプレゼントは買ってある、という人も多いかもしれませんが、今回はわたしが以前に父の日用に探して、つい自分も欲しくなったものをご紹介します。

それが中川政七商店とコロンブスが作った「靴のお手入れ道具」。

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国内トップシェアを誇る靴のお手入れアイテムの老舗、コロンブスと中川政七商店が「初めての人でもまずこれだけあればOK」な基本セットとして作ったのが、今回の「靴のお手入れ道具」です。

働くお父さんなら仕事上、ベーシックな色の革靴を何足か履きまわす、という人も多いのではと思います。もともと持っている愛用のものに磨きをかける道具なら、好みを選ばず喜んで使ってもらえそうです。

靴のお手入れクリームの秘密

内容は、靴のほこりを払うブラシ、汚れを落とすクリーナーに保革クリーム。付属のカットクロスにつけて使います。

中川政七商店「靴のお手入れ道具」

この靴を手入れするクリーム、何からできているかご存知ですか?実は動植物の、様々な成分のミックスでできているのです。

革用クリームの開発は、革の開発との追いかけっこ。

トレンドに合わせて新しい質感の革が開発されると、革用のクリームもそれに合ったものが作られます。

コロンブスさんの製造現場の様子
コロンブスさんの製造現場の様子

今回の「お手入れ道具」に入っているのは、靴以外にもハンドバックや革小物にも使えるオールラウンドタイプのクリーム。

主な成分は「カルナバ」「スクワラン」「コーンスターチ」。カルナバは南国に生息するヤシの木、スクワランはサメから抽出された保湿成分、そしてコーンスターチはとうもろこしです。

自然界ではおよそ出会うはずのなかったもの同士がミックスされて、それぞれ靴のツヤ出し、保湿、表面をサラッとさせる、などの効果を発揮します。

革ごとに適切な成分を選び抜き、目指す効果を最大に発揮できる塩梅で組み合わせるのが、開発メーカーの腕の見せどころ、というわけですね。

プロに聞くお手入れのコツ

中川政七商店「靴のお手入れ道具」

営業の窪田さんに、靴のお手入れのコツを伺いました。

「革製品は、しっかりとお手入れすることで長持ちします。大切な靴を長く履き続けるにはビフォアケア、つまり履く前にコンディションを整えておくことが重要です。

革も人間の肌と同じです。革の組織の中には15~18%の水分が含まれていて、そのままにしておくと表面から油や水分が抜け、カサカサ肌になってしまいます。

ひどくなるとケバケバが出たりひび割れを起こします。人間なら薬などで治りますが、革は一度なってしまうと修復不可能です。

そのため革本来の風合いや潤いを守るには、ケアする事がとても大事になるのです。

きちんとお手入れすれば、天然皮革に勝る素材はありませんよ!」

また、「靴につく汚れは水性なのか油性なのかわからない場合があるので、このクリーナーは両面の汚れに対応できるように作られています」とのこと。

日常生活に密着したお手入れアイテムのお話は面白く、奥深く、使う人の生活を親身に考えて開発されているのがうかがえました。

「いい靴を履くと、その靴がいい場所へ導いてくれる」

これは、イタリアの格言だそうです。

よく手入れされた靴は見た目の印象をよくするだけでなく、履いて過ごす時間や気持ちをぐっと充実させてくれるように思います。

父の日の贈りもの。

「ありがとう」と面と向かって言うのはなかなか照れくさいですが、使う人の日常を思って選んだものなら、きっと喜んでくれるはず。

贈った後に一緒に使ったら、家族の会話も増えそうですね。

<取材協力>
株式会社コロンブス
東京都台東区寿4-16-7(本社・ショールーム)
http://www.columbus.co.jp/

<掲載商品>
靴のお手入れ道具(中川政七商店)


文:尾島可奈子


*2017年6月掲載の記事を再編集して掲載しました。湿気の多い梅雨から日差しの強い夏に向かうこの時期。寒暖差の激しい今から、しっかり靴のお手入れをしておきたいなと思います。

新潟県燕市「ひうら農場」が拓く、800年目の米づくりとまちづくり

「新潟県といえば?」と聞くと必ずと言っていいほど上がる名産が「こしひかり」。

新潟出身の私は、もちろん子どもの頃からずっとお世話になり続けている、新潟自慢の一品です。

新潟県燕三条地域は江戸時代から続く金属加工製品の産地でありながら、実はお米をはじめとした農作物も豊富な土地柄。

2013年からこの地域ではじまった工場見学イベント「燕三条 工場の祭典」に、第1回から農家の皆さんが参加されています。

2016年からはイベントの3本柱として「工場」に加え、農家さんを中心とした「耕場 (こうば) 」と「購入する」の「購場 (こうば) 」が登場。総称して「KOUBA」とも呼ばれています。

今日のお話の主役は、「耕場」のネーミングの張本人であり、「燕三条 工場の祭典」で和洋中の料理を丸ごと一つのコースとして楽しめる前代未聞のパーティーを企画した樋浦幸彦 (ひうら・ゆきひこ) さん。

わずか2000グラムで生まれてきた息子さんのために挑んだ無農薬・自然肥料の米づくりが、家業から全力で逃げいていた青年を、地域の一大イベントを担う大黒柱へと変えていきました。

燕三条を「食」で盛り上げる樋浦さんの奮闘ストーリーに迫ります!

農薬0%・自然肥料100%の米作りに挑戦する27代目当主

突然ですが、今この記事を読まれている皆さんは、どちらにお住まいですか?

地方に生まれ育つと若い頃に「この町を出て、都会に行きたい」という思いが募りやすいもので、実際私も進学を機に一度地元である新潟から上京した一人です。

樋浦さんも学生時代に同じことを思ったそうですが、修行のために新潟県外で暮らした以外は、地元燕で街を盛り上げるべく活動されています。それはなぜか?樋浦さんの足跡もたどりながら、金物加工に留まらない“燕のものづくりの今”を紐解いていきましょう。

樋浦さんが代表を務める「ひうら農場」は、メインの生産物がお米ときゅうり。6ヘクタール (6万平米) にも及ぶ田んぼの米作りは、繁忙期以外樋浦さんがほぼ一人で行っています。

27代目樋浦幸彦さん。新潟県の名所・弥彦山を望む、ひうら農場の田んぼにて

ひうら農場の作るお米は

・一笑 (いっしょう) こしひかり…農薬0%、自然肥料100%使用栽培

・百笑 (ひゃくしょう) こしひかり…農薬30%、自然肥料99%使用栽培

・八百笑 (やおしょう) こしひかり…農薬30%、化学肥料90%使用栽培

の3種類。(2017年8月時点)

米作りは天候に左右され、体力も必要なハードな仕事。それなのにさらに除草剤を撒かずに草むしりを行い、有機肥料をたくさん撒くという手のかかる農法に、なぜチャレンジしているのでしょうか?

そこには、2000年に誕生したお子さんの存在が大きかったそうです。

「息子が生まれた時2,000グラムくらいしかなくて、原因は食べ物なのか、ストレスなのか?何がいけなかったのか嫁さんが悩んでいたんです。じゃあまずは息子を大きく育てることと、同じ悩みを持つ人が減ったらいいなと思って、無農薬栽培に力を入れ、17年続けてきました」

心が折れそうな時もいっぱいあるんですけどね、あっはっはと笑いながら語る樋浦さん。その背景にある、身近な人を大切に思う信念が伝わってきました。

美味しいは難しい、だから楽しい

研修先で勉強したとは言え、無農薬の米作りは苦労の連続。試行錯誤が続きます。

「最初はそんなに雑草も生えなくて『簡単じゃん』と思ったんですけど、3年目~5年目の頃は田んぼ一面が草だらけになって (笑) 。親からは『もうやめれば』って言われて、『来年は大丈夫』って返答するけど草がわーっと生えたり。大分勉強して、7年目くらいにようやく他の田んぼと同じくらいまで草がなくなりました。

今はかなり分かってきたので、ようやく面積を広げたり人にお手伝いも頼めるようになってきましたね」

取材時はちょうど白い稲の花が咲いていました。すぐに茶色くなってしまうそうで、かなりのレアなタイミングだったそう

樋浦さんの作るお米は通常の米作りよりも肥料を多く与えているので、その分甘みや旨味は格別!特に自然肥料を多く使う「百笑こしひかり」や「一笑こしひかり」は、「八百笑こしひかり」の4倍以上の肥料を与えているそうです。

そしてひうら農場もう一つの看板商品が、燕市の特産品でみずみずしさと甘さが特徴のもとまちきゅうり。

ツバメが飛ぶかわいいパッケージデザイン

きゅうり畑
夏きゅうりの収穫真っ盛り!

「春・夏・秋と3回育てられるので、毎月種屋さんを呼んで9軒あるきゅうり農家合同で勉強しています。種の精査・栽培管理・土作り、この3つがもとまちきゅうりの美味しさの鍵ですね」

1日に多い時で6,000本ものきゅうりを収穫するひうら農場。“アタリ”“ハズレ”が出ないように水やりや温度管理など、育てるのは油断できない作業とのこと。

ただ、毎日畑を見ているからこそ「今きゅうりには何が必要か」がわかるようになるそうです。

「赤ちゃんと一緒で、喋らなくても求めていることがわかるし、難しいからこそ面白いです」

こちらは秋きゅうり。花が咲き始めたばかりで、8月中旬から11月末まで収穫できます

「燕って食の器もあれば中身もあるじゃん」という気づき

地方に生まれ育ち、しかも家業は農業という体力的に厳しく自然相手の大変な仕事。それをニコニコと語る樋浦さんに、農業を継ぐことへの迷いはなかったのでしょうか。

「高校2年まで全力で逃げていました (笑) 。立派なサラリーマンになるか歌手になるかって本気で考えていたくらいで。でもその2年の夏に父親から進路の決定を迫られて、よくよく家の仕事を見てみると、早くから全国に発送していたり先進的な農法にチャレンジしていることを知って。1年間フル回転で考えて、継ぐことを決めたんです」。

「農業のための体が出来上がるのに3年かかりました。指先まで筋肉痛になったんですよ (笑) 」

そこからは農家の後継ぎを育成する農業大学校に進み、農業街道まっしぐら。

しかも樋浦さんはもとまちきゅうりのブランディングや、味噌屋さんとコラボ商品の開発など、受け継いだ農業をさらに“その先”へ進めています。

「樋浦家が継いできた土地は、もともとは吉田町というエリアで、2006年に燕市と合併しました。地元に貢献したい思いと、吉田町の特産物だった『もとまちきゅうり』が、合併後に燕市の特産として認知されない状況に危機感もあって。生産40周年のタイミングに、ロゴデザインやパッケージを刷新し、ブランディングを行いました」

「燕三条 工場の祭典」との出会い

全力で農家になりたくないと思っていた少年の面影はどこへやら、きゅうりのブランディングを皮切りに、樋浦さんの挑戦は加速していきます。そのステージが「燕三条 工場の祭典」でした。

「初めて『燕三条 工場の祭典』に参加したのが2015年。新米の試食ときゅうり収穫体験をすることは決めていたんですが、開催直前に『やっぱりうちは“工場”じゃないしなぁ。まだ何かできないかな』と考えながら稲刈りをしていたんです。そしたら『あっ、耕すって“こう”って読むじゃないか、“耕す場”で“耕場 (こうば) ”ってどうだろう』と思いついたんです」

実際に「耕場」と銘打って当日を迎えたところ、実行委員会からも「面白い!」と評判になり、そこからはトントン拍子で2016年からは工場と耕場、さらに地場産品が購入できる「購場」も加えた3本柱で打ち出していくことが決まったのでした。

迎えた2016年は、地元の味噌屋さんやシェフなど多くの出会いがあり、それらすべての経験が「燕三条 工場の祭典」で昇華されたそう。

この年のひうら農場は2015年のプログラムに加え、燕市の料理人とコラボしたきゅうり専用ディップBOXを販売。実は私も偶然購入していましたが、6種類ものディップがあり「次はどれできゅうりを食べようか」と、とっても楽しい食体験を満喫しました。

きゅうり専用ディップ。上段左から醤油麹マヨ・エビタルタル・ハニークリームチーズアーモンド、下段左からバーニャカウダ・クリームチーズと酒盗・袖振り肉味噌

2016年の「燕三条 工場の祭典」でもう一つの樋浦さんの大きな活躍が、レセプションパーティーの開催です。味噌や包丁などものづくりに携わる燕市の若手で「吉田のKOUBAーズ」というチームを結成し、1夜限りのディナーパーティーを開いたのでした。

レセプションで提供された「もとまちきゅうり・帆立貝・秋なしのミルフィーユ仕立」

燕の精肉店が生産から手がける豚肉を使った「うんめ豚のやわらかハンバーグ」

「洋食器の生産が世界一であったり、きゅうり・トマトの生産は県内トップクラス。燕市は料理の器や食材など、食にまつわるコンテンツが豊富なことに気づき、改めて金物加工だけではない、食も含めた“ものづくりの街”なんだなと思いました。

ある人に『ミラノは工業都市でもあるけど美食の街でもある、スペインのサンセバスチャンは、料理人や農家さんたちなどが食のまちとして盛り上げて、世界的な美食の街として一大観光地になってます。燕市もそうなりますよ!』って言われて、その気になりました(笑)」と樋浦さんは笑います。

「吉田の旨味を感じる調理デモ・レセプションパーティー」を開催した「吉田のKOUBAーズ」メンバー

先輩、仲間、そして次世代へとつなぐ燕市のものづくり

樋浦さんたちよりも上の世代までは、農家はいいものを作ればちゃんと売れてお客様にも喜んでもらえるから、ものづくりに専念しよう、という意識が強かったと言います。

「でも農家をただ『作り手』で終わらせてしまうのはもったいない。しっかり情報を整えて発信したら、喜んでもらえるんじゃないかなと。

燕三条には工業も農業もものづくりを盛り上げてきた先輩たちがいて、そのおかげで今があるし、同じ志を持った仲間とも出会えていろいろ企画して、広がりを実感しています」

2016年「燕三条 工場の祭典」ひうら農場チームの皆さん。家族・親戚に加え、心強いサポートスタッフも

「先祖が代々いい土地を残してくれたことに感謝しているし、だからこそ、次の世代、そしてまたその次の世代につなげられるような、持続可能な農法であったり経営をやっていきたいと思います。

それに自然相手の農家は休みがない仕事。生きるように働いているので、だからこそどうやって日常を楽しむかということに全力ですが、それが『一笑百姓』を謳う僕の生き方です」

お話を伺うほどに早く一面黄金色に輝く田んぼの風景を眺めてみたくなり、そしてお茶碗の中で白く輝く新米と出会いたい!と来たる秋の燕市の田園風景に、思いを馳せずにはいられなくなりました。

<取材協力>
ひうら農場
新潟県燕市吉田本町1064
0256-93-3668
http://hiurafarm.com

文・写真:丸山智子
2016年「燕三条 工場の祭典」写真:樋浦幸彦さん提供

*こちらは、2017年8月23日の記事を再編集して公開しました

「籐かご」がお風呂場にいい理由をプロに聞く

かつては、日本各地の温泉旅館や近所の銭湯で必ず目にした籐(とう)のかご。

無垢でやわらかな質感はどこか懐かしく、和やかな気持ちにさせてくれる暮らしの道具です。

ツルヤ商店の籐かご

輸入品やプラスチック製品が主流となり、お風呂場で国産の籐製品を目にする機会は少なくなってしまいましたが、いまでも籐製品を作り続けているのが「ツルヤ商店」です。

籐でできたハンガー
籐でできた一輪挿し

ツルヤ商店は、1907年(明治40年)山形県で創業。地元に古くから伝わる「つる細工」の技法を取り入れながら、現代の生活に寄り添った商品を展開する籐工芸の老舗メーカーです。

 

籐ってどんな植物?

素材の「籐(とう)」は、ヤシ科のつる性植物。漢字の「藤」に似ていますが親戚という訳でもなく、「竹」でも「木」でもありません。

素材の籐(とう)は英語で「ラタン」と呼ばれます
素材の籐(とう)は英語で「ラタン」と呼ばれます

また日本では育たず、東南アジアを中心とした熱帯雨林地域のジャングルに自生しています。

軽くて柔軟で折れにくい特性から曲線の加工もしやすいため、細かく裂いたものを編み込んだかご作りや、太いものでは家具のフレーム材としてさまざまに活用されています。

素材の籐(とう)

 

籐がお風呂場に適している理由

素材としての最大の特徴はその吸水性にあります。

籐の内部には無数の導管があり、空気中の水分を出し入れします。高温多湿の場所では水分を吸収して湿度を下げ、乾燥した冬場は内部の水分を放出して湿度を上げ、呼吸を続ける生きた素材。

ツルヤ商店のかご細工

そのため木材よりも湿気に強く、お風呂場や水まわりでの使用に適しています。もし、完全に濡れてしまった場合には、カビや汚れを防ぐためにも日陰干しなどでよく乾かして使うのが長持ちさせる秘訣です。

ツルヤ商店の籐かご

使うほどに飴色の風合いが増す「籐」の魅力

使えば使うほど愛着が湧く、籐の家具。

表皮を剥いたままの滑らかな白い肌には塗装を施しません。無垢な質感を生かして仕上げたかごは、使うほどに飴色の風合いが増していくのだそう。

過ごした時間の分だけ美しく変化する籐かごには、まだ見ぬ楽しみがつまっています。

蒸気で熱した素材を型にはめて成型していく
蒸気で熱した素材を型にはめて成型していく
パーツごとに仕上げた部材を組み立てる作業
厳選した素材のみを使用して、熟練の職人さんがひとつひとつ組み立てています
ツルヤ商店の籐かご
編み方は、地元に伝わる手法をベースにしているものの、編み目の太さや透け感・全体のバランスは時代に合わせて柔軟に調整を行うそうです。/左:1本素編み(ざる編み) 右:2本素編み(ざる編み)

 


身の回りのあらゆるものがとても便利になりましたが、その一方、機械でたくさん作っては使い捨てられるものも多くなってしまったのも事実です。

そんな現代だからこそ、手仕事によるたしかな品を暮らしに取り入れたいなと思いました。

ツルヤ商店の籐かご

自宅の水まわりにまずは、ひとつ。使うほどに愛着が湧く道具との暮らしはいいものです。時間とともに育つ、手仕事による籐のかごを迎え入れてみてはいかがでしょうか。

 

明日は、籐かごの制作過程を紹介します。

 

〈取材協力〉
有限会社ツルヤ商店
山形県山形市宮町5丁目2-27
tsuruya-net.com

 

文:中條 美咲
写真:船橋 陽馬、商品写真:ツルヤ商店

*こちらは、2019年6月11日の記事を再編集して公開しました