「はこぶ、ともす、ほっとする。」
200年の伝統を持つ「八女提灯」の技術で作られたポータブルライト「TORCHIN(トーチン)」は、どこへでも持ち運べて、やさしいあかりで私たちの暮らしを照らしてくれる。そんな、新しい提灯のかたちです。
作り手は、八女提灯の「火袋」専業メーカーとして1980年に創業したシラキ工芸。
全体プロデュースを中川政七商店が担い、プロダクトデザインをクリエイティブユニットTENTが手がけました。
人の手による伝統の技と、現在のテクノロジーが融合した新しいあかり「TORCHIN」は、どのような経緯で誕生したのか。デザインサイドから見た開発の裏側について、TENTの青木亮作さんと治田将之さんに伺いました。(聞き手:中川政七商店 高倉)
「つくるを、かろやかに」するクリエイティブユニット
中川政七商店 高倉(以下、高倉):
まず最初に、改めてTENTさんのことについて教えていただけますか。
TENT 青木亮作さん(以下、青木):
TENTは、2011年に治田さんと僕、2名のプロダクトデザイナーで結成した会社です。
プロダクトデザイン事務所なんですが、商品デザインだけではなくて、商品自体を考案するところから、どうやって世の中に伝えていくのかという部分までやっているので、敢えてクリエイティブユニットという風に名乗っています。
高倉:
WEBページや空間デザイン、実店舗の運営まで、本当に多岐に渡ってやられていますよね。
青木:
そうですね。自分たちのオリジナル商品を作って、在庫して、販売することもやっていて。お客様の手元に届くところまでのすべてというか。なので、うちでデザインの話をする時は、梱包材の話なんかもよく出てきます。
TENT 治田将之さん(以下、治田):
ネコポスの方が良くない?とか(笑)
高倉:
どんな部分にこだわりを持って活動されてるんでしょうか?
青木:
最近は、「つくるを、かろやかに」ということを掲げています。何かを作ることって、大変というか、難しいじゃないですか。
「これは売れるんだろうか?」とか。大きな会社になるほど、頭がかちこちになっちゃって、面白い商品が生まれなくなってしまう。
そうじゃなくて「あれもこれも作ってみよう!」と、かろやかにやっていく中にヒット作も生まれるし、仮にヒットしなくても、一部の人にとっては特別なものになったりします。
「つくるを、かろやかに」することで、暮らしが豊かになったりとか、作るモチベーションが高い人が増えてくれたりすると、世の中楽しくなるだろうという思いがあって、ものづくりに関わっています。
高倉:
なるほど。自分たちで商品を販売するところまでやられているので、説得力があるなと感じます。
青木:
商品を考える時に大切にしているのは、生活実感として普通に欲しいものかどうかです。マーケティングリサーチで出てきた結果と、それが欲しいかどうかは別だと思っていて。「本当に欲しい?」というのを何度も自分に問い直して、考えるようにしています。
治田:
自分はピンと来ていないけど「こういう人だったら欲しいのかもな」というのは危険で、あまり上手くいかないですね。
その意味でも、「ちゃんと生活をしようね」というのを会社のメンバーには話しています。暮らしの道具を作るためには、ちゃんと暮らしていないとアイデアも出ないと思うので。徹夜続きで子どもの顔もまともに見ていない、というのはやめようと。
青木:
早く家に帰って、家族と一緒に商品を使ってみるのも大切なリサーチですしね。
「光としてやわらかい」八女提灯に感じた可能性
高倉:
そんなTENTさんと、八女提灯のポータブルライト「TORCHIN」を作りました。こちらからデザインの依頼をさせていただいた時、第一印象としてはどんな想いを抱かれたんでしょうか。
治田:
提灯と聞いて、お祭りで見るような昔ながらの形のものくらいしかパッと思い浮かばなくて。それを今の暮らしにアップデートするということで、イメージにギャップがある分、「上手くいくかもな」っていう予感はありましたね。
青木:
僕は逆に、「え、どうしよう」と思っていました(笑)。提灯の形をどうにかしなければと思い込んでいた部分があって。どういじっても変な風にしかならなさそうで困ったなと。
高倉:
初めてTENTさんの事務所に伺った時に、イメージが湧きやすいようにシラキ工芸さんの既存商品を見ていただきました。ちょうど夕暮れ時で、提灯のあかりが綺麗に見えて、皆さんの反応が良かったんですよ。「あ、なんか提灯のあかり、良いね」って。その時に僕自身「これはいけるかも」って思いました。
治田:
実際に見ると、思いのほか、ほっとするというか。
青木:
シンプルに「光としてやわらかいんだな」というのが体験できて、だったら「こういうシーンで使いやすいだろうな」とか、伝統を切り離したところにある価値が見えました。
僕個人としては、伝統工芸だから買うとか、日本製だから買う、という感覚を持ち合わせていないんです。わりとシビアな消費者なので、「でも便利じゃないじゃん」で終わってしまう。
そうではなくて、”普通に便利”というのが確立した後に、実は伝統があるとか、実は日本の技術でと言われると、それは良い情報としてポジティブに受け止められる。
今回作る上ではやっぱり、提灯のあかりを体験できたことで、「寝る時に良さそう!」みたいな納得感を最初に持てたことが大きかったかもしれません。
本当に、夕方に打ち合わせして良かったですよね。
治田:
「これ欲しい!」と思ったら、実は伝統工芸のものだった。という順番で、TORCHINも、まずは照明として普通に使いやすいとか、魅力があってほしいと思います。
ゆらぎのある素材と、タッチセンサーの組み合わせ
青木:
普段、ディレクターがいるプロジェクトはお断りすることも多いんです。役割が被ってしまって、ビジョンがブレてしまうので。
でも今回は、高倉さんが終始「皆がやりたいことをやりましょう」というところで一貫していて。その上で、中川政七商店で販売支援していくという出口も明確に固まっていて、やりやすかったです。
高倉:
TENTさんが普段、デザインから販売のところまで一貫して手がけられていることを分かって依頼しているので、あまり方向性を決めつけずにやりたいなとは思っていました。
治田:
職人さんとのやり取りなどは、高倉さんに間に入っていただいて、非常にスムーズでしたね。
高倉:
ちなみに僕の方からは、卓上で使えるサイズ、持ち運べること、おおよその価格感、といった要素だけお伝えしていたかと思うんですが、形状はどんな風に決めていったのでしょうか。
治田:
八女提灯の火袋は、ひごと和紙を使って色々なサイズや形状を作れることが特徴という風に伺ったんです。なので、ある程度幅広いラインアップにしたいなと考えて、最終的には5種類を採用しました。
どれも、今の暮らしに合うようにシンプルな形にしつつ、和紙という素材に対して良い意味で違和感が出ていて特徴的というか。
高倉:
シンプルだけど愛着が湧きます。
青木:
暗いところであかりを点けてみると、本当に良いんですよね。ずっと見てしまう。
高倉:
あとは、タッチセンサー式にしたことも大きなチャレンジでしたよね。
治田:
最初は、持ち運べるだけで十分魅力的だと思っていたんです。でも、癒されたい、ほっとしたい時に、ぽんぽんってタッチするだけで使えたら、より魅力が伝わるだろうなと思って、提案しました。
想像以上に大変ではあったんですが、提灯という工芸品の形の中にタッチセンサーがあるというギャップも面白いし、ぜひ実現したいなと。
青木:
照明の素材が樹脂と金属なら特段難しいことではないんですけど、和紙・木というゆらぎのある素材と組み合わせた時に、精度の差が出るというか、すごく難しかったですね。
最終的に、無理に新しいところにボタンをつけるのではなくて、元々提灯にある上部の穴のところに自然に収まったのは良かったと思います。
気付いたら持ち歩いてしまう。期待値を超えてくる「TORCHIN」の魅力
高倉:
家の中に置いて使う照明器具って、なんとなく機械っぽくない方がいいなと思っていて、その部分をまさに解決して貰えたなと思っています。
TORCHIN(トーチン)というネーミングはどんな風に決まりましたか?
青木:
みんなでたくさんアイデアを出して、その中で選ばれたのが「TORCHIN」でした。
松明のような、棒状の照明をトーチと呼びますよね。灯りを持ち歩く様子がまさにトーチっぽいなと思ったのと、そこに提灯という言葉も掛け合わせて、「トーチン」になりました。読んでみると響きがすごくかわいいなと思いましたね。
高倉:
すごくニュートラルな仕上がりの商品というのもあり、名前に提灯らしさを残したいという想いがあったので、とても気に入っています。
お二人は実際にTORCHINを自宅でも試されたと思うんですが、どんな風に使われましたか?
治田:
夜ご飯を食べたあと、大きい照明は消してしまって、TORCHINをテーブルに置いて使いました。その後はベッドサイドまで持っていって、眠る時まで脇に置いていましたね。
青木:
うちも入眠前というか、子どもは寝てしまって、最後に洗濯物を畳んだりする時間に、TORCHINだけ点けておく。そうするといい具合に眠くなってくるんですよね。
あとは寝かしつけの時に絵本を読むんですけど、寝転がって上を向いて読むときに、TORCHINは上にも光が向いているのでちょうどいいんです。
高倉:
寝る前の時間にいいですよね。三段階の調光機能付きになっていますが、寝室だと一段階目で十分な明るさだと感じました。
治田:
夜、壁際にこれがあると単純に落ち着きます。そういえば最初に試作を家で試した時、これまでの自分の仕事の中で、子どもの反応が一番よかったんです。「提灯かわいい!」って。
青木:
我が家も好反応でした。提灯って、一周まわって新しいんだなって気付きましたね。子どもからすると懐かしいという感覚も無いし、完全にニューマテリアル。
治田:
逆に提灯を知っている世代にも好評で、青木さんのお父さんも褒めてくれてましたね。
青木:
父親もプロダクトデザイナーなんですが、「提灯とテクノロジーが融合している。これは本当にすごいことだ!!」って、興奮していました(笑)。
治田:
幅広い世代に受け入れられそうで良かった(笑)。後は、使っている中で「思った以上に持ち歩いているな、自分」と思いました。
青木:
確かに!僕も、意識せずに毎日移動させちゃってて。気づいたら欠かせないものになっていました。たとえば一人暮らしの方も、これを玄関に置いておいて、帰宅したら点灯させて家に入っていくとか。ひとつめの照明としてもおススメできると思います。
治田:
商品への愛着って、買った時の期待値を上回るかどうかに左右されると思っていて。期待したものを上回ってくると、すごく惹かれるんです。
TORCHINは、ソファーの脇や机の上で使ううちに、どんどん印象が良くなっていって、毎日ベッドサイドに持って行くようになった。想像を超えてきたので、そこは面白かったですね。和紙の力なのか、フォルムなのか、総合的に魅力が出ているんだろうなと思います。
青木:
本当にいい光ですよね。逆に、手仕事であることに価値を置きすぎると損をしてしまうというか。火袋部分の軽さは樹脂では実現が難しいと思うし、落としても割れないし、光の透け方に和紙ならではの良さもある。シンプルにスペックが優秀で、一周まわってハイテクノロジーだと思いました。
高倉:
TENTさんに期待していた部分はまさにそこで。ただ「提灯をベースにした室内照明」と言われてもイメージが難しいところを、上手く作っていただけました。「はこぶ、ともす、ほっとする。」という価値を顕在化してもらえたと思っていて。本当にお願いして良かったです、ありがとうございました。
<取材協力>
クリエイティブユニットTENT
文:白石雄太
写真:中村ナリコ
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