茶道の「型」を身につける意味。既にあるものを自分の体に沿わせていく

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。

着物の着方も、お抹茶のいただき方も、知っておきたいと思いつつ、中々機会が無い。過去に1、2度行った体験教室で習ったことは、半年後にはすっかり忘れてしまっていたり。

そんなひ弱な志を改めるべく、様々な習い事の体験を綴る記事、題して「三十の手習い」を企画しました。第一弾は茶道編です。30歳にして初めて知る、改めて知る日本文化の面白さを、習いたての感動そのままにお届けします。

◇掛け軸に隠されたメッセージ

8月某日。
今日も神楽坂のとあるお茶室に、日没を過ぎて続々と人が集まります。木村宗慎先生による茶道教室10回目。床の間には涼しげな掛け軸が。うちわに孔雀の羽が描かれています。

床の間の様子

「これまで帛紗、茶杓、茶筅と道具ひととおりを見てきましたね。そろそろ、所作をできるようになっていってもらおうと思います。

極端なことをいえば、お点前をしなくてもお茶は飲めます。でも、動作自体も一つのおもてなしのサインとしてお客さんに受け取ってもらおうと思えば、話が変わってきます。

なんでもないような帛紗さばきも、ものをゴシゴシと拭いて汚れを拭い去ろうというものではなく、絹の帛紗を使い、きちっとした清らかな動作を通して、ものを清めているわけですね。

神社で神主さんが厳かな動作で出てきて御幣 (ごへい) を振る、その一連の動作がいかにも頭を垂れるにふさわしい雰囲気をまとっているのと、一緒です。

今日の床の間の掛け軸も、孔雀の羽にうちわで涼しそうですね。‥‥でもいいですが、実はその奥にもうひとつ物語がありますから、そこまでを汲み取ってこそ。京都なら先月使った方がいいくらいの掛け軸です」

孔雀の羽が描かれた真白いうちわ

「この絵は、祇園祭の山鉾 (やまほこ) 巡行でお稚児さんがかぶる『蝶とんぼの冠』を飾る孔雀の羽を表しています。残暑きびしき折に軽い感じで掛ければそれはそれ、でも祇園祭の頃に掛けたら気づく人もいるであろう、ということですね。

興味を持って接すれば、物事にはそこに見える以上の奥行きがあります。それを紐解いて使っていくことが大切です」

◇見て、学ぶ

改めて心得を伺いこれからいよいよ実践、と緊張が高まる中、それを和らげるように今日のお菓子が運ばれてきました。

菓子鉢は涼しげな江戸切子の器。江戸時代に作られたものだそうです
菓子鉢は涼しげな江戸切子の器。江戸時代に作られたものだそうです

お茶もいただいて、二服目はいよいよ自分たちでお茶を点てていきます。

「体全部の関節を駆使しているようなイメージで体を使えるようになると、本当にきれいですよ」との先生の指導とお手本の所作に全神経を集中させて、見よう見まねでやってみます。

先生の言葉と身振りを必死に体で再現します
先生の言葉と身振りを必死に体で再現します
柄杓ひとつ持つのも美しく
柄杓でお湯を入れたら‥‥
柄杓でお湯を入れたら‥‥

「柄杓は長いので、昔は弓矢を作る人が作ってくれていたものなんです。だから所作でも弓矢の扱いと似通わせているところがあります。器にお湯を入れたら、そのあとの所作はひきしぼっていた弓矢をパッと放つ時の手の形をします」

弓矢を放つように、とはなかなかうまくゆきません
弓矢を放つように、とはなかなかうまくゆきません
お茶を点てることに必死になっていると、顔はまっすぐ、と先生から指導が
なんとか一服、点てられました

「みなさんも見学ですよ。自分がやるときのことを思って、見て学ぶんです」

先生の声がけにお茶室内の空気がさらに静まって、澄んでいくようです。

2服目でいただいたお菓子は、先生が萩のお土産で持ってきてくださったもの。夏みかんの砂糖漬けです。銀のお皿はわざと木の皮(へぎ)のように見える細工がしてあります

一人、また一人とお点前を終え、新しいことをやってみる緊張とできたときの嬉しさで教室全体が熱気を帯びる中、先生から思いがけない提案が。

「今日は真夏のことなので、最後は氷水でお茶を点ててみましょう」

◇型を体に沿わせる

「冷水点て」の一式
こちらが「冷水点て」の一式
たっぷりの氷で冷やされている様子は、見るだけですっとします
涼しげな棗は、バカラのもの。もともとお化粧用のパウダー入れとして作られたものだそうです!

全員が氷水でのお点前も終えたところで、最後に生徒が活けたお花を先生が少し手直ししてくれします。

先生の手直しの様子

「突き刺すように入れてはダメですよ。お花はいくつ入れても、一本の枝からでているように見えないといけません。花材を買う時は、事前に今日行きますからこういう花材を用意しておいてください、と伝えておけば、いいものをお花屋さんが選んでくれますから」

紫の花弁が凛と映えます

花には花の「型」がある。お茶を学びながら、少しずつそのまわりへと気づきが広がっていきます。

「今日はひと通りお点前を経験してもらいました。せっかくこうしてお稽古にきているのですから、大切なのは帛紗をたためるようになることよりも、何かひとつの物事をする時に、何気ないこともおろそかにせず、きちっと向き合って取り組む癖を、身につけることです。

そこに既にある型を自分の体に真剣に沿わせていくこと。その癖をつけるという意味では、帛紗さばき一つにも意味はある、と思います。

–では、今宵はこれくらいにいたしましょう」

◇本日のおさらい

一、見学は、自分ごとにして「見」て、「学」ぶ

一、事に当たる時に大切なのは、まず型を体得しようとする心構え


文:尾島可奈子
写真:山口綾子
衣装協力:大塚呉服店
着付け協力:すみれ堂着付け教室

※こちらは、 2017年9月28日の記事を再編集して公開しました。

豆皿とご当地お菓子の組み合わせを楽しむ。「信楽」「瀬戸」「丹波」のうつわを使って

日本の工芸をベースにした生活雑貨メーカー中川政七商店では、全国の焼きもの産地とコラボして豆皿を作っています。

産地のうつわはじめ

さんちでも各地のものづくりを取材してきました。

せっかく各産地のうつわが揃ういい機会なので、今回は集めた豆皿でちょっと遊んでみようかと。

春に登場した3産地の豆皿に合わせて、ご当地菓子を探してみました。旅のお土産やうつわ選びの参考にしてみてくださいね。

左から丹波、信楽、瀬戸の豆皿。さてどんなお菓子が載るでしょうか‥‥?
左から丹波、信楽、瀬戸の豆皿。さてどんなお菓子が載るでしょうか‥‥?

信楽焼の豆皿×紫香楽製菓本舗の「うずくまる」

「土と炎の芸術」と謳われる信楽焼。粗い土の味わいを楽しめる、3色の豆皿が登場しています。

粉を引いたように白いことからその名のついた「粉引 (こひき)」、有名な信楽のたぬきの傘の色でもある伊羅保 (いらぼ) 釉、ビードロ。3色とも、わずかな焼き具合による色の変化が魅力です
粉を引いたように白いことからその名のついた「粉引 (こひき)」、有名な信楽のたぬきの傘の色でもある伊羅保 (いらぼ) 釉、ビードロ。3色とも、わずかな焼き具合による色の変化が魅力です

合わせたお菓子は紫香楽製菓本舗の「うずくまる」。

信楽焼の豆皿×紫香楽製菓本舗の「うずくまる」

茶人に愛されてきた信楽の焼きもの。中でも室町時代に、その色かたちに侘びがあると花入れに好まれた小さな壺が「蹲 (うずくまる)」でした。

紫香楽製菓本舗さんが作る「うずくまる」はその小壺をなぞらえた姿。

信楽焼の豆皿×紫香楽製菓本舗の「うずくまる」

つぶあんを包む生地には信楽の朝宮茶が添えられ、口に含むとほんのりとお茶の香りが広がります。

瀬戸焼の豆皿×YUIの「窯垣の小径焼菓子」

2つめは瀬戸焼の豆皿。

右から時計回りに「馬の目皿」「三彩」「黄瀬戸」
右から時計回りに「馬の目皿」「三彩」「黄瀬戸」

作り手である瀬戸の名窯、瀬戸本業窯さんの取材で出会ったのが「窯垣の小径 (かまがきのこみち) 」です。

窯垣の小径
窯垣の小径の先に瀬戸本業窯さんの窯があります。ちょうど良い散歩道です

古くなった窯道具を積み上げて石垣がわりにした垣根の道は、焼きものの一大産地である瀬戸の歴史を感じさせます。

瀬戸本業窯 窯垣の小径

窯垣の小径を紹介した記事はこちら:「日本のタイル発祥の地『瀬戸』は壁を見ながら歩くのが面白い」

この瀬戸ならではの情景を表現したのが「窯垣の小径焼菓子」。開発には、瀬戸本業窯の水野雄介さんをはじめ地域の方の協力があったそうです。

瀬戸焼の豆皿× YUIの「窯垣の小径焼菓子」

丸い「エンゴロ」はほろ苦いコーヒー味、細長い「ツク」は米粉のクッキー。四角い「タナイタ」は抹茶味。どれも瀬戸にゆかりのある生産者さんの素材を使っています。

さらに包装紙は瀬戸焼を包む緩衝材、箱は贈答用の瀬戸焼を入れる貼り箱工場さんに依頼するなど、どこをとっても瀬戸愛がたっぷり。

合わせるのはもちろん、瀬戸本業窯の豆皿を。

瀬戸本業窯の豆皿

瀬戸本業窯の豆皿を取材した記事はこちら:「食卓に小さな『違和感』を。瀬戸本業窯の豆皿が新生活におすすめな理由」

丹波焼の豆皿×酒井七福堂の「手づくりあられ」

3つめは丹波焼の豆皿。

丹波焼 丹窓窯の豆皿

作るのはバーナード・リーチ仕込みのスリップウェアを手がける「丹窓窯」さんです。

多くの窯元が軒を連ねる丹波立杭の町。天気のいい日は、外にもこんな産地らしい風景が広がります
多くの窯元が軒を連ねる丹波立杭の町。天気のいい日は、外にもこんな産地らしい風景が広がります

丹窓窯の豆皿を取材した記事はこちら:「日本にしかないスリップウェアの豆皿。中川政七商店とバーナード・リーチ直伝の『丹窓窯』が提案」

取材時に8代目の市野茂子さんが「どうぞ」と勧めてくださったのが、酒井七福堂さんのおかきでした。

自家栽培のもち米に、醤油は京都の「たまり醤油」。炭火で焼き上げる手作りおかきは白地に格子柄のスリップウェアに盛り付けられて、なんだか格好良く見えました
自家栽培のもち米に、醤油は京都の「たまり醤油」。炭火で焼き上げる手作りおかきは白地に格子柄のスリップウェアに盛り付けられて、なんだか格好良く見えました

ご馳走になったのは山椒入り。このあたりでは山椒がよく採れるそうで、この味がお気に入りなのだとか。ひと口食べるとピリリと美味しく、ついつい手が伸びます。

丹窓窯さんでご馳走になった「山椒」入りと、丹波といえば有名な「黒豆」入りも一緒に
丹窓窯さんでご馳走になった「山椒」入りと、丹波といえば有名な「黒豆」入りも一緒に
パッケージも味わい深い
パッケージも味わい深い

3時のおやつで産地を旅する

せっかく各地のうつわが揃うなら、何か土地らしいものを盛り付けてみたいな。

ちょっとした興味からご当地菓子を探してみたら、産地や作り手さんの周りに、ゆかりの美味がすぐに見つかりました。

お菓子の背景やエピソードを知ると思いがけず産地やうつわに詳しくなって、パッケージから豆皿に盛れば食卓の風景も楽しい。

中川政七商店の豆皿

いつもよりちょっと豊かな3時のおやつになりました。他の産地のうつわでもやってみると、また面白い出会いがありそうな予感がします。

<掲載商品>
信楽焼の豆皿
丹波焼の豆皿
瀬戸焼の豆皿

<取材協力> (掲載順)
【信楽】紫香楽製菓本舗
【瀬戸】YUI (現地では瀬戸観光案内所などで取扱いあり)
【丹波】酒井七福堂

文・写真:尾島可奈子

*こちらは、2019年4月15日の記事を再編集して公開しました

「堀田カーペット」のご自宅を訪問。お風呂とトイレ以外、すべてカーペットの暮らしとは?

大阪は堺に、お風呂とトイレ以外、リビングもキッチンも寝室も廊下も全てカーペット、というお家があります。

しかも予約制で見学も受け付けているそうです。

「快適に暮らすのに、カーペット以外を選ぶ理由がなかった」と語る堀田さんのご自宅にお邪魔して、カーペットのある暮らしの魅力を伺いました。

実は梅雨どきこそ、おすすめなのだそうですよ。暑くないのでしょうか?

堀田将矢(ほったまさや)さんが大阪・堺に一軒家を建てたのは2年ほど前。男の子2人、女の子1人と奥さまとの、5人暮らしです。

「カーペットの良さを身をもって知っているのは、実家がカーペット敷きだったというのも大きいと思います。大学通いで一人暮らしを始めた時に、なんとなくフローリングがかっこいい気がしてそういう物件に住みましたが、実家に帰るとやっぱり、落ち着きましたね」

堀田さんのご実家は1962年創業のカーペットメーカー「堀田カーペット」。

全国シェアの8割を誇るカーペットの一大産地・大阪の中でも糸から開発できる企業としてその名を知られ、有名ブランドのブティックや高級ホテルの内装にも携わっています。

ご自宅と一緒に見せていただいた「堀田カーペット」の製造現場。一度に何百という糸巻きから、奥の織機へ糸が送られる。いいカーペットは糸使いが鍵、と堀田さん
ご自宅と一緒に見せていただいた「堀田カーペット」の製造現場。一度に何百という糸巻きから、奥の織機へ糸が送られる。いいカーペットは糸使いが鍵、と堀田さん
カーペットの織機。堀田カーペットは18世紀イギリスの産業革命の頃に世界で初めて機械化されたカーペット織機「ウィルトン織機」を代々使っている
カーペットの織機。堀田カーペットは18世紀イギリスの産業革命の頃に世界で初めて機械化されたカーペット織機「ウィルトン織機」を代々使っている
堀田さんにご案内いただいた生地のデッドストック。日々様々な質感・デザインが開発されている
ご自宅と合わせて見せていただいた工場のデッドストック。様々な質感・デザインのカーペットが開発されている

堀田さんはその3代目。幼い頃から暮らしの中に当たり前にカーペットがありました。

「家族を持って家を建てようとなった時から、自宅を公開することは決めていました。今では年間100人くらいの方が来てくださっています」

お風呂とトイレ以外すべてカーペットの床にして、ご自宅を一般公開する。まず、日本中を探しても堀田さんが史上初なのではないでしょうか。

家業であるカーペットを普及させるためと言えばわかりやすいですが、堀田さんの語る言葉からはそれだけでない、深いカーペットへの愛情や信頼が感じられます。

「はじめはカーペットとの比較対象としてフローリングの床も一部入れようか、と考えていたのですが、結局選ぶ理由が見つかりませんでした。カーペットが一番いい、となったんです」

そこまで思わせるカーペットの魅力とは、一体どこにあるのでしょうか。

答えを探るべくご自宅を訪ねると、玄関のドアを開けて、靴を脱いだ瞬間からもう、床がカーペットです。廊下も、そこからつながるリビングも。

堀田カーペット

どうぞ、とすすめられてリビングの床にそのまま座ります。思えば床に直接座りながらインタビューするのは初めてかもしれません。

大阪のこの日の最高気温は29度。外はむっとする暑さです。カーペットというと暖かいイメージですが、不思議と座っていても、ちっとも暑苦しく感じません。むしろ、手で触れるとひんやりとするような。

触れるとひんやりとすら感じるカーペットの表面
触れるとひんやりとすら感じるカーペットの表面

「これはウールカーペット、つまり羊毛が織り込まれています。カーペットにも作り方、素材でいろいろな種類があるんですが、一般家庭の床材には、ウール織りのカーペットが一番適しています。

羊毛には調湿機能があって、部屋全体の空気を一定に保ってくれるんですよ。夏は冷たい空気を、冬は暖かい空気を均一に保ちます。だから湿度の高い日本の夏や梅雨にもさらっとして快適なんです。エアコンの効きもよくなるので、省エネにもなりますしね」

そう話す堀田さんの足元は裸足です。気持ち良さそう‥‥普段はお子さんたちも裸足で過ごすことが多いそうです。私も足裏でそのさらっとした質感を確かめてみたいところでしたが、取材中に人の家で靴下を脱ぐわけにもいかないのでここはぐっと我慢。

それにしても、小さなお子さんたちがいてカーペットをきれいな状態に保つのは大変ではないでしょうか。私も3人兄弟で、子どもの頃はしょっちゅう食べこぼしたりジュースを倒して畳にシミをつくっていましたが‥‥

「掃除はとっても簡単です。ちょっと見ててくださいね」

と、堀田さんがおもむろに、テーブルの上のお茶を‥‥カーペットに!

堀田カーペット

わあ、と血の気が引く私の横で、堀田さんはゆったり。そばにあったふきんでそっと押さえたら、さっきまでつるんとカーペットの上に乗っかっていた大きな水滴が、きれいになくなっていました。跡もほとんど見えません。

「羊毛は汚れがつきにくいんです。こぼした直後なら、乾いた布で吸い取ればOKです。水っぽい汚れならお湯を含ませたふきんをゆっくり当てると、よりきれいに取り除けます。ウールは髪の毛と一緒、タンパク質でできています。だから水溶性の汚れなら、お湯だけでも落ちやすいんですよ」

気になって普段のお掃除の仕方を伺ってみると、あまり汚れに過敏にならなくても大丈夫、と堀田さん。汚れはついたその時に6割とっておいて、あとは普段の掃除の時に掃除機で吸い取れば、カーペットの中に織り込まれている「遊び毛」が汚れを一緒にからめとってくれるそうです。

お掃除の様子を見せてくださいました
お掃除の様子を見せてくださいました
掃除機の中からつまみ出されたのはカーペットの遊び毛。これに汚れやホコリがからめ取られる
掃除機の中からつまみ出されたのはカーペットの遊び毛。これに汚れやホコリがからめ取られる

「一時期、カーペットはアレルギーによくない、という誤解を招く情報が流れていましたが、むしろ逆です。一本一本の毛がホコリをからめ取るので、人が動いた時にもホコリの舞い上げが起こりづらい。カーペットが部屋の空気をきれいにしてくれるんです」

掃除で汚れやホコリを遊び毛と一緒に取り除いても、掃除機をかけるくらいで生地が痩せることはないとのこと。一度敷きこんだら15年、日焼けの心配のない部屋なら30年は持つそうです。

丈夫で、汚れがつきにくく落ちやすい。ちょっとお話を伺うだけで、目からウロコがポロポロ落ちてきます。ウールやカーペットについて、知らないことばかりです。

「せっかくなので、他のスペースもご案内しますね」

すっかりくつろいでしまっていた腰を上げて、お家全体を見せていただきました。

脱衣所の際までカーペット敷き
脱衣所の際までカーペット敷き
お風呂場とキッチンの間をつなぐ収納スペース。人が歩くところにあわせてカーペットがカットされて敷き込まれている。こういうカスタマイズができるのもカーペットの良さ、と堀田さん
お風呂場とキッチンの間をつなぐ収納スペース。人が歩くところにあわせてカットされたカーペットが敷かれている。こういうカスタマイズができるのもカーペットの良さ、と堀田さん

キッチンの横を通りがかると、カウンターの後ろで奥さまが娘さんと遊んでいるところでした。取材に気を使ってくださっていたようです。向き合って座っていたキッチンの床も、もちろんカーペット。

堀田カーペット

「こういうのも、カーペット敷きならではですね。空間の使い方が自由になるんです」

確かに台所の床に直に座って遊ぶことは、他の床材ではちょっとイメージできません。
階段を上がってお子さんのお部屋や寝室のある2階へと向かいます。

階段ももちろんカーペット敷き。見た目にもきれいなようにと、段の部分までカーペットでくるんである
階段ももちろんカーペット敷き。見た目にもきれいなようにと、段の部分までカーペットでくるんである
子ども部屋の様子
子ども部屋の様子

「照明のスイッチは、床に座ることを想定して低い位置につけています。ここの窓も、床座りでちょうど向こうの緑が見えるようになっているんですよ」

言われるままに床に座ってみると、確かに目線の先の窓に、きれいな木々の緑がよく映えています。

堀田カーペット

「こうして床に座ると、目線が低くなるのでその分空間を広く感じられるんです。そこは畳と似ていますね」

うっかりするとゴロン、と寝転がってしまいそうになるのを押さえて、再びリビングへ。すると次々に「ただいまー」の声が。2人の息子さんが帰ってきて、あっという間に堀田さんと取っ組み合いの遊びが始まります。

堀田カーペット
堀田カーペット
堀田カーペット

かなりアクロバット。ですがカーペットがクッションになってくれるので、少々元気に遊んでも平気なのだそうです。

丈夫で、汚れがつきにくく落ちやすく、空間が広く使えて子どもたちが走り回れる。堀田さんの家で過ごすうちに、カーペットのある暮らしがどんどんうらやましくなってきました。

「ここで僕は、暮らしの提案をしています。メーカーとしてものづくりで人の暮らしを豊かにしたいと考えているのはもちろんですが、何より個人としてどういう暮らしをしたいかを考えたら、自然とカーペットを敷き込んだ家になりました。カーペットは、暮らし方を変える力を持っていると思います」

堀田さんのお家を見学に来た人の中から、いつか同じように全室カーペット、というお家を建てる人が出てくるかもしれません。カーペットデビューに、何かコツなどあるでしょうか。

「色で迷ったら、無地よりも汚れが目立ちづらい、混色のものがおすすめです。きれいに使わなきゃ、と気負いすぎずに付き合えると思います。

もし、リフォームの時に一部屋だけカーペットの床にするなら、ぜひリビングをおすすめします。寝室にという方が多いのですが、暮らしの変化をはっきり実感できるのは、リビングです。

張替えは一般のお家なら1日でできますよ。一人暮らしの方や、いきなり床に敷き込むのはハードルが高いな、という方は、まずはラグでお部屋の一部から取り入れてみるのもいいと思います」

最後には色、おすすめの場所まで、しっかりアドバイスいただきました。

家の中の全てが暮らしのショールーム。床が変わるだけでこんなにも暮らし方が変わるのか、と驚きと「うらやましい」の連続の1日でした。

見学は事前予約制でどなたでも参加できるので、一度訪ねてみてはいかがでしょうか。堀田さんの愛情たっぷりの解説と共に、ご家族との何気ない暮らしぶりからカーペットの魅力がひしひしと伝わって来るはずです。

<取材協力>
堀田カーペット株式会社
http://www.hdc.co.jp/

*堀田さんのご自宅見学は上記HPのお問い合わせページから申し込みできます
*工場の見学も事前予約で可能です

<関連商品>
COURT(堀田カーペット)
WOOLTILE


文・写真:尾島可奈子

*こちらは、2017年6月14日の記事を再編集して公開しました

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黒星、腹黒い、最近ではブラック企業と、ネガティブなイメージも強い「クロ」ですが、土に光をすき込む鍬の、耕す黒は、とても頼もしく感じます。

<掲載商品>
近藤製作所
耕耘フォーク

移植ゴテ


文:尾島可奈子

*こちらは、2017年3月13日の記事を再編集して公開いたしました。

「リビルディングセンター」店長とゆく全フロアガイド。古材・古家具の聖地で学ぶこれからの家具の選び方

リビセンを訪ねて、長野諏訪へ

これからの時代の家具選びを提案するお店が、長野にあります。

諏訪湖の南に位置するJR上諏訪駅から徒歩10分ほど。

土日ともなると、お店の駐車場には県外ナンバーの車も目立ちます。

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お店の名前は「REBUILDING CENTER JAPAN」、通称リビセン。

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「感覚では県外の方が6割以上。ご家族連れや、新婚のご夫婦で家具を買いに来られる方も多いですね」

お客さんの層は20代から40代がメイン。遠方からわざわざ買いに来るのは、「普通のお店では出会えないもの」がここにあるからです。

ReBuilding Center
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並ぶのは古材や古道具。これら全て、取り壊すお家や店舗からリビセンが「レスキュー (引き取り) 」してきたものです。

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ReBuilding Center
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1Fは古材とカフェ、2・3Fは古道具とフロアが分かれる
1Fは古材とカフェ、2・3Fは古道具とフロアが分かれる

お話を伺ったのは古道具フロアの店長、金野 (こんの) さん。2016年9月の立上げ当初からリビセンに携わる、初期メンバーのお一人です。

rebuildingcenter古道具フロア店長の金野さん
古道具フロア店長の金野さん

建物内はまさに宝の山。うまく回るにはコツが要りそうです。

金野さんに各フロアをご案内いただく中で見えてきた、これからの家具の選び方とは。

春からの新生活を、これからバージョンアップしていきたいという人に、おすすめです。

東野夫妻がかかげた合言葉は「ReBuild New Culture」

行き場を失ってしまったものを引き取って再販するREBUILDING CENTERは、もともとアメリカのポートランド発祥。

空間デザインユニット「medicala」の東野唯史(あずの・ただふみ)さん、華南子 (かなこ) さんご夫妻が、旅先でその取り組みに感銘を受け、現地法人に掛け合って立ち上げたのが、REBUILDING CENTER JAPANです。

「今あるもので、必要なものを自分で生み出せる。その楽しさ、たくましさを、日本にも広めたい」

そんなリビセンの目指すものがよくわかるのが、1Fのカフェ。古材や古道具売り場に行く前に、ちょっと覗いてみましょう。

古材に興味がなくても遊びに来られる場所に。カフェ「live in sence」

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「カフェはリビセンをやるときに、代表の東野さんが絶対やりたいと話していた場所です。

私たちはただ古材を売りたいじゃなくて、古いものも手をかけて長く使うという文化を伝えていきたい。

古材だけだとDIYや建築好きの方が集まる場所になっていたかもしれませんが、カフェがあることで、いろんな層の方が来てくれています」

名物のカレー。これ目当てに訪れる人もいるそう
名物のカレー。これ目当てに訪れる人もいるそう
最近は食べ物のレスキューもしているそう。この日は傷がついて流通できなくなったリンゴが並んでいました
最近は食べ物のレスキューもしているそう。この日は傷がついて流通できなくなったリンゴが並んでいました

実際に、カップルから親子連れやおじいちゃん、おばあちゃんなど、取材中も幅広い年代の方がカフェでひと休みしていました。

そしてカフェの窓からは、屋外の古材売り場がよく見えます。この間取りが、お店をこの場所に決めた一番の理由だったそう。

カフェは屋外の古材売り場に面しており、窓越しにその様子を見ることができます
カフェは屋外の古材売り場に面しており、窓越しにその様子を見ることができます

もう一つカフェのいいところは、訪れた人が自然と古材の「活用例」に触れられること。テーブルも椅子も、そのほとんどがレスキューして来た古材を再利用して整えてあります。

rebuildingcenter
rebuildingcenter

「例えば古材売り場で使い方の相談を受けたらカフェに連れて来て、その板が実際に使われている様子を見せてあげられる。想像しやすくていいですよね」

古材や古道具が売られているすぐ近くで、使い方の提案がある。建物全体がショールームのようです。

古道具フロアのレジカウンターは小屋のよう
古道具フロアのレジカウンターは小屋のよう
壁も古材を生かした手作り
壁も古材を生かした手作り
オリジナル製品やリビセンの理念に通じる雑貨や本を置くスペース。ここも古材を使って空間作りをしています
オリジナル製品やリビセンの理念に通じる雑貨や本を置くスペース。ここも古材を使って空間作りをしています
古材売り場からでる端材を薪として活用できる「ペチカストーブ」。こういったところにも無駄がない
古材売り場からでる端材を薪として活用できる「ペチカストーブ」。こういったところにも無駄がない

「古材をもっと世の中に広げていきたいので、人が真似したくなるような空間を常に心がけています」

古材を使ってできることを自分たちで考え、作り上げた家具や空間。誰もプロらしいプロはいないそう。

「つまり私たちが作ったものは、素人の方でも真似すれば作れるということ。声をかけてもらったら、作り方もお伝えします」

ではいよいよ、そんな空間づくりに役立つアイテムを探していきましょう!まずは古道具フロアへ。

何に出会えるかわからない、古道具フロア

2・3Fは古道具を扱うフロア。食器から照明、タンスやガラス板、ちょっと変わった雑貨まで、所狭しと並んでいます。

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rebuildingcenterレスキューされたガラス板
レスキューされたガラス板
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「仕入れはレスキュー次第なので、何が来るのかわからない。だから売り場は常に変化しています。

一番人気は食器ですね。

使い方がわかっていて、生活に一番使うもので、買いやすい」

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「一方でタンスのような、空間との相性を考える必要があるものは、表面をやすったりして、今の生活の中で使ってもらえるように提案しています」

リビルディングセンターの店頭には、ふたつの基準をクリアしたものだけが並んでいます。

・自分たちが次の世代に残したいと思えるものかどうか
・自分たちが使い方や活用方法を提案できるものかどうか

「プラスチック製のものや、家具だと合板や集成材を使ったものは引き取りできない可能性が高いです。

加えて最近では売れるかどうか、つまりちゃんと使ってもらえそうかを見ます」

rebuildingcenter
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「ここにずっと残ってしまうと意味がないですからね」

リビセンの理念は「ReBuild New Culture」。

日本語では「次の世代に繋いでいきたいモノと文化をすくい上げ、再構築し、楽しくたくましく生きていけるこれからの景色をデザインする」こと、と定義しています。

売り場には、古材をただ買い取って販売して終わり、ではなく、買った瞬間からお客さんも「楽しくたくましく」なれるような、こんな仕掛けが用意されています。

楽しくたくましく、買い物もDIY

「例えば買ったものを自分の車に運ぶのも、基本はご自身でお願いしています。

手伝いはしますけど、全部こっちがやりますというスタンスではなく、楽しくたくましく、自分でできることは自分でやろうという考え方ですね」

梱包も自分で
梱包も自分で
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大きな家具の場合も、自分で梱包すると値引きを受けられるDIY割引があります
大きな家具の場合も、自分で梱包すると値引きを受けられるDIY割引があります

最後に、この空間を生み出す原点、古材の売り場を覗いてみましょう。

1F古材売り場へ。一番人気は床板

「よく売れるのが床板。畳の下なんかに使われている材ですね」

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「さっきも若い女性が、最近古民家に引っ越されたそうで床板をたくさん買って行かれました」

どんな使い方ができるんでしょうか。

「床板にしてもらったり、壁に貼ったり。うちではぶ厚いものをテーブルに使ったりもしています」

好きな板とテーブルの脚を組み合わせられるサービスも
好きな板とテーブルの脚を組み合わせられるサービスも

「きっと50年後の家と今ある家とで、レスキューできるものはだいぶ違うと思います。

昔は機械が無いので、大工さんが道具で材を切り出している。そういう道具の跡が残っています」

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「こういう材は現代の家からは出てきません。

今、ギリギリ救えているようなこういう材は、積極的に引き取っていきたいですね」

一方で、古材特有の使いづらさは極力解消して、次の使い手に橋渡しをする工夫も。

「幅や厚みを揃えて、フローリング材セットとして販売したり。DIY初心者の人でも使ってもらいやすいような提案は大事ですね」

近くのスタッフに声をかけると、採寸や金額の計算も手伝ってくれます。希望があればメジャーの貸し出しも
近くのスタッフに声をかけると、採寸や金額の計算も手伝ってくれます。希望があればメジャーの貸し出しも

「お客さんのところに渡って初めてレスキューですからね」

金野さんがそう語気を強めるのには理由がありました。

ものの記憶を残す

次に金野さんが見せてくれたのは先ほどカフェのテーブルに使われていた、ユニークなかたちの板。

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実は、養蚕に使われていたお蚕棚の板だそうです。

「このあたりは養蚕が盛んだったので、蔵の2階に行くと眠っていることが多いです。地域の特色があって、面白いですよね」

レスキューは1時間圏内であれば無料。依頼は自然と長野・山梨エリアが多くなるそうです。

遠方の場合は出張費がかかりますが、引き取れる材はリビセンが買い取るので、それで出張費をまかなえたり、場合によっては依頼主の方にプラスでお支払いできることも。

持ち込みもOK。当日も、大きな家具を運び込む人の姿が
持ち込みもOK。当日も、大きな家具を運び込む人の姿が

レスキューを依頼する理由も、人それぞれあるようです。

お店の廃業や古くなった家の取り壊しのほか、意外と多いのが、家の代替わりによる依頼。

「例えば大工さんだったおじいちゃんが残していた良質な材木を、お子さんやお孫さんの代に『宝の持ち腐れになってしまうから』と引き取り依頼が来るケースも、結構多いです」

レスキューの数だけある、ものの記憶。

そうした背景まるごと次の使い手に伝えられるように、リビセンではひとつの工夫をしています。

それがこの「レスキューナンバー」。

白い紙の一番上に数字が振ってあります
白い紙の一番上に数字が振ってあります

「これはリビセンがレスキューを始めてから281件目に引き取ったもの。

全てどんな場所のどなたから、どんな風に引き取ったかを記録していて、照会があればお伝えできるようにしています」

古道具フロアのアイテムにも、全て付いています
古道具フロアのアイテムにも、全て付いています
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「例えばこれは公民館から引き取った板とか、築150年のお家で使われていた椅子とか。

そういう背景がわかると、また愛着がわくと思うんですよね。

ほかの古道具屋さんとの違いがあるとすると、引き取りに伺った先一軒一軒の背景を全部きちんと話せるのが、リビセンのいいところかなと思っています」

次の使い手の人も、いつか自分の子どもや友人に「これって元々はね」と話す日が来るかもしれません。

レスキューナンバーには、そんな「ものの記憶」まで次世代に残そうとするリビセンの意志を感じます。

食べる、買う、作る、の先に。

取り組みが認知されるとともに依頼件数も増え、今ではほぼ毎日、多い時では1日に2件のレスキューに行くこともあるそう。

そんな忙しいリビセンの運営を助けてくれるのが「サポーターズ」の存在です。

「リビセンの活動内容に興味があるという人に、一緒に製材や売り場づくりなどのサポートをお願いしています」

古材売り場で製材されていたのもサポーターズの方でした
古材売り場で製材されていたのもサポーターズの方でした
古材を生かした奥の壁の施工からアイテムのディスプレイまで、あらゆる「リビセンづくり」に携わります
古材を生かした奥の壁の施工からアイテムのディスプレイまで、あらゆる「リビセンづくり」に携わります

無給の代わりにまかないや宿泊受け入れもあり、ちょうどお客さんとスタッフの中間的存在。

北は北海道から南は沖縄まで、登録者数は700人にのぼるそうです。

「立ち上げの時も、スタッフは5人だけでしたが、のべ500人の方に関わっていただきました。

スタッフだけじゃなく、いろんな方の力があってお店ができているなと感じます」

古材売り場には、当日のスタッフの名前と似顔絵が描かれた板がさりげなく置かれていました
古材売り場には、当日のスタッフの名前と似顔絵が描かれた板がさりげなく置かれていました

古材を眺めながら、カフェで名物のカレーランチ。ついでに2Fでちょっと古道具を買ってみる。次は古材で家具を作ってみる。さらに興味が出たらリビセンのお手伝いに参加する。

何度来ても違う楽しみ方のできるリビセンは、古材や古道具の「かたちを変えて長く付き合える」価値観を建物まるごと表しているようです。

家具探しやDIYデビューに、これ以上うってつけの場所はないかもしれません。

<取材協力>
REBUILDING CENTER JAPAN
長野県諏訪市小和田3-8
0266-78-8967
https://rebuildingcenter.jp

文・写真:尾島可奈子

*こちらは、2019年5月1日の記事を再編集して公開いたしました。

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醤油差しの新定番。「液だれしない」秘密は青森のガラス工房にあり

青森・北洋硝子が生んだ「THE 醤油差し」とは?

すぅーー、ぴた。

気持ちいいほど液だれしない醤油差しを作るメーカーがあります。

THE 醤油差し

青森の老舗ガラスメーカー「北洋硝子」。

北洋硝子

液だれしないことで評判だった、元々の北洋硝子の醤油差しは、こんな姿。我が家にある、という人もいるかもしれませんね。

元々の北洋硝子の醤油差し。今も愛されるロングセラー商品です
元々の北洋硝子の醤油差し。今も愛されるロングセラー商品です

それが数年前、「液だれしない」機能を昇華させて、全く新しい形の醤油差しが登場し、話題となりました。

THE 醤油差し

商品名は「THE 醤油差し」。

よくある注ぎ口の「くちばし」がなく、やや小ぶりでシンプルな佇まいは、実は従来の醤油差しからすれば「とんでもない常識破り」から生まれ、大ヒット。

誕生のきっかけは、とあるブランドの野望でした。

「世界一美しい、液だれしない醤油差しを作りたい」

ある日やってきた、「簡単じゃない」依頼

「うちに声をかけてくれて嬉しかった。でも話を聞いてまず思いました。『そんな簡単なもんじゃない』って」

青森県青森市。

北洋硝子の工場に、ある相談が持ち込まれます。

「北洋さんの醤油差しは素晴らしい。だからその技術力を活かして、こんなプロダクトを作れないだろうか?」

相談主はこう続けました。

形を今の丸型より三角形に近づけて、昔ながらの円錐形にすること。従来よりやや小ぶりにすること。フタ部分も全て透明度の高いガラス製で、表面は装飾なくツルっと平滑であること。

何より、注ぎ口のくちばしを無くし、それでいて液だれしない機能は保つこと。

依頼主の考える原理的には、これらの設計が可能なはずだ、と。

「そんな、簡単なもんじゃないぞ」

迎えた工場長の中川さんは、やがて打ち解ける相手に、率直にそう伝えたと言います。

北洋硝子 工場長、中川洋之さん
北洋硝子 工場長、中川洋之さん

「究極の醤油差し」相談主の正体

熟練の職人も難色を示すほどの「究極の醤油差し」の相談を持ちかけたのは、プロダクトブランド「THE」代表の米津雄介さんと、プロダクトデザイナーの鈴木啓太さん。

同ブランドでは「THE 飯茶碗」や「THE TOWEL」など、「あらゆるジャンルのメーカーと共に、誰もが納得する未来の定番を作る」ことを掲げた商品開発が行われてきました。

そして2014年、満を持してTHEのラインナップに加わることになったのが、醤油差し。

この日本独自の食卓道具に、ブランドが「最も重要な機能」と考えたのが「液だれしないこと」でした。

THE 醤油差し

液だれしたわずか一滴が、手や食卓に滴り、時にテーブルクロスや服に茶色いシミを作ってしまうことは、日本人共通の「残念な経験」かもしれません。

米津さんたちが自ら日本中のあらゆる醤油差しを検証したどり着いたのが、液だれのしにくさで定評を得ていた、北洋硝子さんの醤油差しでした。

液だれしない秘密は、フタにあり

中川さんいわく、

「一番のポイントはフタなんです。くちばし部分にこれだけ長さがありますね」

左が従来型のフタ。くちばしと呼ばれる注ぎ口が商品の要になっている
左が従来型のフタ。くちばしと呼ばれる注ぎ口が商品の要になっている

THEが見つけ出した北洋硝子さんの「液だれしない醤油差し」は、元々は40年ほど前に大阪のガラスメーカーが開発したもの。

10数年前にその会社が廃業することとなり、技術を見込まれて製造を引き継いだそうです。今やこの「液だれしない」構造は、北洋硝子さんしか作ることができません。

北洋硝子

「この長いくちばしが、従来型の液だれしない秘訣でした」

口先までの距離、カーブの描き方、わずかな削りの具合。細やかな技術の全てを、中川さんはじめ職人たちは必死で覚えたと言います。

「ところがTHEではこのくちばしをつけてはいけないという。醤油が滴る口先まで、距離がとても短いんです」

もう一度先ほどの写真。左と比べると、右のTHE 醤油差しはくちばしがないのがよくわかる
もう一度先ほどの写真。左と比べると、右のTHE 醤油差しはくちばしがないのがよくわかる

中川さんを驚かせたデザイン案は、「これからの定番」を志すブランドとしての強い意志の現れでした。

THEが目指した「究極の醤油差し」とは

「THE 醤油差し」のコンセプトは「世界一美しい、液だれしない醤油差し」。

機能だけでなく、形状や素材、歴史背景などをふまえた文化的な面でも、今の暮らしに即した新しい「らしさ」を提案したいと、米津さんたちは考えていました。

THE 醤油差し

デザインの出発点にしたのは、多くの人が「定番」としてイメージを持っている、赤いフタに円錐形ガラス瓶の、 昔懐かしいあの醤油差し。

このフタ部分もガラスで作ることで、プラスチックパーツのねじ込みが不要となり、より衛生的ですっきりした見た目に。

さらに、醤油を使う頻度が以前より減った今の食卓をふまえ、実容量を鮮度が落ちないうちに使い切れる80mlに設定。

全体にやや小ぶりにサイズダウンさせながら、底を厚めにすることで倒れにくい構造を目指しました。

「でもね、ガラスっていうのは丸く作る方が簡単なんです。力が均一に働きますから」

北洋硝子

「ところがこの醤油差しは三角形で、おまけに底だけ厚い構造。

その上こんな注ぎ口の形状で液だれしないようになんてー」

できない、とは工場長は言いませんでした。

「うちはどんな依頼も、まず断らないスタンス。

そうやって作れるものを増やしてきたから、流通に不便な青森の地でも、他に負けないものづくりをして評価を得てこられたんです」

どんな難題も「応えられる」理由は、製造現場にありました。

北洋硝子

最高難易度に最高のチームで挑む

北洋硝子さんの工房には、ベテランから若手まで、幅広い年代の職人さんの姿があります。若い人も多い印象です。

北洋硝子
北洋硝子

今年入ったばかりという新米さん。後ろで先輩たちの様子を固唾を呑んで見守っていました
今年入ったばかりという新米さん。後ろで先輩たちの様子を固唾を呑んで見守っていました

灼熱の炉で溶けた液状ガラスが冷え固まるまで、ほんの数十秒の間に造形していくガラスづくりは、一瞬たりとも気を抜けない連携プレーの連続。

緊張感ある現場ですが、みなさん表情は生き生きと楽しそうです。

北洋硝子
北洋硝子
北洋硝子

「彼らにね、こんな醤油差しの相談が来たんだけどどう思う?って聞いたんです。

そうしたら、やってみたいってみんな手をあげるんです。

じゃあ、やってみようか、と」

「THE 醤油差し」は数ある北洋硝子さんの製品の中でも最高難易度。

社内には、このたった一つのアイテムのための専門のチームがあり、注文が入ると1週間前から綿密にミーティングをして製造に当たるそうです。

「来週から作るよってなると、今でも『2時間残っていいですか』って自主的にミーティングが始まるんです」

素材には高い透明度を誇る「クリスタルガラス」を使用。わずかな気泡でも目立ってしまうため、扱いには高い技術力が必要になります。

並んでいた完成前の「THE 醤油差し」
並んでいた完成前の「THE 醤油差し」

「ここまで高い透明度で製品にできるのは、うちだけです」と中川さん。THEを手がけるチーム員はわずか7名という少数精鋭です。

現場には、中川さんがOKを出した製造見本が置いてありました
現場には、中川さんがOKを出した製造見本が置いてありました

そのすぐそばには、様々なパターンのNG品の見本も
そのすぐそばには、様々なパターンのNG品の見本も

最も重要な注ぎ口は、液だれしない絶妙な角度で削れるよう、必要な器具や機械もオリジナルで開発したそう。

こうして北洋硝子さんが総力を注いで完成した醤油差しは、醤油だけでなく、オリーブオイルやソース、お酢などを入れても合うデザインに。

THE 醤油差し

何より「本当に液だれしない!」と大ヒット商品となりました。

THE 醤油差し

「元々の醤油差しは、何十年ものアイディアが積み重なってできた形です。

それを越えて覆していくTHEのおそろしさ。あの二人に依頼されなければ、こういう考えも浮かばなかったわけですからね」

未知の製造にチャレンジすることで、北洋硝子さんの全体的なものづくりの質も向上したと言います。

「妥協しないのが、THEなんです」

とは、THEの米津さんや鈴木さんではなく、工場長である中川さんの言葉。

この一言に、「世界一の醤油差し」への誇りが凝縮されていました。

北洋硝子

<掲載商品>
THE 醤油差し

*THEの米津さんが「THE 醤油差し」開発プロセスと奥深い醤油差しの世界を語る記事も合わせてどうぞ:「デザインのゼロ地点 第1回:醤油差し」

THE 飯茶碗
THE TOWEL

<取材協力> (登場順)
北洋硝子株式会社
青森県青森市富田4-29-13
https://tsugaruvidro.jp/

THE株式会社
http://the-web.co.jp/

文:尾島可奈子
写真:船橋陽馬

*こちらは、2019年7月8日の記事を再編集して公開いたしました。