襲名ってなんだろう?

こんにちは、さんち編集長の中川淳です。
編集長として記事を書くのは初めてなので、はじめましてですね。

私事ではありますが、昨年11月4日に十三代「中川政七(なかがわまさしち)」の名跡(みょうせき)を襲名しました。襲名というと歌舞伎や落語の世界を思い浮かべますが、近年工芸界でも襲名話をちらほらと耳にします。有名どころでいきますと、2014年に十五代 酒井田柿右衛門(さかいだかきえもん)さんが襲名されましたし(お父さまの十四代 酒井田柿右衛門さんは人間国宝)、仲間うちでも昨年遠州七窯(えんしゅうしちよう)のひとつ朝日焼で十六世 松林豊斎を松林佑典さんが襲名されました。
もしかして工芸界は今、襲名ブームなのかも!?

みなさん、襲名ってどういう意味かご存じでしょうか?
大辞林によると、「襲名とは先代の名跡を継ぐこと」とあります。また、「名跡とは跡を継ぐべき家名」ともあります。うーん、なんだかわかったようなそのままのような。
漢字を見ると、襲う?となんだか物騒な感じがしますが、ここでの「襲」は「受け継ぐ」という意味で使われています。また「襲」には「かさね」と読み「重ねて着る」という意味もあります。字の成り立ちにおいても「襲う」という意味は後に加わったようです。

歌舞伎など興行界における襲名にはプロモーション的な意味合いもあり、営業不振を打開するために襲名し、襲名披露公演を大々的に行います。そのためか襲名すべき名跡も数多くあり出世魚のように一人の方が何度もより重い名跡を襲名していくことになります。名は体を表すと言いますが、重い名跡を襲名することで意識も高まり、芸もより磨かれるのかもしれませんね。

一方で、長く続く家であっても必ずしも襲名するわけではありません。ちょうど今京都国立近代美術館で「茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術」という展覧会が開かれていますが、樂家は現当主で十五代ですが皆それぞれ名前が違います。また襲名をする家であっても襲名のタイミングはいろいろです。先代が亡くなったタイミングで襲名する家もあれば、先代の引退をもって襲名する家もあります。

中川家では実は先代、先々代と襲名していませんでした。なので中川政七の名跡は60年ぶり、襲名という意味では100年ぶりでした。故に襲名式のやり方も分からずいろいろな方にお知恵をいただきながら作っていきました。当日は300名近い方々に見守られながら、片山正通さん・水野学さんに後見人を務めていただき口上を述べ無事に襲名させていただきました。

実際に襲名してみて感じることは「名前」というのは大きなものだなということです。名前が変わるだけで人から持たれるイメージも自分自身の意識も変わった気がします。十代政七さんと会ったことはもちろんありませんが、十代が奈良晒の存続に尽力したことと私のやっている工芸の再生事業とは重なるところもあり、それももしかしたら偶然ではないのかもしれません。

「さんち」というメディアはまだ立ち上がって3ヶ月のよちよち歩きではありますが、時を重ね、代を重ね、漆のように強度を増していきたいなと思います。


文 : 中川淳
写真 : 井原悠一

新潟・栃尾名物、大きな大きな油揚げ

こんにちは。さんち編集部の杉浦葉子です。
今日は美味しいものの話でも。取材やものづくりで訪れる、産地のお店やメーカーさん。そこで、大概「およばれ」に預かります。お茶とお茶うけ。地元の銘菓や駄菓子、そのお家のお母さんが作ったお漬物だったりと、頂くものはいろいろですが、これがまた、とても美味しいのです。普通の旅ではなかなか見つけられない、地元の日常をさんち編集部よりお届けします。

名水の歴史、大豆の香り広がる油揚げ

新潟県の栃尾(とちお)は、織物やニット産業の盛んな土地。ここからほど近くで織物製造をされている「株式会社クロスリード」さんに伺った時のこと。代表の佐藤さんが「せっかく栃尾に来たんだから」と、移動中に車で立ち寄ってくださったのが、「栃尾の油揚げ 豆選」さん。テイクアウトがメインのようですが、お店の中に少しイートインスペースがあり、そこで待つこと数分・・・。

「で、でっかい!」厚さは3センチほどもありそうな油揚げが、人数分運ばれてきました!もちろんノルマはひとり1枚。揚げたてアツアツの油揚げに、ネギと醤油というシンプルな味付けですが、これがまた美味しい。中身がほどよく詰まっていて口いっぱいに大豆の香りが広がりふっくらジューシーで。どんと出てきたときは、(さすがにこんなに食べられないぞ…)と、心の中で思っていたものの、あっという間に完食しました。

栃尾の油揚げは、間にネギとお味噌を挟んで焼いて食べるのもメジャーなのだそう。これは日本酒必須なのでは。この辺りには油揚げのお店がたくさん点在していて、十店十色にいろんな特徴があるといいます。栃尾には「保久礼の湧き水」「杜々の森の湧き水」「薬師の湧き水」など美味しい湧き水がたくさんあります。このやわらかで清らかな水が、かつてより栃尾の油揚げをつくりあげてきたのだそうです。
地元に、そこでしか食べられない美味しい名物があるって、いいなぁ。食べ比べや油揚げツアーなんていうのも楽しそうです。お土産にも油揚げをたくさんいただいて、(もちろん新潟の日本酒も手に入れて!)ほくほく抱えて奈良に帰りました。ごちそうさまでした。

豆選
新潟県長岡市栄町2-8-26
0120-05-5006

文・写真:杉浦葉子

初笑いしに寄席に行こう

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。

えェ〜皆さん、寄席でも行っていっぺん笑っときゃあ一年笑って暮らせるだろうと、縁起を担いで新年早々、こういう場にお見えになるんだろうと思うんですが、そう甘くはないんですね。だいたいこの‥‥

早速ふふふ、と客席から笑いが起こる。

正月三ヶ日もすぎた午後の寄席は、2階席までほぼ満員。おじいちゃんも和服のご婦人も買い物帰りのカップルも、めいめいお茶やお弁当を頬張りながらにこにこ噺を聞いている。こじんまりした演芸場では、お客さんの笑い声は合唱のように響いて一体になる。

あぁ、都内にこんなところがあったんだなぁ。噺のまくらであっさり噺家さんに見破られた通り、私も縁起を担いでどれ落語で初笑い、とふらふら来てみた口。

そんなわけで今日は初笑いのお福分けに、最近巷でも何かと話題の落語のお話。

と言っても笑いは取れませんからそれはぜひ演芸場に足を運んでいただくとして、さて、七草粥も済ませてそろそろ地に足をつけなくっちゃという今日この頃、落語にまつわる暮らしの道具のお話でも。

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熊さん八っつあんの登場する落語は江戸時代のイメージが強いですが、はじまりは室町時代末期までさかのぼります。戦国大名のそばに仕えて話を聞いたり世の中の様々な出来事を話して聞かせた「御伽衆(おとぎしゅう)」がその起源。

時の権力者お抱えの話のプロだったのですね。それがお金をとって人に面白い話を聞かせるスタイルになったのが江戸時代。馴染みのある寄席のはじまりです。

町人文化の栄えた江戸時代ですから、話の主役は大家さんにご隠居、若旦那。八百屋、魚屋、夜鷹そば。おなじみ熊さん八っつぁんも大工さんです。

「工芸と探訪」を掲げる「さんち」編集部としては、職人や暮らしの道具にまつわる噺などないかと見てみると、出てくる、出てくる。

ちょうどお正月が舞台の「かつぎや」は御幣かつぎ(縁起かつぎ好き)の呉服屋・五兵衛さんが主人公。

「よそう、また夢になるといけねぇ」のオチで有名な「芝浜」は大金の入った革財布をめぐるお話ですし、「紺屋高尾(こうやたかお)」は染物屋(紺屋)の職人・久蔵が花魁・高尾に一目惚れして叶わぬ恋に病に臥すところから始まります。

「普段の袴」はキセルが話のカギを握る、上野の道具屋を舞台にしたお話。「茶金」は主人公のひとり、茶屋金兵衛の通り名(茶金)がそのまま演目名ですが、その茶金の職業はたいそうな目利きという京都のお茶道具屋さんです。

数えればキリがないですが、落語にもよく登場し、江戸の頃から今も変わらず馴染み深い暮らしの道具といえばやはり風呂敷がその代表格。

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風呂場で自分の衣服を他の人と区別するために包んだことが名前の由来とされていて、銭湯の発達と共に庶民に広まりました。

火事の多かった江戸の町では布団の下に大風呂敷を敷いて眠り、火事を知らせる半鐘が鳴ると布団をくるんで家を飛び出した、という話まであります。行商はみな売り物を大風呂敷に包んで売り歩き、家庭では小さな風呂敷を買い物袋として活用したそうです。

落語の世界での風呂敷は、泥棒の商売道具として登場することもしばしば。そう聞いて思い浮かぶのは、やはり唐草模様の風呂敷でしょうか。

少々不名誉な知られ方をしている唐草模様ですが、実は四方八方に切れ目なく伸びる唐草は長寿や子孫繁栄の象徴。元々はお祝い事にも用いられる、縁起の良い柄です。

これぞ風呂敷、な唐草模様。
これぞ風呂敷、な唐草模様。

日本でも古くから文様は存在していましたが、ちょうど江戸に入って綿の布に人や花、生き物の模様を細かく染めた更紗(さらさ)が舶来し流行ったことから、庶民の使う風呂敷にも好んで唐草模様が描かれるようになりました。

ちなみにその名も「風呂敷」という噺がひとつあるのですが、こちらでは風呂敷の便利さが見直されている昨今でもちょっと思いつかないような風呂敷の使い方をしているので、寄席で運良く出会った方は、ぜひその愉快な使い方をお楽しみください。

ーと、あんまりここで噺の勉強ばかりしても、普段の寄席で事前にわかるのは出演者の名前だけ。何が聞けるかは当日のお楽しみです。

噺家さんはだいたい2・3の候補を腹に入れておいて、他の出演者と演目がかぶらないようにしながら、その場の客席の様子なんかを見て「今日はこれだ」と決めるそうです。

風呂敷包んで持って行ったら、もしかしたら話してくれるかも、しれませんね。

関連商品
中川政七商店
色あわせ風呂敷 日の出

<参考>
瀧口雅仁 (2016)『古典・新作 落語事典』丸善出版
公益社団法人落語芸術協会ホームページ
(東京・横浜の演芸場一覧も載っているので寄席に行く時に便利です)

文:尾島可奈子

ここにしかない一点ものを求めて、プロダクトマニアが訪れる店

新年の書きはじめ、さんちを見てくださってるみなさんに今年もたくさんいいことがありますよう、縁起ものの話から。

お正月、帰省を兼ねて訪れた地元、福岡。「あついお店がある」と友人が教えてくれたのは、“郷土玩具”の専門店でした。

器や帽子、時計など、世の中にはいろいろな専門店がありますが、まさか郷土玩具の専門店とは。これは覗かずにはいられません。新年の縁起ものを求め、福岡 今泉にある山響屋(やまびこや)さんへお邪魔しました。

※ “郷土玩具”とは、昔から日本各地で作られてきた“郷土”の文化に根ざした“玩具”。だるま、木彫りの熊、こけし等も郷土玩具のひとつ。その土地の風土・文化に密接が反映されています。

アパートの一室にお店を構える山響屋さん
アパートの一室にお店を構える山響屋さん

想像を裏切る、にぎやかな空間

「郷土玩具屋」と聞き、町の骨董品屋さんのようなイメージで訪れた山響屋さん。いい意味で、裏切られました。

福岡の郷土玩具専門店 山響屋

宝石箱をひっくり返したみたいな、にぎやかで楽しい空間。九州の郷土玩具を中心に扱っているというだけあって、色鮮やかな郷土玩具がぎっしりと並びます。(九州地方の郷土玩具は、彩度が高く、色味の強いものが多いのです)

楽しい空間にあがるばかりのテンションを抑えつつ、迎えて下さった店主の瀬川さんにお話を伺います。

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 瀬川 信太郎(せがわ しんたろう)さん
 山響屋店主 / だるま絵付師
 1984年生まれ 長崎県島原市出身
 全日本だるま研究会 会員

※ご本人は、かなり独特の九州訛りで話されますが以下訳してお伝えします

日本でも稀な“郷土玩具の専門店”

2015年の春にオープンしたという山響屋さん。最近、ようやく雑誌やネットでも特集されるようになった郷土玩具ですが、まだまだマイナーな領域であるのも事実。なぜまた郷土玩具のお店を開こうと思ったのか、始めるまでの経緯を伺いました。

全国各地から集められた酉たちが出迎えてくれました
来年、酉年ということもあって、全国各地から集められた酉たちが出迎えてくれました

山響屋をはじめる前は、大阪の雑貨屋で働いていた瀬川さん。各店のディスプレイ監修や、バイヤーをしていたそうです。

「自分のお店を出そうとは決めていたけど、特にはじめから郷土玩具に絞って考えていたわけではないです。元々、木彫りのお面とか食器とか人の手で作られたものが好きだったので、民芸品かなぁというぐらい。

独立を決めていた30歳を目前にした頃にちょうど、だるま絵師としての活動も本格的にはじめて。その流れもあって、九州の郷土玩具を扱うことにしました」

瀬川さんはなんと、だるまの絵師でもありました。趣味で描いていた絵が注目され、大阪を拠点に縁起アートを手がける「うたげや」にだるまの絵師として参画。三原のだるま市への出店や、大阪での個展を経て福岡に戻り、山響屋を開店したのだとか。

「はじめは郷土玩具のことはほとんど知りませんでした。でも、取り扱っていくうちに郷土玩具が作られた土地や人、文化の魅力にどんどん惹きつけられてハマっていきました」

絵師としての活動も続けながら、九州を中心に日本全国を周りながらバイイングをしています。

店内には絵付け中のだるまも。オリジナルだるまも作ってもらえるのだそう。
店内には絵付け中のだるまも。オリジナルだるまも作ってもらえるのだそう。

次に繋げていく、もの選びを

バイイングの基準を聞いてみると、素敵な答えが返ってきました。

「今は作っていない昔のものじゃなくて、作り続けられるものだけを扱うようにしてます。今、郷土玩具を作ってくれている方たちが、今後も“仕事”として続けていけるように、次に繋げていくことが俺の役割だと思っているので」

「博多男だるま」と「博多女だるま」の張子(はりこ)。勇ましい顔立ちの男だるまも、ほっぺのチークに ほっこりです。
〈 博多男だるま 〉と〈 博多女だるま 〉の張子(はりこ)。勇ましい顔立ちの男だるまも、ほっぺのチークにほっこり
新しく作りはじめられた創作だるま。覗き込んでいる表情がかわいいです。/福岡県・弥稚子
新しく作りはじめられた創作だるま。覗き込んでいる表情がかわいいです / 福岡県・弥稚子

廃盤の中から目利きが選ぶ、次のヒット商品

駆り立てられる物欲に困るほど、扱ってる商品はとにかくかわいい。また「こんなものあったんだ!」という珍しいものが多く目につきます。

他では見ない郷土玩具、どうやって集めているのか?と聞くと「とにかく現場に行って、作り手と話してる」と教えてくれました。

「作り手と話しながら、作られてるものを見せてもらいます。すぐには出てこないんですけど、話し込んでると片隅の方にね、面白いものが埃を被ってひっそりと佇んでいるんですよ。

それ欲しいって言うとだいたい、『もう、型がどこにある分からない』とか言われるんですけど、そういうものこそ“その土地の匂い”がしてすごく良かったりするんです」

色使いが素敵な土人形。縁起もの × 縁起ものという贅沢な組み合わせの〈 福助乗り招き猫 〉と〈 福助乗り達磨〉/福島県会津若松
色使いが素敵な土人形。縁起もの × 縁起ものという贅沢な組み合わせの〈 福助乗り招き猫 〉と〈 福助乗り達磨〉/福島県会津若松
眉とほっぺのガジガジは、麻の生地でできてるという〈 松本だるま 〉/長野県松本
眉とほっぺのガジガジは、麻の生地でできてるという〈 松本だるま 〉/長野県松本

古いカタログに載っている廃番商品を、もう一度作ってもらうようお願いすることもしばしば。最初は断られることも多いそうですが、何度も通って再生産をお願いするのだとか。

「世の中に見向きされていないものを見つけて、紹介するのが楽しいんです」

最近も、長年作られてなかった津屋崎人形の〈 ごん太 〉をようやく作ってもらえたのだそう。「今では扱う店舗も増えて、いつの間にか人気ものです。『生産が間に合わん』って、手に入れるのが大変になりました」と、笑います。

オリジナルのものも作ってもらうこともあるのか尋ねてみると「それはしてない」との答えが。

「わざわざ新しいもの作らなくても、いいものは絶対にある。作り手が作れるものの中から、新しく主力商品になりそうなものを探し出すのが、大事なことだと思うんです」と話します。

その為、工房に足を運び、何があるかどんな商品を作ってるのかをひとつひとつ見るのだそう。バイヤーとして、これまで国内外でたくさんのプロダクトを見てきたという瀬川さん。いいものを探し出す審美眼が鍛えられているのを感じます。

子どもと楽しく遊んでいる姿だという「ナンメンキャンキャン」/長崎県長崎市
子どもと楽しく遊んでいる姿だという〈 ナンメンキャンキャン 〉/長崎県長崎市

長い時間をかけて、研ぎ澄まされてきたもの

郷土玩具ってこんなに人気があったのかと驚くほど、取材中も入れ替わり立ち替わりでお客さんがやってきます。いつもどんな方が買っていかれるのか聞くと、デザインやものづくりに関わる方が多いとか。

「郷土玩具って、高級工芸や美術品じゃなくってあくまで“おもちゃ”だから、何の制約もなく自由に変わってもいい、しなやかさを持ってます。だから、デザインも、どんどん磨かれて洗練されてきてるんです。

何代にも渡って支持されて残ってきたものはやっぱり、パッとでてきたプロダクツには負けんかっこよさがあります。何でこういう色か形か、ひとつひとつに文化があるし、すごく根が深い。

うちのお客さんは、感覚的にでもそういう背景や造形の奥深さに惹かれてるんじゃないかな。何というか、独自のセンスを持ってる人が多いように思います」

流行りや人気など、外から借りてきたような価値観じゃないものを軸に物選びをする人たちが、自分が好きなものを探してここにやってくるのかなと感じました。

「逆立ち猿」/広島県宮島
ユニークな絵付けの〈 逆立ち猿 〉は、頭が動きます /広島県宮島

郷土玩具店の、これから

これからどんなことをしていきたいか、郷土玩具店のこれからを尋ねました。

「今は、廃絶してしまった福岡の郷土玩具を復活させるプロジェクトを進めています。どうしても無くしたくないんだけど、一人しかいなかった作り手の方が辞めちゃったので、それなら自分たちで復活させようと。

地元のメーカーさんと作り手の息子さん、町の行政の方に協力してもらって制作を進めているところです」

今年の春に発売予定のその郷土玩具は元々、地域の祭礼で売られていた町のシンボルのような存在だったのだそう。この再生プロジェクトは、ものの復刻という域を超えて地域復興へも繋がっているのかもしれません。

「ひとりの力は限られてるけど、ひとりが動けばどうにかなることは意外と多いです。郷土玩具の世界は特にそんなに大きいものでもないし。そしてやっぱり地元にいる人が、思いを持って動くべきだと思います」

九州の郷土玩具は、瀬川さんがいる限り安泰な気すらしてきます。

買い物バックに、お正月用のイラストを描いてくださいました。
買い物バックに、お正月用のイラストを描いてくださいました

「あとは将来、本を出したいです。郷土玩具からその土地の観光地や行事を紹介するような本。今あるガイドブックに紹介されてる有名なところの他にも、九州には魅力的なところがいっぱいあるし、そういう場所もみんなに知ってほしい。

郷土玩具の背景には、それが使われている祭りや神事や、売られている朝市があったりして深いですし、ものの周りを知ることでそのもの単体だけじゃなくって、その土地自体に愛着が湧くと思うんです」

お店のセレクトを見ても分かるように、それはきっとまだみんなの知らない情報が掲載されたおもしろい本となるに違いありません。

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取材中、ひっきりなしに来られる山響屋さんのお客さんがみなさん、郷土玩具を持ってとても幸せそうに帰っていかれるのが印象的でした。縁起ものを届ける仕事っていいですね。

福岡のアパートの一室にある小さな郷土玩具店は、お客さんにも作り手にも、そして郷土玩具の未来にも、大きな縁起をもたらすとっても素敵なお店でした。

山響屋

福岡市中央区今泉2丁目1-55やまさコーポ101
092-751-7050
http://yamabikoya.info


文・写真 : 西木戸 弓佳

愛しの純喫茶 〜堺編〜 喫茶ラック

こんにちは。さんち編集部の井上麻那巳です。
旅の途中でちょっと一息つきたい時、みなさんはどこに行きますか?私が選ぶのは、どんな地方にも必ずある老舗の喫茶店。お店の中だけ時間が止まったようなレトロな店内に、煙草がもくもく。懐かしのメニューと味のある店主が迎えてくれる純喫茶は密かな旅の楽しみです。旅の途中で訪れた、思わず愛おしくなってしまう純喫茶を紹介する「愛しの純喫茶」。第2回目は住宅街にひっそりと佇む、堺の喫茶ラックです。

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阪堺線の高須神社駅から歩いてすぐの住宅地。朝8時、完全にローカルな大阪南部の独特の雰囲気の中、営業しているのか不安になるほどうっすらと書かれた「ラック」の文字。ドアの小さな窓からは中の様子は見えないけれど、「営業中」と書かれた札を頼りに「えい」とドアを開ける。中にはいかにもご近所さんといったリラックスした雰囲気の2人連れと、間違いなく常連であろう年配の女性が店主のおかあさんとひっきりなしにおしゃべりをしていました。店主も彼女も朝からとっても元気。その方の食べ残している玉子トーストがおいしそうで、チラチラと横目で見ながら隣のテーブル席へ。

店内はカウンターを含めて10席あまり。
店内はカウンターを含めて10席あまり。

玉子トーストも気になったけれど、いちばんの人気メニューだという玉子サンドも見てみたくって、玉子サンドとホットコーヒーをオーダーしました。コーヒーはサイフォンで淹れているようで、ちょっと時間がかかりそう。ワクワクしながらお腹を空かせて待っていると、予想通り、隣の常連さんが話しかけてくれました。

「旅行中?どこから来たん?」
「東京からです。昨日から堺に泊まってます」
「はあ〜、ひとりで旅行?えらいねぇ。このあたりは古い建物やなんやも残っとっておもろいやろ。あっちのあたりにこんなんがあってな…」

一言返せば5倍の言葉が返ってくる。さすが大阪…!

「ここの玉子サンドはほんまにおいしいねんで。食べきれんかったら包んでくれるから遠慮なく言い」

そう、大阪のおばちゃんはみんなとってもやさしいのです。

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ここで待ちに待ったコーヒーと玉子サンドの登場です。ふたり分かと戸惑うほどのボリュームで、湯気があがるほどホカホカ、見ただけでわかるほどフワフワ。はやる気持ちを抑えてまずはコーヒーを一口。次に息をふうふう吹きかけながら玉子サンドを食べると、バターとマヨネーズだけのシンプルでやさしい味が口に広がりました。身体の中からあたたまるのがわかります。

44年ほどこの場所でひとりで切り盛りされているというお店。ホカホカの玉子サンドを食べていると次々に常連さんが現れ、店内はますます賑やかになります。「いつものちょうだい」がこんなに似合う店があるなんて、というほど店主と常連さんの呼吸が合っていて、なんだか少しうらやましい気持ちになりました。

なんとも味のある看板です。
なんとも味のある看板です。

喫茶ラック
大阪府堺市堺区北旅籠町東2-1
072-229-7583

文・写真:井上麻那巳

京都「清水製陶所」がつくる、貴重な陶器の菓子型

あけましておめでとうございます。さんち編集部の杉浦葉子です。
—— なにもなにも ちひさきものは みなうつくし
清少納言『枕草子』の151段、「うつくしきもの」の一節です。
小さな木の実、ぷにぷにの赤ちゃんの手、ころっころの小犬。
そう、小さいものはなんでもみんな、かわいらしいのです。
日本でていねいにつくられた小さくてかわいいものをご紹介する連載、第2回目は京都でつくられている「陶器の菓子型」です。

清水焼の小さな菓子型

初めて見たときは思わず、あれもこれもと買い込んでしまったかわいらしい菓子型。小さなものって、なんだかたくさん集めたくなります。
京都の世界遺産である清水寺のほど近くにある「清水製陶所」でつくられている清水焼の菓子型は、ご主人の清水永徳さんが21歳の頃お父さまから受け継ぎ、40余年つくり続けてきたもの。
菓子型というと木でできた型を思い浮かべる方も多いと思いますが、こちらは陶器製。内側にだけ釉薬がかけられていて艶があり、陶器ならではの優しい丸みのあるお干菓子ができるのが魅力です。

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お店のウインドウにひそやかに並ぶ菓子型。奥にあるのが「原型」です(原型は非売品)。このひとつの原型から石膏型を起こし、菓子型を複製していくのだそうです。「アジサイの型(奥の真ん中)は、作るの大変やったんよ」と清水さんがおっしゃるように、私も最初に一目惚れしたのはひときわ繊細なアジサイの型でした。

奥は小さな干菓子型。手にしているのはひとまわり大きな型。お店の包み紙も可愛い。
奥は小さな干菓子型。手にしているのはひとまわり大きな型。お店の包み紙も可愛い。

お店の包み紙に描かれたものと同じ、カエデの型は少し大きな型。水羊羹などに良さそうです。かつては、お盆のお供えにする大きな落雁の型や、寒天やゼリーなどの型もたくさんつくっていたそうですが、今では需要も減ってしまい、お干菓子用の小さな型でさえ、多くはつくられていないそう。こちらの「清水製陶所」でも清水さんがお1人でつくられていて、後にはつくり手が居ないとのこと。お店に並んだ菓子型も貴重なものになってきました。

「これはツツジ、これは糸巻き、これは雪輪で…」と、菓子型を指さしながら、一つひとつ薄紙でていねいに包んでくださる清水さん。きっと、それぞれの型に長年の思い入れがあるんだろうなと胸がきゅんとなりました。大変な手作業だとは思いますが、これからも菓子型をつくり続けてほしいなと思います。
清水さん、またお伺いしますね。

<取材協力>
清水製陶所
京都府京都市東山区清水3丁目336
075-561-6316

文・写真:杉浦葉子