常識を覆す「THE」カトラリー。“無理”から始まった工業と工芸の融合

世の中の定番を新たに生み出し、これからの「THE」をつくることをテーマに、様々な既存の商品をアップデートしてきた「THE」のメンバー、水野学、中川政七、鈴木啓太、米津雄介。これまで飯茶碗、醤油差し、洗濯洗剤、はさみなど多様な製品をリデザインしてきた「THE」が、次のテーマに定めたのがカトラリーでした。

スプーン、フォーク、ナイフといったカトラリーを一新するために声をかけたのは、知る人ぞ知る新潟のものづくりメーカー、大泉物産。

株式会社 大泉物産
株式会社 大泉物産

デンマーク王室御用達のカトラリー「KAY BOJESEN(カイ・ボイスン)」、デンマーク王室から叙勲された著名なデザイナー、オーレ・パルスビーが最後に手がけたカトラリー「ICHI」などを製造しているほか、多くのコンテストで賞に輝いているオリジナルブランド「TRIO」も手掛けています。

大泉物産
多くの名カトラリーを手がけてきた

新しいカトラリーはなにが違うのか。なにを目指したのか。「THE」の代表でプロダクトマネージャーの米津雄介さん、大泉物産の代表取締役 社長 大泉一高さん、製造部長の大泉達夫さんに話を聞きました。

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「平べったい形」への疑問。カトラリーの新しい価値を模索

——「THE」ブランドでカトラリーをつくろうと思った理由を教えてください。

米津:大昔は銀食器の時代で、持ち手が分厚かったり、立体だったりしたものが多かったんです。でも、今はほとんどのカトラリーがステンレスの板からつくられていて、平べったい。これは20世紀の工業的な発想で、素早く効率的に品質の良いものをつくる技術なんですよ。

THE株式会社 代表取締役 米津雄介さん
THE株式会社 代表取締役 米津雄介さん

一方で、プロダクトデザインとして考えた時に、本当にこの形がいいんだろうかという疑問がありました。例えば、フォークはクルクルと回して使うことがありますよね。そうすると持ち手が丸っこいとか、立体的であることも、カトラリーとしての当たり前の価値ではないかなと思ったんです。

そこで「THE」のメンバーといろいろ試行錯誤した結果、楕円形の柄にしようという結論になりました。加えて、ナイフ・フォーク・スプーンは、切る・刺す・すくうというように、道具としてぜんぜん違うものなので、それぞれの機能にどうやって特化するかを考えました。

これは「無理だ」からのスタート

大泉(一):米津さんから初めに相談を受けた時に、非常に難しいと感じました。特に持ち手の部分ですね、これは困難だと。

ただ弊社としても、これまでと同じものづくりを続けているだけでは成長がない。ご相談いただいたことに、できる限り“No”とは言いたくないですし、チャレンジしてみようと思いました。

株式会社大泉物産 代表取締役社長 大泉一高さん
株式会社大泉物産 代表取締役社長 大泉一高さん

——なぜ、大泉物産に声をかけたんですか?

米津:我々の直営店のTHE SHOPで、大泉さんがつくっているカトラリーブランド、カイ・ボイスンを販売させて頂いてるんです。これが本当にいいカトラリーなんですよね。

今回、世に出回っているカトラリーを集められるだけ集めて「THE」のメンバーで食事をして使ってみたんですが、その中でも使い心地がピカイチなんですよ。それで、「THE」のカトラリーとして新たな定番をつくるなら大泉さんと一緒にやりたいと、相談させていただきました。

多くのカトラリーが並ぶ、大泉物産のショールーム
多くのカトラリーが並ぶ、大泉物産のショールーム

大泉(達):ありがとうございます。

でも、いつも現場を見ている私も社長と同じく、楕円形の柄の設計図を見た瞬間に「これは無理だ」と思いましたね(笑)。

通常のカトラリーは、単純にいうとクッキーの型みたいな金型で素材の板から形を抜くんです。しかも、素材の厚さは通常5ミリ程度。今回のオーダーでは、7ミリある楕円形の柄にしたいということで、それは従来の方法じゃできないんですよ。

ほかの方法を考えるにしても、とにかく手作業が多くなるイメージがあったので、コスト的に厳しくなるだろうし、正直に言うと「やりたくないな」と感じていました。

大泉物産 製造部長 大泉達夫さん
大泉物産 製造部長 大泉達夫さん

「THE」がパートナーを選ぶ基準

米津:僕もプロダクトデザイナーの鈴木啓太もずっとものづくりに関わってきたので、僕らが考える技術的に可能な範囲を設定し、それに沿って設計します。

ただ、僕らが当初考えていた「熱間鍛造」(素材を高熱で加熱して柔らかい状態で加工する方法)だとコストが合わなかったんですよね。想定よりもかなり高くなってしまって、困りました。

別の方法を考えなければいけないという時に、「これまでにないカトラリーをつくりましょう」という僕らの提案を、大泉さんの会長、社長が前向きにとらえてくださり、最終的には現場の皆さんも「これができたらすごいよね」という想いを共有していただきました。

大泉(逹):社長がやると決めたら、私たちはもう腹をくくってやるしかないですからね(笑)。それからは「できない」と考えるのはやめて、どうすればできるのか、金型屋さんを呼んで相談しました。そうしたら、「吸い込み」という技術が使えそうだとわかったんですよ。

でも、実はもう何十年も前に会長が「吸い込み」でものづくりをしようとして大失敗して以来、うちではやったことがなかった技術なんですよね。金型屋さんも、部分的にしかやったことがないという話で、結局、カトラリーの柄を「吸い込み」したことがある人はいませんでした。

THEカトラリー
手に馴染むように、立体的な持ち手にチャレンジした

大泉(一):この「吸い込み」は、昔は燕でもよく使われていた技術でもあるので、もう一度、うちの方で構築してみたいなと。昔よりも金型の精度も上がっているし、チャレンジしてみようと考えました。

数々の試作を経て、満足のいく持ち手に近づいていった
数々の試作を経て、満足のいく持ち手に近づいていった

米津:以前に大失敗していたら「絶対やめろ」って言われそうですけど、そこで挑戦させてくれたのが嬉しかったですね。

どうやってパートナーさんを選ぶのかってよく聞かれるんですけど、つまるところ、チャレンジしてくれるかどうかなんですよ。そして、チャレンジしてくれるかどうかは、ものづくりが好きかどうかだと僕は思っていて。大泉さんは会長も社長もお会いした時に、すごくものづくりが好きなんだなって感じたんですよね。

大泉(一):弊社には、「洋食器を研磨したい」というモチベーションで移住してきた社員もいます。みんなものづくりが好きなんだと思います。

大泉社長

特に昔は住宅と工場が隣り合わせだったので、ものづくりが今よりも身近にありました。その中で自然と何かをつくることが好きになったように思います。

今は工場が離れたところにあるので、子どもたちがものづくりに触れられないまま大人になってしまう懸念があります。行政とも協力して体験学習などに取り組んでいるところです。

大泉物産
大泉物産
大泉物産
ものづくりが好きで大泉物産に集まってきた社員の方たち

7ミリという数字へのこだわり

——「吸い込み」はどういう技術なんでしょうか?

大泉(達):今回、素材の板は、通常のカトラリーで使用する5ミリのものを使いました。それを楕円形にするために、余白を大きくして型抜きをするんです。次に横から楕円形の金型でググッとプレスすると、7ミリの厚さになります。本当に微妙な調整が必要で、何度もトライ&エラーを繰り返しました。

「吸い込み」用につくられた金型
「吸い込み」用につくられた金型
吸い込み
縦方向からプレスして、厚みを出していく

米津:本当に苦労をおかけしましたが、7ミリという数字には、非常に大きなこだわりがあったんです。

普通のカトラリーの場合、どうしても頭の方が重くなってバランスが悪くなったり、手が疲れてしまう。今回、僕らはそれぞれのカトラリーの質量や重心がどこに来るかを綿密に計算して、最適なバランスが得られる数値として出てきたのが7ミリだったんです。

THEカトラリー
7ミリという厚みにこだわった、持ち手の部分
THEカトラリー
使う際のバランスを考え抜いて、7ミリの持ち手という結論にたどり着いた

突破口となった金型屋のアイデア

——頭の部分のこだわりを教えて下さい

米津:それぞれの機能に特化した部分では、フォークが一番面白いし、わかりやすいですかね。コンセプトは「よく刺せるフォーク」。普通のフォークの歯って、4本が平行についていますが、今回のフォークは真ん中の2本がちょっと上がっていて、端の2本は下がっています。

さらに、歯が少し湾曲するようなオーヴァル状のデザインにすることで、物理的に刺す角度を変えて、フォークを刺した時にすぐに抜けてしまうことを防ごうというアイデアです。

もうひとつの特徴は、歯と柄の間の部分を深くくぼませて、スプーン状にしたことです。立体的にくぼませることによって、「すくう」という機能も兼ねることを考えました。

THEフォーク
オーヴァル状の歯と、スプーン状のくぼみにこだわった「フォーク」

大泉(達):フォークの形状を見て、これも難題だなと思いました(笑)。我々は「つぼ型」と呼んでいるんですが、くぼんでいる部分を金型で出そうとすると、フォークの歯が中央に寄ってしまうんですよ。

これをどうしようかと金型屋さんに相談したら、ダメもとでやってみようと提案してくれたのが、先端部分を反るようにして曲げてから、「つぼ」の部分を押し込んでくぼみをつける方法。これも初めて見るやり方だったんですが、半信半疑で試してみたら、うまくいきました。

フォークの頭部分の型
フォークの頭部分の型
THEフォーク
歯を反対方向に曲げてからプレスすることで、上手くいった

米津:おもしろい!どういう理屈なんでしょうね?

大泉(達):金型屋さんの経験からのアイデアで、理論的にどうだと聞かれると、なんでだろう?というのが正直なところです。

大泉物産
ものづくりの現場にはユニークな知見が埋もれている

米津:なるほど。ものづくりの現場にいくと、熟練の職人さんだけが知っている感覚的でユニークな知見がたくさん埋もれていますよね。

大泉(達):本当にそう思います。

米津:スプーンは、とにかく「よくすくえる」ことを重視しました。くぼみの真ん中から外側に向かって、素材がだんだん薄くなっています。

それと、これは元々、大泉物産さんの「ひらめん」という技術で、すごくいいなと思って使わせてもらったんですけど、スプーンの端の部分に水平な面を出しています。

この形状にすることによって、例えばカレーやスープの最後の一口がすくいやすくなると同時に、すごく口当たりが良くなるんですよ。これもまた、面倒なデザインだったと思います。

端の部分にほんのわずかだけ水平な面がある
端の部分にほんのわずかだけ水平な面がある
THEスプーン

大泉(達):フォークほどじゃありません(笑)。そして、ナイフはさらに大変でした。

米津:(笑)。

常識では考えられないデザイン

米津:一般的に、カトラリーナイフは安全性の面からあまり切れないようにしてあるじゃないですか。だから、レストランに行くと、お肉にはステーキナイフがついている。でも、自宅で使うことを想定したら、わざわざステーキナイフを用意するのも面倒ですよね。

それで、ギリギリ安全性を担保しながら、ものすごくよく切れるナイフをつくりましょうということで、刃物として「刃付け」をしてくださいとお願いしました。

もうひとつ、普通のナイフの刃は一定の厚みなんですが、立体のハンドルと同じ厚みをキープしたまま、先端の刃に向かってシュッと鋭くなっていくデザインを考えました。お肉を切るというより、断面を押し広げて、割く力を強くするイメージです。

これも、最初に僕らが図面を持っていった時、「できるはずがない」と言われました(笑)。

THEナイフ
切れ味と形状にこだわったナイフ

大泉(達):いままでの常識では考えられないデザインだったんです。ナイフづくりに携わっている人に相談したら、『この世に同じ形状のものがない』と言われて。

そこまで言われると、逆に挑戦する価値があるよね、とスタートしたんですが、鍛造屋さんに相談に行ったら、やっぱり「できません」と言われました。

大泉物産

米津:僕らがデザインしたようなナイフは確かに存在しないので、通常のナイフの形状とどちらがよく切れるのかは、正直なところ、わからなかったんです。でも、これまでにない形状でよく切れるというナイフをつくれたら素敵だよねということで大泉さんとも意見が一致して、チャレンジしてもらいました。

「できない」を「できる」にするために

大泉(達):独特の形状は、通常1回の工程を2回にすることで実現できたのですが、切れ味を出すのが本当に難しかったですね。最初はもう手で削るしかないとも思ったんですが、手で削ると安定した数値が出せないんですよ。そうすると、形状的に素晴らしくても、モノによっては切れなくなる可能性が出てくる。

それを避けるために、やはり機械で加工しようということで、あれこれ試しました。

何かいい方法はないかと、刃の磨きのプロのところに相談に行ったんです。最初は教えてもらえなかったんですが、何度か通っているうちに、刃の付け方と磨き方を指導してくれたんですよ。その通りにしてみたら、見事に切れるナイフになりました。具体的な方法はトップシークレットです。

米津:それもすごい話ですね。今回のカトラリーは企画してから完成までにだいたい1年ぐらいかかりましたが、最終的に、効率的にいいものをつくる工業製品としての技術と、刃付けや磨きといった工芸的技術のハイブリッドでつくることができたと思っています。

米津社長

大泉(達):そうですね。今回、改めて「何でも試してみるもんだな」と思いました。

見たこともやったこともない依頼が来ると、頭の中で「できない」と考えてしまうもんです。でも、いろいろな人に相談しながら何度も試すと、無理だと思っていたことも、できることがある。それを実感しました。

そうやってこれまでにない知見を得られることは大泉物産の大きなプラスになりますし、今回、チャレンジした甲斐があったなと思います。

大泉物産
大泉物産
大泉物産
社員から新しいアイデアが出てくることもある。まさに一丸となったものづくりを実践している

大泉(一):今、一人や家族で経営されているような研磨業、溶接屋さんなんかが続かなくなってきている。そこをなんとかできないかという課題があります。

ものづくりの工場が集積して切磋琢磨し、時には今回のようにノウハウも教えあうのがこの地域の強みです。

こうした状況でみなさまに評価されるものづくりを続けていけるように、これからも取り組んでいきたいと思っています。

——みなさん、今日はありがとうございました。

<取材協力>
株式会社大泉物産
https://www.ohizumibussan.jp/
THE株式会社
http://the-web.co.jp/

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文:川内イオ
写真:浅見直希、THE提供

中川政七商店のものづくり実況レポート。「さんち修学旅行」和歌山高野口のパイル生地編

2019年8月、ある日の朝8時。

南海線なんば駅に、中川政七商店のテキスタイルブランド「遊 中川」の店長たちが集合しました。

今日は「さんち修学旅行」の日。

学生の修学旅行とは、ちょっと違います。

「さんち修学旅行」はお店で扱っている日本各地のものづくりの魅力を、自分の言葉で語ってお客様にお伝えするべく、現場を実際に見て理解を深めるという、私たちスタッフの勉強の場。

現場で見た感動がきちんとお客様に伝わったら、中川政七商店が目指す「日本の工芸を元気にする!」第一歩になるはずです。

今日集まったのは北は札幌から南は博多店まで5名の店長たち。

電車で向かうは和歌山県高野口。さぁ出発です!

午前の部は私、遊 中川 ecute上野店の店長、田中がレポートを書かせて頂きます!
 

和歌山県高野口へ


遊 中川では、日本各地にある様々な生地の産地と一緒に、毎シーズンの新作テキスタイルを作っています。

今回はお邪魔した和歌山県高野口というエリアは、今年の新作テキスタイル、『パイルジャカード網代』シリーズなどの生地が作られている産地です。



なんば駅から電車に揺られること1時間ちょっと。和歌山に降り立つのさえも初めてな私です。

ですが、高野口という地名は以前から店頭で知っていました。

遊 中川の布製品には、その生地が生まれた産地や技術背景を伝える、テキスタイルタグが付いているのです。

そこに書かれてあった「高野口」という地名。実際は、どんな場所なのでしょうか。

降り立ったのは高野口エリアの中心、橋本駅。駅前で素敵な笑顔で私たちを出迎えて下さったのが、株式会社中矢パイルの中矢社長です。

新作の「パイルジャガード網代」のジャガード生地を製造してくださったメーカーさんです。

今日はよろしくお願いします!の気持ちをこめてみんなで一礼。ここからは車で移動します。

車に揺られていると、広々とした紀ノ川の景色が見えてきました。



紀ノ川は中川政七商店の創業の地、奈良から流れているらしいのですが、遠くから見ても本当に水がきれいです。

なんでもこの紀ノ川で泳いで育った子どもたちの中に、水泳の某有名選手もいるのだとか…!

中矢さん曰く「ものづくりには綺麗な水はかかせない」とのこと。

なるほど。そういえば昨年お邪魔した堺の注染手拭いのメーカーさんも、そう仰っていたことを思い出しました。

「ものづくりの産地にはきれいな水あり」なのかもしれません。
 

新作テキスタイルが作られるのは、世界唯一の「ある素材」の産地


霊山・高野山の麓に広がるこの一帯は、実は世界唯一の「特殊有毛パイル織物」の産地。

と書くと難しそうですが、国会議事堂や新幹線の椅子張りも、高野口のパイル織物が使用されています。一方で世界的なブランドのドレスやコートにも採用されるなど、活躍の幅が広い素材です。

最近では、高品質な「エコファー」 (フェイクファー) の産地としても国内外から注目されています。


▲今回のパイルジャガード網代シリーズにはパイル織物 (上のグレーの部分) とエコファー(もこもこの白い部分) 両方が活かされています

中矢さんとお話しながら、あっという間に1箇所目の見学場所に到着。やってきたのは木下染工場さん。

後に紹介する、中矢パイルさんで織った生地に色をつける「染め」のメーカーさんです。

今回の遊中川の新作『パイルジャカード網代』の場合は、

「織り」…後ほど見学する中矢パイルさん

「染色」

「シャーリング」 (生地のケバケバを無くし、手触りをよく工程) …こちらのメーカーさんも後ほど登場します!

中矢パイルさんに再び戻り「生地のチェック(検査)」

を経て生地が完成します。このように産地の中で工程が分業されているんですね。

この中でも「染め」を担当する木下染工場さんの詳しい工程は次の通り。

1、染める



2、余分な染料を洗い、絞る
3、脱水
4、生地を畳む



5、乾燥させる

ちなみに上のたたんでいる生地は、お掃除用のクロス生地。

私達の身近にある日用品が、こんな風に作られているのかと、皆で「あぁ!」「へぇー」の嵐でした。

木下社長さま、暑い中ご丁寧なご案内をありがとうございました!

最初に拝見した木下染工場さんでテンションはもう120%です。このまま今日はどんな1日になるのだろう?ますますワクワクしてきました!
 

パイル織りの現場へ潜入!


熱も冷めやらぬうちに再び車に乗り込み、向かった先は中矢社長の中矢パイル工場。

中矢社長が、「この新しい事務所になってからこんなに多くの方々が来て下さるのは初めてだ」と仰っていました。

大勢ですみません。お邪魔致します!

遊 中川では以前にも、中矢パイルさんと一緒にものづくりをしたことがあります。

それが2017年のテキスタイル『杉木立』です。



ここ高野山の杉木立をパイルで立体的に表現したデザインは、人気であっという間に完売頂きました。このコートは私も愛用しています。

 

こうした生地が、実際どのように織られているのか。いよいよ工場の中へ。



奥までずらりと並ぶ大きな機械に、絶えず響く大きな音。もう見ただけで圧巻です。

こちらは小巻にした糸を機械にセットしているところ。



こういう風に生地ごとに使う糸が、タテ・ヨコそれぞれに必要な糸の本数分だけ、機械にセットされていくんです。

▲先ほどのセットされた糸が、集まって織り機に繋がっています

なんでも、これが1番大変な作業だそうで、1人でやると丸2日かかるとのこと・・・!

急いでる時はスタッフさん総出でこれを機械にセットするそう。

黙々と作業されているスタッフさんにお声がけしたら、「これが1番大変なのよ~」と手を止める事なくお返事下さいました。

こうやって人の手作業があってこそ動く機械なんだ。

機械=人の手作業ではないなんて誰が思おうか。

そんな事を思いました。


複雑なパイル織物の正体

この後、実際に生地を織る工程に入るのですが、パイルジャガカートの織りは複雑で、理解力に乏しい私は一回の説明だけでは理解しきれず何度も聞く事に。

タテ糸とヨコ糸を合わせて生地が織られていくわけですが、パイル織物は織り上げた生地の真ん中に切り込みを入れて2つに切る。だから反転する模様がある…?

▲確かに機械の後ろは、生地の巻物が2本あります

ん?!どういう事だ?と、その時のメモがこちらです。



この真ん中で切られた部分がふわふわのパイルになるわけですね。

なるほど!やっと理解できた!!と思ったらもう感動の嵐です。

あの生地があーなって、こーなって…!

目の前のものづくりとお店に並ぶバッグや服。やっと、全部が繋がりました。



とても手間のかかっている生地だなと、見て触って解っているつもりだったのですが、実際の工程を見ると…終始、感動しきりでした。

見学中、機械は動いたり止まったりを繰り返していました。

生地を織っている間に、どこかで一本でも糸が切れてしまっていると、止まる仕組みになってるんだそうです。

職人さんが、どこの糸が切れているのか?をサッと見て直してまた動かして。の繰り返し作業です。

ふと足元を見ると、機械に吊るされたこんな重しがあり。



これ、何だろう?と思って中矢社長に伺うと、生地を織るときの強さを調整する重し。なんと、職人さんが気温や湿気を見て、その日その日で機械に吊るしている重しを変えているんだそうです。

ひぇ~!

「これぞ職人技だ!」とさぁっと鳥肌が立ちました。

職人さんしかわからない世界。こういうところが、凄いですね!


ものづくりのバトンを繋いで

こうして織られた生地が、さらに染めや仕上げの工程を経て、縫製、検品へとバトンを繋いで、店頭に並びます。

私も昨年、この高野口パイルのコートをワクワクして買った時のように、今年の新作も、お客様がお店でワクワクして手に取って、試着して、気に入ってご自宅に連れ帰ってくださるように。

今までより一層、作っているメーカーさんの分も、誇りをもってお客様に魅力を伝えて行こう。

そう思った今回の修学旅行でした。

中矢さん、木下さん、ありがとうございました!とても刺激的な1日でした。

よく晴れて暑かった高野口、産地としても熱かったです!

では、私のレポートはここまで。続く午後の部は、遊 中川 近鉄あべのハルカス店の上村店長にバトンタッチさせて頂きます!


午後のスタートはかわいい猫クッションとともに

ここからは私、遊 中川 近鉄あべのハルカス店 店長・上村がお送りいたします!どうぞお付き合いくださいませ。

我々が次に訪れたのは杉村繊維工業さん。

世界に誇れる高野口のものづくりを、もっと多くの人に知ってもらいたい!と他のメーカーさんと協業してFabrico (ファブリコ) というファブリックブランドを立ち上げられています。

中川政七商店の直営店にもFabricoさんの可愛らしいネコ型クッション「NEKO」シリーズが並んでいます。



本物のネコさながらのふんわりとした触り心地に、持ち帰りたくなる人も…(笑)

エコファーの産地としての高野口の歴史、その技術の高さについてなど、たくさんお話をしていただきました!
 

高野口の生地が高品質な理由


高野口は昭和初期から培ってきた加工技術により、世界有数のエコファーの産地と言われています。

生地をなめらかに手触りよくする仕上げの工程と検品技術の高さが、品質を支えているのだとか。

▲仕上げによって右の生地が左のようにふわふわに

早速お話を伺った「仕上げ」の工程を見学に、我々は堀シャーリングさんへ向かいます。

 

見慣れたあの生地も、こうして作られている


いざ、工場へ。中は…とにかくすごい熱気です!

▲右側の緑の壁は生地に熱処理を加える炉。近くにちょっといるだけで汗だくになる程の熱気です

電車やバスの座席のシートの最終仕上げも、手がけられているそうです。

織られた生地を何度も機械にかけてケバを取り、なめらかな仕上がりにしていきます。

▲こんな生地、電車内で見たことがあるのでは?

▲こちらは違う生地ですが、このような刃で表面をコンマ何ミリという世界で削ぎ、揃えていきます

こうすることで例えば座ったときにも、おしりにパイルのケバが付かないようになるんだとか!

何度か機械にかけられたものを触ってみて、これやったら大丈夫そうやなぁと思っていた生地も再び機械へ…

こうして精度を高めていくことで、私たちが何気なく座っている座面シートなどになるんですね。

技術と忍耐の賜物です。


実は織りだけじゃない。高野口パイルの「編み」の世界


さて、堀さんの工場を後にして、我々は最後の目的地へ。今までとはちょっと違う「編み」の現場を見せていただきました。

通常生地づくりは、織り、編みで得意な産地が分かれますが、高野口は、中矢さんのような織りだけでなく、編みを得意とするメーカーさんもいる珍しい産地。

伺った先では、シープボアというモコモコとした毛並みが特徴的な生地が作られていました。

政七商店の冬のネックウォーマーもこちらで作っていただいています。(秋の入荷予定です、是非お店で着け心地を実感してみてください!)

機械の全景はこんな様子。人の背丈ほどあります。

▲右側の機械、黄緑色の生地が編まれています

中心部分を覗いてみると、糸が円を描くように高速で編まれていました。



筒状に編まれた生地はどんどん下に降りていきます。

出来たての生地はボリュームがあり、想像以上の迫力でした…!

はじめて見る機械や技術に興味津々の我々、見学時間が押してしまい、最後は少しかけ足になってしまいましたが、作り手さんの熱い思いやこだわりを生で聞くことができた、またとない貴重な機会でした。

まだまだ見たいこと・聞きたいこともたくさん。

自然も人も素敵な高野口、また訪れたいです!今回お世話になった皆さん、本当にありがとうございました。

そして記事を読んでくださった皆さん。お店で『パイルジャカード網代』のアイテムを見かけたら、ぜひ私たちに尋ねてみてくださいね。まだまだ熱く語れます!

脱藩する龍馬の顔を隠した「まんじゅう笠」が今、人々の生活に戻ってきた理由

1862年 (文久2年)、土佐藩脱藩を決めた坂本龍馬は、高知から下関への道を進んでいました。脱藩するということは、追われる身になるということ。人目につかないよう移動する坂本龍馬の顔を隠したと言われているのが、頭をすっぽりと覆う「まんじゅう笠」です。

まるで饅頭のような曲線が特徴的なまんじゅう笠
まるで饅頭のような曲線が特徴的なまんじゅう笠

まんじゅう笠は、すべて竹の素材で作られている「竹の子笠」の一種。そのふっくらした形から「まんじゅう笠」と名前がつきました。大変軽く、当時は多くの人が使っていたもの。

しかし現在では、専門の作り手は高知県にただおひとりです。実生活では、ほとんど見かけることがなくなったまんじゅう笠ですが、実は近年、ある趣味の人々に重宝されているのだとか。

まんじゅう笠づくりの技術を唯一受け継ぐ宮崎直子さんを訪ねて、高知県芸西村(げいせいむら)をおとずれました。

大きく軽く、ぷっくら丸い「まんじゅう笠」

「昔はね、みんな自分の被るのは自分で作りよりましたので」

坂本龍馬のイメージが強く残り「脱藩笠」とも呼ばれるまんじゅう笠ですが、実はかつては誰もが手作りしていた一般的なもの。特別な笠ではなく、一家にひとつはあるような、日常に溶け込んだものだったと宮崎さんは言います。

宮崎さんがまんじゅう笠を作っているのは『芸西村伝承館』という、芸西村の伝統を残し伝えていくための場所です。平屋の日本家屋で、芸西村の名産である「白玉糖」の製糖体験などが催されており、宮崎さんが作るまんじゅう笠の制作見学や体験もそのひとつです。

芸西村伝承館
芸西村伝承館の開館日は、水・木・日曜日の週3日

「被ってみられたら」

そう手渡されたまんじゅう笠の、なんと軽いこと。大きいものでは直径46センチもあるまんじゅう笠は、手に取ると大きく感じますが被ってみるととても軽いのです。いわゆる現代のハットのように斜めに被るのではなく、すとんと上から落とすようにまっすぐ被ります。「五徳」と呼ばれる籐製の枠がついており、紐を結べばしっかりと頭にフィットする感覚です。

まんじゅう笠の内側
笠のサイズは38、42、44、46センチの4種類。内側の五徳は、現在は既製品を使用しているそう

「雨よけや日よけに、今の帽子のようなものでね。ふんずけさえしなかったら、何十年も持ちます」

現在、まんじゅう笠づくりの技術を唯一受け継ぐ宮崎直子さんが、まんじゅう笠づくりを始めたのは30年前。54歳のときです。

テキパキと手を動かす姿が印象的な宮崎直子さん
テキパキと手を動かす姿が印象的な宮崎直子さん

「両親がずっとまんじゅう笠を作っていましたが、私はちゃんと習ったことはなかったので、見よう見まねですよ」

「門前の小僧習わぬ経を読む」、しっかり教えてもらったわけではなくとも、まわりの環境から自然に吸収して身につけること。そんな意味のことわざを用いて、宮崎さんはご両親の話をしてくれました。

「いごっそう」な父が残した技術

「他の家は辞めていくのに、うちではずっと笠を作り続けていました。そんな両親が、ずっと恥ずかしかったんです。父と母が国道沿いで笠をつくっているところを遠足で通らなければいけないことがあって『何時頃に来るから隠れておいてよ』なんて言ったこともありました」

昭和42年頃には民芸ブームが巻き起こり、バスが何台も見学に訪れるほど注目された宮崎さんのお父さんのまんじゅう笠。昭和45年(1970年)の大阪万博でも紹介されました。

これまでの表彰された歴史や新聞記事、見学申し込みの手紙などが丁寧に保存されています
これまでの表彰された歴史や新聞記事、見学申し込みの手紙などが丁寧に保存されています

しかし、戦前は120軒ほどあった笠づくりをしていた家々も、戦後に東南アジアからビニール傘などの安い傘が輸入されたことにより減少。同業者が次々と廃業していくなか、宮崎さんのご両親だけはまんじゅう笠を作り続けたといいます。なぜなんでしょうと聞いてみると、宮崎さんの口からは聞き慣れない言葉が。

「うちの父、土佐の『いごっそう』でしたので」

「いごっそう」は、土佐弁で「融通のきかない人」という意味。一度作り始めたまんじゅう笠を宮崎さんのお父さんは亡くなるまで作り続け、その後はお母様が技術を引き継ぎました。もし、宮崎さんのご両親がまわりと同じように笠づくりを辞めていたら、今、この世にまんじゅう笠の技術はなかったかもしれません。

その後、平成元年(1989年)に芸西村伝承館がオープン。村長からの「まんじゅう笠づくりを伝承してくれないか」と依頼を受けた宮崎さんは、家に残っていた父の道具を使って笠づくりを始めました。それまで、両親の笠づくりを見たり手伝ったことはあっても、習ったことはなかった宮崎さんは、お母さんと一緒にお父さんの記憶を頼りに笠を作っていったといいます。

工房内の壁
工房の壁には宮崎さんやお父さんが作った笠や写真が飾られ、これまでの歴史がよくわかります

「伝承館ができた頃は、母もここへ来て手伝ってくれてね。工程はわかるけど直接習っていないから、ああでもないこうでもないと試行錯誤」

こうして宮崎さんに笠づくりの技術が受け継がれ、伝承館では実際に笠づくりを見学できるようになったのです。

3種の竹を組み合わせて

ひとつの笠を作るのに必要な時間は、およそ150時間。ずっと作り続けたとしても、1ヶ月に作れるのは平均2枚だそう。そんなに時間がかかるのは、すべてが手作業なのに加えて材料の調達から始まるためです。

「30年前は、自分で全部の竹を切りに山へ行っていました。自転車でね。切って置いておいたら、役場の方が取りに行ってくれよりました」

一言で「竹」と言っても、まんじゅう笠には3種類もの竹の、あらゆる部分が使われています。

笠の全体を覆う部分は、ハチクという種類のタケノコの皮。一般的によく見られる黒い斑点が、ハチクにはなく美しい笠になるといいます。タケノコの食べごろが過ぎた6月頃に、皮を山へ拾いに行きます。

ハチクのタケノコの皮
「斑点がない」という理由でハチクの皮を使うところに、見た目へのこだわりを感じます

骨組みに使うのはマダケと呼ばれる別の竹で、10月頃に竹を切るために山へ。骨組みの太さに割ったマダケを火で炙って曲げ、笠の形に組んでいきます。

「マダケは節が長くて、ねばいんです。どういうことかと言うと、他の竹は穴を開けると開いたままなんですけど、マダケはじわっと締まってくる。だから骨組みにちょうどいい竹なんです」

マダケ
「昔の人はちゃんと向き不向きで竹を決めていたんでしょう」と宮崎さん

さらにもう一種類、夏にタケノコが生えることから通称「土用竹」と呼ばれるホウライチクを竹ひごにして、笠の表面に糸で縫い付けていきます。

土用竹の竹ひご
これは土用竹がこんなに細いのではなく、宮崎さんが竹ひごにしたものです

この土用竹の竹ひごの細いこと。細く割った土用竹を「ヒゴ通し」という特別な道具に何度も通すことで糸のような細さになっていきます。見せていただいた竹ひごは9回ほど繰り返し通したものだそう。

ヒゴ通し
1本1本、「ヒゴ通し」の小さな穴に通していきます
ヒゴ通しに竹ひごを通す宮崎さん
ヒゴ通しに竹ひごを通す宮崎さん
長い竹ひごを穴に通しては引く作業を、理想の細さになるまで繰り返します

「こんな道具は、今はどこにも売っていないからね。30年前にここで笠づくりを始めるときに、父が作ったものを鍛冶屋さんに持って行って、同じものを作ってくれって無理に頼んだんです」

ヒゴ通し
目で見てもわかるほどに、細く繊細になった竹ひご
目で見てもわかるほどに、細く繊細になりました

竹ひごは、つなぎ目を少なくするためにできるだけ長く。竹を細く割っていく段階から、長さを保ったまま細い竹ひごにするのは難しく、多くの人が1メートルくらいの長さしかできないといいます。

「難しい、だけどあれが面白い」

手間暇は昔から続く美しさのため

宮崎さんのまんじゅう笠を見ていると、「美しさ」を求めてほどこされる細かいひと手間が多くあることに気付きます。

そのひとつが、竹ひごを表面に縫い付けていく糸。買ってきた白の木綿糸をそのまま使うのではなく、染め粉で染色しているのです。昔はクチナシの実で染めていましたが、色があせてしまうことが多いため、市販の染料に切り替えたそう。

やさしい黄色が、竹に合って上品な印象
やさしい黄色が、竹に合って上品な印象になります

糸以外にも、宮崎さんのまんじゅう笠の表面は、他のものに比べて繊細で装飾的。多くの人が笠づくりをしていた頃は、竹ひご同士の間隔や留め具合が粗いものが一般的だったそうですが、宮崎さんのご両親を含めた数軒は装飾的な技術を磨きました。

粗い見た目の笠
宮崎さんの笠に比べて粗い見た目の笠は、強度も弱いそうです

「笠づくりは習わなかったけれど、この部分だけは習っていたから役に立った。これがなかったら、もうまんじゅう笠やないからね」

そう言って宮崎さんが見せてくれたのは、まんじゅう笠の中心に取り付ける円型のパーツ。薄く板状にした竹を27枚組み合わせ、美しい円にしたものです。

中心部のパーツ
持ち帰って、夜なべして作ることもあるそうです。「テレビなんかつけておったら、間違えてね」

「竹を削ったり、竹ひごを縫い付けたりすることは稽古をすればできますけどね、この部分だけは習っておかんといかん。私は花瓶敷きを作ろうかと習っておいたんが役に立った」

昔は、このパーツだけを作って販売している人もいたのだとか。ただでさえ根気がいるこのパーツ。宮崎さんのまんじゅう笠は、さらに大小の円が二重になっているこだわりようです。ここでも美しさのため、細かいところまで気を使います。

中心部分のパーツ
単体で見ると、まるでコースターのよう
笠の中心部の装飾
「ひとつだけだったら、ただの大きい丸で芸がない。こっちのほうがきれいでしょ」

そして特徴的なのが、笠それぞれの個性が出る裏地です。

「うちの父がね『表は一緒やし、裏だけ見て好きな色を取ってください』と、よく言ったわけですよ」

宮崎さんのなかで、裏地を選ぶときに特別決まりはないそう。昔はわざわざ購入することもなく、お母さんの破れたエプロンや壊れたこうもり傘の生地を使っていました。

また笠の内側に見える竹は、布との配色が考えられ水彩用の塗料で黒く塗られています。このような小さな一手間が散りばめられていることが、まんじゅう笠をさらに美しくしていることは間違いありません。

笠の裏地
かつては、裏地にも凝った素材や柄をあしらい、おしゃれを楽しんだといいます

人々の身近に戻ってきた笠

「なかなかね、あんなふうに丸くならんのよ」

壁に飾られたまんじゅう笠のなかから、お父さんが作った丸みのある笠を指差して宮崎さんは言います。まんじゅう笠の特徴である、ぷっくらとした丸みを出すのがやはり一番難しいのだそう。

お父さんが作った笠
真ん中がお父さんの作ったまんじゅう笠。中心に向かって美しい曲線続いています

現在、宮崎さんにはお弟子さんが6人います。それでも材料の調達や細かい手作業、すべてを任せるのは「まだまだやね」と宮崎さん。まんじゅう笠の技術が受け継がれるのは、もう少し先のようです。

まんじゅう笠の唯一の作り手である宮崎さんのもとには、高知に限らず全国から注文が入ります。ドラマ『水戸黄門』などの時代劇にも使われ、民芸好きの人が観賞用に購入することもあるといいます。しかし近年注文が多いのは、意外な方々。

「鮎捕りさんから注文をいただきますね」

強い日差しのなかでも顔が隠れ、涼しい。さらには両手が塞がる釣りをしながらでも、しっかりと頭に固定できるまんじゅう笠は、鮎釣りをする方々から人気なのです。着脱のしやすい「サンカク笠」という別の種類の笠を注文する人も多いそう。

その他にも、公園の清掃時にまんじゅう笠を被ったことで話題になったお客さんもいます。笠のおかげで涼しく草むしりを続けられたことで、市長から表彰されたという嬉しい報告を受けました。

まんじゅう笠
いつかお弟子さんも増え、みんなが当たり前にまんじゅう笠を被る時代が、またくるかもしれません

昔は多くの人が気軽に被り、一般的に使われていたまんじゅう笠。それが今の時代にまたこうして人々の生活に戻ってくることができたのは、一途な両親が守った技術を、ひとりの女性が受け継いできたからなのです。

<取材協力>

「芸西村伝承館」宮崎直子さん

安芸郡芸西村和食甲4537-イ

0887-33-2400

文:ウィルソン麻菜

写真:尾島可奈子

世界が注目の「人形浄瑠璃」 思わず泣ける秘密は人形づくりの現場にあり

「現代の名工」木偶細工師の甘利洋一郎さんの工房へ

大人が感動する「人形劇」が日本にあります。何度見ても、ストーリーを知っていても涙してしまう。

それは、人形浄瑠璃。

日本中に地域の特色を持った人形浄瑠璃が伝わっています。中でも、ユネスコ無形文化遺産に登録された大阪の人形浄瑠璃「文楽」は、世界からも注目され、海外公演に招かれるほど。

この日本が生んだ「泣ける」人形劇の鍵を握る、浄瑠璃人形の作り手「木偶 (デコ) 細工師」を取材しました。

人形浄瑠璃が盛んな徳島で、木偶 (デコ) を作り続けて40年

古くから人形浄瑠璃が盛んな地域として知られる徳島県。大いに流行した江戸時代から、多くの人形師が腕を振るってきた地域です。様々な娯楽に押され、担い手の数が減ってしまった今も、その技術は受け継がれています。

この地で今も人形を作り続ける木偶細工師で、「現代の名工」にも選ばれた甘利 (あまり) 洋一郎さんの工房を訪ねました。

工房には、様々な頭がずらり
工房には、様々な頭 (かしら) がずらり

かつての人形浄瑠璃の枠を超えた人形製作

甘利さんの元には、阿波の浄瑠璃人形にとどまらず、日本各地から人形の製作や修復の依頼が届きます。作られた人形は、国立文楽劇場にも納められており、プロからの信頼もあついことが伺えます。

近年では、大阪府能勢町の公認PRキャラクターや道頓堀のくいだおれ太郎の文楽人形など、これまでの浄瑠璃人形にないキャラクターの製作も甘利さんが手がけました。

甘利洋一郎さん
甘利洋一郎さん。様々な製作依頼の他、大学での技術伝承の講座を受け持つこともあるそう。人形浄瑠璃の面白さを伝え、未来に残すことに尽力されています

「最近では、海外の方から製作現場が見たいという問い合わせをいただいたり、文化財としての製作を依頼されたりすることもあります。

世界の人形劇を見渡してみると、子供向けのものが多く、日本のように大人のために発展したものは稀なのです。そういう意味で、日本の人形浄瑠璃は世界一と誇れるものであるように思います」

ロボット工学でも注目される人形の感情表現

様々な依頼を受ける甘利さんですが、中でも特に驚いたのは、ある研究者からの依頼だったそう。

東京大学と慶應義塾大学のロボット工学における共同研究で、文楽の人形が実験に使われました。その人形製作に協力した甘利さん。

「浄瑠璃人形には人間以上の表情が浮かぶと言われています。東京大学と慶応義塾大学との合同チームの先生が来られて人形を作ってほしいと依頼がありました。

人形の頭 (かしら) 、首と手、着物などに、7つのセンサーを埋め込んでその動きを測定するというものでした。ロボットの動きに応用するための研究なんだそうです。

400年前の技術が今の先端技術に影響を与えているというのは面白いですね」

甘利さん
浄瑠璃人形の腕
感情表現を担う腕

人形遣いが命を吹き込む、舞台上の人形

それにしても、人形浄瑠璃はなぜ私たちの感情を揺さぶるのでしょうか。そこには、人形の作り手と遣い手による技がありました。

「浄瑠璃人形は、美術品ではなく生きた道具なんですよ。人形遣いが扱ってこそ命が吹き込まれます。

以前、文楽の人形遣いの名手、桐竹勘十郎 (きりたけ かんじゅうろう) 師匠が工房にいらしたことがありました。工房に置いていた衣装をまとった人形を勘十郎さんがそっと膝に乗せると、その瞬間、人形に命が吹き込まれたようでした。

ちょっとした首の角度や手の動きが加わるだけでこれほど人形が生き生きとした姿になるのかとプロの技に感動しましたね。

私たち作り手は生みの親、人形遣いの方々が育ての親だと思っています。時間をかけて育てるものです。新品の状態から経年変化が加わることでも人形が仕上がっていく、人間臭くなっていくように感じています。

私たちが作る人形は、仕上がった時ではなく、舞台に登場した時にその真価を問われます。人形遣いにとって扱いやすく、舞台映えする人形を作りたい。常にそう思っています」

人形を納めたら必ずその人形が登場する公演を観にいくようにしているという甘利さん。なぜ観にいくのでしょう。

ほんの小さな差が完成度に影響する

「作っている時は、至近距離で人形と対峙しています。一方で、舞台の上では遠く離れたところにあり、その上動いている。顔の輪郭や左右のちょっとしたバランスの違いが不思議と出来不出来を決めます。

それは本当に小さなことで、塗った胡粉の厚み一層のようなことなのですが、人形の印象を左右します。そうして気づいたことを次の製作でやってみるんです」

女性の頭。甘利さん曰く、卵型でつるりとした女性の頭が一番難しいのだそう
女性の頭。甘利さん曰く、つるりとした卵型をした女性の頭が一番難しいのだそう

プロの人形遣いならではのリクエストが技を成長させる

また、人形遣いの方と交流することで、遣い手ならではの視点を知ることもあるのだそう。

「目玉の位置について、リクエストをいただいたことがありました。

劇中の江戸時代の男女関係では、女性が腰を低くして下から見上げることが多いんです。遠慮していたり、いじらしかったり。

一般的な木偶の作り方の場合、まぶたの下に目玉を掘り出すので、どうしてもやや伏し目になります。視線が下を向いていると、相手を見上げて目線を合わせたい時に、顔がのけぞってしまいますよね。

顔と顔が向き合っていれば充分じゃないかと思うかもしれませんが、人形遣いの方たちは目線にまで気を配ります。

だから、少し黒目が上向きになるように目玉を作る。ほんのわずかな‥‥コンマ数ミリメートルの調整ですが、それで違和感なく目線を合わせられるようになり、よりリアルな感情表現ができる。言われてハッとしましたね」

女性の頭

他にも、感情を語る上で重要な動きをするのが腕や手のひら。ここには遣い手のこだわりと、からくりの設計上のせめぎ合いがあるそう。

「勘十郎さんから、女性の親指はなるべく内側に入れて欲しいと言われました。指先が揃って小さくなっている方が女性らしくなるんですね。

ただ、指先は関節から動かすパーツなんです。親指を内側に入れると指先を動かす時に他の指と擦れてしまいかねません。外側からは見えないくらいわずかに親指の内側を削って人差し指と擦れないように調整しました。

実際、そうして作ってみると確かに女性らしい美しさに磨きがかかるんです」

形の美しさと動きの自然さの両方をかなえる工夫がこうして生まれました。

浄瑠璃人形の指が曲がる場所は一箇所。リアルな動きをさせる場合、単純に関節の数や形を人間と同じにしてもカクカクと曲がりすぎてかえって違和感が出る場合もあるのだそう
浄瑠璃人形の指が曲がる場所は、付け根と関節の2箇所のみ。リアルな動きをさせる場合、単純に関節の数や形を人間と同じにしてもカクカクと曲がりすぎてかえって違和感が出る場合もあるのだそう。「見たままではなく、あえてデフォルメすることでリアリティが増す。先人たちの感性が生み出してきた人形の構造が人の心を動かすのでしょうね」と甘利さん
こちらは男性の手。見栄を切る場合などに開くよう関節の数が多く細工が難しいパーツ
こちらは見栄を切る場合などに使われる手。指が開くよう関節の数が多く細工が独特

農村舞台、屋内劇場で異なる人形

また、上演される場所によって、大きさや仕上げを変える場合もあるのだとか。

「阿波人形浄瑠璃は、農村舞台など昔から屋外で上演されるものでした。

屋外舞台で扱う人形は、遠くから見ても様子がわかるように大きめに作られているんです。肌にはツヤを出して、薄暗い夕暮れ時にも美しく映る姿にします。ツヤ仕上げにしていると、照明として焚いた火の油煙などで汚れても拭き取りやすいという利点もあります。

一方で、文楽座など屋内の舞台での上演で遣われる人形は、細やかに動かしやすく美しく見えるよう小ぶりです。舞台照明とハレーションを起こしてしまわないように肌はマットに仕上げます」

同じ種類の人形でも、遣われる場所によって大きさは様々。地域ごとに伝わる人形の縮尺もあるそう
同じ人物の人形でも、遣われる場所によって大きさは様々。地域ごとに伝わる人形の縮尺もあるそう
ツヤ仕上げの頭 (左) と、マットな仕上げの頭 (右)
ツヤ仕上げの頭 (左) と、マットな仕上げの頭 (右)。たしかに、ツヤ仕上げの場合は蛍光灯の光を反射しておでこが光ってしまっていますね

人形に「情 (こころ) 」を入れるか?

ここまでお話を伺ってきて、気になったのは人形に込める「性格」のこと。

人形に性格を持たせるのでしょうか?

「これは、扱う人がプロかアマチュアかによって変わってくるところなんですよ。地域のお祭りや風習と結びついている場合は、その土地の一般の方が人形を操るので、最初から性格が伺える人形を彫り出します。

一方、プロ集団が人形を遣う文楽では、はっきりとした性格が表れるような表情づくりはしません。人形遣いの名人の言葉に『娘はぼんやり彫れ。情けは私が入れる』というものが残っています。

文楽は性格を人形に持たせないんです。ひとつのキャラクターに完全に合わせたものを作ったら、その人形が他の役を演じられません。プロは、人形を通じた芝居で、その役に魂を入れているんですね」

仕上げた人形が舞台でどのような姿になるのか。どんな人に扱われるのか。完成後までを考え抜いているからこそ、観る人の胸を打つのだろうと思いました。甘利さんが製作した人形で上演される舞台、じっくり見てみたくなります。

<取材協力>

阿波木偶作家協会

徳島市勝占町原24-6

088-669-2995

◆全て甘利さんの人形が使われている劇場

能勢人形浄瑠璃鹿角座

https://www.rokkakuza.jp/


◆阿波人形浄瑠璃に触れられる場所

徳島県立阿波十郎兵衛屋敷

http://joruri.info/jurobe/

文:小俣荘子

写真:直江泰治

*こちらは、2019年5月13日公開の記事を再編集して掲載しました。指先ひとつの動きまで丁寧に作りこまれる人形たち。ぜひ劇場でご覧ください。

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松本の朝は「珈琲まるも」 から。柳宗悦も愛した名物喫茶店へ

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旅の途中で訪れた、思わず愛おしくなってしまう純喫茶を紹介する「愛しの純喫茶」。今回は先日紹介した松本の名宿「まるも旅館」併設の「珈琲まるも」を訪ねます。

まるも旅館を紹介した記事はこちら:「家具好き必見。住みたくなる『まるも旅館』で130年前の日本を体感」

柳宗悦も愛した喫茶まるもとは?

日曜の朝8時。

珈琲まるも

一番乗り、のつもりで到着したお店の前には、すでに行列ができていました。

珈琲まるも

「珈琲まるも」は、併設の「まるも旅館」の一部を改装して昭和期に創業した喫茶店です。

まるも旅館の松本民芸家具
宿の休憩スペース。ソファの後ろが壁一枚挟んで喫茶店になっています

松本民芸家具を惜しみなく使った空間美

お店の魅力はなんといっても、テーブルも椅子もあらゆる調度品がオール「松本民芸家具」であること。

珈琲まるも

もともと松本は、古くから和家具の一大産地でした。職人たちの高度な技術を駆使して生まれた和風洋家具が、松本民芸家具です。

その創立者とされる池田三四郎氏が設計を手掛けたのが、この「珈琲まるも」。オープン時には「民芸運動の父」柳宗悦も駆けつけ、お店の空間美を称えたそうです。

照明などしつらえのひとつひとつにも、設計当時の心意気を感じます
照明などしつらえのひとつひとつにも、設計当時の心意気を感じます

「ウィンザーチェアをはじめとする使い込まれた家具の美しさが見どころです」と語るのは、4代目オーナーの三浦さん。

喫茶に使われている松本民芸家具

淹れたてのコーヒーの香りとクラシック音楽に包まれながら深々と椅子に腰掛けると、まるでタイムスリップしたような気分に浸れます。

ゆっくりとコーヒーの到着を待ちます
ゆっくりとコーヒーの到着を待ちます

おすすめはコーヒーと、はちみつクルミトーストのセット。

トーストはサクサク、くるみのコリコリとした歯ごたえとトロリとしたはちみつが口の中でからみ合います。サラダ付きで食べ応えも十分
サラダ付きで食べ応えも十分

サクサクのトーストにコリコリと歯ごたえの良いクルミ、とろりと甘いはちみつが口の中でからみ合って、ほろ苦いコーヒーともう抜群の組み合わせです。クルミの生産量No.1の長野らしいメニューとも言えます。

「いつもありがとうございます」が似合う店

口福に浸っていると、さすが人気店とあって、開店から30分も経たずあっという間に満席に。

珈琲まるも

けれど不思議とガヤガヤしていません。バシャバシャと写真撮影に熱中する人もなければ (私以外‥‥) 、大きな声で話す人もなし。

大人がゆっくり憩いにきている。初めて来る人も、そんな空気に触れたくてきている。そんな印象を受けました。

「いつもありがとうございます」

お店にいる間、よく耳にしたこの挨拶が、街の人に愛されている何よりの証。

入口の木製ドアは、長年の繁盛を示すように手が触れるところだけ色が変わっていました。

入り口の木製ドア

年数を重ねるほどにやわらかく優しい風合いになっていくのが、松本民芸家具の何よりの魅力と三浦さんは語ります。

この時間が止まったような居心地の良さは、きっと家具自体がゆっくりと時を重ねているからなのだろうと、何度も椅子の手触りを確かめました。

<取材協力>
珈琲まるも
長野県松本市中央3-3-10
0263-32-0115
営業時間:8:00~18:00 (詳細はお店にお確かめください)

文・写真:尾島可奈子

*こちらは、2018年11月20日公開の記事を再編集して掲載しました。地元の人に愛される喫茶店では、ガイドブックに載っていない情報を聞けることも。朝から周辺を散歩して、探してみるのもいいですね。

京都の「おふき」は京友禅のメガネ拭き。お土産になるSOO (ソマル)の一枚

わたしたちが全国各地で出会った “ちょっといいもの” をご紹介する「さんちのお土産」。

今回は京都の伝統工芸品である京友禅のブランド、SOO (ソマル) が手がけるメガネ拭き「おふき」をお届けします。

京都でしか買えない、京都らしさの詰まったお土産

薄手で柔らかく、手に馴染む触感。鮮やかな色と大胆な柄が目を引く、こちらの布。

京友禅のメガネ拭き「おふき」
京友禅のメガネ拭き「おふき」

実は京友禅で作られたメガネ拭きなんです。

作っているのは、2016年に誕生した京友禅のブランド、SOO (ソマル) 。着物の需要が低下する中、「京友禅を手軽に手にとってもらいたい」との思いから、京友禅に携わる若手経営者4人が、会社の垣根を越えて立ち上げました。

*ブランド誕生の道のりやものづくり現場を取材した「京友禅の職人が作ったメガネ拭き ヒットの裏側。かわいい顔した、ほんまもん。」もぜひ合わせてお読みください。

現在SOOでは、メガネ拭き「おふき」とスマホ拭き「おふきmini」を京都限定で販売しています。

京友禅のメガネ拭き「おふき」(税抜1500円)。「おふき」のデザインは通年販売される通常柄が36柄と、四季ごとに登場する季節限定柄が各6柄。いずれも伝統的な柄を用いながら、現代風にアレンジされています。同じ柄で染めていても、下地となる引染めの柄が異なるため、全く同じ製品は2つとないそう
京友禅のメガネ拭き「おふき」(税抜1500円)。「おふき」のデザインは通年販売される通常柄が36柄と、四季ごとに登場する季節限定柄が各6柄。いずれも伝統的な柄を用いながら、現代風にアレンジされています
スマホ拭きの「おふきmini」(税抜750円)は、京都の名所がモチーフの全15柄
スマホ拭きの「おふきmini」(税抜750円)は、京都の名所がモチーフの全15柄

本物の京友禅を気軽に、身近に

かわらしい見た目とお土産として買いやすい値段でありながら、「おふき」と「おふきmini」はいずれも京友禅の着物と全く同じ工程で染められています。

図案の制作から仕上げまで20以上もの工程を経て完成する京友禅は、本来とても高価なもの。SOOの商品は着物用の生地と一緒に「おふき」用の下地を染め、その生地を使うことで、「本物の京友禅」でありながらもコストダウンをはかっているのだそう。

着物用の生地と一緒に下染めされた生地を使って、「おふき」を作ります
着物用の生地と一緒に下染めされた生地を使って、「おふき」を作ります
同じ柄で染めていても、下染めの着物の柄が異なるため、全く同じものは2つとありません
同じ柄で染めていても、下染めの着物の柄が異なるため、全く同じものは2つとありません

着物生地ならではの使い勝手のよさ

もちろん生地も着物と同じ正絹。目が細かく静電気が起きにくいため、メガネ拭きとしての性能もお墨付きです。繰り返し使ううちに汚れが落ちにくくなってきても、手洗いすればまた拭きやすくなるとのこと。

絹の特性を生かし、メガネ拭きとしての性能もバッチリ
絹の特性を生かし、メガネ拭きとしての性能もバッチリ
着物を保管しておく際に使う「たとう紙」を使用した、こだわりのパッケージ
着物を保管しておく際に使う「たとう紙」を使用した、こだわりのパッケージ

今回編集部が持ち帰ったのは、千鳥柄。ドットの空を千鳥が飛ぶ様子が愛らしい、人気の柄です。

薄桃色の着物の柄が下染めされた上に、濃い紫色で千鳥柄が染められています
薄桃色の着物の柄が下染めされた上に、濃い紫色で千鳥柄が染められています

本物の京友禅を気軽に、身近に。高級な素材と職人の技が込められたメガネ拭きは、使うたびにちょっと贅沢な気分に浸れそうです。

ここで買いました。

SOO(ソマル) オフィス
京都市上京区元誓願寺通東堀川東入西町454 (株)日根野勝治郎商店内
075-417-0131
https://soo-kyoto-soo.amebaownd.com/

「おふき」取扱店
https://soo-kyoto-soo.amebaownd.com/pages/1334237/page_201710100047

文・写真:竹島千遥

*こちらは、2018年9月21日公開の記事を再編集して掲載しました。高価なイメージの京友禅を、気軽に手に入れることができるのは驚きです。贈りものとしても、年代問わず喜ばれそうですね。