プロが愛する関西の仏像5選。仏師は仏像の「ここ」を見ている

いいものを、見よう。

「仏師」という仕事があります。

例えば東大寺の金剛力士像で有名な運慶さんも、仏師。造仏師の略で、仏像を作る仕事。修復も行います。

河田喜代治 (かわた・きよはる) さんは滋賀に工房を構える仏師さん。

仏師 河田喜代治さん

千葉のご出身ですが関西の仏像の魅力にひかれ、修行時代に移住されたそうです。

「修行時代にお世話になった方はみんな、仏師の仕事をするには『とにかくいいものを見ないとだめだ』と。それしかない、と言ってました」

そんな河田さんが「僕個人の好みですけど」と控えめに教えてくれた、けれども移住をしてでも身近に感じていたかった、関西でおすすめの仏像を5つ、ご紹介します。

関西の仏像の特徴とは?

まず「関西の仏像」と、大きく括っていますが、何か特徴があるでしょうか?

「そうですね。地域や時代によって、仏像の特徴や雰囲気はちょっとずつ違ってきます。

例えば奈良のお像は全体に大らかな印象があって、素朴さもありつつ洗練されていると感じています。

京都は貴族がいた時代が長いこともあって、繊細で華麗な感じがありますね。

もちろん同じ平安時代でも、前・中・後期と技法やお像の印象は変わっていきます。

鎌倉時代に入ると武士の時代と禅宗の流行の影響で写実的で躍動的な像が好まれるといった印象ですかね。

その時に権力を持った人がどんな感じであったかによって、本当に全てが変わってきます。そこが面白いところですね」

仏師は仏像の「ここ」を見ている

なるほど。時代の違いも感じながら見ると、一層面白そうですね。

ところで仏像を見に行くと、ついここを見ちゃう、みたいな「仏師あるある」ってありますか?

「だいたいみんな、顔を見るんじゃないですかね。やっぱり顔の表情が、全体を支配しますから」

現在製作中の「顔」部分
現在製作中の「顔」部分

「それともうひとつは、手を見るかな。顔と同じぐらい、重要なところなんです」

工房に保管してあった、仏像の手の模刻作品。ちょっとした指の曲げ具合でも、印象が変わりそうです
工房に保管してあった、仏像の手の模刻作品。ちょっとした指の曲げ具合でも、印象が変わりそうです

顔と手。フォーカスが絞られると、見方も変わってきそうです。

ではいよいよ5選の発表です!お寺のアイウエオ順で発表していきます。

お像の写真は載せていないので、ぜひ実際のお姿は現地で出会ってみてくださいね。

仏師の理想がここに 向源寺「十一面観音」(滋賀)

まずは河田さんのいらっしゃる、滋賀県にある向源寺のお像。「日本一美しい十一面観音」ともいわれるそうです。

「向源寺は滋賀県の、観音の里と呼ばれる一帯にあるお寺です。

一本の木から彫っているお像なんですが、お顔が凛々しいんですよ。

十一面ひとつひとつがいい表情で。後ろの方に笑った顔がひとつあるんですけど、あの表情もとてもいい。

この像を理想としている仏師は多いです」

つくるべきお像の、理想の姿のひとつなんですね。

「近い距離で見た時の完成度がすごいですね。全てに手を抜いていません」

「思い出すだけで素晴らしい」東寺 講堂「五大明王」(京都)

実は関西で5選、の他に、京都の5選も選んでいただいたのですが、どちらにも名前が挙がっていたのがこの東寺の五大明王像でした。(京都編はまた後日!)

*明王とは‥‥大日如来 (だいにちにょらい) の命によって、悪を退治し仏法を守る諸尊。中でも五大明王は、不動明王を中心に四明王が東西南北を守る。

五大明王といえば東寺、というほど有名なもので、やはり河田さんも仏師の仕事を始める頃からずっと心惹かれていたそうです。

「何度か拝見しましたが、思い出すだけで素晴らしいですね。

講堂の空間そのものや、他の像もまたとても良いんですが、五大明王の中でも不動明王像は、ちょっと何かを超越してるという感じがあります。

仏師の仕事をすればするほど、すごさを感じます」

具体的にはどんなところでしょうか。

「静かな怒りの表情と、体幹、と言ったらいいのですかね。

すごい怒りをあらわにしたような表情じゃないんです。

お顔の静かな怒りを上手くそこに存在させるように、全体の形のシルエットのつくりがうまく調和されてるんですよ。

その表情が引き立つ作りをしてるというか。見事だなと思います」

千本の乾漆のつくりに圧倒される 藤井寺「千手観音」 (大阪)

「本当に千本の手があります。もう圧倒ですね。

奈良時代に唐から伝わった乾漆 (かんしつ) という作り方で、つくりの完成度に圧倒されます。

仏像って木彫や金属のイメージがあると思いますが、乾漆のお像って、いわば布で出来た張子状態なんです。

まずは粘土で作って粘土の上に幾枚か麻布を漆で貼り合わせる」

乾漆の布張りに用いる、漆と木屑を混ぜ合わせたもの
乾漆の布張りに用いる、漆と木屑を混ぜ合わせたもの

「形が決まったら中の粘土は全部取り除いて、最後は金箔を貼って完成です。

その布と漆の上に現れている表情やシルエット全て、素晴らしいですね」

作った人に会いたい 法隆寺「九面観音」 (奈良)

こちらは大きさが38センチと、小さなお像だそうですね。

「このお像は、技術がとにかく的確です。全てに無駄がない」

的確というのは、道具の使い方などでしょうか。

「そうですね、見るほど彫り口のひとつひとつに無駄がない。彫り方が洗練されてるんです。

作った人に会ってみたいと思わせるようなお像です」

姿勢を正してくれるような 室生寺「釈迦如来」 (奈良)

「顔と手がとてもきれいなんですよ。お顔で言ったら室生寺のこのお像が、一番好きです。

写真家の土門拳さんも褒めていらっしゃいますね」

きれいというのは、どう「きれい」なんでしょうか?

「鼻先から指先、シルエットまで全てに曲線の美が備わっていて、すっとこちらの姿勢を正してくれるような佇まいなんです。

彫刻の面白さは、正面から眺めても何となく奥行きや量感を感じられるところですね。

写真だとこれがうまく掴めません。自分の目で見ないと駄目なんです」

運慶さんも、昔のいいものを見ていた

最後に河田さんがこんなお話を聞かせてくれました。

「有名な運慶さん、あの方は平安末期から鎌倉時代に生きた仏師ですが、彼は奈良に住んでいました。

かつて都のあった場所で、古い時代の仏像の修復などをしながら色々といいものを学んだ先に、鎌倉時代にあの形を起こした。

運慶さんも昔の、いいものをたくさん見ていたんですよね」

昔のいいものをたくさん見る。

仏像をつくっている人の目を借りたら、次に仏像を見る機会にも、また違った発見や感動と出会えそうです。お話を聞くほど、実際のお像を早く拝見したくなってきました。

<取材協力>
河田喜代治さん

文・写真:尾島可奈子

*こちらは、2019年2月18日の記事を再編集して公開しました。

素人だったからできた、セーターの素材でつくる靴下

自転車をこいだら自分だけの靴下が約10分で編み上がるというユニークなワークショップをご存知でしょうか?

その名も「チャリックス」。

チャリックスの自転車
チャリックスの自転車

靴下の編み機と自転車を合体させたオリジナルの「足こぎ靴下編み機」は、靴下ができ上がる仕組みをたくさんの人に知ってほしいという想いから生まれたもの。

工場を飛び出し、出張型の体験ワークショップとして各地で開催されています。

こんな楽しい「チャリックス」を考えた会社は、そのものづくりもユニーク。

靴下の町、奈良県広陵町(こうりょうちょう)にある工場を訪ねました。

やめていた靴下づくりを復活させたのは、素人だった5代目

奈良県の広陵町は、靴下の国内生産、日本一の「靴下の町」。

「チャリックス」を生み出した株式会社創喜 (そうき) は、1927年に広陵町で創業した歴史ある靴下メーカーですが、実は靴下づくりをやめていた時期がありました。

業界の大量生産化、価格競争の中、発想を転換して靴下と同じ製法で作れるアームカバーを主力商品に。

創喜アームカバー

創喜さんのアームカバーづくりを取材した記事はこちら:「靴下やさんが靴下作りをやめて作った、指が通せるアームカバー」

そんな中、5代目を継いだ出張 (でばり) 耕平さんが靴下づくりを復活させます。

5代目の出張耕平さん
5代目の出張耕平さん

「私は父母の靴下づくりを見て育ちましたが、就職先はまったく別の業界でした。ところが会社を辞めて実家を手伝ってみると、靴下づくりがとてもおもしろく思えて」

ほかの仕事を経験し、靴下づくりを外から見つめてみたことが、出張さんがこの後没頭する「理想の靴下」づくりのエンジンになっていきました。

自分が身につけたい靴下の条件を思い浮かべたら‥‥

創喜さんが立ち上げた自社ブランドでは、カジュアルソックスではなかなか使われることのない糸を使った靴下が人気を呼んでいます。

オリジナルブランドの「SOUKI SOCKS」「Re Loop」
シリーズで展開する「SOUKI SOCKS」(上) と「Re Loop」 (下)

それはセーターにも使われる、ウールやコットンなどの上質の天然繊維です。

「靴下は、足の肌着です。私なら肌着の素材は天然繊維が一番。肌にしっくりとなじみ、汗を吸い取ってくれて、肌との相性がいいからです。

おいしい食事がいい素材でできているように、靴下も素材が一番大切なんじゃないか、そこから見直してみようと考えました」

靴下をつくるには「靴下用に製造された糸」を仕入れる、靴下業界ではそれが当たり前でした。

そこに捉われずに、もっと天然繊維の肌着と同じような肌なじみを実現できる素材はないだろうか?

そう考えた出張さんは糸の展示会に足を運び、糸のプロフェッショナルである糸商さんに相談するなど、糸の情報を独自に収集していきます。

エジプトコットン、ニュージーランド産ファインウール、光沢のあるリネン、さらには吉野葛の繊維からつくられた和紙の糸、ヴァージンコットンの落ちわたの繊維が長いものだけを紡績した良質なリサイクルコットン‥‥。

出張りさんの靴下づくりにかかせない糸選び

贅沢な天然素材をたっぷりと使いながら、デイリーユースが可能な靴下づくりがスタートしました。

天然繊維の色と質感をいかし、糸を独自にブレンド

肌に触れた時の心地よさに加えて、出張さんが大切にしたのが履いた時の見え方。弾力性を保てないため、柄を入れるという方向は考えませんでした。

靴下づくりのお手本にしたのが、出張さんが好きなアメカジのヴィンテージファッションです。

「私自身、ジーンズに合う靴下がほしいと考えながら試作しているうちに、ものづくりのアイデアが生まれていきました」

糸そのものが持つ風合いが活きるように、色や質感の異なる糸を4本バランスよく選んで寄りあわせるという、新しい編み立て方にチャレンジ。

編み機で仕上げてみると、色の出方によって一点一点に少しずつ異なるニュアンスが。

完成したのはセーターを思わせる、落ち着きのある地模様の靴下でした。

創喜さんの靴下

「ゆっくり」のスピードが自慢の、希少なヴィンテージマシンを活かして

創喜さんの靴下を見ると、ふっくらと空気を含んでいるのがわかります。

ふかふかで、思わず頬ずりしたくなるくらいです。

この風合いを実現しているのが、創喜さん自慢のヴィンテージマシン。

コトン、コトン、カタン、カタン、小さな工場に入ったとたん、あちこちから、規則正しい音が響いてきます。

コンピュータ搭載のマシンは一台もなく、すでに製造されていない貴重な機種ばかり。修理をしながら大切に使い続けています。

機械編みでは高速で編めますが、代々受け継いできたヴィンテージマシンのスピードはゆっくり。

実はこれが、はき心地のよさにつながっています。

高速では編み目が詰まってしまうところを、ゆっくりスピードのヴィンテージマシンは、空気をふくみながら編み上げることができるからです。

出張さんが靴下づくりを再開させたのも、この旧式マシンによるものづくりに魅了されたからだそう。

ルーツは、機織り。「靴下の町」を広めたい

上質の糸を惜しみなくたっぷりと使い、あえて時間のかかるマシンで編む。

そんな靴下づくりは、大量生産とコストダウンの時代にあって、大きな挑戦でした。

仕上げ作業もミシンで丁寧に
仕上げ作業もミシンで丁寧に

それでもヴィンテージマシンで編む靴下は評判が良く、「もっとこういう素材感や肌触りのいい靴下をつくってほしい」という声を受けて「SOUKI SOCKS」「Re Loop」などのシリーズがデビュー。

今も少しずつリピートの注文を増やし続けています。

「曾祖父の時代には、手回し編み機で1枚ずつ靴下を生産していました。先祖が道を切り拓き、それが大切に受け継がれてきたから、私の発想も実現できる。私もメイドイン広陵町のクオリティを次世代に引き継いでいきたいですね」

かけがえのない技術を、その時代のユーザーに愛される発想と工夫で伝えていこう。

ユニークな「足こぎ靴下編み機」チャリックスも、セーターのような素材感の靴下も、会社名の「創喜」の通り、出張さんたちの創る喜びから生まれていました。

<取材協力>
株式会社創喜
奈良県北葛城郡広陵町大字疋相6-5
0745-55-1501
http://www.souki-socks.jp


<企画展のお知らせ>

創喜さんをはじめ、日本最大の靴下産地、「広陵町の靴下」が展示販売される企画展が開催されます。

企画展「広陵町の靴下」

日時:11月13日(水)〜12月17日(火)
開催場所:「大和路 暮らしの間」 (中川政七商店 近鉄百貨店奈良店内)
https://www.d-kintetsu.co.jp/store/nara/yamatoji/shop/index02.html

大和路

*企画展の開催場所「大和路 暮らしの間」について

中川政七商店 近鉄百貨店奈良店内にある「大和路 暮らしの間」では、奈良らしい商品を取り揃え、月替わりの企画展で注目のアイテムを紹介しています。

伝統を守り伝えながら、作り手が積み重ねる時代時代の「新しい挑戦」。

ものづくりの背景を知ると、作り手の想いや、ハッとする気づきに出会う瞬間があります。

「大和路 暮らしの間」では、長い歴史と豊かな自然が共存する奈良で、そんな伝統と挑戦の間に生まれた暮らしに寄り添う品々を、作り手の想いとともにお届けします。

この連載では、企画展に合わせて毎月ひとつ、奈良生まれの暮らしのアイテムをお届け。

次回12月は、「奈良の一刀彫と筆」の記事をお届けします。

文:久保田説子、徳永祐巳子
写真:北尾篤司

創業303年の中川政七商店が、渋谷の新基幹店で伝えたい「今の工芸」の魅力とは

ピコン。1通のメールが届いた。

「中川政七商店が全力でつくったお店ができました」。

同店関係者がくれたこの短い文言にいてもたってもいられず、訪れたのは11月1日開業の東京・渋谷の新名所「渋谷スクランブルスクエア」11階。エスカレーターを降りると目の前には広大な空間が気持ちよく広がった。

広さはおよそ130坪。これまで全国各地の800社を超えるつくり手とともに手がけてきた4000点もの商品が一堂に介する日本最大の旗艦店「中川政七商店 渋谷店」である。

あぁ‥‥どこから見たらいいのだろう。奥に並ぶ麻製品も気になるし、横手に見える豆皿のディスプレイにもうずうず。

店内は創業地である奈良の町並みをイメージし、あえてクランクをつくり、角を曲がると違う景色が広がる空間デザインを取り入れているという。

えいや。まずは正面に足を踏み入れることにした。

「こんなものあるんだ!」のきっかけに

1716年創業の中川政七商店が、東京・渋谷の大都会において掲げたコンセプトは“日本の工芸の入り口”だ。

より多くの人に「へー、こんなものあるんだ!」と出会ってもらい、「あの産地でつくられているのか」と知ってもらうこと。そして実際に目で見て、触れて、体験することで工芸との距離を縮める一つのきっかけになれば。そんな思いが込められているという。

渋谷に開かれた日本の工芸の入り口。その間口はとにかく広く、多彩で、しかも面白いことになっていた。

中川政七商店 渋谷店の企画展

たとえば、中央の手前付近は企画展を行うスペースに。オープン初回は「中川政七商店が残したいものづくり展」が開催されている。

「中川政七商店が残したいものづくり ものづくりの途中展」の展示内容
どんな素材を使い、どのような技術、どのような思いでつくられているのかが分かる

これまで全国各地のつくり手とともに手がけてきた商品をいくつか取り上げ、商品づくりの成り立ちやアイデアをはじめ、構想段階のデザインスケッチ、試作品から商品ができるまでのプロセスを視覚的に楽しめるようになっている。

中川政七商店の歯ブラシスタンド
歯ブラシスタンドは、実は漁獲網に欠かせないアレだったとか

上写真の左上にある茶色い陶器は、同店でも人気の歯ブラシスタンドだが、元は漁師が使う漁獲網についている錘(おもり)。

そのものの美しさに惹かれた担当者がつくり手を探し出すと、岐阜県多治見にある高田焼きの工房で一つ一つ丁寧に削り出されていたという。

海の中で使われているものゆえ水回りに最適だし、嵐にも耐えうる耐久性を併せもつ。そのものの本質を生かし、なおかつ現代の暮らしに寄り添うものづくりと照らし合わせて生まれたのが、歯ブラシスタンドなのである。

思わず「へー!」を連発していたことは言うまでもなく。さらには「はぁ~」「なるほどね」と感嘆せずにはいられず、展示スペースで長い時間を過ごしてしまうが、ここはまだ“入り口”の序の口だ。奥はまだまだ深い。

伝えなければ失われてしまうかもしれない危機感

中ほどに進むと立派な銅板の吊り天井。入り口中央の広い通路はお寺に続く参道を連想させ、その先にお堂を模した、その名も「仝(おどう)」がお目見えするという流れになっている。

中川政七商店 渋谷店 店内

ここは日本の“今”を代表する品々を取り揃えたブース。バイヤーである「method」の山田遊さんが全国各地を巡り、吟味して選んだものたちがズラリと並ぶ。

仝(おどう)内の展示

繊細な手仕事が生み出す美しい竹細工「鉄鉢盛りかご」(大分)や、日本の伝統美にフィンランドデザイナーの感性を取り入れた南部鉄器の「ケトル」(岩手)、千年の歴史をもつ和紙の生産地で育まれた紙のバッグ「SIWA・紙和」(山梨)など。そして、なかには“絶滅危惧種”といえる工芸も。

千葉県君津市久留里で江戸時代から続く伝統的工芸品「雨城楊枝」
額装すれば趣のあるアートに

千葉県君津市久留里で江戸時代から続く伝統的工芸品「雨城楊枝」はその一つだ。

材料である黒文字の皮の黒さと樹肉の白さを生かしてさまざまな細工が施されている。黒文字の皮を削って「白魚」と命名するあたり、日本人の粋なセンスを感じる逸品だ。

島根県雲南市吉田町の稲わら細工「鶴亀のしめ飾り」
亀のほかに鶴をかたどったしめ縄もある

こちらは島根県雲南市吉田町の稲わら細工「鶴亀のしめ飾り」。毎年5月に出雲大社の拝殿に奉納される縁起物。伝統的な編みの技術で一つ一つ手作業でつくられる名品である。

いずれも、つくり手はわずか数名程度。後継者はいないものが多い。

このままでは、日本の工芸の世界は立ちゆかなくなるかもしれない。長きにわたりつくられてきたものが失われてしまうかもしれない。そうした危機的状況を伝えることも「仝」の目的の一つだという。

──「仝」とは“繰り返し”を意味します。過去数百年、数千年と名もなき人々が作ってきた工芸の歴史の続きにありながら、同時にアップデートを繰り返す。そんな“今”の工芸に出会える空間です──(HPより)

また、methodならではの遊び心溢れたセレクトも並ぶ。まず目についたのは壁にかけられたOPEN STUDIO「ホッケーほうき」(熊本)だ。

熊本のOPEN STUDIO「ホッケーほうき」
電気も使わず、音も気にならない。ほうきには邪を“掃き出す”という意味も

柄に使い慣らされたホッケースティックが使われたユニークなほうきである。インパクトのある見た目もさることながら、握りやすいという利便性も兼ね備え、掃き心地も抜群。ついつい掃除をしたくなる、そんな代物だ。

北海道のお歳暮の定番である新巻鮭の木箱を再利用したティッシュケース
部屋にこんなティッシュケースがあったら‥‥

北海道のお歳暮の定番である新巻鮭の木箱を再利用したティッシュケースも面白い。ギター職人と宮大工のユニットによるプロジェクト「ARAMAKI」が、日々の暮らしを豊かにすることを目指してつくったプロダクトである。

このように「仝」では、昔ながらの伝統を感じることができる一方で、わくわくするような新しい工芸に出合うこともできる。季節ごとにラインナップも変わるというから楽しみでしょうがない。

自分だけの工芸を“おあつらえ”!

お楽しみはまだまだ続く。渋谷店には「おあつらえ処」が設けられている。

中川政七商店といえば300年以上前に奈良特産の高級麻織物の卸問屋として創業し、以来、時代の流れのなかでものづくりを続けてきた会社である。

実はこれまで、同社がつくる麻生地を使ってのれんやタペストリーをつくりたいという声が多く寄せられていたこともあり、初めて実現したという。

中川政七商店 渋谷店の「おあつらえ処」

ここでは生地24メートルを織り上げるのに1カ月以上かかるという希少な「手績み手織りの麻生地」を用意。十数種類のなかから好みの色を選び、組み合わせるなどして、自分だけのタペストリーやのれんのほか、座布団をあつらえることもできる。

また、渋谷店限定のオリジナル商品も充実。

渋谷店店内

なんといってもおすすめは「張り子飾り 渋谷犬」だろうか。

渋谷店限定商品「張り子飾り 渋谷犬」
どの子にしようか‥‥迷うこと請け合いだ‥‥

加賀人形と金沢の郷土玩具のつくり手である石川県の老舗「中島めんや」と共に製作した渋谷犬は一つ一つ手描きゆえ、表情が微妙に違うところが愛らしい。

尻尾が揺れ動く仕様になっていて、喜んでいるように見えるところもまたたまらない。

ちなみに小さいタイプは陶製の「渋谷犬みくじ」。中には待ちあわせにちなんだおみくじが入っている。

中川政七商店の渋谷犬
渋谷犬みくじ

ほかにも奈良の特産品であるかや織を用いてスクランブル交差点に行き交う人々を描いた「かや織りふきん」や、和歌山の織物工場と共同製作した麻100%のハンカチ「渋谷スクランブル交差点motta」なども用意。

ハンカチには先に紹介したおあつらえ処でイニシャルをはじめ、渋谷犬や行き交う人々など5種類の刺繍をオーダーすることも。

中川政七商店 渋谷店 限定のmotta
渋谷スクランブル交差点motta
中川政七商店 渋谷店 オリジナルハンカチ刺繍

‥‥と、ここまで書いてきて不安が残る‥‥。なぜなら、

渋谷店店内

店内にはほかにも中川政七商店が残したい品々が並び、その背景には語り尽くせないほどの物語があるのだから。

ぜひ、ご自分の目で見て、手で触れ、ときに舌で味わいながら、いくつもの“出会い”を楽しんでほしい。

東京・渋谷のど真ん中。日本の工芸の世界が口を大きく開けて待っている。

<店舗情報>
中川政七商店 渋谷店
東京都渋谷区渋谷二丁目24-12 渋谷スクランブルスクエア 11階

中川政七商店 渋谷店限定商品

文:葛山あかね
写真:中村ナリコ

【わたしの贈りもの】妻へのクリスマスの贈りもの

いつもとは違うクリスマスの贈りもの


あなたにとって大切な人は誰でしょうか?家族や友人、恋人…。きっと多くの大切な人がいることでしょう。僕のまわりにもたくさんいます。その中でも特に人生のパートナーである妻は特別。家事やこどもの面倒など積極的にやってくれていますので、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

そんな日頃の感謝も込めて、クリスマスの特別な日には喜んでもらえるプレゼントを贈りたいものです。感謝の気持ちが何よりも大切ですが、贈ったものを喜んで使ってもらえると、こちらとしても贈りがいがあって嬉しいですし気分が良いですよね。でも何を贈ったら喜んでもらえるのか、毎年頭を悩ませます。

悩みに悩んで「いつもとは違う贈りもの」ができたら良いなと思い、いくつか考えてみました。ちょっと変わった組み合わせや、こんな素敵なものがあるんだ!と思ってもらえるようなものばかりです。今年はこの中から妻の様子を伺いつつ、プレゼントしたいと思います。





一緒におでかけしたいけど、肌の乾燥が気になるし寒いからやめておく。そんなことが今まで何度とありました。冬の乾燥はお肌の大敵。でも「麻之実油のスキンバーム」があれば安心です。小さいのでポーチに入れても邪魔になりにくいですし、麻のみから採れる麻之実油などのオーガニック成分が配合されているので、手や目元にも使えるのもうれしい点。ラベンダー油やオレンジ果皮油も配合されているので、さわやかでうっとりするような香りも素敵です。

それと、寒い冬でもおでかけが楽しみになりそうなアクセサリーも一緒に組み合わせてみました。「花のピアス 富山 しけ絹」は真っ白でとても綺麗。富山の伝統織物「しけ絹」で作られたこの花のピアスには透き通るような清潔感があり、普段着からフォーマルにも合わせやすい意外と万能なピアス。上品なデザインで綺麗な白色なので、ホワイトクリスマスっぽさがあってクリスマスプレゼントにも問題なさそうです。美容の小物とアクセサリーのセットは今までにプレゼントしたことがありませんが、なかなか面白いと思います。これならおでかけが楽しくなることに間違いないのできっと喜ばれるはず。




冬の朝はなかなか起きれませんよね。妻もよく布団にくるまってなかなか起きないことがあります。夜も寒い寒いと震えていることが多い妻には、体を冷えから守ってくれるストールも良いのでは、と思いました。
「ブランケットステッチのポケットストール」はなめらかな肌ざわりが気持ちいい厚手のフリース生地で、とってもあったか。大判なのでさっと羽織れば腰あたりまでぬくぬく。ボタンを止めればやさしく包まれているような感覚で全身をあたためてくれます。ポケットもついているので、眼鏡などの小物を入れたりできて家にいるときに羽織るのにぴったりだと思います。
全身を覆うくらいの大きさのストールはプレゼントしたことがありませんが、これならステッチのデザインもかわいくておしゃれな感じもありますし、機能性も良いのできっと喜ばれるばず。やわらかな生地なので、子供を抱っこしたときも安心なのも良い点だなと思います。




料理好きな妻へは、素敵なお皿を贈るのも意外といいかもしれません。「かもしか道具店 グリル皿」はオーブン・レンジやトースター、直火などあらゆる調理機器に使えるとても万能なお皿。オーブンで焼いたものをそのまま食卓に並べることができるので、ごはんも楽しくなりそう。
クリスマス感はありませんが、チキンや野菜を一口大に切ってこのお皿に盛り付けをしてオーブンで焼いたり、チーズたっぷりのグラタンを焼いてみたりすれば、素敵なクリスマスディナーが楽しめそうです。大・中・小のサイズがあるので、自分たちの暮らしにあった皿を選べば、クリスマスディナーだけでなく普段の食卓も華やかになりそうです。四角いシンプルな形で深さもあり扱いやすいサイズなので、いろんな料理のイメージもしやすく一緒に料理が楽しめそう。白・黒・茶のカラーバリエーションもありますので、子供が大きくなった時に色違いのものを買い足したり、家族全員同じもので揃えても良いでしょう。夢が膨らむお皿です。




やはりクリスマスの贈りものとしてあたたかグッズは見過ごせません。過去にマフラーや手袋などのあたたかい小物をプレゼントしたことがありました。小物だとサイズ感の失敗はなくてそのようなものばかり選んでいましたが、今年は思い切ってセーターを贈ってみようかなとも思います。
「麻わたウールのセーター」は“麻わたウール”という特別な糸で編み上げられた、ふんわりとやわらかなセーターです。麻の素朴で素敵な風合いを残しつつ、やわらかであたたかい。そんな素敵なセーターです。
このセーターが贈り物として良いなと思ったのは、身幅が広めに編まれているというところです。これならサイズ感の失敗はなさそう。そして、シンプルなデザインは飽きにくく手持ちのいろんな服にも合わせやすいと思いますので、きっと長く愛用してもらえそうです。


いろいろ考えてみると、素敵なものがたくさんあってどれがいいか結局悩みそうですが、どれを贈っても喜んでもらえる気がします。
クリスマスまでじっくり考えたいと思います。

中川政七商店のクリスマス特集もぜひご覧ください。
クリスマスの特集はこちら

編集担当 森田

中川政七商店のものづくり実況レポート。 「さんち修学旅行」奈良のふきん

 

残暑厳しい8月某日、私たちは「ふきん」を知る旅に出かけました!

中川政七商店の看板商品である「花ふきん」「かや織ふきん」はどのように作られているのか、生で見たい!どんな職人さんがどんな想いで作られているのか、生で聞きたい!そして見聞きしたものをお客様にも伝えたい!ということで、中川政七商店のふきん作りに関わっていただいている3軒の作り手さんを訪ねました。


そもそも「花ふきん」「かや織ふきん」とは?

訪問記をお伝えするその前に!まずは、中川政七商店の看板商品である2枚のふきんについて、ご紹介させてください。

「花ふきん」「かや織ふきん」はどちらも奈良県の特産品「蚊帳生地」で作られています。「風は通すが蚊は通さない」という蚊帳(かや)に使われる目の粗い薄織物を使った綿100%のふきん。

その素材を生かした大きな特徴は「よく吸って、すぐ乾く」ことです。

中川政七商店のふきんは「よく吸って、すぐ乾く」魅力的なふきんなのです!
大切なことなので、2回言いました(笑)

花ふきんは、その蚊帳生地を2枚重ねの大判に仕立てています。

薄手なので細かい部分も拭きやすく吸水性に優れ、目が粗いため速乾性にも優れています。
大判なので、お弁当包みなど拭く以外の用途に使うのもおすすめです。

かや織ふきんは、花ふきんよりも小ぶりなサイズで、5枚重ねで縫い合わせています。
使うほどに柔らかくなり、吸水性に優れ丈夫で長く使うことが出来ます。様々な柄があり、各地域限定のご当地ふきんなども人気商品の1つです。

どちらも魅力的で、中川政七商店に来ていただいたらとにかく1番におすすめしたい「花ふきん」「かや織ふきん」。

実はこの2種類のふきんは、サイズや重ねの枚数以外に、作り方にも違いがあります。

下図をご覧ください。



それぞれのふきんに合わせた、最適な工程を経て、形となっていくのです。

全ての工程を詳しく知りたいところですが、今回許された時間は1日のみ。

全工程の見学は泣く泣く諦めて、今回は「織り」「プリント」「縫製」の3つの工程を見に行かせていただくことにしました!


まずは、織りの「大和織布」さんへ

1軒目にお伺いしたのは、「大和織布」さん。

奈良の大和西大寺駅から歩いてしばらくすると、静かな住宅地の中から「カシャンカシャン」と音が聞こえてきます。

音の正体は、こちら。


▲大きな機械で織られていく生地

近づいてみると、みるみるうちに生地が織られていく光景に目を奪われました!

中川政七商店の「花ふきん」や、春夏の大人気商品「かやストール」等の生地は、こちらの「大和織布」さんでお願いしています。

工場の中には所狭しと織機が並んでいて、絶え間なく動いています。
代表の野崎さんから蚊帳の特徴や織り方をお伺いしました。


▲代表の野崎さん

かつて「蚊帳」は夏の夜に蚊を避けて快適に寝るために、欠かせないアイテムでした。

しかし近年は生活様式の変化で、蚊帳はほとんど使われなくなってしまったそうです。(確かに、私も写真で見たことはあるけれど、実際使ったことはありません…。)
そこで蚊帳生地の製造技術を他のものに生かそうと、考えられた製品のひとつが「ふきん」。

蚊帳生地独特の目を粗く織る技術のおかげで、速乾性のあるふきんが出来上がるというわけです。でも、この目の粗さを一定に保ちながら織るのが難しいのだとか。

レピア、エアー、ウォータージェット等いろんな織機がある中、「花ふきん」はシャトル織機という機械で織られています。

これらの機械の違いは、簡単に言うと緯糸の挿入の仕方の違い。

シャトル織機では、経糸が張られた織機に、緯糸が巻かれたシャトルが右から左、左から右へと、目にもとまらぬ速さで動いて、生地が織られていきます。


▲シャトルが左右に動き生地が織られていきます。(左上を通過中で細長く映っているのがシャトル)

ただ、このシャトル織機は、エアー織機など他の織機に比べて4分の1のスピードでしか織ることができないとのこと。(こんなに早いのに?と思いましたが…)

でも、他の織機に比べてゆっくり織られるからこそ、機械的で平面的な風合いにならず、ふくらみのある生地を織ることができるそうです。

またシャトルが左右を往復することで耳ができ、ほつれにくい丈夫な生地に仕上がるという特徴もあります。


▲シャトル織機で織られた生地には左右の端に輪になった耳ができます

1本でも経糸が切れたら止まってしまう機械を、職人さんが細やかな調整をしながら動かしておられます。

熟練の職人技がふきん作りを支えてくださっているんですね!ありがとうございます。

カシャンカシャンという心地よいリズムを聞きながら、大和織布さんを後にしました。


2軒目は、プリントの「松尾捺染」さんへ

みんなで美味しいランチをいただいた後、電車に揺られて次にやってきたのは大阪の高井田駅。

ここから次にお伺いしたのは「松尾捺染」さん、1926年創業の様々な捺染技術を持つ作り手さんです。

「かや織ふきん」のプリント等、様々な商品の染めの工程を行っていただいています。

こちらの工場の中もかなり暑い!染色した後に色を安定させるために蒸し工程があり、その工程の周りは特に暑いそうです。またお水を使う作業も多いことから、冬は寒いとのこと…このような環境で、染めあげていただいている職人さんに感謝です。

蚊帳生地は、薄手で目が粗いため非常にゆがみやすい生地なのだそうです。

そのような生地に柄をゆがみなく染めるのは非常に難しいとお伺いしました。

また細かい柄は染料だとぼやけてしまうので、かや織ふきんには、小さな柄も綺麗に表現するために顔料を使って染めていただいています。

顔料ははっきりと柄が表現出来るうえに、発色も良く色落ちもしにくいんですって。

生地や柄に合わせて、最適な染めを選んでくださっている、ここにも職人さんのこだわりを感じることが出来ました。ありがとうございます!

さて、実際染めている工程も見せていただきました。

まずは大量の染料が作られている場所へ。


▲様々な色が入った大きなバケツのような容器が沢山。

ここでは、オーダー通りの色になるように細かな調整とチェックが行われています。


▲背丈を超える長いロールが沢山。

こちらの長い棒は何でしょうか・・・。

実はこのロールこそが型なのです!

ロータリースクリーンプリントでは、このロールの下を生地が通過することで染め上がっていきます。

この染め方はロールがくるくるまわって柄が続いていくため、連続柄の大量生産に向いているそうです。


▲ロール捺染の機械。

お次は、大阪の店舗限定で販売している「大阪ふきん」の型も見せていただきました!


▲大阪ふきんの型。2つの別々の型があり、色柄が染め分けられます。

「大阪ふきん」の型は先程の型とは異なり、平らな型。
こちらには、フラットスクリーンプリントという染色技術が使われています。

型を分けることで多色染めが出来る染め方ということでした。

「大阪ふきん」は2つの型を使って2色に染め分けられていきます。
確かに型からは「大阪ふきん」お馴染みの大阪城やたこ焼き柄が見えてきます…!


▲これが大阪ふきん。赤青と黒黄の組み合わせで2種類あります。

他にも「かや織ふきん」お馴染みの柄の型や染め上がりをたくさん見せていただき、私たちが普段お店で販売しているふきんが、本当にここで作られているんだなぁと実感しました。

ちなみに次のお正月の新柄ふきんの染め上がりも見ることが出来ました!
これまた可愛いんです!店頭で皆様に見ていただく日が楽しみです。


最後は、縫製の「ホトトギスさん」へ

さて、ここからまた電車で移動して、3軒めの会社を訪ねます。
またもや住宅地の細い路地を抜けて到着したのは、何やら可愛らしい看板の前。


▲ホトトギスさんのドアに掲げられた看板。

中に入らせていただくと、倉庫のような天井の高い空間に、ロール状の蚊帳生地と、出来上がったふきんが、山のように積み上げられています。

こちらの「ホトトギス」さんでは「かや織ふきん」の縫製から検品まで行っていただいています。

織り、染め、糊付け等たくさんの工程を経てきた蚊帳生地が、ここでついに1枚のふきんとして形になるのです。

生地の周りには、見たことのないような機械がたくさん!

なんでもこの機械、ふきんの縫製にあわせて「ないものは作る!」と独自に作られているものが多いそうです。

企業秘密が詰まった機械は撮影NGとのこと。なので、この目にしっかり焼き付けておくことにしました!

中川政七商店の「かや織ふきん」は綿100%の生地を5枚重ね合わせたもの。

それぞれロール状に巻かれた長い5枚の生地が一気に縫われて、さらにいくつかの工程を経ていきます。

染めの工程でもお伺いしましたが、蚊帳生地は柔らかくてゆがみやすい為、縫製もやはり難しいそうです。

縫製の前に糊付けという工程があるのは、柔らかくて縫いにくい生地を綺麗に縫製するために考えられた、ものづくりの知恵なのです。

とはいえ、糊付けされても地の目が真っすぐになっていない為、真っすぐ美しく仕上げるためには縫製にも高度な技術がいるとのこと。

1つ1つの工程に「おぉっ!」と思っていたら、あっという間に1枚のふきんが出来上がりました。

知っています、あっという間に出来る簡単そうに見えることこそ、実は難しく、プロだからこそなせる技が詰まっているということを。

こちらの職人さんたちは、元々ベビー肌着の縫製のお仕事をされていたとのことで、丁寧な縫製や検品などに、並々ならぬ工夫とこだわりを持っていらっしゃいます。

例えば5枚の生地がしっかりと縫い込まれるように、端を縫う針目の数へのこだわり。

端の糸がほつれて出てきにくいように伸縮性のある糸を独自にオーダー等々。

お話しをお伺いしながら出来上がったふきんを見てみると、本当に綺麗な縫製になっているのです。

だからこそ、丈夫で長持ちするふきんになるんですね。


▲出来上がったかや織ふきん、細部まで丁寧に縫製されています

かや織ふきん、正直なところ今まで柄ばかりに目がいって、縫製にこんなにもこだわりがあるなんて知りませんでした。(すみません、本当に…。)

縫製という工程においても、職人さんのプロフェッショナルな技と心配りに感動しっぱなしでした。ありがとうございました!


ふきんを知る旅を通して、感じた想い

ホトトギスさんを後にする頃には、外はもう暗くなりかけていました。見たり聞いたり熱中しすぎて、気づけば終了予定時間を大幅に過ぎてしまいましたが、とても充実した1日となりました。

ふきんが出来上がるまでには、多くの職人さんの技術やこだわりが沢山込められていることを、今回学びました。

ふきんにすることが難しい蚊帳生地を、あえて使うことによって「よく吸って、すぐ乾く」ふきんが出来上がっているんですね!

今回作り手さんたちからお話しを聞かせていただき、私たちも今まで以上に「ふきん」に愛着がわいてきました。

職人さんがお客様に直接伝えられない熱い想いを、私たちが代わりにお伝えしていきたいと思います。

より多くのお客様に、ふきんの魅力を知っていただき、そして使っていただきたい。そうすることで、お客様に喜んでいただき、心を込めて作っていただいている作り手さんにも恩返しすることが、私たちの使命なのです。

技術とこだわりがたくさん詰まった中川政七商店の「花ふきん」「かや織ふきん」、まずはぜひお手に取ってみてください。

触っただけでも良さが分かります。

皆様のご来店を心よりお待ち申し上げております!!

 

波佐見焼 マルヒロの2代目 馬場匡平さんに聞く、初任給5万円からの10年

「これヤバか! どがんやって生活すると!?」

2008年6月、長崎県波佐見町で馬場匡平さんは言葉を失っていた。波佐見町は日本屈指の焼き物の産地で、馬場さんの実家はマルヒロという「産地問屋」を経営していた。

産地問屋は大量生産を可能にするために分業制が発達した波佐見町ならではの仕事で、外部からの注文をまとめ、職人に発注し、完成品を受け取って配送などを手配する。

マルヒロ現社長の父親から「戻ってきてほしい」と言われて帰郷したはいいが、馬場さんは給料を見て慌てた。その額、5万円。24歳の青年にとって死活問題だった。

波佐見焼の産地、波佐見町の風景
波佐見町の風景

マルヒロ倒産の危機

長崎県波佐見町で作られる「波佐見焼」は、今では広くその名を知られているが、実は2000年頃までは無名の存在だった。

波佐見町は、もともと隣町の佐賀県有田町で作られる「有田焼」の下請けとして大量生産の技術を磨き、成長してきた。人口約1万5000人の小さな町ながら、バブル期の1991年には産地生産額が175億円に達している。

しかし2000年頃、生産地表記の厳密化の波を受けて「波佐見焼」と名乗り始めると、売り上げが激減。2011年には産地生産額が41億円にまで落ちたというから、その勢いは凄まじい。

波佐見焼マルヒロの直営店
何かしらの理由で焼かれなかった生地

1957年創業のマルヒロも多分に漏れず、2000年以降、厳しい経営を強いられていた。父親に呼び戻された馬場さんの給料が5万円というのが、その苦境を物語る。

当時、馬場さんの両親と本人を含めた社員6人に対して会社の粗利は500万円ほどしかなく、率直に言えば倒産の危機に瀕していたのだ。

そこで、社長と馬場さんは中川政七商店のコンサルタントを受けることを決意。そこから新ブランドの立ち上げが始まった。

「中川さんから持ってきて下さいと言われたのが決算書3期分で、マルヒロ史上ワースト3なんですよ。それで父ちゃんは、これは受けてもらえんばいと言っていたんですが、受けてもらえることになって。

僕らも初めてコンサルを頼むので、両親と、お金をたくさんかけるのは難しいけど、人の力でできること、必要な投資は頑張ろうと決めました。

最初に中川さんに言われたのは新ブランドを作ろうということで、そのプロジェクトを父ちゃんから丸投げされました(笑)」

起死回生の大ヒット

もともと焼き物に興味もなく、なんとなく仕事をしていた馬場さんにとってプレッシャーのかかるプロジェクトだったが、試行錯誤の末に生み出したのが、「HASAMI」。

2010年、最初にリリースした「60年代のアメリカのレストランで使われていた大衆食器」をテーマにしたカラフルでポップ、機能的で丈夫なマグカップはセレクトショップなどに5万点を出荷する起死回生のヒットとなった。

波佐見焼マルヒロのブランド「HASAMI」
マルヒロの窮地を救ったマグカップ

「出して半年くらいは結構大人しかったですよ。でも、展示会に出展したのがきっかけで、雑誌にも掲載されるようになって。

そうしたら、12月に吉田カバンさんからOEMの話がきたんですけど、それが2万個。6人で箱詰め、検品まじマジヤバか!って(笑)。それが世に出てから、いろいろなアパレルメーカーから問い合わせがくるようになって、ショップでも売れ始めたんですよ」

波佐見焼マルヒロのブランド「HASAMI」のseason2

波佐見焼マルヒロのブランド「HASAMI」のseason3
マルヒロの器はポップ&カジュアル

実は、「HASAMI」のマグカップは、作り始めた当初、周囲の評判は良くなかった。展示会で「こがん派手な色のお皿でご飯食べる気しませんわ」と酷評されたこともある。

それでも自分の感性を信じてヒットさせた馬場さんは「それまでの3年間、いつ潰れてもおかしくなかった状況だったとですよ。マグカップが売れなったら、もう潰れとったですよ」としみじみと振り返る。

社長も、会社を救ってくれた息子に感謝したのだろう。2011年、馬場さんの給料は7万円になった。

新ブランド誕生

「HASAMI」のマグカップは、さまざまな出会いをもたらした。そのうちのひとつが、世界的なアメリカのフォントデザイン会社「ハウスインダストリーズ」。マグカップにプリントをしたいとマルヒロに連絡してきたのが縁となって、マルヒロの新しいブランド「ものはら」が生まれた。

波佐見焼マルヒロのブランド「ものはら」
「ものはら」の器

「アメリカからアンディさん、ステフさん、ヤヨイさんの3人が波佐見町まで来てくれて。いろいろと話をしているうちに、やっぱりゼロから作る方が面白いという話になって、じゃあ、作りましょうと。

その時に、波佐見町の歴史的な背景をちゃんと汲み取って、それを説明できるブランドを作りたいと思ったので、『ものはら』と名付けました」

ものはらとは、波佐見町の登り窯のそばにある失敗作を捨てる場所のこと。そこには出来損ないの陶磁器が積み重なり、地層のようになっている。

その地層を波佐見町の歴史と捉えてのネーミングだった。この時は、お皿急須、ボウルなども作り、ハウスインダストリーズのアートディレクター、アンディ・クルーズがデザインした「m」をあしらった。

デザイン業界では有名な「ハウスインダストリーズ」とコラボレーションしたことによって、「ものはら」も話題を呼んだ。マグカップに続いて雑誌掲載などが相次ぎ、マルヒロの知名度は着実に高まった。

すると、これまで取引のなかったさまざまなジャンルの企業やメーカーからも声がかかるようになり、売り上げも伸びていった。

給料が7倍に

こうして少しずつ経営が安定してきた2015年、建築家の関祐介氏に依頼してショップをリニューアル。「写真ば撮れるような店にしよう」というコンセプトでデザインされたショップは、さまざまな理由で使われず、窯元の倉庫に眠っていた2万5000点の器やマグの生地が積み上げられて床材になっている。

波佐見焼マルヒロの直営店

波佐見焼マルヒロの直営店
マルヒロのショップ

さらに、馬場さんの18の時からの友人から「売らせてよ」と連絡がきたのがきっかけで、福岡県の糸島に姉妹店・ヘイアンドホー(HEY&Ho.)もオープンしている。

この時期、馬場さんの給料は35万に増えていた。波佐見町に戻ってから7倍というすごい伸び率だ。

馬場さんは、自分の感性に従ってユニークな商品も作り続けてきた。それがきっかけとなり、新たな販路の開拓にもつながっている。

マルヒロ

「それほど大きな売り上げにつながるわけじゃないんですけど、スケボーブランドとか、アメカジブランドとか、またちょっと違うような感じのアパレル系が興味を持ってくれて。『坩堝』というスケボーブランドとコラボしてキセルを出したら、それを知った別のブランドの人から連絡があったり」

マルヒロの新戦略

こうして幅広い分野でマルヒロのブランドが知られていくなかで、昨年から馬場さんは新しい取り組みを始めている。

合同展示会への出展をやめて、昨年9月に原宿、11月に京都のギャラリーでマルヒロ単独のポップアップストア&エキシビションを開催したのだ。

さまざまなアーティストや職人とコラボレーションした新作やアート作品の展示、ワークショップを展開して一大イベントとなった。これは、馬場さんの危機感の表れでもある。

「これまで右肩上がりで増えてきた波佐見町の出荷量が頭打ちになってきてるんですよ。産地工芸ブームの熱が若干冷めてきよるんと思います。だからこそ、これからはもっと毛色を明確にして、もっと発信せんばねって」

波佐見焼のブランドマルヒロ
京都で発表した、福井県の伝統工芸「越前漆器」、アーティストでプロスケーターの「マークゴンザレス」とコラボした重箱

波佐見焼のブランドマルヒロ
さまざまな柄があるそばちょこのシリーズ〈蕎麦猪口大事典〉

「今から僕らがしようとしよるのは、できるだけ下の世代に早めに焼き物に触れてもらって、焼き物=マルヒロと植え付けること。

今年の5月5日は、オイルワークスという九州のアーティストのライブ会場で、3歳の子どもからひとりでできるような簡単なワークショップをやるんですよ」

若者たちにマルヒロの名を知ってもらい、親近感を持ってもらうために、馬場さんがもうひとつ計画していることがある。それは、波佐見町に公園を作ること。

「波佐見町には子どもたちがのびのび遊べるような公園がないんですよ。だから今、1000坪の土地を買って、公園を作ろうとしています。そうしたら、若い子たちも面白い会社だから1回行ってみようかと思うかもしれない。

2022年には新幹線も通るし、隣町の嬉野には旅館があるし、ハウステンボスも旅行者増えとるけん、近場には色々コンテンツがあるとです。そこで波佐見町でもその公園が受け入れ先になればと思って」

2008年のマルヒロは、会社の粗利がわずか500万で、社員は6人だった。

それから10年が経ち、売上は3億円。社員は今年の7月、20人になる。馬場さんの給料は今や、最初の5万円から10倍を超えた。

波佐見焼のブランドマルヒロ
最近、力を入れている転写シール貼り放題のワークショップで作られた器

そして今年8月、馬場さんは社長に就任する。焼き物の作り方をまるで知らず、イチから学んだ男は今、新しい戦略を掲げ、全国を飛び回る。

マルヒロの成長物語は、馬場さんの成長物語でもあった。全国各地のアーティスト、クリエイターとつながる馬場さんが作る1000坪の公園はきっと、波佐見町の新しいランドマークになるだろう。

<掲載商品>
HASAMI


マルヒロ

公式HP:https://www.hasamiyaki.jp
佐賀県西松浦郡有田町戸矢乙775-7
0955-42-2777


文 : 川内イオ
写真 : mitsugu uehara

*こちらは、2018年3月21日の記事を再編集して公開しました。