いいものを、見よう。
「仏師」という仕事があります。
例えば東大寺の金剛力士像で有名な運慶さんも、仏師。造仏師の略で、仏像を作る仕事。修復も行います。
河田喜代治 (かわた・きよはる) さんは滋賀に工房を構える仏師さん。
千葉のご出身ですが関西の仏像の魅力にひかれ、修行時代に移住されたそうです。
「修行時代にお世話になった方はみんな、仏師の仕事をするには『とにかくいいものを見ないとだめだ』と。それしかない、と言ってました」
そんな河田さんが「僕個人の好みですけど」と控えめに教えてくれた、けれども移住をしてでも身近に感じていたかった、関西でおすすめの仏像を5つ、ご紹介します。
関西の仏像の特徴とは?
まず「関西の仏像」と、大きく括っていますが、何か特徴があるでしょうか?
「そうですね。地域や時代によって、仏像の特徴や雰囲気はちょっとずつ違ってきます。
例えば奈良のお像は全体に大らかな印象があって、素朴さもありつつ洗練されていると感じています。
京都は貴族がいた時代が長いこともあって、繊細で華麗な感じがありますね。
もちろん同じ平安時代でも、前・中・後期と技法やお像の印象は変わっていきます。
鎌倉時代に入ると武士の時代と禅宗の流行の影響で写実的で躍動的な像が好まれるといった印象ですかね。
その時に権力を持った人がどんな感じであったかによって、本当に全てが変わってきます。そこが面白いところですね」
仏師は仏像の「ここ」を見ている
なるほど。時代の違いも感じながら見ると、一層面白そうですね。
ところで仏像を見に行くと、ついここを見ちゃう、みたいな「仏師あるある」ってありますか?
「だいたいみんな、顔を見るんじゃないですかね。やっぱり顔の表情が、全体を支配しますから」
「それともうひとつは、手を見るかな。顔と同じぐらい、重要なところなんです」
顔と手。フォーカスが絞られると、見方も変わってきそうです。
ではいよいよ5選の発表です!お寺のアイウエオ順で発表していきます。
お像の写真は載せていないので、ぜひ実際のお姿は現地で出会ってみてくださいね。
仏師の理想がここに 向源寺「十一面観音」(滋賀)
まずは河田さんのいらっしゃる、滋賀県にある向源寺のお像。「日本一美しい十一面観音」ともいわれるそうです。
「向源寺は滋賀県の、観音の里と呼ばれる一帯にあるお寺です。
一本の木から彫っているお像なんですが、お顔が凛々しいんですよ。
十一面ひとつひとつがいい表情で。後ろの方に笑った顔がひとつあるんですけど、あの表情もとてもいい。
この像を理想としている仏師は多いです」
つくるべきお像の、理想の姿のひとつなんですね。
「近い距離で見た時の完成度がすごいですね。全てに手を抜いていません」
「思い出すだけで素晴らしい」東寺 講堂「五大明王」(京都)
実は関西で5選、の他に、京都の5選も選んでいただいたのですが、どちらにも名前が挙がっていたのがこの東寺の五大明王像でした。(京都編はまた後日!)
*明王とは‥‥大日如来 (だいにちにょらい) の命によって、悪を退治し仏法を守る諸尊。中でも五大明王は、不動明王を中心に四明王が東西南北を守る。
五大明王といえば東寺、というほど有名なもので、やはり河田さんも仏師の仕事を始める頃からずっと心惹かれていたそうです。
「何度か拝見しましたが、思い出すだけで素晴らしいですね。
講堂の空間そのものや、他の像もまたとても良いんですが、五大明王の中でも不動明王像は、ちょっと何かを超越してるという感じがあります。
仏師の仕事をすればするほど、すごさを感じます」
具体的にはどんなところでしょうか。
「静かな怒りの表情と、体幹、と言ったらいいのですかね。
すごい怒りをあらわにしたような表情じゃないんです。
お顔の静かな怒りを上手くそこに存在させるように、全体の形のシルエットのつくりがうまく調和されてるんですよ。
その表情が引き立つ作りをしてるというか。見事だなと思います」
千本の乾漆のつくりに圧倒される 藤井寺「千手観音」 (大阪)
「本当に千本の手があります。もう圧倒ですね。
奈良時代に唐から伝わった乾漆 (かんしつ) という作り方で、つくりの完成度に圧倒されます。
仏像って木彫や金属のイメージがあると思いますが、乾漆のお像って、いわば布で出来た張子状態なんです。
まずは粘土で作って粘土の上に幾枚か麻布を漆で貼り合わせる」
「形が決まったら中の粘土は全部取り除いて、最後は金箔を貼って完成です。
その布と漆の上に現れている表情やシルエット全て、素晴らしいですね」
作った人に会いたい 法隆寺「九面観音」 (奈良)
こちらは大きさが38センチと、小さなお像だそうですね。
「このお像は、技術がとにかく的確です。全てに無駄がない」
的確というのは、道具の使い方などでしょうか。
「そうですね、見るほど彫り口のひとつひとつに無駄がない。彫り方が洗練されてるんです。
作った人に会ってみたいと思わせるようなお像です」
姿勢を正してくれるような 室生寺「釈迦如来」 (奈良)
「顔と手がとてもきれいなんですよ。お顔で言ったら室生寺のこのお像が、一番好きです。
写真家の土門拳さんも褒めていらっしゃいますね」
きれいというのは、どう「きれい」なんでしょうか?
「鼻先から指先、シルエットまで全てに曲線の美が備わっていて、すっとこちらの姿勢を正してくれるような佇まいなんです。
彫刻の面白さは、正面から眺めても何となく奥行きや量感を感じられるところですね。
写真だとこれがうまく掴めません。自分の目で見ないと駄目なんです」
運慶さんも、昔のいいものを見ていた
最後に河田さんがこんなお話を聞かせてくれました。
「有名な運慶さん、あの方は平安末期から鎌倉時代に生きた仏師ですが、彼は奈良に住んでいました。
かつて都のあった場所で、古い時代の仏像の修復などをしながら色々といいものを学んだ先に、鎌倉時代にあの形を起こした。
運慶さんも昔の、いいものをたくさん見ていたんですよね」
昔のいいものをたくさん見る。
仏像をつくっている人の目を借りたら、次に仏像を見る機会にも、また違った発見や感動と出会えそうです。お話を聞くほど、実際のお像を早く拝見したくなってきました。
<取材協力>
河田喜代治さん
文・写真:尾島可奈子
*こちらは、2019年2月18日の記事を再編集して公開しました。