お味噌汁に使う汁椀から、おせちを詰める重箱まで、暮らしのハレとケ、どちらにも欠かせない漆器。
身近な存在すぎて、その選び方や扱い方は意外とあいまいです。
「実は寒いこの時期が、漆器を揃えるのに一番いいタイミングなんですよ」と教えてくれたのは、福井県鯖江市で越前漆器の製造販売を手がける、漆琳堂 (しつりんどう) の内田徹さん。
塗師 (ぬし) として日々漆や漆器に向き合う内田さんに、漆器の選び方、お手入れ方法など「基本のき」を教えていただきました。
そもそも漆器とは?完成は100年後という不思議な器
はじめにおさらいしておくと、そもそも漆器の「漆」とは、ウルシの木の幹から採取した樹液 (生漆 ・きうるし) 。もしくはそれを精製したもの。
樹液の主成分であるウルシオールが酸化して固まることで、酸、アルカリ、アルコールにも強い、優れた機能を発揮します。
耐久、耐水、断熱、防腐性が非常に高く、今も漆に勝る合成塗料は開発されていないというから驚きです。
この漆の機能を、器を保護する皮膜として活用したのが漆器の始まり。日本では縄文時代から活用が確認されています。
今でこそ様々な色かたちの漆器が存在し、そのデザイン性も品物を選ぶ大切なポイントになっていますが、そもそもは器の強度を高める補強材としての役割が大きかったんですね。
「実は漆の塗膜が馴染んで漆器自体が完全に固まるのは、作ってから100年後とも言われます。
漆は時間がたつほどに硬さを増して、丈夫になっていきます。僕たちが普段手にしている漆器は、その過程を使っているんです」
本体は木で、塗料は樹液。全部が天然素材で、完成は100年後。改めて考えると壮大なスケールの道具です。
では、その使い方とは。ここからは内田さんに一問一答形式で付き合い方のコツを伺っていきます。
漆と漆器の成り立ちをもっと詳しく知りたい方はこちら:「漆とは。漆器とは。歴史と現在の姿、お手入れ方法まで」
冬こそ、漆器はじめによい季節
——早速ですが「今の時期が漆器を選ぶよいタイミング」なのはなぜでしょうか?
「お正月に漆塗りのお椀でお雑煮を食べた人も多かったと思います。
他にもお重やお屠蘇のように、お正月には塗り物が多く使われるので、全国の漆器産地の出荷量は迎春のこの時期に向けて一気に増えるんです」
百貨店などの売り場にも一番品数が多く並ぶので、気に入ったものに出会えるチャンス、というわけですね。
汁椀はなぜ赤い?
ちなみに内田さんが普段使い手として一番よく親しんでいるのは、漆塗りの汁椀とお箸。どちらもご自身の作だそうです。
この漆塗りの汁椀、実は内側が赤いお椀の生産量が一番、多いのだそう。
「色々な説があるんですが、味噌汁を飲んだ時に底面に残るお味噌のカスが、赤い色だとあまり目立たないから、というのが一説。
他にも口につける時に目に入る色として、内側が赤い方が食欲が増す、美味しく見える色だからという説もあります」
きっとどの家庭にもひとつはある赤いお椀。何気ない色使いにも、訳があるのですね。
選ぶときは自分の基準を持って
——では、漆器ビギナーの人が漆器を買う場合のコツってありますか?
「例えば汁椀なら、普段使っているものが自分にとってちょうどいいサイズかどうか、あらかじめ把握しておくといいと思います。
僕の感覚でいうと、お店で見る品物って実際より小ぶりに感じると思うんですね。
買って帰って後悔することがないように、直径や高さ、持ち心地など、ちょうどいいと思う自分の基準を設けておくと良いと思いますよ」
自分なりのベストの形状を頭や手で覚えておいた上で、好みのものを探すのがポイント。
選ぶ時には、色かたちに加えて産地やメーカー、品質表示のチェックもしておくと、作りの確かなものを選べて安心とのことです。
扱うときの注意点は?
——実際に使うときの注意点はありますか?
「滅多にする人はいないとおもますが、例えば沸騰させた直後の熱湯を入れたりすると、漆器にダメージを与えてしまいます。
お味噌汁の一番美味しい温度は70〜80度と聞いたことがありますが、これは漆器にも適温なんです。料理にも器にも理にかなった温度のようですね」
洗う時、洗った後、保管時の注意点は?
——洗う時、洗った後に気をつけることはありますか?
「金ダワシなど粗いものでは洗わないことですね。柔らかいスポンジで中性洗剤で洗えばOKです」
「あとは、洗う時に陶器など高台 (こうだい。器を支える台の部分) がザラっとしたものと重ねて洗うと漆器が痛んでしまいます。
一緒に洗う場合はお互い当たらないようにちょっと気をつけると長持ちするかなと思います」
——保管はどんな環境がよいですか?
「漆器は極度の乾燥や紫外線が苦手です。ひどく乾燥すると木地にヒビが入ってしまうこともあります。
保管は日当たりの良いような場所は避けた方が良いですね」
重ねて保管して長く使わない場合は、器と器の間に布を挟んでおくと、擦り傷を避けられて良いとのこと。お正月にだけ使う器など、一度点検してみるといいかもしれません。
漆器を長持ちさせるコツとは。ポイントは「拭き」にあり
——長持ちさせるコツがあれば教えてください。
日常使いの漆器なら、洗ったあとそのまま食器置きに伏せて乾かしても良いですが、ふきんなどで水気を取りながら拭くと、漆器はツヤが増すと言われています」
——よく、漆器は使うほど色ツヤが増すと聞きますが、何故なんでしょうか?
「実は、完成したての漆器って漆の粒子が不揃いなんです。
これを使うたびに布で拭いていくと、表面の粒子が削れて鏡面のように平らになっていく。それがツヤが増すという意味なんです。
だから食洗機対応の漆器でも、食洗機にかけてるだけだとツヤが上がらない。拭くという行為が必要なんですね。
繰り返していくと、塗った後のツヤとはまた違う、なんとも言えない深みのあるツヤが出てきます。
時々修理依頼のあるお椀で、惚れ惚れするようなツヤのものに出会います。
形自体は今っぽくない昔のものなんですが、何十年も大切に使っているなというのが、見た目にも現れているんです」
——何年、何十年と使ううちに、その人だけの器になるんですね。漆器の付き合い方以上に、魅力を再発見しました。
「美味しく食卓を囲もうと思ったときに器ってとても大切ですよね。
漆器は買って終わりじゃなくて、そこから付き合いが始まる器だと思うと、楽しめるんじゃないかなと思います」
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漆琳堂さんにつくっていただいています。
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<取材協力>
漆琳堂
福井県鯖江市西袋町701
0778-65-0630
http://shitsurindo.com/
文:尾島可奈子