わたしの一皿 なまこの気持ちでのんびりと

拙著「中国手仕事紀行」が発売から一ヶ月。お陰様で、昨今の事情はさておき好評です。多くの方に読んでもらいたい。

しばらく中国はお預けだな、と思っていたけど国内の移動も色々と気を遣うようになってきましたね、みんげい おくむらの奥村です。

我が家の近くの市場では今が旬の、ある貝がよく見られます。それは北海道からやってくるホッキ貝。げんこつ大のおいしい貝。

旬はこの冬場だけれども、一年を通してみられるもので、一大産地の北海道苫小牧で年に一度か二度これを食べるのを楽しみにしています。アイヌの木工を見に行く時に、この貝を食べるため苫小牧を通る、というお決まりルートがあるのです。

ホッキ貝

苫小牧ではホッキを使ったカレーを出すお店が多く、市場の有名な食堂は行列ができるほど。

確かに貝の出汁が出るし、身もプリっとして美味しく、絶品のシーフードカレーになるので、ホッキ貝が安い時に試してみてはどうでしょうか。ちなみに今日は刺身ですが、余分に買ったので我が家もホッキカレーを作ったところ。

ホッキ貝を剥いているところ

ホッキ貝は剥き身も売っているのだけれど、断然殻付きで買ってくる方がおいしい。貝剥きで、何個かやってみれば貝を開けるコツはすぐに掴めるし、貝剥きの道具はそこらで売っているので常備しておくといい。

殻付きで買った方がいいのはホッキ貝に限らない。貝全般なので、貝好きの方は貝剥きを常備すべし。これ本当ですからね。

うつわは、島根県松江の湯町窯から

うつわは、島根県の松江にある民藝の窯として有名な湯町窯のものを用意した。青みのある皿は、海鼠釉(なまこゆう)という釉薬が掛かっている。

湯町窯というと、柔らかな黄色を使ったスリップウェアや、目玉焼きをおいしく作れるエッグベーカーが浮かぶ人もいるでしょう。なかなかお詳しいですね。実はこの海鼠釉も窯元定番なのです。

島根県・湯町窯のうつわ

この釉薬は色の出方をコントロールしにくいもので、全面に青が出るものもあれば、今回のようにフチの方にちょこっと、みたいなものもあって、絵画のように選ぶ楽しみがある。

我が家のものは、なんだか波打ち際みたいで、どこか可愛げを感じる。海を感じさせるお皿だから、こんな刺身の時にはよく手に取る一枚。

島根県・湯町窯のうつわ

この釉薬、海鼠釉は藁灰からできている。各地でこの釉薬を使った仕事が見られるのは、身近な天然素材だったからだ。先人たちの知恵と工夫。すばらしいじゃないですか。

そうそう、ホッキ貝といえばあの赤い身。と思うかもしれないが、生は赤くない。茹でると赤くなるのだ。

今回は生きた貝を買ってきたので茹でない。そのまま生で刺身にする。

ホッキ貝をさばいているところ

貝を剥いてヒモや内臓を取り、きれいな身になったものを上からまな板に叩きつけると、キューっと縮む。残酷なようだが、これで貝のコリコリ感がでるのだ。あとは好みのサイズに切るだけ。

ホッキ貝の刺身をうつわに盛り付ける

新鮮な貝の刺身の甘みときたら、たまらないんですよ。それだから殻付きのまま買ってくる。貝剥きの多少の面倒なんて、この味を考えたら苦にならない。

民藝という言葉に出会って、焼き物をみていくと、本当に土地の素材を工夫して使ってきたことがわかる。手に入るもので誰かの暮らしの役に立つ道具を作り、そしてそれをより美しく、と。

今の暮らしの中ですぐに自分の手を使って何かを生み出すことなんてもちろんできないけれど、そんな感覚で作られたものを手にし、何かを感じることができるなら、まだいいじゃないか。とうつわを手にするたびに思う。

奥村 忍 おくむら しのぶ
世界中の民藝や手仕事の器やガラス、生活道具などのwebショップ
「みんげい おくむら」店主。月の2/3は産地へ出向き、作り手と向き合い、
選んだものを取り扱う。どこにでも行き、なんでも食べる。
お酒と音楽と本が大好物。

みんげい おくむら
http://www.mingei-okumura.com

文・写真:奥村 忍

ハレの日に贈る、縁起のよい布。つづれ織から生まれた「sufuto」

高い技術力が求められるという美術織物の中でも、最高峰と言われる「つづれ織」。

その名前には、馴染みがない人がほとんどかもしれません。

「非日常のものを多く作ってきたから、きっと知られていないんですよね」

そう話すのは滋賀県で唯一、つづれ織を継承する清原織物の清原聖司さん。

つづれ織はもともと、天皇や大名など上流階級の人たちに献上されるような特別な織物とされていました。現代でも、ふくさなど特別な時の小物や、祭礼、劇場など、どちらかというと日常ではない「ハレの場」で使われています。

そんなつづれ織をもっと私たちの日常に寄り添うものにしたいと、清原さんは新たなブランド「sufuto (すふと) 」を立ち上げました。

sufuto
sufuto

つづれ織とは?

そもそもつづれ織とは、いったいどんな織物なのでしょう?

その歴史はおよそ4000年と古く、最古のものは古代エジプト文明の時代にまで遡るほど。

日本へは、1300年ほど前、飛鳥時代に中国から伝わり、京都の御室 (おむろ) が日本におけるつづれ織の発祥地とされています。清原織物も室町時代に御室で創業したのち、拠点を現在の滋賀県守山市に移して、つづれ織を代々受け継いできたといいます。

sufuto

一般的な織物を間近にじっくり見てみると、たて糸とよこ糸が十字にクロスしている様が見えますが、つづれ織は密度の高いよこ糸でたて糸を包み込むように織っているため、よこ糸しか見えません。

そのため、表から見ても裏から見ても同じ模様を出すことができるんだそう。

「使える色数も他の織物に比べて多く、何万色もいけます。そのため、祇園祭などの祭事に使われる幕類や舞台の緞帳など、美術織物に向いているんです」と清原さん。

織るのにも手間がかかるため、昔から高級生地として重宝されてきました。

清原織物
その華やかさから、祭事に使われる幕など神社奉納品にも多く用いられています

ハレの日を飾る「寿布 (すふ) 」という発想

「神社仏閣や劇場などに『保存する』だけでなく、つづれ織を『継続する』ためには作り手である自分たちで発信していかないといけない」

そんな思いから、新ブランド「sufuto」を始めたといいます。

sufutoを手がける清原織物の清原聖司さん
清原織物の清原聖司さん

結納のふくさや帯、祭礼用の幕地や舞台緞帳 (どんちょう) など、つづれ織はハレの場に花を添える織物。そこに改めて気づいた清原さんは、つづれ織を「寿布 (すふ) 」と名付け、sufutoでは祝いの品々を展開しています。

たとえば、出産祝いにぴったりな命名指輪。組紐がついたベビーリングをつづれ織で包んだ命名札とセットにした一品です。生まれ月からイメージされる12色が揃います。

sufuto
背には、子どもの魔除けを願って背守りの意匠が刺繍されています
sufuto

子どもが成長したあかつきには、ベビーリングをネックレスやキーホルダーのチャームとして贈ることができるのも感慨深いもの。

sufuto

新社会人の新しい門出には、手織りのつづれ織で仕立てた名刺入れを。つづれ織は軽量であると同時に、張りと厚みがある織物なのでしっかり強度もあります。

sufuto
sufuto
sufuto
組み合わせをセミオーダーできるイベントも不定期で開催。相手のイメージに合った配色で贈るのもすてきです

人生の節目となるような大切な日を、ハレの日の布「寿布」とともに。

大切な人の特別な時、sufutoの品を贈ってみてはいかがでしょうか。

<取材協力>

清原織物

滋賀県守山市今市町136-1

077-583-5711

https://www.sufuto.jp/

文:岩本恵美

写真:清原織物提供、中里楓


<掲載商品>

sufuto お守り袋
sufuto ふくさ
sufuto 命名指輪
sufuto 名刺入れ

【わたしの好きなもの】お食事かっぽうぎ

遊び着にも使える、赤ちゃんの割烹着


割烹着(かっぽうぎ)といえば、日本のエプロン。

かつては、炊事だけでなく水仕事全般や庭仕事など、服を汚したくないときに幅広く重宝されてきました。

さて、服を汚したくないのは大人だけでなく赤ちゃんも一緒です(と、親目線で勝手に思っています)。離乳食を食べるときは特にそうなのですが、可愛らしい赤ちゃんの衣服をできれば汚したくない。

そんな時におすすめなのが、この「お食事かっぽうぎ」です。



娘に着せてみたところ、とても可愛い。正直、割烹着が赤ちゃんにこんなにも似合うなんて思いもしませんでした。

縞模様が落ち着いた雰囲気で、優しい顔をしている赤ちゃんにピッタリなのでしょう。



可愛いデザインだけでなく、うれしい機能も兼ね備えています。

ひとつ目は、食べこぼしをキャッチできるポケット。

一見どこにも見当たらないポケット。実は前側の裾の裏側にあり、これを折り返すことで食べこぼしをキャッチできるようになります。

お食事のときは折り返して使って、不要な時は隠す。これなら遊び着として着せてあげるときに、どこかに引っ掛けてしまう恐れがありません。

見た目もすっきりでデザイン性も高く、親としてはうれしいポイントです。



ふたつ目は、先ほど書きましたが、遊び着にもちょうどいいのです。

娘は目につくものには何にでも手を伸ばして、口に運ぶようになってきました。気付けばおもちゃはよだれでベトベト。

被害はおもちゃだけにとどまらず、服の裾や袖口までベトベトになって汚れているときがあります。スタイだけでは防ぎきれない。

そこでこの割烹着を着せてあげると、袖口もしっかり隠れてくれるので、大切な服が汚れる心配がいりません。



表の生地は綿100%だったり、胸あたりの裏地には撥水生地が使用されていたり、細かい工夫も嬉しい・・・。

1枚あればいろいろと重宝するので、贈りものにもぴったりだと思います。

古くから愛されてきた割烹着。

現代に合わせた工夫が加わり、赤ちゃんにも受け継がれていく。そんな素敵な割烹着に出会えて僕はうれしいです。

お揃いの大人用の割烹着を買おうかなと妻が言うくらいに、家族みんなで気に入っています。(娘も素敵な割烹着をありがとうと思ってくれているはずです)


編集担当 森田

【デザイナーが話したくなる】親子のための器


「親子のための食器シリーズ」ができた時、真っ先に気になったことをデザイナーの岩井さんに聞きました。

「これ割れますよね?」
「はい、もちろん落としたら割れますね。」

この、あえて焼き物で子供の食器を作ろうという挑戦は、お母さんでもある岩井さんの思いがありました。

子供の食器を考えた時、私にも子供がいるので、どういうものに触れながら大きくなってほしいかなって
考えたんです。
もちろん親としては、割れなかったり、扱いやすいものが助かるというところがありました。
でも、小さい子ってなんでも触りたがるじゃないですか。そういう好奇心を大事にしたいなって。




このシリーズは、子供が手に持ったときに焼き物ならではの肌触りを感じてもらいたくて、
素焼きの部分と釉薬のかかった部分に分けて作ることにこだわりました。
素焼きの部分は「ざらざら」、釉薬の部分は「つるつる」。その違いだけでも子供って楽しそうに触るんですよね。




この手触りを大切にしながら、窯元さんに試作してもらったそうです。




今回、美濃焼の窯元さんにお願いしたのですが、美濃焼は昔ながらの分業制が根付いている地域なので、
釉掛け・焼成を行う窯元さんから成形する型屋さんへ詳細な形を伝えてもらう必要がありました。
そのために、窯元さんから型屋さんに説明いただく際に図面だけよりも伝わりやすいと思い、
まず社内の3Dプリンターで何度も調整しながら試作し、詳細な数値をつめていきました。






焼き物なので割れる前提ではありますが、それでもなるべく強い素材で、かつ焼き物の風合いを
残したいというところから、今回の素材は「せっ器(半磁器)」を使用しています。
せっ器とは、陶器と磁器の中間の性質をもち、陶器のように土の風合いを楽しめて、陶器より硬質で、磁器のように吸水性がほとんどないのです。硬質といっても、落としたりぶつけたりすると割れますし、
強化磁器のような強度はありませんが、少しでも使いやすいようにと検討を重ねました。




「親子のための食器シリーズ」は、平皿、飯碗、汁椀、マグカップの4アイテム。



このラインナップは、離乳食から自分でお片付けできる年齢まで使いやすいように考えられています。
離乳食の時は平皿に少しずつ野菜や魚を入れて、汁椀におかゆを入れたものを、親から子供へ。




平皿は重心も低く、自分で食べるようになっても置いて食べることを想定しているので、 洗いやすさを優先して、糸底以外はつるつるのみで仕上げました。




汁椀は木製なので、1歳前後の落としたりすることが心配な間は安心ですね。

2歳前後になって食べる量が増えてきたら、飯碗を追加。
だんだん食器の扱いにも慣れてくる年齢ではないでしょうか。




マグカップはコップ飲みが出来るよになったら記念に買い足してあげてもいいですね。
持ち手があるので一番割れやすいため、3,4歳の落ち着いて食事をするころがちょうどいいかもしれません。




「自分で自分で!」とお手伝い欲がでてくるのも、成長の証。
実はそれも踏まえて、岩井さんはデザインしています!

お片付けする際に、平皿は子ども用の小さなスプーンやフォークが、がちゃがちゃ動きすぎないような サイズを考えました。すくいやすいように立ち上がっている縁も、飛び出し防止になります。



汁椀が木製なのは、飯碗と重ねたときに安心して持てるようにというのも1つの理由。



汁椀も子供が持ちやすいように考えられています。
熱さに敏感な子供のために、底になるほど厚みをもたせて作られています。



小さなお椀ですが、山中漆器の木地屋さんがろくろで1点ずつ削っているものです。
本格的に漆を塗った試作品も作ってくださったのですが、今回は美濃焼の雰囲気に合う木の風合いを感じられるデザインになりました。




ところでなぜ「子供のための」ではなく「親子のための」なのか。。。
落ち着いた釉薬と汎用性のある形状にすることで、子供用と限定せずに小鉢や取り皿として大人も普段使いできるデザインに。
汁椀もあえて高台を低くして、フルーツやサラダが似合う小鉢のようなものを目指したということです。
(岩井さんも平皿は、自分の朝食の卵焼きとおにぎりを入れるのに重宝しているそうです。)



そしてマグカップは、8分目くらいで約100mlの容量になっています。
子供が飲んだ量も把握できますし、料理の際にちょっとした計量カップ代わりになるのが便利です。




小さかった我が子が成長して、学生時代は朝食プレートになったり、大人なって巣立っていく時は持っていってくれたら嬉しいなと、子供を思う気持ちがたっぷり詰まっています。

今は、もうすぐ4歳の娘さん。
時々割ってしまうことがあるけれど、そういう時は顔をくしゃくしゃにして泣きそうになるのを我慢しながら謝ってくるそうです。そして、次からは気をつけてお片付けするように。
経験を通じて学ぶことを、焼き物の器はたくさん教えてくれるのかもしれません。
おおらかに向き合うのはなかなか難しいんですが…(笑)と、岩井さんの顔は嬉しそうでした。


特集「親子のための器」はこちらから
 

木を知り尽くすから作れた「白木の丸いトレー」、美しい木目に漆器産地の技あり

冬は雪深く、一年を通して湿潤な地域が広がる北陸。その独自の風土が、さまざまな工芸技術を育んできました。

そんな北陸の地で2020年1月誕生したのが、ものづくりの総合ブランド「RIN&CO.」(リンアンドコー)。

漆器や和紙、木工、焼き物、繊維など、さまざまな技術を生かしたプロダクトが動き出しています。

越前漆器
長年の経験と勘でわずかな角度も調整していきます
ポチ袋の紙は、中身が透けないよう少し厚みのある紙を選択。紙を漉いた時にできる漉目(すのめ)をあえて出し、和紙らしさを表現
何千、何万個と常に同じ形に仕上げる成形技術。そこには長年培ってきた経験や勘が活かされています

今回は「RIN&CO.」を立ち上げた漆琳堂の内田徹さんとともに、プロダクトの製作現場を訪れ、北陸のものづくりの魅力に迫っていきます。


*ブランドデビューの経緯を伺った記事はこちら:「漆器の老舗がはじめた北陸のものづくりブランド「RIN&CO.」が生まれるまで」

いつまでも撫でていたくなる丸いトレー

今回ご紹介するのは、シンプルな白木の丸いトレー。

「RIN&CO.」丸いトレー

木目の美しさが際立ち、軽くて強度のある栓(セン)の木を使っています。

「RIN&CO.」丸いトレーアップ

なんともいえない、このなめらかな縁の角度。

手に吸い付くようにぴたっとおさまります。

サイズは8寸(直径24cm)と9寸(直径27cm)の2種類。

8寸であれば、一人分の小鉢やマグカップがフィットするサイズ
8寸であれば、一人分の小鉢やマグカップがフィットするサイズ

サラッとした手触りが心地よく、ずっと撫でていたくなるようなトレーなのです。

寸分の狂いのない丸物木地

このトレーをつくっている場所を訪れるべく、石川県加賀市にやってきました。

加賀市は石川県を代表する「山中漆器」の産地。

石川県には「山中漆器」「輪島塗」「金沢漆器」と3つの漆器産地がありますが、なかでも山中漆器はお椀や盆といった「丸物」をろくろで挽く「挽物木地師」が数多くいます。

ここ、(有)山中漆器工芸も、約40年にわたり丸物木地を手がけてきました。

山中漆器工芸

工房のなかに入ってまず感じるのが、ふわっと立ち込める木の香り。

稼働している機械を見ると、まさに丸いお盆がつくられている最中でした。

機械ろくろ
みるみるうちに木が削られていきます

数分ほどですっかりお盆のかたちに。積み上げられたお盆を見ると、どれも寸分の狂いもない美しさです。

溝をつけたり縁のエッジを際立たせたりなど、お盆の形状も自由自在

「機械ではミリ単位の調整ができますが、最後の仕上げはあくまで感覚なんです」と語るのは、代表の口出雅人 (くちで・まさと) さん。

山中漆器工芸2代目の口出さん

旋盤の機械で加工すれば、ある程度の美しさまではつくることができますが、微妙な仕上げは木地師の感覚に委ねられます。

そんな高い技術を持つ山中漆器工芸の木地に惚れ込んだのが、「RIN&CO.」を立ち上げた漆琳堂の内田徹さんでした。

福井県鯖江市で越前漆器の塗りを手がける内田さん(左)

普段は越前漆器の産地である福井県鯖江市河和田地区で漆器の漆塗りを手がけている内田さん。山中漆器工芸でつくられたお盆や椀の木地に漆を塗ることもあるのだとか。

「山中漆器は北陸の漆器産地のなかでも『木地の山中』と言われるほど、木地の技術が高いんです。丸物のなめらかな角度はもちろん、漆を塗るのが惜しいと思うほど木目も美しく、いつか口出さんの木地で何かできればいいなと考えていました」

実際に山中漆器工芸では、昔こそ山中エリアからの注文がほとんどでしたが、今では木地師の職人不足などから、福井や金沢、関西方面からの注文も増えているそう。

「ひとつの産地だけでものづくりを完結させることは、これから先もっと難しくなるのかもしれません。だからこそ、同じ北陸の漆器産地として、口出さんたちが手がける丸物の完成度の高さを多くの人に知ってもらいたい」

そんな思いから、内田さんは「RIN&CO.」の商品の一つとして、口出さんに製作を依頼することになりました。

口出さん作業中

商品は、丸物のなかでも木目の美しさがわかる丸いトレーに。

「トレーは乗せたり運んだりと、暮らしのなかでも幅広い世代に愛される日用品ですが、実際にできたものを見てどんな風景にも溶け込むなと思いました」

と、仕上がりに手応えを感じています。

内田さんと口出さん

いいとこ取りした「横木取り」

山中漆器工芸では、丸物を手がける時にどんな部分を気をつけているのでしょうか。

「丸物は何よりも木の扱いがとても重要なんです。最近は白木のままで仕上げるものも多く、材料取りに神経を使いますね」と口出さん。

原木から木地にするための良質な材料を取り出すためには、品質管理が大きく左右します。うまく木の水分が抜けきっていないと、削っている最中にひび割れや変形が生じることも。

木地の水分の状態によっては、削っている間に割れてしまうこともあるそう
木地の水分の状態によっては、削っている間に割れてしまうこともあるそう

そこで、材料取りのこだわりを知るため工房の2階へ。

広いスペースには所狭しと木地の材料が出番を待っているかのように積み上げられていました。

山中漆器工芸の2階

木地を取る方法には、「縦木」と「横木」取りの2種類あります。

山中漆器の産地では本来、木を輪切りにした状態から木地を取り出す「縦木取り」を行ってきました。年輪に沿って木地をとるため歪みや収縮には強いですが、一方で材料効率が悪いという欠点もありました。

山中漆器工芸は、産地のなかでも珍しい「横木取り」を採用。木を輪切りではなく板状にしたものから椀の大きさに切り取るため、大きく木地が取れる利点がありますが、縦木取りに比べて木の変形が多いという欠点もあります。

寸分の狂いのないお盆を生み出すためには、木地の縮みや歪みは致命的。その欠点を補うために試行錯誤を重ね、たどり着いたのが今の乾燥方法でした。

漆琳堂用の型

まずは原木を2〜3ヶ月間日干しし、水分を12〜13%に調整。丸物のかたちに合わせて木地を切り出し、乾燥室で水分量がほぼ0%になるまで乾燥させていきます。

カラカラに乾いた木地
カラカラに乾いた木地

乾燥させた後は、今度はスチームで水分を入れ、再び12〜13%まで戻していきます。

きれいに積み上げられた木地。切削で出た木屑を燃料をボイラーで炊き、蒸気を送ります
きれいに積み上げられた木地。切削で出た木屑を燃料をボイラーで炊き、蒸気を送ります

調湿、乾燥、そして再度調湿。どうして同じ工程を繰り返すのでしょうか。

「木は乾燥する時に歪みが生じるんです。一度、限界まで乾かして歪みをあえて生じさせ、再び最適な水分量に戻すことで、横木取りでも木の変化が少ない木地をつくることができます」

こうして材料効率の良さと木の変化に強い木地取りの両方を叶えた口出さん。

木の種類によっては最適な水分量が異なるため、木の個性を見極めることも大切にしています。

口出さん手元アップ

木を知り尽くしているからこそ生まれる歪みのない美しい木地。

のせるものや置く場所が変わっても、その雰囲気にすっと馴染みそうです。

「RIN&CO.」丸いトレー商品イメージ2

一つひとつ異なる木の個性を楽しみながら、自分だけの1枚を暮らしに取り入れてみませんか。

丸いトレー(山中漆器工芸)

<掲載商品>
越前木工 丸トレー
https://www.nakagawa-masashichi.jp/shop/g/g4547639670137/

<取材協力>
有限会社山中漆器工芸
石川県加賀市山中温泉菅谷町ハ148-1

文:石原藍
写真:荻野勤、中川政七商店


<掲載商品>

RIN&CO. 越前木工 丸トレー 9寸
RIN&CO. 越前木工 丸トレー 8寸
RIN&CO. 越前木工 隅切トレー

プロに聞く「きもの入門」初心者でもできる簡単な着方とアレンジ方法

こんにちは。ライターの小俣荘子です。

私はここ数年、洋装と和装それぞれ半分ずつくらいの割合で外出するようになりました。腕のやけど治療で夏場に毎日長袖で過ごさなければならなくなった際、暑さに耐えかねてすがるように始めたゆかたでの生活がきっかけでした。

慣れてしまうと思いのほか楽しく快適なものでしたが、出かける先々で「大変でしょう」「偉いわねえ」といった労いの言葉をかけていただいたり、興味を持ってくださいつつも、「着たいけれど難しそう」「ハードルが高い」と不安を口にされる方にたくさん出会いました。

洋服と同じようにきものも日常に取り入れられたら、という思いから、きものとの付き合い方や、愉しむヒントをご紹介してまいります!

「きもの やまと」会長 矢嶋孝敏(やじま・たかとし)さんにファッションディレクター石川ともみさんが聞く

第1回は、きものを始めるにあたっての不安や疑問を解決すべく、歴史的見地からもきものに造詣の深い方の元へ。「きもの やまと」会長できもの文化育成にも多大な貢献をされている矢嶋孝敏(やじま・たかとし)さんにお話を伺いました。

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聞き手は、ファッションディレクターで、一般女性のためのパーソナルスタイリングサービスも展開されている石川ともみさん。私たちにとって馴染みのある洋服の視点から問いを投げかけていただきました。

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(以下、矢嶋孝敏氏発言は「矢嶋:」、石川ともみ氏発言は「石川:」と表記)

きもの初心者、最初の一歩

石川:一般女性からのご相談でも、きものを始めたいという方が増えていまして、何を揃えればいいの?予算は?どこで見ればいいの?とたくさんの疑問の声があがってきます。

店頭で見る機会も洋服より少ないので全体像がつかみにくい。どこから入れば良いのか‥‥というお悩みを持つ方が多くいらっしゃいますね。最初の一歩、どんなふうに揃えていったら良いでしょうか?

矢嶋:まず、きものは一番ミニマムに言えば、きものと帯のふたつがあればいいのです。

下に長襦袢を着なくても、タートルネックやフリルのブラウスを合わせたり、足元はブーツでもワンストラップシューズでも大丈夫。Tシャツとジーンズがあれば洋服を着られるのと同じですよ。

もっときっちりと着ようと思えば、長襦袢を用意する。本格的な長襦袢でなくても、今は3,900円ほどで手に入るコットンで出来た長襦袢のように使えるスリップもある。長襦袢の上にきものを着て帯、もっとおしゃれにするなら羽織、足袋と装履(ぞうり)といった感じで揃えます。

長襦袢の役割も担う肌着/ 写真提供 株式会社やまと
長襦袢の役割も担う肌着/ 写真提供 株式会社やまと

ゆかたも同じです。ゆかたは夏に着る綿の単衣(ひとえ)のきものですから、インナーに着る長襦袢(ながじゅばん)は必要ない。極端にいうと、下駄もあれば格好良いけれどミュールを合わせたって良いんです。

石川:そう考えるとかなりハードルが下がりますね。価格としてはどれくらいなのでしょう?

矢嶋:みなさんが高いと思っているのは絹のきものを想定しているからです。先日ラグジュアリーブランドのコレクションに行きましたが、やっぱり絹のワンピースは25万円するんですよ。

石川:そうですね(笑)

矢嶋:他のブランドでもシルクだと10万円以上するでしょう、きものも同じです。

弊社だと、ポリエステルの洗えるきものなら1万円台から。綿のきものであれば3万円台から(遠州木綿など)あります。片貝木綿でも4万円台で展開されています。

帯が大体1万円からで、軽装履きの装履だと3,900円からある。ポリエステルなら、きもの、長襦袢になるスリップ、帯、足袋、装履、全部合わせたとしても5万円くらいで揃えられる。綿だと8万円前後で、絹になれば15万円くらいになります。

そう考えると、ファストファッションよりは高いけれど、百貨店でレディースプレタ(ブランド既製服)を買うのとほぼ変わりません。

石川:もしかするとトータルで揃えるときものの方がお手頃かもしれませんね。

矢嶋:もちろんきものは、凝ろうと思えばいくらでも凝れるんですよ。長襦袢を絹にしたり、羽織の裏地に凝ったりとかね。裏地だけで何万円もするものもあります。

今日の羽裏は、唐獅子牡丹。桜も舞っている。季節のものをこうやって楽しむんですね。

矢嶋氏の羽織の裏地。唐獅子牡丹。裏地に凝る遊び心
矢嶋さんの羽織の裏地、唐獅子牡丹。見えないところにも光る遊び心

矢嶋:こういう凝り方もあるけれど、そればかりではないので、好みや予算に合わせて楽しめます。

石川:はじめはミニマムにスタートして、少しずつアレンジしていくのですね。

きものはフォルムが同じだから、着まわしもしやすい

石川:(ご同席の)プレスの小林さんのきものも素敵ですね。木綿ですか?レースの襟やハートの帯留も可愛いです。

矢嶋:今注目の久留米絣ですね。綿です。帯留は自分で作って楽しむ方も多いですよ。アレンジは自由自在です。

やまと プレスの小林さんの装い
プレスの小林さんの装い。木綿のきもの(久留米絣)。帯留はピアスや箸置きなどに金具をつけて自作される方も多いそう

石川:1着でもいろんな風に組み合わせて着られるし、もしかすると、きものの方がアレンジの幅が広げやすいところもあるのかもしれませんね。

最近のトレンドとして、洋服でも数を持ちたくないという方が多いです。着まわしという点でも時代性に合っているのかもしれません。

矢嶋:洋服だとフォルムが多様にあるでしょう。ジャケット1つとってもシングル・ダブル、丈やボタンの数も様々で、形も違う。

きものはフォルムが同じだから、着まわしもしやすいのです。同じ形の素材違いや柄違いなので簡単に合わせられます。そして、男女でほぼ同じ形です。

今日私が着ているきものも、実は女性ものの反物を仕立てました。こういった若草の萌木色の男性ものは、なかなかないので、楽しんでいます。

男性も綺麗な色をいっぱい着た方がいい。それこそ、明るいピンクでも。一般的に、今までの男性向けきものは地味なものばかり。こういうちょっと洋服では出しにくい色を、きもので着たいなと思うのです。

石川:確かに、洋服の場合は男性でこの色で全身揃えるのはなかなか難しいですけれど、きものだと挑戦しやすいですね。

きもののルールを歴史から考える。カジュアルきものはもっと自由でいい。

石川:きものを揃えていく上で、ルールがすごく細かくあるんじゃないかという印象があって‥‥。

ちょっと間違っていたら怒られそうとか、笑われそうとか、初心者はそもそものきものルールもわからない状態なので、すごく高いハードルを感じます。基本として、まずはどんなことを押さえたら良いのでしょうか?

矢嶋:きものの歴史でいえば3つあります。

「着るもの」として考えたら、洋服もきものも同じなのだけれど、一般的には「きもの=和服」でいい。

「和服」という言葉ができたのは洋服という言葉ができたのと同じ明治6年ころだから、和服の概念の歴史はせいぜい150年しかない。それより前はみんなきものだったから、そもそも和服・洋服という区別が存在しないのです。

それから、今の袋帯・名古屋帯という名前ができたのが大体100年前。そして、「フォーマルはこういうものですよ」というルールができたのが、たかだか50年前です。そんなに昔からルールが決まっていたわけではありません。

しかも、今言われているルールというのが、ほとんどフォーマルきもの用です。現代のみなさんが日常的に着るカジュアルなきものはそれにとらわれなくていいのです。

例えば、今日僕が着ている結城紬。結城紬は高級な織物だけれど、カジュアルなものだから正式なところには着て行ってはいけないと言われています。

でも、僕はそうは思わない。そんなのは後から生まれたルールだから。

カジュアルと言われる結城紬に、一つ紋がついたフォーマルな羽織を合わせたのが今日の組み合わせ。フォーマルルールに沿って考えると、いけない着方をしているわけです。

でも洋服に置き換えて考えたら、「デニムにブレザーを合わせて何がおかしいの?」という話になります。

そういうことが洋服では許されるのにきものでは許されないという誤解。フォーマルのルールが全てだと思ってしまっているから起きていることですよね。

石川:洋服で言うと、ドレスのルールを日常にも持ち込んでいるような状況なのですね。

矢嶋:そうそう、まさに。例えば、こんな着方もありますよ。

きものの下にはワイシャツとボウタイ、帯の代わりに皮のベルト、足元はブーツというスタイリング / 写真提供 株式会社やまと
レースの羽織にきものの下にはピンタックのワイシャツとボウタイ、革の帯、足元はブーツというスタイリング / 写真提供 株式会社やまと

石川:わぁ、素敵ですね!実際こういう装いの方が街を歩いている姿を眺めているほうが、楽しいですね。

矢嶋:洋服のトレンドのように、いろんな着方があって良いのです。

例えば、いま流行しているダメージデニム。あれだって知らない人が見たら、「膝小僧が出ててみすぼらしい」と思うかもしれない。

だけどそれはファッションなんだからと、気にせずに履くでしょう?

石川:確かに以前、親戚がダメージデニムを履いて電車に乗っていたらおばあちゃまに「買えないのね、かわいそうに‥‥」って言われていました。世代が違えば、捉え方も変わりますよね。

矢嶋:そうでしょう(笑) きものも同じです。

戦後のきもの業界に起きた2つのブーム、光と影

石川:きものの場合は、若い世代がきものに合わせなければいけないと構えすぎているのかもしれないですね。

矢嶋:そうそう。戦後のきもののありかたにその原因があります。150年前は日本人全員がきものを着ていた。戦前戦時中はもんぺと国民服になってしまったから、そこで一度きもの文化が途絶えてしまった。

そして、戦争に負けて欧米文化にシフトして行く中で、どうやってきものを生き残らせようかときもの業界の人が考えたことが2つありました。

1つ目が、1959年の皇太子ご成婚時に新聞に掲載された美智子妃殿下の訪問着姿をきっかけに訪れた婚礼きものブーム。そして2つ目が、団塊の世代が成人式を迎えた1969年から1970年頃の振袖の大流行です。

婚礼と振袖、2つのフォーマルなきものできもの業界は持ちこたえた。ただ、戦前のきもの文化成熟期には、たくさんあったカジュアルなものが淘汰されてしまったのです。素材も絹一辺倒になることで高額になり、ルールに縛られ、自由で多様性のあるきもの文化が消えていってしまった。

自分のスタイルを見つけるには

石川:私は主に洋服に携わっていますけれど、時代によって着方は移り変わっていきますよね。歴史から考えると、きものも洋服同様にもっと自由でいいのですね。

とはいえ、今からきものを始めようと思っている方は、本で勉強しようとすると、どうしてもフォーマルのルールばかりが載っていて、たくさんの条件をクリアするものしか着てはいけないと思い込んでしまう。

矢嶋:フォーマルなルールを主張する人がいてもいいけれど、そればかりではつまらない。画一的になってしまうから。

若い方も洋服を着るときはその意識を持っていますよね。それくらい洋服に対しては文化が成熟しているのです。

きもの文化は150年前には成熟していたのに戦争前後の変化でブランクができて、その後ルールがフォーマルに偏ったものになってしまった。

ルールを知ることが悪いとは思わないし、フォーマルに着たいならルールを学べばいい。だけど、カジュアルに着ることだってできるということを忘れてはいけない。カジュアルに着るんだったらもっと自由でいいはずです。

きもののスタイリングで一番大切なのは、場や相手に合わせること

石川:お召しになるきもののスタイリングではどんなことに気をつけていらっしゃいますか?

矢嶋:「特別な日だからきものを着る」のではなく、「今日を特別な日にしたいからきものを着る」ということが僕にはよくあります。

今日は雨模様だけれど、せっかく春だから今の季節に合うもので出かけようと、若草の萌木色のイメージでこういう装いにしました。一番大切なのは、「その場と相手に合わせる」こと。

今日だって、もっとアバンギャルドな着方とか色々な選択肢はあったのですが、初めてお会いする方との時間だから、カジュアルだけど僕の中ではオーソドックスな着方を選んできたわけです。

みなさん、ふだん洋服でやっていることですよね。きものも同じです。

石川:先ほどのお話で、今日の装いをデニムにブレザーと言い換えてくださいました。

そういうふうに、「これはワンピースに相当」とかそれぞれのきものと洋服が対応するマトリクスになっていたら嬉しいのに、なんて思ってしまいました。

矢嶋:うーん、わかりやすくなるかもしれないけれど、それをやるとそれがまたルールになってしまうでしょう。

例えばその人が堅い職業の方ならおのずときちんとした格好になるし、同じ年齢でもアパレル系の方ならおそらく全く違う装いになる。

その人その人の常識や習慣、性格によって基準は変わってくるものだから、決めつける必要はない。そういう差があることが成熟した豊かさだと思うのです。

石川:確かに統一はできないですね。

矢嶋:食事でもね、フランス料理だって、フルコースで食べるスタイルもあればオードブルばかりで楽しむというスタイルも作られているでしょう。選べる豊かさというものがあると思う。

まず第一に、その場の相手に合わせる、そして、その中で自分らしさを出していけばいい。

見て、着て、慣れていく。その中で自分のスタイルを見つける。

石川:何を選ぶのか、どんなスタイルにするのか、自分の中の軸を決めていく必要がありますね。

矢嶋:まずは、スタンダードなところから入って慣れていけば良いと思いますよ。

一番良いのは、きもの屋さんの店頭やwebでいろんな人の着方を見てみること。弊社のお店にいらっしゃるお客様の最大の動機のひとつが「着こなしを見たい」というものです。

「こういうふうに合わせるんだな」と、実際に見て知っていただけるように、うちは、その地域やディベロッパーのメインとなるお客様の年代に合ったスタッフが店頭にいるようにしています。

石川:きものは街中で見る機会も少ないですものね。色んなものを見ると自分の中で軸が定めやすくなりますね。

矢嶋:まずはきものに対して馴染みを持つことが大切。

始めはゆかたでもいいので、まずは着てみる。着ることによって格段に関心が向いて沢山の情報が自然に入ってくるようになりますよ。

石川:慣れるまでの段階で諦めてしまうというケースもありますが、そういう場合はどうしたらいいのでしょう?

矢嶋:着付けに関して、男性は簡単です。帯はネクタイより難しいけれどボウタイよりシンプルで、動画を見たらすぐできるようになる。だから始めるとすぐ楽しめるんです。

一方、女性はそうはいかない。一番のハードルはおはしょりと帯ですね。

弊社では「クイックきもの」「クイックゆかた」という商品を出しました。これは一人ひとりの身長に合わせて、オーダーメイドでおはしょりを糸で縫い付けた状態にして販売しています。

これならば、女性も5分で着付けできる。帯も、切らずに1枚のまま縫い合わせたつくり帯加工を用意しています。どちらの商品もハサミを入れていないので、糸を取れば普通のきものと帯の状態に戻ります。

まずは、補助輪付自転車のように糸のついた状態で着ることに慣れて、ひとりで着られるようになったら糸を切って、元のスタンダードな状態にしてしまえばいい。

補助輪のような仕掛けはちょっと格好悪いけれど、こうした工夫があればスタートのハードルが下げられて、きものを楽しめる方がグンと増えると考えています。

石川:これはかなり画期的ですね。きものを始めるにあたって、本を買うよりは、お店に行って見てみる、ゆかたなどでチャレンジしてみるなど、ちょっと勇気はいるけれど一歩踏み出してみると道はひらけそうですね。

矢嶋:フランス料理を知りたかったら、本を読むより、まず食べにいくでしょう。それと同じでいいんだと思いますよ。

まずは、気に入ったものをワンセット用意してみる。選ぶことが難しかったら、自分となるべく同じ年代のきものを着ている人に相談して選んで着てみることから始めてしまえば色々なことがわかるし、慣れていきます。

石川:きものの季節感はどんなふうに捉えればいいですか?

矢嶋:先取りが基本です。今日は雨なので、マントは着て来ましたけれど春だから軽やかに。でも実は下にヒートテックを履いています。寒いから。

石川:お話を伺っていると、洋服と本当に変わらないですね!和服と洋服にわけているけれど、どちらも服ですものね。

矢嶋:そうそう。繰り返しになりますが、和服と洋服って区分けはせいぜい150年前にできたもので、その前は全て和服です。

洋服でも、フロックコートとモーニングなんてほとんど区別つかないけれど別物なわけです。フォーマルはフォーム、型です。フォーマルな世界ではルールがあっていい。

だけれど、自分がフォーマルが好きだからといって、カジュアルが好きな人に対しておかしいと言う必要はないよね。

石川:そうですよね。きものに対してつい難しく考え過ぎているし、真面目な方ほどハードルを感じるのかもしれないですね。

矢嶋:それに、道端で「あなた違うわよ」って言っている人がどれくらいきものを着ているかって疑問でしょう。「おせっかい」さんを気にする必要はありません。

石川:間違ってるって言われないようにしようと思うのではなく、そこを気にしないということが大事なんだなと、私自身も気持ちが楽になりました。どんどん自由に楽しみたいですね。

矢嶋:家にあるのであれば、まずお母さんやご親族のきものを着てみるのもいいですよ。ちょうどおばあちゃん世代のころが一番多様で豊かな時代でした。だからおばあちゃんのきもの姿への憧れが強いのは当然なんですよ。

丈が足りないなど、サイズが合わなければ、レースの襦袢を下に着てチラリと見せたり。いろんな楽しみ方がありますよ。

石川:発想を自由にすると、きものの楽しみ方が広がりますね!


とても高いハードルが立ちはだかっているように見えていたきものの世界も、洋服と同じように多様で自由であることを教えていただきました。まずはミニマムに始めてみて、自分らしいスタイルを見つけて楽しんでいきたいですね。

※やまとでは、単に着る物としてのきものや昔の湯上りのゆかたではなく、「きもの」や「ゆかた」、「装履」をファッションとして楽しんで頂きたい考えから文中の表記にしています。

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矢嶋 孝敏
株式会社やまと代表取締役会長
1950年、東京都新宿区生まれ。72年、早稲田大学政治経済学部卒業。88年、きもの小売業「やまと」の代表取締役社長に就任、2010年より現職。2017年に創業100周年を迎える同社できもの改革に取り組んでいる。11年、一般財団法人「きものの森」理事長就任。著書に『きものの森』(15年)、『つくりべの森』(編、16年)、『きもの文化と日本』(共著 伊藤元重氏 東京大学名誉教授、16年)がある。

http://www.kimono-yamato.co.jp/

石川 ともみ
ファッションディレクター/パーソナルスタイリスト
一般女性のためのパーソナルスタイリングサービス「lulustyling」代表。資生堂×an・an主催のスタイリストコンテストBeautyStylistCupグランプリ。個人向けスタイリングサービスの他、メディアへの出演やテレビ番組の企画監修、企業のファッションコンテンツや商品のアドバイザーとして活躍中。女性を輝かせるスタイリストとして20代30代の女性を中心に支持を得ている。

文・写真 : 小俣荘子

*こちらは、2017年4月23日の記事を再編集して公開いたしました。