“ふわふわ”の向こう側に蓄積された、ものづくりへの情熱と経験。ウールニューマイヤー毛布「SERENE」【地産地匠アワード】

土地の風土や素材、産地や業界の課題に、真摯に向き合って生まれたプロダクト。
そこには、日本のものづくりの歴史を未来につなぐそれぞれの物語がつまっています。


「地産地匠アワード」は、地域に根ざすメーカーとデザイナーとともに、新たな「暮らしの道具」の可能性を考える試みです。


2026年の受賞プロダクトの中から、日本一の毛布のまち・大阪府泉大津市で生まれたウールニューマイヤー毛布「SERENE(セレーン)」を取り上げます。それぞれの背景にある物語をぜひお楽しみください。

ある時、京都で開催されていた暮らしのポップアップイベントに、ご年配の女性が訪れました。

来場理由を聞くと、「長年、眠る場所にこだわりがなく、ソファや床で適当に寝ていた私の姉が『最近は布団に入るのが楽しみだ』と話してくるの。聞けばこちらのウール毛布を使い始めてからだというので、どんなものか自分の目で確かめたくて来たんです」とのこと。

睡眠に無頓着だった方のライフスタイルが、毛布の心地よさひとつで変わってくる。

この毛布こそが今回の主役、大阪・泉大津生まれの“ふわふわ”ウールニューマイヤー毛布「SERENE」です。

「SERENE(セレーン)」とは、英語で「穏やかな」を意味する言葉

いい素材と高い技術をふんだんに使った「足し算」のものづくり

ニューマイヤー毛布とは、両面を起毛させた軽い1枚毛布のこと。通常は合成繊維で作られることが多いニューマイヤー毛布ですが、「SERENE」では厳選されたウール素材を使用。ふわふわとした極上の肌ざわりがあり、ふんわりと軽く、しっかりと暖かい毛布に仕立てています。

「SERENE」が作られているのは、大阪湾に面した町、泉大津。毛布の産地として知られるこの場所で、テキスタイルデザイナー・廣瀬友子(ひろせともこ)さんが「ふわっふわのウール毛布が作りたい!」と動き出したことからすべては始まりました。

 LOOM&SPOOL 廣瀬友子さん

個人で、眠りと暮らしのライフスタイルブランド「LOOM&SPOOL」を立ち上げて6年目。廣瀬さんは、自身が子どもの頃の日本の毛布には、今とは違う価値があったと感じています。

「昔は日本の毛布って割と良いものだったし、落ち着ける存在であり、心のよりどころでもあったし、自立や引越しする時にもずっと持っていく存在でした」

だからこそ、日本の毛布の良さを今の暮らしにもう一度届けたい。昔ながらの毛布そのままではなく、今のライフスタイルに合うものへ。そんな思いも「SERENE」には込められています。

「ふわふわをぜひ、触っていただきたいです」と廣瀬さん

そして、その思いに応えたのが、泉大津で約80年にわたり国産毛布を製造する・川崎毛織(けおり)株式会社の川崎弘治(かわさきこうじ)さんです。

 川崎毛織株式会社・専務取締役 川崎弘治さん

廣瀬さんが最初に「SERENE」の生産にこぎ着けたのは2020年。しかし、生産を重ねるうちに少しずつ毛足が短くなり、ふわふわ感が薄れてしまうという課題に直面していました。

さまざまな事情が重なって、理想とする風合いから離れていく状況に、「これではいけない」と、2025年、新たな工場を探してたどりついたのが川崎さんでした。

SNSのダイレクトメッセージで「相談に乗って欲しい」と連絡を取り、これまで感じていたことや、作りたい毛布のイメージをすべて伝えたところから、共同開発が始まりました。

川崎さん自身も、長年OEMを中心に毛布を生産してきた中で「20年ぐらい前の毛布の品質が圧倒的にいい」と、感じることが多くなっていたそう。

年々材料費が上がる一方で、コストを抑えるために素材や工程を少しずつ削っていく。そんな「引き算」のものづくりに、職人として思うところがありました。

「グレードがいい素材があれば使いたいし、毛足ももっと長くしたものを作りたい」

そういった歴年で抑え込まれていたジレンマが一気に解放された川崎さん。協力しない理由はどこにもありません。

廣瀬さんの「もっとこうしたい」という思いが、川崎さんにとっては、培ってきた技術をふんだんに使えるチャンスだったのです。

「どこにも負けない風合いを」

大量生産を追うのではなく、他社にはできないものを作る。それが、これからの産地を生き残るためのひとつの道でもありました。

極上のふわふわを生む、天然素材×技術のこだわり

毛布に使用しているのはオーストラリア・ジローン地方の最上級グレードである「メリノウール」。糸の細さや長さまで指定し、糸の商社に買い付けを依頼しているのだそうです。

このこだわりの糸で編まれた約23mmの長さのパイルが、ふわふわの肌ざわりと空気層を生み、ウール本来の断熱性や保温性を引き出します。

また当初は、白糸で編まれた基布がパイピングのない端から見えたり、毛足の間から透けて見えたりすることで、クレームにつながりやすかったのだそうです。

以前は端や毛足の間から白糸の基布が目立っていた(※写真は参考画像)

そこで出てきたのが、基布に使う糸そのものを黒く染めるという発想でした。毛布は通常、ふわふわの毛羽部分(パイル糸)と、土台となる地糸部分(基布)から成り立っていて、パイル糸も基布も白糸のままで編み、必要に応じて後から染めるのが一般的です。

最初から黒く染まった糸で基布を編むことで、グレーの毛のベースとして透けて見えても違和感がなくなり、かえって深みと高級感がプラスされました。

黒染めの基布の場合

理想のために、ひと手間を惜しまない。

「この毛布のためだけにゼロから開発してもらっているんです」と、廣瀬さんも川崎さんとの共同開発を頼もしく感じているようでした。

パイルの密度も、一般的な仕様に合わせるのではなく、理想の風合いから逆算して決めています。密になりすぎるとぎゅっと詰まって毛が立ってしまう。そこで、あえて密度をちょっと少なくする。

そうすることで毛が流れて倒れ、長さも感じられ、空気も含むし、あったかいのだとか。

しかも、この毛布は表面だけでなく、裏面にもしっかりパイルを引っ掻き出して起毛させています。

「1枚で両方からパイルが開くんです。だから軽いのに、空気をたっぷり含んで、あったかい」(廣瀬さん)

表と裏の風合いが少し違っているのも特徴なのだそうです。

天然素材であるウールの良さを活かしながら、さらに職人の技でその魅力を引き出していく。この毛布は、素材と技術の掛け算で生まれていました。

毛布の違いが一番出る「起毛」の工程。数値化できない職人の感覚

ここからは、実際の工場の様子をお届けしていきます。そこには機械だけでは完成しないものづくりの姿がありました。

カールマイヤー機、天井近くの銀の管に糸が通っている

まず、カールマイヤーと呼ばれる経編(たてあみ)機を使い、パイル糸と基布でベースを編み上げます。そこからセンターでカットされ、染めや起毛などの加工を経て、少しずつ毛布らしい表情へと仕上がっていきます。

向いに並ぶ糸、ここから銀の管を通ってカールマイヤー機へ
職人が1本1本、最終的には数100本の糸がカールマイヤー機に通され編み上げられる
編み上がった段階では、まだパイルが表に出ない、いわば段ボールのような状態の生地
センターでカットされ、2枚のパイル糸(毛羽部分)と基布(地糸部分)に別れる
生地が流れていく途中で。カット中にセンターから生地がズレていないかを、糸を抜いて長さをチェック。違いがあればセンターになるよう調整する

たくさんの工程で機械が使われていても、絶えず職人の目と手による微調整が入ります。なかでも川崎さんが大切にしているのが、毛布の違いが一番出るとされる「起毛」の工程です。

以前は外注先に任せていた起毛加工。川崎毛織では約4年前、和歌山で廃業した工場から起毛の機械を買い取り、再び自社に導入しました。そして、一度外注先で加工をかけた生地に、自社で状態を見ながらさらに起毛をかけていく方法へシフト。

和歌山の工場から譲り受けた起毛機

その理由は、「納得のいくものに仕上げたい」という思いがあったから。

川崎さんが目指していたのは、先々代から教えられた「世界一の品質を目指し、お客さまに満足していただける心地よさ」。

1回で足りなければ、もう一度。それでも足りなければ、3回でも、4回でも納得のいくまで繰り返すこともあるそうです。

その判断は、機械まかせにも、数値にもできない職人の感覚の世界です。

起毛工程では、針の硬さや形状を変え、生地の厚みに合わせて圧も調整します。後ろを押さえる力が強すぎれば、前で起毛させる力が足りず、ゴワゴワとした仕上がりになることも。

起毛針の種類や圧の掛け方など、各社それぞれの技術の違いがあり社外秘
硬さや先端の仕様など、さまざまな起毛針を使い分ける

特にウールは難しく、起毛機に通すスピードも半分に落とします。

「SERENE」にいたっては、さらにスピードは遅く、「毛足が長すぎてなかなか針が入らず苦労している」と川崎さんは苦笑い。それを聞いた廣瀬さんは「ふふっ」と笑いますが、その表情からは、全幅の信頼を寄せているのが伝わってきます。

川崎さん自身、若いころから現場に入り、さまざまな素材や加工を経験してきました。年間100種類以上の毛布のサンプルを手がけた時代もあります。

「手で触った時の響き方」などで判断していくその感覚は、今まさに川崎さんから息子さんへ受け継がれている最中です。

自分の中に残っている技術を、感覚ごと次の世代へ渡していくために、機械が空く閑散期などを活用しながら、今もいろいろな糸を使ったアイデアを試している
修行中の息子さん、数値化できない感覚を学ぶ

取材中、試作品を見て「すごい!いいですね!!」と目を輝かせる廣瀬さんに、「なにか考えてよ」と川崎さん。

いくつか見ているうちに、廣瀬さんも「ちゃんと考えよう」とポツリ。

ものづくりの現場で、新しいアイデアが生まれようとしていました。

裁断や縫製、検品の工程にも、職人の目と手が入る丁寧な仕事ぶりが表れていました

泉大津が元気じゃないとやっていけない

国内の工場や地場産業が厳しい状況に置かれる中、泉大津も例外ではありません。

かつて泉大津は、市民の5人に3人が毛布産業に関わるほどの一大産地でした。現在では、日本毛布工業組合に加盟する工場も減り、産地そのものが縮小しています。

作る技術はあれど、自社での開発・販売は難しいところがほとんど。さらには高齢化や後継者不足による廃業など、産地が抱えている課題はひとつではありません。

「私ひとりがいくら頑張っても力は小さく、影響がない。本当に藁にもすがる思いでアワードに応募したんです」(廣瀬さん)

廣瀬さんが求めたのは、泉大津で毛布が作られていることそのものを知ってもらうこと。

その思いは、川崎さんも同じでした。

「タオルと言えば今治なのは、日本人はみんな知っている。でも泉大津=毛布だと知っているのは、本当に限られた人だけ」(川崎さん)

今回の受賞はひとつの希望へとつながったと言います。

川崎毛織は約20年前、以前の工場が火災で全焼する困難にも直面しています。そんな時に支えてくれたのが、普段は競合関係にあった同業者の存在でした。

「立て直すまで外注は全部任せてくれ」

その言葉に背中を押され、川崎さんは事業を続ける決意を固めたと言います。産地が縮小してしまう中、同業者はライバルであると同時に、互いを支える仲間でもあるのです。

廣瀬さんのLOOM&SPOOLもまた、コロナ禍で商品倉庫が全焼するという困難を経験しました。何も考えられない状況の中、泉大津の工場が力を貸してくれて、新たな付加価値をつけて商品が生まれ変わったこともあったそうです。

「泉大津がちゃんと元気じゃないとやっていけないし、泉大津にちゃんと還元したい」(廣瀬さん)

そのために、新商品を作るばかりではなく、同じ商品を長く作り続けることで工場の技術も磨かれていく。

商品を育てることが、産地を育てることにもつながっていくのです。

ふわふわの向こうにある、ものづくりの時間

羊を育て、毛を刈る。

毛を洗い、紡いで糸にする。

糸を編み上げ、染め、起毛させ、裁断して縫う。

そして最後に、人の目と手で検品する。

1枚の毛布ができるまでに、数えきれないほどの人と工程が関わっています。工場を歩いてみると、完成した毛布だけを見ていたときには気づかなかった、ものづくりの長い時間が見えてきました。

廣瀬さんは、「ものが多すぎる時代」だからこそ、安いものを買って使い捨てるのではなく、本当に気に入ったものをひとつ選んで、長く使って欲しいと話します。

それは、そのものができるまでに関わった人や時間を大切にすることでもあります。

大切な人の健康や幸せを願う気持ちが自然と込められるものとして、毛布を贈る。日々の暮らしの中でほんの少し気持ちを上げてくれるお守りのようなものになれたら、そんな思いも語られました。

洗濯ネットや収納、ギフトに使いやすい、福井県のレースカーテン工場に依頼したパッケージ。偶然にもレース用のニューマイヤー機仕立て

「湿気を吸うことが最大の特徴なんです」

川崎さんが語るのは、素材を知り尽くした作り手だからこそのウールの魅力です。

例えば、朝起きた時に布団がズレていることがあるのは、実は蒸れて不快になり、無意識に布団をはずしてしまっている場合が多いのだそう。

「ぜひ布団の内側にウールの毛布を使ってください。湿気を吸うので蒸れにくいから、快適ですよ」

最近では、毛布を布団の上に掛ける場合も多いですが、それは素材によりけり。ウールやコットンは内側に掛けるのに向いているのだそうです。

素材には、それぞれに得意な場所があり、持ち味がある。その違いを知って選ぶことも、毛布との付き合い方を豊かにしてくれるはずです。

ひとりのテキスタイルデザイナーの情熱と、地域でチャレンジを続ける職人魂。

そのふたつが出会い、小ロットでも手間を惜しまず作られた「SERENE」には、泉大津で積み重ねてきたものづくりの時間と、これからへの願いが編み込まれています。

ふわふわの手触りの向こう側に、そんな物語がある。

そう知ると、この毛布がきっともう少し特別に感じられるのではないでしょうか。

文:石田多美
写真:黒田タカシ

“通う”ことで、毎日の料理が変わる。新しい菜切包丁「kayoi | 通」【地産地匠アワード】

土地の風土や素材、産地や業界の課題に、真摯に向き合って生まれたプロダクト。

そこには、日本のものづくりの歴史を未来につなぐそれぞれの物語がつまっています。

「地産地匠アワード」は、地域に根ざすメーカーとデザイナーとともに、新たな「暮らしの道具」の可能性を考える試みです。

2026年の受賞プロダクトの中から、福井県越前市でうまれた「kayoi | 通」をご紹介します。それぞれの背景にある物語をぜひお楽しみください。

越前打刃物の、昔からある「菜切(なきり)包丁」を新しくする

毎日のように使う道具のひとつである、包丁。いざ選ぼうとすると、三徳、牛刀、菜切、ペティなどと用途によって種類は多く、刃の素材やデザイン、産地による違いなどもあり、迷ってしまいます。一方で、丁寧に作られた使い心地のいい包丁を手にすると、その違いは直感的にわかるもの。

今年の地産地匠アワードを受賞した包丁「kayoi | 通」も、そんな1本です。手にすると、まず「軽い」。実際に野菜を試し切りすると、力を込めなくてもスッと切れ、「あ!」と思わず声が出てしまうほど、その違いと気持ちよさを体感できます。

「kayoi | 通」が生まれたのは、越前打刃物の産地である福井県越前市。企画・製造を担ったのは、刃物の問屋業を中心に、製造販売や修理までを行う山田英夫商店の三代目である前澤峻さん。そして、デザインを担当したTIDSの上島弘祥さんです。

山田英夫商店の三代目・前澤峻さん
 TIDSの上島弘祥さん

土地の風土と手仕事の技が結びつき、和紙、漆器、焼き物、眼鏡など多くの工芸が息づく福井県。越前市で700年余りの歴史をもつ越前打刃物(えちぜんうちはもの)は、京都の刀匠・千代鶴国安が刀剣づくりに適した土地を求めて越前に移り住み、農民のために鎌を作ったことが始まりとされ、その技術が農具や包丁へと受け継がれてきました。

「特に菜切包丁は、この産地でよく作られていたものなんですよ」

そう前澤さんが話すとおり、四角い刃が特徴の菜切包丁は野菜を切るのに適し、かつては日本の家庭で広く使われる定番でした。しかし、昔ながらのイメージや、刃が大きく重いと感じられることに加え、食生活の洋風化とともに肉・魚・野菜を一本で扱える三徳包丁が普及したことで、次第に主役の座を譲っていきました。

「それでも、硬い野菜を切ったり、細かく刻んだりしやすいなど菜切包丁には菜切包丁の良さがあります。その良さはそのままに、もう少し小さいと使いやすそうだなと思って、自分で試作して使っていました」(前澤さん)

理想を求めて前澤さんが自作していた菜切包丁(写真左)
一般的な菜切包丁との比較。「kayoi | 通」(写真下)がひとまわり小さいことや、フォルム、質感の違いがわかる

百貨店の催事などで直接販売も行う前澤さん。お客さまから「もう少しコンパクトな包丁がほしい」という声を聞くことも増えていました。そこで、今だからこそ使いたくなる菜切包丁の開発へ。自身の実感とお客さまの声が、「kayoi | 通」誕生への第一歩となりました。

昔ながらの菜切包丁を見つめ直し、現代の暮らしに合う道具へ

菜切包丁への思いを持っていた前澤さんに転機が訪れたのは、福井県の伝統工芸に現代のデザインや暮らしの視点を取り入れ、新たな商品や価値を生み出すプロジェクト「F-TRAD」への参加でした。

現在、三代目として家業を担う前澤さんですが、大学卒業後は教職に就いており、家業に加わったのは約10年前。祖父から父へ世代交代する時期に仕事を手伝うようになりました。

山田英夫商店の二代目であり代表である西本信博さん。わずかな歪みを調整し、切れ味のいい包丁を世に送り出している
工房に「カーン、カーン」と鳴り響く、銘を切る音。たがねという工具をハンマーで叩き、包丁にフリーハンドで名前を刻んでいく様子は圧巻だ

「父も、これからは卸だけでは難しいということで、オリジナル商品を作っていました。僕も同じように感じ、新しい自社商品を持ちたいと考えていた矢先に『F-TRAD』のお声がけをいただいたので、やってみようと思ったんです」(前澤さん)

参加したのは、福井県内の伝統工芸の職人と、福井県外を拠点とするデザイナーの協働により商品を生みだすプロジェクト。そこで出会ったのが、上島さんでした。

「最初の打ち合わせで、前澤さんから『菜切包丁を作りたい』というお話があり、自作の試作品も見せていただいたので、目指すものはすぐに決まりました。普段の商売での実感やお客さまの声もすでにあったので、僕はそれを形にしていく役割でした」(上島さん)

「僕らには構想はあってもそれを形にする力がないので、上島さんの力がとてもありがたかったです」(前澤さん)

1970年創業の山田英夫商店。越前打刃物の流れを汲み、卸問屋として商品を販売するだけでなく、研ぎ直しやメンテナンス、刃物の仕上げ、オリジナル商品の開発なども展開する

受け継いできたものから自然に生まれたかたち

「kayoi | 通」を作るにあたり、大前提にあったのは、前澤さんのオーダーでもある「ちょっと小さめな菜切包丁」にすること。

上島さんはまず、生活者として包丁を見つめ直しました。

「僕自身、包丁を頻繁には使っていなかったので、いざ買おうとすると、何を手掛かりに選べばいいのか分からなかったんです。だから、包丁の魅力にたどり着くための『入口』や、ふと目に留まって意識に残るフックが必要だと思いました」(上島さん)

リサーチするなかで見えてきたのは、都市部を中心にキッチンやまな板がコンパクトになっていることや、スーパーではカット済みの野菜も増え、家庭で食材を切る量や機会が変化していることでした。

「だからこそ、コンパクトで手軽だけれど、本格的に切れる包丁が今の暮らしには合うんじゃないかと思いました」(上島さん)

いくつかの工程を分業して作りあげられる「kayoi | 通」の刃。外注により原型ができたあと、刃付けは職人の技で前澤さんが行う
刃付け後は、「中子(なかご)」と呼ばれる柄の中に入る軸の部分を赤くなるまで熱していく
中子を差し込む柄の穴が大きすぎるとゆるくて抜けやすくなるため、穴を小さめに作り、熱した中子で穴を焼いて焦がしながら入れ込んでいく。ぴったりと合うようになる昔ながらの工夫なのだそう
最後は木槌で柄尻を叩くと、まっすぐしっかり中子が入っていく

前澤さんが日々の商いの中で感じていた実感と、上島さんが生活者としてリサーチした視点が合致し、そこから刃、柄、質感、パッケージまで、細部にわたって検証を重ねていきました。

菜切包丁は、幅の広い刃だからこそ薄さと適切な断面角度を作ることができ、力で押し切らなくても刃の重みを利用して自然に刃を落とせます。

「千切りやみじん切りもしやすいですし、特に硬めの根菜もストンと楽に切れますよ」(前澤さん)

柄の固定と防水のためにすき間へ入れるのは、なんと溶かしたロウソク。後にメンテナンスがしやすくなることもあり、前澤さんはあえてこの昔ながらの方法を採用した

それでいて、「kayoi | 通」を手にした人の多くが最初に口にするのは「軽い」という言葉だそう。その感覚を支えているのが、自然と刃元に近い位置を持ち、少ない力で扱えるよう工夫された柄の形です。

少し丸みを帯びた柄は目を引くだけでなく、無駄な力をかけず、切る部分へしっかり力が伝わるよう設計されています。上島さんが3Dプリンターで何十通りもの試作品を作り、くぼみの深さやカーブ、厚みを少しずつ変えながら検証しました。

前澤さんのリサーチや体験から見えてきたニーズを、いかにそのまま魅力として商品に落とし込むのか、翻訳家のような立場でクリエイションを進めていった上島さん。フォルムを決めるまで3Dプリンターを使った試作を繰り返し、握り心地を探っていった

その過程で大切にしたのが、作り手が受け継いできたアイデンティティを、デザインによって顕在化させることでした。

「前澤さんがお客さまに包丁の持ち方や力の入りやすい位置を伝えていることが印象に残っていましたし、先代が作った包丁にも、柄に指がかかって持ちやすくなる特徴的な形がありました。そうしたものを今回の菜切包丁にも取り入れたいと思ったんです」(上島さん)

当初は、指の位置がはっきり分かるくぼみも試しました。しかし、形が「ここを持ってください」と指示しているように見え、毎日使う道具としては少し理屈っぽく感じたといいます。

暮らしや空間、所作など、日常に「溶け込む」デザインを大切に、最適な形を検証。それは触り心地や素材にもおよび、朴の木を採用した

そこで、自然な所作のなかで無理なく手になじむ形を探り、緩やかな曲線のなかにくぼみを作る現在の形へ。実際に握って「これだ」と思うものは、二人とも自然とすぐに一致しました。

刃と同様に、絶妙な加減を調整するため、柄の仕上げを行うのは前澤さん。マット感のあるナチュラルな仕上がりになるよう、ヤスリの粗さや回数なども調整を重ねた。耐久性と強度を持たせるため、仕上げにガラスコーティングを施している

手のひらで包み込みたくなるようなフォルムと、自然に指先が柄の先端へ導かれる緩やかなくびれ。こうして生まれた柔らかな曲線は、握りやすさを支える機能であると同時に、「ちょっと触ってみたい」と思わせる、この包丁の顔にもなりました。

研ぎ直して気持ちよく使い続けることまで、デザインする

現代の生活環境や食材のあり方に寄り添ったサイズ感、しっかりと力が入る握り心地、優れた切れ味、暮らしに溶け込むフォルム。そして「kayoi | 通」には、もうひとつ大きな特徴があります。

それが、「研ぎ直しをする仕組み」までデザインしていること。

「kayoi | 通」というネーミングには、刃先まで力が“通う”ことと、作り手と使い手が“通い合う”ことという二つの意味があります。その思想を象徴しているのが、パッケージです。

シンプルな美しさが宿るパッケージ。包丁がすっきりと収納でき、研ぎ直しの通い箱にもなる優れもの

「普段から包丁の研ぎ直しはしていますが、店頭でお客さまのお声を聞いていると、『どこに出せばいいのか分からない』という方が多いんです。送るとなると送料もかかるし、梱包も面倒です。心地よく使ってもらうには研ぎ直しが大切なので、できるだけ気軽に利用してもらい、長く使い続けてほしいと思っていました」(前澤さん)

その思いを受け、上島さんが考えたのが、パッケージそのものを「通い箱」にすることでした。

「kayoi | 通」は、ボール紙でできた箱に入っています。購入後もこの箱を取っておけば、そのまま研ぎ直しの返送箱として使える仕組みです。発送までの手順も箱に記載され、コンパクトなためレターパックにも収まり、余計な手間やコストをかけずに送ることができます。

「のりなどを使わず、1枚の紙を展開して作っているので、無駄なコストを抑えたパッケージになりました。刃物なので、輸送時に飛び出さないよう設計するのは大変でしたね」(上島さん)

さらに、メンテナンス方法や研ぎ直しのタイミングを生活のなかで思い出してもらえるよう、QRコード入りのマグネットカードも同梱。冷蔵庫など目につく場所に貼ることで、いい状態で長く使い続けるためのきっかけになります。

研ぎ直しの目安やお手入れ方法がわかるQRコード入りのマグネットカード。包丁と同様に生活へ溶け込むようデザインされた

「店頭で、うちで研ぎ直しをしていることをお伝えすると、それなら安心して買えるというお客さまもいらっしゃいます。研ぎ直しへのアクセスがあるのとないのとでは、やっぱり違うと思います」(前澤さん)

「kayoi | 通」のラインアップは、菜切包丁と現在一般的に人気の高い合刃包丁の2種類。この区別を付けるシンプルなパッケージデザインが「僕たちでは思いつかないもので、一番気に入っています」と話す前澤さん

包丁そのものだけではなく、売ったあとの動線やコミュニケーションまでデザインする。食を作る人、食べる人、そして研ぐ人。それぞれの心が通い合う包丁を作りたいという思いは、「kayoi | 通」という名前にも、シンプルですっとなじむロゴにも込められています。

「通う」ことの先にある、新しい広がり

取材中にもお客さまが次々と訪れるほど、前澤さんのもとには日々、研ぎ直しの包丁が持ち込まれます。なかには何十年も研ぎ続け、元の姿が想像できないほど小さくなった包丁も。

下の包丁は、元々上の包丁とほぼ同じ形状だったとのこと。質のいい包丁は、研ぎ直しをしながら、長く愛用することができる証拠だ

「研いでいけば、こんなに小さくなっても使えるんです。だから、できるだけ長く使ってほしいですね」(前澤さん)

上島さんが前澤さんと出会った時、特に印象に残ったことがあるといいます。

「たくさん売りたいということより、よさを理解して買ってくださったお客さまに、長く大切に使ってほしいという強い気持ちをよく話されていました。普段からお客さまと対面して、使う側の声を聞いている。人とのつながりや使う人の気持ちを大切に商売やものづくりをされていると感じたので、この商品も、人とのつながりを大切にできればという風に思いました」(上島さん)

そんな思いから生まれた「kayoi | 通」は、発売後、二人の想像を超える使われ方を始めています。

「ロールケーキやババロアが潰れずに切れたとか、自家製うどんの麺を切るのにちょうどいいとか。スパッときれいに切れるので『サラダの味が変わった』『もはや切れ味が調味料になる』など、僕たちが想像していなかった声もたくさんいただいています」(上島さん)

昔からある菜切という道具を、今の暮らしに合う形で提案し直したら、今度は使い手から新しい使い方が返ってくる。それもまた、「kayoi | 通」という名前によく似合います。

「最初に上島さんと『菜切フィーバーが起こるといいよね』と話していたんです。本当にそうなって、いろいろなものが通うように輪が広がってくれると嬉しいですね」(前澤さん)

包丁は、一度買えば長く使うものです。だからこそ、買う瞬間の美しさだけでなく、切ること、手入れすること、研ぎ直すこと、そして再び手元へ戻ってくることまで考えることは、使い手にとっても大きな意味があります。

刃の素材には、高硬度、高耐摩耗性のステンレス刃物鋼・VG7を採用。切れ味のよさに定評があり、独特の刃付けをしている「kayoi | 通」の研ぎ直しも、安心して行える

刃先に力が通う。使い手と作り手の間を道具が通う。そして、越前の地で受け継がれてきた技術が、今の暮らしへと通っていく。

「kayoi | 通」がもたらしたのは、プロダクトとしての新しい包丁だけではありません。毎日の料理をほんの少し気持ちのいい時間に変えること。そして、よい道具を手入れしながら長く使うことを、もう一度身近にするための仕組みです。

約700年続く越前打刃物とこれからの暮らし。その間に、新しい「通い」が始まっているようです。

文:安倍真弓
写真:黒田タカシ

「東京手描友禅」を普段着に。精彩な筆致とデジタル捺染の融合が叶えた「友禅アートブラウス」【地産地匠アワード】

土地の風土や素材、産地や業界の課題に、真摯に向き合って生まれたプロダクト。

そこには、日本のものづくりの歴史を未来につなぐそれぞれの物語がつまっています。

「地産地匠アワード」は、地域に根ざすメーカーとデザイナーとともに、新たな「暮らしの道具」の可能性を考える試みです。

2026年の受賞プロダクトの中から、「友禅アートブラウス」をご紹介します。それぞれの背景にある物語をぜひお楽しみください。

友禅だけど着物じゃない

「東京手描友禅」なんて聞くと、少しハードルが高いと感じる人がいるかもしれません。

でも今回、地産地匠アワードを受賞したのは、友禅は友禅でも着物ではなく、洋服。デニムにさっと合わせたり、Tシャツの上にふわっと羽織ったり。カジュアルに着こなすことのできる日常着「友禅アートブラウス」です。

「僕が想像しているのは、たとえばファッションに興味のある若い子たちが、このブラウスを着て表参道や明治通りを楽しそうに歩いている姿。そんなふうに日本の伝統工芸が、日常にあたり前のように溶け込んでいる未来になればいいと思っているんです」

そう話すのはファッションブランド「カルマ・カリーナ」デザイナーであり、クリエイティブディレクターの北迫秀明さん。

舞台や映画の衣装デザインを手がける傍ら、日本のものづくり、なかでも衣服産業に興味を持ち、さまざまな産地を訪れたといいます。そんな北迫さんが各地で目の当たりにしたのは、失われつつある伝統工芸の姿だったとか。

フランスの「エスモード・パリ・インターナショナル」を卒業後、劇団四季や松竹の衣装デザインから、海外ブランドの企画・デザインを経て、2018年に自身のブランド「カルマ・カリーナ」を立ち上げる

「以前、京都で丹後ちりめんの工房を訪れたんです。着物を着る人が減り、生産量は軒並み縮小。職人もどんどん少なくなっているというお話を聞いて……。

同じようにほかの産地でも過疎化が進んだり、地場産業が成り立たなくなっていく現状を知りました。このままでは本当に日本の伝統工芸は失われてしまうのではないか、と。

ルイ・ヴィトンが家紋を見てモノグラムに応用したり、マルジェラが足袋のブーツを創作したりと、海外のハイブランドが日本の伝統工芸に着想を得て多彩な商品に昇華しているのに、日本ではそういった事例が見られないのはどうしてなんだろうって、ずっと思っていたんです。

日本の伝統工芸は海外ブランドと肩を並べるだけの力がある。それを活かすためには職人とデザイナーが二人三脚で取り組むことが必要なんじゃないか……ということを、はじめてお会いしたときに熱く語ったのを覚えています(笑)」

北迫さんが熱弁を振るったお相手は、ユキヤ株式会社の町田久美子さんと大野深雪さん。東京手描友禅を手がける染め職人のお二人です。

町田久美子さん。東京都工芸染色協同組合理事を務める伝統工芸士。日本の古き良き古典柄から、時流に合わせた現代柄まで「同じ人が描いたとは思えない」と言われるほど多彩な筆致の持ち主
大野深雪さん。東京都工芸染色協同組合正会員。美大で建築を学んでいたものの、京友禅作家の森口華弘さんの画集に衝撃を受けて、この道へ。百鬼夜行を題材にした作品や愛嬌のある妖怪柄がすこぶる人気

出会ったのは2年前の夏。東京都が主催する異業種交流会でのことでした。

「確かに熱かったですね(笑)。でも、東京手描友禅の未来については私たちも常に考えていること。自分たちがどういうものづくりをしていくか、どんなアプローチが必要なのかといったことは目下の課題でしたから、北迫さんの話には共感しかありませんでした」と町田さん。

「今はまだ着物を買ってくださる方はいるんですけど、正直な話、それだけでは立ち行かないところに来ているのかなとは思っていて。東京手描友禅を一つのブランドとして守り、残していくために、作家としてできることをしていかなければ」と大野さんも言います。

お二人はこれまでも、伝統工芸を受け継ぐ作家集団「そめもよう」を立ち上げ、着物を通じて“着られるアート”を提案したり、もっと多くの方に東京手描友禅に触れてほしいとプリントブランド「some-pri」を発足。作家が丁寧に染め上げた友禅を生地にプリントし、半衿や帯、スカーフ、小物などに展開するなど多様な活動に取り組んできました。

半幅帯はブランド「some-pri」の人気商品

同じ思いを持つ三人はすぐに新しいものづくりに向けて出発。その最中、北迫さんが地産地匠アワードの広告を見つけたと言います。「これだ!と思って、すぐさま二人に『出しませんか』と提案したんです。そうしたら二つ返事で『やりましょう』ということに」。

ここから、このプロジェクトは実用化に向けて本格的に動き出します。

一人一人違う、奥深き筆致の妙

そもそも東京手描友禅(東京友禅)とは京都の京友禅、金沢の加賀友禅と並ぶ日本三大友禅の一つです。江戸時代に、京都の友禅染が伝わったことが始まりとされています。華やかで雅な京友禅、美しく繊細な加賀友禅に対し、江戸の町人文化の中で独自に発展してきた東京友禅は都会的で、どこか“粋”。鮮やかな色彩やすっきりとした絵柄が特徴です。

下絵描き。青花液という露草花の汁を筆ににじませ、白生地に絵を描いていく
「何を描こうかしら……」と言いながら、サラサラと桜を描く大野さん

「ほかの産地と違うのは制作のほとんどを一人で手がけることでしょうか。図案から染色、仕上げに至るまで分業することなく、作家がすべてを行います」(大野さん)

東京友禅づくりは大きく分けて13工程。まずはどんなデザインにしようか、図案を考案します。それを元に白い生地に下絵を描いていく。「このとき型を使わず、手描きするのも東京友禅ならではかもしれません」

下絵を描いたら糸目を引きます。これは下絵に沿って糊をのせる作業で、色を挿したときにほかの部分の色と混ざらないようにするための工程です。

これが糸目引き
色を挿した絵の上に伏せ糊をする。「きちんとしないと地色が柄を潰すことになるので、伏せはとても重要」(町田さん)

「で、絵に色を挿したら、今塗った色がにじまないように伏せ糊をして、今度は生地を塗る地入れ(引染)へ」(町田さん)

伸子(しんし)という独特の道具を使って生地をピンと張り、大きな刷毛で染料などを均一に塗っていく。その後、染料を定着させるために生地を蒸して水洗い。さらに湯のしをして生地を伸ばしたら、最後に金箔や銀などの仕上げを施すなどして、ようやく1枚の反物が出来上がります。

細い竹棒の両端に針がついた伸子(しんし)という道具を使って、生地をピンと張る
フノリを溶いたものを塗り広げてから、染料を入れていく

一人の職人がすべての工程を行う東京手描友禅。だからこそ、個性的で多彩、豊かな表情が描かれる。東京手描友禅の魅力はまさに「そこにある」と北迫さんは言います。

「職人による手描きにはグラフィックなどでは決して真似できない深みがあるんです。筆のかすれ具合や繊細なタッチ、日本画ならではのぼかしや揺らぎといった美しさ。こうした筆致の豊かさを、きちんと伝えられるものづくりをしなければ、と考えたんです」

毎日着たくなる友禅のかたちとは?

目指したのは東京手描友禅が、日本の日常に溶け込む未来です。

「そのためには何を作ろうかという相談から始まりました。ワンピースやロングジレという案もあったんですけど」と話す北迫さんに、町田さんは「自分が着る身になったら袖は欲しいよねっていう話になって(笑)」、「お尻も隠したい……」(大野さん)といった意見も受けて、北迫さんは背面が長く、美しいフレアをもつブラウスをデザイン。

水色のブラウスに使用した原画

柄は北迫さんのブランドが基調としている花柄にすることで意見は一致。三人で花の図鑑を眺めながら「縦のラインが美しい花が欲しいよね」「和花だけでなく洋花も入れたい」「女性のシンボルでもあるミモザもいいなあ」など、あれやこれやと話し合い。

悩んだのが素材です。

「はじめは自然素材がいいんじゃないかという話になったんですけど、現代人はみんな忙しいですよね。忙しい人たちが丁寧に手入れするかね?という話になって、だったら誰もが気軽に着られて、お手入れも簡単な国産のポリエステルがいいんじゃないかと」(町田さん)

日常で使い倒せる軽快さを重視し、着物に似た質感で、柔らかく上品な雰囲気の生地を使うことになりました。

日本画の如き原画を再現するデジタル捺染

さて、大変だったのはここからです。

友禅アートブラウスは描かれた原画を、高精細のスキャンで取り込んでデータ化。そのデータを使ってデジタル捺染するという手法をとっています。デジタル捺染とはデジタルデータを元にしながら布に直接インクを吹き付けて模様を印刷する方法です。

黒色のブラウスに使用したのはこちらの原画

東京手描友禅の肝となる原画の美しさを、いかにデータ化するのか。ぼかしや陰影、グラデーションなど、繊細な筆致を再現するために何度も、繰り返しテストを重ねたといいます。

実際に使用する生地に捺染したところ。鮮やかに、筆致が再現されている

さらに面白いのは原画を配置した服の型紙ごとデジタル捺染する、という特殊な方法です。

「これなら着物の柄入れを踏襲した、柄の入れ方ができるんです。普通は図柄の入った生地に型紙をのせて裁断するんですけど、それだと意図しないところに図柄が出たり、見切れてしまうこともある。でもパターン上にあらかじめ図柄を配置してプリントすれば、職人の思い通りに柄を配置することができる」(北迫さん)

服の型紙に柄を配置している様子

それだけではありません。このやり方なら「再現性も非常に高い。簡単に言えば、型紙に添って生地を裁断したら、あとはそのまま縫製すればもう服になるんです」と北迫さん。

「本格的なアパレルは初めてでしたし、私たちはあくまでも着物メインの直線裁ちの人間なので、洋服のパターンとか、パーツがどこにどう組み合わうのかといったことは、まったく分からなくて。もう北迫さんに頼りきり(笑)」と大野さんと町田さんは口を揃えます。

「そこは任せていただいて(笑)。国内最高峰の縫製工場にご協力いただいて、細かなミシンステッチからボタンホールに至るまで、ディテールもかなりこだわって仕上げています」

カジュアルに友禅を愉しむ

地産地匠アワードの審査会でも、審査員がこぞってこのブラウスに腕を通し、その着心地を楽しんだそうです。

こちらもウズウズ……失礼して、実際に羽織ってみました。

まず軽い。さらさらとして柔らかな生地感は、思わず腕を通してみたくなるのも分かります。多様な世代や体型、男女問わず使えるワインサイズということもあり、ふんわり着られる心地良さ。かといって大きすぎるという印象はまったくありません。着物のように縦にストンと落ちるデザインゆえなのでしょうか。たっぷりとしたフレアは歩くたびに風に揺れる姿もまた美しい。

いつものジーンズに羽織ってカジュアルに着こなすこともできるし、綺麗目なパンツやスカートに合わせればオケージョナルなシーンにも活用できそうです。

「友禅には夏には夏の、秋なら秋の着こなし方や、季節ごとに着物と帯の組み合わせを変えてコーディネートするといった楽しみ方もあるんですよ。たとえば夏なら流水柄の着物に鮎をモチーフにした帯留めをつけるといったように。ちょっと粋でしょう?」(町田さん)

「もちろん最初から着物を着るのはハードルが高いかもしれないので、今回のブラウスみたいなアイテムを通して、友禅に少しでも興味を持っていただけたら。そしてもっと気軽に楽しんもらえたら嬉しいです」(大野さん)

伝統を残すためにハードを変える

「このプロジェクトを通してやりたかったのは新しい仕組みをつくること。今までは描いて染めたらもう終わり、みたいな感じだったんですが、一度つくれば、ずっと職人さんたちの収益になるようなシステムを作りたくて」

「ここ40年くらいの間で着物の生産量は8分の1程度に減っているというデータがあります。着物がなくなることはないでしょうけど、着物を作る技術が残せるかどうかは別問題。技術をどうやって残していくかと考えたとき、着物というハードウェアだけに頼っていてはダメだなと。

着物というハードウェアに東京手描友禅というソフトをインストールするのではなく、ハードウェア自体を変えていかないといけないと考えました」(北迫さん)

伝統工芸の技術を未来に残し、さらに発展させることができるようなハードを生み出すこと。
 
「友禅にはまだまだいろいろな表現の可能性がある。その一歩が今回の友禅アートブラウス。今後もシリーズ化していきたいと思っています」(北迫さん)

「今度はパンツをつくろうか、スカートもありかな……」(町田さん)

「セットアップにしてもいいかもね」(大野さん)
 
なんて楽しそうな……取材後も、次の商品に向けての話し合いが止まらない三人なのでした。
した。

文:葛山あかね
写真:田ノ岡宏明

食卓の小さな道具が、豊かな暮らしと豊かな森をつくる。木の七味入れ「kodachi」【地産地匠アワード】

土地の風土や素材、産地や業界の課題に、真摯に向き合って生まれたプロダクト。

そこには、日本のものづくりの歴史を未来につなぐそれぞれの物語がつまっています。

「地産地匠アワード」は、地域に根ざすメーカーとデザイナーとともに、新たな「暮らしの道具」の可能性を考える試みです。

2026年の受賞プロダクトの中から、木の七味入れ「kodachi」をご紹介します。それぞれの背景にある物語をぜひお楽しみください。

見逃されていた広葉樹の価値を見直すプロダクト

愛らしいサイズ感の中に込められた職人の技。一つひとつ異なる木の表情が、食卓に森の風景を運んでくる。無垢の木の佇まいが印象的な七味入れ「kodachi」は、中央アルプスと南アルプスに挟まれた土地、長野県 南部の伊那谷で生まれました。

「僕たちの軸足は木のものづくり。それによって暮らしに変化をもたらして、そして森林課題を解決したいんです」

そう話すのは、長野県伊那市を拠点に活動する株式会社「やまとわ」の代表 中村博さん。

株式会社やまとわ 代表取締役CEO/里山材 家具職人 中村博さん

山の幸や木材を供給し、水質を浄化し、酸素を生み出し、洪水や土砂崩れを防ぐ。

普段意識することは少ないかもしれませんが、森林が持つ自然の仕組みは私たちに本当にたくさんの恩恵を与えてくれています。そんな山や森の機能が、放置林の増加や過度な伐採、樹種のバランスの偏りなど、知らず知らずのうちにさまざまな要因で低下してしまっている。

そこに危機感を抱いた中村さんは、志を同じくする仲間との出会いを経て2016年に「やまとわ」を創業。以来、国内の森の資源を活かしたプロダクト開発と製造、それを用いた暮らしの提案を通じて、森と私たちの暮らしの距離を近づける活動をおこなってきました。

やまとわのオフィス兼工房
大自然に囲まれた環境

「森の木の中で、やっぱり建築用途に使いやすい針葉樹ばかりがフォーカスされてしまっていて、広葉樹はなかなか利用されていないんです。

細くて曲がっていても、特徴がばらばらでも、その魅力を活かして、日常で使ってもらえるプロダクトにできる。そんなメッセージも込められればいいなと」

樹種が多くて仕分けが難しいことや、針葉樹と比べて成長に倍ほどの時間がかかることなどから、商業的な価値が低いとされてきた広葉樹。利用価値が見い出せないから放置される森が出て来たり、新たに植えられるのが針葉樹ばかりで生態系のバランスが崩れたりと、広葉樹の利活用は森林を巡る大きな課題のひとつです。

「まずは広葉樹を暮らしの中で楽しく使ってもらう。そうすれば、森の課題みたいな話にも、多少は興味を持ってもらえるんじゃないかという思いがありますね」

通常は使用されない細い木や短い木でも作れることが、小さな七味入れの大きな特徴

「私も、取り入れるのにハードルが低い小さなアイテムから使っていただいて、森に少しでも興味を持ってもらえたらと思いました」

同社の取締役で、木工と設計ディレクターを務める吉田さんもそんな風に振り返ります。

株式会社やまとわ 取締役/木工と設計ディレクター 吉田かおりさん

東京出身で、お子様の誕生を契機に長野に移住した吉田さん。自身が感動した森の魅力を広く届けるため、‟その道のプロ”と一緒にものづくりができないかと考えていました。

そこで声をかけたのが、東京を拠点としながらも長野の山と深いかかわりを持つ、料理家の蓮池陽子さんでした。

料理家の目線で追及した、使いやすく素敵な「木の七味入れ」

料理家・蓮池陽子さん

東京 池袋育ちながら、母方の実家である宮城岩出山の自然が大好きだったという蓮池さん。大学の友人の誘いでアウトドアに興味を持ち、その流れでアウトドアクッキングのワークショップ講師へ。その職場でなぜか里山ガイドに駆り出されるようになり、山の面白さに目覚めたのだとか。

「小中学生の子どもたちを案内することになって、カエルの種類を覚えたり、カブトムシを取ってみせたり。そうこうするうちに、食には興味があったので、山菜やキノコを採るようになって、それがツアーみたいになっていって。というのが原点ですかね。

だんだんと、微生物がいるからこそ山は循環してるんだな、とか。すごいシステムだな、面白い!みたいなことに気づいていきました」

こちらが採りすぎなければ、また翌年になると自然に生えてくる植物たち。その生命の力強さにもひかれたといいます。

「全国の山がどんどん荒廃していく中で、ひとりでは無理でも、自分の力が活かせるところがあればそこで一緒にやってみたいという思いはずっと持っていました。

『やまとわ』さんのことは元々注目していたんですが、イベントを見学しにいったりしてつながりができて、今回お声がけいただいて。飛び跳ねるほど嬉しかったですね」

木の七味入れというアイデアは、蓮池さんの一言から始まりました。

「木の食卓の道具って、お皿とかスプーン、お箸、木べらとか、素敵なものがすでにたくさんあるんです。でも、素敵な木の七味入れはあまり無いかも、と思って提案しました。

私はデザイナーではないので、最初はどこまで何を伝えればいいのか悩んだんですが、途中から『いいものを作りたいんだから、要望は全て言ってみよう!』と開き直って。サイズとか使い勝手とか、かなり細かくお伝えしましたね。

それを形にしてくれた職員さんは本当に大変だったと思います(笑)」

蓋と本体の木目が揃うと穴が見える、という細かいこだわりも。
サイズや穴の位置など、佇まいと勝手を追求してさまざまな樹種で試作を繰り返した
蓋が緩すぎず、絶妙なきつさですぽっと抜けてしまわないように調整。茶道で使う「棗(なつめ)」の蓋の具合を参考にしたのだとか

「特に、この穴の位置にはこだわりました。デザイン的にもそうなんですが、なによりも使い勝手が良いのを最優先に考えて。職人さんからすると、もう少し下に穴がある方が作りやすいと思うんですが、七味の粉を出す際には穴が極力上にある方が出しやすいはずだと思って、ご無理を承知でお願いしました。

使い勝手が悪いものは、後から使わないものになってしまうので、そうならないように心がけたつもりです。

でも最終的には私がオーダーしていない、細かなところも想像以上に仕上げていただいて。職人さんはすごいなと改めて思いました」

使い手を想いながらブラッシュアップを繰り返す

「kodachi」の設計・製造を担当しているのは、木工と設計 職人の関優一朗さん。長野県の出身で、工芸技術を学べる京都の大学を経て「やまとわ」に就職しました。

木工と設計 職人 関優一朗さん。「やまとわ」の新卒第一号として6年前に入社した

「蓮池さんからいただいた穴の位置のリクエストは結構難しかったですね。

ユーザーの手元に届いた後の使い勝手や強度、デザインとしてどうなのか、職人としてどう作ったらいいのかっていうことを並行して考えて、試行錯誤しました。作ってみてブラッシュアップしての繰り返しで。

4種類の樹種を使っていてそれぞれ堅さも違います。『さくら』や『かえで』は特に削りづらくて、難しかった。なんとか完成出来て良かったなと思っています」

とにかく夢中で試作を繰り返しながら、精度の高さと量産スピードを両立するポイントを探っていったそうです。

蓮池さんがもっともこだわった穴の位置。なにより使い勝手を考えた時にゆずれなかったポイント

食卓に置きたくなる素敵な佇まいで、使い勝手もよい七味入れ。使い手目線で蓮池さんがリクエストしたポイントに、木を熟知した作り手として応える関さん。両者のやり取りを経て、手のひらに収まる小さな木の道具の完成度はどんどんと上がっていきました。

蓋の閉まり具合を入念に確かめる
中村さんも現役の職人として工房に入る

商品に応じて治具を開発したり、最適な機械を選んだり、時には改造を施したり。機械化が進んでも、人の手が入る余地はまだまだ無数に存在します。

「工作機械は使いますが、完全なコンピューター制御は難しく、どうしても職人仕事が6割ぐらいは残ります。そこにロマンがあると思うし、作っている人が楽しいかどうかみたいなことも、やっぱり大切かなと。

会社の中にも、職人もいればPCで仕事する人たちもいる。その多様な関係性みたいなのがものすごく大事なんじゃないのかなと思いますね」(中村さん)

食卓の小さな道具が、豊かな暮らしと豊かな森をつくる

「都会で生活をしている人たちが、森のことを完全に知らない状態になっている。それが末恐ろしいなって思っているんです」と蓮池さん。

この七味入れが、森を考えるきっかけになることに期待を込めています。

「山や森のことを考えるきっかけを作っていきたい。そこが『やまとわ』さんと私で合致している部分なので、これからも一緒に何かを作ったり、イベントなんかもやっていきたいなと思ってます。プロダクトの第2弾、第3弾もそうだし、中身の七味自体も検討しています。

やっぱり料理家としては『美味しい』ということは大前提にしつつ、そこにメッセージのあるものを届けられたらすごくいいなと思っています」

「賞をいただくのは小学生依頼で、とても晴れやかな気持ち」と受賞の喜びを話す蓮池さん

同じように、自然との関係性に課題を感じてきた中村さん。それでも、これまでの「やまとわ」の活動を通じて、少しずつ見える世界が変わってきたと、手ごたえを感じています。

「僕一人では何もできなかったと思うけど、会社としてみんなでやってきて、当時は想像もしてなかった大きな山の管理を任されたりもして。

続けていけば必ず、その山自体を変えていくことができる。そうすれば、たとえば下流域の水質とか、生き物の状態とかが変わっていくんだな、というのがリアルに見えてきて、解像度もどんどん上がってきています。

会社の人材もバラエティ豊かになってきて。それぞれ得技は違うけど、やりたいことが一緒になれば世の中は変わっていくんだなと。そんな希望が持てているので、すごくわくわくしています。

この七味入れはその典型というか。蓮池さんも含めて色々な人の特技と思いが重なって完成しているもので、今の僕たちを表現してくれていると思うんです」

食卓の上の小さな道具が、私たちの暮らしを少し豊かに、楽しくしてくれる。そして知らず知らずのうちに、その豊かさをもたらす森に思いを馳せる人が増えていく。「kodachi」が広がった先には、そんな素敵な未来が広がっています。

文:白石雄太
写真:阿部高之

“織る”から“植える”へ。藺草の可能性をひらく新発想のラグ「izaiza」【地産地匠アワード】

土地の風土や素材、産地や業界の課題に、真摯に向き合って生まれたプロダクト。

そこには、日本のものづくりの歴史を未来につなぐそれぞれの物語がつまっています。

「地産地匠アワード」は、地域に根ざすメーカーとデザイナーとともに、新たな「暮らしの道具」の可能性を考える試みです。

2026年の受賞プロダクトの中から、藺草の産地・熊本でうまれた「izaiza」をご紹介します。それぞれの背景にある物語をぜひお楽しみください。

畳文化を支えた藺草(いぐさ)の魅力を、もう一度暮らしの中へ

「これ、本当に藺草(いぐさ)なんですか?」

思わずそう尋ねたくなる、一枚のラグ。熊本県八代市で育てられた藺草を使いながら、「畳」とはまったく異なる表情を見せる新発想のラグ「izaiza(イザイザ)」です。名前の由来は「『藺』草に『座』る」を意味する「藺座(いざ)」という造語から。

立体的に植え込まれた藺草が、毛足のあるラグのような柔らかさと、ほどよい張りを併せ持つ新感覚の質感を生み出しています。古くから畳やゴザに使われてきた素材とは思えないほど新鮮な佇まいですが、近づくと、どこか懐かしい畳の香りがふわり。

「izaiza」の試作品

このラグを手がけたのは、プロダクトユニット「itiiti(イチイチ)」の田中典子さん、村上貴美さんと、クリエイティブディレクターの佐藤かつあきさん。国内有数の藺草の産地・熊本県を拠点に、地域の素材と向き合いながら、新たな可能性を探っています。

プロダクトユニット「itiiti」の田中ノリコさん
プロダクトユニット「itiiti」の村上キミさん
株式会社かつあきのクリエイティブディレクター 佐藤かつあきさん

藺草は稲のようにすっと伸びる多年草。優れた調湿性や心地よい肌触り、心をほっとさせる特有の香りなど、天然素材ならではの魅力を持ち、日本の畳文化を支えてきました。なかでも八代市は「藺草のまち」として知られ、国内トップクラスの生産量を誇ります。

「でも近ごろはそれが教科書にも載っていないし、畳が藺草から作られていることも認識してもらえなくなってきていますね」と、田中さん。

住宅事情やライフスタイルの変化による畳需要の減少に加え、安価な輸入品の増加、市場価格の低下、藺草専用の機械メーカーの撤退などが重なり、藺草農家は年々減少しているのだそうです。

乾燥させた藺草。すっと伸びる姿が潔く、美しい。「藺草が青々と育っている田んぼの景色も美しいんですよ」と田中さん
八代の藺草畑

「まずは藺草を知ってもらうことが大事なんです」

田中さんの言葉には、産地の現状をそばで見てきたからこその、強い思いが込められていました。

藺草に親しむ入り口を作る、これまでにない提案

「畳に座るんじゃなくて、藺草に座りたかったんです」

田中さんのその一言に、このプロダクトの原点がありました。一般的に藺草は、ゴザや畳表として織り上げられたのち、さまざまな製品へ加工されていきます。しかし田中さんが見つめていたのは、その手前にある、一本一本の藺草という素材そのもの。

「藺草を知ってもらう入り口として、これまで藺草のアクセサリーなどを作ってきましたが、それだと女性がメインになるんですよね。もっと広く知ってもらうために、インテリアや暮らしの中で使えるものができたらいいなと思って」(田中さん)

カラフルに染められた藺草を使用。藺草を染める専門業者は、国内でわずか2組だとか

伯父が元々藺草農家だという田中さんにとって、藺草は子どものころから身近な存在でした。その可能性を広げようと、藺草のアクセサリーや、短くカットした藺草の断面を見せる椅子など、畳やゴザとは異なる表現にも挑戦してきました。

染めた藺草の粒に一つずつ糸を通して紡ぐ「igusa」ピアス。空気のように軽い着け心地と藺草の香りをまとう、新感覚のアクセサリーとして注目されている

「伯父が藺草農家をやめることになった時に、自分がこの立場にいたのに、やめさせてしまったような悔しさがあって。だから、藺草をつないでいかなければいけないと思いました」(田中さん)

もっと多くの人に届けられる形を考えるなかで浮かんだのが、素材を一本ずつ打ち込む「タフティング」という技法。

「これでラグを作ったら、藺草の世界が変わるんじゃないかと思いました」(田中さん)

「タフティング」は専用の器具で布に毛糸を打ち込み、ラグやカーペットが手軽に作れるというもの。体験やワークショップでも人気を集めています。高密度でしなやかな繊維を持つ、藺草の特性を活かしやすい技法でもありました。

収穫したばかりの藺草

とはいえ、そのアイデアがすぐに形になったわけではありません。

「本当にできたら面白いと思っていたけれど、漠然としていて、構想のまま長く止まっていました」(村上さん)

そんな時、SNSで「藺草でつくられたラグかも!という写真を目にした」という田中さん。「先にやられたと思って、本当に悔しくて泣いてしまった」と振り返ります。

よくよく確認すると、それは藺草ではなく毛糸のラグでしたが、その時の悔しさが「早く進めなければ」という強い原動力になりました。

藺草は乾燥するとコシが強くなるため、加工前に水に浸して、1本ずつ整えながら柔軟性をもたせる
布に打ち込まれた藺草。

藺草を布へ打ち込む様子を「田植えみたい」という田中さん。

「藺草を土に植える『イ植え』の風景と、タフティングで藺草を打ち込む構造が重なるんです。藺草農家の原風景が、そのまま映し出されているようで」

制作を重ねるなかで、「農業」と「ものづくり」は別々のものではないと感じるようになりました。

構想が大きく動き出したのは、2026年に佐藤さんとコラボレーションを始めてからでした。度重なる災害を受ける熊本の支援活動を続けてきた佐藤さんは、八代市での活動をきっかけにitiitiの2人に声をかけ、行動をともにするようになります。そのなかで試作のラグを目にし、「これは新しい。広がりがある」と直感したといいます。

「藺草農家さんにとっては、藺草はゴザや畳表になるのが当たり前。“織る素材”から、一本一本を主役にして“藺草そのものを活かす”という使い方は、身近で藺草を見てきた田中さんだからこそ生まれたもの。タフティングでラグにする発想は、畳から脱却して量産もできるかもしれない、とても新しいアイデアでした」(佐藤さん)

以前から気になっていた「地産地匠アワード」への応募を視野に入れ、プロダクトを洗練させる試行錯誤が始まりました。色や柄、コンセプトだけでなく、藺草の歴史や文化まで掘り下げながら、「何を伝えるべきか」を3人で整理する日々。

izaizaのカラーリングは、藺草畑の緑と水路を流れる水の青がモチーフ。細部まで相談を重ね、プロダクトとして磨き上げた

田中さん曰く、「悩んでいるところの一歩先のヒントをくださる存在」だったという佐藤さん。担ったのは、プロダクトそのものをデザインするのではなく「その価値をどう伝えるか」を考えるディレクションの役割でした。

新しい形を生み出すitiitiの2人と、その価値を見つめ、伝え方を編み直す佐藤さん。それぞれの視点が重なることで「izaiza」は、畳だけではない藺草の可能性を暮らしにひらく、新しい提案へと育っていきました。

藺草は収穫後に、色艶の保持や耐久性向上のため、天然染土を溶かした泥水に浸す「泥染め」を行う。「畳の香りは藺草だけの香りと思われがちですが、実は藺草本来の香りに泥染めの染料の香りが重なったものなんですよ」と田中さん。染土の調合や香りは、農家ごとに違いがあるそう

新しい挑戦を後押しした、八代への想い

一方、佐藤さんは、本業であるデザインを通して、さまざまな社会活動に取り組んできました。

「東京や福岡など拠点を変えながら、妻の実家がある熊本に引っ越してきたんです。そして2016年4月に熊本で大きな地震が起きた。この大変な状況で、お世話になっている熊本に何かできないか、しなきゃと思うようになって。

復興には息の長い支援活動と、多くの人の関心が必要です。クリエイティブの力が少しでも役に立てばと、地元のクリエイターと一緒に一般社団法人『BRIDGE KUMAMOTO』を立ち上げました」

2016年の熊本地震で、石垣の崩落や建造物の倒壊など甚大な被害を受けた熊本城。2021年に天守閣の復旧が完了した

熊本では地震だけでなく豪雨もたびたび発生し、2025年にも深刻な被害に見舞われました。そのたびに佐藤さんたちは、被災地で使われたブルーシートをアップサイクルしたプロダクトの制作や、支援金・助成金を集める活動などを通して地域を支えてきました。

熊本城内には、2016年の大地震の爪痕が今なお残る場所も多い

2025年の九州豪雨災害では八代市の藺草農家も大きな被害を受け、itiitiの2人も車が水没するなど、被災を経験しています。

豪雨で地域全体が大きな傷を負うなか、企業から託された寄付金をどう活用するか考えていた佐藤さん。頭に浮かんだのが、八代市の藺草を使って活動をしていたitiitiと、新しいプロダクトを生み出すことでした。

「農家さんにトラクターを一台買ってあげられるほどの予算ではない。でも、新しいプロダクトを生み出して、産地全体を盛り上げることはできるかもしれないと考えました」(佐藤さん)

藺草農家を支えたいitiitiの2人と、佐藤さんの思いが重なり、3人の挑戦が動き出しました。試作していたラグを「izaiza」へと昇華させ、「地産地匠アワード」へ応募。見事グランプリに輝き、藺草の新しい可能性を広く発信するきっかけとなりました。

佐藤さんの事務所前に広がる、のどかな公園。震災前まではビルが建っていたそう。「このあたりに駐車場が多いのは、震災で建物が倒壊したところを活用しているから」と佐藤さん

さらに今回の取材後、2026年7月に再び熊本を襲った大地震により、現地はいまも厳しい状況にあります。今回も佐藤さんはいち早く新たな支援プロジェクトを立ち上げ、itiitiの2人も八代へ駆けつけ、藺草農家を支えています。

藺草の未来を考えることは、その土地の文化や人の営みを支え、次の世代へつないでいくことでもあるようです。

藺草の可能性を、未来へつなぐために

「izaiza」に使われているのは、畳には使われない、最も短い等級の藺草です。

「藺草は成長すると160cmを超えることもあります。長さによって8段階に選別されますが、短いものは畳表には使えず、廃棄されたり、燃やされたりしているのが現状です。『izaiza』やアクセサリーでは、そんな藺草を活用しています」(田中さん)

たびたび八代を訪れ、藺草農家との信頼関係を築いてきたitiitiの2人と佐藤さん。「クリエイターとして生きているからこそ、できる支援があると思っている」と、藺草の未来と産地を支える活動に力を注いでいる

畳になれなかった藺草が、誰かの暮らしを彩るラグになる。それは廃材活用というだけでなく、素材の可能性を最後まで信じる挑戦でもあります。農家からも「捨てるはずだったものが、誰かに喜ばれるものになるのがうれしい」という声が届いているそうです。

藺草の田んぼの色や景色、香り、機械の音。その一つひとつが、藺草とともに育ってきた田中さんの原風景。「藺草という言葉が出てくるだけで、もう、幸せですよ」。その言葉から、藺草への深い想いと愛情が伝わってくる

さまざまな熱い思いを抱く3人に、これからの展望を尋ねました。

「毛糸だけでなく、藺草でタフティングの体験をしてもらえたら面白いですよね。藺草を『畳の材料』ではなく、自分の手で形にできる素材として親しんでもらう。ものづくりの楽しさを入り口に、地域の素材や文化に興味を持つ子どもたちが増えてくれたらうれしいです」(村上さん)

「八代に藺草の資料館や博物館、ショップなど、もっと見て触れてもらえる場ができるといいですね。農家さんの現場を見てもらえるツアーなどもできたら。田んぼを見たり、香りを感じたり。私たちがハブ役になって、藺草の背景まで含めた体験を届けたいです」(田中さん)

「まだまだ魅力に変えられるものはたくさんあると思うので、それをどう形にしていくのか考えていきたいですね。オープンな施設で触れてもらい、いろんな人がラグなどを作れるようにしたり、プロダクトを販売したり。ホテルや国際会議場、駅などでもitiitiさんの作品が採用されて、多くの方に触れてもらいたい。工芸は、最初から伝統工芸だったわけではないんですよね」(佐藤さん)

3人の思いの先にあるのは、藺草の魅力を次の世代へつなぐこと。「izaiza」は、今はまだ小さな挑戦かもしれません。けれど、一本の藺草から、新しい物語はもう始まっています。

100年後、このラグが当たり前のように暮らしの中にあり、「藺草にはこんな使い方もある」と語られていたなら。それは、新しい工芸の始まりと言えるのかもしれません。

文:安倍真弓
写真:黒田タカシ