日本の暮らしの豆知識 文月

こんにちは。中川政七商店のバイヤーの細萱久美です。
連載「日本の暮らしの豆知識」の7月は旧暦で文月のお話です。

文月の由来は、短冊に願い事や詩歌を書いて笹に吊り、書道の上達を祈った七夕の行事にちなみ、「文披(ふみひら)き月」が転じたとする説が有力と言われています。ただ文月は現在の7月下旬から9月上旬頃にあたるので、新暦の七夕は7月7日だから時期が合わないなと思いました。そこは、七夕も旧暦による太陰太陽暦では、今の暦のだいたい1カ月程度遅れの8月くらいに行われていたことで辻褄が合います。旧暦は月の満ち欠けにより月日が決まるので、七夕の日にちも毎年変わっていたとのこと。実際、現在も8月の方が夏空が安定し、織姫星や彦星、天の川もよく見えるそうな。益々、伝統的な日本の行事は旧暦で考える方が理にかなっていると感じます。

さて、新暦に戻って7月の七夕の頃は、二十四節気で小暑にあたり、梅雨が明けてこれから本格的な夏が始まる!という暑さに備える頃です。今年の夏も猛暑の予報が出ており、年々どれだけ暑くなるのかと恐ろしい話ですが、暑さに負けないよう用心したいと思います。と言いつつ、夏の日差しを避けるファッションアイテムの、帽子や日傘はあまり持つ習慣がなく、かさ張らず気軽に持てる「扇子」を少しずつ集めています。よく考えると、とても完成度の高いアイテム。開くと扇げて、閉じると非常にコンパクトになる機能美に加え、小さな世界に様々なデザイン性が凝縮しています。扇骨と呼ばれる骨組みの上に紙や布を貼りますが、色や柄によってイメージが全く変わるので選ぶ楽しさがあります。中国伝来の物事が多い中で、扇子は大凡1200年前の平安時代に京都で誕生したと言われており、現在でも京都で作られる京扇子は国の伝統工芸品指定を受けた確かな品質を誇ります。

私が扇子を選ぶのは、やはり京都にある扇子専門メーカーの「宮脇賣扇庵(みやわきばいせんあん)」。創業文政6年と200年近い老舗です。京都市街の中心部にありながら、古き良き京の面影を残す町家そのままの店構え。老舗ならではの風格を感じ、一見敷居が高そうにも見えますが、入ってしまえばゆったりとした雰囲気と、キリッと気持ちの良い接客で迎えていただけます。ずらりと並ぶ扇子は、自由に広げてじっくり色柄を見て選ぶことが出来ますが、種類が余りに多いので迷った時には店員の方に相談してみましょう。高価な扇子もありますが、意外とお手頃な価格の扇子も多いのです。

宮脇賣扇庵の扇子は、熟練の職人さんが一本一本仕上げていますが、一本の扇子を作るのには、何と87回も職人の手を通るとのこと。扇面の多彩なオリジナルの絵の多くは、手描きされています。中には、一番外側の太い骨にも蒔絵などの装飾がある扇子もあって、それを描く職人さんは相当限られるそうです。実用で使うのが勿体無いほど美しく、いつか手に入れたい憧れの扇子です。

ところで私の母方の祖母は、京都生まれ京都育ちの、生粋の京女でした。物や食などを選ぶ上で、京都ブランドを贔屓にしつつ、更に一品につきご贔屓ブランドがひとつ、というような強いこだわりがあったと記憶しています。気に入ったら一筋、逆に品質が落ちたら離れるという厳しさもあったかもしれません。まだまだ優柔不断なモノ選びをしている私としては、見習いたい気もします。そして、その祖母が扇子と言えば、宮脇賣扇庵をご贔屓にしていました。日本舞踊や茶道も嗜んでいたこともあり、常に着物で扇子も必需品だったようです。「久美」と名入りにしてくれた扇子は今でも大切に持っています。

普段使いには、好きで食器や文具などいろいろなアイテムを持っている「鳥獣戯画」を描いた扇子や、ちょっとモダンな幾何学模様の扇子を使っています。ピシャっと気持ちの良い閉まり具合が心地よく、暑い夏も小粋に乗り切りたいと思わせる文月の暮しの道具です。

<掲載商品>
宮脇賣扇庵
鳥獣戯画扇子/名入り別注扇子

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細萱久美 ほそがやくみ
東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。

文:細萱久美

※こちらは、2017年6月29日の記事を再編集して公開しました。

新茶を美味しくいただく、村田森さんの白磁急須

連載「日本の暮らしの豆知識」の5月は旧暦で皐月(さつき)のお話。

皐月の語源は、耕作の意味をなす「さ」から、稲作の月ということを意味して「さつき」となったとされます。そして、皐の字には、神に捧げる稲という意味があるので、この字が当てられたのだとか。

旧暦はわずかな文字数の中に、日本の自然や風習などが含まれており、言葉から風景を感じますね。

皐月は田植えに始まり、農作業の忙しい時期。例えばお茶も新茶が出回る頃です。

「夏も近づく八十八夜‥‥」の茶摘みの歌はよく知られていますが、立春から数えて八十八日目なので、だいたい5月2日頃に当ります。

ただ日本も南北に長い国なので、茶産地によって茶摘み時期は異なります。一番早い4月上旬の鹿児島県あたりを皮切りに、日本一の茶産地静岡では4月中旬から5月半ば、奈良は少し遅めの5月中旬以降が最盛期です。

新茶と言ったり一番茶と言ったりして、現在の進化した製茶技術では1年中、一番茶を楽しむことが出来ますが、やはり出来立ての新茶は格別の味わいです。

新茶は春の芽生えとともに成長する新芽なので、香りや旨味成分がたっぷり。葉も柔らかく渋みも少ないので、甘くてやさしい味わいのお茶が好きな方には特に飲みやすいと思います。茶殻も柔らかいので、ポン酢やお醤油をかけておつまみとして食べるのも乙な味。

私は、新茶を淹れるのに、「宝瓶(ほうひん)」を活用しています。

宝瓶はあまりメジャーではありませんが、持ち手の無い急須なので場所も取らず、洗いやすく、淹れた後の茶葉がよく見えます。また、人の前で淹れるのにも所作が格好良く決まりますよ。

京都・村田森さんの白磁急須

写真で使っているのは、京都の陶芸家、村田森さんのシンプルな白磁。青々とした茶葉の色が映えます。

美味しい淹れ方ですが、一煎目は70度くらいの低温で30秒。沸騰させたお湯を、まずは湯呑みを温めるなどでややぬるめに冷ましてから宝瓶に注ぎます。低温で淹れると渋みが出にくく、甘味と旨味を堪能できます。

その後二煎目、三煎目は程よい渋味も味わえ、風味の変化を楽しむことができます。宝瓶だと、開いた茶葉の色や清々しい香りも分かりやすいのです。

更に淹れ方のポイントですが、最後の一滴に旨味がギュッと凝縮されています。湯呑みに注ぎ分ける際に最後の一滴がポトリと落ちるまでじっくり構えてください。その湯呑みはお客様におすすめしましょう。

最近、巷でもお茶が注目されている気がします。サードコーヒーブームも少し落ち着いて、次のスポットライトがお茶に当たっている!?

嗜好品なので、好きなものを好きなように飲むのが良いのですが、コーヒーとお茶だと楽しみ方が少し違う気がしています。特に時間の流れが違うような。

個人的な意見ですが、コーヒーはフットワークが軽いイメージもあり、お茶はのんびりまったりな時間が似合うと思いませんか?

例えばアジアでの旅先で、動き疲れた時に茶館でお茶を飲みながらゆっくり過ごしていたら気付くと1時間以上経っていました。お茶は味が変化するので何杯もずっと飲んでいられます。

一見贅沢な時間の使い方ですが、このオフモードが大人の旅にはとても良い時間だと感じました。

家では1人でよくお茶を飲みますが、たまには家族や友人との気軽なお茶会でリラックス時間を共有するのもいいなと思っています。

ちょっと特別なお茶や、美味しいお菓子がある時に、いつもより少し道具の取り合わせを考えて、でもかしこまらずにのんびりと。たいそうなお菓子が無くても、金平糖やナッツ、ドライフルーツのような軽いお茶菓子でも十分です。気軽な会話を楽しんでいると思わず数時間経ちそうです。

今回は道具よりもお茶、そしてお茶の時間が主役の、皐月の暮らしの豆知識でした。

細萱久美 ほそがやくみ

元中川政七商店バイヤー
2018年独立
東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。お茶も工芸も、好きがきっかけです。好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。素敵な工芸を紹介したいと思います。
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文・写真:細萱久美
*こちらは、2017年4月6日の記事を再編集して公開いたしました

寒い夜も快適に眠る。寝巻きにプラスする定番アイテムを紹介

こんにちは。細萱久美です。

2月は旧暦で如月。若干読みにくい漢字ですが、「きさらぎ」と読みます。響きの美しい言葉ですね。

語源には「衣更着(衣を更に着る)」「生更木(草木が生えはじめる)」ほか諸説ありますが、旧暦の2月は現在の3月半ばにあたるので、「寒さがぶり返して、一旦脱いだ衣を更に着る月」という意味がしっくりきます。

新暦の2月は全国的に1月に次いで寒く、地域にもよりますが降雪日や雪の量は2月が最も多いそう。体感的にも雪が多いように感じます。

芯まで冷える日も少なくない2月は、寒がりの私は防寒対策が欠かせません。家で過ごす際や睡眠時も、なるべく快適でいられる工夫をしています。

寒い時期は、寝る前に生姜紅茶を飲むのも体内から温まるので習慣にしていますが、寝間着にプラスして定番となっているのが今回ご紹介する「あしごろも」です。

あしごろもは、靴下の生産量日本一の産地、奈良県広陵町にある岡本株式会社が展開するブランドです。岡本は靴下専業メーカーとしては国内最大手で、扱うブランド数も多く、量販店やスポーツアパレル系に強い企業です。

量産に強いイメージの中で、ある意味逆を行く、オーガニックでアナログなブランドのあしごろもも展開しているのは興味深いところです。

あしごろもは靴下を中心に、腹巻き、腹巻きパンツ、レッグウォーマーなどインナー寄りのアイテムが充実しており、一番の特徴は百年無農薬の自然栽培綿を手紡ぎした糸で編まれている点です。

熟練の職人でも1日に200グラム、靴下にして3足分しか紡げないそうで、中川政七商店の手績み手織り麻にも相通じるものがあります。

甘撚りに手紡ぎすることによって、ふっくらと空気を含んだ糸になりますが、どうしても不均一の太さになり、編み機に通すのも一苦労。そこで岡本の靴下製造60年以上のノウハウが活かされ、編み機をゆっくり回すことで、柔らかく編み上げることが出来るとのこと。

時間も掛かれば大量には作れない、でもこの肌触りの良さは類を見ないあしごろもブランドを大切に育てていることに、商売のバランスを感じたり、アナログ好きな私は単純に好感を抱いています。

睡眠時の寒さ対策に欠かせないアイテム

ラインナップの中でも、睡眠時の寒さ対策に欠かせないのが、「おやすみソックス」と「あったか腹巻」。

ソックスは名前にも付いているように、おやすみの際におすすめです。厚手なので温かく、履き口は緩めで締め付け感は一切ありません。ルームソックスとしても優秀ですが、断然おやすみ時にお試しいただきたいです。

寝ている時は無意識なので、窮屈感や蒸れなどの不快感があると、いつの間にか脱いでしまいますが、おやすみソックスだと朝まで脱ぐことなく、眠りをサポートしてくれます。

そして、あったか腹巻は手編みでは?と思うほどのボリューム感と、良い意味での不均一感が特徴。若干の伸縮糸が入っているのと、ゆったり編んでいるので、びっくりする程伸びが良く、しかも締め付けはありません。

手紡ぎの糸は空気を含むことで温かく、通気性も保たれるので、素肌に付けても蒸れずに馴染みます。乾燥や蒸れ、締め付けなどの刺激がすぐにかゆみになる体質なので、それらに悩むことなく安眠を助けてくれるのはありがたいです。

褒め過ぎのようですが、強いて言えば、かなりナチュラルなデザインなので私の外着にはちょっと向かないのと、甘撚りのためか少し毛玉になりやすいのですが、家で履く分には問題ありません。

一つの機能に発揮していれば十分と言えます。また、このあしごろもには、種類によって補修糸も付いているので穴があいても補修して長いこと使えます。いまだ穴があいたことが無いのですが、あいても確かに捨てられない、自然のぬくもりを感じさせる如月の暮らしの道具です。

<掲載商品>
岡本株式会社
あしごろも

細萱久美 ほそがやくみ
東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。

文・写真:細萱久美

※こちらは、2017年1月10日の記事を再編集して公開しました。寒い日が続きます。備えを万全にお過ごしください

“秋バテ”をスマートに防ぐ個性豊かなマッサージグッズ

こんにちは。中川政七商店のバイヤーの細萱久美です。

連載「日本の暮らしの豆知識」の9月は旧暦で長月のお話です。長月は、新暦では10月上旬~11月上旬にあたるので、季節は完全に秋です。

気温の変化による“秋バテ”に気をつけたい

この時期は夜が段々長くなってくるため、「夜長月」と呼ばれていたのが、略して「長月」になったという説が有力です。他には、雨が多い時期でもあるので「長雨月」からの「長月」説や、旧暦は稲作との結びつきも強いので、「長」は稲が毎年実ることを祝う意味から付いたという説もあります。どれもこの季節に相応しい説で、すてきです。

暑さのピークである8月に、冷房による夏の冷えを溜め込みがちで、血の巡りや代謝の滞りを感じることが多いです。熱さに負けて湯船に浸からずシャワーで済ませたり、運動不足であったり、自覚のある複数の原因はありますが、夏バテという程ではないのでやり過ごしています。

ただ9月にそのだるさを持ち越したままだと、気温の変化が大きくなるので、余計調子が上がらないという人も増えているそうです。これぞ、秋バテ!?

冷えと自律神経は密接に関係しており、自律神経の乱れで体内の機能もうまく回らなくなるという悪循環に陥るので、日々出来る体調管理には気を付けたいですね。

私は運動が出来ない (しない) 分、なるべくマッサージやツボを押すことで、滞りを流すように心がけています。知識はほとんどありませんが、東洋医学には興味があり、経絡とツボに関する本や、薬膳料理の本を読んだり、東洋医学の基本でもある「五臓六腑」の簡単なセミナーに行ったことがあります。

季節の変わり目や、身体が悲鳴をあげている時は、鍼治療に行くこともあり、西洋医学だけでは解明できない「身体の不思議」は間違いなくあるなと実感します。

みなさんも自然とツボを押していることってありませんか?私もさほど詳しくなくとも、重要なツボや、ツボとツボをつなぐ経絡をなんとなく意識しつつ、気持ち良いと感じる程度にマッサージをしています。

東京 赤坂のサンエア株式会社が展開するユニークなマッサージグッズ

道具としては、もちろん素手もありますが、全体の疲れを流し取りたい場合は、「政七つぼころりん」の出番。名前もかわいく、見た目もユニークなつぼころりんですが、本格的でかなり優秀な働きをします。

天然木で作ったコロコロのピンをツボに押し付けたり、上下左右にマッサージして使います。ゴム台座は程よい弾力性があり、力の強弱を付けやすいのです。

つぼころりんをはじめ、ブラシや、叩き用、フェイス用など、複数の個性的なマッサージアイテムを作っているのは東京赤坂にあるサンエア株式会社。こちらの企業は、オリジナリティにあふれ、人を健康にしてくれる商品を展開しています。

その使い方を気軽に学ぶための場を設けたり、動画や読み物を作るなど、人の健康サポート啓蒙に力を入れている企業姿勢に感銘を受けます。もちろん、商品を広く知ってもらう目的もありますが、商品を正しく且つ有効に活用してもらうための地道な活動です。

アフターケアサービスもしっかり。もしもピンが抜けたら付け直してもらえますし、かなり使いこんだブラシ類の修理・リフレッシュにも対応しています。たまに会社にもお伺いしているので、見せて頂いたことがありますが、20年以上 (!?) 使いこんだと思われるブラシも送られてきていました。

愛好家としては、使いこんだ自分だけのブラシが手放せないのだなあ、ここまで愛されるとメーカーの社長さんも本望だろうなと思います。

サンエアの看板商品でもあるブラシは、中川政七商店でもオリジナル仕様で作ってもらっていますが、「ブラシは髪をとかす道具」という一般概念を越えて、頭皮やフェイスライン、足裏までマッサージする道具としての提案があります。

「つぼころりん」の他に、マッサージにも使える「ヘアブラシ」も

私も今でこそ納得していますが、初めはこの斬新な発想に驚きました。そして実際に使いやすく、使い慣れると他に変わるアイテムが無い気がします。

健康ブラシ愛に溢れる個性的な社長さんのキャラクターも愛すべき方ですが、マーケティングだけでは得られないところから生まれたオリジナルティある「モノ」や「発想」には、尊敬すると同時に刺激を受け、負けじとそういったモノを生まねばなと、仕事面においても影響を受けている、長月の暮しの道具です。

<掲載商品>
政七つぼころりん (中川政七商店)
ヘアブラシ (中川政七商店)

 

細萱久美 ほそがやくみ
東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、
美味しい食事、美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。

文:細萱久美

こちらは2017年8月27日の記事を再編集して掲載しました

人間国宝がデザインした、暮らしに溶け込む「ござ」

こんにちは。中川政七商店のバイヤーの細萱久美です。
連載「日本の暮らしの豆知識」の8月は旧暦で葉月のお話です。旧暦の名前の由来は諸説ある場合が多いようですが、葉月の由来もやはりいくつか説があります。

新暦では9月上旬から10月上旬の秋にあたるため、「葉が落ちる月」の説が有力と言われていますが、他には、稲の穂が張る「穂張り月 (ほはりづき) 」という説や、雁が初めて来る「初来月 (はつきづき) 」という説、南方からの台風が多く来る「南風月 (はえづき) 」という説など多数あります。

新暦の8月はと言えば、秋の気配はまだまだ先のこと。暑さのピーク時期ですね。最近の猛暑振りには辟易 (へきえき) もしますが、暑い夏ならではの楽しみやモチーフもたくさんあります。

海水浴、花火、盆踊りなどのお愉しみや、ビールや最近大流行のかき氷も暑いほど食べたくなります。

毎夏話題になり、注意喚起されるようになった熱中症も、外を歩いているとすぐにクラクラしてくるので、他人事ではありません。太陽の光の下を歩くと、暑さとは別に、疲れを感じることはありませんか?

日傘も無ければ相当の紫外線を浴びることになります。紫外線が肌に良くないことは知られていますが、細胞の働きに影響を与えることで免疫力が落ち、結果疲れを感じるそうです。目からも紫外線の影響は受けるので、夏の外出時はサングラスをかけるのはファッション以外の効果もあるのだそう。

夏の休日の外出後は、昼寝 (夕寝?) をすると、疲労回復にもなり気分がすっきりします。その際は、水分を取らないと逆効果なのでお忘れなく。

「三宅松三郎商店」の「花むしろ」

私は、リビングでは床座りタイプで、通年はウールラグを敷いていますが、夏はイ草で出来た「花むしろ」も利用します。イ草は触感がさらりとし、座っても寝転がっても気持ちがよいもの。夏の昼寝にも最適です。

愛用の花むしろは、岡山県倉敷の「三宅松三郎商店」のものです。書籍「日本の暮しの豆知識」でも紹介していますが、三宅さんの民芸運動の流れを汲んだ長年変わらぬ丁寧なもの作り、季節や日本文化を大切にした丁寧な暮らしには、尊敬と憧れを抱いています。

イ草栽培の盛んな岡山県南部では、さまざまなイ草製品が造られてきました。その中で、模様を織りこんだござを、花ござとか花むしろと呼びます。

「三宅松三郎商店」は、1912年の創業以来、花むしろなどのイ草製品を製造し続けて、現在三代目の三宅隆さんと操さんご夫婦お二人で、イ草の仕入から製品の販売まで切り盛りをされています。

人間国宝「芹沢銈介」がデザインした、モダンでカラフルな図案

この工房は、民芸運動の一翼をになった人間国宝の染色家、芹沢銈介 (せりざわ・けいすけ) 氏がデザイン図面に関わったことがあります。今でもその図案集が大切に保管されており、工房にお邪魔した際に貴重な資料を拝見することが出来ました。

芹沢銈介氏の図案集
芹沢銈介氏の図案集

赤、緑、黄色などカラフルなストライプや格子状にデザインされた図案や試作品は、今見てもモダンで欲しい!となるものばかりでした。

当時の織り機は現在とは違うこともあり、再現の難しいデザインも多いのですが、シンプルでシックな色使いの花むしろは、現代の生活にも取り入れやすいと思います。

織りは機械と言えど、手仕事の行程が思った以上に多いのです。イ草の選別、染め、織ったら10メートルほどの長い花むしろを天日干し。

そのあと、サイズにカットして縁処理や手縫いで縫い合わせなどを施します。製造工程を拝見すると、体力仕事でもあり根気も必要で、価格がとてもリーズナブルに思われます。

何度かお邪魔していますが、毎回奥様の操さんが、お抹茶と和菓子でおもてなししてくださいます。その茶器をはじめ、ご自宅のインテリアには花むしろをはじめとする民芸品や工芸品が多く、そのどれもが毎日の生活に使われ、暮らしにとけ込んでいるのを感じます。

花むしろも、夏のイメージが強いですが、サイズによって畳敷きや、テーブルランナー、コースターなどいたるところに年中使うそうです。手入れもサッと拭くだけ、巻いたら意外と嵩張らず出し入れも気軽です。

醍醐味はやはり寝っころがって、すべすべ気持ちの良いイ草の心地よさを感じること。香りも穏やかで、気持ちの良い夏のお昼寝に欠かせない、葉月の暮らしの道具です。

<掲載商品>
花むしろ各種 (三宅松三郎商店)

<関連書籍>
日本の暮しの豆知識

細萱久美 ほそがやくみ
東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、
美味しい食事、美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。

文:細萱久美
写真:木村正史

こちらは、2017年7月30日の記事を再編集して掲載いたしました。

二〇一七 神無月の豆知識

こんにちは。中川政七商店のバイヤーの細萱です。

連載「日本の暮らしの豆知識」の10月は、旧暦で「神無月」のお話です。

神様はどこへ消えた?

その語源には諸説あり、「無」は「の」という意味で、神を祭る月から「神の月→神無月」という説が有力のようです。

また、10月には全国の八百万の神様が、一部の留守神様を残して島根県の出雲大社へ会議に出かけてしまうので、ほかの地域に神様がいなくなることから「神 (の) 無 (い) 月」になったという説もあり、反対に出雲の国では神様がたくさんいらっしゃるので「神在月 (かみありづき) 」と言います。

俗説ですが、後者の説が面白く、なるほどなと腑に落ちます。

島根県立古代出雲歴史博物館には、八百万の神様が大集合した『大社縁結図』が展示されています。出雲大社に集まった神様たちが木の札に男女の名前を書き、相談しながら「縁結び」しているところを描いてあり、なにやら神様を身近に感じられるので、出雲に行った際はぜひご覧いただくことをおすすめします。

そして、神無月は晩秋から初冬。お鍋の、季節です。

神無月は、新暦では10月20日~11月20日頃にあたります。

季節の変わり目で気温差の激しいこともあるので、服装は重ね着で徐々に冬の到来に備える時期ですね。また、食卓にはお鍋の登場が増えてくるのではないでしょうか?

簡単で栄養バランスも良く、身体も芯から温まるので我が家も鍋が大活躍し始めます。中でも土鍋が好きで、いくつか持っていますが、今回ご紹介するのはスープなど煮込みに似合う深鍋タイプの土鍋です。

土鍋

作り手は、京丹波の山の麓で作陶をされいてる石井直人さん。大学卒業後の1980年頃、倉敷民芸館のバーナード・リーチ作の染付を見たのがきっかけで陶芸の道を志したそう。京丹波の原野を開墾し、ご自身で築かれた登り窯で作陶をされています。作品全体からは力強くも生活に馴染む民芸の流れをどことなく感じます。

縁あって手に入れた深鍋は、厚みと重みもしっかりありますが、比較的柔らかい土でつくられたようで欠けやすさに気も使います。でも、その存在感に惹かれてキッチンでも常に見えるところに置いています。コトコトと煮込む時間や土鍋から感じる滋味深さが好きで、秋冬の使用頻度は高まります。

金属でなく、土鍋ならではの良さもある。

土鍋は金属に比べると熱伝導が悪く、温まるのには時間が掛かりますが、蓋をしておけばしばらくは熱々が続くほど保温力が高いのです。お味噌汁やスープなど食卓でおかわりをするメニューにはぴったり。沸かしなおす手間もなく嬉しいものです。

特に石井直人さんのこの鍋は深さがあるせいか、「まだこんなに熱いの?」と驚くほどの保温力。

土鍋で作るとなぜか美味しく感じるので、その理由を探ったところ、やはり温度がゆっくり上がる点が大きいようです。根菜は酵素が働きやすくなって甘みが増したり、煮崩れを起こすことなく余熱でも味が染みます。

お米も根菜同様に、ゆっくり火が回ると甘みは増すことがとある実験でもわかっています。また、火あたりがやさしいので、火があたっている部分とそうでない部分の温度差が少なく、炊きムラもできません。そういえば初めて土鍋でご飯を炊いた時の美味しさには感激した覚えがあります。

土鍋のふち。美しい釉薬が見える

石井直人さんは、最近はあまり個展もされないそうで、京丹後のご自宅に隣接したギャラリーで展示販売をされています。奥様の石井すみ子さんは、「暮らしのデザイン室」というコンセプトのギャラリー店舗を別棟で営まれており、ご自身でデザインされた台所用品や洋服、家具などの暮らしの道具を販売されています。お二人の作られる器や道具は、まさに生活から生まれ、お二人の人生さえも感じられる存在感があります。

教えたいような秘密にしておきたいようなギャラリーですが、ちょっと人里離れた場所にひっそりと佇むので、ご興味のある方は行かれる前にご連絡されることをおすすめします。

美しく、愛すべき土鍋があることで、ささやかな幸せを感じることが出来る神無月の暮らしの道具です。

<掲載情報>
石井直人 独華陶邑

細萱久美 ほそがやくみ
東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、
美味しい食事、美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。

文:細萱久美
写真:杉浦葉子