ふわりととろけてクリーミー。ひと鍋で3度おいしい、佐賀・嬉野の郷土食“温泉湯豆腐”。

ただの湯豆腐、と思うことなかれ。

おそらく、みなさんが想像する湯豆腐とはまったく別の代物だ。熱々をほおばると、ふわふわのやわやわ。そのまま消えてしまうのかと思いきや、いやいや、どうして。もっちりなめらかで、クリーミーな食感が舌先を喜ばせ、大豆の旨味とやさしい香りが口の中にほわわと広がる。こんな湯豆腐を、味わったことがあるだろうか?

知る人ぞ知る、郷土の味わい。

「温泉湯豆腐とはもともと、嬉野温泉の旅館の朝食で楽しまれてきた料理です」

大学卒業後は豆腐屋とは縁もゆかりもない旧運輸省(現・国土交通省)に勤務。2000年に地元に戻り、経営の基本を学ぶため実家の豆腐屋に入社。「腰掛けのつもりが、豆腐にどっぷりはまってしまいました(笑)」

そう話すのは、昭和25年創業の豆腐専門店「佐嘉平川屋」(平川食品工業)代表取締役の平川大計さん。中川政七商店の工芸再生支援を受け、地元・佐賀に新たな風を起こそうと奔走する3代目店主である。

嬉野温泉といえば、佐賀県を代表する温泉地。1300年以上の歴史を誇り、島根県の斐乃上温泉や栃木県の喜連川温泉とともに「日本三大美肌の湯」と称される。

「その泉質は、無色透明の弱アルカリ性。成分にナトリウムが多く含まれているため、角質化した皮膚をなめらかにして、肌をすべすべにしてくれる。そんな温泉水で豆腐をコトコト炊くと‥‥それはもう、とろけるような食感になるんです」

天然の温泉水を利用するこの名物は、だからこそ長いこと地元の人や旅行客といった、ほんの一握りの人にしか知られていなかった。

そこに一躍、汎用性をもたせるよう進化させたのが同社である。

「30年ほど前のこと。先代の父が、地元の人たちから『温泉湯豆腐をもっと気軽に味わうことはできないだろうか』と相談を受けて、それならば、と温泉水と同じ成分の調理水を開発。これによって家庭でより手軽に温泉湯豆腐が楽しめるようになったんです」

とろけてこそ、おいしい豆腐づくり

温泉と同じ成分の調理水があれば、どんな豆腐でもおいしい温泉湯豆腐になるのかといったら、残念ながらそうはいかないようである。見るからに柔らかそうな絹ごし豆腐を使っても「溶けやすいかもしれませんが、ふわふわとした食感やクリーミーな味わいにはならないのでは」。

大事なのは、とろけてこそおいしい豆腐づくり。

「大豆の力を最大限生かすのは大前提。そのうえで絹ごしなら絹ごしの、おぼろ豆腐ならおぼろ豆腐に適したつくりがあるように、温泉湯豆腐として味わうにふさわしいかたちに仕上げることが大切です」と平川さん。

同店の温泉湯豆腐は木綿豆腐。はじめはやや硬め。火を入れるとあんなにトロリとするのがにわかには信じられない

「うちでは溶けやすいけど溶けすぎず、よりふんわりとした食感が楽しめるようにと工夫した木綿豆腐を採用。さらに豆腐の素になる豆乳の濃度を適度に上げることで、よりクリーミーな味わいを実現しています」

創業より70年以上続く豆腐専門店ならではの技と矜持がそこにある。

豆腐文化を受け継ぎ、新しく創造し続ける

「温泉湯豆腐」のほかにも、佐賀県には職人が櫂入れ(かいいれ)をしながら寄せる「おぼろ豆腐(ざる豆腐)」や、豆乳にでんぷんを加えて固める「呉豆腐」など、豆腐を使った郷土食が数多く存在する。

「その理由は、佐賀県が大豆の一大産地だからです。意外と知られていませんが(笑)」

 7月になると隣町にある工場周辺には青々とした大豆畑が広がる(画像提供:平川食品工業)

日本で有数の大豆生産量を誇る佐賀。しかも栽培される大豆のほとんどが、高たんぱくですっきり雑味のない甘さの〝フクユタカ〟だという。「これは豆腐づくりに適した品種であり、全国各地のお豆腐屋さんがわざわざ取り寄せて利用するほどです」

良質な大豆が身近にある。そんな佐賀の人々の暮らしのなかに豆腐文化が自然と息づいているのは当然の理なのだ。

「佐賀の各地で多彩に楽しまれている豆腐料理をもっと多くの方に知ってほしいし、実際に味わってほしいと思うんです」と平川さんは言う。

「佐嘉平川屋 嬉野店」では多種類の豆腐メニューが堪能できる。

「温泉湯豆腐の美味しさをもっと多くの皆様に知っていただきたい」と2010年に満を持してオープンした嬉野店の店内では、「温泉湯豆腐」「濃い豆腐」「豆腐もち」「佐嘉おぼろ豆腐」といった豆腐商品が数多く販売され、さらに当店でしか味わえない豆腐料理もずらりと揃う。

多種類ある商品のパッケージをリニューアル。

たとえば「平川屋パフェ(豆腐ソフトクリーム)」。老若男女問わず人気のメニューである。

なんという幸せな見た目‥‥

呉豆腐の上に豆乳ソフトクリームを盛り、豆乳白玉をちょこんと3つ載せてある。黒蜜ときなことの相性も抜群だ。このボリュームながら食味が軽いためなのか、誰しもあっと言う間に平らげてしまうという魅惑のデザート。

ほかにも豆腐を熱々ご飯にのせた平川さんのソウルフード「豆腐どんぶり」や「冷や汁定食」。蜂蜜と柚子を加えることで豆乳が苦手な人でも楽しめる「とろ〜り冷たい柚子蜂蜜豆乳」などなど。

「昔ながらの豆腐文化をしっかりと継承しつつ、その魅力をいろいろなかたちで伝えること。そして今までにない食べ方を創造しながら、新しい豆腐文化を築いていくことも、私たち豆腐屋の仕事なのかなと思っています」

〝温泉湯豆腐〟は鍋料理。豆腐→肉や野菜→ご飯のすすめ。

今回、平川さんが提案するのは「温泉湯豆腐」の新しい食べ方だ。

「これまで温泉湯豆腐は、あくまで豆腐を味わうための料理でしたが、それだけではもったいない。豆腐を食べた後の鍋中には豆腐の成分が溶け出た煮汁が残っていて、旨いんです。これを使わない手はないな、と」

そこで湯豆腐から鍋料理へ。温泉湯豆腐の食べ方を進化させた。

「とはいえ、まずは温泉湯豆腐の基本的な食べ方から。正しい食べ方を知らなければ、温泉湯豆腐の真の美味しさを楽しむことができません」

まずは鍋に調理水と、適度にカットした平川屋特製の豆腐を投入。強火にかける。

必ず調理水と豆腐を一緒に入れてから火にかけること。

5分ほどすると調理水が湧いて、豆腐が少し溶けて崩れてきた。

もうそろそろだろうか……と手を伸ばそうとすると、すかさず「まだです!」と平川さん。「豆腐にカドがあるうちはまだだめです。我慢です」

なるほど。我慢、がまん。さらに5分ほどすると透明だった調理水がトロリと白濁し、豆腐のカドもとれてきた。もういいですか?

豆腐が溶けて調理水が白濁してきます。

OKサインが出たところで、まずはそのまま一口。次に同店特製のポン酢や胡麻だれでいただくのが「佐嘉平川屋」流である。

こちらは胡麻だれ。クリーミーな豆腐の旨味にごまの風味が絡みつく

その味わいたるや‥‥冒頭の通りだ。

「豆腐をいただいたら今度は白濁した汁に、好みの野菜や肉、魚を入れて豆乳鍋としてお召し上がりください。調理水の成分のおかげで、素材がくたっと柔らかくなるんですよ」

今回は季節の野菜を入れたシンプル鍋に。ほかにも豚肉を入れてしゃぶしゃぶしてもよし、きのこを加えた味噌鍋や、魚介を入れてチゲ鍋にしても美味だとか。

面白いのは、いわゆる豆乳鍋とは違うところ。

豆乳は、ともすれば大豆のくどさを感じることがあるけれど、まろやかな豆腐から溶け出たエキスは、それだけでやさしい旨味のスープである。そこに野菜や肉を加えれば……旨くないわけがない。

「そして最後はご飯を入れて雑炊に。僕はこれが一番好き。この雑炊を食べるために温泉湯豆腐を食べるといっても過言ではないくらい(笑)。本当に旨いですよ」

雑炊にはお好みでポン酢や胡麻だれをかけて。チーズを入れても美味しいとか。

濃厚でまろやかなスープにご飯粒が絡み合い、まるでリゾットのような味わいに。

温泉湯豆腐にはじまり、野菜鍋から雑炊まで。1度に3度。ひと鍋で3つのおいしさが味わえる。お腹も心も満足のいくヘルシーな味わいだった。

お店で提供される「温泉湯豆腐定食」。なんと豆腐とご飯はおかわり自由!

「全国どこでも自宅にいながら、佐賀ならではの豆腐文化をゆっくり楽しんでほしい」と、同店では通信販売を実施。調理水と温泉湯豆腐用の豆腐に加え、オリジナルのポン酢や胡麻だれが一緒になったセットもあり。

画像提供:平川食品工業

「これが湯豆腐!?」という驚きの食感と味わいをぜひ、自分の舌で実感してみて。家族や友人への贈り物にも最適。喜ばれること請け合いだ。

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<取材協力>
佐嘉平川屋
0120-35-4112
https://www.saga-hirakawaya.jp/

佐嘉平川屋 嬉野店
佐賀県嬉野市嬉野町大字下宿乙1463

文:葛山あかね
写真:藤本幸一郎

和傘CASAが仕掛けた、日本一の和傘産地の逆襲。

長良川てしごと町家CASAを訪ねて

「日本一の和傘産地の逆襲!築100年の町家を伝統工芸体験拠点『CASA』にしたい!」

そんな目標をかかげ、わずか1ヶ月で目標額の150%にあたる300万円のクラウドファンディングに成功。

2018年5月にオープンしたのが、岐阜和傘専門店「和傘CASA」です。

建物は「長良川てしごと町家CASA」として、和傘販売のほか、活版印刷の工房も併設されています

築100年の町家を改装した店内には常時、蛇の目傘、番傘、日傘と60本近くが揃い、実際に手にとってその手触りや柄の美しさを確かめることができます。

お店があるのは岐阜城のお膝元、風情ある町なみが残る岐阜市川原町。

鵜飼で有名な長良川がすぐ近くを流れます。

お店を出て見上げると金華山のてっぺんに岐阜城がそびえ立ちます

実は岐阜は日本の和傘の7割近くを作る日本一の和傘産地。

しかしCASAが誕生するまで、岐阜県内に和傘を扱うお店は一軒もありませんでした。

「ピーク時は600軒あった問屋さんも今ではわずかに3軒です。

それに問屋さんはあくまでも卸すのがメイン。一般の人が欲しいと思っても、目にすることすらかなわない状況でした」

そう振り返るのはCASA立ち上げ当初からお店を見守ってきた店長の河口郁美さん。

「始めるときには、売れないよと老舗の問屋さんから言われましたね。

でも、岐阜の人ですら和傘の存在を知らないということに危機感を覚えたんです」

今日はそんなピンチから始まった、「和傘産地の逆襲」のお話です。

はじまりは「おんぱく」から

「もともと地域にある文化が、外から見ると面白くて貴重である、ということは地元にいるとなかなか気付きにくいんですよね。

そういう見出されていない魅力を一堂に集めて発信するために、10年ほど前から『おんぱく』をやり出したのが私たちの原点です」

温泉泊覧会、通称「おんぱく」はもともと2001年に別府で始まった取り組みで、今や全国に展開される地域活性の手法。

中でも「長良川おんぱく」は、流域ならではの体験・アクティビティが100以上開催され、全国の開催地の中でも最大規模を誇るそうです。

事業の切り盛りにあたり、「長良川おんぱく」事務局を軸に長良川流域の持続可能な地域づくりを支援する、NPO法人ORGANが設立。

これが、のちの和傘CASAを運営する母体になっていきます。

「イベントは毎年秋に開催していたんですが、そうすると季節的にお見せできない魅力もありました。

おんぱくで体験を提供されている漁師さんや猟師さん、農家さんなどの魅力を伝えて、いつでも商品が購入できるようにしたいと、はじめにオンラインショップを立ち上げました。

そこから、今度は町なかにも、職人さんたちの商品をいつでも手に取れる場所が欲しいねと話すようになりました」

こうして長良川流域で作られたものだけを扱うセレクトショップ「長良川デパート 湊町店」が2016年6月にオープン。

この時お店で扱っていた工芸品が、岐阜名産である提灯と和傘でした。

岐阜和傘につのる危機感と、新たな出会い

取り扱う品物の中でも河口さんたちが気にかかっていたのが、和傘。

日本一の産地であるのに、地元の人でも詳しく知らない。作り手も問屋さんも減っている。一般の人が興味があっても、買うお店がない。

危機感がつのる中、一人の職人さんとの出会いがありました。

税理士事務所職員から和傘職人へ異色の転職を果たし、修行中だった河合幹子(かわい みきこ)さんです。

「着るものが和服から洋服に変わって、今では和傘をさす人をほとんど見かけないですよね。

でも河合さんの作る傘を見たときに、とてもポップだなと思ったんです。和傘イコール和服、ではなくて、洋服にも合いそうだなって」

たとえ現状は厳しくても、手を止めずに仕事を続けてきた職人さんや問屋さんがいる。そこに続こうとする若手の職人さんもいる。

伝えることが、やるべきことだ。

そう決心し、見事にクラウドファンディングを実らせて、岐阜県内で唯一の和傘専門店CASAが2018年の春にオープンしました。

CASAで扱う和傘の中には、同時期に独り立ちした河合さんのブランド「仐日和 (かさびより)」の傘も。

中でも桜の花びらをかたどった傘が美しいとSNSで注目を集め、河合さんとその傘を扱うCASAの取り組みは、一躍脚光を浴びることとなりました。

「河合さんの傘は、CASAでしか買えないんですよ。お店のオープンと彼女の独立が重なって、岐阜和傘ブランドを一緒に育ててきたような気持ちですね」

他にも店内では市内の問屋さんや、独立して自分のブランドを持つ職人さんの和傘などを幅広く扱います。

「CASAを立ち上げたことで、初めて横のつながりができたように思います。

長良川デパートだけだった時は、お客さんも岐阜に和傘があることを知らずに、一目惚れして買う方がほとんどだったんです。

それが専門店ができたことで、和傘が欲しいと思う人に直接、岐阜和傘の存在が届くようになった。

CASAのことを知った人がお店に足を運んでくれて、こんなに和傘を欲しいと思う人がいたんだと、私たちも気づくことができたんです。

これでようやく、みんなで岐阜和傘を残していこうという気運が高まってきたように思います。ここまで繋いできてくれた職人さんや問屋さんには、感謝しかないですね」

最近では和傘づくりに欠かせない、骨やろくろの部品職人をサポートするクラウドファンディングにも成功し、今まさに育成事業を始めているところだそう。

「和傘って何万円というお買い物で、お客さんも気に入ったものをよくよく選んで、惚れ込んで買うものかなと思います。

だからふらっとお店にきてくれた人が、すぐその場で買わなくっても構わないんです。お店を通して、和傘をいつか欲しいなと思う人を増やすのが、私たちのミッションです」

「岐阜に美しい和傘あり」を声を大にして伝える拠点を得て、日本一の和傘産地の逆襲はこれからが本番です。

<取材協力>
和傘CASA
https://wagasacasa.thebase.in/
岐阜県岐阜市湊町29番地

【季節のしつらい便】楽しみながらも伝統文化に触れる 端午の節句

5月5日はこどもの日ですね。
こどもの日といえば、鯉のぼりを飾ったり、柏餅を食べたり、菖蒲の湯に入ったり。
でも、何故鯉のぼりを飾り、かしわ餅を食べるのか・・実は詳しく知らずに風習として行っていることではないでしょうか。

実際、私自身も親になって初めて気づくことがとても多いです。
今年5歳になった息子に、日本の伝統文化について話したいけれど、子どもでもわかりやすく伝える・・となると自分の知識のなさに気づかされます。

季節のしつらい便 端午の節句の内容物

楽しみながらも伝統文化に触れるきっかけとして何かないかと考えていたところ、「親子でつくる端午の節句 季節のしつらい便」が登場。
そこで、早速子どもとやってみました。

「鯉のぼり一緒につくってみる?」と聞いたところ、

「やってみたい!」と即答。

「なんで鯉のぼりを飾るかわかる?」「柏餅食べたの覚えてる?」など、始める前に少し質問してみました。

まだ先の行事ではありますが、分かりやすく書かれている冊子を先読みして子どもに分かりやすいような言い回しで伝え、興味を持ったところで作業スタート!

3種類の鱗の形のプレートが入っている

最初はドキドキしながら、慎重に鱗の模様をスタンプしていきます。
鱗の形のプレートが3種類入っているので、子どもでも自分でプレートを押さえながら簡単にスタンプを押すことができました。

慣れてきたら自分でスタンプ台紙の形を選んで、得意げにポンポンと言いながらリズムを打つように進めていきます。

「こういう風にするともっとお魚のうろこみたい!」
「今度は反対向きでやってみる!」

スタンプを押すごとに段々と出来上がってくるのが楽しくなったようで、あっという間にスタンプが押された鯉のぼりが完成しました。

目を入れる作業は、自分で完成させたい子どもの気持ちを優先して、少しはらはらしながらも見守ります。
自分なりのこだわりをもって最後まで描ききってくれました。
最後に、ひれをのり付けし、紐を通すのは私と一緒に‥

「やったー完成!」

自分でつくった鯉のぼりは特別のようで、中を覗いてみたり高く掲げてみたりして喜んでいました。

出来上がった鯉のぼりを前に、付属の冊子をもう一度読み聞かせ。

「こどもの日は鯉のぼりを飾って神様に僕の場所を知らせないと!」
と、子どもなりに鯉のぼりを飾る意味や行事を行う大切さを理解してくれているように感じました。

伝統文化を伝える!と固く考えすぎずに、子どもの成長を感じながら一緒に楽しむことで、自分自身改めて日本の伝統文化の意味を深められるとてもいい時間になりました。

今年はお家で過ごす時間も増えていることと思います。
子どもと行事を楽しみながら、家にいる貴重な時間が有意義なものとなりますように。

なぜ、中川政七商店が奈良のまちづくりを?ー工芸再生とまちづくりの関係とはー

中川政七商店創業の地、奈良。1716年に奈良晒の問屋業を始めて以来300有余年、私たちはこの場所で商いを続けています。

中川政七商店ではこれまで、全国各地のつくり手と工芸をベースにしたものづくりに取り組む傍ら、工芸メーカーの再生支援や合同展示会を開催するなど、あらゆる方面から工芸に携わってきました。

1985年ならまちにオープンした「遊 中川 本店」の様子

そんな中川政七商店はいま、「N.PARK PROJECT(エヌパークプロジェクト)」と名付けた奈良のまちづくりに取り組んでいます。

これは、2021年4月に開業の複合商業施設「鹿猿狐ビルヂング」を拠点とし、経営講座や事業支援、コワーキングスペースの運営などを通じて、改めて奈良に向き合い、まちをよりよいものにするためのプロジェクト。

なぜ、いちメーカーがまちづくりを?
なぜ、誰の頼みでもないのに?

そこには、工芸衰退への大きな危機感がありました。

1社だけの経営再建では、産地の衰退がとめられない

中川政七商店ではこれまで「日本の工芸を元気にする!」というビジョンのもと、全国各地のつくり手とともに、さまざまな暮らしの道具をつくってきました。

また、産地の盛り上がりを牽引する「産地の一番星」をつくるために、波佐見の「マルヒロ」や燕三条の「庖丁工房タダフサ」をはじめとして、工芸メーカーの再生支援にも何十社と携わっています。

初の経営再生・マルヒロによる「HASAMI」

しかし1社の経営再建はうまくいっても、工芸全体で見ると、つくり手の減少や経営難による事業縮小は、予想以上に早いスピードで進んでいます。産地全体としての出荷額は、今もなお下降の一途をたどっているのが現実です。

産地の衰退には、工芸が分業で成り立っていることにも原因があります。

例えば焼き物の場合、生地をつくる「生地屋」、成形に必要な型をつくる「型屋」、陶磁器を焼く「窯元」は、それぞれにわかれています。

そのため、たとえ窯元だけを経営再建しても、生地屋や型屋が廃業となると、その工芸品自体がつくれなくなり、産地全体が打撃を受けてしまうのです。

キーワードは「産業革命」と「産業観光」

そんな中、私たちは「すべての工程が1か所で完結すれば、その産地の衰退を防げるのでは」と考えるようになりました。

先ほど例に挙げた焼き物であれば、産地の一番星である窯元が、自分たちで生地屋や型屋までやってしまおう、ということです。製造工程を統合する新しい産業が実現できれば、工芸の世界に「産業革命」が生まれるはず。

ただし分業をやめ、ものづくりの工程を集約するためには、膨大な投資額も必要。産地の衰退を防ぐためとはいえ、なかなか儲からない工芸の世界では、投資をしても見合わない現実があるのもまた事実です。

では成立させるためにどうするか。
そこで行きついたコンセプトが「産業観光」でした。

これまでは産地に小さな企業が点在していたため、観光に訪れたお客さまがものづくりの現場を一貫して見ることは、なかなか叶いませんでした。

その散り散りになっているものづくりの現場を1か所に集めて、お客さまがいつでも来られるように場を整えておけば、その地のものづくりに触れやすくなり、産業観光が成り立ちます。

つまり製造工程を1つの場に集めることは、その一部の工程が欠けてしまうのを防げるだけでなく、お客さまも招きやすくなります。

2017年に中川政七商店も共同開催した産業観光イベント(福井県鯖江市「RENEW」の様子)

百聞は一見に如かず。
普段知ることのないものづくりの様子を覗くことで、さらに愛着が沸いたり、使うたびにその土地の空気や景色を思い返したりと、ものづくりへの興味が一層増していくはず。こうした産業観光がもたらしてくれる、ものづくりへの共感は、私たちにとっても、産地のつくり手にとっても、これ以上なく嬉しいことです。

中川政七商店流「奈良のまちづくり」とは

一方で、ものづくりの場所を1か所にまとめるだけでは、人はわざわざその地に足を運びません。まちを訪れたいと思ってもらうためには、おいしい飲食店や心地よい宿など複数の魅力あるコンテンツがあること、つまりはまちづくりが必要です。

では、それをどのように増やしていくのか。

中川政七商店は、かつて自分たちの経験を活かして各企業の経営再生をしたように、まちづくりにおいても、まずは本拠地である奈良で自分たちがそのモデルケースをつくろうと決意しました。

その拠点として、中川政七商店にとって初となる複合商業施設を2021年4月に開業します。

2021年4月に奈良に開業の複合商業施設「鹿猿狐ビルヂング

奈良には千年以上続く伝統工芸「一刀彫」や「奈良筆」をはじめ、中川政七商店でもロングセラーを誇る「かや織」のふきんなど、数多くのものづくりがあります。

そうした工芸とともに個性あふれるお店が集い、その地に行かないと体験できない魅力がたっぷりと詰まったまちをつくりたい。
古の歴史の深さと、おおらかな新しさ。奈良に住まう人も訪れる人も、足を踏みいれた先々で、そこにしかない出会いを楽しめるようなまちになればと思います。

スモールビジネスで奈良を元気にする!

目指すのは、「スモールビジネスで奈良を元気にする!」こと。

スモールビジネスとは、お店や事業を無理に拡大することなく、店主とお客さまが顔を合わせて会話を楽しめるような、昔ながらの小商いのイメージです。

たとえば、2020年に奈良にオープンしたスパイスカレー店「菩薩咖喱」では、奈良でカレー店を営みたい若い店主を、中川政七商店がサポート。経営にまつわる計画書や会計の仕組み、ブランディングに関するアドバイスや広報サポートを提供しました。

オープン後は3年で目指した売上目標を2か月で達成し、順調な滑り出しとなりました。

2020年に奈良の川東履物商店からデビューしたヘップサンダルブランド「HEP」。こちらは、熱い志をもつ跡継ぎが、中川政七商店の主催する経営講座を受講したことがきっかけで誕生しました。講座を通じて経営のノウハウやブランドの組み立て方などへの理解を深め、発売後は全国のセレクトショップを中心に人気を博しています。

このような奈良のまちづくりの拠点として、中川政七商店では、初のコワーキングスペース「JIRIN」をならまちにオープン。菩薩咖喱やHEPのように「お店を開きたい」「ブランドを立ち上げたい」と考えている方々に、これまで私たちが積み重ねてきた事業のノウハウを提供し、こうしたスモールビジネスがたくさん生まれる環境づくりを目指しています。

奈良には工芸のみならず、人々から愛される奈良公園の鹿や、千年以上昔からこの地を見守ってきた大仏さまなど、長い歴史の中で紡がれてきた魅力がたくさんあります。

そこへさらに、いいお店やいいものが増えていったら、奈良はもっと魅力ある場所に変わるはず。私たちがこれまで取り組んできた経験が、きっと活かせると思うのです。

一見すると全く関係がないように思える、工芸と奈良のまちづくり。
しかしそこには、あらゆる方面から工芸を元気にしたいという、私たちの想いがこもっています。

これまでにない方法で、奈良を魅力ある都市にしていきたい。
中川政七商店は、新たな一歩を踏み出しました。

<施設情報>
鹿猿狐ビルヂング
〒630-8221 奈良県奈良市元林院町22番
0742-25-2188

産地から学んだ日本の食を、食卓で。「産地のごはん」シリーズのすすめ

日本各地に工芸と並んで受け継がれているもの。

それが、土地の風土が育んだ、食文化や郷土料理です。

そこから学んだおいしさを家でかんたんに味わえる「産地のごはん」シリーズをつくりました。

産地のカレーに始まり、今回新たに「産地のおかず」と「産地のおかずソース」がデビュー。中川政七商店が考える日本の「おいしい」魅力をご紹介します。

まだ知らない日本の食を、食卓で味わう。「産地のカレー」

産地のごはんとして真っ先につくろうと決まったのが、日本の国民食ともいえるカレー。各地の郷土食をヒントに、自宅で気軽に楽しめるレトルトカレーをつくりました。

現在のラインアップは佐賀・有田から「根菜の煮ごみカレー」、栃木から「益子のビルマ汁」、岐阜・白川郷の「牛すじすったてカレー」に、滋賀「近江黒鶏の黒カレー」、大分の「ねり胡麻と鯖のカレー」、愛知から「手羽先の八丁味噌カレー」と全6種類。
今後も続々新作が登場する予定です。

後引くおいしさ、「益子のビルマ汁」 

関東屈指の焼き物産地として知られる栃木県益子。そのご当地名物である「益子のビルマ汁」は、かつてビルマ (現ミャンマー) に出征した兵士が、現地で食べたスープを戦後に手に入るもので再現したのが始まりです。

豚バラ肉と夏野菜を煮込み、トマトとカレー粉、唐辛子で風味を加えた、後引くおいしさのスープ。ごはんだけでなく、うどんやパンとの相性も抜群です。

甘さとスパイシーさを兼ね備えた「根菜の煮ごみカレー」

佐賀の郷土料理「煮ごみ」をもとに、鶏肉と根菜を煮込み、トマトの酸味とスパイスをきかせたカレーをつくりました。根菜のほっこりした食感、煮物のほっとする甘さの後にくるスパイシーさが特長です。

「産地のおかず」で、いつもの食卓にご当地の彩りを。

各地の郷土料理や食文化からヒントを得てつくった「産地のおかず」シリーズ。ちょっと材料を足すだけで簡単におかずが一品完成します。アイデア次第でアレンジレシピも自由自在。岐阜の「赤味噌の鶏ちゃん」、愛知の「牛すじと蒟蒻八丁味噌のどて煮」、福井県鯖江の「根菜と厚揚げのぼっかけ」など、いつもの食卓にご当地の彩りを添えます。

赤味噌の鶏ちゃん

岐阜のご当地グルメ「鶏ちゃん(ケイチャン)」は、鶏肉と野菜の味噌炒めのこと。鉄板などで自分で焼くスタイルが基本で、炒められた味噌の香りが食欲をそそります。パウチの中には濃いめの赤味噌で味付けされた鶏肉が入っているので、キャベツやもやしなどを加えて加熱すれば、あっという間に鶏ちゃん風炒めの出来上がり。しっかりとした味のおかげでたくさんの野菜と共に食べられます。ごはんがすすむ一品です。

牛すじと蒟蒻八丁味噌のどて煮

愛知の郷土料理「どて煮」風に八丁味噌と三温糖で牛スジとこんにゃくをじっくりと煮込みました。仕上げには刻んだネギをたっぷりのせてどうぞ。豆腐やゆで卵と一緒に煮込んでもおいしい一品に仕上がります。

これひとつで味が決まる「産地のおかずソース」

山椒にかぼす、味噌など、各地の郷土料理にはその土地ならではの食材や調味料がアクセントとして使われています。そんな地域の食文化をベースにお肉、お魚、野菜、麺など様々な料理に使える「産地のおかずソース」をつくりました。

他の調味料を加えなくても、ひと手間かけたような味わいに。使いやすいスパウトパウチで、スプーンいらずで料理の味付けにさっと使えます。

【愛知】八丁味噌と無花果のソース

愛知の特産品である無花果と八丁味噌にアイデアを得て、洋食に合うフルーツのソースをつくりました。こってりとしたコクと甘さのある果実の味わいは、お肉や根菜を使った料理におすすめです。

ご当地の味を、ご当地のうつわで。産地のうつわシリーズ

実はこうした「産地のごはん」シリーズは、日本各地のうつわを揃えた「産地のうつわ きほんの一式」をヒントに誕生しました。

益子に有田、岐阜の美濃焼など。産地ごとに特徴の違ううつわを暮らしの中で気負わず使えるよう、マグカップや飯碗、プレートなど、一式あれば三度の食事をまかなえる、最小限で最大限活躍するうつわを揃えています。

こちらは益子焼の「きほんの一式」。他に有田焼、美濃焼、信楽焼、瀬戸焼、小鹿田焼の全6産地を揃える
こんな各地の豆皿シリーズも。写真は有田焼

例えば益子のビルマ汁を益子焼のうつわに盛り付けてみる。有田焼の豆皿に産地のおかずを添える。そんなちょっとした取り合わせで、日本各地を旅するような気持ちが家の中で味わえるかもしれません。

食も工芸も、風土と人がつくるもの。

おうち時間に、まだ知らない日本の食を食卓でお楽しみください。

特集「産地のごはん」はこちら

工芸を中心としたものづくりメーカーが集う展示会「大日本市」出展者募集のご案内

全国のものづくりメーカーの皆さまへ展示会の出展のご案内です。

中川政七商店が主催する、工芸を中心としたものづくりメーカー(工芸・食品・化粧品等)が集う合同展示会「大日本市」の出展者を募集いたします。

前回2020年3月の開催時には出展者54ブランド、バイヤーの来場3,000名を突破しました。次回は更に規模を拡大して出展者80社を募集し、2021年6月23日~25日5月19日~21日(新型コロナウイルスの影響により延期)、WHAT CAFE/E Hall(東京・天王洲アイル駅)での開催を予定しています。

そこで、今日は全国のものづくりメーカーの皆さまに向けて、合同展示会「大日本市」の特徴をお届けしたいと思います。

中川政七商店が全力でサポート。合同展示会「大日本市」の特徴とは

合同展示会「大日本市」は、“つくり手と伝え手をつなぐ”をミッションに、全国の工芸メーカーと小売店バイヤーが集う場として、約3,000名のバイヤーが訪れる展示会です。
主催の中川政七商店が、メーカー目線で商談性の高い展示会を目指し、出展者を全力でサポートします。

特徴①高い商談性
出展者は地域のものづくりメーカーに限定しています。
日本のものづくりが好き、仕入れたい、という共感度が高いバイヤーが多く来場されます。

特徴②出展サポートの充実
什器の貸出と造作工事の代行を行っている為、出展コストが抑えられます。
また、出展者への説明会や接客勉強会を開催するなど、出展サポートも充実しています。

特徴③複動的なプロモーション
展示会のPRはもちろん、メディアや一般消費者向けの情報発信も充実しています。
・SNS、noteへの掲載
・メディア向けの発信と来場促進
・一般消費者向けのEC販売


2011年の初開催以来、出展者・来場者ともに「学び・教育」をキーワードに、接客勉強会やトークイベント等を開催し、「大日本市」を通じてメーカー・バイヤーがともに成長できる環境をつくってきました。
展示会の場だけではなく、工芸メーカーが集うプラットフォームの仲間としてともに成長し、工芸産地の未来を切り開いていくことを目指します。

これまでの実績についてはこちらをご覧ください。

リアルの場を活かす。2021年6月の「大日本市」目玉企画

前回2020年2月に開催以降、新型コロナウイルスによる影響で1年以上リアルの場での展示会開催は見合わせることになりました。オンラインでの展示会は開催しましたが、リアルの場で得られる体験は替えがたいものであることを実感しました。
そこで、次回の展示会は「ものづくりに触れる体験」「人と人のつながり」に重きをおいた企画を進めています。

目玉企画①試して、納得して、選ぶ。まるごと試せる展示会

工芸は、見た目の美しさや言葉だけでは、その魅力のすべてを伝えきることが難しいものです。百聞は一体験に如かず。実際に試してみることで、思わぬ使い心地のよさや、機能性に気づいてほしい。そんな思いで、体験コーナーを設置し、バイヤーが調理器具や食器などを試せるようにします。

目玉企画②第三者の声をお届けする「語り部大日本市」

実際に商品を使っている人の言葉には説得力があります。
ものづくりが好きで、つくり手に共感のある「語り部」を増やすことも私たちのミッションだと考えます。
「我こそはこの商品の語り部だ」という情熱を持った方を集め、語ってもらうことで、バイヤーにその熱意が伝わるようなイベントを目指します。
一般生活者に使ってもらい記事にしたり、バイヤーやプロの料理家の皆さまにレビューいただく予定です。

開催概要

日時:2021年6月23日~25日5月19~21日 
※新型コロナウィルスの影響により延期となりました。

場所:東京都品川区東品川2丁目1番地 WHAT CAFE/E Hall
(東京モノレール/りんかい線 天王洲アイル駅 徒歩5~6分程度)

出展社数:80社程度

出展対象者:日本各地のものづくりメーカー(工芸・食品・化粧品等)

※新型コロナウイルスによる社会情勢により、開催中止、もしくは開催形態を変更する可能性がございます。決定後速やかにご連絡させていただきます。ご了承ください。



中川政七商店が合同展示会を主催する理由

最後に、いちメーカーである中川政七商店が合同展示会を主催する理由を少しだけお話します。
それは、私たちが掲げる「日本の工芸を元気にする!」というビジョンにつながっていることに他なりません。

つくり手が元気になるためには、「欲しい」と思う人にしっかり届く、流通の出口が大切です。
かつて中川政七商店が販路を開拓しようと考えたとき、出展したいと思える展示会になかなか出会えませんでした。ないなら、自らつくる。本当の意味で全国の工芸メーカーが自立し、事業を継続していくために、つくり手それぞれが意思をもって売り手や使い手と向き合う場をつくりたい。
そんな思いから大日本市構想ははじまりました。

大日本市に集うつくり手は、自らの意思と価値観を大切に、日々ものづくりに精進しているメーカーを選んでいます。出展メーカー同士がお互いに高めあい、一緒に成長することを目指します。