毎日、肌が気持ちいい。呼吸する麻のインナー「更麻」はこうして生まれました

日々、自分が心地よくいられる選択肢として、インナーを変えてみる。この春、そんな提案をしてみたくなる、肌に気持ちのいいインナーが誕生しました。

名前は「更麻 (さらさ)」。

中川政七商店がはじめて取り組んだインナーブランドです。





実はもともと、デビュー予定は2019年の春。

しかし発売直前に、1年の延期が決定。この春を迎えるまでは、波乱万丈の一途でした。

「正直不安でいっぱい。だが、やるからにはいいものをつくりたい」

2年前の2018年4月、自社初のインナーブランドの計画が持ち上がった時、担当に抜擢されたデザイナーの河田めぐみさんは、そう思ったと言います。

河田さんはこれまでも麻のデニムパンツなど、中川政七商店のルーツである麻素材を生かしたファッションアイテムを数々手がけてきました。



この春にデビューした「更麻」もやはり、麻素材。しかも麻100%です。

「単に政七らしい素材だから選んだのではなく、インナーに最適な素材を追求したら、麻にたどり着いたんです」

と本人が語るように、更麻の生地には今まで世の中で知られていなかった「インナーとしての麻」の良さがたっぷり。しかし、世の中に前例がなかった分、実現までの苦労もひと塩でした。

今日は中川政七商店初のインナーブランド生みの親・河田さんが語る「更麻」の魅力と誕生までの道のりをお届けします。

自分にとってベストなインナーとは?


企画を始める時、河田さんは二つのことを考えたと言います。

一つは「自分にとってベストなインナーは何か」。

もう一つは、「政七商店がインナーを作る意味は何か」。

大手量販店の機能性インナーは使いやすく値段も手頃。でも「心地よさ」という点ではどうだろうか。自分にとってベストだろうか。

一方で化学繊維を使わない自然素材のインナーは、すでに世の中にある。その大半がオーガニックコットン製で、これならわざわざ中川政七商店で作る必要はないかもしれない。

中川政七商店だから作れる、着ていて気持ちいいインナー。

たくさん買って着回すのではなく、「私はこれ」と選んでもらえるインナー。



そんな視点で会社のルーツである「麻」を見つめ直してみると、思いがけない発見があったそうです。

リサーチで気づいた「麻がインナーに最適」の理由
「まず、麻は綿よりも水分を吸って吐き出すサイクルが早いんです。だから、直接肌に触れる肌着にはぴったり。

もちろん、最近の機能性インナーに使用されているような化学繊維の方が、機能的には優秀ですが、そもそも繊維の成り立ちが違うので、真っ向勝負しても仕方ないと考えました。

それよりも目指したのは、綿のようにやわらかい肌当たりで、伸縮性と機能性のある麻のインナー。



実は麻は、歴史的にもずっと肌着に使われてきた素材だったんです。女性下着を表すランジェリーはもともとフランス語。リネン製品を意味するラーンジェから来ているそうです。ランはフランス語で、麻を意味します。

他にも調べてみると、やわらかくて加工しやすい綿が普及する以前は、寝具や肌着に麻が使われていたこともわかりました。中川政七商店でも、かつて麻で作った汗取りが、天皇に認められたという記録が残っていました」

麻の吸水速乾性はインナーに最適。そして麻の商いで創業した中川政七商店らしさもある。 これで素材は、麻に決まり。

しかし、最適な素材ならなぜ、今まで世の中に麻100%のインナーがなかったのでしょうか?そこに、「更麻」開発の最難関が隠れていました。

世の中にない、麻100%の極上インナーを

「実は、麻は糸自体にハリがあり柔軟性がないので、インナーによく使われるやわらかな二重組織の生地 (フライス編み) が編めないとされていたんです」

この糸の硬さゆえ、麻生地は肌にまとわりつかず、シャリ感のある素材として日本の夏に好まれてきました。一方で肌着としては、加工しやすい綿に押され、扱いの難しい麻のインナーは開発されてこなかったのです。

「でも、ちょうどブランドの計画が持ち上がる少し前、『麻のフライス編みに成功した』というサンプル生地が、あるメーカーさんから届いていたんです」

生地を届けたのは、和歌山のオカザキニットさん。一大ニット産地である和歌山の中でも、麻を得意とする老舗ニットメーカーです。



「繊維が硬いと機械で編んだ時に糸が切れてしまいます。それを、特殊な加工を施すことで糸をやわらかくしたら『たまたま編めた』と仰って。ですが、蓄積された技術や経験がなければこういう発想は出ないだろうと思いました」

早速サンプルを作って着用してみると、しっとりとやわらかく繊細な上質感があり、肌にフィットしてよく伸びる。汗ばむ日も、冷え込む日も、汗や熱がこもらず、肌がさらりとして気持ちいい。




「これなら、1年を通して着心地のいいインナーが作れる」

本来インナーに最適な機能を持つ麻素材。当初描いたやわらかな肌あたりが実現すれば、これまで世の中にない、最高の着心地のインナーが誕生します。



早速サンプルをいくつか用意して、社内モニターを募り、着用テストを開始。縮みや型崩れを考慮して、パターンの改良も行なっていきました。

着用テストの中で、繰り返し洗濯するとやわらかさが増すこともわかり、「文句なしに着心地のいいインナーだった」との嬉しいフィードバックも。

試作を繰り返し、季節は夏、秋を過ぎて冬に。色展開やアイテム数、ブランド名もロゴも決まって、いよいよブランドデビュー目前という2019年4月、河田さんは断腸の思いで発売の延期を決断します。

デビュー目前でまさかの発売延期。ピンチが生んだ「夏限定生産」インナー
「オカザキニットさんから、生地を編んでいる途中で糸がところどころ切れてしまうと連絡が入ったんです。急遽、別の編み方で代替生地を用意してくれましたが、当初のフライス編みの繊細なやわらかさがなく、厚手のしっかりとした生地。

デビュー目前で本当に悩みましたが、社内のみんなにも意見を聞いて、更麻らしさが失われてしまう、と発売延期を決断しました」

オカザキニットさんに再度フライス編みにトライしてもらえないかと相談すると、「もちろん」と即答だったそう。

麻のプロであるオカザキニットさんの見解では、原因は時期。

麻は空気の湿度によって強度に違いが出るため、空気の乾燥している冬季では糸切れが起きやすくなるのではとの仮説を立ててくれたそうです。

「まるで繊細な生き物のようだと思いました」

しかしこの読み通り、長梅雨だった2019年6月に、繊細なフライス編みの麻生地は順調に編み上がりました。

こうして、中川政七商店初のインナーブランドは、湿潤な夏にしか作れない、素材の特性を最大限に生かした麻100%のインナー「更麻」として2020年4月にデビューを迎えました。



「更麻の『更』には、代わる代わる、生まれ変わるという意味があります。めまぐるしく変化していく環境の中でも、素肌で麻の心地よさを味わって、気持ちのいい毎日を送ってもらえたら、嬉しいです」

日々、自分が心地よくいられる選択肢として、インナーを変えてみる。毎日の快適は、そんなところから始まるのかもしれません。


<掲載商品>
更麻 ショートスリーブ
更麻 キャミソール
更麻 ショーツ
更麻 キャミソール レース

【わたしの好きなもの】「更麻」のインナー


麻が好きなわたしのお気に入り
 
洋服、バッグ、ストール…
気付けば麻素材のものをたくさん持っているわたし。
 
麻は、身に付けた時にシャキッとした感じがします。
そして使えば使うほどに柔らかくなって、自分に馴染んでくる。
 
それから、洗うとまたいい具合にハリ感が戻るところも麻ならでは。洗濯してシワをしっかり伸ばしながら干す瞬間も含めてなんだか好きで、ついつい麻のものを選んでしまいます。
 


そんなわたしが、更麻(さらさ)のキャミソールに出会ったのはちょうど1年前。
デビューより前に、着心地を試す機会をいただきました。
 
最初に触れたとき、1番驚いたのはその肌触りでした。麻100%なのにとっても柔らかくて、しっとりしていて。いろいろな麻生地に出会ってきたけれど、こんなにもしなやかなものは今までなかったかも…
 
実際の着心地は?チクチクしないの?たくさんお洗濯しても大丈夫?
 
新しい商品を試せることへのワクワク感が溢れてきて、たくさん着て思う存分いろいろ試してみよう!という気持ちになったのを覚えています。
 



気になる着心地ですが、
麻本来のサラッとした肌触りは言うことなし!
蒸れにくく、長時間着ていてもサラサラして気持ちいい!
白いシャツにもひびかないところもいい!
 
伸縮性に優れた生地なので、丁度よいフィット感で締め付けすぎないところもおすすめです。
 
チクチクしないかな?という点については、最初からほとんど気になりませんでした。
 
しかも、お洗濯をくりかえすと毛羽(けば)が取れてどんどん柔らかくなるので、チクチクする感じはほとんどなくなっていくように思います。
 


そして、私が一番気になっていた、洗濯を繰り返しても風合いは変わらないの?ということ。
 
今回はあえて、洗濯ネットに入れずに洗濯機で繰り返し洗ってみました。
(正直なところ生地へのダメージが大きくて、破れたりするのではと心配な気持ちもありつつ…)
 
そして今、ちょうど1年くらい経ちましたが全然へたらず、より柔らかくなってますます身体に馴染む感じ。ほつれたり、穴があいたりということも全くなく、伸びたりもしていません。
 
決してお手頃なお値段ではないかもしれませんが、着心地がよく、なにより丈夫で、長く着ることができる。
 
そんな特別なインナーに出会うことができ、自分の好きな麻ものがひとつ増えました。
 
発売までに2年。この更麻の生地ができるまで試行錯誤を繰り返して、いよいよデビューとなりました。

 

初めてのキャミソールもまだまだ活躍していますが、デビュー第1号は心待ちにしていたタンクトップを手に入れたいと思っています!
 
今度は、きちんと洗濯ネットに入れて、優しく洗って、より長く大事に着たいと思います。
 
<掲載商品>
更麻のインナーシリーズ一覧

 
中川政七商店 ルクア イーレ店 福井

 

中川政七商店のものづくり実況レポート。実は日本一の産地、奈良の靴下づくりとは?

“奈良”と言えば、皆さんは何が思い浮かびますか?

代表的なものは、「鹿」や「大仏」でしょうか。

もしかすると、「中川政七商店」と思ってくださる方もいらっしゃるかもしれませんね!

“奈良”と言えば実は、「靴下」の生産、日本一の産地なんです。

暮らしに欠かせない道具である靴下。

その魅力や仕組みについて学ぶべく、私たちスタッフは「さんち修学旅行」と題して今年1月に奈良の靴下工場を訪ねました。今日はその様子をお届けします。



靴下メーカーさん2社の工場見学

修学旅行にご協力いただいたのは2つのメーカーさん。

日本市博多デイトス店の白井から
まずは1軒目の「瀬川靴下株式会社」さんについてお届けします。

▲瀬川靴下株式会社さん。整理整頓は工場内だけでなく、植木も綺麗に剪定されているのが印象的でした

瀬川靴下株式会社さんは、「鹿の家族の靴下」や靴下ブランド2&9(ニトキュー)の「しめつけないくつした」を作ってくださっているメーカーさんです。

工場の中では靴下のサンプルを作るところから商品として出荷するまでの
ほぼすべての工程が行われています。

一連の工程を見学させていただきましたのでご紹介します!


靴下ができるまで

まずは靴下の設計図づくりから。

▲まずは設計図の説明から。社長の瀬川さんからお話しを伺いました

靴下を編むのは機械なので、靴下の設計図もデータ化されています。デザイナーさんが考えたデザインを、ドットで表現していきます。

設計図ができたら、次は糸の調達です。

靴下によく使う綿の糸は伸縮性がないため、綿の糸だけで靴下にしても足にフィットしません。綿の糸と一緒に伸縮性のある糸を使うことで、初めて伸縮性のある靴下ができます。

▲縮れている部分がびよーんと伸びます。これは多くの靴下に使われている伸縮性の強い糸

ちなみに2&9のしめつけないくつしたは、従来の靴下よりも伸縮性の弱い糸を使用することで、しめつけにくいように仕立て上げています。そのため足をやさしく包み込むような履き心地になりました。

次にどの機械でどれだけの靴下をどれくらいの期間でを編むのかを決める「配台」です。この配台がとても重要だそう!

たくさんの事前準備を経て、ここからやっと「編み立て」の工程に入ります。

▲靴下を糸から編み立てする機械たち。機械にもそれぞれ癖があるようで、その癖はメモして各機械に貼られていました

▲糸は乾燥に弱いので、工場内は一定の温度や湿度に保たれています

▲工場のいたるところに「整理整頓」の文字

工場内では何台もの機械が靴下を編み立てており、機械の音に満ち溢れていました。

編み立てた靴下は、まだ完成ではありません。この「編み立て」の工程では筒状の編み物を作っています。

編み立ての終わった靴下は、靴下を裏に返す「返し」を行い、つま先の部分を縫製する「ロッソ」という工程にうつります。

▲つま先となる部分を「ロッソ」の機械に横から入れてスライドして流していきます

「ロッソ」という言葉はイタリア語だそうです。

つま先を縫う機械を作っているメーカーさんがイタリアの「ロッソ社」というそうで、その会社の名前を「先縫いをする」という意味で使うのが時代の流れとともに靴下業界で定着していったそう。

また、奈良の農家にはそれぞれの家庭にロッソの機械があり、農業の合間に副業として納屋の中でロッソをしていたそうです。

ロッソの工程後、やっとよく見る靴下の形になりました。

ここから、靴下がお店に並ぶための準備に入ります。

▲中川政七商店の商品「鹿の家族」シリーズの靴下を2枚1組にペアリングしているところ

ひとの手で靴下を表に返し傷がないか検品(「傷見」といいます)したあと、蒸気を当てて形を整えるセットをし、2枚を1組にまとめる「ペアリング」という工程を行っています。

その後、販売に欠かせない商品のタグやシールなどをつける「装飾加工」とその検品、最後にお客さまが安心して靴下を履けるようにするべく、「検針」の工程にうつります。

検針の機械は、1日に5回も正常に動くか点検をしているそう!

検針が終わった靴下は、前工程までの作業場とはパーテーションで区切られて、品質管理上戻ることのないようになっています。

そして、箱詰めされて出荷されていきます。

一連の工程を見学させていただく中で、作り手のみなさんの職人技と靴下をつくる環境への気配りに終始圧倒されました。

瀬川靴下さんで学んだことを早くお店に持って帰りたい、お客様に伝えたい!と一同大興奮ですが、まだまだ靴下の勉強は続きます。



ぬげにくいくつしたの秘密

2軒目は「株式会社キタイ」さんへ伺いました。
ここからは中川政七商店 博多アミュプラザ店の松本がお届けします。

今回は店舗でも毎年大人気、春の販売をスタッフも待っている「ぬげにくいくつした」や「アームカバー」などの製造工程を実際に見て学びました。


ぬげにくいくつしたは全体の7割が「立体成型」の技術を用いて編まれているので、足の形にフィットします。

立体成型の技術は通常だと正回転のみで編むところを、正回転→逆回転→正回転と編み方を切り替えて繰り返すことでギャザーのような線がたくさん靴下に入り、立体的な形になるそうです。

▲真ん中の筒の部分が動き、正回転・逆回転と使い分けながら編み立てていきます

▲履き口のところに、ギャザーのようなひだが入っている様子がわかります

複雑な編み方のため、完成するまでの時間は1足あたりなんと10~15分。

そのため、大量生産はできませんが、この技術のおかげでストレスなく靴下を履くことができます。

また、沢山ある作業工程の中でも特に心打たれたのは、靴下の足裏に入れるロゴの転写作業です。

「2&9」のくつしたの足裏に、さりげなくプリントされているロゴマーク。

実はこちら、人の手で一点一点、転写されているのです。



職人さんの手によって、あっという間に2&9のマークが転写されました!

きれいに転写するには細かな技術が必要で、この作業ができる方は数名の熟練の方に限られているそうです。

すこしの段差や凹凸でロゴがゆがんだり、ロゴの位置がずれてしまわないよう、靴下の内側にセットした台紙を一旦はずし、転写する場所を平たくしてから作業開始。

力が均等にかかるようできるだけ薄い紙で作ったガイドを載せ、熱したコテで転写シートを適切な力加減で押さえます。

力が強すぎればロゴがにじみ、弱ければかすれてしまう繊細な作業。

靴下を履いてしまうと見えなくなってしまうポイントにも、工夫と手間が詰まっていることを実際に目で感じ、いつも履いていた靴下により愛着が湧きました。

また、靴下を編む工程だけでなく不良品がないかをチェックする検品にもとてもこだわりを感じました。

破れ・ほつれがないかなど、なんと27項目にも及ぶチェック項目を人の手と目で丁寧に全数検品をされていました。

▲ちょうど「ぬげにくい靴下」の検品をしてくださっているところでした

機械で単純に作られている訳ではなく、多くの人の手を通して店頭へ並ぶのだと改めて感じ、気が引き締まる思いでした。今年も実際に店頭に並ぶまであと少し…!とても待ち遠しいです。

今回の旅を通じて感じたこと

今回、実際に靴下が出来上がっていくようすや、そこに関わる作り手さん、機械のようすを目の当たりにして、メーカーさんをより身近に感じ、そこに関わるものやことを大事にしたいという気持ちが湧きました。

特に心に残ったのは株式会社キタイさんの喜多専務が仰っていた言葉です。

「作り手として、靴下を消耗品と思わないこと」

日本一の靴下産地奈良の会社として、わたしたちも暮らしの大事な道具である靴下を消耗品とは思わずに、より長く愛着を持って使うことのできる方法を提案していこう!と思いました。

▲ちなみに「2&9」というブランド名は、奈良県の都道府県番号の29番からきています

全国のお店で、奈良で作った靴下をみなさんにお届けしています。
ぜひお近くのお店で、スタッフにも尋ねてみてくださいね!


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わたしの一皿 おだやかならぬ春がやってきた

穏やかならぬ春がやってきた。

いや、春は穏やかなのかもしれないが、人の世は混乱している。外出がしにくいならばせめて家の中を楽しい時間にしたいではないか。

この連載「わたしの一皿」もそんな一助になればこれ幸い。みんげい おくむらの奥村です。

人がいつもよりも少ない魚市場を歩く。飲食店が元気がないというのを実感する。それならせめてもと多めに&いつもよりも良い魚を買ってきた。

そのひとつが今日の主役だが、珍しく切り身。ケチではない。数kgの鰆(サワラ)一匹なんて三人家族ではとても使いきれない。

鰆の切り身

「今日のは脂すごいよ」と店のお兄さんも太鼓判。見た目から、ビシビシ伝わってくる。繊細な身から脂が染み出してきそうだ。

鰆の切り身

つい先日3歳になったうちの坊やは、魚料理が大好きだ。

野菜も大好きで、と言いたいところだが野菜はてんでダメ。これには困っている。

それはともかく、煮付けや焼き物といった魚料理は大人と同じほど食べる。今日はそんな坊やのお気に入りのうつわに魚料理を盛り付けてみた。

熊本・平沢崇義(ひらさわたかよし)さんのうつわ

うつわは熊本のすゑもの亀屋・平沢崇義(ひらさわたかよし)さんのうつわだ。熊本の著名な陶芸家のもとで経験を積み、独立。今は熊本市内の小さな工房で作陶している。

実のところ彼とは歳も近い友人なので、作るうつわのことは贔屓目に見がちになる。そんなわけで、あまり褒めないでおきたいが、坊やが気に入っていることは確かなのだ。

評価はさておいて、彼の焼き物は変化を続けているというのは確かだ。ここ3年は、千葉で僕が選考委員をしているクラフトフェア「にわのわ」にもたまたま参加してくれていて、そこでの定点観測でもそう感じている。

僕が付き合いのある古くからの窯場は、作るうつわに短期間での極端な変化はない。だからか、まだどこか決まったところに着地しない彼の焼き物は見ていて楽しい。

最初からこれだ、と決めて始める作り手もいるだろうが、多くの人はいろんなことをやってから、どこかに落ち着くのではないだろうか。

彼もあっちこっちにと色々動いた後、どこかに落ち着くのだろうか。いや、落ち着かぬままなのか。

そんな事情を知る由もなく、うちの坊やがよく使うのがこの楕円の皿というか鉢というか、そんなうつわ。まだ箸が使えず、スプーンを多様する小人にとっては使い勝手が良いようだ。

親の我々にとっても、単純にあれこれと使い勝手が良いうつわなので、小人だけに使わせておくにはもったいなくて日々のうちの食卓で活躍している。

塩をふった鰆

鰆は臭み取りの霜降りをした後、塩をふって時間を置く。それをキッチンペーパーで拭き、さっと煮る。

フライパンで鰆を煮る

決して煮すぎてはいけない。鰆のふわっとした身質が損なわれてしまったら台無しだ。

ついでにワカメとネギも煮ておけば一皿で栄養バランスも取れる。坊やがネギには見向きもしないのが残念だが。おいしいんだけどな。

この時期なら煮魚の仕上げに山椒の葉を忘れてはならない。この香り、たまりません。

ところで余談だが、この山椒の葉。スーパーなどでは「木の芽」という名で売られているのを知ったのは大人になってから。

これは地域性はなさそうだから、和食の世界でそう呼ぶのでしょうか。ちょっとした不思議。

うつわに盛り付けた鰆の煮つけ

今日の鰆は身が分厚いから、本当にふわっふわ。口の中で勝手にほぐれていく。こんな鰆にはひさびさに出会った。

友人のうつわ、市場のお兄さんのオススメ。気持ちが温まる一皿になった。

これからしばらく、外食を控えることが続きそうだ。テイクアウトに取り組む飲食店も増えるよう。もしかするといつもよりも家のうつわが忙しくなるかもしれない。

じっくりと家族の料理を作る時にも、持ち帰り容器から移し替える時にも、一枚のうつわが誰かにとって心強い存在であることを願うばかりだ。

手で作られたうつわの多くは、使った時間がそのうつわに投影される。つまり、育つのだ。10年後、20年後、いつかはわからないが、2020年のこの時期をうつわを通じて思い出す日が来るかもしれない。

たかが一食。されど一食。静かに、だけど強くこの難局を乗り切らなければならない。

奥村 忍 おくむら しのぶ
世界中の民藝や手仕事の器やガラス、生活道具などのwebショップ
「みんげい おくむら」店主。月の2/3は産地へ出向き、作り手と向き合い、
選んだものを取り扱う。どこにでも行き、なんでも食べる。
お酒と音楽と本が大好物。

みんげい おくむら
http://www.mingei-okumura.com

文・写真:奥村 忍

絵本専門店「クレヨンハウス」店員さんがすすめる「美しい絵本」5選

クレヨンハウスのスタッフが選ぶ工芸に触れる絵本

子どもたちに「もっともっと、いろんな絵本に触れてほしい。絵本をきっかけに工芸やものづくりの魅力を知ってもらいたい」。

そんな思いからご紹介した『絵本で読む「ものづくり」。クレヨンハウスのスタッフが選ぶ工芸の本5選』

前回は、手作りの生活雑貨、伝統工芸品がモチーフとして描かれているなど、その内容が「ものづくり・工芸」に関連している絵本を紹介しました。

今回は、絵本自体が美しく、工芸品としてひとつの作品といえるもの、また、装丁や使われている素材からものづくりの技術に触れることができる絵本をご紹介します。

選んでくれたのは、前回同様、東京・青山にある、子どもの本の専門店「クレヨンハウス」、子どもの本売り場の馬場里菜(ばば りな)さんです。

工芸の絵本

またまたどんな絵本が登場するのか楽しみです。

インド発、ハンドメイド絵本の傑作「水の生きもの」

「最初にご紹介したいのは、インドの絵本『水の生きもの』です」

工芸の絵本
『水の生きもの』作:ランバロス・ジャー、訳:市川恵里、河出書房新社

インド東部ビハール州に伝わる民族絵画の一種、ミティラー画の絵本。水の生きものたちが色鮮やかに描かれた美しい絵本です。

「手漉きの紙を使って、1枚、1枚、シルクスクリーンで印刷しています。製本も含めて、全て手作りの絵本です」

工芸の絵本

作っているのはインドの出版社「タラブックス」。ハンドメイド本も手がける会社として世界的にも有名です。

「最初に注目されたのはインドではなくヨーロッパでした。印刷・製本技術の高さはもちろんですが、オリエンタルな雰囲気が工芸としての本の魅力と相まって、世界に広がっていったのかなと思います」

本を開いて最初に感じられるのは匂い。

工芸の絵本

「インクの匂いも魅力ですね。読むだけではなく、紙に触れた感じや匂い、五感で楽しめる絵本だと思います」

インドのインクの匂い‥‥そんな想像をするのも楽しいです。

紙はコットン古布を使った手漉きの紙を使っています。

工芸の絵本
手漉きならではのザラザラとした風合いも触れて感じることができる

「版を重ねる度に紙を漉くところからはじめるので、完成までに時間もかかります」

一度品切れになると、本が届くのに半年、1年かかることもあるそう。

「製本も主に手作業でおこなわれていますが、以前、ページが上下逆さまに閉じられていた本が届いたことがありました」

職人さんが手作りしているからこその体験ですが、以来、店頭に並べる前に1冊、1冊チェックしているんだとか。

工芸の絵本
版を重ねるごとに表紙の色を変えているのも面白い。手前が初版のもの、奥が6刷

工芸の絵本
手製本のため、シリアルナンバーも入っている

「タラブックスは、伝統的な製本技術を使いながら、新しい作家やアーティストと一緒に本を作っています」

なかには、日本人の作家さんが手がけた本も。

ひとつひとつ、心を込めて作られる絵本に、世界中のアーティストが魅了されるのもわかるような気がします。

「絵本」という芸術に触れられる、子どもだけでなく、大人へのプレゼントにもおすすめの一冊です。

紙で表現する四季の移ろい「Little Tree」

「次にご紹介するのは『Little Tree』です」

工芸の絵本
『Little Tree』(作:駒形克己、ONE STROKE)

本を開くと1本の木が現れ、ページをめくるごとに、季節が変わり、木も大きくなっていきます。

工芸の絵本
工芸の絵本

「造本作家の駒形克己さんの作品です。ページごとに紙を変えていて、木も1本、1本、手作業でつけられています。

あかりによって影の形が変わったり、紙の色や質感、模様などで四季を感じることができると思います」

駒形さんはいくつも絵本を出していますが、それぞれ造形が違うそう。

工芸の絵本
『BLUE TO BLUE』(作:駒形克己、ONE STROKE)の表紙。丸い穴から色の違う紙で表現された波が見える

「ページによって微妙に形を変えているものは、職人さんが1冊、1冊、ルーペで重なり具合を確認しながら製本しているそうです。

どの本もとても手が込んでいて、開く度に『次は何が出てくるのだろう』とワクワク感があります」

紙だけで、これだけいろんなことが表現できるんですね。

「ここまで紙にこだわっている絵本は少ないです。もちろん、どの絵本も作家さんが紙の質感など確認していると思いますが、コストの問題もあるので、選ぶ紙の選択肢は限られてくると思います」

紙の可能性が感じられる、美しい絵本。手元に置いておきたくなる1冊です。

作家と編集者の思いが詰まった絵本「しろねこくろねこ」

コストとの兼ね合いで、大量生産の絵本が主流の中、手製ではないものの、ひとつの作品としての価値を高めるため、あえてコストのかかった製本をしているのが『しろねこくろねこ』です。

工芸の絵本
『しろねこくろねこ』(作:きくちちき、学研(Gakken))

いつも一緒のしろねことくろねこ。

しろねこはくろのねこの毛の色が、くろねこもしろねこの毛の色が好き。でも、しろねこは草むらや泥んこ遊びで色を変えるのに、くろねこはくろのまま…。

工芸の絵本

互いの違いを認め合い、自分自身を好きになる。物語はシンプルながら、迫力のある筆使いと鮮やかな色彩で目と心を奪われます。

「絵本作家きくちちきさんのデビュー作です。もともと、きくちさんが自費出版していた手製本があって、その世界観を失わないように改めて作った絵本です」

一見、普通の絵本と変わらないように見えます。

「そうですね。でも、函(はこ)入りで布製本というのは珍しいですし、紙も厚めで、普通のものとはだいぶ違います」

工芸の絵本
絵本では珍しい函入り

工芸の絵本
背表紙にタイトルと作家名が箔押しされているのも珍しい。デビュー前に製作した手製本も美しく、絵本の編集者の間で話題になっていたのだそう

有名な作家のものではなく、デビュー作というのが驚きました。

「一般流通させるために妥協した部分もあるかもしれませんが、出版社としても挑戦だったのではないかと思います」

工芸の絵本
原画は、和紙に墨と水彩で描かれている。色のにじみ具合、乾いたときの発色など、1つの場面を納得がいくまで何十枚も描く

絵本としての素晴らしさが認められ、2013年、世界的に有名なブラティスラヴァ世界絵本原画展で「金のりんご賞」を受賞しました。

「作家はもちろんですが、作品に対する編集者さんの強い想いも感じられます。これだけこだわり抜いた絵本はなかなか出てこないと思います」

好きなところから塗るか、最初から全部塗るか「ぬりえほん①ねこ」

次にご紹介するのは『ぬりえほん①ねこ』。

工芸の絵本
『ぬりえほん①ねこ』(え:あべしんじ、NEUTRAL COLORS)

「塗り絵をしながら物語をつないでいくという絵本です」

1枚、1枚、違う紙に描かれた100匹のねこ。頁数222ページと、なかなか塗りごたえのある絵本です。

工芸の絵本

「大人は、この本をどんなふうに使ったらいいんだろうと考えてしまいそうですが、子どもは自由に楽しめる絵本だと思います」

好きなところから塗るか、最初から全部塗るか、性格も出そうですね。

「質感や色の違う10種類の紙を使っているので、紙によって画材を変えるのも楽しそうです」

工芸の絵本

工芸の絵本
作例(写真提供:NEUTRAL COLORS)

工芸の絵本
作例(写真提供:NEUTRAL COLORS)

「ところどころにある物語を読みながら、その中で感じたことを膨らませて色をつけていく楽しみもあります」

最後には自分だけのオリジナル絵本ができあがる。

ページを簡単に切り離すことができるので、描いたものを飾ることができるというのも嬉しい絵本です。

伝統技術と新しい技術で進化する絵本の世界「360BOOK 地球と月」

「最後に紹介するのもちょっと変わった絵本『360BOOK 地球と月』です」

本を開くと、立体に世界が広がります。

工芸の絵本
『360°BOOK 地球と月』(作:大野友資、青幻舎)

「一級建築士でもある大野友資(おおの ゆうすけ)さんが手がけた絵本で、シリーズになっています」

建築士さんが作るだけあって、構造がきれいです。いつまででも眺めていられそう。

「製本工程の後に、手作業で各ページを糸で繋いでいます」

工芸の絵本
同じ形のページはなく、ひとつひとつ、糸で繋いでいく

「小さな宇宙が手のひらに乗っているみたいな楽しさがあります。インテリアにもおすすめですね」

それにしても、いろんな絵本がありますね。

「“本”とは何だろうって思います(笑)」

工芸の絵本

デザイナーさんや、建築士さんなど、いろんな分野の方が手がけているのも面白いです。

「自分たちでこだわって本を出している版元さんも増えている印象があります」

『ぬりえほん①ねこ』を出版するNEUTRAL COLORSさんは、企画、編集、製作、印刷、製本、営業までほぼ一人で行なっているんだそう。

「種類の違う紙をこんなにたくさん使って1冊作るというのは、なかなかできないことです。お一人だからできることもあるだろうと思います」

工芸の絵本
手製本だからできるこだわりを尊重した『しろねこくろねこ』

「新しいことに挑戦する面白い出版社が増えることで、本の幅も広がっているように感じます」という馬場さん。

それは絵本だからできることでもあるのでしょうか。

「そうですね。絵本は読むだけでなく、触れたり、視覚的に楽しめたりできるので、作家の表現したいことによって、いろんな方法を用いることができると思います」

工芸の絵本

「材質にこだわったものや独特の製本技術を使った本など、紙の絵本には電子書籍では味わえない魅力がたくさんあります。そんなことを感じながら、本への興味を深めていただけるとうれしいです」

職人さんの伝統技術が施されたものから、新しい製本技術が使われているものまで、技術の進歩で絵本の世界も進化している。

これから先、どんな絵本が出てくるのか楽しみです。

「新しい表現方法に挑戦してくれる絵本作家さんも出てくるとうれしいなと思います」

工芸の絵本

読むものに五感で刺激を与えてくれる美しい絵本たち。

みなさんも手に取ってみてはいかがですか。

<紹介した絵本>
『水の生きもの』
『Little Tree』
『しろねこくろねこ』
『360°BOOK 地球と月』
『ぬりえほん①ねこ』

<取材協力>
クレヨンハウス東京店
東京都港区北青山3-8-15
03-3406-6308(代表)
03-3406-6492(子どもの本売場直通)
営業時間:平日11:00~19:00 土・日・祝日10:30~19:00
定休日:年中無休 (年末年始を除く)

文 : 坂田未希子
写真 : カワベミサキ

*こちらは、2019年11月26日の記事を再編集して公開いたしました。

土を耕す頼もしい道具。専門の鍛冶屋がつくるガーデニング用の黒い鍬(くわ)

きっぱりとした晒の白や漆塗りの深い赤のように、日用の道具の中には、その素材、製法だからこそ表せる美しい色があります。その色はどうやって生み出されるのか?なぜその色なのか?色から見えてくる物語を読み解きます。

耕す黒。近藤製作所の農具

日差しが明るくなってきました。啓蟄(けいちつ)を過ぎ、土の下で生き物たちがもぞもぞと活動を始め出す頃。「明」るい状態から「アカ(赤)」という色の名が生まれたように、「暗」い状態を表わす言葉から生まれたと考えられているのが「クロ(黒)」です。漢字は「柬(カン)=物が入ったふくろ」の下に「火」がある状態を示した形。そこで現れる色がすなわち「黒」なのですね。

人は火を操って様々な道具を生み出してきましたが、中でもこの時期らしく、平和で切実な道具に思えるのが、土を耕す農具です。

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古くから鍛治の町として知られる新潟・三条市にある近藤製作所さんは、創業以来100余年、鍬(くわ)だけを作り続ける鍛冶屋さん。その近藤さんが家庭のガーデニング用に作ったという小さな鍬は、光を吸い込んでしまいそうな黒色をしています。

土起こしや草集めにも使える、刃先が3つに分かれた「三本鍬」は、棒状の鋼(はがね)を熱して叩きながら曲げていく「鍛造(たんぞう)」と、そうして加工した鋼をさらに火で熱して硬く強くする「焼入れ」によって作られます。黙っていても力強さを感じる黒色は、火と、それを操る人の手わざから生まれたものでした。

黒星、腹黒い、最近ではブラック企業と、ネガティブなイメージも強い「クロ」ですが、土に光をすき込む鍬の、耕す黒は、とても頼もしく感じます。

<掲載商品>
近藤製作所
耕耘フォーク

移植ゴテ


文:尾島可奈子

*こちらは、2017年3月13日の記事を再編集して公開いたしました。