まさに「工芸のエントランス」京都のものづくりを身近に感じるカフェ

京都駅と中心地の間に位置する、七条河原町。ここに、京都の工芸品と気負いなく出会えるカフェがあります。

カフェの名前は、Kaikado Café。日本で最も歴史ある茶筒の老舗、明治8年創業の開化堂が運営しています。

Kaikado Café外観
バス停「七条河原町」を降りてすぐ。目を引くレトロな建物がKaikado Caféです (撮影:Kunihiro Fukumori)
Kaikado Café外観
市電の架線事務所兼車庫として使われていた築90年の建物を大胆にリノベーション。約40年間シャッターが閉じられていた場所が、明るく開放的な空間に生まれ変わりました
カフェの入り口

工芸をもっと身近に

カフェを立ち上げたのは開化堂6代目の八木隆裕さん。かねてから「若い人が伝統の技や道具に触れる機会や場所を作りたい」という思いがあったのだそう。そこにコーヒー界のカリスマである中川ワニさんと京都の職人でコーヒー道具を作ろうという取り組みや、先代が喫茶店をやりたいと話していたことなどが重なり、2016年にカフェオープンという形で思いが現実のものに。

店内では、八木さんも所属する京都の工芸の若き後継者たちのプロジェクトユニット「GO ON (ゴオン) 」のメンバーが作ったものが多数使われています。遠い存在に感じてしまいそうな老舗の工芸品を、身近なものとして使えるのは嬉しいですね。

カフェの様子
歴史ある宇治の窯元「朝日焼」のカップ、京都の老舗割烹料理店や旅館に長年愛される「中川木工芸」のプレート、海外からも注目を集める「公長齋小菅」の竹製カトラリーなど、京都の工芸品やその技術が使われたものでお茶の時間が楽しめます
荷物かごは、公長齋小菅の竹かご
こちらは荷物かご。丈夫で使いやすい公長齋小菅の竹かごが使われています
茶筒をはじめ、店内で使われているカップやカトラリー、コーヒーや茶葉などが購入できるのも嬉しいところ
茶筒をはじめ、カップやカトラリー、コーヒーや茶葉なども店内で購入もできます

インテリアは、「GO ON」と親交のあるデンマークのデザインオフィスOeOが手がけました。

コンクリートの壁や鉄の窓枠など元のままの意匠と、開化堂で製作したランプシェードや茶筒と同じ銅板を用いたカウンターの前板、無垢のテーブルやベンチといった新しいデザインが見事に融合。高い天井と大きな窓が光を取り込む心地よい空間となっています。

Kaikado Café
Kaikado Café
店内には、時が経つにつれて色合いが変化する開化堂の茶筒や、工芸の技術を生かして作られた道具が並んでいます
目を引くランプシェードは、開化堂の職人さんが茶筒作りの技術を生かして作ったオリジナル
目を引くランプシェードは、開化堂の職人さんが茶筒作りの技術を生かして作ったオリジナル
西陣織の老舗「細尾」のカーテン
大きな窓にかかるのは、西陣織の老舗「細尾」のカーテン
美しい織から柔らかい光が差し込みます
繊細な織の間から柔らかい光が差し込んでいました

せっかくなので、工芸の技術が生かされた器や道具を詳しく見せていただきました。

使い心地を考え抜く

朝日焼のカップ&ソーサー
「朝日焼」が作ったカップ&ソーサー。朝日焼の持ち味である透き通るような青磁と、紅茶の色が映える白磁が目を楽しませてくれます

カップ&ソーサーを手がけたのは400年の歴史をもつ宇治の「朝日焼」。千利休が茶の湯を大成した時代に活躍した茶人、小堀遠州から「朝日」の字を与えられた由緒ある窯元です。

朝日焼の茶盌 (ちゃわん) の特徴は美しい真円にあるといいます。しかしこのカップの飲み口は横に広がる楕円形。

朝日焼のコーヒーカップ
わずかに横に広がる楕円形の飲み口

茶盌より径の小さいコーヒーカップやティーカップの口あたりの良さを追求した結果、この形が生まれました。熱い飲み物が入っていても持ちやすいように取っ手も工夫されたデザインになっています。

朝日焼のコーヒーカップ

「作り手だけでなく使い手の視点をしっかりと取り入れるものづくりを進めました。使い手を考えた中川ワニさんの視点から、『楕円にする』というアイデアが生まれました。

美しい真円を歪めるなんてもったいない気もしますけれど、それで飲みやすくなるなら、と朝日焼さんが引き受けてくださったんです。真円とはまた異なる美しさのあるものができあがりました」と、店長の川口清高さんが制作秘話を教えてくださいました。

世にある道具より良いものを

京金網でできたコーヒードリッパーも道具としての機能が追求されています。

京金網で作ったコーヒードリッパー
使い勝手良く美しい京金網の作り手として定評のある「金網つじ」が作るコーヒードリッパー

「コーヒードリッパーは、表面の凹凸でペーパーとの密着性をコントロールしたり、穴の径でコーヒーの落ちる速度を変えたりしています。金網の編み方や大きさでコーヒーの味が大きく変わります。中川ワニさんに実際に使っていただきながら、辻さんに何度も試作していただきました。

編み方を上と下で変えることで、水の落ちるスピードが変わるようになっています。また、網の周りを包んだ方が味や香りがよくなるということがわかったので、辻さんの提案で銅製カバーをつけることになりました。

工芸の技術を使いながら、既存のものに形を似せるのはそれほど難しいことではないようです。でもそれだけでは不十分ですよね。機能が同じかそれ以上でなければ、単に形を真似ただけになってしまいます。道具としての本質的な価値を考えるようにしています」

網目の形に試行錯誤したそう
上下で異なる網目が美味しさの鍵!

「いま世にあるものより良い道具を」と考え抜かれたものづくり。工芸を受け継ぐ職人さんたちの矜持を感じました。

5年がかりでやっとできあがったこのコーヒードリッパーは、今や金網つじの人気商品となっているのだそう。

なお、家庭用サイズは完成し、カフェで販売もしていますが、業務用サイズの開発はカフェオープンから2年経った今も続いているのだとか。

使う動きから逆算してできた、「完璧すぎる」道具

道具としての機能を追求する職人さんのものづくり。中川ワニさんが驚いたこともあったのだそう。

「中川さん用のコーヒーポットを作ったことがありました。参考となるものが中川さんから届いたのですが、それだけでは作り方が定まらなかったんです。それで、実際に中川さんがコーヒーを淹れる姿を職人さんに見てもらいました。

ポットを使うときに指をかける場所や注ぐ角度を観察した後に出来上がったポットは、『ブレがなくて完璧すぎる』と中川さんを驚かせていました」

鍛金工房 WESTSIDE33と作ったコーヒーのポット
こちらが中川ワニさんのために特別に作られたコーヒーポット。制作は「鍛金工房WESTSIDE33」。注ぎ口の角度や指をかけられる柄の形がポイントです

コーヒーの淹れ方も日々修行

Kaikado Caféが淹れるコーヒーは、中川ワニさん直伝。カフェスタッフのみなさんは職人さんのように日々淹れ方の修行を積んでいるのだとか。

「ここでの淹れ方は、お湯の温度や時間を測ることをしません。日によって気温も湿度も違いますし、豆も日々変化しています。コーヒーの表面に現れる泡の状態を観察しながら、豆の様子を察知して淹れます。

コーヒーにお湯を注ぐといろんな表情を見せます。泡を見て注ぐ量を考えて、豆にお湯をなじませながらドリップしていく。味を重ねていくようなイメージです。一本調子に入れると単調な味になってしまいます。

コーヒーと向き合うというか感覚的なこともありますが、口に入れるものも開化堂らしく、職人のように体に染み込ませた技術で提供していけたらと思います。美味しいと喜んでいただきたいですからね」

店内で扱われている器や道具だけでなくカフェで働く方からも、ものづくりを大切にしてきた開化堂の精神を垣間見ることができました。

そんなKaikado Café。メニューも開化堂ならではのものが並びます。

コーヒーと紅茶はここでしか飲めないオリジナル。「中川ワニ珈琲」、ロンドンの「ポストカード ティーズ」によるもの。ほかにも、「EN TEA」の四季折々のお茶、「丸久小山園」の抹茶ラテや「利招園茶舗」の玉露の雁金、城崎の地ビール、那須高原の人気店「チーズガーデン」のチーズケーキ、人気の「あんバタ」など、味わってみたいものばかりで目移りしてしまいます。

コーヒーとあんバタ
人気のスイーツ「あんバタ」は、京都の人気ベーカリー「HANAKAGO」のパンに、老舗の餡専門店「中村製餡所」の餡がたっぷりのっています

工芸の技術が使われた器や道具に触れながら、ゆっくりとお茶の時間をたのしめる場所。新しい出会いを期待して、京都を訪れるたびに通いたいお店でした。

<取材協力>
Kaikado Café
京都府京都市下京区住吉町 (河原町通) 352 河原町通七条上ル
075-353-5668
http://www.kaikado-cafe.jp/

文:小俣荘子
写真:山下桂子 (外観写真:Kunihiro Fukumori)

ギフトにするファーストシューズの選び方に迷ったら、縁起の良い「西陣織」を。京都×香川がコラボした一足

──なにもなにも ちひさきものは みなうつくし

清少納言『枕草子』の151段、「うつくしきもの」の一節です。小さな木の実、ぷにぷにの赤ちゃんの手、ころっころの小犬。そう、小さいものはなんでもみんな、かわいらしいのです。

日本で丁寧につくられた、小さくてかわいいものを紹介する連載、第13回は京都の西陣織で作った「ファーストシューズ」です。

「はじめの一歩」には、縁起の良いものを

生まれてはじめて履いた靴のこと、覚えていますか?

ファーストシューズを履いたぼうや
足元を見ると、とっておきの一足が

赤ちゃんの誕生を喜び、これからの人生が良いものでありますようにと願いが込められたファーストシューズは、両親やおじいちゃんおばあちゃんが選んで贈ることが多いのだとか。

お祝いや祈りの気持ちがこもった一足には、とっておきを選びたいもの。

そんな思いを叶えるべく生まれたのが、西陣織のファーストシューズです。

西陣織ファーストシューズ正面

縁起物とされる西陣織。中でも、古くから使われてきた七宝文様は特におめでたい柄なのだそう。

西陣織の生地
西陣で織られた七宝柄。連なった輪が四方に無限に広がることから、「富貴」や「永遠」を意味する吉祥文様とされています

実はベビーシューズに不向きだった西陣織

この靴を企画したのは、香川県で伝統工芸品のプロデュースを手掛ける「tsutaeru (ツタエル) 」。その企画が実現できたのも、香川県には腕利きの職人を抱えるベビーシューズ工房があるからです。その技術の評価は高く、2016年にはブータン王国王子生誕の際にお祝いの品として贈られたほど。

西陣織ベビーシューズは、そもそもの素材でいっても難易度の高い加工が必要です。帯として使われることの多い西陣織は、裁断することを前提に織られていません。他の生地と比べて裁断面の糸がほどけやすいのだそう。

生地の性質を正しく理解して無駄なくカットし、ほどける前に素早く縫製することが求められました。赤ちゃん用の小さな靴なので、素早さに加え、細かな縫製技術も必要です。それに応えられるのが香川の職人だったのです。

ベビーシューズは、熟練職人の手で一足ずつ丁手作りされます

匠がつくる、足にフィットする靴

この靴の魅力は、美しい仕上がりだけではありません。数々のベビーシューズを作り続けてきた経験と膨大なデータをもとに、履き心地も追求しました。

赤ちゃんの足は柔らかく転びやすいもの。つま先に丸みを確保して安定させ、つまずきを防止する設計になっています。また、赤ちゃんの肌に触れる部分は、柔軟性があり衝撃吸収に優れたウレタンスポンジを使用。足を優しく包み込みます。

靴底はゴムよりも柔らかく、滑りにくい塩化ビニル。室内だけでなく外履きとしても安心です。

ピンクのほか、ブルーのものもあります
縫製しにくい西陣織でこの品質を実現するのは至難の技だったそう
マジックテープ式のくつ
靴紐部分は、はかせやすいようにマジックテープ式になっています

桐箱入りで、大事にとっておけるように

できあがったファーストシューズは、弘法大師誕生の地「善通寺」でご祈祷を受けたのち、桐箱に入れて届けられます。履き終わったあとも、雛人形のように飾ったり、縁起物として残しておく方も多いのだそう。生地の劣化を防いでくれる桐箱は、大切に保管したい気持ちにも寄り添います。

桐箱に入ったファーストシューズ
価格は税抜18,000円(送料別)。tsutaeruのオンラインストアからも注文できます

熟練職人の手で、一足ずつ丁寧に作られた西陣織のファーストシューズ。赤ちゃんの門出を祝うお慶びの品にぴったりですね。

<取材協力>
tsutaeru
香川県高松市屋島西町2323-1 405
087-813-9093
http://tsu-ta-e-ru.jp/

文:小俣荘子
画像提供:tsutaeru

簡単にできる、水引のアレンジ結び

※水引の意味やマナー、“あわじ結”のポイントについてはこちら

贈り物に封をする「水引結び」。

金沢の加賀水引細工を生み出した老舗工房「津田水引折型」を訪ねて、少しカジュアルに楽しめるアレンジに挑戦します。

加賀水引 津田水引折型
大正6年 (1917年) 創業の加賀水引 津田水引折型
睨み鯛
立体的な加賀水引細工の数々を作っていることでも有名な津田水引折型。その見事な作品が認められ、皇室献上品ともなりました

あわじ結びをカジュアルに。可愛らしいアレンジ結び

アレンジ水引細工
あわじ結びをアレンジしたカジュアルな水引結び

色の組み合わせを考える

教わるアレンジ結びは3本の水引を束にして結んでいきます (最後に贈り物を包む際に他1本の水引が必要です) 。アレンジ結びは色合いも自由です。贈る相手をイメージしながら色の組み合わせを考えるのも楽しいですね。

※贈り物のシーンは様々。正式な場では、用途によって用いられる色が決まっている場合があります。気になる場合は、こちらを参考にしてみてください。

紅白: 歳暮・中元・入学・お見舞い等、個人的な用途に用いる。

金銀: 婚礼・会社関連・受賞等、格式張る場合に用いる。

黒白: 通夜と葬儀のみに用いる。

黄白: その後の佛事に用いる。

銀銀: 双銀は水引の陰陽思想と無関係な新興宗教などに用いられる事がある。

(津田水引折型公式サイトhttp://mizuhiki.jp/syugibukuro/index.htmlより引用)

※フォーマルで用いる基本の結び方についてはこちらの記事をご覧ください。

水引を3本、30cm以上のものを用意します。グラデーション順に(外側に濃い色を持ってきた方が綺麗だったりする)並べます
水引を3本、30cm以上のものを用意します。外側に濃い色を用いて、グラデーション順に並べると美しくなるそう
まずは、水引をしごいてカーブをつけます (全体をしごいて、少し弧を描くように)
まずは、水引をしごいてカーブをつけます (全体をしごいて、少し弧を描くように)
優しくしごくだけで、ゆるやかにカーブするようになります
優しくしごくだけで、ゆるやかにカーブするようになります

水引細工を作る

準備ができたら、さっそく水引細工の部分を作っていきます。

右手で水引の真ん中あたりを持ち、輪っかを作り、親指で押さえます
右手で水引の真ん中あたりを持ち、輪っかを作り、親指で押さえます
左手で水引の左端を持ち、輪の後ろにもっていきます
左手で水引の左端を持ち、輪の後ろにもっていきます
輪の後ろを通して、右側の端の上を通過させて、右下から輪の内側へ通します
輪の後ろを通して、右側の端の上を通過させて、右下から輪の内側へ通します
そのまま内側の水引の上を通します
そのまま内側の水引の上を通します
交互に、こんどは下側を通過させます
交互に、こんどは下側を通過させます
最後に輪の上を通します
最後に輪の上を通します
両端をひくとこの形になります
両端をひくとこの形になります
左側の先端を持ちます
左側の先端を持ちます
3つの輪の中心へ差し込みます
3つの輪の中心へ差し込みます
通したら、左手で優しく引きます
通したら、左手で優しく引きます
今度は、右側の端を持ちます
今度は、右側の端を持ちます
左上で輪になっているところへ上から差し込みます
左上で輪になっているところへ上から差し込みます
左右の先端を引くと、形ができあがりました
左右の先端を引くと、形ができあがりました

コツは、穴に通した時に結び目を一気に締めず、緩めにしておくこと。それぞれの輪の大きさが均等になるように整えてから、最後に締め具合を調整するとバランスよく美しい形に仕上がるそうです。

水引の端を留める

形ができたら、仕上げをしていきます。

できあがったら裏返します
できた水引細工を裏返します
先端を細い針金などで縛ります(ボンドで留めるだけでもOK)
先端を細い針金などで縛ります (ボンドで留めるだけでもOK)
ペンチなどを使って捻るとしっかりと留まります
ペンチなどを使って捻るとしっかりと留まります
余分な部分はハサミでカットします
余分な部分はハサミでカットします
水引も余分な部分をカットします
水引も余分な部分をカットします
しっかりと留まった状態になりました
しっかりと留まった状態になりました

贈り物を包む

できあがった水引細工に水引を通して、リボンを掛けるように贈り物を包んでいきます。

できあがった細工に、1本の水引を通していきます
できあがった細工に、1本の水引を通していきます
通した水引。こんな感じになります
通した水引。こんな感じになります
こうして通したら、箱や包みの上に乗せて、リボンかけの要領で縛ります
箱や包みの上に乗せて、リボンかけの要領で縛ります
裏返して固結びに
裏返して固結びに
固結びした状態
固結びした状態
不要な部分をハサミでカットします
不要な部分をハサミでカットします
これで完成です
これで完成です
あわじ結びをアレンジしたカジュアルな水引

包装紙の掛かっていない箱も、この水引細工で包むとそっと華やかになりますね。結ぶ行為そのものにも祈りの意味合いがある水引。相手のことを思いながら気持ちを込めて結んだら、その時間も愛おしいものになりました。

特別な贈り物を包むとき、みなさんもぜひトライしてみてください。

<取材協力>

津田水引折型

http://mizuhiki.jp/

石川県金沢市野町1-1-36

076-214-6363

文・写真:小俣荘子

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「水引の意味と結び方」

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「結婚のお祝いに、実用的で縁起もいい、水引タンブラーはいかが?」

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郷土玩具になって台所を守る、福の神の奥さま

個性的で愛らしい郷土玩具たち

みなさん、「郷土玩具」と聞いてどんなものを思い浮かべますか?もしかすると、おばあちゃん家にあるような、ちょっぴり渋い人形を思い浮かべてしまうかもしれません。でも、そんな先入観で郷土玩具を一括りにしてしまうのは、もったいない!

日本各地には、実に個性的で愛らしい郷土玩具があります。郷土玩具は、読んで字のごとく、“郷土”に根ざした“玩具”。一つひとつ手作りされ、土地の人々の手で伝えられてきた玩具です。

どれも似ているようで、似ていない。それは、その土地ならではの文化や歴史、風習を映し出す鏡のようなものです。

郷土玩具を手にすれば、その土地をもっと深く理解できるはず。

そんな思いから各地の魅力的な郷土玩具を紹介する「さんちの郷土玩具」。

今回は、鹿児島の「オッのコンボ」に会いに行ってきました。

オッのコンボは、あの福の神の奥方様

オッのコンボ

丸みのあるシルエットに、穏やかな笑みを浮かべた表情。見ているだけで、思わずこちらも笑顔になってしまう、こちらが「オッのコンボ」です。

このユニークな名前は、鹿児島の言葉で「起き上がり小法師」という意味。その発祥は定かではないものの、少なくとも島津藩の藩政時代には鹿児島地方の家々にあったといいます。

鹿児島地方では、昔から台所に大黒様を祀る風習があり、オッのコンボは大黒様の奥方なんだとか。そのため、大黒様と一緒に台所に供えるのが習わしになっています。

オッのコンボ
大黒様の手前が定位置

「家族の人数+1」に込められた願い

毎年2月はじめごろ、鹿児島各地には初市が立ち、人々は1年間見守ってくれたオッのコンボを納め、新たなオッのコンボを出迎えてきました。

必ず家族の数より一つ多く買って帰り、家族全員分の幸せはもちろん、一つでも多くの幸福が訪れるようにと願いを込めて祀るのだそう。あわせて、丈夫で賢い子どもを一人でも多く授かるようにという祈りも込められています。

今でこそ、オッのコンボを見かける初市は少なくなっていますが、鹿児島市にある照国 (てるくに) 神社の初市では今でもオッのコンボに出会うことができます。

オッのコンボを作り続ける、唯一の工房へ

そのオッのコンボを作っているのが、鮫島金平 (さめしま かねひら) さん、トシ子さん夫婦が営む鮫島工芸社です。現在、オッのコンボを作る唯一の工房で、もともと竹製品などの工芸品を手がけていたといいます。

オッのコンボ
この型の上から和紙を重ねて、形を作っていきます。下部は土でできていて、倒れてもしっかり起き上がる構造に

「手にした人が健やかに幸せをあずかれるように」との思いを込めて手作りしているオッのコンボは、一つとして同じものはありません。その形も表情もさまざま。

オッのコンボ
一見同じように見えて、見れば見るほどに違って見えてきます
オッのコンボ
絵付けでは目が一番大事とのこと。目は口ほどにものを言うようです

最近は黄色や白のオッのコンボも作っているものの、基本の色は赤。胸の部分に描かれている花のような模様は「太陽」なんだそう。「桜島の上に太陽が昇って、朝日が広がっているのと同じでしょ。おめでたいんです」と鮫島さん。

郷土玩具は、信仰玩具

鮫島工芸社でオッのコンボを作り始めたのは35年ほど前。実は、オッのコンボ作りは太平洋戦争で初市とともに一時期途絶えてしまったことがあるのだそう。

小さいころから大黒信仰が身近にあった鮫島さんは、家族に連れられて行った初市の思い出が原体験となり、オッのコンボを復活させたいと思い立ったといいます。

「オッのコンボはただのおもちゃじゃなくて、信仰玩具。鹿児島の家では、昔から台所に大黒様を祀る棚を作って、毎日柏手を打っては『今日も一日安全でありますように』と祈ってきました。そんな風に農村や漁村だった時代から、ずっと定着してきたものなんです」

オッのコンボ
鮫島工芸社の鮫島金平さん、トシ子さん夫妻

鮫島さんがオッのコンボを復活させてからというもの、毎年オッのコンボを買い求める人で賑わう初市。その賑わいは、鹿児島の人々の信じる心を物語っているようです。

<取材協力>

鮫島工芸社

住所:鹿児島県鹿児島市武2-2-14

TEL:099-255-0928

文:岩本恵美
写真:西木戸弓佳

こちらは、2018年1月26日の記事を再編集して公開しました

専門店に聞く、水引の意味とマナー。「あわじ結び」のポイントとは

来月、幼馴染が結婚します。

家族のような親友のあらたな門出。準備に忙しくしながらも幸せそうな彼女を見ていると、こちらまで嬉しくって、私にとっても特別なお祝いごとです。

どんな風にお祝いしよう、何をプレゼントしようかと思いを巡らせて色々と調べていると、贈り物の包み方に目がとまりました。

贈り物に封をする「水引結び」。水引を結ぶこと、そのこと自体に「お祈り」の意味があるのだそうです。

「どうか末永く幸せに」そんな思いを込めて、自分で結べたら‥‥。この機会に挑戦してみよう!と、プロの元を訪ねました。

お祝いの思いを込めてキリっと結んでみたいですよね
お祝いの気持ちを込めてキリっと結んでみたい

初心者でも結べるポイントをプロに教わる

訪れたのは、金沢の加賀水引細工を生み出した老舗工房「津田水引折型」。同店は、大正時代から数々の結納品を包んできた、日本で唯一制作の全工程を行う専門店です。

日々たくさんの御祝品に水引をかける職人さんに、手順と初心者でもうまく結べるポイントを丁寧に教えていただきました。

加賀水引 津田水引折型
大正6年 (1917年) 創業の加賀水引 津田水引折型
睨み鯛
立体的な加賀水引細工の数々でも有名な津田水引折型。その見事な作品が認められ、皇室献上品ともなりました

水引の色と、結び方のマナー

贈り物のシーンは様々。正式な場では、用途によって用いられる色が決まっている場合があります。市販の水引を購入する際の参考にしてみてください。

紅白: 歳暮・中元・入学・お見舞い等、個人的な用途に用いる。

金銀: 婚礼・会社関連・受賞等、格式張る場合に用いる。

黒白: 通夜と葬儀のみに用いる。

黄白: その後の佛事に用いる。

銀銀: 双銀は水引の陰陽思想と無関係な新興宗教などに用いられる事がある。

(津田水引折型公式サイトhttp://mizuhiki.jp/syugibukuro/index.htmlより引用)

それでは、さっそく水引の結び方を。まず今日は、慶事にも神事・佛事にも使える「あわじ結び」を紹介します。

※カジュアルで可愛らしい「アレンジ結び」は次回ご紹介予定です。

水引結びの最高位「あわじ結び」

あわじ結び (あわび結び) は、最高位の水引結び。神事・佛事をはじめ、吉凶全ての基本結びとなっています。水引細工の多くはこの結びを応用しているそう。

水引結びの基本「あわじ結び」
水引結びの基本「あわじ結び」

複雑そうに見えますが、ポイントを押さえれば、結び方は思いの外シンプル。1分もかからず結ぶことができました。指の動きなどじっくり詳しく見せていただいてきましたので、手順とポイントを合わせてご覧ください!

包みを水引の中心に置き、左右を折り曲げる。しっかりと折る
まず、包みを水引の中心に置きます。水引の左右を折り曲げ、しっかりと折ります
親指と人差し指で水引をはさみ、優しくくなでるように2回ほどしごいてカーブさせます
親指と人差し指で水引をはさみ、優しくなでるように2回ほどしごいてカーブさせます
優しくくしごくだけで、こんな風になめらかにカーブします
優しくしごくだけで、こんな風になめらかなカーブが生まれます。強くしごくと歪んでしまう場合もあるので、「優しく」がポイントです
しごいたら、右側の水引をくるりと先端が手前に来るように輪を作ります
しごいたら、先端が手前に来るように右側の水引をくるりと曲げて輪を作ります
左側の水引を、輪のうしろへ添えます
左側の水引を、輪のうしろへ添えます
輪の交差部分と、後ろに添えた左側の水引を左手で持ちます
輪の交差部分と、後ろに添えた左側の水引を左手で持ちます
右手で、左から伸びた水引(銀色)を持ち、くるりと曲げます
右手で、左から伸びた水引(銀色)を持ち、くるりと曲げます
右の水引 (金) の下をくぐらせます(右手中指で押し上げる)
右の水引 (金) の下をくぐらせます(右手中指で押し上げる)
輪の中へ上から通します
輪の中へ上から通します
左側の水引(銀)の下をくぐらせます。※編むように、上下をくぐらせていく。
左側の水引 (銀) の下をくぐらせます。※上下交互に編むように
先端を左手で持ち替えて引きます
先端を左手に持ち替えて引きます
包みの上に落ち着かせると、すでにあわじ結びの形ができてきていますね
包みの上に落ち着かせると、すでにあわじ結びの形ができていますね

美しく仕上げるには、束を持って根元を引く

さて、ここからは結び目を締めて形を整えていきます。

※水引は1本ずつではなく、束をまとめて指で挟んで引くのがポイント
水引1本ずつではなく、束をまとめて指で挟んで引くのがポイントです
こうして少しずつ
一気に引かず、交差している場所を押さえながら少しずつ絞めていきます
左右のバランスを見ながら、押さえて引いて‥‥
左右のバランスを見ながら、押さえて引いて‥‥。
結び目の形が美しく整いました
結び目の形が美しく整いました

水引の長さを整える

仕上げに、左の指で水引の先端を平らに並べてハサミでカットします。

左の指で水引の先端を平らに並べてハサミでカットします。水引に対して直角に切るのがポイント。斜めに切ってしまうと、水引に巻かれている色糸が解けてしまうので注意しましょう
水引に対して直角に切るのがポイント。斜めに切ってしまうと、水引に巻かれている色糸が解けてしまうので注意しましょう
こうしてできあがりです
こうしてできあがりです。先端がピンとまっすぐ伸びていると美しい仕上がりになります

気持ちを記す、表書き

できあがったら、「御祝」「寿」などの表書きと自分の名前を書き入れて完成です。

あわじ結び
表書きは、上段に「御祝」「寿」などのメッセージ、下段に贈り主の名前を入れます
テスト
3行以上の言葉を入れるときは、中心の行を先に書いてから、最後に1行目を書き入れるとバランスよく書けるのだそう

ハードル高く感じていた水引結び。優しくしごくこと、丁寧に束を引いていくことを心がければ、初心者にも難しいものではありませんでした。これなら覚えられそうです。

まずは、幼馴染の結婚式で気持ちを込めて結んでみようと思います。ここぞという時に、贈る相手のことを思い浮かべながら結ぶ水引。みなさんも、ぜひ挑戦してみてください。

次回は、ちょっとした贈り物を包むにも最適な、少しカジュアルにアレンジされた水引結びをご紹介します。どうぞお楽しみに!

あわじ結びをアレンジしたカジュアルな水引
あわじ結びをアレンジしたカジュアルな水引結び

<取材協力>

津田水引折型

http://mizuhiki.jp/

石川県金沢市野町1-1-36

076-214-6363

文・写真:小俣荘子

宿をきっかけに、京都と繋がっていく。「京旅籠 むげん」

京都・西陣。閑静な街並みに佇む豪奢な町家建築が、西陣織で栄華を極めたかつての面影を残している。

歴史ある建物のひとつに新たな息吹をもたらし、築160年の町家を再生させた「京旅籠 むげん」。

かつて全国を旅した永留和也さんとあふるさん夫妻が、この街に魅力を感じてオープンした5組限定の町家の宿だ。

「京旅籠 むげん」オーナーの永留和也さんとあふるさん
オーナーの永留和也さんとあふるさん。2人の掛け合いも微笑ましい
「京旅籠 むげん」1Fの102号室。
1Fの102号室。最大2名までの宿泊。2019年春には、ファミリーも泊まれる別邸を近くにオープンする

随所に宿る、京都の職人技。

永留夫妻は、元呉服屋だった町家を2年もかけてリノベーション。床の間のしつらえや坪庭、部屋のランプに至るまで、ひとりずつの作家と何度も打ち合わせを重ねて仕上げていったそう。

そんな宿では、一晩過ごすだけでも京都の伝統や職人の息吹を肌で体感することができる。

例えば、洗面台に置かれた竹のコップ。こちらは御幸町錦にある竹と木のお店「ばんてら」のもの。店を運営するのは、良質な竹の産地・長岡京に工房を構える高野竹工株式会社だ。

「ガラスや陶器は危ないから、割れない素材を置こう。でも、せっかく置くなら京都の伝統文化を感じられるものがいい」。そうして見つけたのが、竹の香りと職人の技が生きたこのコップだった。

そんな小さな工芸品に宿泊客も興味を持ち、自分の家に置きたいという人もいる。「これは木なの?」と会話が始まり、そこから商品の歴史や成り立ち、職人の想いを伝えていく。

竹と木のお店「ばんてら」の竹製コップ
竹を用いた工芸品などを手掛ける職人が制作。竹の香りがさわやか

ぐい呑みや湯飲み、それを受けるお盆は、大徳寺の近くで味噌や醤油の樽などを制作する「桶屋 近藤」の商品。

部屋とバーのランプは、千本鞍馬口に工房を構える真鍮作家「Ren」の中根嶺さんが手掛けた。

「桶屋 近藤」の吉野杉のぐい呑みともてなし盆。
「桶屋 近藤」の吉野杉のぐい呑みともてなし盆。手前の箸と箸置きは竹のコップ同様「ばんてら」のもの
蔵を改装したバーを照らす「Ren」の真鍮ランプ
蔵を改装したバーを照らす「Ren」の真鍮ランプ。バーは昼夜問わず深海にいるような空間をイメージ

テーマは「この街と繋がるきっかけを与える」。

宿に置かれた作家の作品は、宿泊客が実際に使用し、肌で感触を確かめることができる。

興味を持ってくれた人には作家の気持ちを代弁し、作品の魅力を伝える。そしてその人が、実際に作家を訪ねたりお店へ足を運べば、新たな出会いが生まれていく。

そうして宿から作り手への橋渡しをすることによって、京都という街と繋がるきっかけを与えるのがむげんのテーマだ。

置いてある作品は、その旅が日常として続いてほしいとの想いから、機能的にも価格帯的にも、手に取りやすく、生活にも取り入れやすいものを基準に選んでいる。無理強いするのではなく、旅人がこの街と繋がるきっかけを、自然と築いていけるよう心がけているという。

客室に置かれた「Ren」の真鍮ランプ
客室に置かれた「Ren」の真鍮ランプ。工房では実際に購入することもできる

また、床の間のしつらえは、大徳寺の敷地内に居を構える「陶々舎」の中山福太朗さんが担当。10年以上裏千家の茶の湯を学び、教える立場にもある中山さんが、独自の考え方で日本の文化や四季を表現する。

リビングから見える坪庭と縁側に吊るされた球体ガラスは、「Re:cycle×Plants」を信条に、現代社会に適した盆栽を提案する「Re:planter」の村瀬貴昭さんが手掛けた。

実際に手に取るものだけでなく、ここに滞在するからこそ感じられる伝統や職人技が宿の随所に見てとれる。

「陶々舎」の中山福太朗さんが担当した床の間
あふるさんは日本の文化や季節を問うことに興味が湧いていたころ、中山さんに再会ししつらえを依頼
球体ガラスの中に盆栽を閉じ込めた[Re:planter]の作品「Space Colony」
球体ガラスの中に盆栽を閉じ込めた[Re:planter]の作品「Space Colony」。日々植物が成長する

変わることで、残していく。

歴史ある伝統は、時に柔軟に変化していくことも必要だ。

「例えば桶屋 近藤さんは、最初から桶のぐい呑みカップを作ろうとしていたわけじゃない。次の世代にも自分の技術を伝えたいから作っているんです。でも、いきなり桶を買うってすごくハードルが高い。だからぐい呑みや湯飲みをここで最初に手にすることによって、プラスチックにはない自然の香りに気付いて欲しいんです」

実際、このぐい呑みで日本酒をいただくと、木の香りがうつって樽仕込みのような味わいになるのだそう。木ならではの魅力を感じることができる。

「良いものを作っているだけじゃ生きていけないなんて、作っている人たちが一番良く知っています。それでも歴史ある伝統を背負って、それを生業にして、新しいことに挑戦しようとしている。

何で勝負するか、何を入口にするかをものすごく真剣に、未来を見据えて考えています。そんな人たちの活動に対して、むげんが少しでも多くの人へ気付きを与えてあげられたら」

そう話すあふるさんも、歴史ある建物を受け継いだ一人だ。

通り庭のおくどさん。
通り庭のおくどさん。朝食に出すごはんは煉瓦のかまどで30分かけて炊く

安政2年(1885年)築の元呉服屋だった建物は、大型で梁が太く、奥には蔵を備える典型的な商家の町家だ。冬は底冷えするイメージをもたれがちな町家だが、冬に寒いのは宿泊施設ではNG。そこで1Fのリビングや畳の部屋に床暖房を設置した。

近年は、現代の生活と町家がミスマッチを起こし、歴史ある建物が次々に取り壊されているという。しかし、本当にそうだろうか。

町家に見られる漆喰の壁は防火性にすぐれ、湿気を吸収してくれる機能もある。盆地で湿度の高い京都では、特に重要な役割を果たしている。煉瓦のかまどは絶大な火力を保ち、火袋と呼ばれる高い天井は炊事の際の熱を逃がす。入口から奥の坪庭まで通り庭が直線に伸び、風の通り道を作る。

先人の叡智が詰まった町家建築は、京都という環境に対しとても合理的に作られている。

そこに現代のテクノロジーを取り入れることで、もっと快適に使える。それを率先し、実践しているのがこのむげんという宿だ。

伝統ある建築をより使いやすくすることで、次の世代にもバトンを渡したいと考えている。

欄間の透かし彫りの欠けていた部分を、金継ぎで直している
欄間の透かし彫りの欠けていた部分を、「Ren」に依頼し金継ぎで直している

本当の意味で、「暮らすように旅する」

「暮らすように旅する」とはどういうことだろうか。

宿の周辺のことを調べそこへ出かけてみても、相手は自分の顔を知らない。あくまで自分は「観光客」だ。

「行きつけの魚屋さんがあって、お惣菜屋さんがあって、銭湯があって。そういう場所があって初めて“暮らす”という意味が生まれると思います。お客様には、私たちの普段の行きつけを旅に加えてもらうことで、より京都の日常の部分を体験してほしいと思っています」

横の繋がりが強い京都で、誰の紹介で来たかということはとても重要だ。旅行者である一見が「むげんに泊まっている」というだけで、地元客のように受け入れてもらえることもある。そうした貴重な体験も、宿と街の信頼関係があってこそ。

また最近の京都では、卸業を中心に行っていた問屋が対面販売の専門店を始める傾向が増えているという。そんな街の傾向を、あふるさんも後押ししたいと話す。

竹屋さんに竹のものだけを買いに行く、桶屋さんに桶を買いに行く。行かないといけないところは多いけれど、足を運ぶ分だけ出会いが生まれ、専門的な知識も聞ける。そんな体験もまた、暮らすように旅することの一部であり、次の日常へと繋がっていくひとつのきっかけになるのかもしれない。

700円とは思えない豪華な朝食。
700円とは思えない豪華な朝食。釜炊きごはん、一の傳の西京焼き、だし巻き、味噌汁など
「福島鰹」のだしパック。
朝食味噌汁に使用する「福島鰹」のだしパック。卸中心だったが、小売りにも力を入れパッケージを一新

旅がその先の日常へと続いていく。

屋号の「むげん」に込めた想いを、あふるさんに聞いてみた。

「ここにあるものに出会い、それを持ち帰り、日常で使うたびにむげんのことを思い出してもらえたら。この宿が、その先の日常にずっと続いていく何かのきっかけになればという願いを込めて名付けました」

決して宿だけで完結せず、宿のある街と密接に繋がる。

そこで生まれた出会いが、その先の人生においてなにか重要な意味をもたらすかもしれない。

そんな無限の可能性を秘めた旅が、この宿から始まってゆく。

「京旅籠 むげん」

<取材協力>

京旅籠 むげん

京都市上京区黒門通上長者町下ル北小大門町548-1

075-366-3206

http://kyoto-machiya-ryokan.com/

文:佐藤桂子

写真:高見尊裕